びーじぇーさんの登録情報 | |
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平均点:6.23点 | 書評数:86件 |
No.66 | 5点 | あなたを愛してから デニス・ルヘイン |
(2023/12/17 21:11登録) レイチェルは夫を撃ち殺した。なぜ、どのような状況で夫を撃ったのか。このあと物語は過去に遡り、レイチェルの出生から語られてゆく。彼女は一九七九年、マサチューセッツ州に生まれた。母親のエリザベスは三冊の著書を持つ作家で心理学者だが、レイチェルは三歳の時に去っていた父親についてほとんど知らない。 第一部はレイチェルの父親探しの過程がメインとなっており、ゆったりとした展開である。ところが中盤から話は急展開を遂げる。レイチェルの身に逃げ場の無いピンチが矢継ぎ早に襲いかかる後半は、ジェットコースターさながらで全く先が読めない。前半の一見悠長な展開が、レイチェル及び彼女を取り巻く人々の像を明瞭に結ぶ効果を上げている。アンフェアな個所もあるが、それが気にならないほどに面白いのも確か。 |
No.65 | 6点 | ニューヨーク1954 デイヴィッド・C・テイラー |
(2023/11/27 22:07登録) 主人公はニューヨーク市警の刑事マイケル・キャシディ。三月のある日、ヘルズ・キッチンの安アパートで若い男の死体が発見された。男はブロードウェイのダンサー。死体には多数の裂傷があり、拷問されたことが窺えた。キャシディは、相棒のトニー・オーソーとともに捜査を開始した。だが深夜、現場のアパートへ立ち戻った時、室内を物色している何者かにナイフで襲われた。その後、刑事部屋にいたキャシディの元に現れたのは、二人のFBI捜査官だった。殺された男は国家の安全保障問題に関与しているといい、キャシディとオーソーは担当から外された。それでも密かに事件を追うキャシディに対し、新たな危機が迫る。 本作ではダンサー殺人事件の背景のみならず、主人公キャシディの父トムがもともとロシア出身だったことから家族の元にも赤狩りの魔の手が迫る。作中、実在した人物も多く登場し、事件と大きく絡みつつ展開していく。 題材や舞台だけではなく、物語もハリウッド映画を思わせる店舗の良さや緊張感ある展開を備えている。アクションとしても視覚的にもダイナミックな描写となっている。起伏あるストーリー、先の読めないサスペンス、そして迫真のクライマックスと娯楽小説として出来上がっている。 |
No.64 | 5点 | 贖い主 顔なき暗殺者 ジョー・ネスボ |
(2023/11/27 21:57登録) 二〇〇三年のクリスマスシーズンを背景に、三人の視点で進行する。ハリー・ホーレと救世軍メンバーのヨーン、そして残る一人が何者かの命を狙う準備をしている殺し屋だ。 やがて、オスロの街頭で殺し屋は救世軍メンバーを射殺する。衆人環視の中の大胆不敵な犯行だ。ところが、目撃者たちの証言は頼りにならないものばかりで、難渋する。一方、殺し屋は自分が射殺した人物が本来の標的ではなかったことに気付き、再び行動を開始する。 ここからはハリー対殺し屋の駆け引きが主眼となってゆくのだが、殺し屋サイドには予想もしないような展開が待ち受けているのみならず、過去のエピソードも用意されており実にドラマチック。 北欧ミステリらしく社会性を重視しつつ、米国ミステリファンのエンタメ性も意識した作風が作者らしい。 |
No.63 | 6点 | みどり町の怪人 彩坂美月 |
(2023/11/06 21:27登録) 若者の恋愛感情、嫁と姑、小学生の友達付き合いや先生との親交など、日常での心の揺れを優しく凛とした視線で綴った七編からなる短編集。 みどり町という地方都市で若い男女がようやく二人暮らしを始める。第一話では、甘い共同生活が、ふとしたきっかけで変容していき、そしてその果てでいささか残酷で、しかし見方を変えれば誠実な真実が明かされる。第二話では、ある人物の心の棘が見逃していた「当たり前」に気付いて解消される様を描いていて、温かなサプライズが味わえる。そうした短編が、視点人物を替えつつ七編連なる中で過去の事件に囚われたみどり町の人間模様を浮かび上がらせていて、一編ごとに愉しみが増す。 そんな短編を、本書では深夜のラジオ番組の語りで繋いでいく。番組で話題の中心になるのは、「怪人を見た」という都市伝説だ。ラジオ番組の特性を短編パートの情景描写と重ねることで見えてくる伏線も仕込んであったりして巧み。 |
