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[ サスペンス ]
ささやく街
ジャドスン・フィリップス 出版月: 1963年01月 平均: 9.00点 書評数: 1件

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早川書房
1963年01月

No.1 9点 人並由真 2025/07/02 07:50
(ネタバレなし)
 1960年前後のある年の10月。アメリカのどこかの地方都市「ロック・シティ」。その夜、かつてさる失敗から法曹界を追われ、社会的な立場も減退した64歳の元判事セイヤー・ウッドリングは、いつものように馴染みの店で酔いどれていた。そんな彼の酔っ払い運転は、公道で接近した別の自動車の大事故の遠因となる。事故車には4人の男女の若者が乗っていたが、セイヤーは自分の酒酔い運転の責任を問われるのを恐れて現場を去り、結果4人の高校生の男女のうち3人が死亡した。だがその事故車の乗員が男女4名・計2組のカップルだったことから、事故の責任の所在を問う追及の矛先は、彼ら若者たちの恩師である20代末の女性教師アナベル・ウィンターズに向けられた。攻撃の論拠は、生物教師であるアナベルが授業で頻繁に性教育を行ない、それがひいては夜間の暴走を含めた若者たちの非行に繋がったというものだった。さる事情からアナベルに逆恨み的な遺恨があるセイヤーは、彼女を糾弾する世論の尻馬に乗り、己の咎をうやむやにしようとする。だがこの案件でロック・シティ全体が揺れるなか、ある夜、予期せぬ殺人事件が生じた。

 1960年のアメリカ作品。
 20世紀アメリカミステリ界の巨匠の一人で、数多くのシリーズキャラクターの産みの親ながらなぜか日本では定まった評価がなかなか得られないヒュー・ペンティコースト。そのペンティコーストが本名であるジャドスン・フィリップスの筆名の方で書いた7番目の長編(共作含む)。
 
 1960年代のフリーセックス時代の前兆といえる時勢の社会問題を主題にした、ある種の風俗ミステリの趣がある作品。本サイトのジャンル分類でいうなら、国産ミステリの「社会派」に相応する内容である。

 ポケミスで本文180ページちょっととやや短めの長編だが、ネームドキャラだけでも登場人物は70人前後に及び、しかしてキャラクター描写の交通整理が実に達者でリーダビリティの高さは申し分ない。

 序盤から登場するメインキャラのひとりである老人セイヤー・ウッドリングは、かつて、今で言う「やらかし」をして人生をしくじったろくでなしだが、一方で無器用に生きてきた半生の一端も語られ、単純に悪役ともいえないキャラクターになっている(「半悪役」くらいなら認定してもいいかも)。
 そんなキャラクターの造形が巧みで、セイヤーが人間的な弱さに負けて、咄嗟に対応していたらもしかしたら何人か若者を救えたかもしれない事故現場から逃げ出してしまうあたりのしょーもなさ、切なさ、痛々さが説得力のある筆致で語られる。そしてそこから、さらに話がとんでもない方向に転がっていき、地方都市ロック・シティ丸ごとが、21世紀現在のネット世界の「炎上」を思わせるような騒乱になるのが、本作の前半の読みどころである。
 そしてそういった小説の勢いでぐいぐい読ませる一方、途中で予期せぬ殺人事件が発生し、これまでの叙述を踏まえながらミステリとしての骨格が浮かんでくるのが、中盤~後半の本作の醍醐味。

 前述のように紙幅的には短めの一冊だが、確かな筆力に支えられた群像劇、そしてかなり端正な結構のミステリとしての歯応えは十分で、非常に面白い。そこまで期待して読み始めた訳ではないので、正に拾い物の一冊であった。
 邦訳されたペンティコーストの長編はまだ少し読み残しはあるが、自分が読んだ中では間違いなく本作がベスト。

 あえてケチをつけるなら、ポケミスの巻頭の登場人物一覧は、前述のように総勢・約70名のネームドキャラの中から主要と思える24人を選抜して並べてあるが、そのチョイス自体が一種のネタバレ……かもしれないこと。あまり詳しくは言えないが、できるなら巻頭の登場人物一覧はあえて見ないまま、自分なりの登場人物メモを作りながら読み進むことをオススメする。

 それにしても改めて、ペンティコーストって底が見えない作家だとつくづく思い知った。長編・短編集ふくめて未訳がまだまだ何十冊もあるわけで、きっとそれなりの秀作がまだまだ日本に紹介されず眠ってるんだろうね。どなたか発掘してくれる翻訳家や編集者はいないものか。


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ジャドスン・フィリップス
1963年01月
ささやく街
平均:9.00 / 書評数:1