皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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クリスティ再読さん |
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平均点: 6.41点 | 書評数: 1327件 |
No.57 | 5点 | 火曜クラブ- アガサ・クリスティー | 2016/01/12 22:49 |
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短編名探偵小説って小説としての成立が難しいね。紙幅が足りないためフェアプレーしずらいし、簡単に解いちゃうと「さすが名探偵」よりも謎の方が安く見えて、なぞなぞっぽく見えでもしたら詰らないし....かといってチェスタートンとか泡坂妻夫とかのパラドックスをベースにしたスタイルだと出来る人は限られるわけでね。
なんて感想になりかねないくらい、前座の6編は「小説としてどうよ」というくらいの出来である。それでも後半はそれぞれのメンバーによる推理合戦もあり、キャラもそれぞれ立てていて(女性陣が結構)、前半とは充実度が雲泥の差。とはいえ謎と解決にそう差があるわけじゃなくて、要は短編小説としての書き方が前半時点ではつかめてなかったのを、後半はうまく仕切りなおして立て直したというあたりになる。 そこらへんが頂点に達するのは「バンガロー事件」。これは「火曜クラブ」形式の「形式」を逆手に取った着想が秀逸。あと「二人の老嬢」は中期の某作のトリックの原型だと思う。 |
No.56 | 9点 | カーテン ポアロ最後の事件- アガサ・クリスティー | 2016/01/05 21:53 |
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「隅の老人」の昔から「名探偵最後の事件」なんてものは...で、言うまでもなく名探偵=犯人をやりたいわけだ。もうこれはそういうモノなので、本作を「本格」とか呼ぶのは本当はおかしくて、「企画モノ」とか「仕掛けモノ」とか呼んだほうがいいだろう。
(盛大にバレます) 「名探偵=犯人」を期待するそのウラで、それさえもミスディレクションとして、いろいろやっているあたりが評者は凄く面白かった。誰もあまり指摘しないようだが、本作はクリスティ初の「ワトソン=犯人」もやっているわけだよ。本作は「手記です」という言明は一箇所もなく、一人称小説だと読めるわけで、最終的に関係者手記に逃げた「アクロイド」とは違うし、晩年の例の傑作だとあれはそれこそベケットを思わせる自己分裂の「語り」の作品なので、全然違うことになる...だから「初」でしょう? で本作の凄みってのは、こういうことである。果たしてポアロとXの勝負はどちらが勝ったんだろう?と問えばいい。ポアロはこれ以上のXの犯行を食い止めたのだが、それはポアロがXの罠にかかってXの犠牲者である殺人者となることによってだ...ね、ポアロは負けているわけである。ヘイスティングスも同じように負けた。「カインの印誌」は関係者のほとんどに刻印されているわけである.... 高僧が弟子に「お前が人を殺せば救われる」と謎をかけたが、弟子は「自分にはそんなことはできません..」と悩んだ末に断ったが、高僧は「そうだろう。人を殺そうと思ってもそういう因縁がなければ殺そうと思っても殺せるものではない。逆に因縁があれば殺したくなくても殺してしまうものなんだ」と説いた話があるが、本作の「殺人者になるのも紙一重」な状況は、そういう宗教的観念も連想させるような(これは無意識の悪意を描いた「鏡は横にひび割れて」に通じる)グラン・フィナーレにふさわしい名作だと思う。 付記:管理人さまによるシステム改善「ISBN複数登録対応」を記念して、「カーテン」の初訳画像表示を追加しました。リアルタイムで初訳を知ってるから、こっちじゃないとどうもノらなくてねえ。 「名探偵ポアロ死す!」のアオりがいいでしょ? |
