弾十六さんの登録情報 | |
---|---|
平均点:6.13点 | 書評数:459件 |
No.319 | 6点 | ソーンダイク博士短篇全集:第1巻 歌う骨 R・オースティン・フリーマン |
(2020/09/22 00:02登録) 遂に渕上さん個人訳のソーンダイク博士短篇全集が発売! 挿絵、図版、写真はピアスンズ誌掲載時のものを全て収録。残念ながら米国マクルーア誌などの挿絵は(それが初出であっても)ピアスンズ掲載がない場合のみ収録の方針。第2巻には中篇版『ニュー・イン31番地』(米Adventure誌1911年1月号掲載のものだろう)が収録される予定。 以下は渕上さんの解説により初出順に並べ替え。カッコ付き数字は本書の収録順。⑴〜⑻が第一短篇集John Thorndyke’s Cases(1909)収録、⑼〜(13)が第二短篇集The Singing Bone(1912)収録のもの。黒丸数字は創元文庫の収録巻。 翻訳は文句なし、端正な日本語が良いですね。決定版と言えるでしょう。語釈は私のイチャモンと若干違うところもありますが、まーそれはそれで…(でもあの作品のラストは「消音」じゃないと思う… 博士の予想が合ってた、という大事な語なので原文通り「空気圧縮式(compressed-air)」が良いのでは?) では各話を発表順に読んでゆきましょう。 --- ⑷The Blue Sequin (初出Pearson’s Magazine 1908-12 挿絵H. M. Brock)「青いスパンコール」❶ 評価5点 詳細は創元文庫「ソーンダイク博士の事件簿Ⅰ」の評を参照。トリビア漏れとか翻訳上の違いのみ、ここで。 p131 返信料前納(reply-paid)♣️の電報。なるほど。受領側が返事をするための料金をあらかじめ送信側が支払ってあるわけだ。何語くらい返せる仕組みなのだろう? p139 干し草を燃やしている(a rick on fire)♣️翻訳ではわからないが原文では「工夫がrickを燃やすよう言われている」この後も数回rick(積まれたもの)が出てくるが「干し草」を示す修飾語は無い。保線工事で交換した古い「枕木」の積んだヤツを燃やしてる説をしつこく主張しておきます… p141 右側(off-side)♣️英国の言い方。左側はnear-side。❶では理解してない感じ。(反対側、手近、と訳している) p146 黒髪を脱色したブロンドだね(a dark-haired blonde)♣️博士は脱色を「罪なこと」と評している。❶では「黒っぽいブロンド」これでは次の文と上手く繋がらない。 (2020-9-21記載) --- ⑵The Stranger’s Latchkey (初出Pearson’s Magazine 1909-1 挿絵H. M. Brock)「よそ者の鍵」評価6点 サスペンスフルな状況設定、話の流れも素晴らしい。ジャーヴィスの軽口とか最後のお茶目な一文がとても好き。まあ謎解きはいつもの流儀だが、ややジャーヴィスと読者に親切かも。自転車が大活躍する作品。 p89 年50ポンド♠️英国消費者物価指数基準1909/2020(119.82倍)£1=15831円。50ポンドは79万円。 p94 “ミツバチ”時計("Bee" clock)♠️訳注 アンソニア社製の目覚し時計。Ansonia Bee Clockは19世紀の小型一日巻き時計で旅行用の目覚し時計に最適のようだ。 p94 普通に街で見るラッチ錠の鍵だ(It is an ordinary town latchkey)♠️Night latchなら、内側はスライド式のノブで、外からは鍵で開け閉めするタイプ(latchが張り出して施錠)。latch key=night latchの鍵という理解で良い? この家の鍵ではない! とチラッと見ただけでわかっているのがちょっと気になる。(古いナイト・ラッチの鍵を見ると、鍵穴方向の長さが普通の鍵より長め。テコでラッチを動かすから?これが特徴?) (追記: 鍵の先端が筒状になっているという描写。凸錠に凹鍵を差し込んで支点を固定してから回してラッチを動かす構造かも。必ず先端が筒状になってるのもラッチ鍵の特徴なのだろう) p103 大きなリボルバー(a very large revolver)♠️英国陸軍伝統の455口径Webley Revolver Mk IV (大きさ286mm)で良いんじゃない?(適当) (2020-9-22記載、若干追記) --- ⑶The Anthropologist at Large (初出Pearson’s Magazine 1909-2 挿絵H. M. Brock)「博識な人類学者」評価5点 帽子から色々細かい証拠を集めて推理するが、人の手にも渡るものだから注意しないと、と暗にS.H.『青いガーネット(1892)』を批判してる感じ。 日本人(Jap)が出てくる。名前はフタシマとイトウ(Futashima、Itu)。フリーマンはちゃんと日本語っぽい苗字を選んでいる。ソーンダイクが「コテイ(Kotei)」というのも出鱈目感があっていい感じ。ここではガサツ者に合わせてJap呼ばわりだが、後段ではちゃんとJapaneseと言っている。特に差別的な感じはなさそう。 p106 朝刊一紙を贔屓にしていた(he patronized a morning paper)♣️新聞が適当なので嫌いなソーンダイク(夕刊だけ嫌ってる訳じゃないのね。❷収録の「焼死体の謎」参照)だが、一紙だけは許している。タイムズ紙か? p107 金髪の典型的なユダヤ人(typical Hebrew of the blonde type)♣️金髪ユダヤ人の典型。具体的にどんな感じなのかちょっと気になる。 p110 馬車のナンバー(the number of the cab)♣️p125の挿絵に描かれてる。必ずついてるものなのか。知らなかった… (翻訳のナンバー表記が「72、836」(縦書)なのだが、間の読点が紛らわしい。最初、二つの数字かと思った。原文通り「72,836」(横書)とするか「72836」で良いと思う。実際のナンバー表記は挿絵を見るとコンマ無しのようだ。1877年の写真では「7575」と4桁のがあった) p112 紙幣と金貨で4000ポンド(four thousand pounds in notes and gold)♣️Sovereign(=£1)金貨はEdward VIIの肖像(1902-1910) 8g、直径22mm。上述の換算で4000ポンドは6332万円。 p113 なにやらくたびれた山高帽(a rather shabby billycock hat)♣️Bowler hatのニックネーム。米国ではthe Derbyとも。 p113 リンカーン・アンド・ベネット社(Lincoln and Bennett)♣️Lincoln, Bennett & Co. 1800年ごろ創業のロンドンの有名帽子メーカー。 p115 まるで罰金ゲームだね(It is like a game of forfeits)♣️訳注 失敗したり条件満たせないとなにかを取り上げられるゲーム。WebでVictorian Games Forfeitsを調べると、物を提供する、というより阿呆な行動を「罰ゲーム」にしている。試訳「失敗したら罰ゲームのようだね」 p128 最も太い毛髪は…♣️へー、というトリビア。 (2020-9-22記載) --- ⑺The Alminium Dagger (初出Pearson’s Magazine 1909-3 挿絵H. M. Brock)「アルミニウムの短剣」❶ 評価6点 詳細は創元文庫「ソーンダイク博士の事件簿Ⅰ」の評を参照。トリビア漏れとか翻訳上の違いのみ、ここで。 p226 早変わり芸人(quick-change artists)♠️マジック・ショーの出し物のイメージだろうか。すげーのが某Tube(“Impossible: Quick Change Artists”)にあった。西洋の舞台ではFregoli(1897)が早い例のようだ。歌舞伎は1800年ごろ大南北が確立。 p227 妙な手紙で(in a very singular letter)♠️❶では「簡単な返事」。奇妙さはp239で説明されている。 p239 サドラーズ・ウェルズ劇場(Sadler's Wells)♠️1896-1915は映画館に改装されていた(落ちぶれていた)。in its primeはかつての栄華と現在のショボさを対比したものか。 p248 小型武器(small arms)♠️これは「小火器」が定訳。具体的には「1人で携帯操作できる拳銃、小銃(ライフル)、ショットガン、手榴弾など」なんですぜ。当時のイメージだと主としてライフル銃。現代なら米国M4や露AK47みたいなアサルトライフルを真っ先に思い浮かべるはず。 (2020-9-22記載) --- (13)The Old Lag (初出Pearson’s Magazine 1909-4 as “The Scarred Finger” 挿絵H. M. Brock)「前科者」❶ 評価5点 詳細は創元文庫「ソーンダイク博士の事件簿Ⅰ」の評を参照。トリビア漏れとか翻訳上の違いのみ、ここで。 サスペンス感が良い。指紋の弄びかたがちょっとねえ。でも前読んだ時より不自然さが気にならないのは翻訳のせいだろうか。 p489 憂鬱な11月の夜(on a dreary November night)♣️このように舞台は11月のはずだが… p496 君がホロウェイ刑務所にいたときに(when you were at Holloway)♣️HM Prison Hollowayはロンドンの刑務所。女性専用となったのは1903年以降なので、居たのはそれ以前の話。(後段で指紋が取られたのは「六年前」と書かれている) p525 最後のイースターの翌日—二ヶ月前ちょっと前—(last Easter Monday—a little over two months ago)♣️イースターは1909年は4/11、1908年は4/19... など。どう頑張っても作中時間は11月じゃない。1908年6月下旬の事件ということだろうか。イースター・マンデーは英国ではBank holidayの一つ。なので子供連れで動物園に行ったのだろう。なお8月の第一月曜日もBank holidayだが、これと間違えた説(1908年は8/3)でも「二ヶ月ちょっと」後はせいぜい10月中旬で11月には届かない。 (2020-9-22記載) --- (5)The Moabite Cipher (初出Pearson’s Magazine 1909-5 挿絵H. M. Brock)「モアブ語の暗号」❶ 評価6点 詳細は創元文庫「ソーンダイク博士の事件簿Ⅰ」の書評参照。この作品は当時もかなり出回ってただろう暗号解読ものに対するフリーマンの批評なんだろう。私もそー思うところがあるのでこの作品は結構好み。 (2020-9-23記載) --- (6)The Mandarin’s Pearl (初出Pearson’s Magazine 1909-6 挿絵H. M. Brock)「清の高官の真珠」評価4点 つまらない作品。フリーマンは発明おじさんなのだろう。仕掛けが出てくる他の作品でもそうだが、有効性より自分のアイディアに酔ってしまうタイプ。(まあ今回のネタは実効性もあると思うけど使い方に工夫がない) 本作はソーンダイクの行動も変だ。先に何かアドバイスして安心させるなり何なり方法があったのでは? (例えば不意打ちでぶっ壊せとか。そーすると相手が逆上して危険か) p191 一年前… 鉄道事故に遭って(about a year ago. He was in a railway accident)♠️1906年から1907年にかけて英国鉄道では死者20名クラスの大事故が数件発生している。1906-6-30(Salisbury rail crash), 1906-9-19(Grantham rail accident), 1906-12-28(Elliot Junction rail accident), 1907-10-1(Shrewsbury rail accident) 作者の頭にあったのもそーゆー事だろう。 p192 五ポンド(five pounds)♠️上述の換算で79155円。結構な値段。 p194 ブリッジやバカラ(played bridge and baccarat)...悪運の強い賭博師(a rather uncomfortably lucky player)♠️クラブ賭博の主要種目か。「かなり不自然に幸運な(ほぼ確実にイカサマ)」というニュアンスかな。 p203 ポケットの中をまさぐり、二フランを差し出しました(felt in his pocket, drew out a couple of francs)♠️ここはフラン硬貨2,3枚の意味? 仏国物価指数基準1909/2020(2666.79倍)1フラン=€4.07=493円、2フランなら983円。 (2020-9-26記載) --- (8)A Message from the Deep Sea (初出Pearson’s Magazine 1909-7 挿絵H. M. Brock)「深海からのメッセージ」評価6点 ソーンダイクものの典型例。インクエストの場面が結構長いので個人的には好み。 p259 バシャンの王オグ(Og, King of Bashan)♣️申命記3:11「彼の寝臺は鐵の寝臺なりき...人の肘によれば是はその長九キユビトその寛四キユビトあり」英wikiによるとそれぞれ13フィート(396cm)と6フィート(122cm)。 p259 国王陛下の脳下垂体窩(His Majesty's pituitary fossa)♣️当時の国王はエドワード七世(在位1901-1910)。身長ネタに続いての発言だから「成長ホルモン分泌不全性低身長症」の話題? でも低身長じゃないし… (身長5’8”(=173cm)と5’11”(=180cm)説あり) 女性関係が派手で有名だったというから、性腺刺激ホルモンの分泌過多、という意味か。 p278 よくこうした法廷を彩る無神経な顔の辛辣な“プロの陪審員たち”(the stolid-faced, truculent "professional jurymen" who so often grace these tribunals)♣️ここはインクエストの場面。検死官の権限で陪審員を集めるのだろうか。日当稼ぎのレギュラーが結構いたのだろう。 (2020-9-26記載) --- (1)The Man with the Nailed Shoes (初出は短篇集John Thorndyke’s Cases 1909)「鋲底靴の男」評価6点 いつものようにソーンダイク博士は隠密行動。なので読者は謎解きに参加できない。インクエストから本裁判への流れが書かれているので、個人的には興味深かった。 本作の発生年月は「九月二十七日月曜日(p58)」と明記。該当は1909年(その前は1897年)だが、ソーンダイクとジャーヴィスの関係性からは訳者解説にある通り『赤い拇指紋』(1901年3月)以降のあまり離れていない時期のはず。 (2021-10-25記載) ----- (10)A Case of Premeditation (初出McClure’s Magazine 1910-8 挿絵Henry Raleigh) 「練り上げた事前計画」❶ 評価6点 本書の挿絵はPearson’s Magazine 1912-1のH. M. Brock画を収録。本作のマクルーア誌の挿絵はフチガミさんのWebサイト“海外クラシック・ミステリ探訪記”で見られます。そちらも良い感じ。マクルーア誌には⑶が1910-5、⑷が1910-6、⑺が1910-7、本作、⑼のアブリッジ版が1911-12に掲載され、挿絵は全てRaileigh画。⑷のマクルーア版挿絵も上記サイトに載ってるが、他の作品は一部のみの紹介があるだけ。是非見てみたいのでフチガミさま、よろしく。 ブロドスキーと比較すると、犯行時のドキドキ感がちょっと薄い。でもこの結末なら最初からそうすれば良かったのに、とも思うが… トリビアは❶に記載済み。 (2021-10-25記載) ----- (12)A Wastrel’s Romance (初出Novel Magazine 1910-8 as “The Willowdale Mystery”)「ろくでなしのロマンス」❶ 評価6点 女性がこんな感情になるかなあ… 男と違って結構現実的だと思うんだ。 p451 ホテル・セシル(Hotel Cecil)♠️ストランド街サヴォイ・ホテルの隣にあった当時最大級の高級ホテル(1896-1930)。最近読んだA・E・W・メイスン『セミラミス・ホテル事件(The Affair at the Semiramis Hotel)』(1916)のモデル。 p452 大型のネイピア(a large Napier)♠️D. Napier & Son Limitedは英国の自動車メイカー。当時なら1907 60hp T21あたりか。 p461 歯を治す(fixing up my teeth)♠️当時はアレを使うんだね。という事はアレは結構身近なものだったのか。 p466 チケットポケット(ticket-pocket)♠️背広やコートの左襟元内側にあるスリット・ポケット。私は毎日背広を着てたのに最近まで存在を知らなかった。と思ったら、訳注では右ポケットの上のポケットとある。よく調べてみると、英国では右ポケットの上に小さめのポケットがあり、これをticket pocketと言うようだ(懐中時計なんかもここに入れるようだ)。じゃあ左襟のスリットは何て呼ぶのか? p467 スラング♠️若い女性が何でも"ripping"(イケてる)か"rotten"(つまんない)のどっちかで形容する、と文句を言っている。rippingはリーダース英和に「古俗: すてきな、すばらしい」とあった。この時代の流行語であっという間に廃れたのだろうか。 p479 イェール錠の鍵(The Yale latch-key)♠️当時のイェール錠の鍵を探してみると、今のシリンダー錠の鍵と同じ形。ここではラッチキーと言っているが、上記(2)p94のナイトラッチとは明らかに異なる形状。 p479 フラットと思われる… 一人住まいの(rather suggests a flat, and a flat with a single occupant)♠️ここら辺は当時の人なら当然の推測なのか。 p483 吊し首♠️米国ならば、と言っている。 p486 オランダ製の時計(dutch clock)♠️ディケンズ由来の安いドイツ製(dutch=deutsch)の柱時計。なんの修飾もないシンプルな文字盤(face)なので、こういう比喩になったのだろう。 (2021-10-25記載) ----- (9)The Case of Oscar Brodski (初出Pearson’s Magazine 1910-12 挿絵H. M. Brock)「オスカー・ブロドスキー事件」(創元『世界短編傑作集2』収録) 評価8点 迫力満点の挿絵!やはり力のこもった作品だと思う。訳者解説に雑誌版との異動が書かれていて興味深い。トリビアは創元『世界推理短編傑作集2』を参照願います。 (2021-10-25記載) ----- (11)The Echo of Mutiny (初出Pearson’s Magazine 1911-9 as “Death on the Girdler” 挿絵H. M. Brock)「船上犯罪の因果」❶ 作者が序文の最後で、名誉毀損で訴えられないように、この舞台を、実際は灯台船(light-vessel)なのだが、固定の灯台(lighthouse)に変えた、と書いている。light-vessel Girdlerで、昔の写真が見られる。へーこんなのもあるんだ。 p432 固形煙草('hard)♠️hard tobaccoというものらしいが、Webでは画像を拾えなかった。文中では水けがありナイフで削ってパイプに詰めるようだ。 p437 大きな白い文字で記された“ガードラー”♠️実際の灯台船は、船の横腹に名前が書いてある。 p440 刻み煙草は保存がきかない(the cut stuff wouldn't keep)♠️海辺の湿気でやられてしまうのだろう。 p449 歌う骨(Singing Bone)♠️骨はどこに出てくるのかな?と思ったら、ここだったのか。確かに短篇集のタイトルに採用するのに相応しい言葉。 (2021-10-26記載) 以上でやっと読了。フリーマンは読者とのクイズごっこは目指してなかったのだろう。こーゆー工夫をして捜査したら真実に到達できるのでは?と警察関係に科学捜査のアイディアを提供した、という事ではないか。フリーマンは実験大好きだったようだし、発明家の一面もあったようだ(実際にやるとなったら手間も費用もかかるので公的機関の手法として現実的ではないし、大抵の事件はもっと単純でソーンダイク博士は無用と思われるが…)。第二巻も非常に楽しみ。 |
