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ミステリの祭典

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みりんさんの登録情報
平均点:6.66点 書評数:546件

プロフィール| 書評

No.506 7点 目には目を
新川帆立
(2025/11/08 06:42登録)
娘を殺された女の復讐譚ではなく、殺人を犯して少年院に服役していた6人の少年達の生活と社会復帰後の姿を取材する話。
少年達の中には更生している者もいれば、犯行時から微塵も変わらない者もいる。
目には目を。殺人には殺人を。そんなありふれた話では終わらない。復讐の連鎖を終結させる主人公の選択「反省には反省を」 明言を避けて誤魔化すのではなく、贖罪に対して2つのアンサーを並列に示しているところが凄い。


No.505 7点 月の扉
石持浅海
(2025/11/07 12:23登録)
いいね。序盤からハイジャック事件が起こり、月の向こう側へ行こうとする怪しげな儀式が匂わされ、グッと惹き込まれる。
キーとなる石嶺のカリスマ性については、直接的な表現を避けて周りの評価に押し留めているので説得力は薄いが、どう表現しても胡散臭くなるので仕方がないのだろう。
立て篭もり犯も予想外の殺人事件が密室状況で起こる。こちらはオマケのようなものか。
物語は唐突に予想外の結末を迎えるが、すべての事件は石嶺の危うい思想がトリガーとなっているという構成が上手い。偶然も偶然で終わらせない。幻想的なラストもギリギリあり得そうな範囲を攻めている。


No.504 8点 童夢
大友克洋
(2025/11/05 19:05登録)
誰が言ったか漫画史は大友以前・大友以後で分けられるとかなんとか。ほんとかな?当時を全く知らない者からすると、『デビルマン』を描いた永井豪ならまだしも、そこまで後世に影響を与えているのかなあと懐疑的です。何はともあれこの機会に便乗登録です。

マンモス団地で起こる連続不審死事件。事件を捜査していた巡査が転落死し、拳銃が紛失する。
ここまで書くと誰もがミステリーを期待しますが、一応はモダンホラーというジャンルに分類されるらしい。私の中では超能力バトル・アクションを如何に絵で表現するか?その地平を切り開いた漫画という印象です。バトル漫画界のアガサ・クリスティーって感じですね。童夢(1983)が発売された翌年にあの『ドラゴンボール』が連載開始し、このエッセンスはしっかりと継承されていますね。
画力は圧倒的で、特に建造物に対しては狂気じみたこだわりがあるのか、もはや写真の模写ではないかと疑うレベルです。
閉鎖的な団地を舞台にしており、その地域の人達の頭のネジが外れているというところは、よくある因習村系ホラーミステリーのようです。どこか現実と地続きのような世界観で、非現実的な超能力バトルが繰り広げられていくという展開は今でも斬新なのかもしれませんね。
全1巻で完成度の高い漫画です。


No.503 7点 ロスト・ケア
葉真中顕
(2025/11/05 18:54登録)
本サイトではたまに「時の作家」が現れるが、この人もそんな予感がするので、古参ぶっておこう(もうおそい?)

社会派な内容とどんでん返しのバランスが中山七里みたいだと思った。後者は邪魔者のようにも思えるが、ミステリー好きへのサービスでしょうね。
1番の衝撃は「相模原障害者施設殺傷事件」よりも前に発表された作品だということだ。現実の事件をモチーフにしたのだと思っていたが、フィクションが現実を先取りするなんて…

 私は性善説を信仰する大友検事があまり好きになれなかったのだが、そこすらも著者の狙いだったのだろう。
「殺すことは間違っている!救いも尊厳も、生きていてこそのものだ。死を望んだんじゃなく命を諦めたんだ!」 
だが、介護の世界は決して理想論では片付けられない。家が裕福でVIP待遇の老人ホームに父親を入居させた大友が言ってもただの綺麗事にしか映らない。
「あなたがそう言えるのは、絶対穴に落ちない安全地帯にいると思っているからですよ」 
ストンと腑に落ちた。まさにこれが日本がいつまで経っても変わらない原因の一つなのだろう。
この作品を読んで平然としていられるのも、どこか自分とは違う世界だと逃避しているのかもしれない。だが、いつか親を介護する日はやってくる。子の顔を忘れ、糞尿を撒き散らし、暴言を吐く親を私は献身的に介護できるだろうか?少子高齢化が加速するこの国で、介護の現場は崩壊を起こさないのだろうか?本書を読んで、将来に対するあらゆる懸念が浮かび上がったが、明るい見通しは立たないまま、ただ絶望の淵に沈んで物語は終了した。