No.55 | 6点 | スタイルズ荘の怪事件- アガサ・クリスティー | 2016/01/02 22:58 |
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本作あまり初心者向けじゃないと思うよ。少なくともクリスティの良さが分った上で読むべき作品だと思うな。
一事不再理を巡る若干構成のまずいかな?という点もあるし、真犯人以外の人が自分の思惑で仕掛けた撹乱要素や被害者の行動を最後の最後まで明らかにしないとか、フェアさという面ではまだ本格確立期以前の、無意味に複雑すぎる作品ではあるけど、クリスティらしい部分が特に印象に残るかたちで出ているのが、タダの処女作じゃない!という感じでいい。 考えてみると「家族にとって一番都合のいい者を容疑者として差し出す」というモチーフは、それこそ円熟期の「ねじれた家」や「無実はさいなむ」で完成するわけで、処女作の本作でそれをミスディレクションと絡めてやっているあたり、作家としての骨太な一貫性を感じる。 また夫との関係に悩むメアリーのキャラがよく描けているし、イングルソープ夫人の毒死の描写など結構迫真的。クリスティらしいひんやりとした即物的な恐怖感が伝わる。そういう面でも処女小説らしからぬ小説的良さがある。 またどうも皆さんには毒薬の薬品性を使ったトリックが不評のようだが、旧ハヤカワ版(田村隆一訳)の解説が、詩人である訳者自身のエッセーになっていて、これがクリスティ自身が若い頃書いた詩「薬局にて」を扱った「毒薬の詩学」といったものである。そういう毒薬のポエジー「ここには恐怖と殺人、突然の死がある/この青と緑の薬壜の中に」として、あのトリックを読むのが評者は気に入っている.... |
No.54 | 4点 | ゴルフ場殺人事件- アガサ・クリスティー | 2016/01/02 22:20 |
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ある意味貴重な作品だと思う。
1つは本作くらいの内容が、1910年代のミステリのスタンダードだったんだろうな、と思わせるような「世の中で言われる探偵小説の書き方に合わせて書きました」感のあるクラシック(古臭いという悪い意味で)なクリスティらしくない探偵小説であること。「スタイルズ荘」がクリスティ「らしさ」みたいなものがちゃんと出てて、しかもそれが今につながる方向性としてうまく機能してたことを考えると、本当に「らしくない」。 クリスティは後にロマンス的要素を無類の手腕で洗練してミステリに組み込むわけだが、本作ではまったくその手腕の片鱗も見えなくて19世紀的メロドラマの定型性を出ない(無実を明かすべくかばわれていた女性が予審に飛びいるとかねぇ)。探偵競争だって「奇巌城」とか「黄色い部屋」で流行った手法のわけだしね(カーも「髑髏城」でやってるなぁ)。ロジック重視のフェアな謎解きよりも逆転・逆転の意外性で引っ張ってるわけだが、それぞれの要素が使い捨てみたいな感じで、読んでて飽きがくるような作品なのがちょいとつらい。しかしそれでも骨董品のような価値がないわけじゃないな。 であと1つの貴重な点は、ヘイスティングスがポアロに逆らうエピソードがあること。ロマンス絡みではあるが、積極的に妨害しようとするんだもの! この点「茶色の服の男」の手記の件なんかよりもずっとウェイト高く、ポアロの名声を本当に高めた次の作品につながるように思うよ。 |
No.53 | 3点 | ヒッコリー・ロードの殺人- アガサ・クリスティー | 2016/01/02 22:12 |
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一言でいうと「らしくない作品」。ミス・レモンに役が振られてるあたり、ドラマかなんか絡んだ企画物?とか疑いそうだ。クリスティだとさすがに戦後世代の風俗などまったく理解不能な世代だろうから、そもそもキャラ描写にリアリティを求めるのは無理ではあるが...なんで外人多数の学生下宿なんて設定を考えたんだろう??