No.318 | 7点 | 八人の招待客 パトリック・クェンティン |
(2020/09/17 23:51登録) ミスリーディングな解説なのでしょーがないなあ、なのだが、『そして誰も…』の元ネタというのは、山雅さんが昨年発見した、名前を明かしてない作品で、それを海外Webで紹介したらスペインのIgor Longo氏から、こんなのあるよ、と教えられたのが、Q.Patrick名義の二つのこの中篇だった…という。 なんか怪しいけど、まあいいや。初出はいずれもEQMMのように最初は誤読したけど、再録とちゃんと書いてあった。調べると両方ともThe American Magazineが初出(詳しくは後述)、Webサイト“Pretty Sinister Books”のQ Patrick & the Pseudonym Enigma(2011-6-12)に両作品が素敵なイラスト付きで紹介されています。 いずれも企みまくってる作品で、もちろん無理は沢山あるけど楽しく読めました。実はクエンティンをちゃんと読んだのは初めて。こーゆー作風なら凄く好みなので、とりあえず30年代の作品を年代順に読んでいこうと思いました。まだ本が手に入るよね? 実は一番気になったのはWebbの合作遍歴がちょっと変テコなこと。どんな人だったんだろう(最初に女性二人と合作してるのが気になりました。最初の女性は恋人関係だったのかなあ)。 それでは個別にトリビアを。 --- 1 「八人の中の一人」Murder on New Year’s Eve (初出The American Magazine 1937-10 “Exit Before Midnight” by Q. Patrick、挿絵Matt Clark) 再録EQMM1950-1、再録時の名義もQ. Patrick、この時のタイトルが左記のもの。評価7点 上述のWebサイトに冒頭のタイプライターのシーン(p15)とp51ページのシーンの美麗イラストが掲載されてるので是非。 設定が素晴らしい!もちょっと恋愛模様を書き込めばもっと良かったかなあ。『そして誰も』とは、ほとんど関係ありません。 p19 浅黒い肌、高い頬骨…♠️多分、ほぼ間違いなくdark=黒髪の。 p29 交換台は、メイン・オフィスの隅の、エレヴェーターのすぐそばにあった♠️電話交換機はビルの各階に設置されていたようだ。 各会社ごとにあったのかも。ペリー・メイスンもポール・ドレイクもそれぞれのオフィスで交換手を雇っていた気がする。 p43 端末装置♠️コンセントのこと? p103 『可愛いアデライン』♠️ "(You're the Flower of My Heart,) Sweet Adeline" 詞Richard Husch Gerard、曲Harry Armstrongの1903年の曲。 --- 2 「八人の招待客」The Jack of Diamonds (初出The American Magazine 1936-11、挿絵Seymour Ball) 再録EQMM1949-2、いずれも名義はQ. Patrick。評価7点 上述のWebサイトにはp186(重要シーン!)のカラーイラストが(残念ながら半分だが)載ってるので是非。 これは『そして誰も』っぽい導入。でも手紙の文面にもっと工夫が欲しいなあ… その後の展開は素晴らしい。いずれの作品も女性が大胆に参加するのが良い。英国が舞台なら女性はもっと奥に引っ込んでた時代ではないか、と感じました。養女をもっと上手に魅力的に描けばかなり良い作品になったと思います。 p107 メトロポリタン歌劇場で≪マダム・バタフライ≫を…♠️1935年11月〜1936年2月で探すと、12/26(木)、1/8(水)、1/26(日)、2/1(土)、2/10(月)、2/21(金)、2/27(木)に『蝶々夫人』が上演されているが、ここに出てくる日は週末ではないので、12/26(木)、1/8(水)、2/10(月)、2/21(金)、2/27(木)が該当か。 p110 五ドル札♠️米国消費者物価指数基準1936/2020(18.70倍)$1=2014円。五ドル札(10071円)は1928年からサイズが小さくなった。(156 × 66 mm) 肖像は1914年からリンカーン。 p174 ダイヤのジャック♠️このカードが選ばれたのに理由はあるのかな? p174 ≪闇の中の叫び≫♠️英国のゲームだというが… p177 小型の自動拳銃(オートマチック)♠️p214の状況は実はちょっと難しいかもしれない。この拳銃は32口径のFN1910だと妄想。 p213 小説の中に出てくる博識な執事♠️ジーヴス? |
No.317 | 6点 | ソーンダイク博士の事件簿Ⅱ R・オースティン・フリーマン |
(2020/08/29 18:21登録) 創元文庫Ⅱでは第3短篇集(1918)から2作、第4短篇集(1923)から3作、第5短篇集(1925)から1作、第6短篇集(1927)から3作の全9短篇を収録。 フチガミ個人訳ソーンダイク短篇全集、第1巻がついに予約可能状態になった! 値段も意外と安い! 早速、紀伊國屋で予約してきました。予行演習も兼ねて創元文庫を少しずつ読んでゆく。 以下、初出や挿絵画家はS・フチガミさん情報によるもの。時々FictionMags Index(FMI)を参照してるが、FMIにはこの頃のピアソン誌情報がほとんど無いので、バックナンバーをお持ちのフチガミ様におかれましては是非目次データを提供してやって欲しい。 黒丸数字は英国短篇集の番号。カッコ付き数字は本書収録順で、以下は初出順に並べ替えています。 --- ⑴ Percival Bland’s Proxy (初出Pearson’s Magazine 1913-12 挿絵H. M. Brock) ❸「パーシヴァル・ブランドの替玉」評価6点 まあ当たり前の帰結なんだが、フリーマンは制度に対する批判を書いてる。ここではインクエスト。運営は検死官次第らしいので、事故死と判定された殺人も結構あったろう、と思われる。 p8 イングランド銀行の偽造紙幣(flash Bank of England notes)♣️5ポンド以上の高額紙幣(当時の最高額面は1000ポンド)。裏が白紙だしデザインも単純、偽造しやすく見えるよねえ。 p8 イングランド銀行の関係者の手に渡って(are tendered to the exceedingly knowing old lady who lives in Threadneedle Street)♣️the Old Lady of Threadneedle Streetで「イングランド銀行」を差す。James Gillrayによる風刺画(1797)が由来だとBoE公式ホームページが書いてる。 p9 いとこ(first cousins)♣️普通cousinと言ったらfirst cousinのこと。「はとこ」(いとこの子)ならsecond cousin。さらに、いとこの孫はthird cousinというらしい。 p10 三千ポンドの生命保険♣️英国物価指数基準1913/2020(116.15倍)£1=現在の15346円なので4604万円。 p14 昔気質の御者なら、大きな声で軽率な歩行者に警告してくれるだろうが、いまどきの御者は…(The old horse would condescend to shout a warning to the indiscreet wayfarer. Not so the modern chauffeur...)♣️この対比はhorseとautomobileだろう。「昔の馬車なら… いまどきの運転手ときたら…」Webで調べるとデータの出どころがよくわからなかったがGrüberのグラフだと石油自動車と馬車の数が交差してるのは1915年あたり。同グラフで見ると馬車のピークは1910年、急激に減少し出すのは1925年だ。 p14 辻馬車(taxi-cab)♣️taximeter cabの略なのでここは自動車の方だろう。 p14 集合馬車(omnibus)♣️当時ロンドンのomnibusを独占していたLondon General Omnibus Companyでは1902年に馬車から自動車に移行し始め、最後の馬車は1911年。なのでここは数行前と同様、「集合バス」(原文はmotor omnibus)が正解だろう。 p15 いよいよ身を隠すときが来た/まっさかさまに—身を躍らせて(Then is the time for disappearing,/Take a header—down you go—)♣️登場人物がハミングする歌。続きも書いてある。「上の空が晴れたら/何食わぬ顔で/ひょいと姿をあらわす(When the sky above is clearing, When the sky above is clearing, Bob up serenely, bob up serenely, Bob up serenely from below!)」色々探すと元はフランスのコミックオペラLes noces d'Olivette(オリベットの結婚)初演1879年11月13日パリThéâtre des Bouffes Parisiens、音楽Edmond Audran、台本Alfred Duru & Henri Charles Chivot。ロンドンでもH.B. Farnieによる英語版Olivetteがヒットした。1880〜1881年、Strand Theatreで466回の上演。ここで歌われるのは第1幕の公爵(tenor)ソロ、“Bob up serenely”。この歌、某Tubeに登録されてないので音楽は聴けなかったが、実は楽譜が無料公開されてる。 p32 「信頼された十二人の善良な人々」(“twelve good men and true”)♣️陪審員を指す由緒ある言い方のようだ。ここではインクエストの陪審員。 p32 「医学的な証言?」検死官は嘲るように… 「専門家をやとって公金を浪費[する気はない]」♣️インクエストは検死官の広い裁量に任されている。 p38 ダートムア地方の見通しのよい高台(the breezy uplands of Dartmoor)♣️Daniel Asher Alexanderデザインによる1809年に建造された捕虜収容所。ナポレオン戦争、米英戦争で使われたが、1815年に役目を終えた。1851年〜1917年には一般人の刑務所として再利用されていた。(英wiki) (以上2020-8-29記載、2020-9-16若干修正) --- ⑵ The Missing Mortgagee (初出Pearson’s Magazine 1914-6 挿絵H. M. Brock) ❸「消えた金融業者」評価5点 あまり盛り上がらずに終わる話。これは博士が出馬するまでもなく保険会社で調査が完了してもおかしくないレベルだろう。 p39 最近、ある冗談好きの男が、南アフリカに大勢いる「スコットランド人」を二つのグループに分類(A contemporary joker has classified the Scotsmen who abound in South Africa into two groups)♠️「最近の冗談だが…」というような感じ? グラスゴーにはユダヤ人移民の結構大きなコミュニティがあったようだ。ユダヤ人が南アフリカに移民する時もスコットランドっぽい苗字を名乗るのが好まれたのか。ここに出てくるGordonもスコットランド系の苗字なのだろう。 p40 『蟻を見習え』(‘Consider the ant.’)♠️『箴言』Proverbs 6:6 KJV “Go to the ant, thou sluggard; consider her ways, and be wise”から来た表現らしい。『惰者よ蟻にゆき其爲すところを觀て智慧をえよ』(文語訳) p41 返済額は20ポンド、つまり四半期分の利子だ(...)払わないと、これが元金に繰り入れられて、一年で、さらに4ポンドかえさなくちゃならなくなる(Here’s a little matter of twenty pounds quarter’s interest.(...)If it isn’t, it goes on to the principal and there’s another four pounds a year to be paid.♠️恐ろしい高利。利率20%って事で合ってる? p48 はっきりしるしを(marking them so plainly)♠️下着に他人のと紛れないようマークがついていたようだ。洗濯屋に出すときの備えなのだろうか。 p50 合わせると年に百ポンド近い出費… 稼ぎ出す収入のほぼ半分(That’s close on a hundred a year; just about half that I manage to earn)♠️英国物価指数基準1914/2020(116.15倍)で£1=15837円。年収200ポンド(=317万円) p52 激昂したユダヤ人(the infuriated Jew)♠️この作品中でJewという単語はここだけ。Palestineとかthe drooping nose(たれさがった鼻)とかの表現で判るのだろう。 p67 なんとなく子供のペリカンを思わせる格好(somewhat after the fashion of the juvenile pelican)♠️伝説にある乳の出ない母鳥にせがむ子ペリカンのイメージ? p73 この抵当証書が、以前つくられたのと同じ形式で作成されたことはご存知ですね?(are you satisfied that the mortgage deed was executed as it purports to have been?)♠️purportには「偽造っぽい」ニュアンスがありそう。「古いものだと装って作られたものだと思いませんか?」という感じか。 (2020-9-16記載) --- ⑼ The New Jersey Sphinx (初出Pearson’s Magazine 1922-4 挿絵Sydney Seymour Lucas) ❹「ニュージャージー・スフィンクス」評価6点 タイトルが謎めいてるが、いわくは語られずじまい。作中、在ロンドンのインド人商人を偏見なく描いている。 p280 アパー・ベッドフォード街(Upper Bedford Place)…ブルームズベリにはアフリカ人や日本人やインド人が、たくさん住んでいる(there must be quite a considerable population of Africans, Japanese and Hindus in Bloomsbury)♣️漱石の最初の下宿先(1900年10月末)も、その辺から徒歩十分くらいのGower Streetだった。 p280 服装はきちんとしているが、帽子はかぶらず…(His hatless condition—though he was exceedingly well dressed—)♣️外出時には帽子あり、が当然の時代 p286 流行の山高帽子の高級品…黒くて堅いフェルト製(black, hard felts of the prevalent "bowler" shape, and of good quality)♣️ボウラー・ハットは「1850年の発明…元々は乗馬用の帽子であるが、上流階級が被るシルクハットと労働者階級が被るフェルト製ソフトハットの中間的な帽子」(wiki)とのこと。 p288 五カラット程度の上質のルビーで、だいたい3000ポンドくらい(A fine ruby of five carats is worth about three thousand pounds)♣️英国消費者物価指数基準1922/2020(57.20倍)£1=7558円、3000ポンドは2267万円。 p289 革のヘッドバンドの裏…折りたたまれた紙片がたくさん♣️帽子の中に色々紙を挟むのは普通だったようだ。 p289 ガス・ストーブの料金表(a leaf from a price list of gas stoves)♣️「料金表」だとガス料金のことか?と誤解する。「価格リスト」が良いのでは? p294 郵便配達用の人名簿(Post Office Directories)♣️ソーンダイク博士お馴染みの七つ道具。