皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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クリスティ再読さん |
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平均点: 6.40点 | 書評数: 1313件 |
No.753 | 7点 | 勇将ジェラールの冒険- アーサー・コナン・ドイル | 2020/10/22 14:27 |
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さて、ジェラール准将短編集は2冊あって、その2冊目。「冒険」「回想」はホームズの専売特許ではなくて....なんだけど、ジェラール准将が「冒険」で「回想」なのは、とくに「回想」が東京創元社がわざと仕掛けたか?となるような強引な訳題だからである。'the Exploits of Brigadier Gerard' が「勇将ジェラールの回想」になるには作為が必要だからねえ....素直に訳せば「功績」とか「手柄話」くらいなものなんだから。ちなみに Brigadier はよく「准将」と訳されるけど、ナポレオン麾下だと「旅団将軍」になる。ワーテルローの後に旅団長=准将にしてもらえたみたいだ。なので将官なのは間違いないから、「深夜プラス1」で将官扱いされなくて不満なフェイ将軍の Brigadier とは名称は同じでも、扱いは歴史の上で揺れている。
で、この後の方の短編集だけど、「回想」よりも歴史小説度が高まっている。「回想」は「歴史の裏で、ナポレオンのために戦うジェラールの冒険」という感覚だったが、「冒険」は逆に「歴史の中でナポレオンのもとで戦うジェラールの戦記」。マッセナ元帥の下で「トレズ=ヴェドラス防衛線」から友軍を無事撤退(半島戦争)させるために命懸けの潜入をするとか、ロシア遠征でネー元帥の下で撤退する遠征軍の殿軍を務める話とか、ワーテルローではグルーシー元帥への伝令として派遣されるがグルーシーを見つけられずに...(これワーテルローの敗因に挙げられる有名な話だ)で、おしまいはセントヘレナのナポレオンの臨終に立ち会う。とまあ、お話だからね、「この現場に居たら、ホント凄いよね」という花形のシーンが連続する。 まあだから、「回想」以上に、ナポレオンの戦記に詳しければ詳しいほど、楽しい小説になる。こっちは「歴史・時代ミステリ」にカテゴライズ。 とはいえ、友軍に撤退を知らせるために、狼煙を上げる任務を仰せつかったジェラールは、ゲリラに捕まって任務を果たすどころじゃない...が一発逆転の秘策が!なんて話とか、ヒネリもあってなかなかナイスでドイルらしさも十分発揮。 それでも歴史小説度が高くなってしまう分、ミステリマニア向けからは離れるかもしれない。しかし考証ばっちりでケチがつけれない歴史小説だそうである。ドイルの凝り性が発揮されている。 |
No.752 | 6点 | バルコニーの男- マイ・シューヴァル&ペール・ヴァールー | 2020/10/17 17:26 |
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久々にマルティン・ベック。日本での紹介は本作が一番最初だったわけだから、マルティン・ベック日本初登場の作品である。「ロセアンナ」の時にも書いたが、このシリーズはスエーデンの国情を反映してか、70年代の性解放を先取りしたところがある。なのでおそらく「少女の敵」連続少女暴行殺人事件をテーマにした作品ということでは、最初の作品になるんでは?と思う。どうだろうか。アメリカは性道徳がキビシイために、エンタメで性犯罪を扱うのが難しいところがあったからね。
そう見ると、本作がシリーズ中でも最初に紹介された、というのはやはりセンセーショナルな目的があったのでは、とも感じる。その次の紹介が大量虐殺の「笑う警官」だから、性犯罪の本作が比較上霞んでしまうが、海外ミステリ紹介では後れを取っていた角川が、海外ミステリでも存在感を出したのがやはりこのマルティン・ベック、という印象があるんだよね。 思い出の深いシリーズでもあるので、作品以上にその周辺について語ってしまうけど、本作からベックも管理職、ラーソンも初登場と「マルティン・ベックらしさ」が確立した布陣の作品。ステンストルムは残念ながらバカンス中で、はがきを送ってくれただけ(だけど、このはがきがナイス小道具)。そういえば新訳はメランデルがメランダーなんだ、どうも感じが出ないや... 犯人割り出しプロセスや逮捕などが偶然、なのを「傷」みたいに言いたくなるかもしれないけども、警察小説だからね、物量と組織による捜査を通じて、「偶然も絞られていって、蓋然的に必然に近づいていく」という風に読むといいように思うんだ。福祉社会スエーデン、というのもあって、社会と政府の間が近くて、警察の側も「社会を維持するための必要悪」みたいな覚悟があるあたりが、とても好ましい。だから本作でも「娘を守るために」市民が自警団を作って...というエピソードがあるけども、この心得違いの自警団に、ベックがキツいお灸を据える。 「健全な警察」ってこういうものだと思う.... |