No.502 6点 終りなき夜に生れつく
アガサ・クリスティー
(2025/11/02 21:01登録)
映画『タイタニック』のようなベタなロマンスの中に、『レベッカ』とか『ずっとお城で暮らしてる』みたいな危うさがずっと同居していた。あの存在はずっと異質なものとして描かれていたので、悪い予感はしていた。終盤まで読むとああやっぱり…本サイトの了然和尚さんの書評にある「アレよりは物語として面白いが、ソレの方が本作より面白い」に完全同意です(タダノリしてスミマセン)
ソレとは方向性は完全に違うし、もはや謎解きなどの領域を超えた純文学のような読み心地で、○欲に支配された者が甘やかな喜びを捨て去り、終りなき夜へと向かうラストは確かに強い余韻を残しました。いいタイトルですね。


No.501 5点 踊りつかれて
塩田武士
(2025/11/01 09:52登録)
今年も新刊を読む時期ですね。今年該当作なしだった直木賞の候補作のひとつですが、個人的にはイマイチでした。
まず、前半はSNSの誹謗中傷問題だったのに、後半は誹謗中傷された歌手と音楽プロデューサーの人間ドラマへと変わり、テーマがブレていると思う。
ページのほとんどを占めるのが弁護士久代による瀬尾周辺の人間関係の調査。だが、瀬尾がただひたすら善人であることを強調するだけで、SNSの誹謗中傷という問題がいつまで経っても着地しない。この問題は、物語の中〜終盤に登場人物の直接的なセリフによって触れられるのみで終わる
誹謗中傷する側を過度に嫌悪感のある造形に仕立て上げ、報復とはいえ個人情報を晒した瀬尾を聖人として描く事は、勧善懲悪のヒーロー物として自分の目には映ってしまい、せっかくの問題提起を単純化させてしまっている。前半が面白かっただけにもったいない。

素人の癖にネットの隅っこで偉そうに作品を批評して、「5点」とかつけている奴も立派な「安全圏のスナイパー」なのだろうな


No.500 8点 妖魔の森の家
ジョン・ディクスン・カー
(2025/11/01 09:41登録)
最近短編集から逃げているドーパミン中毒者ですが、書評500冊を記念して3ヶ月ぶりに短編集にトライ。カーの不可能・不可思議興味は短編でも圧倒的だった。

『妖魔の森の家』は世評に違わぬクオリティー。かつて神隠しに遭った少女が二十年の時を経て再び完全なる密室から消失する。二十年前の事件を目眩しにすることで、密室トリックどころか、何が起きたのか(ホワット)あるいは人間消失が何を意味するのかすらも悟らせないところが肝か。まるで魔法にかけられたような不可思議を味わえる。

『軽率だった夜盗』
不可解な状況に期待値が上がるが、真相が明かされればそれはそうでしょうという内容。科学捜査が発展途上のこの時代の探偵小説はこんなにも自由だったんだな

『ある密室』 
某古典作品の応用といえるかな?こちらの密室は計算が狂ったゆえの密室。これも『軽率だった夜盗』と同じくこの時代の産物とは思うが衝撃的。これ使われたのはあの便利なイソプロテレノールみたいなやつか?