1799創設、と自称していたKelly's Directoryのことだろう。現在のYellow Page(職業別電話帳)のようなもの。1836年ごろの郵便局長?Frederic Festus Kellyが半公式的に出版し、その後、出版権を世襲したようだ。「郵便局人名簿」と言うのが適訳か。Post Office london Directory 1914 part 1で無料版を見ることが出来る。 p296 近頃新聞で(as the papers call him)♣️何故そう言うあだ名なのかがよくわからない。米国由来だろうが… p302 ミカエル祭の日(Michaelmas)♣️訳注は「9月29日」とだけ。四半期日(quarter day)の第三番目、という情報が抜けている。四半期単位の貸間契約のようだ。 p302 一階の5番(a ground floor at No. 5)…二階の51番(a good first-floor set at No. 51)が空いています… [借りてたキャリントンが急に外国に行ったので] ♣️「5番地の一階、51番地の二階」だろう。訳者はマンモス集合住宅とでも思ってるのかな?(p299でクリフォード・イン51番を訪ねて、そこが三階建てで二階にキャリントン、とちゃんと書いてるのに…) p303 「…背の高い色の浅黒い人(a tall, dark man)じゃありませんか?」「…背が低くて、すこし頭の禿げた、血色のいい人です(a little, fairish man, rather bald, with a pretty rich complexion)」♣️博士がよくやる、ワザと正反対の人相を聞く手。答えがまずfairish(訳し抜け「薄い色、金髪」)、bald(禿げ)なので、当然darkは黒髪の意味だろう。 p303 意味ありげに鼻をなで、小指を立てた(tapped his nose knowingly and raised his little finger)♣️このジェスチャーは、鼻を軽く叩くで「秘密だよ」、小指を立てるで「悪い(bad)」(親指を立てるgoodの反対)だろうか。(モリス『ボディートーク』参照) 日本と違い小指に「女」の意味はあまり無いようだ。 p308 自動拳銃(an automatic pistol)♣️しゃれたFN1910ではなく無骨なSavageM1907を連想(個人の見解です)。 p309 辻馬車(in a hansom)♣️1922年だが馬車はまだ現役。 (2020-9-19記載) --- ⑻ The Funeral Pyre (初出Pearson’s Magazine 1922-9 挿絵Howard K. Elcock) ❹「焼死体の謎」 評価6点 原題は「火葬用の積み薪」という意味らしい。インクエストの場面が興味深い作品。外部の人間が自由に発言を許されている。(ソーンダイク博士が有名だからだろうか) p246 夕刊(an evening paper)♠️博士は気にくわないようだ。(作者も?) 1881年創刊のEvening Newsが草分けらしい。(2020-9-26追記: 夕刊紙は大衆紙、というイメージらしい。wiki「ジョージ五世」より) p246 堆積された乾草が燃えている(a rick on fire)♠️ 「青いスパンコール」ではrick=枕木の束?との説を出したが、ここは藁で間違いない。 p263 〈喫煙者の友〉(smoker's companion)♠️そーゆー通称のパイプ掃除道具に似てるから? p264 二組のトランプのカード(playing cards... from two packs)♠️があったのだから大きな勝負だった、という推理。そういうものか。ゲームの種類は何だろう。 p270 いくらかアイルランド訛り(with a slight, but perceptible, Irish accent)♠️セリフの原文には訛りは反映されていない。 p272 反対訊問のために立ちあがった(rising to cross-examine)♠️ここは「反対訊問」(法律用語)ではなく「厳しく追及する, 詳しく(細かく)詰問する」という一般的な意味だろう。インクエストは、検察と弁護の対決の場ではなく、反対訊問は禁止されている(実際は結構無視されている原則のようだが)。 p276 粘土(クレイ)パイプ♠️ああ、そーゆー常識があるんだ。 (2020-9-20記載) --- ⑸ Phillis Annesley’s Peril (初出Pearson’s Magazine 1922-10 挿絵Howard K. Elcock) ❺「フィリス・アネズリーの受難」評価5点 このPerilはもしかして映画のタイトル風に「危機一髪」という感じで使ってる? (Perils of Pauline 1914のイメージ) ロス・アンジェルスの映画会社の関係者が出てくる。もちろん当時はまだ無声映画。ヴァレンチノ『血と砂』(1922)、バスター・キートンはまだ短篇時代、チャップリンが『キッド』(1921)の世界的大ヒットでロンドンに凱旋帰国した頃。この翻訳は、描かれてる微妙な男女関係を表現しきれてない感じ。ミステリとしては、ちょっとアレなトリック。 p145 裁判のためにも(for the inquest)♣️ここは「検死審問(インクエスト)」と訳して欲しいところ。インクエストの前から関わってもらっていたら… という後悔だろう。p146などからわかるが既にインクエストは終わっている。 p145「まだ弁護に着手したわけではないのでしょう?」(You reserved your defence)♣️正式な法廷用語はよく知らないが「弁護(方針)を留保している」という意味か? この翻訳では意味不明。法廷戦術として、どういう趣旨で抗弁するのかをあらかじめ表明することが多いのだろうか。 p146 検死の結果(The cause of death was given at the inquest)♣️ここも「インクエストで明らかになった死因は…」 p146 ミス・フィリス・アネズリー(...)この秋旅行をしたときに家のなかを片づけて...(Miss Phyllis Annesley. It is her freehold, and she lived in it until recently. Last autumn, however, she took to travelling about and then partly dismantle the house)♣️色々重要なところが訳し漏れてて経緯がわかりにくくなっている。「彼女の相続財産で、最近まで住んでいた」「この秋からあちこち旅に出て、家具もある程度処分」 p147 別にいやらしい関係ではありませんが(though there is no suggestion of improper relations between them)♣️ここは断定してるニュアンスではない。「不適切な関係を示すものはありませんが」状況はクロだよねえ。いやらしい関係って、子供か。 p147 夫婦仲は…決して仲が悪いわけではなく(they don't seem to have been unfriendly)♣️微妙な夫婦関係の表現を理解してない翻訳。試訳「非友好的という感じではないようでした」続く財産関係の説明もズレてる。以下試訳「夫は金銭的な義務をきちんと果たしていました。妻に自由にお金を使わせていただけでなく、妻のため財産確保にも努めていたのです」 p148 離婚話… あるはずがありませんよ(It couldn't be)♣️そーゆーニュアンスではなく、「出来なかったでしょう」という感じか? これは近年の条件だが「イングランドとウェールズの現行制度では裁判所で「婚姻の回復しがたい破綻」があったと認められた場合に限り、離婚が認められています(破綻主義) ⑴不貞 ⑵同居を著しく困難にする行動 ⑶2年の遺棄 ⑷別居(合意があれば2年、なければ5年)が離婚の成立条件」当時も似たような制度なら、まだ別居して間がないから離婚事由にならないよ、ということだろう。(ちょっと調べたら当時は全然違い、離婚はかなり難しかったようだ。全然知りませんでした! wiki「妻売り」参照) p152 警察が訊問したときの口述書(a verbatim report of the police court proceedings and of the inquest)♣️ここも「インクエスト」抜け。ここまで来ると故意なのか。 p156 シャッター♣️フランス窓なので「鎧戸」が良い感じ。開いてた穴(1インチほど)はデザインなのか? p161 ブリクストン(Brixton)… ホロウェイ(Holloway)♣️HM Prison Brixtonは1820建設の男性刑務所。HM Prison Hollowayは1852建設で1903年以降は女性専用刑務所。 p161 揮発油で髪を洗った(I was having my hair cleaned with petrol)♣️何かの油なんでしょうね。ググったらPétrole Hahnというヘアオイル(1885年からのブランド)の広告が見つかった。この場面はパリでの出来事なのでフランス語の表現か!と納得。(英語だと「ガソリン、石油」の意味が強そう) p163 裁判(trial)♣️ここからは本当の裁判シーン。 (2020-9-21記載) --- ⑷ Pandora’s Box (初出Pearson’s Magazine 1922-11 挿絵Howard K. Elcock) ❻「パンドラの箱」評価6点 翻弄される犠牲者が良い。 p116 あとで申しあげるように、彼の生活ぶりは一風変わっているんですが、このときの行動も、ちょっとかわっていたのです(The circumstances were peculiar, as you will hear presently, and his proceedings were peculiar)♠️試訳「後で話すように色々奇妙な事件が起こったんですが、このときの彼の行動も奇妙だったのです」 p117 乗合馬車(omnibus)♠️第一話のトリビアに書いた通り、ロンドンでは馬車の時代はすでに終わっている。ここは「バス」 p117 車掌が料金を集めにくる(the conductor was coming in to collect the fares)♠️運転手と車掌の二人体制なんだね。 p119 もとは舞台に立って、くだらないショーに出ていた(she had been connected with the seamy side of the music-hall stage)♠️フリーマンの描くダメ女の典型。 p123 ハンテリアン博物館(Hunterian Museum)♠️ロンドンのイングランド王立外科医師会(The Royal College of Surgeons of England)にある博物館。数千もの解剖学的な標本と多数の外科器具が展示されている。 (2020-9-22記載) --- ⑺ The Blue Scarab (初出Pearson’s Magazine 1923-1 挿絵Howard K. Elcock) ❹「青い甲虫」評価6点 多分、ツタンカーメンの王墓発見のニュース(1922-11)に反応して書かれた、かなり早い時期のエジプトもの。他のミステリ作家はカーナヴォン卿が死んだ1923年4月以降ネタにしている。(クリスティ1923年9月号、ヴァンダイン1929年12月号) フリーマンは言語学への興味と素養があったのだろう。ソーンダイクはピクニックに行くような感じで楽しそう。なんか愉快な雰囲気が良い。 解説にあるようにシャーロックのアレを意識してます。メカ好きフリーマンならではのネタの料理法。 p212 小型の証書保管箱(a small deed-box)♣️鍵がかけられ持ち手の付いた金属製の書類保管用の箱、というイメージ。 p212 フランス窓(French window)♣️今調べて初めて理解したのだが、ドアとしての役割が最初から想定されてるのね。窓としても役に立つドア、という感じ。 p213 六月七日の火曜日♣️直近では1921年が該当。 p214 甲虫を転写した(an impression of the scarab)♣️ここら辺、意味がよく分からないかったが、スカラベって古代エジプトでお守りの他、印章としても使われてたんだ! 知りませんでした… 翻訳は「甲虫」を「スカラベ」とすべきですね。試訳「スカラベで封印した」 p218 姿を変えて(in disguise)♣️「変装して」 p223 機械は、明らかにエリート型のコロナで(The machine was apparently a Corona, fitted with the small "Elite" type)♣️試訳「見た感じでは機械はコロナで、小型エリート活字使用のものだ」Elite活字は数枚のカーボン紙を挟んでも視認出来るデザインとのこと。 p224 陸地測量局(Ordnance)♣️ Ordnance Survey (OS) は1791年創立の英国公的地図作成法人。 p225 気の毒なミス・フリート(poor Miss Flite)♣️Dickens “The Bleak House”(1853)の登場人物。『荒涼館』も他のディケンズ作品も私は全く読んでない。コリンズに行く前に読みたいなあ。(また20世紀が遠のく…) フリーマンはかなりのディケンズ・ファンと見た。 p227 あの学識豊かなグラス夫人の古代学の講義でもきいたほうがよかった(you are rather disregarding the classical advice of the prudent Mrs. Glasse)♣️ベストセラー料理本The Art of Cookery, Made Plain and Easy(1747)の著者Hannah Glasse(1708-1770)のことだろう。ここで言ってる「古き良き助言」とはタイトルのplain and easyか。 p227 細字用のペンとゼラチン版のインクで(with a fine pen and hectograph ink)♣️hectographはgelatin duplicatorとかjellygraphとも呼ばれる昔のコピー方法。1869年の発明。15分で100部ほどの複写が可能、という当時の広告があった。Webをざっと見た感じでは左右逆にコピーされるようだが… (原版作成時に裏側からなぞって逆版を作るのかも) p228 『釣魚大全』(The Compleat Angler)♣️17世紀の有名な本。ソーンダイクは遊ぶ気満々だ。 p238 どうしてわかったのだろう(and you know it)♣️お笑い草だ、出鱈目を言うな!と言うニュアンスだと直感(あんま根拠なし)。 p238 きれいな水で体を洗い(after a leisurely wash)♣️原文で洗う対象は示されていない。手や顔を、だと思う。 p245 パンを海に投げよ。いつの日か、それはまた汝の手に戻るであろう(Cast thy bread upon the waters and it shall return after many days)♣️KJVでは後半がちょっと違う。Ecclesiastes 11:1 (KJV) Cast thy bread upon the waters: for thou shalt find it after many days. 小説の言い方もWebで若干見つかったが、英語訳聖書の正式バージョンではないようだ(一応数種を調べたが一致無し)。Revised Version(1884)ではCast your bread upon the waters, for you will find it after many days. 傳道之書11:1(文語訳) 汝の糧食を水の上に投げよ 多くの日の後に汝ふたたび之を得ん。 (2020-10-14記載) --- ⑶ Mr. Ponting’s Alibi (Pearson’s Magazine 1927-2 挿絵Reginald Cleaver) ❻「ポンティング氏のアリバイ」評価5点 作品自体は新し物好きのフリーマンらしい作品。戸板さんの解説は、有名二作品を巻き込んでいて、全部がネタバレになっちゃう悪質物件。こういう書き方、気持ちはわかるがプロの探偵小説評者として工夫して欲しいなあ。時代としては、そーゆー物がちょっとした家庭にあっても普通な感じだった、ということが窺える。(有名二作品の場合は金持ち。本作品ではちょっと特殊な家庭だが) p82 辻馬車(a taxi)... 辻馬車の馭者(a taxi-driver)♠️流石に1920年代後半だから馬車ではない、と翻訳を読んで思ったが、原文ではcabですらなく、ハッキリtaxi。 (2021-4-10記載) --- ⑹ Gleanings from the Wreckage (初出Flynn’s Weekly 1927-3-12, as “Left by the Flames”) ❻「バラバラ死体は語る」 ソーンダイク博士シリーズで最後に発表された作品。この米国パルプ雑誌(Detective Fiction Weeklyの前名)のみの登場でピアソン誌の掲載が無いという。何故だろう。 |
No.316 | 8点 | ルルージュ事件 エミール・ガボリオ |
