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ミステリの祭典

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新アラビア夜話
「新アラビア夜話」第一巻、別題「自殺クラブ」

作家 ロバート・ルイス・スティーヴンソン
出版日1970年01月
平均点7.25点
書評数4人

No.4 5点 虫暮部
(2022/09/14 13:17登録)
 筋立てを重視した小説ならこのくらいの膨らませ方はするだろう、と言う私の思い込みが軽くいなされて呆然。こっちに進んでこれで終わりとは……。

 「自殺クラブ」は、設定だけ考えて放り出したよう。元祖デス・ゲーム?
 「ラージャのダイヤモンド」で、聖職者が宝石の有利な処分の為に数年単位で修行も辞さず、との発想が面白かった。軽率なんだか堅実なんだか。確かに分割すれば “巨大な宝石” の付加価値は失われるのであって、捨てることはないよねぇ。

No.3 9点 弾十六
(2022/02/27 20:32登録)
光文社古典新訳文庫(2007)で読了。原本New Arabian Nights(1882)二巻本のVolume 1の翻訳。初出は週刊誌The London Magazine 1878-6-8〜10-26(18回分載, 途中3回の休載あり)。家のどこかに講談社文庫(自殺クラブ)があるはずですが、南條ファンなので新訳を見つけて思わず即買いしちゃいました。
最初の「クリームタルト」で心を鷲掴みにされ、これは非常に素晴らしい!と感動したけれど、そこが頂点。続きも良いのは間違いないのですが、割と普通の感じ。でも本連作は読むに値する!これぞ古典!という気持ちを込めて評価点は9点としました。なおVolume 2は全く別の話なので、あんまり気にする必要はありません。
ついでにフロリゼル王子の元ネタ、シェークスピア『冬物語』(1611)も読んじゃいました。まだ河合訳が出てないので、グーテンベルク21の大山 敏子 訳(1977)で。王子の若き頃が出て来て面白い。物語もほどよくメチャクチャで意外な展開あり、最後は演劇的に見事に終わります。(ミステリの祭典に登録しようかな?と思ったけど、流石に無いわ〜でやめておきました。
『冬物語』を読んで、ああ、これならシャーロック「ボヘミア」に出てくるのはやっぱりフロリゼル王子の後年の姿だったんだ〜と確信。ドイルもそのつもりで書いてると思いました。
さて、本書の各編では、全般的に気弱な若者が振りまわされる話が多い。物語の間に入る偽アラビア風味が、この物語はファンタジーなんだよ、と陰惨なネタを軽くする効果をあげています。大人向けちょいエロのアラビアン・ナイトを読んでるとなお面白い。作者が狙った効果もそういうところにあると思いました。(特に第二話、第四話)
さてトリビア。後で充実させる予定ですが、とりあえず作中年代について。
大きなヒントは途中にいきなり出てくるガボリオ。
英国で流行ったのは早くても1870年代後半(書籍としては1881年以降。出版社Vizetellyのキャッチフレーズは「ビスマルク王子のお気に入り」)。米国の方が翻訳出版は早いようです(書籍としては1871年以降)。そしてなんと本作連載の直前にThe London Magazineがガボリオ作『オルシバルの犯罪』(仏国連載1866-1867。本サイトでは『湖畔の悲劇』で登録)を連載しています(1877-9-12〜1878-6-1。一説にはスティーブンスンも翻訳に関わってるとか… 本当かなあ?)。
なので作中年代は本書発表とほぼ同時代と言って良いでしょう。
価値換算は英国消費者物価指数基準1878/2022(126.83倍)で£1=19789円。
作中人物が「年収300ポンド」(=約600万円)と言っていますが、これはちゃんとした紳士の収入としては最低ランクなのではないでしょうか。従者も雇えないのでは?

