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[ 短編集(分類不能) ]
歩道に血を流して
エヴァン・ハンター 出版月: 1985年02月 平均: 7.00点 書評数: 1件

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早川書房
1985年02月

No.1 7点 人並由真 2025/07/25 21:30
(ネタバレなし)
 1956年の第一短編集『ジャングル・キッド』の高評(「クイーンの定員」114冊目に認定)を得たハンターが、1963年に刊行した第三短編集「Happy New Year, Herbie」の全訳。
 『ジャングル・キッド』にはのちのカート・キャノンものの原型となる短編がひとつ収録されていて、広義のシリーズ作品ともまったく無縁ではなかったが、本書は完全にノンシリーズ編ばかりのはずの11短編(一部はほとんどショートショート)を所収。内容もさらにバラエティに富んでいる。
 なお現状のAmazonの発行年の登録データはヘンで、実際のポケミスの初版は1964年12月20日の刊行(奥付表記)。

 以下、簡単に寸評&備忘メモ。

1 アンクル・ジンボウのビー玉 (Uncle Jimbo's Marbles)
……ボーイスカウトのキャンプ場で当人のステイタスを決める、ビー玉の保有数。参加者の少年たちも指導役の大人も、そのシステムに夢中になって。
 ちょっとアーウィン・ショウ辺りの作風を思わせる妙に風通しのいい一編。
 
2 旅行者 (The Tourists)
……大都会を離れ、南米の小さな町に来た若夫婦はとある骨董品屋に入るが。
 幕数の少ない、気が抜けない舞台劇を観劇するような味わいの作品。独特の余韻が心地よい。

3 歩道に血を流して (On the Sidewalk, Bleeding)
……不良少年チームのメンバーの若者は対立グループの男に刺され、雨の路上で重傷を負っていた。
 不良少年ものの傑作として有名な名編。昔、世代人には人気の深夜ラジオ番組『たむたむたいむ』の中で、いきなり本作の朗読ドラマ(たぶん大筋は同じで再構成)が、ディスクジョッキーのかぜ耕治の朗誦で放送され、驚いた記憶がある。それゆえある場面は何十年も記憶に残っていた。

4 堕ちた天使 (The Fallen Angel)
……サーカス経営者のところに、妙な芸を披露する空中ブランコの芸人が売り込みにきた。彼の「芸」は大反響を得るが。
 まさかの(中略)もの。巻頭から順々に読んでいて、この一編で急に(中略)。クロージングが味わい深い。

5 再会 (Alive Again)
……元カレと再会した、今は夫と子供のいる若き女性。彼女の心は復縁を求める元カレの願いに揺れるが!?
 ミステリ味は皆無ながら、それでもヒッチコック劇場かミステリーゾーンの好編を観るような凝縮感と緊張感が満点な一本。ここまで読み進めていると、すでにハンターのストーリーテリングの妙の虜になっている。

6 囚人 (The Prisoner)
……世間の塵芥にまみれた、分署の悪徳刑事たち。そんななかの一人、フランク・ランドルフ青年刑事は、町で初めて体を売ろうとした娘ベティを逮捕した。
 どことなく87分署のワル系刑事たち(アンディ・パーカーとか)を思わせる描写に、のちの同シリーズの原型的な作品かな? とかも思ったが特にそういう訳でもないようである。個人的には、本書のなかでもトップ3にスキな話。

7 題名談義 (S. P. Q. R.)
……映画プロデューサーの実家に招かれ、オリジナルストーリーの新作映画の文芸担当を任される二人の作家。
 映画脚本執筆の分野でも活躍したハンター自身の経験が活きてるんだろうな、というリアルな臨場感の業界もの。筋を追うのではなく、空気に浸れ、系の好編。

8 最後のイエス (The Final Yes)
……猟銃を口に咥え、自殺をはかる中年男。彼はこれまでの人生の軌跡を回想するが。
 ……どことなくシムノンの作品に通じていく味わいの一編。心の中にこうありたい、という理想や希望を逐次固めながら、少しずつ違う場所に着地する主人公。だがそれは良くもあり、そして……。良い意味で気が付いたら読み終わっていた一本。

9 純な男 (Innocent One)
……自分の肉感的な妻が周囲の男たちと不倫を働いているのでは、と疑念を生じた主人公。その思いはあらぬ方向に向かっていき。
 ショートショートといえる長さの一編。苦い落語を聞き、切ない笑いを浮かべるよう読み手に求める作品。

10 美しい眼 (Pretty Eyes)
……マイアミのホテルに宿泊する33歳のオールド・ミス。彼女は接近する男たちを受け流しながら、その胸中にある種の想いを抱く。
 これもちょっとアーウィン・ショー系の短編。しんみりと心に染みて来る一編。昔のミステリマガジンは、マトモな翻訳ミステリの諸編といっしょにこういうのが三ヶ月に二回くらい載っていて、そういうのに出会うことがすごく楽しかった。

11 あの月百万ドル (Million Dollar Maybe)
……大昔の雑誌の冗談企画「今から一定の歳月の間に月に行ったら100万ドルをあげます」に応募したという老人は、ついに月に行ったと主張し、賞金の100万ドルを版元に要求した。老人の主張が虚言としか思えない現在の編集側は、老人の話の証拠となる、あるものを確かめに行くが。
 ナンセンスSFをマジメな話術で語るほら話で、シンプルに面白い。ラストのオチもぶっとんでる。

12 新年おめでとう、ハーピー (Happy New Year, Herbie)
……ニューヨーク周辺の川の中の島に暮らす学生時代からの付き合いの、そしてそこから派生的に縁ができたコミューンの人間模様の話。
 原書ではこれが表題作なので、作者なり編集者なりは相応の自信作だったのだろうと思える。ポケミスで約30ページ。そんなに紙幅のある作品ではないが、じっくり落ち着いて読んだ方がいい種類の一本。

 『ジャングル・キッド』も作風がバラエティに富んだ好短編集だったが、こちらはジャンルのカテゴリー分けの段階でさらにそれを上回る。人によっては散漫な一冊、という受け取られ方をされかねない危うさもあるが、ハンターの語り口のうまさと短編の紙幅に見合ったストーリーテリングの妙で大半の作品が心地よく楽しめる。
 まあとても良い一冊だとは思うけれど、一方で1960年代~70年代初めのミステリマガジンの誌面の随所で、時たまこういう作品にひとつひとつ出会えていたら、きっと人生はかなり楽しかったはずだろうな、とも思う。
 8点に近いこの評点で。


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