まあ昔からクリスティっていうと男性キャラが下手で女性キャラが無類に上手な作家だけど、本作みたいなのは男性キャラが描けてないと面白みが薄いんだよね。コリンくんとかレンくんに至っては中盤から非常に影が薄いわけだし(クリスティって若い男キャラに萌えて書く人じゃないからねえ...ライバルのセイヤーズがウィムジー卿に明白に萌えてたけど、そういうのないでしょ。)。 ミステリとしては「こんな真相だったらイヤだな...」と第一感で思うようなのが真相(背景事件も殺人も)。なので評者は読後果てしなく盛り下がっていた。数少ない未読作品だったんだよ。 どうでもいい話:評者年末なので帰省したんだが、ふと見つけたアパートの名前が「グリーンウッド」。女性作家でも男性描写の上手い人は結構いるんだけどなぁと愚痴。 |
No.52 | 6点 | バグダッドの秘密- アガサ・クリスティー | 2016/01/02 22:03 |
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大変意外なことなのだが、本作はミステリじゃないが面白い。評者は「クリスティ再読」を名乗りながらも、いくつか読み落としがあってその一つが本作だが、「つまんないだろうな...」という先入観で敬遠していた。
ただし、本作はシリアスなスパイ物だと読んじゃいけない。嘘ばっかりで世渡り上手、だけどカワイイ女の子が、ビンボかつシタタカにバグダッドの街をはじめイラク国内を放浪する小説だと思って読むべきだ。そういうヒロインのヴィクトリアに憎めない生彩があってイイ。仕事をクビになって「あ~あ、ふう」でパン齧ってた公園のベンチで出会った男に一目ぼれして、バグダッドくんだりまで追いかけるわけだから、「茶色の服の男」のアン級の突進力である。読んでいて遠藤淑子風味。マダミスのグレースに近いな。 まだからミステリを期待せずに読むとそれなりの逆転はあっていい。クリスティの少女マンガ視点で見るならば、ここまでアカラサマな真相ってあったっけ...というものなので、一応ビックリでいいと思う。けどミステリとかスパイとかそういう内容よりも、発掘現場で専門家相手にうまく切り抜けるとか出土物でウルウルするとか、ホテルの主がなかなか楽しいキャラだとか、それからバグダッドのスパイ網を一手に握るダキン氏が中村主水風の昼行燈切れ者で妙にカッコイイとか、そういうデテールこそがお楽しみ。 あと敵の設定など例の迷作「フランクフルトへの乗客」に共通するものが多い。そういえば「疑惑の空港」とでもいうべきネタでもかぶってる。アノ迷作を理解したいと願う(願い下げな人多数だろうが)ならば必読かも。 |
No.51 | 4点 | もの言えぬ証人- アガサ・クリスティー | 2015/12/27 11:27 |
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企画物の「カーテン」を別にすると、ヘイスティングス大尉の最後の登場作品になる。ポアロという探偵は大概「なぜ事件に介入するか」がちゃんと描かれているケースが多いんだが、心理的な理由はともかく、これは法的な介入根拠が全然ない事件のために、関係者に話を聞きにいく口実にいろいろと苦労している...でこういう場面が客観的に見ると「疑惑をネタに一稼ぎしたい小悪党」っぽいんだよね。だからヘイスティングスの今更の登場も、こういう印象を弱めるための苦肉の策じゃあなかろうか。
まあ「上から目線の名探偵様」なんて厨二もいいとこな設定だから、介入根拠に神経質なのは評者はいいことだと思う。それで言えば後年「マギンティ夫人は死んだ」みたいなハードボイルド風味とかあるわけで、いいじゃないか、少々いかがわしい感じでもね...と思わなくもないんだけど。 で二人連れでぐるぐる関係者の周りを回る小説なので、小説的に全然ヤマがかからないのが困ったものだ。まったりとテンション低く二人の漫才を楽しむくらいの気持ちで読んだらいいのかもしれないが...ミステリとしても手がかりらしい手がかりもなくて「別にこの人が犯人でもいいけどさ」という感じの真相。タイトルから期待される犬のボブくんは大した証人でもなく「犯人逮捕に大殊勲」みたいなお楽しみがあるわけでもない。また中盤で過去作品の犯人バラしてるから本作の読書優先順位は遅めで、「ポアロ物なんて大概読んじゃったよ~」なんて人だけが読めばいいくらいの作品。 あと後光の正体...だけど、どう考えてもムリだと思う。光るのは酸化されやすい猛毒の白リンだけ(マッチは光らない)だし、呼気に出るのは微量だしね。最近では人魂の正体=リンでさえ怪しいみたいですね。 |