(2020/08/09 12:33登録) 出版1866年だが、初出は新聞Le Pays(14 septembre – 7 décembre 1865)。その後1866年から1867年にかけて4紙が再度連載している。(読者層が違うのかな?) まあ大人気だった、 というのが窺われる。 いやでも、素晴らしい小説。大デュマの歴史ものを、現代の殺人事件をテーマにしてみたら… という大ロマン小説。第2章まではゆったりとしてて時代だなあ、と思わせるんですが、第3章からの流れが絶妙。キャラ描写も良い。作者がハマって書いてるのが感じられます。多分、二作目以降は自己模倣になっちゃってるんだろうなあ、と今から想像してますが、でも裏切って欲しい。続きも牟野素人さん(ご本人は無能なシロートと自称されておりました)が訳しておられるので、すぐ読めます。(安いし) 個人的にはアレ?と思ったボーナスポイントもあり。是非、余計な予備知識を入れずに読んで欲しい。かつての人気は伊達じゃない! さて、トリビア書くのが辛い。仏語は英語の半分以下の能力だし、シャーロックに比べると19世紀末の資料は少ない。(ミステリ関係が薄いだけで、文化関係はかなり豊富だ。私に知識が無いだけです、ハイ) なので進まないので、とりあえず今は項目だけ書いて、後で埋めます… この小説、クリスティ再読さまは多分かなり気に入ってくれるんじゃないか、と思います… 是非! p11 1862年3月6日木曜日、マルディグラの翌々日(Le jeudi 6 mars 1862, surlendemain du Mardi gras)♠️ p14 現場は一切合切このままで(Il faut tout laisser ici tel quel)♠️ p15 半年分として320フラン、しかも前払いという条件だが(moyennant trois cent vingt francs payables par semestre et d’avance)♠️●円。一軒家の家賃。田舎の小別荘ふう。1階に2部屋と屋根裏部屋のみ。菜園付き。周囲は石壁で囲われている。 p15 朝方、よく木綿のナイトキャップをかぶった姿が見られたところから、どうもノルマンディー地方の出身らしかった(On la supposait Normande, parce que souvent, le matin, on l'avait aperçue coiffée d'un bonnet de coton)♠️第一帝政のころノルマンディの婦人に木綿のボンネットが流行った。写真で見ると布を帯でぐるっと巻いて留めてる感じ。日常的なファッションらしいので「ナイトキャップ」とは違うかも。教会にこの頭で行くご婦人もいて聖職者にcoiffure abominable(酷いかぶりもの)と評判が悪かったようだ。 p18 記憶の天才♠️『バティニョールの爺さん』にも登場した特殊技能。 p20 前科者から探偵に♠️ヴィドック風。そーゆーキャラ付けだったのね。 p21 引き出しに金貨…320フランも♠️ p22 チロクレールの親父(le père Tirauclair)♠️フランス語で“Bringer of Light” or "Brings-to-light"(英Wiki)。tirer aux clairsということ?仏Wikiにはこの語は分解無しで「別名Tirauclair」とだけ記載されているので、この綴りで常識的にすぐ意味がわかる、ということか。 p26 月に60フラン♠️●円。食料品店での買い物 p27 十スー♠️●円。子どもの手伝いに対する駄賃 p29 ビー玉(des billes)♠️ここらへんの感じが好き。可愛い雰囲気がよく出ていると思う。 p31 丸みをおびた顔は、びっくりしているような、それでいてどことなく不安げな表情… パレ=ロワイヤル座の二人の喜劇俳優にひと財産をもたらした、あの表情(Sa figure ronde avait cette expression d’étonnement perpétuel mêlé d’inquiétude qui a fait la fortune de deux comiques du Palais-Royal)♠️具体的な俳優を念頭に置いて、の書きっぷり。多分当時は明白だったのだろう。ググったらPaul Grassotという喜劇俳優?が引っかかった。仏Wikiなので、記事を読むのが大変。よくわからないので保留。 p34 鳩時計♠️いつも寝る前にねじを巻く。動くのはせいぜい14-5時間だろう p34 五時をさして止まっているのは何故か。その時刻に時計にふれたから(Comment donc se fait-il que ce coucou soit arrêté sur cinq heures? C'est qu'elle y a touché.) p38 百フラン…紙幣(Ils réclament cent francs qu'on leur a promis)♠️発見の報酬 p39 数種類の指紋(les diverses empreintes)♠️急に科学捜査が進展した?ここは「いくつかの足跡」という意味だろう。指紋が科学捜査に使用された初例は1892年アルゼンチンのはず。 p42 年に2000フランの収入。30年ほど?前の話 p44 二十五フラン支払って野兎を仕留める p54 ピケやインペリアル p64 三十万フラン♠️相当の額。まあ目的が目的だ。 p117 八十万フランを超える金♠️良地の代金 p121 二万フランの年金… 減少 p147 小型のピストル p168 いつの世にあっても、権力を手中にするのは富を、つまりは土地を所有する者だ p169 土地の価値は日に日に上昇している p171 召使の使命 p223 今日では誰でも司法を尊重し p223 ちりの中を転げ回り p225 ヴァレリーもそれには反対でした♠️ちょっと意味不明。 p235 記述によるミスディレ p238 千フラン札2枚 p239 コーヒーを飲みながら、食堂で葉巻をくゆらしていた… 家の規則に反すること p271 わたしが40歳のとき、父親はもうろくして子どもに返ってしまった p271 月々4000フラン p278 息子たちはあらゆる愚行とは無縁な時代に生をうけたから、父親の世代の悪行、情熱、熱狂を知らない♠️フランスでは、政体がコロコロ変わった時期。裏切りも当たり前だったろう。 p278 五フランの金を御者に投げわたし♠️チップ。多分過大な。 p279 夫人の頭のうえには小さな容器… 冷たい水が一滴一滴こぼれ落ち… 額を冷やしていた p279 血でよごれた布きれ… 蛭による治療がおこなわれた… p281 吸い玉 p282 きみの政治的信念からして、聖ヴィンセンシオの修道女に…♠️「宗教的」信念じゃないの?ポリシーの誤訳か? p285 利子というのが五分から一割五分… p286 利子の話を好まず、その話をもちだされると面目をうしなったように感じた…♠️高利貸みたいな男の心情。やはり利子はタブーなのか。 p304 猟犬♠️ここでもう既に卑しい仕事に苦悩する探偵像 p311 三フラン欲しさに♠️刑事にデタラメな証言をする奴が… 何故3フランなのか。ただの言葉の綾か?情報料の相場なのか? p313 英国式に手を差し伸べた p322 女たちには理性も分別もそなわっていない p343 レジヨンドヌールのオフィシエ勲章 p346 伝承によれば、雷に打たれた者は p356 部屋の消毒 p358 刑事♠️タイピンでわかるって何かの合図? p361 船乗り… 身体を揺する♠️このイメージって誰が始めたんだろ? p364 聖ヨハネの祭 p366 金貨で3000フラン以上 p372 カタロニア・ナイフ️♠️これも『バティニョールの爺さん』に登場 p382 通行料… 10スー硬貨… 釣り銭の45サンチーム♠️10スー=50サンチーム p389 二十フラン硬貨 p390 リチャード三世のように p403 四連発のピストル |
No.315 | 7点 | シャーロック・ホームズ事典 事典・ガイド |
(2020/07/23 05:19登録) 日本 Japan 東アジアにある帝制の島国。推定人口、五千万。トレヴァ老人は日本を訪れたことがあった(グロリア・スコット号)。ハロルド・ラティマの家には日本の甲冑が…(以下、略) 原著1977年出版(翻訳1978年。パシフィカのシャーロック・ホームズ全集 別巻として。現在は新版が出てるはず)、著者の編集方針は「ホームズが知悉していたヴィクトリア朝の知識で全て説明すること」 素晴らしいアイディアで、内容も忠実にその方針で記されている。(大体1914年ごろの観点で書かれているはず) 人名、地名、建物、事柄、商品名、など、大抵の項目は網羅している感じ。シャーロッキアンが積み上げたトリビアの重みを感じる。(オレンジは出てくるがリンゴは出てこないらしい、とかのクイズねたにも使える) 拳銃関係では「まだらの紐」に出てくる有名な「イーリ型2番の拳銃」は「イーリ・ブラザーズ(Eley Bros.)」の項に出ている。日本語の表記の揺れで探しにくい場合は、現綴の索引があるので、そこで探すことが出来る。(ただし、項目の索引なので、記述に出てくるgunとかは探せないのが残念。 特約(プライヴィット)ホテル(緋色等に出て来る)は「ホテル」の項に「酒の販売を許可されていない」と書かれており、そーゆーミニ知識もさりげなく埋め込まれている。こーゆーヴィクトリア朝の背景知識がもっと充実していれば、さらに良い事典となるのだが… パシフィカ版は何度もひもとくと、背の造本が弱いので、ページがバラバラになりそうな感じが残念。少なくとも事典を想定した作りではない。 同趣向で一貫したペリー・メイスン事典は無理だろう。何せ活躍期間が1933-1969と長すぎる。どの時代にフォーカスを当てるか迷うし、デラの美魔女ぶりを突きつけられるのは嫌だ(1933年の設定では約27歳、とすると…)。 |
No.314 | 5点 | アリ・ババの呪文 ドロシー・L・セイヤーズ |
(2020/07/07 02:19登録) 日本オリジナル編集(1954年、日本出版協同株式会社) 編者は翻訳者の黒沼 健だと思われる。「異色探偵小説選集④」となっているシリーズの一冊。中央公論社版『アリ・ババの呪文』(1936年)から2篇削除し、4篇追加(*で表示)。 部屋を整理してたら見つけました。100円で入手した紙質の悪い古書。でもモンタギュー・エッグがまとめて読めるのは、今のところこの本だけです。 収録7作目「バッド君の霊感」(これは中公版の題。本書の訳題「緑色の頭髪」は当初訳者がつけたもので中公編集者に変えられたから今回戻した、というのだが、どーゆーこと? 全く困った人だ。『新青年読本』によると雑誌掲載時(昭和8年10月増大号)も「バツド君の霊感」感覚がオカシイのは訳者だけのようだ)を原文と比べて読んでみたところ、都築道夫が忌避したような新青年式の翻訳で、面倒なところはパス、意が通じれば良しで、原文からちょっと離れても気にしない自由調。日本語としては読みやすいんだけど、ところどころ大丈夫?な感じ。大意は通じるが、雰囲気がスカスカになっています。創元さん、セイヤーズ探偵小説全集の完結をお願いしますよ!(少なくともピーター卿全集は完成させて欲しい…) 初出はいつものようにFictionMags Index(FMI)調べ。原題はAga-search.comの情報を元に、原書短篇集のものを採用。カッコ付き数字は本書の収録順、ここでは初出順に並べ替えています。ピーター卿シリーズには創元①②として創元文庫版『ピーター卿の事件簿』の番号を表示。黒丸数字は作品が収録されている原書短篇集❶= Lord Peter Views the Body, Gollancz 1928、❷= Hangman’s Holiday, Gollancz 1933、❸= In the Teeth of the Evidence, Gollancz 1939を示しています。 ⑺ The Inspiration of Mr. Budd (初出: Detective Story Magazine 1925-11-21, as “Mr. Budd’s Inspiration”)❸「緑色の頭髪」: 評価6点 ノンシリーズ。TVシリーズOrson Welles' Great Mysteries(1973)の第15話として放映されている。タイトルは原題と同じ。日本では1977年テレビ朝日系で『オーソン・ウェルズ劇場』第10話「理髪師の第六感」として放送されたようだ。(私はたぶん未見。ただし有名なCMを見た記憶がぼんやりあるから外国ミステリ・ドラマ大好きだった私はこのシリーズを観てたか?) なかなか良く出来た話ですが(緊張と弛緩のユーモア感が良い)、翻訳タイトルで台無し。読むときには忘れること!って無理な注文… FMIにより上記の米国Pulp誌初出(今回、調べてて気付いたのだが、この雑誌の1925-5-30号から5回分載でCloud of Witnessが連載されている。単行本出版1926年なのでこれが初出?掲載タイトルはGuilty Witnesses。単行本ではおかしなことになってる事件発生の日付と曜日が、連載時にどう記されていたのか、非常に気になる)としたが、英国雑誌(当時セイヤーズを掲載してたPearson’sなど)の初出の可能性もありそう。FMIには1920年代のPearson’s情報がほとんど無い。有名な雑誌なのに… p130 五◯◯磅♣️英国消費者物価指数基準1925/2020(61.20倍)で£1=8086円。500ポンドは404万円。 p130 顔色稍々黒味を帯び銀鼠色の頭髪を有す。髭、鬚、眼とも灰色(complexion rather dark; hair silver-grey and abundant, may dye same; full grey moustache and beard, may now be clean-shaven; eyes light grey, rather close-set)♣️翻訳の調子を見ていただくため、少々長く引用。手配書の人物描写なのだが、後の方で木霊のように響く重要表現”dye same”を含め、”clean-shaven”、”close-set”はばっさり削除。文章は引き締まるけど、忠実とはとても言えない。全篇、こんな感じの翻訳です。浅黒警察として注目は、まず肌の色に言及していること。そして頭髪、口髭、あご鬚、目の色の順。単独で出てくるdarkを「浅黒い肌」と解釈するのも一理ある、という例証か。(まー私は単独のdarkはfairの対義語と考えてますが…) こういう触れ書きの容貌描写に決まった順番ってあるのだろうか? p132 七志六片(seven-and-sixpence)♣️シリング、ペンスの漢字表現。毛髪染めの値段。3032円。原文では前段で「9ペンスの客、いやチップ込みで1シリングにはなるか」と踏む描写があるのだが、この翻訳ではばっさりカット。散髪代(場末の理容店という設定)が9ペンス(=303円)とは随分安い感じ。2020年英国の記事では安い店で平均£5(=661円)だという。1940年米国では35セント(=690円)という情報あり。 (2020-7-7記載) ⑵ The Abominable History of the Man with Copper Fingers (初出: 短篇集Lord Peter Views the Body, Gollancz 1928)❶-1「銅指男」 ピーター卿もの。創元①収録。創元文庫の書評を参照願います。 (12)* The Vindictive Story of the Footstep That Ran (初出: Lord Peter Views the Body, Gollancz 1928)❶-7「嗤う蛩音」 ピーター卿もの。創元未収録。HMM1984年1月号の書評を参照願います。 ⑷ The Bibulous Business of a Matter of Taste (初出: 短篇集Lord Peter Views the Body, Gollancz 1928)❶-8「二人のピーター卿」 ピーター卿もの。創元②収録。創元文庫の書評を参照願います。 ⑴ The Adventurous Exploit of the Cave of Ali Baba (初出: 短篇集Lord Peter Views the Body, Gollancz 1928)❶-12「アリ・ババの呪文」: 評価6点 ピーター卿もの。創元未収録。直近の翻訳は『嶋中文庫 グレート・ミステリーズ12: 伯母殺人事件・疑惑』(2005)に収録されたもの。 冒頭にはワクワクするが、急に安っぽいスリラー調になっちゃう。セクストン・ブレイク大好きなセイヤーズなので致し方ないところ。話の展開は結構面白い。 p7 鳶色の頭髪… 濃い目の山羊髭(with brown hair … a strong, brown beard)♣️こちらの人物描写では頭髪、髭の順 p8 五十万磅♣️英国消費者物価指数基準1928/2020(63.24倍)で£1=8356円。 50万ポンドは41億円。37歳(1928年1月時点)のピーター卿の資産。 p14 二年の歳月♣️この設定だとピーター卿不在期間は1927年12月から1930年1月まで。確かに第4作『ベローナ・クラブ』と第5作『毒』の間には、そのぐらいの空白がある。 p17 拳銃(ピストル)(a revolver)♣️ここは英国伝統のブルドッグ・リボルバーで。(←個人の妄想です) p18 蓄音機から洩れるジャズのメロデイ(A gramophone in one corner blared out a jazz tune)♣️当時BBC放送で活躍してたFred Elizaldeを聴くとニューオリンズ風のジャズ。ここでかかってるレコードは米国のものだろうか。 p28 臀ポケットから自動拳銃(オートマテツク)を取出すと…(took an automatic from his hip-pocket)♣️尻ポケットに収まるサイズの小型ピストル。ブローニングFN1910の38口径仕様を持たせたい。(←個人の妄想です) (2020-7-7記載) ⑶ The Man Who Knew How (初出: Harper’s Bazaar 1932-02)❷「殺人第一課」 ノンシリーズ。 ⑹ The Fountain Plays (初出: Harper’s Bazaar 1932-12)❷「噴水の戯れ」 ノンシリーズ。 ⑸ The Poisoned Dow '08 (初出: The Passing Show 1933-02-25, as “The Poisoned Port”)❷「エッグ君の鼻」: 評価5点 モンタギュー・エッグもの。シリーズは全11作。最後の1作を除き、全て週刊誌The Passing Show掲載(最初の6話は毎週連続掲載。この雑誌、表紙絵が英国版Saturday Evening Postといった感じで当時の英国風景を見事に描いてて好き)。最初を飾るのがこの作品だが、主人公に華がなく、話もパッとしない。いつもうんざりさせられる古典などの引用が無いのが良いところか。エッグ君は酒のセールスマンという設定。セイヤーズはお酒大好きだったんでしょうね。偶然なんですが先日馴染みのイタリア料理屋で食べてたら目の前にDow’s Fine Ruby Portの瓶が!早速試してみたら、しっかり葡萄味ですが甘々〜でした。 p101 (ダウ)葡萄酒でしたら私の手で六ダースほど納めましたが…(the Dow ’08. I made the sale myself. Six dozen at 192s. a dozen.)♣️「ダウ1908年もの」「1ダース192シリングで」という大事な情報は削除。