No.751 | 6点 | 準急ながら- 鮎川哲也 | 2020/10/15 21:01 |
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鮎哲もやらなきゃね...なんて思ってたから、とっかかりは本作。
いや別に大した作品じゃない。「六、アリバイ」で犯人のアリバイが提出されて、「七、なぜパイを喰わせたのか」で鬼貫がアリバイを検証の上、看破する。だから一~五の文庫150ページが何なの?と思ってしまうと、逆に本作あたりは「長編ミステリとして、どうよ」という話になりかねないんだよね。 けどね、なぜか、鮎哲は愛される。この前半150ページに懸けて、実のところ評者も妙に鮎哲が好きなことを否定できないんだよ。まあ、本作のトリック自体、ホント大したものじゃないといえば、その通りなんだ。いわゆる「写真合成」じゃない、というあたりを丹念にツブしていくプロセスだとか、ほんわかしたユーモア感だとかもいいのだけども、北海道月寒・栃木烏山・愛知犬山・津軽・京都・伊豆雲見温泉・そして豊橋と短い作品なのに日本国中を駆け回るローカル色描写....で、このような日本各地をつなぐのが国鉄の列車である。 タイトルからして「準急 "ながら"」である。「今どき、準急に愛称がついてたりしないよ~」と言いたくなるような、懐かしい昭和ののんびりとした風情。東京から大垣まで6時間半かけて昼間に走る準急...特急でも急行でも、ましてや新幹線でもない、まさに庶民的で愛すべき準急の姿を、本作はミステリの中に定着したわけである。いや、いいね、ほんとに。 うん、鮎哲って、そういう作家なんだよ。 |
No.750 | 7点 | ウィージー自伝 裸の町ニューヨーク- 伝記・評伝 | 2020/10/13 08:01 |
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たまには反則も、したいなあ。写真家の自伝である。
けどね、これがタダの写真家ではないのである。 ウィージーに写真を撮られるようになってはじめて社会の敵としてFBIやテキ屋のベストテン・リストにのるのだった。私はついに警察からそうした貢献を認められ、殺人株式会社の公認写真家という称号を与えられた。 1930年代後半から1940年代のニューヨークで、特別許可を得た警察無線を搭載したシボレーで、殺人現場にいち早く駆け付ける写真家、通名ウィージー。ギャングたちの殺し合い現場、殺人犯の逮捕の瞬間、捕まった犯罪者の面構えなどなど荒っぽい現場を撮影した、荒っぽい写真を新聞に売り込むのだ。評者に言わせれば、ハードボイルド小説を「書く」以上に、「ハードボイルド写真を撮影した」写真家であり、ハードボイルドを地で行った男だと思っている。 そんな男の自伝である。つまらないわけがないでしょう? それから枕の下の現金を隠すと、電報と手紙を読み始めた。『ライフ』の明細書には「殺人二件につき、三五ドル」とある。『ライフ』は弾丸一発につき五ドル支払ったことになるわけだ。つまり、ひとつの死体には五発、もうひとつには二発の弾丸が撃ち込まれていたのである。 ....いや、ハードボイルド小説以上の、この非情で煮え切ったハードさ! ギャングたちは、たいてい道路の側溝に倒れ込んで顔を上げており、黒いスーツに身を固め、ピカピカの専売特許の革靴をはいてパールグレイの帽子をかぶっていた。それはまるで殺されるための正装のようだった。 写真家の自伝?いやハメットの小説に出てきても全然不思議じゃないカメラアイ描写。そりゃ、写真家、だからね。まさに「カメラアイ」そのもの。 もちろんこの1930~40年代の描写が素晴らしいわけだけど、自伝だからね。ウィージーはこの「殺人株式会社の公認写真家」としての写真集「裸の町」1945を出版して、一躍時の人になり、アーチストに成りあがってしまう。それからは写真も自伝の記述も退屈になってくる。まあ、それは仕方のないことだ。 でこの写真集「裸の町」を映画化する企画があって作られたのが、ジュールス・ダッシン監督の「裸の町」で、ウィージーの写真にインスパイアされた、オールロケのポリスアクション。これも映画史では重要な作品になる。 ちなみに今は亡きリブロポートの写真関連書籍で出版された本である。装丁に戸田ツトムが入っていて、センスのいい造本が素晴らしい。もちろんウィージー撮影のギャングの死体がゴロゴロ転がった写真も多数収録。紙質はよくはないから、洋書でいいなら Weegee の写真集は手に入りやすいからどうぞ。 |
No.749 | 5点 | 裂けて海峡- 志水辰夫 | 2020/10/11 22:21 |
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ヤクザとのトラブルで刑務所に入ったカタギの主人公が出所してみると、自分の海運会社の唯一の持ち船が大隅海峡で沈没し、弟と苦労を共にした仲間は絶望視されていた。鎮魂のために沈没地点の間近の内之浦町中浦に赴いた主人公は、そこで沈没事件が事故ではなくて、何者かに撃沈されたのではないか、という疑惑を抱く...落とし前を付けるために主人公を追ってきたヤクザと、掴んだ手掛かりの証人を消していく謎の組織の両方に追われる主人公の逃避行の末は?