No.62 | 5点 | わが母なるロージー ピエール・ルメートル |
(2023/11/06 21:16登録) パリの街中で爆破事件が起き、多くの負傷者が出た。爆発したのはなんと第一次大戦中の砲弾だった。その直後、ジャン・ガルニエと名乗る青年が警察に出頭し、残り六つの砲弾を一日に一つずつ爆破させると告げる。要求は大金と自らの無罪放免だったが、やがてジャンの母親ロージーが殺人罪で拘留中であることが判明する。一体、この親子の間に何があったのか。ヴェールヴェンはジャンの取り調べを担当し、彼の真意を暴こうとする。 本書でメインに据えられている趣向はタイムリミット。ジャンはテロ対策班の厳しい取り調べを受けても、砲弾を仕掛けた場所を白状しない。しかも、第一次大戦中の古い砲弾だけに、ジャンの意図通りに爆発するかどうか、彼自身にすら計算できないという不確定な要素もあるので、捜査方針はますます混迷を余儀なくされる。 短い分量ながら、各探偵と犯人の知略の対決をたっぷり味わうことが出来る。ジャンの母親であるロージーの出番が少なく、彼女のキャラクターの掘り下げが物足りないという不満もないわけではないが、起承転結がくっきりした展開の中でサスペンスを盛り上げ、インパクトの強い結末に着地させる手腕は見事 |
No.61 | 7点 | 令嬢弁護士桜子 チェリー・ラプソディー 鳴神響一 |
(2023/10/14 21:43登録) 一色桜子は、小さな弁護士事務所に所属する、キャリア一年半ほどの弁護士である。タイトルからもわかるように、令嬢という根っからのブルジョワジーなのだ。だが一色家は旧華族でありながら、曾祖父の代から法律に携わってきた法曹一家でもある。家訓は「法の下に真実を」。 桜子にあるトラウマがあった。小学生時代に無実の罪で担任や同級生に疑いをかけられたのだ。その辛い思い出を胸に、他人の濡れ衣を晴らすことを目的として弁護士になったのである。そんな桜子にとって、うってつけの仕事が回ってきた。殺人容疑で逮捕された富樫幸之介という男の当番弁護士となったのだ。しかも富樫は頑強に犯行を否認していた。 自宅は田園調布の豪邸、旧軽井沢には別荘、移動は運転手付きの超高級車ベントレー。美貌と知性を兼ね備えた苦労知らずの女性だが、少しも嫌味なキャラクターになっていない。恵まれた境遇であるが、無実の者を救うという強い意志を秘めて、弁護士の仕事に全身全霊で取り組む姿に心打たれるからだ。また時折、見せる浮世離れした天然ボケには親しみを感じてしまう。 圧倒的に不利な状況証拠、無実を唱えながら、味方である弁護士にも隠し事をする依頼人。経験の浅い桜子が、この二つの難題をどのように突破していくのか、一気読み必至の面白さだ。また法的な取材が行き届いているところにも注目してほしい。 |
No.60 | 6点 | 大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう ステイホームは江戸で 山本巧次 |
(2023/10/14 21:30登録) 東京馬喰町の古民家で一人暮らしをする関口優佳には秘密がある。祖母から受け継いだ家の納戸を開けると、向こう側は江戸時代の世界なのである。それを知ってから彼女は、現代と過去世界との二重生活を送ってきた。江戸における彼女は、数々の難事件を解決してきた十手持ちの親分・おゆうとして知られる存在なのである。 COVID-19の感染拡大により、巣籠り生活が長期化してきた。窮屈な暮らしに飽きた優佳は、しばらく江戸時代に避難して暮らすことを決める。おゆうとして活動を再開すると、奇妙な調査依頼が舞い込んできた。年端もいかない子供が誘拐されては、何事もなくまた戻されるという事件が続いているのだという。意味不明な犯人の動機を探るために、おゆうは街に出る。 主人公が江戸時代でいかに科学捜査を行うか、という苦労がシリーズの読みどころなのだが、本作では別の関心事が持ち上がる。事件の調査を進めているうちに、おゆうが親しくしている同心が、発熱や味覚障害などの症状を訴え始めたのだ。最後はコロナの時代ならではの見事なオチがつく。軽快かつ密度の濃い物語だ。 |