1本16シリング(=7614円、1933年英国物価指数基準72.04倍) もちろんこっちはVintage Port、私の飲んだ年代すら入ってない普及品とは違う… Dowのホームページによると1908年ものは"Light, Delicately Flavoured Wines" Declared by all producers, 1908 was a great vintage with light, delicately flavoured wines.ということらしい。 (2020-7-7記載) (11)* Sleuths on the Scent (初出: The Passing Show 1933-03-04)❷「香水の戯れ」: 評価5点 モンタギュー・エッグもの第2話。第1話同様、パッとしない話。 p203 「大瓶(large bottle)の方を… 僅か三シリング六ペンスで—」「それじゃ原料の酒精税(the duty on the spirit)にも足らんでしょう」♣️3s.6d.=1666円。香水の大瓶の相場を当時の広告から拾うとYardleyが21シリング、No.4711が30シリングくらいか。 p203 三十五歳、中肉中背で頭髪はブロンド。青目勝ち、短い口髭(age thirty-five, medium height, medium build, fair hair, small moustache, grey or blue eyes, full face, fresh colour)♣️ラジオで流れた指名手配の容貌描写。翻訳では最後の「丸顔、明るい肌色」をカット。 p205 モリス(Morris)を運転して来た男… ひょっとするとオースチンかウォルスレー(Austin or Wolseley)であったかも♣️この宿には、モリスの男が4人もいた。国民車なんだね。ところでこのくだり、この翻訳では「素人の」証言は当てにならない、という書き方だが、原文では「若い女(メイド)の言ってることだから」車種は当てにならない、となっている。 (2020-7-7記載) ⑽* Maher-Shalal-Hashbaz (初出: The Passing Show 1933-04-01)❷「メール・シャラール・ハッシュバッス」: 評価5点 モンタギュー・エッグもの第6話。何故かAga-searchさんちではエッグものに入れていない。この作品から考えてセイヤーズさんが猫好きじゃないのは間違いないと思います。タイトルはイザヤの二番目の息子の名。聖書中で最も長い名前、という称号があるらしい。 p187 ミイコ♣️原文ではpussとかkitty。猫撫で声でネコを呼ぶときの言い方。 p189 十シリング♣️4759円。この値段で人が集まるかなあ。まあ何処かで捕まえて持ってくれば良いが… p191 なんでも跳びついてはすぐに毀すので(because he ‘make haste to the spoil.’)メール・シャラール・ハッシュバッスという名をつけた♣️イザヤ書8:1に出てくる名前。ヘブライ語で "Hurry to the spoils!" or "He has made haste to the plunder!"という意味らしい。この翻訳では訳注とか説明は全く無い。 p192 電車賃… 半クラウン♣️2s.6d.=1190円。 (2020-7-7記載) ⑻ The Image in the Mirror (初出: 短篇集Hangman’s Holiday, Gollancz 1933)❷「鏡に映った影」 ピーター卿もの。創元①収録。創元文庫で読む予定。 ⑼ The Queen's Square (初出: 短篇集Hangman’s Holiday, Gollancz 1933)❷「白いクイーン」 ピーター卿もの。創元②収録。 FMIでは初出1932(雑誌等の言及なし)。コピーライトがそういう表記なのか。短篇集収録前に何処かに発表されてた可能性あり。創元文庫で読む予定。 (13)* The Incredible Elopement of Lord Peter Wimsey (初出: Hangman’s Holiday, Gollancz 1933)❷「妖魔遁走曲」 ピーター卿もの。創元①収録。創元文庫で読む予定。 |
No.313 | 6点 | ソーンダイク博士の事件簿Ⅰ R・オースティン・フリーマン |
(2020/07/05 06:04登録) 第2短篇集『歌う白骨』(1912)のほぼ全篇4作(未収録は「オスカー・ブロズキー」だけ)とソーンダイク初短篇(1908)を含む第1短篇集(1909)からの3作に1924年発表の1作で合計8作収録。 7月4日はソーンダイク博士の誕生日(藤原編集室ネタ)。フチガミ個人訳ソーンダイク短篇全集企画記念。予行演習のため創元の1、2を読んでます。なんと言っても挿絵完全収録というのが良い。あらためてWEB「海外クラシック・ミステリ探訪記」を読んだら、博士の初出情報や雑誌に掲載されたイラストがたくさん載ってるんですね。是非、短編全集には初出を記載したフリーマン全著作リストもお願いしたいところです。 以下、初出はS・フチガミさん情報によるもの。時々FMIを参照しています。 ⑴A Case of Premeditation (米初出McClure’s Magazine 1910-8 挿絵Henry Raleigh)「計画殺人事件」評価6点 倒叙ソーンダイクもの。冒頭から素晴らしい作品。犯行前に犯人が色々なものを揃えるのですが、何故それを、が示されないのが面白い。警察犬を無茶苦茶批判してるけど、それは使いようじゃないの?と思いました。作者は犬嫌いか。これがフリーマンによる倒叙作品の初登場。執筆も実は先?(オスカー ブロズキーはPearson’s 1910-12初出) p16 年200ポンド♠️消費者物価指数基準1910/2018で114.4倍、現在価値322万円。 p17 チェンバー百科事典(Chambers’s Encyclopaedia)♠️10巻本の百科事典。初版1868年完成。1908年には改訂版(第5版?)が出ています。 p19 半クラウン銀貨(half-a-crown)♠️エドワード7世の銀貨(1902-1910)は重さ14.1g、直径32mm。半クラウン=2シリング6ペンス=0.125ポンド、現在価値2010円。なお1ペニー銅貨は同時期のものだと重さ9.4g、直径30mm、現在価値67円。半クラウンで4ペンスのお釣りなのでここでの買い物は1742円相当。 (2018-12-31記載) ⑵The Echo of a Mutiny (初出Pearson’s Magazine 1911-9 挿絵H. M. Brock, as “Death on the Girdler”)「歌う白骨」評価5点 倒叙ソーンダイクもの。偶然の犯行なので手がかりが豊富、博士には赤子の手を捻る程度の事件。 p65 リカルヴァ沿岸警備所の双子塔(the twin towers of Reculver)♠️海沿いの聖メアリ教会に12世紀に加えられたtwin towersで有名。原文に「沿岸警備所」はありません。 (2019-1-6記載) ⑶A Wastrel’s Romance (初出Novel Magazine 1910-8 as “The Willowdale Mystery”)「おちぶれた紳士のロマンス」評価5点 倒叙ソーンダイクもの。かつての素晴らしき日々への感傷、からの暗転が唐突。結末もちょっとどうかなあ。 p121 親しくしている弁護士さんの言い草ではないけれど「名前になんか、なんの意味も」ない(as our dear W. S. remarks, 'What's in a name—')♠️残念じゃがWriter to the Signetでは無い。沙翁Romeo and Julietteじゃのう… p133 イエール鍵(Yale latch-key)♠️1844年、米国人Linus Yale Jr(1821-1868)の発明。 p150 郵便局の人名簿(Post Office Directory)♠️英国ではstreet別、commercial(商売)別、trade(職業)別、court(貴人・公人)別などの名簿を郵便局が発行していたらしい。 p161 オランダ時計の文字盤みたいに表情がなかった(devoid of expression as the face of a Dutch clock)♠️オランダ製はシームレスに針が動くのかも。花のセリに使われるDutch clockは針が急がしく動くらしいので違うと思う。(2020-3-9追記) Dutch Clockとは盤面に贅沢な彫刻などない普通の振り子時計、とDickens関係のWebページに書いてありました。 (2020-3-8記載) ⑷The Old Lag (初出Pearson’s Magazine 1909-4 挿絵H. M. Brock, as “The Scarred Finger”)「前科者」評価4点 かなり手間のかかるトリック。倒叙として構成してみれば、作者も不自然だと気づくはずなのに… ソーンダイクの推理もパッとせず、警視が間抜け過ぎるのも面白くない。 p169 舌を見ただけで… 当てるバクダードの占い女(the wise woman of Bagdad… by merely looking at his tongue)♠️面白そうな話だが、調べつかず。有名な占い師なのか。 p189 昔話の狐と鳥(the old story of the fox and the crow): イソップ童話より。 p189 きみは、ぼくに一生けんめいしゃべらせておいて、自分は耳を楽しませながら(the old story of the fox and the crow; you 'bid me discourse,' and while I 'enchant thine ear,')♠️Shakespeare “Venus and Adonis”(1593)より。作曲家Henry Bishop(1786-1855)がこの詩をもとにBid me discourse(1822)という曲を作っている。 p202 ハンカチの隅にゴムのスタンプで(printed in marking-ink with a rubber stamp)♠️新しく買った半ダースのハンカチに奥さんが名前を入れた(p202)。洗濯屋に出している、というから紛れないための工夫なのか。(他の衣類にも名前を入れるのだろうか?) (2020-4-3記載) ⑸The Blue Sequin (初出Pearson’s Magazine 1908-12 挿絵H. M. Brock)「青いスパンコール」評価5点 現場のコンパートメントは通路が無いタイプなので、列車が動いている時は密室状態、だから最後に降りた者が犯人なのは確実、という話なのだが、当時は当たり前で説明無用の前提条件が現在の人間にはわかりにくい。(20世紀初頭から通路ありのCorridor coachが導入され始めたようだ) 本篇の解決がそーゆーことなら、物理的にはこーゆー現場の状況にはならないような気がします。(室内中央に戻る可能性はかなり低いと思う) p217 干し草を燃やす(set a rick on fire)♠️このrickは交換後の「枕木」ではないか?保線の話に干し草が出てくるのが不思議なのだが… (その後に家畜の話題が出てきて話が繋がってるように見えるが、本来、保線工事の話) p223『ゲインズボローの肖像に描かれたデボンシャーの公爵夫人』(Duchess of Devonshire in Gainsborough's portrait)♠️ゲインズバラが描いた「デヴォンシャー公爵夫人の肖像」(1787?) 大きな帽子の有名な絵。 (2020-3-8記載) ⑹The Moabite Cipher (初出Pearson’s Magazine 1909-?? 挿絵H. M. Brock)「モアブ語の暗号」評価6点 ジャーヴィスとアンスティ揃い踏みなのが楽しい。アンスティは反抗的な性格のようだ。謎の解決はフリーマンらしくて良い。(読者もジャーヴィスも置いてけぼりだが…) p237 救急車を(ambulance)♠️ロンドンで最初の救急自動車は1904年。救急用連絡ポストが市内数カ所に設置され、電信でセンターに知らせる仕組みだったようだ。(1907 ambulance city london policeで検索) p237 患者に変化が♠️ここら辺の描写は医者ならでは。 p238 ポーク・パイ(Pork-pie)♠️英国伝統の甘くないパイ。冷やで食べるのが良いらしい。ここの感じでは普通に製品として販売されていたのか。 p239 呼鈴のボタンの列(a row of brass bell-handles)♠️がオルガンのストップみたいに見える… と言うので画像を探したら本当にそんなのがあった。https://www.flickriver.com/photos/stonerabroad/6372235067/ 翻訳では「押した」となっているが原文ではpulledとあるので、このタイプなんだろう。 p239 赤毛型の典型的なユダヤ人(a very typical Jew of the red-haired type)♠️調べると欧米で「赤毛」はユダヤ人の属性という偏見があったらしい。だから「にんじん」や「赤毛のアン」なのか?とすると「赤毛連盟」はPC的にヤバいのか? p253 夕食の駅弁を買ったり(furnish ourselves with dinner-baskets)… 駅弁の冷えた鶏肉(cold fowl from the basket)♠️「駅弁」というから、そーゆー商品があった?と思ったら自分たちで食べ物をバスケットに詰め込んだ… という意味だろう。(駅弁というのも、おそらく日本独自のものではないでしょうか。ヨーロッパの大きな鉄道駅には、テイクアウト可能なサンドイッチ等を販売する様々な店舗が並んでいますが「テイクアウト用に最初からパッケージされたもの=弁当」は、まず見たことがないのです。〜“EKIBEN”は英語になるか? 2018.09.26 WEB「鉄道チャンネル」) p253 いらいらした口調で… 「もう七分も遅れている!」(exclaimed irritably. "Seven minutes behind time already!")♠️列車の遅れ7分でこれ。やはり昔は結構定刻どおりだったのでは? p260 あらゆる銀器に良心的な反感(a conscientious objection to plate of all kinds)♠️ソーンダイク博士の感想。贅沢を象徴してるから? (2020-7-4記載) ⑺The Aluminium Dagger (初出Pearson’s Magazine 1909-3 挿絵H. M. Brock)「アルミニウムの短剣」評価6点 立派な密室殺人なんだから、もっと盛り上げて良いのに。サスペンスが全く無い。筋立てが直線的過ぎるんだよなあ。 p274 「入浴」という神聖な儀式(The sacred rite of the "tub")♠️たまたまwikiにあった雑誌版(McClure’s 1910-7)を見たらmy bathとあっさり表現。単行本時に洒落た文章に直したようだ。 p286 不潔な猿を肩に乗せた男が手回しオルガンを持って... 神聖な曲とコミック・ソングの—『ロック・オブ・エイジス』『ビル・ベイリー』『クジュス・アニマル』『オーヴァー・ザ・ガーデンウォール』などを、ごちゃまぜに... 『ウェイト・ティル・ザ・クラウド・ロール・バイ』を演奏しはじめ…(there was a barrel-organ, with a mangy-looking monkey on it... Kept mixing up sacred tunes and comic songs: 'Rock of Ages,' 'Bill Bailey,' 'Cujus Animal,' and 'Over the Garden Wall.' ... started playing, 'Wait till the Clouds roll by.')♠️McClure版ではWait till the Clouds roll byのくだりは無い。沢山の曲名が出てきて嬉しいねぇ。調べたら大体判明したので満足です。 ①Rock of AgesはHymn. 詞Augustus Montague Toplady(1763), メロディは数種あるが、英国では"Redhead 76", also called Petra, by Richard Redheadが普通(英Wiki)。 ②Bill Baileyは1902年作詞作曲Hughie Cannon(米国人)のBill Bailey, Won't You Please.... Come Home?だろう。英Wikiに(Won't You Come Home) Bill Baileyの項目あり。 ③Cujus AnimalはRossiniのStabat mater(1841)第二楽章Cujus animam(テノール独唱)のことか。 ④Over the Garden Wallは作詞Harry Hunter、作曲G. D. Fox、1879年出版のmusic-hall piece。 ⑤Wait till the Clouds roll byは作詞H. J. Fulmer、作曲J. T. Wood、1881年出版のポピュラーラヴソング。 p288 サドラー基金賞の最高賞がもらえるぞ(They are worthy of Sadler's Wells in its prime)♠️基金賞では見当たらず。1683年リチャード・サドラーが見つけた、薬効のある井戸のほとりのミュージックハウスが起源の由緒ある劇場名だと思われる。日本語Wiki「サドラーズウェルズ劇場」参照。本作の頃はすっかり落ちぶれたボロ劇場だったようだ。スケートリンクや映画館に改装されたというのもこの頃か。全盛期のサドラーズウェルズ劇場みたいに古いネタ(あるいは素晴らしいネタ)、というニュアンス? p291 約2万ポンド♠️全財産。英国消費者物価指数基準1908/2020(121.09倍)で£1=15999円。2万ポンドは3億2千万円。 p294 小柄で、色白で、痩せぎすで、髭をきれいに剃って(he is rather short, fair, thin, and clean-shaven)♠️浅黒警察出動!「金髪で」 p295 お礼に一ソヴリン♠️探しものの謝礼。=£1なので15999円。当時のソヴリン金貨はエドワード七世、純金、8グラム、直径22mm。 