というようなバイオレンスの話。ヤクザと謎の組織は両方ともプロで、アマチュアの主人公が追われるのだけど、この主人公、積極的に反撃するタイプ。暴力は、使う側は他人をダマらせるために行使するのだけども、中には逆上して反撃して、とんでもない結果を引き起こすことだってあるわけだ。「一人だけの軍隊(ランボー)」みたいな話といえば、そう。 主人公にしてみたら、ヤクザの理不尽な暴力も、国家の「安保上の云々」による暴力も同じことで、カタギが捨て身で反撃する気合と能力がある時には、暴力なんてそもそも逆効果でしかない、という逆説が露になってしまっているわけだ。秘密や弱みがある側の方が、実は弱いんである。暴力を使ってしまえば、「暴力を使った」ということ自体がマイナスにしかならないんだよ...というアカラサマで「小説にならない」興ざめな舞台裏を気づかせてしまう、というのは、やはり小説としては?と思わないわけでもない。 主人公とヒロインに、評者は全然共感できない...ドツボな方向をわざと選んでいるようにしか、見えないんだよね。状況判断が悪くて逃げ切れるときにも、余計なことして捕まりかけるわけだし。主人公とヒロインの会話も気取りすぎ。 だから、たいへん後味の悪い話。ロマンティシズムってそういうことじゃないと思うんだよ。 |
No.748 | 7点 | 勇将ジェラールの回想- アーサー・コナン・ドイル | 2020/10/09 21:19 |
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ドイルの三大シリーズ・キャラクターは、ホームズ、チャレンジャー教授、それにジェラール准将、ということになるんだけど、ジェラールの人気は日本じゃ他の二人に大きく後塵を拝して...ということになってしまう。戦前の昔から翻訳されてはいるんだけどねえ。
「大奈翁」で通じた時代なら、それなりの読者層があったんでは、とも思うんだが、逆に今はね藤本ひとみとか長谷川ナポレオンとか読まれるようになってきたから、本作だって「ナポレオニック」の一つとして読まれていいんじゃないかな? この短編集だと8話収録、1807年のナポレオン絶頂期に中尉だったころから、1814年の退位直前にジェラールは准将、というナポレオンの転落の激動の中での、軽騎兵ジェラールの活躍を描いている。 中尉時代の上官は「30までに死なない軽騎兵はクズだ!」で有名なラサール大佐、大佐時代の司令官がマッセナ元帥、皇帝ナポレオンからの直々のご指名で役目を与えられることもこの本の中で3回、タレーランや参謀長ベルティエ元帥も登場...ミュラ元帥やらネイ元帥、マクドナル元帥の寸評など、ナポレオニックというか、ここらの元帥たちのキャラに馴染みがあると、3倍おいしい作品だったりするのである。 で、このジェラール准将、 「考える!おまえが!」陛下は大声を発せられた。「わたしがおまえを選んだのは考えてもらうため、とでも思っているのか?」 と、オツムの方はホームズどころか、大幅に足りない方なんだが、ナポレオンには誠忠無比、命知らずの楽天的な行動家で、生一本の快男児である。逆にそれが、作劇的に先が読めない方向に転がって行って、これはこれでドイルらしい良さにつながってくる。敵や味方が仕掛ける手の込んだ「罠」を、何も考えずにパワフルに突破してしまい、「結果よければすべてよし」になる話だから、結構な爽快感がある。いやホント、主人公が何も考えないイノシシ武者だからこそ、凝った陰謀でもコミカルに見えてしまうほどである。 いやいや、評者チャレンジャー教授より、ジェラール准将の方に、好感、である。歴史小説好きなら、SFよりおすすめだと思う。 |
No.747 | 5点 | 雪の別離- 夏樹静子 | 2020/10/06 14:36 |
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夏樹静子って「蒸発」とか「Wの悲劇」くらいしか読んだことなかった..けどなぜか本棚にある。どうやら亡き母が買ったもののようだ。なので初読だと思う。
時期でいうと「Wの悲劇」の頃の短編集で、8作収録。1作平均30ページ強。一応ふつうにミステリで、リアルな範囲でのトリックがあったり、意外な真相があったり。とはいえね、大概の作品は狙いが読めて、意外性はさほどない。シンプルと言えばシンプルなミステリで、あっさり風味。女性視点が多いけど、女性心理のドロドロはそれほどでもない。 80年代初めだけど、どっちか言うと70年代的テイストで、郊外新興住宅地が舞台だったり、地方の中小企業の内幕だったり...という世界。やたらと懐かしいんだけど、その分なんか古臭くなってるのが、評者はショック。この人キャラ造形は「世の中のフツーの庶民」というタイプがほとんどなので、リアルと言えばリアルなんだけど、もはやレトロな世界に入ってしまっている印象。 なので、全体的に見ると、大したことのない作品集。それでも最後の「天人教殺人事件」は新興宗教の教祖と補佐役の話で、特殊題材なこともあって、わりと面白い。けどね、語り口を変えたらずっとよくなりそう...なんて思ってしまう。 70年代的な標準ミステリ、というのが全体的な感想。 |
