Tetchyさんの登録情報 | |
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平均点:6.73点 | 書評数:1631件 |
No.631 | 7点 | 犯人のいない殺人の夜 東野圭吾 |
(2009/09/27 00:57登録) 東野氏の短編集はこれまでにも『浪花少年探偵団』、『犯行現場は雲の上』、『探偵倶楽部』などが発表されていたが、それらは全て連作短編集で意外にもノンシリーズの短編集はこれが初である。 統一キャラクターで繰り広げられる連作短編集はキャラクター偏重の趣きが強いが、本作ではそれらを排し、トリックよりもロジック、さらに理論よりも理屈では割り切れない感情、人間の心が生み出す動機について焦点を当てているように感じた。 「小さな故意の物語」では嫉妬心から来る悪戯心と与えられる愛情に対する疲労感を、「闇の中の二人」では思春期にありがちな欲望と嫉妬心を、「踊り子」では淡い恋心を、「エンドレス・ナイト」はトラウマを、「白い凶器」は現実逃避から来る狂気を、「さよならコーチ」は人生を捧げたよすがを失った女性の絶望を描く。 唯一表題作が実にトリッキーな作品で動機も今までの東野ミステリにありがちな天才肌の犯罪者による、利己心だ。 個人的良作は「小さな故意の物語」と「さよならコーチ」。 次点で表題作となるが、後日思い起こして話題に出るほどではない。技巧の冴えが目立つ故に軽く感じてしまう諸刃の剣のような短編集だ。 |
No.630 | 10点 | アスタの日記 バーバラ・ヴァイン |
(2009/09/26 00:24登録) ひたすら脱帽である。よくもまあ、ここまで精緻に“歴史”を紡ぎ上げたものだ。 実際の歴史的事実を織り交ぜ―しかも史実を織り交ぜた事が紛失した日記の一部のキーとなっている!―、また実際にそこにあるかのような細かい描写。 強烈な個性を放つアスタを筆頭に一読忘れ難い人々。 そのあまりの詳細さに疲弊し、また睡魔との格闘を幾度となく繰り返したが、今はただ最後まで読み通せ、また素晴らしい幕切れに感無量である。 要した日数15日。読んだ内容86年分。 |
No.629 | 8点 | 二重螺旋の悪魔 梅原克文 |
(2009/09/24 23:57登録) 梅原氏のデビュー作。 瀬名秀明氏の『パラサイト・イヴ』に先駆けること1993年に発表したバイオホラー・エンタテインメント。 とにかく次から次へ読者を愉しませるアイデアを放り込み、読者にページを繰る手を休ませようとはしない。 また『幻魔大戦』や『クトゥルー神話』など、作家の趣味だと思われる物も詰め込み、上下巻1,000ページを駆け抜ける。 最新(1993年当時に構想のみされていたものも含めた)のバイオテクノロジーからダーウィンの進化論、そして恐竜の絶滅から新約聖書、サイバースペースなどなど、多種多様なジャンルを盛り込み、壮大なスケールで描いたスペクタクルホラー。一言で云おうとすると、修飾語が多く付きすぎて収拾が付かなくなるほど、盛り沢山のエンタテインメント作品。 |
No.628 | 4点 | 殺す人形 ルース・レンデル |
(2009/09/22 20:10登録) レンデルにしては珍しく整然さを欠いている。 ストーリー展開は確かに従来の作品群同様、全く読めないのだが、今回はそれが読書の牽引力になっていない。 昔から失語症など些細なハンディキャップを素材にして普段到底あり得ないような事態を丹念に心理描写を重ねることで絶大な説得力を持って読書を引っ張ってきたのだが、今回はあまりに魔術や心霊に寄りかかってしまったため、今一歩説得力に欠け、ノレなかった。 期待というより心配された結末はチープなものだった。 |
No.627 | 7点 | 死が二人を別つまで ルース・レンデル |