No.59 | 7点 | ノースライト 横山秀夫 |
(2023/09/21 20:30登録) 一級建築士、青瀬稔が信濃追分に作った家は日本全国の個性的な住宅を厳選した「平成すまい二〇〇選」に掲載され、評判になる。問題は、その豪華本を見て信濃追分まで行った人が「どなたも住んでいらっしゃらないような感じがしましたが」とメールをくれたことだ。気になったので信濃追分まで行ってみると、本当に誰も住んでいない。引っ越した形跡がない。ただ、タウトの椅子がひとつ、ポツンと置かれているだけ。すべてお任せします。先生の住みたい家を建ててくださいと言い、仕上がりにも満足して代金もきちんと支払った人が、なぜ引っ越していないのか。なぜ行方が分からないのか。 人が殺されたわけでもなく、事件性もないから特に調べもしない。その間、進行していくのは過去と現在の青瀬の人生だ。父親がダム工事の現場を渡り歩いた職人なので、全国のダムの村で過ごしたこと、家族が寄り添うように生きたそれらの日々が、少しずつ描かれていく。青瀬が所属する設計事務所は所員五人の小さな事務所だが、所長の岡嶋は公共建築のコンペを狙っている。協力しなければと青瀬は考える。 もう一つは、別れた妻との間に中学生の娘がいて、月に一度会っていること。無言電話がかかっていると娘に聞いて、青瀬はそれが気になっている。そういう過去と現在が、とてもリアルに色彩豊かに描かれていくので、それを読むだけでも十分に堪能できる。その底に、信濃追分の家に住むはずだった一家はどこに行ったのか、という謎が静かに強く流れていてスリリング。そして全体の3/4が過ぎたあたりから、怒涛の展開が待っている。 |
No.58 | 5点 | 刑事シーハン 紺青の傷痕 オリヴィア・キアナン |
(2023/09/21 20:12登録) フランキー・シーハンは、巡査から十五年かけて警視正に出世し、今は重大犯罪捜査局の指揮を執っている。そんな彼女が、ある事件で犯人にナイフで切り付けられ負傷し、休職を余儀なくされた。現場に復帰した彼女を待っていたのは、大学講師のエレノア・コステロの変死事件。 死んだ講師は自殺なのか他殺なのか、という謎から始まり、行方不明の夫は生きているのか死んでいるのか、DVの被害者は妻なのか夫なのか。どちらに解釈すべきか迷わされる謎が次々と現れるのが本書の特色だ。シーハンは信頼できる相棒とも言うべきバズ・ハーウッド刑事をはじめとする部下たちを率いながら、堅実な捜査で真相に迫っていく。 シーハンは自身が傷を負わされた事件の裁判で証言台に立たなければならず、その精神的重圧が彼女にのしかかっている。さらに終盤になると、予算が乏しいという理由で上司から捜査の打ち切りを命じられる。追い詰められた彼女がどうやって真犯人を暴くかが読みどころだが、予想の斜め上とも言うべき真相は評価が分かれそうだ。 |
No.57 | 9点 | 同志少女よ、敵を撃て 逢坂冬馬 |
(2023/08/25 23:03登録) 悲劇と衝撃的な邂逅を起点にした物語は、母を殺した顔に傷のあるドイツ人狙撃兵イェーガーを討つことを誓ったセラティマの復讐譚として動き始めるのだが、とにかく読みどころに溢れていて、終始感嘆することしきり。 魔女と畏怖される上級曹長イリーナによって村から連れ出されたセラフィマが、中央女性狙撃訓練学校で狙撃兵としての基礎を叩きこまれながら、同じような境遇の者たちと心を通わせていく序盤は瑞々しい戦争青春小説とでも呼ぶべき趣がある。訓練を終え、イリーナの指揮下で初陣を迎える場面、続くスターリングラード戦では、抜群の戦闘・戦場描写が光るのみならず、兵士の心理戦争における特殊な日常なども丁寧に織り込まれ、戦争が人間を変え非道に走らせる醜さ、戦争の中にあっても潰えることのない想いや覚悟、そうした一つ一つが胸に深く迫ってくる。 敵を撃ち、狙撃スコアを増やし、一流の狙撃兵として名を挙げれば挙げるほど、ある種の人間性が失われていく皮肉。その先で、ついに母の復讐という宿願を果たす絶好の機会が訪れた時、セラフィマが取った行動と行く末とは。素晴らしい出来栄えに惚れ惚れする。 |