p296 空中ごま(デイアボロ)(diabolo)… その玩具は、往復する紐から外れ(the shuttle missed the string)♠️英wikiに項目あり。ああ、アレね。日本では流行ってないと思う。 p297 背が高く、痩せていて、色黒で(was tall and thin, dark)♠️浅黒警察ふたたび出動!「黒髪で」 p299 この前の四季支払日(クオーター・デイ)に来たばかりで—六週間ほど前から♠️英国(イングランド&ウェールズ)ではLady Day(3/25)、Misdummer Day(6/24)、Michaelmas(9/29)、Christmas(12/25)で、スコットランドやアイルランドでは別の日が指定されている(英Wiki)。微妙にズレてるのがなにか伝統っぽい。本作は「夏の陽光(p278)」とあるので約6週間前が6/24、つまり8月上旬の事件。 p299 半ソブリン♠️御者への駄賃。8000円。当時の半ソヴリン金貨はエドワード七世、純金、4グラム、直径19mm。 p300 フランス製の小型武器—1870年の悲劇の形見—の廃物(obsolete French small-arms—relics of the tragedy of 1870)♠️ small armsとは「1人で携帯操作できる拳銃、小銃(ライフル)、ショットガン、手榴弾など」のこと。定訳は「小火器」。1870年の悲劇とは自信満々の仏軍があっさり敗れた普仏戦争のこと。 p305 どの部分をみても『イギリスの製作者が作ったもの』であることは明白(there is plainly written all over it 'British mechanic.')♠️その後の説明を聞いても明白だとは思えないが… まーお国自慢の一種かな。 p309 ドレイパー社製の変色性インク(Draper's dichroic ink)♠️Bewley & Draper社(Dublin)の黒インク。1886年の広告には“The Best Black Ink Known — Draper’s Ink (Dichroïc)“とある。dichroicは漆黒性と高輝度を併せ持った、という意味での「二色性」か。1891年の広告ではturns at once jet blackと表現してるので「変色性」で良いのか。 p310 インクを入れた石の壜(a stone bottle)♠️Stone wareの訳語は「炻器(せっき)」。半磁器や焼締めとも呼ばれ、日本では備前・常滑・信楽・伊賀焼きに見られる」ものらしい。ヴィクトリア朝に流行したようだ。 (2020-7-4記載; 2020-7-8追記) (8)A Mystery of the Sand-Hills (初出Pearson’s Magazine 1924-12; 米初出Flynn’s 1924-11-29 as “Little Grains of Sand”)「砂丘の秘密」評価5点 Flynn’sは有名な米国パルプ誌Detective Fiction Weeklyの前身。 ひた隠しにする依頼人にズバリと失踪者の特徴を言い当てる場面だけが楽しい物語。あまりに読者に手がかりが隠されているので面白い話として成立しません。御託宣をははぁと聞くだけ。 p318 背の高い、髭をきれいに剃った、色の黒い男だった (Tall, clean-shaven, dark fellow)♠️しつこいようですがdarkな髪の色だと思うのです。 p328『クランプス』というゲーム(the game of "Clump")♠️Webにclumpsという指定人数の塊を作る子供用ゲームの動画がありましたが… George Ellsworth Johnson著 Education by plays and games(1907)にYes, No, I don’t knowのいずれかで答える推測ゲームClumpsの項あり。源平戦で、推測が当たったら相手方から一人奪い、最後に人数が多い方のグループが勝ち、というゲームのようです。(kindle版を手に入れましたが、OCRの精度が低くてちょっと読みにくい…) p333 狐狩りの猟犬♠️ここでは大活躍してます。「犬嫌い」ではないらしい。⑴参照。 (2019-8-31記載) 以上で全巻終了。全体を通して捻りが無い感じ。ミスディレクションというかアッチに振ってからの〜意外な解決、というテクニックを使わないのがシリーズの物足りなさですね。ソーンダイク博士のキャラもおんなじで、欠点の無いハンサムキャラじゃ、可愛げ全く無しです。これで超美人だが超性格の悪い恋人or妻が登場すれば面白かろうに… まあでも第二巻も楽しみです。もちろんフチガミ全集も。1冊5000円じゃ収まらないのかな? あれ?弾十六得意のネタを書いてない…と思われた方もいるのでは?でもアレ書いちゃうとムニャムニャじゃないですか…なので以下、ちょっとぼかして銃関係のトリビアを書きます。 「ライフル銃」は、名称が作品中にバッチリ明記してあるので、興味がある人は各自でwikiを調べてくださいね。この銃にはwikiにある通り皮肉なエピソードがあって銃世界でも結構有名です。 「消音器(a compressed-air attachment)」が出てくる作品があるのですがマキシムの特許は1909年3月。となると作中年代の方が先になっちゃって整合性が取れないかも。手作りのオリジナルと考えれば良いでしょうか… 22口径(5.7mm)程度の小口径なら結構効果は高いようですが… 最後の方で「強力で大きな消音ライフル(a large and powerful compressed-air rifle)」とあるので犯人は空気銃に改造した、という設定なのかも。こっちの解釈なら博士が「いかなる爆発の痕跡も残さないために[attachmentを使った](prevent any traces of the explosive)」という発言とも合致します。フチガミさま、いかがでしょうか? 「携帯便利な武器—大口径のデリンジャー型ピストル(a more portable weapon—a large-bore Derringer pistol)」も登場します。お馴染み41口径レミントンダブル(1866)ですね。口径は大きいんですが、弾は寸詰まりで火薬量が少なく銃身も短いのでパワーはそんなにありません。 (2020-7-8記載) |
No.312 | 4点 | 推理小説の誤訳 事典・ガイド |
(2020/07/02 04:30登録) 誤訳の指摘って、昔『翻訳の世界』で別宮先生が欠陥翻訳を大胆に連載されていたのだが、する側もされる側も労多くて益少ない行為です。まあ大人が他人を非難するって大変な行為であることは社会人になったらわかるよね?学生気分が抜けて無い青年ならともかく、分別ある大人なら普通は面倒くさいことになるからしないもの。(別宮先生も最初は他多数の評者が欠陥翻訳を切るという企画だったのだが、結局他の評者は途中で辞めちゃった) だからこーゆー評論風文章も顔を晒してなんてとても私には出来ません。 そういう意味では貴重な本なんだけど、本書の感じは弱いものいじめに見える。大体、実名を出す必要ある?まあ早川や創元は今となっては翻訳大手なんだけど、戦後のドサクサでミステリ翻訳に手を出した翻訳業界の新興出版社だし、ミスの内容も翻訳後の日本語をちゃんと編集が読んでいれば、変テコだとわかるレベル。数だって1ページ数箇所なら誤訳の欠陥商品だが、単行本全体で100以下なら立派なもの。それに早川も創元も編集者も翻訳者もそのほとんどは英語の専門家じゃないからねえ。(まあプロなら言い訳出来ないだろうが…) 大体、この著者の時折混ぜるふざけた調子が不愉快。本気で誤訳を指摘したいなら、あんたの本業の法律業界のをやれば良い。(飛田さんの立派な新書『アメリカ合衆国憲法を英語で読む』は、法律の専門では無いが…と断りながらも、従来の大学のセンセーの翻訳の間違いを真摯に指摘しています。もちろん訳者名は明記していません。まあ著書名や出版社は明記してるので調べればわかるのですが、これがマナーでしょう) 以上はともかくとして、日本人が間違いやすい英語の本としては(現在でも多分)非常に有益。英語の辞書や授業で習った一般的な語意に引きずられたり、慣用句を知らなかったり、特殊知識が無かったり、と言った原因がほとんどです。 私が浅黒警察としてこだわってるdarkも記載されていますよ。この著者は「黒髪」でも不満で「ブリュネット」が正解だと言う。それ日本語じゃ無いよ… 文庫にもなったので売れたんでしょうね。(最近私が誤訳を知ったケースで『ボートの三人男』の有名なサブタイトル「犬は勘定に入れません」があった。河出古典の良い仕事。でもドスト亀山はかなり問題があるらしい。検証ページを見たことがあるだけですが…) |
No.311 | 9点 | デロリンマン ジョージ秋山 |
(2020/07/02 01:32登録) これミステリか?と言われると、アレなんですが、時期が時期なんで許してください。(PKD『アンドロ羊』が現時点で海外3位のサイトですから…) 初出は少年ジャンプ1969年。私は徳間コミック文庫(1995年8月)で読みました。ジャンプ版と少年マガジン版(1975年から連載)が収められているのですが、いずれも最後まで収録されていないようです。(今、調べたらWikiに書かれてるラストと違うので…) 現在はkindle版も出てるので(収録内容不明)簡単に入手出来ますが、当時は古本屋を探してやっと入手した記憶があります。じいちゃんちで多分叔父が買ってた少年マガジンで1エピソードだけ読んだのが最初で、強烈な印象を受けました。(むしろトラウマか) 偽善を告発する心のなかの他人オロカメンは、それからずっと私に住みついています。 正義とか美醜とか、テーマがダイレクトに突き刺さります。子どもに読ませるとひねくれる確率はかなり高いのでは?(いや捻くれ者の素質が無いと心に響かないか… じゃあ捻くれ者発見機として使えますね) |
No.310 | 7点 | バティニョールの爺さん エミール・ガボリオ |
(2020/06/30 00:40登録) フチガミ先生の素晴らしいソーンダイク短編全集が出るらしい、と遅まきながら藤原編集室のページで知って、アマゾンで予約しようかな?と思って検索したら、謎の「牟野素人」さんの存在を知りました。ガボリオやソーンダイク博士の翻訳をkindleで廉価に販売されていて、進行中の翻訳はWEB「エミール・ガボリオ ライブラリ」に連載されておられます。現在はソーンダイクものの未訳長篇「もの言わぬ証人」後半を訳出中。 これは貴重!でも翻訳の質(私が言う資格は… まー気にしないで)はどうか?そんな訳で試しに短篇『バティニョールの爺さん』を買ってみました。参照したテキストは仏語Le Petit Vieux des Batignolles (1884 E. Dentu, Paris, 10e édition)と英語The Little Old Man of Batignolles (1886 Vizetelly, London)、恐ろしいことにこの二冊は無料でWebに転がっています… 正直、非常にありがたい事なんですが、これで良いのか?ちょっと文化の行く末が心配です。(なお『クイーンの定員1』文庫版収録の松村喜雄訳は残念ながら未入手で参照出来てません…) 結論から言うとちょっと辞書に引きずられすぎで生硬い感じはあるものの、実直な翻訳。変に慣れ崩した感じが無いのが良いですね。大学のフランス語の授業を思い出しました…(遠い目) ガボリオの長篇を精力的に翻訳されており、この価格で長篇も読めるのは非常にお得だと思います。是非この調子で現在手に入りにくい作品を翻訳していただきたいものです。 さて、この『バティニョールの爺さん』、仏wikiには何の説明も無く1870年発表、と書かれています。色々探すとWeb上のガボリオ著作リストで一番詳しいのがロシア製のhttp://rraymond.narod.ru/rf-gaboriau-bib-fru.htm。≪Mémoires d’un agent de la Sureté : Le petit vieux des Batignolles≫ publié sous le pseudonyme de J.-B.-Casimir Godeuil. - Le Petit Journal : 7 juillet – 19 juillet 1870、とありました。つまり初出は登場人物の「ゴドゥイユ」名義だった訳ですね。(13回連載?だが単行本は12章) 実は短篇集にはプチ・ジュルナル紙編集部の前書きとゴドゥイユの前説があって、編集部前書きには「謎の原稿が我が編集部持ち込まれたが名義の「ゴドゥイユ」は正体不明で所在不明… 内容が良いので掲載する」という如何にもな設定。ゴドゥイユの前説は「先日、犯罪者が判決を受けた時に、警察の実力を先に知ってたら正直に暮らしていた、と嘆くのを聞いて、我が回想録が犯罪防止に役立てば… 犯罪は上手に隠しても必ず露見する!」というもの。これ、英訳には短篇『バティニョールの爺さん』の中に収録されていますが、仏オリジナル短篇集では小説の外についてて、短篇集全体の前書きの扱い。(しかし短篇集の他の作品にはゴドゥイユは登場しない) なので英訳本の取扱いが良いですね。 ロシア製著作リストでは当初連作の予定で、作者自身が続く作品としてUn Tripot clandesitn. – Disparu. – Le Portefeuille rouge. – La Mie de pain. – Les Diamants d'une femme honnête — La Cachetteというタイトルを挙げているという。(結局、発表されなかったようだ) 訳者さんは「実際に書かれたのはかなり初期ではないかと推測… 全体として、素描という感じがする」とおっしゃっていますが、素人の手記という設定なので手慣れてない感じをワザと出したのかも。 まあこーゆー細けえところは別として、面白い、興味深い作品です。 何たって(いつもと異なり粗筋を紹介しますが) 医学校を卒業したばかりの医者、23歳の私、アパートの隣人が奇妙。時間が不定期、勲章をぶら下げたりゅうとした格好だったりボロボロの服だったりして怪しい。ある夜中、血だらけで私の部屋に飛び込んできて治療を求めてきた。それで付き合いが深くなったが秘密を明かしてくれない。管理人も知ってるみたいだが教えてくれない。だがある日、私は冒険の同伴を許された。現場には指で書いた血のメッセージ!殺人事件だ!彼は探偵(刑事)だったのだ! ドイルは無意識にパクっちゃったのかなあ… この作品、とてもワクワク感があります。この後の展開も結構楽しい。(微笑ましい) ガボリオやるじゃん!という感じです。今『ルルージュ事件』を読んでますが、大デュマの殺人事件版と言った感じで非常に流れが良い。 ところで『緋色』の先行作品として、この作品が挙げられていないような感じがするんですが(Stephen Knight著Towards Sherlock Holmes(2017)に本作への言及あり)私が知らないだけでしょうか?ドイルと言えばみっちょんさんのサイトを参照してる私なんですが、ホームズとタバレ爺(といっても五十代)の共通点が挙げられているだけのようです。 以下トリビア。フランス語は英語よりさらに読めないし、量も読んでないのでかなり怪しい事をあらかじめお断りしておきます。(翻訳の感じを知っていただくために長めに引用しています) p2/1325 二十三歳のときであった---ムシュー・ル・プランス通りとラシーヌ通りが交差する辺りに住んでいた(j’avais vingt-trois ans – je demeurais rue Monsieur-le-Prince, presque au coin de la rue Racine)♣️いずれも実在の通り。パリ六区Odéon地区。パリ第五大学(医学部?)があるようだ。学生街なのかも。rue Monsieur-le-Princeは1851年4月命名、rue Racineは1835年以降か。(いずれも仏wiki情報)とするとこの話は1850年代なのか。 p2 二十三歳のときであった---ムシュー・ル・プランス通りとラシーヌ通りが交差する辺りに住んでいた(j’avais vingt-trois ans – je demeurais rue Monsieur-le-Prince, presque au coin de la rue Racine)♣️いずれも実在の通り。パリ六区Odéon地区。パリ第五大学(医学部?)があるようだ。学生街なのかも。rue Monsieur-le-Princeは1851年4月命名、rue Racineは1835年以降か。(いずれも仏wiki情報)とするとこの話は1850年代なのか。 p2 家具付きの部屋が賄い付きで月三十フランだった。今なら優に百フランはすることだろう(trente francs par mois, service compris, une chambre meublée qui en vaudrait bien cent aujourd’hui)♣️金基準1850/1903(1.01倍)、仏消費者物価指数基準1903/2020(2666.79倍)で合計2693.5倍。当時の1フラン=€4.11=1709円。月30フランは51270円。これが作品発表時1870には2673.2倍なのでインフレ率は1%程度。19世紀のインフレ率はあまり高くないようだが、家賃だけ急上昇したものか。パリ地区の人口は1836年100万人、1851年128万人、1872年185万人で急拡大している。(2022-2-25追記: ふと計算をやり直して見たら、ユーロ円換算時に大間違いをしている。1フラン=€4.11なら当時493円。なんで間違ったんだろう… なので30フラン=14790円) p66 殆ど毎日アブサンを飲む時間になると、彼はルロワのカフェに来て私とドミノゲームをしたものだ(presque tous les jours, au moment de l’absinthe, il venait me rejoindre au café Leroy, et nous faisions une partie de dominos)♣️「アブサンの時間」って何?と思ったら「仕事を終え疲れきった労働者達が安価な逃げ道(アブサン)を求めてカフェなどに集う時間(午後5時からの数時間)は「緑の時刻 (Heure Verte)」と呼び習わす」(アブサンの凄いWEBページから。情熱に圧倒されます…)ということらしい。 