No.50 | 5点 | リスタデール卿の謎- アガサ・クリスティー | 2015/12/24 21:20 |
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短編集まで全部やるか...とは思ってなかったのだが、誰も書いてないし書こうか。本短編集はポアロもマープルも、およそ名探偵っぽい人は誰も出ない。ちょいと捻ったロマンチックな冒険譚、といったものが12編詰め合わせになっている。ミステリ、というよりも「とにかく一ひねり」とった感じで書かれているので、まあ大体読んでりゃ「こうだろうな」と感じればまあその通りになる、というものである。だから印象はどれも軽くさくっとした感じのものだ。
とはいえ、表題作は後の「終りなき夜に生まれつく」とか「親指のうずき」で描かれたような「夢の家」のモチーフが出ていたりとか、どうやら自叙伝によると、クリスティ本人の若い頃の状況に取材しているっぽいとか、そういう読み方はできて興味深い。 作品的にはやはり「エドワード・ロビンソンは男なのだ」(創元版が「男でござる」でこっちのがずっと趣がある。平手の造酒なんだよww)がヌケヌケとしたアホっぽいロマンスで妙にイイ。「虹をつかむ男」とかそういうノリだよね。 本短編集は気取らないすっぴんのクリスティって感じかな。脱力して読むのが吉。 |
No.49 | 4点 | 雲をつかむ死- アガサ・クリスティー | 2015/12/20 21:21 |
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クリスティって新しいモノ好きだなぁ...けど本作で描かれた飛行機の旅と今のそれとではかなり違うので、イメージするのが大変だ。向かい合わせの席があると思ってなくて、最初位置関係が??になってたよ。で本作の場合トリックに必要なものがイメージと違いすぎる(あと飛行機からゴミを捨てられる!)ので、今となっては賞味期限切れな作品..ということになるだろう(空さんの指摘も確かにそうだ...座席後部に共用の荷物置き場がある、なんてね)。
で思うのだが、本作は「青列車」と共通点がかなり多く、「青列車」のリベンジ!だったのかも。ヒロイン造形からしてそうじゃん。「青列車」と比べれば本作の方がミステリ度は高いが、小説的にはこっちのが退屈。ポアロがヒロインに気を使いすぎな気がするよ。けどヒロイン、ジェーン・グレイとは凄い名前だ。案の定、ジャップ警部がツッコんだな。 まあ良いキャラというと被害者の腹心のメイドと彼女が語る被害者像。なかなかハードボイルドな人生を歩んだ被害者で、役どころを言えばシモーヌ・シニョレというところ。 |
No.48 | 7点 | 死が最後にやってくる- アガサ・クリスティー | 2015/12/13 21:22 |
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う~ん、困った。本作、家物で派手な連続殺人が起きるけど、読みどころは全然ミステリじゃないよ。しかも、古代エジプトが舞台って言いながら、登場人物の心理はほとんど現代人的だから、早い話がコスプレである(ちなみに本作と偶然にも同年に古代エジプトを舞台とした波乱万丈の歴史小説、ミカ・ワルタリの「エジプト人」(ミイラ医師シヌヘ)が出てるから、そういう面でもちょいと不利だ...)。だから本作、ハーレクインとか読むくらいのつもりで読めば、ミステリとしてはともかく、ロマンス小説としては結構手堅くまとまっていて飽きずに面白く読める(7点はミステリの点じゃないからね)。