No.746 | 8点 | 屍蘭 新宿鮫III- 大沢在昌 | 2020/10/05 08:34 |
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評者は奇数番好き。昔のドラマで年喰った原田芳雄が出てたのが懐かしい...で本作はゲイ要素はほとんどないけど、事件の「女性度」が高い作品。いいのは犯人グループの中でいろいろ角逐があって、「女同士の愛憎の絆」に、オトコが割り込めないあたり。でワルい奴なのにこの光塚が妙に憎めない。この光塚のキャラ、なくても成立する話(でも、ないと鮫島への罠が作れないが)なんだけども、この男がいることで、話がうまく膨らんでいるようにも思うんだ。
あと被害者のコールガールの元締め浜倉のキャラがナイス。いい男じゃん。蘭の鉢植えだらけの病室で立ち尽くす暗殺者...とか、印象的なシーンがある。まあおばちゃん、マンガっぽいといえばそうなんだけど、このシーンでそういう印象が払拭する。 |
No.745 | 7点 | 弥勒戦争- 山田正紀 | 2020/10/04 15:08 |
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「裏小乗の独覚」というこのネーミングがすべて。裏高野、裏柳生、裏死海文書。「裏」ってロマンだ(苦笑)。
GHQの謀略云々が取りざたされる占領期の風俗と朝鮮戦争を背景に、GHQやら旧特務機関を向こうに回して、滅びを宿命づけられた独覚一族が超能力バトルを繰り広げる小説。ラスボスは弥勒。この超能力がブッダが備えたとされる天耳通やら宿命通やら、仏典に典拠を持たせたもの、というのがさすが。漏尽通で自殺的に宿縁を閉じて仲間を救うとか、よく考えてある。 アクションのネタに仏教を「使った」作品で、それこそ80年代以降菊池秀行やら夢枕獏、あるいは「孔雀王」なんかで盛んになる「密教バトルアクション」の先駆になるようなタイプの作品だけど、安っぽくならないのが山田正紀の実力をうかがわせる。さすがなものなんだけども、もう少したっぷりこってり、書いてほしかったなあ... (坂口安吾が一瞬登場、なんだけど、弥勒に堕落をすすめる安吾とか、見てみたくない?) |
No.744 | 7点 | ケンネル殺人事件- S・S・ヴァン・ダイン | 2020/10/04 14:52 |
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ヴァン・ダインの中で皆様の評価の平均点が一番高いのが本作になる。面白い....一番アンチがいない作品になるようだ。密室~二度殺された男~別死体発見、と怪奇性で読者をうまく誘っていく流れに、ストーリーテリングのさすがの上達を見せているように感じるよ。ヴァンスが透視的に別な殺人があることを推測して、それを見つけ出すシーンが、何といっても、かっこいい。
ペダントリも二段構えで、中国陶磁器の話と、スコッチテリアの育種。中国陶磁器の話とか手慣れた感じがあって、安心して聞けるし、怪我をした犬の身元を調査するので追いかけるエピソードなど、物珍しくも面白い。ペダントリは装飾なんだけども、それが邪魔になってなくて、小説としてのふくらみになっているように感じる。 で、怪奇な事件に相応した怪奇な真相、うん、ミステリとしても小説としても、うまくまとまったアラのない作品だと思います。 |
No.743 | 4点 | 黒いジャガー- アーネスト・タイディマン | 2020/10/01 20:10 |
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女に滅法ツヨい黒人の私立探偵は?
シャフト! その通り。相棒のためなら命だって賭ける男は? シャフト! と、黒人探偵は結構いるんだけども、小説の黒人探偵以上に、映画ではこの「黒いジャガー」のシャフトがレジェンドになっている。いわゆる「ブラック・エクスプロイテーション映画」のハシリであり代表作で、アイザック・ヘイズのテーマ曲と演じたリチャード・ラウンドツリーのカッコよさ、冒頭のシーンの望遠レンズを多用した街頭ロケの美しさ...などなどで、サブカルのレジェンドとなっている映画の原作である。映画の監督ゴードン・パークスは黒人だけど、原作作者は「フレンチ・コネクション」の脚本家で、白人なのが残念。 滅法タフな黒人私立探偵シャフトは、二人組の黒人ギャングのご訪問を受けたが、失礼だから窓から放り出してやったぜ。二人組を差し向けたハーレムのボスが自ら出向いて詫びたこともあって、その依頼を受けることにした。ボスの娘が何者かに誘拐されたようなのだ。シャフトは旧友のブラックパンサー活動家のベンから娘の行方を探るのが、このブラックパンサー一味は何者かの襲撃を受けて、ベン以外皆殺しになった!どうやらハーレムの麻薬密売に絡むマフィアとのトラブルが背景にあるらしい.... という話。シャフトのやたらなタフさが強烈。映画は原作の話の展開に結構忠実。クライマックスはやや盛ってる。白人警官との友情は小説はあまり表には出ない。ハヤカワ・ノヴェルズで映画公開に合わせて出版されたわけだけど、訳文が今一つで、結構何言ってるかよくわからないようなところも多い。意外なヒットで急遽出版が決まり、即席での翻訳出版だったのかな。原作も妙に心理描写しすぎでハードボイルドの良さみたいなものは薄い。 映画を見た方がずっといい。まあ映画も途中話は結構ダレるんだけどね。個人的にはこの監督の同名の息子が作った「スーパーフライ」の方がニューシネマらしいアンチヒーローで好きだなあ。 |
