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ミステリの祭典

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◇・・さんの登録情報
平均点:6.03点 書評数:181件

プロフィール| 書評

No.141 9点 二人の妻をもつ男
パトリック・クェンティン
(2023/11/12 21:16登録)
カニンガム出版社に勤めるビル・リーディングは社長の娘と結婚し、地位も富も手に入れた。しかしある夜、前妻のアンジェリカに偶然出会ったことから思わぬ殺人事件に巻き込まれ、悪夢のような苦境に立つことに。
愛する者のために偽証した主人公が自分の仕掛けた罠にからめとられていくサスペンス。二重三重のどんでん返しなど、作者の持ち味が遺憾なく発揮されている。巧妙に張り巡らされた伏線も見事。


No.140 7点 骨灰
冲方丁
(2023/10/25 21:28登録)
舞台は、大規模再開発工事が現在も進行中の、東京・渋谷の駅ビル。その複雑さ、通行経路の分かりにくさから、しばしば「迷宮(ダンジョン)」と評される工事現場の地下深くで、不可解な事件が起きる。工事関係者らしき正体不明の人物が、インターネットに「人骨が出た穴」などと中傷目的と思われる不穏な書き込みを行ったのだ。
物語の主人公・松永光弘は工事を管轄する大企業の本社IR部に所属する、働き盛りの社員。理解ある上司に恵まれ、家では可愛い小学生の娘と身重の妻が待つ、順風満帆な身の上だ。
突然の調査を命じられた光弘が、執拗な熱気とちりに悩まされながら、都心の工事現場とは思えない地下最深部へと降りてゆくと、そこには巨大な穴が掘られた奇妙な祭祀場と、鎖につながれた謎の男の姿があった。
事件を契機に明らかとなる、怪しい宗教組織の暗躍や、駆逐される路上生活者の悲哀。知らぬ間に、事件の中心人物となっていた光弘と家族に刻一刻と迫る、超自然の魔の手。
骨灰が堆積する地下の穴は、新たな生贄を求めて、生き物のようにうごめく。かつてラヴラフトが、憑かれたように描いた地下世界の魔性を、現代日本によみがえらせた迫真の怪異譚だ。


No.139 6点 バールの正しい使い方
青本雪平
(2023/10/25 21:13登録)
父の都合で転校を繰り返す小学生の要目礼恩。彼は新しい学校へ行くたびに「擬態」し、カメレオンのように自分を隠しながら、クラスメイト達を冷静に観察する。
六つの学校、少年少女たちの誇る六つの嘘の物語。その中にはなぜかいつも「バールのようなもの」の存在が見え隠れする。礼恩の推理は、みんなが隠した嘘と罪を静かに解きほぐしながら、彼は最後に残った「バール」の謎に辿り着く。礼恩の視点で描写される「バールのようなもの」とは、刑事において「凶器不明」というような意味で使われる表現だ。
「バール」という言葉には、確かに滑稽だがどこか不気味な、独特の雰囲気が漂っている。あまりにも武骨で、何にでも使えそうだからこそ、小説の中でそれは様々に解釈される。連作ミステリの最も美しい形式は、それぞれに解決していた事件が、最後のピースがはまることで別のかたちに見える、どんでん返しタイプだろう。だが本作は、それだけにとどまらない。大人になるにつれて忘れていった、小学生の無力さと切なさや絶望。そして何より純粋な愛情が宿っている。


No.138 5点 覇王の轍
相場英雄
(2023/10/25 21:00登録)
主人公は、警視庁本部から北海道警捜査2課長に赴任した樫山順子警視。綱紀粛正を実行しつつ、汚職や新幹線延長を推し進める国家につながる組織にメスを入れるなど、問題のある道警を糺す働きをしていく。北海道新幹線は盛岡より先の利用者も少なく、大幅な赤字路線となっている。それ故、計画は見直されるべきだという意見を持った国交省技官の稲垣達郎が、ススキノで事故死したことに疑念を抱いた樫山は、真相を追求していく。
この大枠の中で、鉄道オタクであったり、食事を楽しむ場面があったりと、樫山の柔らかな側面も語られ、彼女に親しみを覚えていく。しかし、新幹線事業は政治絡みで、簡単に事は運ばない。そんな展開の中、どんでん返しが。本作は、キャリア組の中年女性警視が、政治に翻弄されながらも、正義を求めて活躍するという、この時代に求められた警察小説といえる。