要するに「夫と死別したヒロインは実家に戻るが、父の再婚をきっかけに大農園を経営する一家は崩壊していく。農園管理人をしている幼馴染はヒロインと共に事件の解決を目指すが、それを通じてヒロインと幼馴染は....」ね、こういうこと! 実に王道。心理描写も細かく、いろいろキャラは立っているだけでなく、事件を通じていろいろ変貌していくのがなかなか読み応えあり。子供がすべての愚かな母親に見えて実はしたたかな兄嫁(ホロー荘のあの人に似てるな)とか、卑屈なおべっか使いの侍女だが本音は..とか、濃いキャラが満載の中で、ヒロインの祖母が暗黒面に堕ちたミス・マープルといった強面な雰囲気で実にイイ。連続殺人で家族内に死者続出のためミイラ作りが足元を見て値上げを要求したときに、「数が多いんだから割引すべきだよ」とジョークを飛ばす傑物! このバアサンのためだけにも読む価値アリ。だけどミステリだけは期待しないでね。 |
No.47 | 6点 | 書斎の死体- アガサ・クリスティー | 2015/12/13 20:47 |
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失礼、少しバレると思う。
本作は実は二人の被害者の対比(ガールスカウトvsショーダンサー)みたいなことが、本当は一番のサープライズじゃないのかなぁ。そこらへん映像で見てみたい気もする。ある意味悪趣味なジョーク、といった雰囲気があるのが本作のイイところのように思うから、そこが出るんだったら本作映画向きだよね。実際、シンプルで馬鹿げたトリックなんだけど、妙に盲点を突いているわけだから、本作みたいな正面からの本格ミステリじゃなくて、たとえば松本清張とかだったら社会のブラックホールみたいなものと絡めてうまく料理したかも...と思わせるところがある。ブラック・ジョーク的なトリックだからこそ、最後の死体移動が馬鹿馬鹿しくもうまく雰囲気に合っている。 で実際の機能はアリバイ作りだけど、実はこっちがどうもドン臭いことになっている。犯人がもう少し工夫すれば、ずっといいアリバイになったように思うが...クリスティは WhoやWhy は実に上手だと思うけど、How はどっちか言えば下手な方じゃないだろうか。フーダニットが基本だから、アリバイは強調しすぎてもしなくても、小説的にどっちでもやりづらいわけで、本作もその例に漏れない...そこらへんちょいと残念。 付記:よく考えると、最晩年のマープル物が本作のトリックの改善版だ、という見方ができると思う。本作のリアリティのなさを工夫して解消しているよ。 |
No.46 | 8点 | 鏡は横にひび割れて- アガサ・クリスティー | 2015/12/13 20:13 |
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本作はたった一つのキーワードが分れば、真相なんて自動的に出てくるような、あえて言えばパズル的な作品でもある。勿論それがキーワードであることを目立たないようにいろいろ細工してあるのがクリスティの腕なんだが....実は評者、本作を高校生くらいのときに初読して、そのキーワードを推測できてしまった、という懐かしい思い出がある。
中高生のミステリファンなんてのは、作家を自分とはかけ離れた教養と能力の持ち主だなんて崇拝しかねないものだが、本作によってある意味そこらへんを見切れたような気がするんだ...そういう自分の記念的な意義があるため、今回再読を楽しみにしていたんだ。だから評価甘いと思うよ。 うん、再読したが..シンプルな作品だなぁ。でも、事件がセント・メアリー・ミードの変化(新興住宅地化とか...)の中にうまく埋め込まれ、マープル自身が感じる老いと世話係との葛藤など、楽しめる(若干ミステリ外の)要素が豊富にあって単純に読み物として楽しい。直前の「ポケットにライ麦を」とか「パディントン」とか「ネメシス」につながるマープルの苛烈さが本作は薄く、「書斎の死体」とか「予告殺人」あたりの雰囲気に近い。そういえば本作以降、全部旅行先の事件だから、最後のセント・メアリー・ミード物なんだ....自分のそれと、物語舞台のクロニクルと重ね合わせてちょっと感慨。 |
No.45 | 4点 | パディントン発4時50分- アガサ・クリスティー | 2015/12/07 23:04 |