No.56 | 6点 | 本と鍵の季節 米澤穂信 |
(2023/08/25 22:52登録) 語り手である堀川の目に映った松倉は、皮肉屋で大人びた頭脳明晰な少年として描かれる。このような場合、普通は松倉が天才名探偵、堀川がワトソン役という役割を分担となることが多い。実際、先輩女子の依頼で開かずの金庫の開け方を推理することになった松倉が、堀川には見えていなかった真実を看破してみせる第一話「913」を読むと、本書もそのパターンなのかと思わせる。しかしその後、二人の関係はそんな読者の予想から逸脱してゆく。 テストの問題を盗もうとしたという嫌疑をかけられた後輩の兄のアリバイを証明しようとする第三話「金曜日に彼は何をしたのか」では、二人の倫理観の相違が微妙な読後感を醸し出す。そして決定的なのが、その次の「ない本」だ。「913」とは逆に、松倉に見えない真実が堀川には見えていて、両者の探偵としての資質が補完関係にあることが窺えるが物語の決着は、ミステリにおける探偵役は当事者の私的領域にどこまで踏み込むことを許されるのかを問うような苦いものだ。 そして「昔話を聞かせておくれよ」と、そこから続く最終話「友よ知るなかれ」で、その苦さは更に増し、読者の心をも鋭く抉りつける。言わなくてもいいことを口にしてしまった経験がある読者なら、堀川の子供時代の思い出を読んでいたたまれない思いをするだろうし、倫理的な正否は別として、最終話で松倉が見せるある種の弱さを断罪しきれない読者もいるかもしれない。理想と現実の割り切れない関係の間で揺れる友情を、青春ミステリの枠で描いて見せている。 |
No.55 | 7点 | 黒の狩人 大沢在昌 |
(2023/08/02 19:46登録) 主人公は新宿署の組織犯罪対策課に所属するマル暴担当のベテラン刑事。ある日、署のトップや本庁刑事総務課の課長、公安エリートらが居並ぶ席に呼び出された彼は、この連続殺人事件の捜査を言い渡される。 だが、その際に通訳という役割で、一人の中国人を補助捜査員として帯同するように命じられるのだった。しかし、その男は中国国家安全部のスパイであることもわかっており、それを踏まえたうえでの捜査であった。 つまり冒頭から、虚と実が入り交じった展開なのである。とはいえ、自らを「カス札」と自嘲する刑事にできる仕事は、普段通りのやり方で犯人に迫ることだけだった。かくして二人は、奇妙な形の「相棒」となって事件の渦中に飛び込んでいく。 本質的には極めてまっとうな刑事小説でありながら、そこに中国マフィアと日本のヤクザの暗闘や、国家間の政治的駆け引き、情報などが入り乱れ、国際謀略小説風の雰囲気も加味されていくのだ。これこそが都会が映す、現代社会の矛盾なのだろう。作者はそうした状況を饒舌に語りながら、さらに男同士の友情という古典的なテーマを背景に置いている。 |
No.54 | 6点 | あの子はもういない イ・ドゥオン |
(2023/08/02 19:36登録) 落ちぶれた役者夫婦の間に生まれ、愛がないばかりか、ある特異な環境下での暮らしを子供時代に強いられた経験を持つ女性ユ・ソンイが主人公。 ある日、警察から十年前に生き別れた妹・チャンイが殺人事件の重要参考人であり、現在失踪していることを告げられる。妹と離れて以来、訪れることのなかった実家へ向かったソンイは、そこで異様な状況に愕然とする。室内は風呂場やトイレに至るまでいくつものカメラが設置されており、妹が何者かの監視下に置かれていたことを物語っていた。 予断を許さない二転三転するストーリー。不意に吹き上がる暴力性や狂気を秘めた登場人物たちの造形。心に搔き傷を残すように綴られる。姉妹の関係不和、育児放棄、陰湿な犯罪と読み応えのある特濃スリラー。 |