No.137 6点 夜明け前の殺人
辻真先
(2023/10/05 20:14登録)
「夜明け前」をはじめとする島崎藤村の作品を題材に、舞台役者たちの世界を描いた。企業メセナが流行した九〇年に起きた上演中の変死事件を、メセナが下火になった九九年の事件と重ねて語った本作は、役者たちのみならずスポンサー企業など周辺の存在にもきっちりと目を配ったミステリに仕上がっていて満足度は高い。作中の暗号を含め、藤村の作品の活かし方も巧みだ。


No.136 6点 二十面相 暁に死す
辻真先
(2023/10/05 20:05登録)
「少年倶楽部」に掲載された「怪人二十面相」を昭和十二年に読んだ著者がそのキャラクターを活かして描いた作品であり、まさに乱歩直系の二十面相譚。
小林少年を視点人物に、彼の初恋を語りながら、トリッキーな犯罪とスリリングな活劇をいくつも織り込んでいるのだ。例えば序盤では、二十面相が東京と名古屋で一日のうちに犯行を行うという、当時の交通事情を考えるととても実現できそうにない不可能犯罪が描かれるし、複数の密室状況下の事件と、その合理的解明も読者に提示される。これぞエンターテインメントという一冊。


No.135 7点 そしてミランダを殺す
ピーター・スワンソン
(2023/09/17 19:29登録)
実業家のテッド・セヴァーソンが、空港で知り合ったリリーに、酔った勢いで「僕の本当の望みは、妻を殺すことだよ」と打ち明けるところから始まる。彼はい週間前、妻ミランダと工事業者ブラッドの浮気を知ったばかりだった。そんな彼に、リリーはミランダ殺害の協力を申し出る。
リリーの協力により、テッドによるミランダ殺害計画は具体的なものとなってゆく。それと並行して、リリーの過去が少しずつ明かされていく。その後、事態は二転三転し、凄まじいツイストの連続に振り回されっぱなしの状態となる。
この多重どんでん返しの演出で効果を上げているのが視点の切り替えの巧さだ。第一部ではテッドとリリー、それぞれの視点で物語が進行するが、第二部からは別の人物の視点も加わり、さらに先が読めない展開となってゆく。登場人物の心理描写より意外性あふれる展開を重視した作風は、どうやって収拾をつけるのかと思った頃に、提示される皮肉な結末には驚かされる。


No.134 7点 雪の夜は小さなホテルで謎解きを
ケイト・ミルフォード
(2023/09/17 19:17登録)
雪で閉ざされた小さなホテルに集まった怪しい人たちと謎に満ちた三日間の物語。
十二歳のマクロイは、港の上にある丘に建つホテルで両親とともに暮らしていた。だが、冬休みに入ったその日、一人の怪しい男がやってきた。通常、宿泊客は誰も来ない時期のため、自分の望むとおりに家族と過ごすつもりでいたマクロイは戸惑った。だが、そのあと続けて四人の客が現れたことで、むしろ好奇心が勝っていく。そんなときに発見したのは、誰かが落とした古い海図だった。マクロイはホテルに隠された秘密を暴き、謎を解き明かしていく。
盗難事件をはじめ、奇妙な出来事が立て続けに起こることで、マクロイは手伝いに来た料理人の娘メディを相棒として謎の解明に取り組んでいく。この時彼は「ネグレ」という別人格になる。ゲームのキャラクターになり切ることで名探偵ぶりを発揮する。この設定が秀逸。さらに作中、ある民話集をヒントに、それぞれの客に話をしてもらう趣向が展開する。物語内物語が効果的に導入されているため、より奥行きが深くなり秘密の明かされる過程が面白くなっている。バラバラの点が繋がり、思わぬ図が浮かび上がるのだ。
なにより、これは伝統的なクリスマス・ストーリーである。家族と静かに過ごすはずの休日が台無しとなり落胆する導入部から、ディケンズやクリスティーらの名作に通じる数々の設定まで、愉しさに溢れている。


No.133 6点 雨と短銃
伊吹亜門
(2023/08/27 22:46登録)
「刀と傘」の前日譚であり、薩長同盟成立の直前を描いている。
極めて緊張感のある中で、坂本龍馬と上洛した長州藩士が殺害され、下手人が逃げ場の無い場所から消え失せるという事件が起こる。
探偵役には物語によってそれぞれ謎を解決しなければいけない理由が設定されるものだが、この作品では歴史的な要請によって謎を解かざるを得なくなる。この事件でキーとなるのはギャップ。読者があれを思い浮かべた時、このような性質を思い浮かべることは少ないのではないか。