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クリスティって変なコを描かせたら共感が筆を冴えさせるのか、すごくイキイキ描く作家なんだが、本作のルーシーみたいな有能でアタマも切れて行動力もさすが...なデキる女を描かせると、どうも書いてて恥ずかしくなってしまうのだろうか、あまり美味しい目にあうことがないんだよね。「ポケットにライ麦を」のミス・ダブとか「終りなき夜に生れつく」のグレタとか、「予告殺人」のレティシアとか、大概ロクな目にあってない印象がある。
本作だとルーシーはマープルの協力者として活躍するんだけど、その活躍&小説の盛り上りMAXなのが、序盤の終りの死体発見で、それからはタダの家政婦に成り下がり、話も低調なまま終わってしまう。序盤こそ「鉄道ミステリ?」って感じだが、すぐにクリスティ流の家モノ(しかもパロディっぽい)になるわけで、話の構成が途中で諸般の事情で...とかあるんじゃないかとカングりたくなるくらいに、おかしな方向に流れていってしまい、それからまったく立ち直れない。クリスティ、ルーシーがどうしても好きになれなかったのかなぁ。 あ、ミステリとしてはトリックも特になく、犯人特定はロジックもへったくれもない。それでもルーシー、評者は結構萌えなのでプラス1点。 |
No.44 | 6点 | バートラム・ホテルにて- アガサ・クリスティー | 2015/11/22 23:15 |
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空さんの言うとおり、本作はマープル登場作だけど、名探偵ミス・マープルじゃないからね。「蒼ざめた馬」に近いタイプの小説だな。
でマープルが特別出演する理由は一番書きやすい「古きよき時代を懐かしむ」視点人物だからにすぎないわけだ。だから最後のほうで出てくる殺人はタダのオマケ。で、大掛かりな犯罪があるんだけど、「蒼ざめた馬」みたいな即物的リアリティは残念ながら、ない。だから失敗作...と言ってもいいんだが、それでもね。 というのは、こういう演劇的と言っても過言ではない「偽装」がクリスティのいままでの名作のトリックの根幹にあるわけで、そのような偽装が実はタメにするシミュラクルなんだ、ということを本作は明らかにしている、という点なんだよね。バートラム・ホテルは過ぎ去った大英帝国の繁栄の模造品に過ぎないが、それがタダのシミュラクルであるがゆえに、ホントウのノスタルジアとアメニティを提供してしまうわけである。真相暴露は幻滅(マボロシを滅する...)だが、幻滅ゆえに、それが滅び去ったことを確認するがゆえに、マボロシはまたさらに美しく輝き人を惹きつける...これがクリスティでなければ、きっと「奇妙な味」な短編で小粋に書いたネタなんだろうけど、クリスティなので真正面からの直球勝負(もういい加減な歳なのになんて覇気だ)。 最後に殺人の真相なんだけど、これも実は「幻滅」って話なんだと思う(あまりトリックに説得力がないが...)。マープルの断罪がネメシスシリーズ的な厳しさで印象的。 ちょっと思ったんだが、この幕切れってネメシスがもし三部作だったら、この殺人の真犯人が、トリの作品「女性の領分」への再出演する伏線だったのかも?? |
No.43 | 8点 | 復讐の女神- アガサ・クリスティー | 2015/11/22 22:43 |
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クリスティとしては最後から三番目の作品になるだけど、最晩年の作品では「終りなき夜に生まれつく」の次に好きだ。「カリブ海の秘密」で見せた「老人だけどハードボイルド」がいい具合に仕上がっていて、とっても80過ぎの老人が書いた作品に見えない覇気がある。