No.53 | 5点 | 山岳捜査 笹本稜平 |
(2023/07/10 21:23登録) 長野県警山岳遭難救助隊の隊員が休暇を利用して残雪期の鹿島槍ヶ岳北壁に登る途中、はるか下の雪渓に不審なテントと登山者を見かけるところから物語は始まる。作者は山岳、推理、警察といった幅広い分野の知識を持ちながら、それらを巧く抑制して取りこみ、物語の勢いを落とすことなく活用しているのは見事だ。その抑制の効いた知識の披露は作品の魅力のひとつでもあるし、エンターテインメント作品としての完成度を高める要因になっている。 また、コンピューターやスマホといった情報技術や製品の機能、セキュリティーについても現実世界で起きていることが反映されている。 カテゴリーを超えた作品だが、主な舞台が山岳地帯で登山行動の描写も多い。山岳登攀シーン、ヘリコプターの描写などは、若干違和感のある部分もなくはないが、読み応えのある作品だ。 |
No.52 | 6点 | 雨の狩人 大沢在昌 |
(2023/07/10 21:13登録) 地下格闘技が行われていた東京・新宿のキャバクラで不動産会社の社長が射殺されたのを発端として、血で血を洗う連続殺人が始まった。佐江とコンビを組む捜査一課の刑事、謎の「Kプロジェクト」の実現のために手段を選ばない暴力団幹部、その手先として動く凄腕の殺し屋、そして悲惨な過去を抱えてタイからやってきた少女。佐江を巻き込みながら彼らの思惑はぶつかり合い、ついに凄惨な全面戦争に突入する。 殺し屋に何度も命を狙われるなど、シリーズ中最大の危機が佐江を襲うハードな物語である。設定が派手なぶん、書きようによっては荒唐無稽になった可能性もあるこの作品に説得力を付与しているのが、「Kプロジェクト」に象徴される巨大暴力団の生き残り策だ。 暴対法と暴排条例によって、確かに旧来の暴力団犯罪は減少した。しかし、変わりに暴力団はカタギと見分けがつきにくい集団となり、法網を潜り抜ける新たなシノギを見つけるようになった。犯罪を取り締まるための法律が、却ってそこからすり抜ける新たな犯罪のかたちを生み出してしまうという、いたちごっこが現在の裏社会と司法の関係であるという著者の冷徹な認識が、佐江がギリギリの窮地に追い込まれるこの物語に、さらに苦い味わいを付与しているのだ。 |
No.51 | 6点 | ミレニアム4 蜘蛛の巣を払う女 ダヴィド・ラーゲルクランツ |
(2023/06/14 21:38登録) 前作までのミカエルは、巨大企業の犯罪を告発する英雄的なジャーナリストだった。だが本作の最初の時点では、評判が地に落ちている。実業家の足を引っ張る左派ジャーナリストは、むしろ国家的な経済成長を阻害する敵を目されているのだ。 本作で彼らは、人工知能学者の殺人現場で目撃者となった幼い息子を保護する。息子は驚くべき数学的才能と、見たものを映像として記憶する能力の持ち主。その能力の解明と、殺し屋たちとの攻防が同時に展開される。 シリーズの本質は、完璧に受け継がれている。主人公たちは、殺し屋や不正を行う企業といった悪との戦いと同じくらいの情熱をもって幼児や女性への虐待、障害者への差別などと闘う。ちなみに、リスペットはバイセクシャルであるなど、性的マイノリティーへの配慮はシリーズを通したテーマだ。 このような意識の高さが本シリーズの特徴。ミカエルは、昨今ようやく知られるようになったポリアモリー、つまり複数の異性と包み隠さずに同時に性関係を持つライフスタイルの性的マイノリティーに属する。さすがにスウェーデンだと感じさせられる。 |
No.50 | 7点 | ウロボロスの波動 林譲治 |