No.742 | 7点 | 宵待草夜情- 連城三紀彦 | 2020/09/30 12:17 |
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連城全盛期でも後の方になるからか、たとえば「戻り川心中」と比較すると、ミステリと小説のバランスがやや崩れつつあるか?という印象を受ける。小説側の方に力点が傾きすぎに感じるんだね。まあそれでも立派なものではあると思う。
個人的には戦後を扱った「未完の盛装」が、浪漫情緒に流れ過ぎず松本清張風のテイストが出て、面白いと思う。だからこれがミステリとロマンのバランスが一番とれた作品になるようだ。まあ浪漫情緒が読みどころの「宵待草夜情」みたいに情緒に溺れるのもいいんだけどね...実に夢二テイストで「待てど暮らせど来ぬ人を...」のメロディが読んでて脳内に流れまくりでありました。「この花は血を吐いて死ぬわ...」がミステリの仕掛以上に効いた仕掛けで、そういうあたりこの人がミステリから離れる遠心力になってしまっているようにも感じるんだ。 まあそういうわけで、ミステリ的な仕掛けとややサドマゾ的な男女関係を組み合わせた作品は、評者はやや苦手感が強い。あざとく感じがちなのは、年を喰ったせいかなあ。 |
No.741 | 5点 | 右門捕物帖(一)- 佐々木味津三 | 2020/09/27 14:45 |
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評者の「五大(か七大)捕物帖」もいよいよ右門で一通りになる。けどね、右門は全38編で作品数はそう大したことはないんだが、電子書籍以外では現役の新刊本は存在していない。かつては映画でもTVでも人気だったのだけど、「もはや過去の作品」ということにはなる。
で...なんだが、都筑道夫が本シリーズを嫌いまくって、「捕物帳を怪奇スリラーに貶めた」と批判して、ミステリとしてはなってないからミステリとして書き直したりとか、あるいは発表当時でも「旗本退屈男」の方だけど三田村鳶魚に「大衆文芸評判記」のなかで「時代物を全く時代知識なしで書く。その胆力は感服すべきものであるかもしれないが」と皮肉られるなど、批評面では散々なことでも有名でねえ。 しかし、スタイル的には半七はそれ以降の「捕物帳」ではないわけで、一般に「捕物帳」とされるスタイルを作り上げたのが、この「右門」であることは動かしえない。主人公とその相方(右門なら「おしゃべりの伝六」で、ガラッ八の先輩になる)との軽妙な掛け合い、ライバルの「あばたの敬四郎」(平次なら三ノ輪の万七)の鼻を明かす活躍、草香流柔術やら錣正流居合切りやら、平次の投銭に相当する必殺技...と、キャラクター配置は右門で完成するわけだし、 明皎々たること南蛮渡来の玻璃鏡のごとき、曇りなく研ぎみがかれた職業本能の心の鏡にふと大きな疑惑が映りましたので... といった「語り物」調の平明な語り口も、平次に採用されたわけで、本当に銭形平次が右門の模倣から始まっていることは言うまでもないくらいだ。 事件はというと、八丁堀のお組屋敷の花見の座興で清正虎退治がすり替わって虎役が殺される「南蛮幽霊」、旗本の寝所に毎晩生首が届けられる「生首の進物」、忍城下で腕利きの侍の右手が辻斬りに逢う「血染めの手形」、山王権現の祭礼で将軍上覧の前で牛若に扮した商家の主人が毒死する「笛の秘密」...と派手で発端の怪奇性は十分、なんだけど、右門は「明知神のごとき」とか、そういうわけで論理性もへったくれもなくて、真相を看破してしまう。だからミステリと思って読むとけっこう、ばかばかしい。辻褄の合わない話も多いしなあ。 けどね、乱歩の通俗物やジュブナイルに通じる駄菓子の面白さがあるわけで、生暖かい目で読むには、そう悪くない。明智探偵=むっつり右門、というくらいに読めばいいんだろうと、思っているよ。縄田一男も乱歩が「多彩な美と、ギョッとさせる怪奇と、その間を縫って、苦み走った好男子むっつり右門が、颯爽と縦横に歩き回っている」と評したのを引いて、乱歩と味津三の相通じるあたりを突いている。 捕物帳を系統的に読むなら、やはり右門は外せない。 |
No.740 | 6点 | 失われた世界- アーサー・コナン・ドイル | 2020/09/25 21:44 |
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とりあえずドイル年代順、で読んでいるので「帰還」の次は「失われた世界」になる。ホームズからチャレンジャー教授、そういう流れでドイルのヒーローを見ると、やはりドイルはキャラの「誇張」みたいなものをうまく使って造形しているという風にも感じられる。