本作のイイところは犯人像。荒廃した屋敷の描写とか、結構サイコな真相とか、舞台装置と合わせて浪漫的な雰囲気が強くある(「ゼロの焦点」とか連想してたが、要するに廃墟趣味ってやつだよね)。よく考えるとマープル、すごく冒険していたりするなぁ....能動的なあたりがまさにハードボイルド。実はクリスティ特有のひやりとした即物性が評者は好きなんだが、それがこういうオリジナルなハードボイルド性とうまく合致して、とても雰囲気がイイ。 本作の最後でマープルは報酬を全部現金払い並みの当座預金に入れて「外に出ていく」。なんて見事な退場(物語世界からのexodus)だろう! さらにのネメシス物語を読みたいと評者は惜しむけども、この晴れやかなオープンエンドでマープルの物語が閉じられるのは奇蹟のようだ... あと、これはクリスティが言っていないことだが注記(まあほとんどネタバレ)。ラフィール氏のファーストネームが本作でジェースンだと明かされるわけだが、イアソンがネメシス=エウメニデスに依頼するのならば、犯人はクライティムネストラではない別なあの人だよ....(あの人が昔やった肉親の情愛を利用したトリックと、本作のトリックは通じるものがあるな) |
No.42 | 6点 | カリブ海の秘密- アガサ・クリスティー | 2015/11/22 22:16 |
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評者意外に本作の批評は難航したんだ...後期クリスティは好物なんだけども本作の意義ってもう一つ説明しずらいんだよね。
どうもこういうことなんじゃないかと思う:後期のクリスティって「これがどういう話なのか」の手のうちを明かさずに進行して、登場人物たちは正直に問題をなかなか打ち明けてくれない。そこらへん「お話のご都合主義」に沿っていなくて、誰がキーパーソンなのか全然わからないように進行するわけだ。 だから登場人物たちは皆暗い内面を抱えたまま、断片的にしか事情を明かしてくれないまま、マープルは登場人物が喋った内容よりも、ちょっとした「感触(Tact)」みたいなことをベースにいろいろと想像していくことになる....不透明な人々が不透明なままに交錯するドラマみたいなことになるわけだ。で、本作だと特に、SEXの問題がその背景にいろいろと絡んでいるわけで、クリスティって言われるほどに「ヴィクトリア朝的」でもないわけである.... というわけで、本作はパズラー的に読むと全然面白くないと思うけど、そういう不透明な登場人物たちや、それを断罪するマープルの非情さとか考え合わせると、ハードボイルドと呼べるような感覚があるように思える。まあ、本作よりも続編の「復讐の女神」の方がずっとこの感覚は苛烈になるので、併せて読まないとダメな気もするね。 |
No.41 | 1点 | ビッグ4- アガサ・クリスティー | 2015/11/17 22:33 |
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読み終わってみると、殺人7件、誘拐2件、仕掛けられた罠に飛び込むこと3回..と目まぐるしく事件が起きてたんだが、読んでいくうちにどんどんシラけていくのがツラい。ホントウに事件がおきりゃあいいってものではないよ。感覚が麻痺してしまって、惰性でページを繰ってた...
まあ最初のうちは、ホームズのオマージュみたいな感じで進んでいくから、「若い頃のクリスティのファン気質」みたいなものが見えて若干ほほえましくもあったんだが、ポアロが吹き矢でナンバー3を狙ったりとか、ガス弾を投げたりとかした日には、「アンタ誰だ?」という疑問が浮かんでくることになる。 というわけで、本作はSDキャラ満載の公式薄い本、くらいで読めば腹は立たないだろうね。評者の趣味だとポアロがデレすぎ。ツン属性がもう少し欲しいところ。 |
No.40 | 5点 | 青列車の秘密- アガサ・クリスティー | 2015/11/15 09:44 |
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時系列で見ると、初の三人称ポアロ物である。それまでの三人称小説が「秘密機関」と「チムニーズ館」だけだから、「国際謀略」からみ...なんて評されたりするが、実のところ大時代的な「怪盗」がいるだけのことで、スパイスリラー色はまったくない。