p66 七月のある夜、金曜日の五時きっかりのことであったが、彼がダブル・シックスで私をこてんぱんに負かしていた最中(un certain soir du mois de juillet, un vendredi, sur les cinq heures, il était en train de me battre à plein double-six)♣️このsurはaboutのはず。ドミノの札は仏語でも英語表現なんだね。(特殊技の通称なのかも) p92 オデオン広場で… バティニョールまで… 急いでやってくれ!御者は、その遠さに悪態を並べた(aux Batignolles... et, bon train! La longueur de la course arracha au cocher un chapelet de jurons)♣️距離にして5kmほど。最初、近すぎるので文句を言った風に受け取った私は近場タクシーのイメージ強すぎか。 p100 嗅ぎタバコの癖♣️キャラ付けの工夫だが、あまり効果を上げていない。 p151 血で書かれているMONIS…という文字♣️ダイイング・メッセージの嚆矢…なのかな?専門家の公式見解をよく知りません。 p186 パトリ紙の夕刊(un journal du soir, la Patrie)♣️1841創刊の日刊新聞。基調は第二帝政支持のようだ。 p196 特別な能力♣️今『ルルージュ事件』を読んでますが同じ能力のキャラがいた。 p223 カタロニア地方で使われる恐ろしいナイフであろう。掌ほど幅が広く、諸刃でしかも針のように尖った先端を持つ、あのナイフである……(un de ces redoutables couteaux catalans, larges comme la main, qui coupent des deux côtés et qui sont aussi pointus qu’une aiguille…)♣️カタラン・ナイフというのが定訳?特殊な形のフォールディング式でデザインが素敵だが、傷口からわかるかなあ… 当時流行してたのか。 p399 ピゴローさんとおっしゃいます。ですが、専らアンテノールと呼ばれておいででした。なんでも昔やっておられた商売の関係でそう呼ばれるようになったのだとか(Il s’appelait Pigoreau... mais il était surtout connu sous le nom d’Anténor, qu’il avait pris autrefois, comme étant plus en rapport avec son commerce)♣️Anténorはギリシャ神話でトロイの貴族らしい。理髪師関係ではないようだ。なんかフランス人って「あだ名」で呼ぶのに抵抗が薄い感じ。(←個人の感想です) p407 理髪師(coiffeur)♣️「パリじゅうの別嬪さんたちの髪を…」と書いてるから「美容師」が適当か。英訳はhairdresser。 p407 百万フラン(pour un million)♣️具体的な金額というわけではなく「百万長者」みたいな用法か。17億円。(2022-2-25追記: 修正後の換算だと4億9300万円) p486 スピッツ(ポメラニアン?)… 昔の運転手がよく飼っていたようなやつで、身体は真っ黒で耳の上に白い斑点がついていて、プルトンって名前(C’est un loulou, comme les conducteurs en avaient autrefois, tout noir, avec une tache blanche au-dessus de l’oreille ; on l’appelle Pluton)♣️翻訳文中に?をつける律儀な訳者。ただこの書き方だと訳注っぽくない。conducteurは時代的に(自動車の)運転手では無い。ポメラニアンは昔馬車の番犬としてダルメシアンと双璧、というのを知って(loulou de Poméranie—the good old loulou of the stagecoachと表現した本あり。the horse’s friendとあるので馬の護衛のようだ)「馭者」で間違いない。残念ながら英訳はHe’s a watch dog... quite black, with just one white spot... で済ませて犬種の言及なし。Plutonは冥王ハデスのこと。真っ黒からの連想だろう。 p603 使った拳銃(le revolver qui vous a servi)♣️時代的にパーカッション式かピンファイア式の廻転式拳銃と思われるが、デリンジャーのような廻転式じゃない拳銃も仏語ではrevolver。なので「拳銃」で正解。1850年代なら米国製コルト、ベルギー製ルフォーショーあたりか。 p862 青いダマス織のカーテン(rideaux de damas bleu)♣️ダマスカス地方発祥の「ダマスク織」が一般的。 p862 金髪の若い女… というより、正真正銘の金髪の若い女(une jeune femme blonde..., ou plutôt... une jeune femme très blonde) ♣️trèsは強調表現だが「実に綺麗な」という感じ?英訳はa young woman, with fair hair and blue eyes。北欧系ブロンド、という含意か。 p1133 なかなか化けるのが上手いものだ!(Jolie toilette d’instruction!) ♣️ toiletteはドレスの意味。instructionの意味が私にはよくわからない。「化ける」だと非難の意味が強すぎるような気がする。英訳はShe’s a clever wench.... she means to excite the magistrate’s compassion and sympathy(賢いヤツだ… 判事の同情を引こうとしている。instructionを「判事対策」と解して、やや説明調に訳している。なるほど... 一理ありますね) --- (2020-07-04追記) そういえばBNF(Biblioteque Nationale de France フランス国立図書館)のWEBでは古い新聞を無料公開してたなあ、と思い出し、検索すると連載当該号がちゃんとありました。かなり明瞭な印面で、しかも無料でPDFダウンロードができちゃう…なんて素晴らしい! そこで発見したのですが、連載1回目(1870年7月7日)は編集長Thomas Grimmの「明日から始まるよ!」と言う原稿入手の経緯を綴った予告だけの掲載。物語自体は7/8から章の数どおり12回連載です。Mémoires d’un agent de la Sureté(警視庁の密偵の回想)と言うシリーズ企画が明確な紙面づくり(『バティニョール』の連載ではMémoires d’un agent de la Sureté(1)と表記されている。続話のタイトルを紹介してるのは編集長でした…)なのですが、連載最後の7月19日の編集部後書きには「戦争が始まり今日で第一話の完結なので、いったんシリーズ連載は中止。事情が許せばすぐに再開します」普仏戦争が始まって、それどころじゃなくなったんですね。 --- (2020-7-18追記) 『クイーンの定員1』文庫版収録の松村喜雄訳をやっと読めました!図書館で読んだので、以下は記憶に頼ったものです。 まず原書Dentu版は機構本で松村さんは苦労して手に入れた、と前書きにあった… 現在では初出本も初出の新聞さえ誰でも入手出来ると知ったら松村さん、喜んでくれるかな? 編集部の前説(私は誤読してたようだ。最後の方でプチ・ジュルナル紙に作者ゴドゥイユ氏が名乗り出て、無事連載開始となったことになってる)、作者の前書き、いずれもちゃんと翻訳してて良い。 p66 二倍のシックス♣️私は上でdouble-sixをフランスでも英語で書く、としたが、この綴り、フランス語(ドゥーブル・スィス)も同じじゃん!恥ずかしい… double-sixはドミノ牌セットのことなので「ドミノでコテンパンに」が正訳か。 p186 夕刊紙のパトリ♣️こちらが正解。BNFでも見てみた。1850年だと1部2スー(=85円)。「欧米の新聞は朝刊紙、夕刊紙いずれかの単独発行であり、アメリカではむしろ夕刊紙のほうが圧倒的に多い。」(ニッポニカより) 日本の朝夕刊セットは珍しいんですね… p486 むく犬… 羊飼いが飼ってたような…♣️確かに羊飼いは羊をconduire(率いる)人だがconducteurと呼ばれるのかなあ。確かにloulouは語源「狼っ子」で特定の犬種を指すものではないようだが… p862 ここはさらっと「金髪の若い女」と流してた。(冗長な繰り返し無し) p1133 作法通りの服装♣️ああinstructionを作法ととったのね。こっちの方が正解かも。 |
No.309 | 6点 | ぬれ手で粟 A・A・フェア |
(2020/06/28 03:54登録) クール&ラム第25話。1964年3月出版。HPBで読了。(なお、以下はAmazon書評をちょっと手直しした再録です。) 保険会社からニセ被害者を暴く依頼、アリゾナの牧場でレジャーを楽しむラム君、ちゃんと馬に乗れる男です。持ち前の勤勉さで真相を突き止めます。筋はあまり複雑ではありませんが大胆な犯行にちょっとビックリ。 なお、編集部Nによるあとがきで、メイスン物への献辞日本人第一号 小片重男教授のいきさつが詳しく書かれています。 (2017年7月16日記載) |
No.308 | 5点 | 不安な遺産相続人 E・S・ガードナー |
(2020/06/28 03:43登録) ペリーファン評価★★★☆☆ ペリー メイスン第74話。1964年9月出版。ハヤカワ文庫で読了。(なお、以下はAmazon書評をちょっと手直しした再録です。) 冒頭からの文章の感じが変です。いつもと違う。病院と屋敷と空港。メイスン登場は第3章の後半から。予審が開かれ判事の秤が新聞ダネに。モールテッド・ミルク(malted milk)を飲む元秘書。ミセスではなくミスと名乗れば秘書になりやすい。メイスンの工作はちょっとやりすぎ。予審再び、バーガーは不出馬、最初のDAが再登板。全体的に筋が弱い感じです。自動車は2-4年前の型のオールズモビルが登場。 (2017年5月20日記載) |
No.307 | 5点 | つかみそこねた幸運 E・S・ガードナー |
(2020/06/28 03:36登録) ペリーファン評価★★★☆☆ ペリー メイスン第73話。1964年5月出版。HPBで読了。(なお、以下はAmazon書評をちょっと手直しした再録です。) 晩餐会で注目を浴びる美しいデラ。評判が良いドレイクの仕出し屋稼業。ドレイクのコーヒーの好みは砂糖とクリームたっぷり。久しぶりのホルコム(1959年1月刊「恐ろしい玩具」以来)でも活躍は無し。バーガーはメイスンの非行を見つけ締め上げます。法廷シーンは予審、冒頭からバーガーはメイスンを厳しく告発。レッドフィールドの証言をきっかけに、メイスンはバーガーとトラッグを引き連れ仲良く現場を再捜索。最後はメイスンがバーガーに逆捩じを食らわせて幕。全体的に薄い味付けです。 銃は38口径レヴォルヴァ、スミス・アンド・ウエッソン製が登場、詳細不明。 巻末には、1964年11月に虎の門の晩翠軒で開かれた日本探偵作家協会主催のガードナーを囲む会の記録あり(署名「N」による) (2017年5月20日記載) |
No.306 | 5点 | 向うみずな離婚者 E・S・ガードナー |
(2020/06/28 03:27登録) ペリーファン評価★★★☆☆ ペリー メイスン第72話。1964年2月出版。HPBで読了。(なお、以下はAmazon書評をちょっと手直しした再録です。) ハンドバッグを置いていなくなった黒眼鏡の女。デラのランチタイムは12:15-12:45、ガーティは12:45-13:30。意外にもメイスン事務所のセキュリティが甘い。パイロットはラスヴェガス経済とロサンジェルス経済との密接な関係を語ります。関係者全員が黒眼鏡をかける場面がシュール。裁判は予審、後半でバーガー御大が登場しますが、例によって得点を稼げず沈没。最後はトラッグが締めます。プロット自体が単純なので解決も難しくはないのですが不満な出来です。 銃は2丁、同一型式の38口径レヴォルヴァー スミス・アンド・ウェッスン6連発、シリアルC48809とC232721が登場。このシリアルはいずれもKフレームfixed sight1948-1952年製を示し、該当銃はMilitary&Police(M10)です。シリアルC48809はメイスンシリーズ4回目、C232721は2回目の登場。 (2017年5月17日記載) |
No.305 | 6点 | 恋におちた伯母 E・S・ガードナー |
(2020/06/27 21:26登録) ペリーファン評価★★★☆☆ ペリー メイスン第71話。1963年9月出版。ハヤカワ文庫で読了。(なお、以下はAmazon書評をちょっと手直しした再録です。) 事務所に迷い込んだボタンいんこのつがい。ドレイクの料金は1日50ドル(プラス必要経費) メイスンの弱点はエレベーターの中の会話。法廷は予審、地元の検事をいじめ、若い弁護士を助けるメイスン。判事も味方につけ反対尋問やり放題で真相に至ります。解決は鮮やかで、パズルのピースが上手くはまります。 (2017年5月18日記載) |
No.304 | 4点 | 脅迫された継娘 E・S・ガードナー |
(2020/06/27 21:21登録) ペリーファン評価★★☆☆☆ ペリー メイスン第70話。1963年6月出版。HPBで読了。(なお、以下はAmazon書評をちょっと手直しした再録です。) ここから私見メイスン第五シーズン(最終作まで)。「ガードナー、老いたり…」という感じ。スピード感に欠け、切れ味が悪い。ファン以外にはお薦め出来ない作品群です。 過去の過ちと湖上の活劇。濃い霧が全てを隠します。法廷シーンは予審。地元新聞の記者を煽って真相にたどり着きます。全体的に芯が欠けたぐんにゃりした印象。担当区外なのでバーガーもトラッグも出てきません。 銃は38口径6連発リヴォルヴァー、スミス・アンド・ウエッソン製、シリアル133347(翻訳では最初「携帯許可番号」あとの方では「銃器ナンバー」とあります。原文を見たら最初の方はシンプルにa Smith and Wesson .38-calibre revolver, No. 133347で「携帯許可」に該当する単語はありません) このシリアルは「歌うスカート」に続き2回目の登場です。頭文字無しの数字だけのシリアルは1942年以前、この番号なら.38 Special Military & Police M1905 1st or 2nd changeで1908-1909年製くらいか。 (2017年5月20日記載) |
No.303 | 6点 | 悪夢の街 ダシール・ハメット |
(2020/05/02 23:21登録) 1948年(Mercury Mystery No.120)出版。底本はDell #379 (1950) Mapback版のようだ。いずれもEQ(ダネイ)の序文付き。なぜハメット短篇発掘の功労者ダネイの序文は翻訳されなかったのだろう。(ミスマッチだと思われたのか) HPBは1961年6月が初版。1月に死んだハメットの追悼短篇集か。(HPBあとがきの(S)[=菅野 國彦]のちょっと間違ってる初出情報はEQ序文からのネタのように感じる。) (2022-2-12訂正: どうやらこの(S)は当時編集部で孤軍奮闘していた常盤新平のようだ。菅野圀彦だと年齢が合わない) Dell版の表紙絵はRobert Stanley。地図はRuth Belew、悪夢の町 Izzardの雰囲気が出てる良い仕事。他、本文にもイラスト(Lester Elliot作)がついており、WebのDavy Crockett’s Almanackで7枚全部を見ることが出来る。 初出データは小鷹編『チューリップ』(2015)の短篇リストをFictionMags Indexで補正。K番号はその短篇リストでの連番。#はオプものの連番。 --- ⑴ Nightmare Town (初出Argosy All-Story Weekly 1924-12-27) K32「悪夢の街」 井上 一夫 訳: 評価5点 初出誌は後のArgosy誌。出だしはすごく良い。米国の小さな町を手探りで進んでゆく感じ。多分、ハメットがピンカートンに雇われて西部の小さな町に派遣された時の心情風景。でもアクションたっぷりの中盤以降はつまらない。悪夢っぽい大ネタは良いのだが、構成に難あり。主人公の妙技はフランス人の言う「シャルロ」の立ち回りを思い出してしまった。(映画にそんなシーンはなかったと思うが…) Dell版のイラストでは長い胡瓜みたいな棍棒にしか見えない。 p12 すもう(wrestle): 米国チームは1924年パリ・オリンピック、男子フリースタイル・レスリングで4階級の金メダルを獲得している。当時、話題になっていたのかも。 p12 十五ドルにたいして十ドル賭けろ(Bet you ten bucks against fifteen): 米国消費者物価指数基準1924/2020(15.13倍)で$1=1662円。 p13 連邦保安官(MARSHAL): Wiki「連邦保安官」に詳細あり。この人は町に常駐してるので Deputy Marshalなのだろう。 p20 大事な、自分にとって本気な場面にぶつかると… 道化役をやっちまうんだが、なぜだろう?: この反省はハメットの本音っぽい。生を受けて33年、世間と渡り合って18年、と主人公は言う。当時ハメット30歳、世間に出たのは14歳の頃なので、大体一致する。ここでは、俺は自意識過剰の子供なのだ、と結論付けている。 p26 五十セント出して指一本見せれば(cost of fifty cents and a raised finger): 831円。密造ウィスキー(1フィンガー?)の値段。 p31 大きなニッケルめっきの廻転式拳銃(a big nickel-plated revolver): なんとなくコルトだと言う直感が… (全く根拠はありません!) 候補は45口径のコルトM1917民間用(ただの妄想)。 (2020-5-2記載) --- ⑵ The Scorched Face (初出The Black Mask 1925-5) K36 #17「焦げた顔」丸本 聰明 訳 オプもの。『チューリップ』で読むつもり。Dell版のイラストが不気味。 --- ⑶ Albert Pastor at Home (初出Esquire 1933秋号) K70「アルバート・パスター帰る」小泉 太郎 訳: 評価5点 『チューリップ』で読んだ。Dell版のイラストにはLeftyと「おれ(Kid)」の姿が。(『チューリップ』に掲載されてるイラストは一部分だけ) (S)の解説ではエスクワイア誌創刊号とミステリ・リーグ誌創刊号の争いで譲ったのはエスクワイアとなっているが、どう考えても高級誌側が譲るとは思えない。『チューリップ』小鷹解説では譲ったのはミステリ・リーグ側になっている。 内容の評価は『チューリップ』参照。 (2020-5-2記載) おっさん様が発見した「設定的に矛盾」が私の「馬鹿目」では見つからない… 原文はエスクワイア掲載号の無料公開(Internet Archiveのサイトで「esquire 1933」と検索、雑誌34ページ目)で確認できるので、ぜひ結果を教えていただければ… (202-05-03追記) --- ⑷ Corkscrew (初出The Black Mask 1925-9) K37 #18「新任保安官」稲葉 由紀 訳 オプもの。創元文庫『フェアウェルの殺人』で読むつもり。Dell版のイラストは珍しいカウボーイ・ハット姿のオプ。 |