『赤いカツラの手がかり』
下着姿で公園で発見された女の死体。どうしてこんな不可解な状況(不可能ではなく)が出来上がるったの?というカーお得意の奴。真相はカーの某作品と似ているがこちらはそこまで劇的な効果を生み出せていない印象。

『第三の銃弾』
おお、こちらは衆人環視の密室からの犯人消失。
○○の錯誤による心理的なトリックと真犯人の隠し方が光る良作。
ギリ長編くらいのボリュームで完全版も出ているらしい? 忘れた頃にそちらを読むか。


No.499 7点 探偵小石は恋しない
森バジル
(2025/10/25 14:50登録)
本当に隅から隅まで丁寧に作り込まれている。
あ〜これ、大体作者のやりたいこと分かったわ…まあ"俺クラス"になるとこのくらいは簡単に見抜けちゃうんだよね〜ヤレヤレ
からの「あ、そこまで作者は織り込み済み!?」となり、図らずも帯の東川篤哉と全く同じ感想になった。

【ネタバレ】



小石ちゃんと蓮杖君のバディーものとしても面白いし、小石ちゃんがかわいい。
大きいものから小さいものまで無数に明かされる○○トリックには感嘆。ただ、最後のもう一捻りはやりすぎかなあ。あ○○りネタの真犯人どんでん返しには最近厳しくて、ごめんなさい。


No.498 7点 屍海峡
西村寿行
(2025/10/23 20:34登録)
「みんな教えて」の調査第三弾!…なのですが、「黒潮の流れが鍵になるミステリー」はこの作品でもありませんでした。で、ネットで調べてたんですけど、おそらく本作の翌年(1975)に発表された西村寿行の『蒼き海の伝説』がお探しの作品である可能性が高いです。詳細は「みんな教えて」に記しておきます。

東京のアパートで、日南化成の守衛が毒殺された。容疑者として第一候補に挙げられたのが養殖業を営んでいる秋宗。しかし、秋宗には重度の記憶障害と精神異常が認められ、「青い水を持ってきた」と息も絶え絶えに証言する。
工場による海洋汚染がテーマの社会派ミステリーだが、前代未聞のトリック(凶器)が採用されているところは本格魂を感じた。その凶器の悍ましさは生命への冒涜だと犯人に軽く憤りを覚えるレベルであった。「青い水」の正体といい、ハナから読者に推理させる気はなさそうだが、著者の専門性を存分に生かした内容と警察と公害省職員のコンビが、別々に捜査した末に、同じ「屍海峡」に辿り着くという魅せ方に惚れ惚れ。社会派として『安楽死』ほど深く切り込んでいるわけではないが、確かな満足感があった。


No.497 7点 ポアロのクリスマス
アガサ・クリスティー
(2025/10/21 17:55登録)
『死との約束』を書いている途中に、この被害者設定をそのまま借用して、直球の本格を書こうと思いついたのだろうか。またもや財力で一家を支配し、家族をゲームの駒のように動かして楽しむ富豪が登場する。おそらく『メソポタミヤの殺人』のような広義のものを除き、ポアロ初の密室らしい密室。実際は、終盤にとある証言が出てようやく、不可能状況(犯人消失もの)だったということが判明する。
【ややネタバレ】

記憶に残る伏線を大量に敷き、それでもなお欺いてくる真犯人の隠し方の上手さはいつも通りだが、今回はクリスティーでは滅多にお目にかかれない物理トリックで新鮮だった。
さすクリ要素は死体発見時の引用セリフ「あの年寄りが、あんなにたくさんの血を持っていたと、誰が考えただろう?」
この引用、かっこいいだけじゃない!血まみれで血ぬられた血生臭いミステリーか、なるほど。
当時の血に関する科学捜査ってこのレベルも見抜けなかったの?てのは少々意外だった。


No.496 6点 死との約束
アガサ・クリスティー
(2025/10/19 09:34登録)
本作のネタバレをくらったと勝手に思い込んでいたのだが、読んでみるとネタバレでもなんでもなかった(笑)
一家を財力で支配するサディスティックな未亡人。ボイントン一家の人間が自由を手にするためには、専制君主気取りの女王を死に追いやらなければならない。「いいかい、彼女を殺してしまわなきゃいけないんだよ」という一文から始まるのが魅力的。ただ、一家の人間は被害者以外は薄味というか、あまり記憶に残らないキャラクター造形でレノックスとレイモンドがややこしくて何度冒頭を振り返ったか。部外者サラが一家の人間を救い出そうと奮闘するも、君主にすべて気取られて釘を刺される展開は一種のディストピアもののような趣向で面白い。実はこの出来事が事件の謎を解く鍵となっている…
誰からも憎まれる被害者の設定が、登場人物たちの行動・証言をより複雑にして、不可思議な状況が出来上がるという趣向もいい。あのクリスティーの名作の亜種みたいな印象だ。