(2023/06/14 21:23登録) 二十二世紀、人類は太陽系に接近したブラックホール・カーリーの軌道を改変し、周囲に巨大な人工降着円を建設して、そこから膨大なエネルギーを取り出すことに成功。更にそれをもとにして火星のテラフォーミングを初めとする太陽系全体の改造に乗り出していた。 本作は、そうした時代を背景に太陽系の各所を舞台にした連作短編集である。人工降着円盤をはじめとする科学的デティールが綿密に描かれるのはもちろんだが、この作品のテーマは実はそこにはない。各編で語られるのは、人類と人工知能、人類と異星生物といった、異質な存在同士のディスコミュニケーション。そして全編を通じて追及されているのは、地球外へ乗り出していったAADDの人々と地球人との社会体制や価値観の相克、という極めて人間臭いテーマなのである。 二十二世紀の太陽系世界全体を正面から丸ごと描き出した壮大な連作である。 |
No.49 | 7点 | 兇人邸の殺人 今村昌弘 |
(2023/05/18 23:46登録) 葉村譲と剣崎比留子は、班目機関の研究資料を探す企業グループとともにある人物が秘匿しているものを回収に、廃墟テーマパークにある、かつては監獄のアトラクションだったという通称・兇人邸へ向かう。そこで数カ月に一度従業員が経営者・不木玄助に招かれるが、中に入った者は二度と戻らなかった。屋敷で一同は不木に詰め寄るが、彼が案内した先には恐るべき者が待ち受けていた。 洋平たちの首をはねて回る●●。舞台となる迷路状の兇人邸の禍々しさも迫力十分だし、さらにそこで●●とは別の口の連続殺人が起きるとなればなおさらで、ホラー度は三作中トップなのではないか。 合間に挿入される「追憶」の章は班目機関の犠牲になったと思しき少年少女のエピソードを綴ったもので、哀切な演出が効果的。肝心の剣崎比留子は奥の部屋に囚われの身となり、今回は安楽椅子探偵役にとどまっているのが残念だが、葉村譲とのホームズ&ワトソン劇にも進展が見られたし、二人の関係は今後も楽しみ。 |
No.48 | 7点 | 魔眼の匣の殺人 今村昌弘 |
(2023/05/18 23:29登録) 好見村という僻村を抜け、崖の向こう側の真贋地区に建てられているのが「魔眼の匣」だ。ここには班目機関が撤収後も住み続けるサキミという老婆がいた。ところが村と行き来できる橋が焼き落されてしまう。剣崎比留子たちと同じバスでやってきた二人の高校生、車の故障などで迷い込んだ親子など、サキミを含めた十一名が真贋地区に閉じ込められてしまう。 サキミは村人に「十一月最後の二日間に、真贋で男女が二人ずつ四人死ぬ」という予言を告げていた。そして予言通り一人が不慮の死を遂げる。「世界」とキャラクターは前作を踏襲しているので、前作に言及されている部分がある。ネタバレは巧妙に回避されているが、順番通りに読んだ方がいいだろう。 典型的なクローズドサークルものだが、真っ先にそういう状況で実行する殺人の合理性に言及するなど、定型に甘んじない姿勢を感じる。そして本書の論理に影響を与える最大の要因が「予言」である。予言の真偽、予言に向ける信用と心理への影響が複雑に絡み合い、真相という未知数解明へのロジックが複雑化されたことに目を瞠らされた。 |
No.47 | 6点 | おそろし 三島屋変調百物語事始 宮部みゆき |
(2023/04/25 22:01登録) 古風な百物語に少し変わった趣向を加え、設定自体は謎めいた魅力を秘めた小説。地の文にも会話にも、現代では使われなくなった書き方や言い回しがさりげなく散りばめられており、それによって江戸の人情や情緒がいい具合に醸し出されている。 しかし、構成や描写に長けている作者でありながら、主人公・おちかの背負っている悲しみの秘密は途中で早々と明かされてしまうし、百物語という設定上、語りの中にさらに語りが重ねられたりしており、読んでいて混乱することさえしばしばある。ただその構成が逆に読者であるこちらを落ち着かなくさせ、不安にさせる効果を上げているのだと分かると、その筆力に感心させられる。 繰り返し語られる人間の心の持つ性の哀れさが、小説の構成と語られる怪異と重なって、何層にも増幅されて、こちらに伝わってくる。この作品の隠れたテーマとして、人とその人の語るという行為の関係、というこれまであまり捉えてこなかった視点があるといえる。百物語という古風な習俗を主体にした作品ながら、この作品が古臭くないのは、こういうポイントを押さえているせいだろう。 |