チャレンジャー教授はホームズと比べたらずっとマンガっぽいキャラではあるけども、猿人たちの王様と瓜二つとか、ドイルが楽しんで書いてるようにも思えてニヤリ。こんな破天荒な野人のチャレンジャー教授に対して、その論敵である、冷静だが皮肉屋の科学者サマリー教授を配し、さらに理想的な冒険家でいざという時に頼りになるロクストン卿、ワトスン的なニュートラルさを持つ「わたし」。このチームのキャラ付けにドイルらしい大衆作家的な達者さをみるのがいいのだろう。「わたし」は新聞記者で、旅行中に書いた記事が届くかどうか?をいろいろ弁解してみせるのが、リアリティを醸し出すうまいギミックになっている。 話としては、舞台となるメイプル・ホワイト台地の自然が博物学的に面白い、というのがもちろんなのだが、後半猿人vsインディアンの戦争みたいな話になってしまって、評者はやや興覚めした。自然描写と恐竜の脅威で押し通してもらいたかったなあ...なんていうのは、ちょっと無理な相談だろうか。SFと冒険のバランスの問題なんだろうけども、やはりドイルなので冒険の方が比重が高いことになるんだろう、仕方ないなあ。 |
No.739 | 7点 | シャーロック・ホームズの帰還- アーサー・コナン・ドイル | 2020/09/23 13:26 |
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評者は半七と並行して読んでいるせいか、「半七ってホームズ、だなあ」なんて思わせるものがある。たとえばこの短編集だと「金縁の鼻眼鏡」が半七の「お化け師匠」に「化ける」わけで、古典ってそういう普遍性なんだな、なんて思う。「鼻眼鏡」今でも皆さん評判がいいようだから、綺堂の眼のつけどころが、優れているわけでもある。
だからね、ホームズの遺伝子というのは、いわゆるパズラーの名探偵以上に、半七もそうだけど、たとえばコンチネンタル・オプなんかにも強く流れているようにも感じるわけだ。たとえば、「恐喝王ミルヴァートン」とか推理とか特にないけども、名悪役を巡るアクション中心に皮肉な結末に終わる話で、書き方を変えたらハードボイルド?という気がしなくもないんだよ。あとたとえば「ブラック・ピーター」で犯人を呼び寄せる「逆トリック」とか、どっちかいえばパズラーでは廃れて警察小説で復活した手法になるわけだ。ホームズの遺伝子の広がり、みたいな視点でミステリを大きく捉えるのが、評者は好きだ。 あというと「踊る人形」。ポオの「黄金虫」が文字出現頻度+連結出現傾向から換字表を割り出す解読法だから、これは本当にコンピュータを使って解読するのと同じやり方なんだよね。でも「踊る人形」は暗号文が短すぎてとてもじゃないけどシステマティックな数理的解読法が適用できないから、宛先の名前からうまく解読してみせる、というヒューリスティックな解読法を示している。ドイルは模倣じゃなくて、ちゃんと新機軸を示していると思うんだ。ポオがこのシステマティックなやり方を示したのはもちろん凄いけど、小説での応用は「踊る人形」の方がいろいろできて面白いんじゃないかな、なんて思う。 やはりね、100年以上前の短編1つでも、その後のいろいろな小説の萌芽を豊富に含んでいる...と見ると、さらに趣が深いように感じられる。 |
No.738 | 7点 | 捕物帳の系譜- 評論・エッセイ | 2020/09/21 10:10 |
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評者最近捕物帳を熱心に読みだしたのだけど、ミステリ史について論じた本はやたらとあるのに対して、捕物帳の歴史を論じた本と言うのが、ごくわずかしかないのに、ちょっと驚いている。
縄田一男と言うと、積極的に捕物帳アンソロを編む編者として活躍してるが、その縄田氏による捕物帳論である。ただし、扱っているのは半七、右門、平次の3人だけ。その分のツッコミは深いし、作家論としてはオーソドックス。まさに古典いう名に恥じないというか、ここに書かれた内容をベースにいろいろ論じる出発点になるような本である。 けどね、その分手堅くて、「なるほど」と思わせる指摘は多いけども、いわゆる「面白さ」みたいなものは、さほどない。以前評した野崎六助の「捕物帖の百年」が、本書を意識して本書の「逆」を行っていたんだなあ、とは思わせる。「百年」読む前にこっちを読んでおくべきだったと反省。 とはいえ、関東大震災が与えた「風景」のカタストロフが、捕物帳に与えた心理的背景、というのがこの本の一貫したテーマで、江戸庶民の末裔たちvs明治以降の新しい東京の住人たちの心理的な齟齬が、この風景の瓦解によって平準化されて、その新しい「風景」の上に、この捕物帳が「幻想の江戸」として立ち上がってくる、というのがこの本の「読み」。 胡堂が震災後に評者として選んだ川柳、 駿河町広重の見た富士が見え がこの本の「原光景」。 評者的には右門の佐々木味津三を、東京新住民の代表として捉えて、同じ立場の乱歩と重ねて論じているのは卓見と思う。そうしてみると、右門って乱歩通俗長編の捕物帳バージョン、ということになるみたいだ。半七・右門・平次の三人の中で、一番「隙がある」というか叩かれやすい右門なんだけど、評者意外に好きだったりする....なるほど。 |
No.737 | 6点 | 鉄鼠の檻- 京極夏彦 | 2020/09/20 10:50 |