No.495 7点 護られなかった者たちへ
中山七里
(2025/10/18 22:29登録)
テーマ自体は危うい作品だと思う
犯人側には止むに止まれぬ事情があり、2人の人間を餓死させるのも致し方ないだろうと、捉えようによってはそう読めてしまう。そして、被害者は既存の規定に従って職務を全うしたただの公職者だという見方もできる。この手の話を描く上で、上手いと思ったのは、語り手の刑事笘篠が「大事な者を護れなかった一般人」と「犯罪を犯した者を規定に従って逮捕する公職者」という二面性を待っていることで、両者の問題点をバランスよく炙り出してくれていることだ。また、これは必ずしも個の問題に帰着しているわけではない。真に断罪すべき犯人は税金の無駄遣いに目を向けずに真っ先に社会保障を削る政府とその政府を支持する我々国民なのではないか。

【ネタバレ】



ちなみに騙された。如何にも中山七里がやりそうなことではあるので、付き合いの長い読者は気づくでしょう(笑)


No.494 6点 ミステリーの書き方
評論・エッセイ
(2025/10/12 13:52登録)
面白そうな密室殺人(主観)のプロットができたんで、物語に起こそうと思案中。東野圭吾を読んでストーリーテリングを勉強しているが、正直真似できる気がしないなあ。というような経緯で本書を読んだわけだが、Tetchyさんも書かれているように、これは作家になるための指南書ではない。各々の作家がどのように苦心してミステリー小説を捻り出しているのかというエッセイ的な側面が強い。冒頭の福井晴敏氏はただちにこの本を閉じて、多くの作品に触れ、小説を書き始めろといっているくらいですから。
ミステリーの書き方に手順のような物や確立していそうだなと勝手に期待していた法月綸太郎や有栖川有栖は読んでみると微妙に参考にならず(笑)
作家によっても色々あって、伊坂幸太郎や船戸与一とかは書きたいもののイメージが勝手に降りてくる天才型なのに対して、東野圭吾は気に入った映像作品を繰り返し視聴して、何が気に入ったのか、何が面白いと思ったのかを徹底的に分析したりするタイプというのが意外だった。
本書の東野圭吾、森村誠一、二階堂黎人あたりの小説作法を参考にしつつ、稚拙な作品になることは覚悟の上、じっくり書き始めてみるかな。好きな作家の項を読むだけでもミステリー読者なら楽しめると思います。


No.493 7点 聖女の救済
東野圭吾
(2025/10/12 00:53登録)
倒叙形式にして、犯人当ての趣向を除去し、ハウダニットの解明一本に絞ることで、この狂気のトリックを際立たせている。ついでに、何度も行ったSpring-8が登場してテンションが上がる。短編向き、物足りないという意見にも賛同できるが、聖女の救済というワンアイデアでよくぞここまで膨らませたなという気持ちも強い。犯人の造形、動機、タイトル、構成…いやこの物語のすべてがあの虚数解のために捧げられたと言っても過言ではないのか?
被害者は紛うことなきゴミなので聖女の救済しちゃっても良かったと思うよ?
ところで湯川は普段なんの研究してんだ?


No.492 6点 安楽死
西村寿行
(2025/10/08 18:12登録)
「みんな教えて」の調査第二弾。なんの暗示なのかよく分からないが黒潮の描写は度々ある。しかし、「黒潮の流れが鍵になる」ミステリーではありませんので、消去法でお探しの品は『屍海峡』かと思われます。

『瀬戸内殺人海流』からパズル要素をかなり薄めた社会派だ。病院と製薬会社の癒着、医療過誤に安楽死の是非など医療問題について深めに切り込んでいる。それでも、自ら退職を望む刑事による捜査が紙面のほとんどを占めるので、一見無関係に見える人間関係が全て繋がっていくミステリ的愉悦も味わえる。被告が検挙した刑事が被告の弁護を勤めるという異色のリーガルミステリー要素もあり、十分に楽しめたが、現代では擦られすぎた議題で真新しさはない。といっても1973年の作品なのだから、逆に言えば先見の明があったということなのだろう。