(2009/09/21 23:51登録) ウェクスフォードを外側から描く、ウェクスフォード物の異色作でどちらかと云えばノン・シリーズに近い。しかし、ウェクスフォードが登場人物の目にどのように映っているのかが垣間見れて面白かった。これほど影響力の強い人物だとは思わなかった。 主人公の牧師、アーチェリーをして「あの男は神の権化」とまで云わしめるのは過剰なる賛辞だと思うが。 結局、「事実」はなんら変わらなかった。ただ「真実」が無機質な人間2人を変えた。 レンデル物では珍しい、爽やかな読後感だ。 |
No.626 | 5点 | 指に傷のある女 ルース・レンデル |
(2009/09/20 20:14登録) 内容は冗長すぎるきらいがあるとは感じた。全然サスペンスとして盛り上がらないのだ。 だが収穫はあった。そう、G・K・チェスタトンのあの名言が。 |
No.625 | 1点 | 荒野の絞首人 ルース・レンデル |
(2009/09/19 23:55登録) これははっきり云って駄作でしょう。金を出して読むまでの無いミステリだった。 この物語のキーとなるリン殺害の真相とリップの正体は予想通りで、全体的に地味なトーンで興趣をそそられなかった。説得力に全く欠けていた。 さらに、翻訳のぎこちなさ。小泉喜美子の訳とは思えないほどの直訳文体だった。日本語になっていなくて理解に苦しむ文が多々あり、非常に不愉快だった。 |
No.624 | 10点 | ロウフィールド館の惨劇 ルース・レンデル |
(2009/09/18 23:17登録) これが噂の、という期待感で臨んだ本書。 冒頭の有名な一文がこの物語の全てだ。即ち ユーニス・パーチマンがカヴァデイル一家を殺したのは、読み書きができなかったためである。 この一文から始まる物語を聖ヴァレンタイン・デイの惨劇へと収斂させていく手並みは見事。 日常の、本統に何気ないアクシデント、例えばTVの故障などが文盲であるユーニスにとって狂気へ駆り立てる一因となっていく事を実に説得力ある文章で淡々と述べていく。 そして事件後の真相に至る経緯も、事件前に散りばめられた様々な要素が、単純に真相解明に結びつかない所が面白い。 運命を弄ぶレンデル、そして“怪物”を生み出したレンデルに拍手を贈りたい。 |
No.623 | 6点 | わが目の悪魔 ルース・レンデル |
(2009/09/17 23:13登録) もっとストーリーに起伏があるのかと思っていたが期待していたほどではなかった。アーサー・ジョンソンが己の基盤から逸脱し、途轍もない恐怖を纏うのかと思えば、そうでもなく、終始劣等感を抱いた小心者だった。 結末も読者を突き放すように唐突に終わり、カタルシスを得ることがなかった。 そう、題名の“わが目の悪魔”が誰の心にも巣食っているというのは判るのだが、それが暴走しなかったのが物足りなさの根源か。 |
No.622 | 9点 | ひとたび人を殺さば ルース・レンデル |
(2009/09/16 20:00登録) 上手い! 重厚で昏いイメージを数多の書評子から植え付けられていたが、いやいやどうして!何と読み易い、そして抜群のリーダビリティーがある。 恐らく本作は著者にとっては傑作ではなく寧ろ佳作となるべき作品だろう。 しかし、登場人物、特に女性像がどれも印象的で、登場人物表に載ってないのが不思議なくらいだ。しかもプロットをしっかり形成して取りかかる作者らしく、終始一貫したテーマが立ち上り、着地も見事決まった。 |
No.621 | 7点 | ハートシェイプト・ボックス ジョー・ヒル |