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今回は禅の話。純粋にミステリと見たら、空前絶後のバカ動機+バカ見立て殺人ということになるんじゃないかな...読むのが二度目のせいかもしれないが、描写がなかなかマンガっぽくて喜劇的に思う。山下警部補の自信喪失エピソードとか、カワイイものじゃん。あまり深刻になって読む作品ではなくて、娯楽で笑いながら楽しんで、禅の雑学が得られるお得な作品、というくらいで楽しめばいいと思うよ。
この作家、禅みたいなややこしい話をわかりやすくまとめる能力はなかなか、あると思う。でもねえ、明慧寺に初めて訪れるまで全体の1/3を費やすとか、描写が全体に冗長なのは....今風なのかな。情報密度が薄いからサクサク読める。皮肉で言う気はないけども、読者の負担が軽くて「なんか読んだような気にさせる」能力は高いと思う。ま、そうでもなければ、ベストセラー作家にはならないか。 レギュラー陣は頭数ばっかりで結局傍観者だし、ミステリ的に怪しい人の事情が最後まで言及なしで伏せられているとか、やや構成に難があるとは思わなくもない。京極堂の推理は、実質推理じゃなくて「手元の隠し札をオープンする」ようなもので、ホントは「推理の物語」のミステリじゃない....まあ「明かされる驚愕の事実」がファンタジーとして成立すれば、エンタメとしてはOK、なのかもね。 とはいえね、敦煌で唐代の禅関連資料が発見されて、いわゆる北宗の教えの実態も今は解明されているようだ。南宗と大きな差はなくて、荷沢神会による一種のクーデターの際に、自分と系統が違う北宗攻撃のためにことさらに「漸悟」とレッテル貼りをした...という何とも興ざめな結論に、今は傾いているそうだよ。評者「六祖壇経」の六祖恵能のカッコよさに痺れたクチなんだが、これも歴史的には「偽書」に近いものらしい。 なかなか、ロマンというものは、難しいものだ。 |
No.736 | 7点 | 天衣紛上野初花- 河竹黙阿弥 | 2020/09/17 23:34 |
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半七捕物帳の「春の雪解」がこの「河内山」を下敷きにした話、というのもあって、黙阿弥を取り上げたくなった。天保六花撰、河内山宗俊と片岡直次郎の話で、いわゆる三千歳と直侍「雪暮夜入谷畦道」でもある。
まあ考えてみれば、黙阿弥というのは、江戸のカッコイイ悪党どもの総卸元みたいな存在である。鼠小僧しかり、白浪五人男、三人吉三....と日本の文芸に強烈な影響を与えた大文豪であることは言うまでもない。歌舞伎でも世話物だから、庶民の生活やフランクな言葉遣いを活写し、しかも芝居の台本だから、心理描写はすべてセリフと動作を指示したト書きに畳み込まれていて...と「ハードボイルド」みたいに読んでも面白いことを発見した。いや江戸時代にホント、ハードボイルドがあるんだって。 (乗った駕籠を抜き身の侍に襲撃されて) 宗俊「駕籠屋、駕籠屋。今光ったのは....星が飛んだのか」 とトボケてうそぶく。まさにハードボイルド風警句。 実際、本作の主人公河内山宗俊は、お茶坊主でありながら不良御家人たちの親分となって、江戸の裏社会に隠然たる実力を養い、偶然耳にした松江侯に軟禁された腰元を救出するために、一肌脱ぐ。これが前半の大きな見せ場。いわば職業的恐喝者なんだけど、江戸っ子の理想を体現したアンチ・ヒーローなのである。寛永寺からの使者に化けて、松江侯の邸に乗り込んで、腹芸の呼吸で腰元を解放する...のだけど、身元がバレてしかも動ぜず「ばかめ!」で、見事松江侯からタカりとる。 うん、今に直してみれば、不良公務員が大企業の不祥事に付け込んで、税務署の査察のフリをして恐喝するような事件のわけだね。このリアルな「市井の事件」感と、リアルなんだけども際立ったアンチ・ヒーロー性が、ハードボイルドという印象につながっているように思うんだよ。 後半は半七の「春の雪解」の元ネタの三千歳と直侍。河内山の子分で松江侯事件でも一役買った不良御家人の直次郎(直侍)は、花魁の三千歳と恋仲だけど、悪事が露見して江戸から逃亡しようとしていた。しかし入谷にある廓の寮(別荘)で療養する三千歳と一目会って...というエピソード。雪の夜を舞台にしたしっとりとした場面が続く。直次郎は悪党だけど色男で、江戸の粋を体現している。寮に出入りする按摩を介して文を届けるとか、その按摩に会うのが蕎麦屋とか、「春の雪解」がこの場面のいろいろな要素を利用して組み立てられているのが、あらためて読むとよくわかる。 まあこの作品、舞台は江戸時代だけど書かれたのは明治になってから。芝居の台本だから市井の口語で話が進むわけで、今読んでも難しさは感じずに、楽しんで読めるようなリーダビリティのいい作品である。 |
No.735 | 6点 | ブラッド・マネー- ダシール・ハメット | 2020/09/16 21:22 |