No.491 9点 その可能性はすでに考えた
井上真偽
(2025/10/07 22:28登録)
いや凄い。真偽っち天才すぎるわこれ。これぞザ・新本格。
初回の決め台詞には厨二心がくすぐられたぜ。
【ややネタバレ】
同じ多重解決の『毒入りチョコレート事件』や『ミステリーアリーナ』と明確に違うのは、最初に推理に必要な手がかりをすべて開示し、かつ不可能性が極めて高い逆密室状況で、多重解決が繰り広げられること。これは奇跡の存在を証明するために、あらゆる可能性を否定する名探偵という設定が功を奏している。名探偵と推理対決をする相手はただ「可能性」を示すだけでよくなるのだから、フィージビリティーの問題を元から排除しているという隙の無さ。なにより、3つの説が出揃ってからなされる"ある趣向"には、細部まで精緻に練られたプロットと真の狙いに度肝を抜かれた。だが、本作はそこで終わらない。名探偵とライバルの対決の末に、やはり人智を超えた奇蹟は否定される。ただ、血の通った人間の生み出した奇蹟だったと… パチパチ 『名探偵のいけにえ』もそうだが何食ってたらこんなん思いつくんやろねぇほんと。
解説で言われているように、従来のミステリーを1歩進化させた作品というのには完全に同意だが、エンターテイメントとして面白いかという問題は確かにある。まあなんつってもミステリの祭典なんでね(便利)


No.490 7点 天使の傷痕
西村京太郎
(2025/10/06 19:38登録)
なぜ、西村京太郎は、読点を、こんなに、多用する癖が、あるのでしょうか?
というのは誇張ですが、途中からは読点の多さが気にならなくなるほど夢中になって読んでるのだから不思議です。10ページで殺人が起こり、20ページで警察の捜査、100ページ以内に3人が殺されるという風に、話の展開に一切寄り道がなくとにかくテンポがいい。テンポ厨俺歓喜。
犯人の意外性やトリックもわりと好きだが、やはり犯人が判明してからの動機探しがメイン。主人公は相手の境遇やその土地の因習も知らずにおめでたい理想論を唱える偽善者だと捉えられる描写もしっかりあるのがいい。個人的には主人公が最後に母親に求めた行為は必ずしも正しいとは思えない。慎ましく生きるのが善という価値観もあるだろう。一面的な問題提起ではないのが良い社会派ミステリの証かな。


No.489 7点 帆船軍艦の殺人
岡本好貴
(2025/10/05 19:13登録)
良作。鮎川哲也賞って本格に大きく偏っているイメージなんだが、本作は謎解き部分はかなりあっさりしており、どちらかというと、強制徴用により妊娠中の妻と離別した男の苦難を描いた冒険譚的なパートが非常に面白かった。
水兵は4時間ごとの2交代制で過酷な肉体労働を強いられ、睡眠時間もわずか4時間。食べ物はウジ虫の沸いたビスケットと塩漬けにされた硬い肉。士官に気に入らないことがあると水兵は鞭を打たれて、全身に赤い模様が浮かび上がる。そんな環境で精神が荒廃し、狂い出す者も多い水兵達だが、語り手ネビルは同じ水兵仲間と打ち解け合うことでなんとか正気を保っているが、仲間と共に船からの脱出を試みる。そんななか不可能状況で水平達が次々殺されていき…という内容。
不可能状況は1つ目と3つ目で、前者は暗闇の中でどう標的を狙ったのか?後者は密室からの犯人の消失であり、いずれも舞台設定を存分に生かしたユニークなトリックである。ただ、数十人単位で死ぬ海上戦が描かれてしまうと、連続殺人はいささか添え物の感があり、本格厨の私でさえ緻密に計画された脱出劇を見たかったという思いがないこともない。
映画化したらすごい映えると思うぜこれ。原作の枯渇を嘆いてる映画業界さん、ここに素晴らしい原作ありますぜ。