後期好きの評者に言わせるとポアロの相方は作者の投影であるオリヴァ夫人(登場作は三人称)の方がずっと馴染みがいいわけで、ヘイスティングスは単にホームズオマージュの因習的な語り手に過ぎなくて、クリスティの人物描写能力を制限していただけの気がする...評者的には大歓迎、というところ。 なので、三人称のメリットをフル活用し、二次的なキャラ(中心人物視点でのみ登場する脇キャラ)の陰翳もちゃんと描写できており、小説としての立体感がそれまでの作品よりずっと向上している。レノックスとか特にクリスティらしいクセモノ女子感があってよろしいし、ミス・ヴァイナーとかミス・マープルの原型?となるくらい。ヘイスティングスの桎梏から解放されて筆がイキイキしているよ。 だが反面ミステリとしてはつまらない。ほぼ消去法で身元は推測できるし、アリバイトリックは陳腐な上に、アリバイが重要なことを小説上ちゃんと描写できていないから、解決が何か斜め下で盛り下がる。事件再現とイギリスに戻ったヒロイン描写の方を比較すると、事件再現の方が面白く描けてなきゃまずい(ワクワクしないんだ..テンション低い気がする)のに、ヒロインの心境の方が面白い。ミステリとしての失敗度が本当に小説の足を引っ張っている残念感の強い作品。 |
No.39 | 5点 | 邪悪の家- アガサ・クリスティー | 2015/11/03 23:44 |
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評者的には「みさき荘の怪事件」(邦題としてはコレが一番好き)...幼少のミギリに児童向けリライトで読んで、「え、この人が犯人に決まってるじゃないの..」でイキナリ真犯人が分かってしまい、がっかりしてそれ以来ずっと敬遠していた作品である。なので今回は、クリスティがいけないのか、それもとリライターがダメだったのか、虚心坦懐に判定してみようと思う。
本作、分かりやすいメインの謎以外にはあまり大した謎がないんだよね。毒入りチョコの件は肩透かしだし...作者は触れてないけど、カードの機会を考えると犯人は別途に明白だと思うよ。動機は犯人の見当がつけば、クリスティの常套手段だから、それほど難しくないように感じたけどなぁ。まあ本作はキャラ描写をちゃんとすればするほど、バレやすくなる作品なので、あまり突っ込んでなくて、クリスティの中でもすっきり薄味のライトな感覚である。そこらへんゴテゴテして混乱した印象を与える「エッジウェア卿の死」とは大きく違う。 なのでそもそもミステリとしてはたいしたことはない、という結論は変わらないが、そう印象の悪い小説でもなかったじゃないか、という感じ。どっちか言えば児童向けの方は少女小説くらいのノリ(ニックのキャラは華やかだしね...あと子供向きのお説教にも使えるか?)で採用されたんじゃないのかなぁ。まあ、子供向けミステリならば、犯人当てではどうでもいい「ABC」とか「オリエント急行」あたりにしておくのが無難な気もするね。 なので結論:悪いのは評者。イヤミなマセガキだったわけ。これぞサープライズエンディング? |
No.38 | 4点 | エッジウェア卿の死- アガサ・クリスティー | 2015/11/03 22:16 |
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「これが本格だからね!」って意気込みで大げさで大時代的な文章で、いかにも「本格」らしく展開し...なんだけど、その割りに雑味が多く、大味な作品。
というか、犯人の隠し方がえらく下手。この人でこのトリック以外ないでしょ?というくらいに明々白々。でしかも、執事の件は...いったい何したかったんだろうね。あまりミスディレクションにもなってないし、そうした理由はよくわからない。本当によろしくないのは、ポアロが何をどう間違った推理をしているのか読者に全然分からない点。単に分からないのをゴマかしているように見えるよ。あと「晩餐会の13人」がキーワードかな?と思ったけども、関係ないみたいだね.... しかも手がかりは、1つはヘイスティングスが偏見から曖昧な証言を更にゆがめた記述になっていて、ちょっとこれを気付けは無理だよ~~となるようなものと、皆さん散々ご指摘の日本人には分からない動機。というわけであまりいい評価はムリですな。 しかしよい点は犯人像。仕掛けと性格がうまく合致していて、しかも最後のポアロ宛の手記がいかにも、らしい。そういう意味ではよく描けているんだよね...で1点加点。まあ、修行期の駄作、というくらいのものだと思う。 (エリスのりんご、というネタかと思ったが違うんだね...意外) |