(2009/09/16 00:30登録) 絶賛を持って迎えられた短編集『20世紀の幽霊たち』の作者ジョー・ヒルの初の長編は幽霊の復讐譚を扱ったホラーだ。 家族を間接的に失った遺族の復讐が動機と思われた怪異はしかし意外なバック・ストーリーが後半明かされる。 ここに至ってジュードとジョージアの幽霊との闘いという図式で展開する物語はその実、別れた元彼女フロリダことアンナ・マクダーモットの物語でもあることに気付かされる。これは素晴らしい! 読んでいる間、クーンツ作品を読んでいる既視感を感じた。 主人公の心情と信条をくどいまでに細かく叙述する語り口、登場人物が幼少の頃に親から受けた迫害というトラウマ、そして何よりも物語のキーを握る存在が犬という共通性。 だが脅威をもたらす幽霊クラドックはクーンツが生み出す、主人公に絶望的なまでの無力感を感じさせる悪魔のような怪物ほど怖くは無い。 共通するのは異常なまでの執着心と蛇が蛙をいたぶるが如き醜悪さ。 それでも悪役の造型にはやはりクーンツに一日の長がある。まあ、デビュー仕立ての作家をホラーの大御所クーンツと比べる事自体が過大な要求なのだろうけれど。 |
No.620 | 7点 | シミソラ ルース・レンデル |
(2009/09/15 00:50登録) “差別”が本書の一貫したテーマになっている。 事件の本筋のように人種差別は元より、軽い物では女が男を養うことへの抵抗を示した女性蔑視、老人の記憶は当てにならないという先入観、醜い者を見ると苛めたくなる心理。差別は心に悪戯をする。それが時には人の死に至るまでの事になる。 内容はウェクスフォードの推理が神がかり過ぎるところが多々あるが、明かされる真実が痛々しく、心を打つ。 最後の最後で明らかになるタイトルの意味は簡単な物だが、別の意味で一人の人間の尊厳を謳っているように思える。 |
No.619 | 8点 | 眠れる森の惨劇 ルース・レンデル |
(2009/09/13 20:28登録) 今までミステリとは、事件が起こり、その事件に関する犯人、動機、手法といった様々な謎を主人公とともに探り当てる、その過程を愉しむものだと思っていたが、本書を読んでいる最中はそういう風には思わなかった。 ミステリとはある事件をきっかけに、それに纏わる人々を活写し、またそれによって起こる登場人物達の様々なドラマを読み解く物なのだな、そういう風に感じた。 前者は「推理」小説であり、後者は推理「小説」となるのだろう。 しかし本作はその双方の魅力を兼ね備えていた事を、結末で思い知らされた。 デイジイという人物の位置付けは結末に至る前には判ってしまったが、それでも尚、本作は面白い。 原題「ガンナーの娘にキスをする」 その警句が「ガンナー」=「拳銃使い」=「○○」という暗示めいた等式に歪められ、皮肉な響きを胸に残した。 |
No.618 | 7点 | 女を脅した男 ルース・レンデル |
(2009/09/13 00:25登録) 前半7編がノン・シリーズ物で後半4編がウェクスフォード物。 率直に云えば、順番は逆の方が読後感は良かったように思うし、評価も点1つ上がっただろう。 ウェクスフォード物については措くとして、ノン・シリーズ物について云うと、長編におけるそれは、砂の一粒一粒までを描くような木目細やかな心理描写を幾度となく畳み掛ける“重量感”があり、時にはそのために辟易してしまう所があるが短編のそれはほぼ20ページ前後の長さに集約された“切れ味”が際立っており、心地良い。 久々にレンデルを読むならば長編だろうが、レンデル漬けになるとこういった短編が息抜きとなってちょうどいい。 |
No.617 | 6点 | 虚栄は死なず ルース・レンデル |
(2009/09/12 00:35登録) レンデルの数あるヴァリエーションの内、38歳で結婚した女性を主人公にしたことから、所謂世間知らずゆえの犯行を描いた物かと思ったがさにあらず、ただ今回は、作者の手玉があまりに見え見えで、ある人物のある事実はサスペンスの牽引力としては弱かった。 ちらっとあとがきを見ると、本書は1965年作のノン・シリーズ2作目とのこと。「レンデル神話」のまだ草創期の作品なのだから無理もないか。 |
No.616 | 6点 | 殺意を呼ぶ館 ルース・レンデル |