選評を読むと著者は最終候補に残るのは5度目ということで、著者の精神力と体力が本作の水兵達を凌ぐレベルで凄い。本作は受賞して然るべき作品と思う。鮎川哲也賞にハズレなしが今のところ継続されている。


No.488 8点 瀬戸内殺人海流
西村寿行
(2025/10/04 12:11登録)
「みんな教えて」に探偵ナイトスクープのような依頼が届いており、その奇抜なあらすじに興味を持った私が調査することに。調査といっても既に優秀な人並探偵が3作に絞っているので、私はそれらを発表順に読んでいくだけですがね。結論から申し上げるとお探しの品は本作品ではありませんでした(既に解決済みだったらスミマセンが…笑)

恥ずかしながら著者のことは初耳・初読。見慣れない語句や地名が多くてやや疲れ気味だが、予想以上に面白かった!序盤は旅館の密室状況で起こる転倒溺死。しかし現場には転倒時に残るはずの掌紋がなく、また、ドアには奇妙な形状の針が残されており、遠野刑事はただ1人事故死に異論を唱え、自ら捜査を開始する。次に、貞淑で清楚な人妻が失踪し、瀬戸内海で無惨な死体となって発見される。妻の無念を晴らすべく夫狩野は新聞社を退職し、義妹と共に瀬戸内海周辺を調査する。
話のほとんどは遠野刑事と狩野の捜査であるが、二人の連携によってとある画家が捜査線上に浮かび上がるまでの過程がこういう捜査小説の魅力だなあと思う。熊鷹を相棒にする画家は冷静沈着・冷酷無比で、警察や狩野敵として実に見応えのある造形である。
著者は以前に動物小説を書いているらしく、熊鷹と山犬の対決アクション描写などもあるが、やや間延び感もあってここはあまり乗り切れず。
最後に崩される鉄壁のアリバイとドアに残された針の謎、最序盤の腋臭の伏線などには本格心が宿っており、細やかな人物描写を隠れ蓑にしてここまで周到に作られていたのか!と驚いた。社会派・冒険・サスペンス系の色が強くても本格にジャンル投票されている理由がわかりました。


ネタバレ(?)


※あ、あれ?そういや現場の部屋って密室じゃなかったっけ?(→と思ったけど、そうか!その部屋の鍵を持っていったのは犯人か…いやでも時間差が…?)


No.487 7点 ウルチモ・トルッコ 犯人はあなただ!
深水黎一郎
(2025/10/01 11:51登録)
文庫本で読みました。
【ネタバレ】



「読者が犯人」を言葉遊びや皮肉などではなく、一定の水準以上で成立させた史上初の本格ミステリーとのこと。読者は小説世界の住人ではないので、読者が架空の小説のキャラクターを殺すなんて本来は無理だ。これは本作にも該当すると思う。あくまで小説世界にいる新聞連載を読んだ者=犯人であって、俺は犯人ではない。そう貶すこともできる。
では、俺(現実読者)を犯人にするには?本作の語り手・深水黎一郎が本作を書籍化し、広く読まれたことで、香坂誠一が死んだことにすれば良いのではないか?とすると、本作内で香坂の死亡を描いてはいけなかった。例えば、シリーズ1作目では羞恥の手紙までで留めておき、シリーズ2作目で我々ミステリ読者がシリーズ1作目を読んだことで香坂は死んだのだという内容を描いたらどうか?これでシリーズを順に読んだ読者はシリーズ1作目の立派な犯人として仕立て上げられる。ん、でもこれだと香坂の死が実話でないと意味がないのか?まあその辺はご愛嬌ということで。
おそらく、著者もそんなことは当然考えただろう(知らんけど)。だが、デビュー作だったのだからそんな趣向は不可能だ。1作目の時点でそんなオチのない内容のミステリーは見限られるだろう。売れなければ、いや、読まれなければ元も子もない。その様な裏事情があって、著者は「作中作の読者が犯人」にせざるを得なかったのだと類推する。

物語性は希薄だが、『ミステリー・アリーナ』と同じく、ミステリーの限界に挑戦する作風に好感が持てる。

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