No.132 6点 座席ナンバー7Aの恐怖
セバスチャン・フィツェック
(2023/08/27 22:39登録)
飛行機内という狭い空間に、有無を言わさぬタイムリミットを設けるという、物理的な制約と時間的な制約の挟み撃ちで主人公を地獄へと放り込む。その追い込みぶりは終盤まで全く手を緩めない。
とはいえ、単にスリルを煽るだけの小説で終わらないのがいいところ。ラストには小説内のすべての要素が、収まるべきところに収まるように計算され尽くした構成になっている。


No.131 7点 かくして彼女は宴で語る 明治耽美派推理帖
宮内悠介
(2023/08/08 19:43登録)
本書の着想の土台は、アイザック・アシモフの「黒後家蜘蛛の会」シリーズ。
レストランに集まった男たちが、ゲストの話に潜む謎について議論を交わすものの、いつも真相を言い当てるのは、給仕のヘンリーだった、というパターンの短編シリーズ。
この形式の物語を、明治期に実在した芸術家の集まり「牧神の会」を舞台に描いて見せるのが本書である。謎を解き明かすのは女中・あやの、というところも原点を踏襲している。
史実に寄り添った作りだけに、最終章の大胆な飛翔が心に残る。ミステリという枠組みから、明治とその先の時代を、そして美と社会を照らし出している。


No.130 7点 父を撃った12の銃弾
ハンナ・ティンティ
(2023/08/08 19:38登録)
犯罪小説と恋愛・家族・青春小説の輝かしい融合。
各地を転々としてきたホーリーと娘のルーが、娘の亡き母親リリーが生まれ育った町に移り住む場面から始まり、二人に会おうとしない母方の祖母との関係にも触れて、過去へと向かう。ホーリーとリリーとの出会いと恋愛、ルーの誕生からの家族物語、ルーの成長と青春模様などが、ホーリーの体に刻まれた被弾の記録とともに情感豊かに捉えられる。鮮やかな風景の中に心情が詩的に投影され、ギャングたちの銃撃戦ですら、時に荘厳な響きをもち、胸を激しく打つ。


No.129 5点 こうして誰もいなくなった
有栖川有栖
(2023/08/08 19:31登録)
互いに見知らぬ男女の心中計画が意外な方向に転がる「劇的な幕切れ」や楽しい乱歩のパロディの「未来人F」などもいいが、やはりもっとも読み応えがあるのは、本書のうち約三分の一を占める表題作。孤島に呼び集められた九人の男女。彼らの過去の罪業を告発し、命を奪うと宣告する招待主の声。そして、九人は次々と何者かによって殺害されてゆくという展開は、クリスティーの「そして誰もいなくなった」をなぞっているかのようだが、原点を知っていても真相を見抜くのは難しいだろうし、、ミスリードも巧妙。中編なので、やや強引に詰め込んだ印象があるのが惜しまれる。


No.128 6点 無縁旅人
香納諒一
(2023/07/19 20:36登録)
西武新宿線下落合駅のほど近いマンションの一室で、十六歳の少女の変死体が発見されるが、彼女はその部屋の住人ではなかった。やがてインターネットのコミュニティ・サイトを通じた男女関係や援助交際、ネットカフェ難民の実態等が明らかになる。デカ長の大河内茂雄をはじめ、捜査にあたる強行犯七係の面々も当初はまごつくが、被害者の義母の遺産を巡るトラブルや被害者と元カレの因縁を手繰っていくうちに、犯罪絡みの背景が浮かび上がってくる。
前作は猟奇殺人の捜査を軸に警察組織の闇まで捉える作品だったが、今回は捻り技を利かせた端正な仕上がり。現代の社会問題をえぐり出す辛口タッチ、悪事を赦さぬ大河内の硬派ぶり等、どれを取っても捜一ものの正統を往く。


No.127 7点 アリスが語らないことは
ピーター・スワンソン
(2023/07/19 20:28登録)
父親の死を不審に思った大学生の主人公ハリーとその美しい継母アリスを巡る物語。アリスの過去が次第に明らかになっていくとともに、意外な犯人が浮かび上がってくる。
作者の第四作にあたる長編だが、現在と過去を交互に描くことで生まれるサスペンスやプロットの捻りだけではなく、印象的な土地の風景描写、陰影の深い人物の登場など、これまでにない風格を感じさせられた。