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ハメットの長編は5作ということになっていて、「ブラッド・マネー」は番外みたいな扱いなのだが、これはおそらく、「ハードボイルドの正統」を作り上げた出版社クノップ社の威光みたいなものが関わっていると評者は思っている。「血の収穫」だって「デイン家の呪い」だって、短編の合体みたいな側面はあるわけだから、そう「ブラッド・マネー」と違わないといえば違わない。どれも「ブラック・マスク」での連載が初出なのだが、「血の収穫」がクノップ社の目に留まり、ハードカバー長編として出たことで、「ハードボイルド」という文芸ジャンルが初めて公式に登場した、と言ってもいいように思うのだ。
つまり、読み捨ての雑誌連載ではなくて、批評の対象になる「作品」扱いされた最初が「血の収穫」ということである。実際「ブラック・マスク」掲載の短編は、1940年代にならないと短編集として出版されていないわけだし。その短編集の最初がどうやら本作を収録した "$106,000 Blood Money"(1943) ということのようである。 Tetchyさんの「荒くれどものジャムセッション」はなかなか言い得て妙。ガンガン人が死ぬ「血の収穫」の前夜祭みたいな作品であるけども、「血の収穫」の大特徴のオプの破滅衝動はない。その分を某登場人物が担ったのかな。騙し騙されクールにピンチを切り抜けるオプの活躍、という印象。 本書の約2/3 が「ブラッド・マネー」で、残りを6短編で分けあう構成。オプもスペイドも登場しないシリーズ外のものばかりで、セレベスのモロ族と白人との相克を描いた「毛深い男」と、帰郷したギャングとその妻の関係を描いた「ならず者の妻」がやや長めの作品。この2つ以外はスケッチみたいな習作だが、KKKを諷した「怪傑白頭巾」に妙な味があって面白い。「帰路」は本当にヘミングウェイ風。 |
No.734 | 6点 | 死は熱いのがお好き- エドガー・ボックス | 2020/09/13 22:20 |
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少し前に映画「マイラ」を見て凄く面白かったこともあって、その原作者のミステリはいかに?なんて興味を持って読んだ。作者のゴア・ヴィダルというと、ゲイ小説のパイオニアだし、ワイラーの「ベン・ハー」のゲイ要素を監修したライターだし、「マイラ」と言えば性転換を扱って「アメリカで一番憎まれた映画」とまで言われた映画である。そりゃあ「ゲイ・ミステリ?」と期待するんだけど....いや、このシリーズ、ヴィダルの性解放が世間の忌憚に触れて干されていた間に「金のために書いた」らしくて、さすがにゲイミスじゃあ時代に先駆けすぎ。評判よくて儲かったようだけど、絶版にして、やっと最近ゴア・ヴィダル名義で再刊したのだそうだ。まあだから、このシリーズの「面白味」はちょっと別なあたりである。
一応、スタイル的にはハードボイルドみたいな一人称私立探偵小説(主人公は探偵で宣伝マンで雑誌ライターで、要するに何でも屋)。でもなんせゴア・ヴィダルみたいな名門出身のインテリの手にかかると、金持ちの未亡人にPR顧問みたいな恰好で雇われて、夏のバカンスをロングアイランドの海岸別荘で過ごすことになる...バカンス地でパーティ三昧の日々を過ごす主人公は、遊び人以外の何物でもない。けどこれに、これがホントに作者の地なんだよね、と思わせるようなリアリティがある。で、この主人公、知り合いの女性記者が同じバカンス地に行くのに列車の中で出くわして、殺人や何やらある雇い主の別荘を抜け出して、この女性記者とお楽しみ! クラブにつく前に彼女を砂丘の方へうまく連れ出した。(略)それはアイダホの山に似ていなかったが、まあ強いて言えばつんと立った女の乳房のように並んでいて、われわれの姿を人の眼から隠してくれている。最初彼女はいやだと駄々をこねてたが、しばらくすると目を閉じた。白く暑い砂のゆりかごの中で抱きあうと、頭の上の空はぬけるように青かった。 とソフトだけどエッチのシーンがある「ハードボイルド」。1954年だもんね、あのマイク・ハマーでも秘書のヴェルダは難攻不落な時代で、アメリカのエンタメがピューリタン主義のために性描写に厳しかった時代に、率先して性描写を持ち込んだミステリ、という歴史的な意義があるようだ。 でもね、ヴィダルはゲイだし、そのせいか性描写はシニカルにしてユーモラス。わいせつ感は全然、なし。 「私あなたに図をかいて女の体ってものが男とどんなに違っているか教えてあげたいくらいだわ。男性はごく簡単で見ばえもよくない鉛管式ですけど、女は―」「女はちょっと洒落た形だと思うね」 「叔母様はどうせ、セックスを駆けっこぐらいに考えているのよ」 とかね、こんな軽妙な会話の面白味で引っ張る小説である。ここらへんのキャラクター性がハードボイルドと言えば軽ハードボイルド調なんだけども、ギャングもヤクザもまったく登場せず、一度背後から殴られて気絶して、最後に真犯人に拳銃で脅されるくらいのもの。上流階級のバカンスが舞台だから、一見「古き良きパズラー風」の事件と背景、しかもトリック風の動きを真犯人が見せたりするから、「本格」という評価をしたくなるも、まあ不思議じゃない。 美しさってあえないものよ。性格だって年とると意地悪くなるわ。だけどお金はうまく投資していればいつでも愛されるわ こりゃ本当の金持ちじゃないと、吐けないセリフだと思う。そういう小説。 |