No.302 | 6点 | R・チャンドラーの 『長いお別れ』 をいかに楽しむか 評論・エッセイ |
(2020/05/02 04:06登録) 2013年出版。清水俊二先生は名訳者、という印象をずっと持っていました。でも、本書を読んでみると、ところどころでかなり意訳してます。これならこなれた日本語になりますね。全体的には、概ね原文に即しているようだが、文章によってはかなりばっさり削って訳している。現代なら手抜きと言われかねないレベル。 村上訳は、たいてい原文の意味を正確に把握(柴田先生のおかげ?)してるけど、いつもの締まりのない日本語。まあそこは好き嫌いなのでしょう。(私は大嫌い。←公言する必要無いでしょ?) 時々、誤魔化しも暴露されています。(柴田先生に聞いてないところなのかな?) 英語翻訳のお勉強になる本。でも文章を周りから切り離して取り出してるので、全体の流れを無視してしまいがち。時々、原文で前後を確認した方が良いと思います。正確な文章の把握には大きなコンテキストも必要ですから… --- 実例を最初の方から2例ほど。(ページは原書のもの。以下山本解説は一部要約してます。) 【Chandler】第1章p5 へたばったテリー・レノックスを見おろして金持ちの若い女が言うセリフ。 “Perhaps you can find a home for him. He’s housebroken — more or less.” 【清水訳】 ◆「家を見つけてやってちょうだい。家もないのとおんなじなんだから」 【村上訳】 ◆「おうちを見つけてあげてちょうだい。トイレのしつけはできているから--おおむね」 【山本解説と訳】 housebrokenは大小便のしつけが出来てるの意。more or lessは「まあまあ」くらい。山本訳の提示はなし。 【弾十六のイチャモンと試訳】 女はテリーのことを前段で「迷子の犬みたい」と言っている。なので犬の家捜しっぽく訳すのもありだと思う。文学者さんはこの女が「トイレ」なんて口にするタイプだと思ってるのかな? ◉「飼い主を見つけてあげて。最低限のしつけは出来てる—はず」 --- 【Chandler】第5章p28 テリーのポケットから自動拳銃を取り出して調べるマーロウ。 I sprang magazine loose. It was full. Nothing in the breach. 【清水訳】 ◆弾倉をしらべた。弾丸は一発も撃たれていなかった。 【村上訳】 ◆マガジンもはじき出してみた。弾丸はフルに装填されている。乱れひとつない。 【山本解説と訳】 breachの部分は辞書を引いても不明。ブリーチ(breech, 薬室)にはマガジンから送り出された次の弾丸が入る。空なのだから発射された形跡がないという意味だろう。 ◆マガジンを抜き出してみた。フル装填されている。薬室にも弾は入っていない。 【弾十六のイチャモンと試訳】 breach(破ること、など)はbreechの誤記?誤植?村上訳はbreachとして、山本訳はbreechとして解釈。私もbreechの誤記か誤植だと思う。 拳銃の薬室(弾丸が収まるところ)はchamberと言う。breechの銃世界での正確な意味は「銃の後ろ側の開口部で弾丸などを込めるところ、大砲の場合なら銃尾の閉鎖機構」反対語はmuzzle。オートマティック拳銃の場合、後ろの開口部はスライドに空いた排莢口から見える薬室後部なので、薬室とほぼ同意。(リボルバーならbreech=シリンダの後ろ側) 原文で描かれてるのは初見の自動拳銃を扱う際の基本中の基本を省略して描いたものだろう。まず銃口を安全な方に向け、マガジンを抜き、スライドを引いて薬室に何もないことを確認する。これでその拳銃は確実に無害であるとわかる。拳銃を扱い慣れてる者ならほぼ自動的にやる動作。 つまり、拳銃の安全確保を行った、というのがこの文章の主たる意味。もちろん、ついでに発射の有無も確認している。(厳密に言えばマガジンと薬室の状態だけを根拠にして、発射の有無はわからない。発射した後で弾を補充する細工は簡単だ。まー上述の状態を見たら、この拳銃は使われてないな、と普通思うが。) なので意訳せず、愚直に訳せば(上述の意味を理解してる)分かる人には分かる翻訳になり、それで充分な気がする。sprang... looseはマガジンの解除機構を押したら、マガジンがビヨーンととび出した感じの表現。 ◉マガジンを解除してはじきだした。全弾装填してある。薬室は空だ。 原文では、この文の直前に拳銃の種類が書いてある。It was a Mauser 7.65, a beauty. I sniffed it. マウザー(モーゼル)の7.65ミリ(=.32口径)、候補はM1914かHSc。どっちも私にはbeautyだが、時代的にシンプルでモダンなHSc(1937)かな。次の文の訳は【清水】私は銃口を嗅いでみた。【村上】匂いをかいでみた。【山本】私はにおいを嗅ぎ… 安全動作を考えると清水訳は不適当。そんなことしてたらいつか怪我するよ。まず拳銃を無害化してから銃身や銃口を確認しましょう!多分、マーロウは顔の近くに銃口を持ってきたくなかったので、大袈裟に鼻を吸って(sniffed)硝煙の匂いがするか確かめたのだろう。 --- 著者は「文法に拘る方で翻訳家として一本立ちした人を見たことがない。… 文芸作品の文章をすべからく文法で、つまり理詰めで理解しようと…[いうのが]…理解出来ないのだ」(p174) あんまり文法に頼るな、と主張してるのだが、文法苦手なのかな?まずは正確な文章の把握が大切で、ちゃんとした文法は非常に重要な手がかり(良い友達)だと思うのだが… (もちろん私は非常に文法苦手です) --- 類書で『3冊の「ロング・グッドバイ」を読む―レイモンド・チャンドラー、清水俊二、村上春樹―』(2010)という本があり、こっちには銃の話が出てくるらしい。翻訳家では無い素人の感想文(←あんたと同じだよな?)という評がアマゾンにあったが、銃のネタがどう書かれてるのか気になる。 |
No.301 | 5点 | ミステリマガジン1984年5月号 雑誌、年間ベスト、定期刊行物 |
(2020/04/30 01:02登録) HAYAKAWA’S MYSTERY MAGAZINE 1984年5月号 <337> 短篇特集は「サスペンスフルな夜」と題して4篇。他に「クライム組曲」(意図不明)と題して7篇を収録。234ページ。定価580円。 表紙イラストは岡本 信治郎、表紙・扉・目次構成は島津 義晴と野々村 晴男。表紙にはMECHANICALの文字とゼンマイのネジ、今号のメインは男女が乗った手漕ぎボート、渦に飲み込まれ中。裏表紙の広告は大塚製薬 カロリーメイトとポカリスエット。 ダイアン・ジョンスンの『ハメット伝』は連載4回目、長篇時代(1927〜1928)が載ってる。やっとオプもの全てのBlack Maskヴァージョンを収録(長篇2作の雑誌掲載版を含む)した原書が届いたので、そのネタを絡めて下でコメントするつもり。青山『ハメットダッシュ』は低調。今回の目玉、都筑『出来るまで』に重大事件が記載されており、しばらく色々資料を漁ってみて、やっと謎が解けた。結構興味深いと思うので今回は問題篇として下に書き、次の6月号で解答篇を発表します。他、瀬戸川『睡魔/名作篇』はやはり見逃せない。リレー小説はセイヤーズが前号のお返しにシェリンガムで登場。 雑誌全体の暫定評価は5点として、収録短篇を読んだら追記してゆきます。 小説は14篇。以下、初出はFictionMags Index調べ。カッコ付き数字は雑誌収録順。 --- ⑴ Wild Mustard by Marcia Muller (初出HMM1984-5書き下ろし)「野生のからし菜」マーシャ・ミュラー 竹本 祐子 訳(挿絵 天野 嘉孝) 海外作家書き下ろしシリーズ第11回。シャロン・マコーンもの。 --- ⑵ Simple question d'humanite par Catherine Arley (初出Ellery Queen Mystère magazine 1974-12)「心優しい女」 カトリーヌ・アルレー 長島 良三 訳(挿絵 じょあな・じょい) アルレーの短篇は非常に珍しい、とのコメント付き。仏Wikiには全部で11作がリストアップされている。ebayで見つけた仏EQMMの掲載号(no322)表紙はジェーン ・バーキンか? 同号にはCécile Lacrique, Michel Grisolia, Catherine Arley, Robert Twohy, Alfred Haïk, William Bankier, Vivran, Edward D. Hochの小説が載ってるようだ。残念ながらフランス小説のFictionMags Index風データベースをまだ見つけていない。 --- ⑶ Waltz by Cornell Woolrich (初出Double Detective 1937-11)「ワルツ」 コーネル・ウールリッチ 田口 俊樹 訳(挿絵 山野辺 進) 掲載誌がなぜDoubleなのか、と言うと長篇一冊分+雑誌一号分の小説が載ってるから、らしい。雑誌表紙にウールリッチの名前無し。 --- ⑷ The Fantastic Horror of the Cat in the Bag by Dorothy L. Sayers (初出The 20-Story Magazine 1925-5 as “The Adventure of the Cat in the Bag”)「鞄の中の猫」 ドロシイ・L・セイヤーズ 関 桂子 訳(挿絵 畑農 照雄) 20篇の小説が載ってるので20-Story誌。 --- ⑸ Lonely Place by Jack Webb (初出AHMM 1960-2, as by Douglas Farr)「桃の収穫の季節」 ジャック・ウェッブ 山本 俊子 訳(挿絵 金森 達) AHMMのクレジットDouglas FarrはC. B. Gilfordのペンネームらしい。つまり俳優ジャック・ウェッブの名義貸しなのだろう。 --- ⑹ 「黒いレストラン 第2話 RはろくでなしのR」東 理夫 (挿絵 河原まり子) 連載ショートショート。今月の料理(レシピ付き)は生ガキ。 --- ⑺ Bon Voyage by Dan J. Marlowe (初出AHMM 1969-3, as by Jaime Sandaval)「よい旅を!」ダン・J・マーロウ 望月 和彦 訳(挿絵 つのだ さとし) --- ⑻ Aftermath of Death by Talmage Powell (初出AHMM 1963-7)「死後の影響」タルメージ・パウエル 沢川 進 訳(挿絵 細田 雅亮) --- ⑼ Here Lies Another Blackmailer by Bill Pronzini (初出AHMM 1974-6)「脅迫者がもう一人」ビル・プロンジーニ 山本 やよい 訳(挿絵 山野辺 進) --- ⑽ Children at Play by Angus Greenlaw (初出AHMM 1966-7)「子供たちが遊んでいる」アンガス・グリーンロー 松下 祥子 訳(挿絵 畑農 照雄) --- (11) Object All Sublime by Helen W. Kasson (初出AHMM 1964-12)「崇高な目的」 ヘレン・カッスン 延原 泰子 訳(挿絵 楢 喜八) 本誌に英語タイトルの記載が無いが、FictionMags Indexでそれらしいのは上記だけ。 --- (12) Intruder in the Maze by Joan Richter (初出EQMM 1967-7)「トウモロコシ畑の侵入者」ジョーン・リクター 秋津 知子 訳(挿絵 佐治 嘉隆) --- (13) Death of the Kelly Blue by Henry Slesar (初出AHMM 1968-11)「愛犬の死」 ヘンリー・スレッサー 橘 雅子 訳(挿絵 金森 達) --- (14) Ask a Policeman (単行本1933) リレー小説『警察官に聞け』連載第4回 「解答篇4 シュリンガム氏の結論」ドロシイ・L・セイヤーズ(Dorothy L. Sayers) 宇野 利泰 訳(挿絵 浅賀 行雄) --- アームチェア・ディテクティヴ特約の評論 エッセイ・オン・ハードボイルド「伝統は死なず」マイクル・サイドマン 竹本 祐子 訳 モーリス・A・ネヴィルのジョナサン・ラティマー追悼文とともに。近年のハードボイルドについての小文。 --- HMM OPENING FORUMとして 『春はかなしいのだ(乾 信一郎)』バードウォッチングの話。 『表情のある機械たち(日暮 修一)』古いカメラと模型の車の話。 『サラリーマンの乱調読書戦術(結城 信孝)』新聞社勤務のミステリ読書の一日の記録。 --- Dashiell Hammett: A Life by Dian Johnson (1983)「ダシール・ハメット伝: ある人生」ダイアン・ジョンスン 小鷹 信光 訳 連載第4回「四つの長篇小説(1927〜1928)」以下の日本円換算は当時の米国消費者物価指数を2020年と比較して算出したもの。 --- 読み物は 『続・桜井一のミステリマップ: スペンサーのボストン』もーちょっと書き込めそうだが… まー全然読んだことないし、興味も無い。 『共犯関係(青木 雨彦)2 銀行員について』ご存知ディック・フランシス『名門』についていつもの雨彦節。 『フットノート・メロディ(馬場 啓一)17 ミステリに於ける食事について』 『ハメットにダッシュ!(青山 南)5 ヴァイタリティ』年代別作品数(1923-1926)の分析。コディ編集長との関係を理解しておらず、見当違いなことを書いている。1925年の作品は「なんか、どこか違う」という感じを受けてるのはスルドいのだが。 『推理作家の出来るまで(都筑 道夫)97 むずかしい仕事』ポケミスのセレクションも任されていた都筑は古い感覚の翻訳者に、注をつけて良いから飛ばさないで完訳して欲しいと依頼するのだが、その翻訳者は「全部ホン訳するとかえってわからなくなる」とうそぶいて全然反省せず、細かいところを抜いた翻訳を続ける。そのため3、4冊は福島正実が初校にびっしり赤入れをして本にした。次の仕事を依頼されなくなったその翻訳者は乱歩に泣きついたが、都筑が赤入りだらけのゲラを見せると流石に乱歩も了解した。さて、問題です。その古い感覚の翻訳者とは誰か? ヒント。新青年時代から翻訳している。乱歩や横溝と親しい。都筑編集時代の前に、ある作家の翻訳を依頼されていたらしく、次はこの作品、などと次々と言ってきた。(都筑は、その作品は既に別の人に依頼していまして…とことごとく断っていたようだ。) 『連載対談 田村隆一のクリスティー・サロン5 オリエント急行の魅力(小池 滋)』 『ペイパーバックの旅(小鷹 信光)17 クラーク・ハワードのThe Arm』 『アメリカン・スラング(木村 二郎)5 ヒット・パレイド』 『フィルム・レビュー(河原 畑寧)ヒッチコック・リヴァイヴァル』 『新・夜明けの睡魔/名作巡礼(瀬戸川 猛資)5』『赤毛のレドメイン』について。前半中盤は色あせていたが、最後のモノローグが素晴らしいという。前回の『僧正』でも似たようなことを言っている。強烈な犯人像がお好きらしい。 『名探偵登場(二上 洋一)17 探偵小説のからくり仕掛人:亜 愛一郎』 『愛さずにはいられない(関口 苑生)5 “性”少女は尊いか?』 『ミステリ漫画(梅田 英俊) 通行人『内面はわからんもんだなあ…』』 --- Crime Fileとして海外ミステリ情報を 『Crime Column(オットー・ペンズラー)29 マイク・ハマー、TVに登場』『Mystery Mine(木村 二郎)名無しの作品ファイル』『Key Suspects(西村 月一)デクスターの新作に触るゾ』『ペイパーバック散歩(宮脇 孝雄)ロス・トーマスの「モーディダの男」』『製作中・上映中(竜 弓人)』 --- HMM Book Review(書評コーナー) 『最近愉しんだ本(小泉 喜美子) 栄耀の餅の皮』『新刊評(芳野 昌之/香山 二三郎)』『みすてり長屋(都筑 道夫/瀬戸川 猛資/関口 苑生)』『ノンフィクション(高田 正純)』『日本ミステリ(新保 博久)』『チェックリスト&レビュー(山下 泰彦)』 --- 最後に 『響きと怒り』『編集後記(S/N/K)』 |
No.300 | 8点 | はじめて話すけど… 小森収インタビュー集 評論・エッセイ |
(2020/04/29 19:01登録) 2002年出版。各務三郎(太田博)といえば、早川書房ミステリマガジンには功労者としての扱いが(常盤新平とともに)公式にはされておらず(今もそうなのかな?)何かあったんだろうなあ、とずっと思っていた。日影丈吉さんが編集長交代の数号後にHMMの連載エッセイ中で「太田くんが辞めたそうだ。組合がらみということだが残念…」(未確認引用)と書いていて、ああそうか、組合トラブルだったのか…と納得はしたものの、事情がずっとわからなかった。 最近活躍中の編集者、小森さん(各務の大ファンらしい)がインタビューしてくれてて、すごく面白い。 結局、二人が早川を去った理由はジュニアとの確執らしいので、今でも早川公式はネタに出来ないよね… 他にもHMM関連では石上三登志も収録されています。当時のHMMファン必読。 その他は皆川博子、三谷幸喜、法月倫太郎(アントニー・バークリーについて)、松岡和子、和田誠(この本の表紙絵も担当)のインタビューを収録。 ちゃんと相手の知られざるネタを引き出していて非常に素晴らしいインタビュー集。誰か一人でも引っかかるならお薦めです。 |