No.126 6点 鷺と雪
北村薫
(2023/07/19 20:23登録)
昭和初期を舞台に、土族令嬢とそのお抱え女性運転手を主人公とするシリーズ第三作。
神隠し、深夜の少年の彷徨、不在の人物が写った写真。不気味で、しかしどこか懐かしい謎の事件が、小気味よく鮮やかに解明される。しかし、合理的な謎解きの後も、人間の心のえもいわれぬ不思議が豊かな余韻を響かせる。
妙齢のお茶目で魅力的な少女が語る現代の「半七捕物長」といった趣もあるし、その裏に戦争に向かう日本近代史の闇を凝らせる巧みさだ。


No.125 6点 真夜中の五分前
本多孝好
(2023/06/29 21:58登録)
小さな広告代理店に勤める「僕」は、六年前の二十歳の時に、恋人の水穂を交通事故で失い、それ以来女性と真剣な付き合いが出来なかった。そんな折にあるプールで、一卵性双生児の片割れのかすみと出会う。「僕」はかすみの相談にのるうちに、次第に彼女に惹かれていく。
という紹介をすれば恋愛小説に思うかもしれない。事実サイドAの最後には、恋愛小説としてのクライマックスがある。しかしサイドBに移り、世界は転調する。約二年後に始まる物語では「僕」の仕事も、脇役の配置もガラリと変わっている。A面で伏せられていたカードを少しずつ明らかにして、何ともスリリングな物語を運んでいく。
恋人を失った男の物語は、ふつう再生へと向かうけれど、この作品はその方向性を取らない。それでも「僕」は少しだけ救われるという形が提示される。静謐な時間に支配された、切なくもエモーショナルな物語。


No.124 6点 希望のかたわれ
メヒティルト・ボルマン
(2023/06/29 21:44登録)
看護師のヴァレンティナは事故の際、重度の被曝者を目撃する。事故の影響で、彼女の家庭もまた壊れていく。さらに、彼女の母がナチ時代にドイツに強制連行され、売春までさせられていたことも徐々に判明する。そして、ドイツ留学に夢を託した娘まで行方不明になり。
ヴァレンティナの運命はあまりに酷だが、物語はドイツとウクライナを往還し、ドイツの闇社会も浮かび上がってくる。人道を重んじる国ということで、現在は難民が押し寄せているドイツ。しかし、そんなドイツにも負の側面はあるのだ。
本書のタイトルは、かなり意味深だ。希望を持ち続ければ報われるという単純な構図ではなく、根拠のない希望が判断を狂わせる場面も描かれている。そのうえ、ウクライナの民主化が挫折していく様子も遠景に見えてくると、希望の所在について考えこまされることにもなる。そんななかで、希望を感じたのは警察を停職になりながらも行方不明の捜索に赴くレオニードの姿だった。一人の人間の熱意が、事件解明につながっていく。原発再開への警鐘にもなっている。


No.123 6点 マトリョーシカ・ブラッド
呉勝浩
(2023/06/29 21:32登録)
薬害による死亡事件とその隠蔽。それが話の中心だが、五年の時間を置いた連続殺人事件は、様々な人々の愛情が絡まって複雑に展開する。
警察官という職業は難しい。悪を暴いて世に正義をもたらすというのは大義名分。実際の現場では、権力闘争あり、上の都合でもみ消されるものもあり。この矛盾に直面して、自分が正しいと思うことをどうやって貫くか。
人間に誤りは必ずある。そこから出発すべきなのだ。それを隠そうとするとまた別の誤りを導くことになり、と誤りの入れ子構造になる。その葛藤が良く描かれている。


No.122 4点 死刑宣告
ウィリアム・J・コフリン
(2023/06/11 20:42登録)
裁判官として活躍する傍ら十五冊の小説を執筆し、六十歳で急逝した作者の最後の作。
おそらく作者は、法曹界の内幕をリアリスティックに描きたかったのだろうが、サイドストーリーがあまりにも多すぎて、全体的に焦点の定まらない作品になっている。読んでいる側としては、ストーリーがどこに向かっているのか、時としてわからなくなるほどだ。
結局、読み終わってみれば、お忙しい弁護士の奮戦日記といった印象しか残らない。

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