(2009/09/10 20:58登録) 作中幾度となく引合いに出されるように、これはレンデル流『千夜一夜物語』なのだ。 シュローヴ館という建物に魅了された女の破滅への道のりと、その娘の、母という繭からの脱皮と自我の覚醒とを書いた。 今回のラストは実にレンデルらしくなくて清々しい。 ショーンよ、御前は真底、男だったゾ。 |
No.615 | 8点 | 摩天楼の怪人 島田荘司 |
(2009/09/10 00:11登録) 題名、連続殺人事件に現れては消える謎の存在ファントム、さらには物語の中心となるのが女優であることから容易に連想されるのはガストン・ルルーの『オペラ座の怪人』。 ただあとがきにも述べられているが、本家が怪人と美女との悲恋の物語であるのに対し、本書はあくまでも不可能趣味、怪奇趣味を前面に押し出していること。従ってファントムが恋焦がれて止まないジョディ・サリナスなる女優がそれほど生涯を賭して守るほどの愛らしさ、崇高さを備えているとは思えなかったきらいはある。 物語全体に散りばめられた謎は今回も御手洗の閃きによって暴かれるが、果たしてこれを本格ミステリと呼んでいいものか疑問が残る。確かに手掛かりとなる暗号もあれば、事件現場の見取り図も読者に提示されている。が、しかしそれでもこの真相を看破できる読者は皆無であろう。 また今回のメインの謎とされるたった15分間―その後物語が進むにつれてそれは10分間と更に短縮されるが―で1階から34階までいかに移動して殺人を成しえたかという謎の真相もまたある専門知識、いや薀蓄を知っていないと解けないものだ。唯一おぼろげながら真相が解ったアパートの窓が一斉に爆発した謎の真相もまた専門知識が必要であり、門外漢には全く解けないものだろう。 こうして振り返ってみると、もはや御手洗シリーズは読者との推理合戦の領域を超越し、作者の奇想の発表の場になってしまったのだなと一抹の寂しさを感じる。しかしその作者の奇想が読者の予想をはるかに超え、実にファンタスティックである故に、私のような固定ファンがいつまでもいるのだ。この作風が許せる島田はやはり日本の本格シーンの中では唯一無二の別格的存在だといえよう。 |
No.614 | 8点 | 身代りの樹 ルース・レンデル |
(2009/09/09 00:05登録) 狂える母、モブサを設定した所でこの小説は勝ったも同然である。この母の存在があったからこそ、到底起こりえない出来事がごく自然に流れとして滑り込んでくる。 そこから揺れ動く人々の心模様。 そしてテレンス・ウォンドという小技が実に最後の最後で、絶妙な形で効いてくる。心情的にはこの小心者に勝利の美酒を与えたかったのだが。 しかし珍しく実に爽やかな読後感だった。 |
No.613 | 8点 | 罪人のおののき ルース・レンデル |
(2009/09/07 23:37登録) この感想は完全にネタバレ! 最後の手記で全てが裏返る。 それまでの彼は、何者よりも強く、倣岸で不遜だった。高みから見下ろしているかの如くだった。 しかしそれは人生に対する諦観から来る捨鉢な言動に過ぎなかった。 私はプライドの高さゆえの犯行だと推量したが、全くの逆で何も持たない男の現実逃避だったという落差が切なかった。 事件自体は派手さはなく、寧ろ凡百のそれだろうが、彼の放つ言葉一つ一つが哀切で、特に「私は死にたい」の一言が強く印象に残った。 |
No.612 | 7点 | 死を望まれた男 ルース・レンデル |
(2009/09/06 20:37登録) メインの被害者となるチャーリー・ハットンの、周囲の人々に与える嫌悪感がレンデルにしては描き込みが足りず、薄味だったように思われる。 2つ目の、ファンショーの事件がハットン殺害事件に結びつくのは容易に想像できたが、犯人の隠し方がいかにもレンデルらしい手法でニヤリとした。 今回感心したのは、キングズマーカム署に備え付けられたエレヴェーターの使い方。 この小道具をコミカルに、そして有意義に活用している手際は見事。 |