I)”The Suicide Club”
(1) Story of the Young Man with the Cream Tarts
(2) Story of the Physician and the Saratoga Trunk
(3) The Adventure of the Hansom Cabs
ii)”The Rajah’s Diamond”
(4) Story of the Bandbox
(5) Story of the Young Man in Holy Orders
(6) Story of the House with the Green Blinds
(7) The Adventure of Prince Florizel and a Detective

No.2 7点
(2020/04/24 14:37登録)
 ロンドンの魔窟に足を踏み入れたボヘミア王子フロリゼルとその腹心ジェラルディーン大佐。彼ら主従二人と、大都会の闇に潜む犯罪者〈自殺クラブ〉会長との一連の対決を描く「自殺クラブ」3篇に加え、カシュガルのラージャからある英国軍人に送られた世界有数の宝石が、人々の心を惑わし彼らの運命を狂わせてゆく「ラージャのダイヤモンド」4篇を収めた『新アラビア夜話』第1集全7篇。どちらも1話ごとに登場人物を交代させながら語られる連作短篇です。両編に共通して登場し、全体の纏め役となるのはフロリゼル王子その人のみ。
 1878年の6月から10月にかけて「ロンドン・マガジン」に掲載。スティーヴンソン作品としてはごく初期にあたり、『眺海の館』収録のコメディ短篇「神慮とギター」とほぼ同時期に執筆されたもの。ドイル絶賛の中篇「眺海の館」は、「ラージャのダイヤモンド」終了からやや間を置いて書かれています。
 『千夜一夜物語(アラビアン・ナイト)』風の各編の繋ぎがたいへん滑らかで、さながら蕎麦をツルツルと啜るよう。最初の「自殺クラブ」は、お菓子を二十個も三十個も酒場の客に薦めて回る若い男の挿話から、生死を賭けたスリルに王子が導かれ、ここから序破急の展開でクラブ会長との闘いが始まります。最後の決闘も含め生臭い部分は一切ナシ。『短編ミステリの二百年1』に採られた前述の「クリームタルトを持った若い男の話」も、〆は大岡政談風。奇妙な発端と、異様な賭けの緊迫感がすべての作品です。
 それに比べると『ラージャのダイヤモンド』は、話そのものとしては落ちるものの結末は豪快。これを口にするキャラクターは山ほどいるでしょうが、実際にやっちゃうのはこの主人公くらいのものでしょう。どちらもロンドンを舞台に取った都市綺譚ですねえ。世評ほど面白いとは思いませんが、このオチで1点プラスの計7点。
 スティーヴンソンのデビューと成功はコナン・ドイルより若干前で、健全路線のドイルに比べ、本書ではあらゆる刺激に飽き果てた人間たちが集う秘密クラブを、『ジキル博士とハイド氏』では二重人格をそれぞれ扱っています。ホームズ物だとこのテーマが「唇のねじれた男」のアヘン窟や「這う男」のアレになるのかな。もっとも彼も健全作家なので、この発想は江戸川乱歩「赤い部屋」に引き継がれ、主としてわが国で花開いたと言えるでしょう。
 これに加えて本書の試みを転用したアーサー・マッケン『怪奇クラブ』、ジョン・ディクスン・カー『アラビアンナイトの殺人』等の語り口や、その他カー作品へのもろもろの影響を考えれば、スティーヴンソンが後世へと及ぼしたものはドイルに劣りません。もっともっと注目すべきミステリ作家の一人です。

No.1 8点 クリスティ再読
(2019/01/15 22:50登録)
これは面白い!「枠に入らない」話の連鎖的な連作短編を「自殺クラブ」「ラージャのダイヤモンド」で2作を収録。怪奇にも冒険にもミステリにも素直に収まらない「奇譚」と呼ぶのがふさわしい内容である。本作のフロリゼル王子、「裏ホームズ」みたいにも見える時があるし、ある意味黄金期作家たち(とくにカー)にも陰に陽に影響のある作品だろう。ミステリ古典読むなら、本当に本作は一度読んでおくことをオススメする。
カードで殺害者と被害者を決める「自殺クラブ」を主催する会長なんて、ほぼモリアーティ級の大物犯罪者じゃないかな。「自殺クラブ」はこの会長と、ボヘミアのフロリゼル王子が対決する短編が3つ続き、「ラージャのダイヤモンド」はフロリゼル王子は狂言回しくらいだが、インドのラジャが所有していたダイヤの魔力に取り憑かれ、策謀のワナにはまった人々を、最終的に王子が救い出す相互に関連し合った短編が4つ続く。視点をいろいろと変えて「どんな関係が前の話にあるのか?」なんて興味を引いていく手法が斬新。フロリゼル王子は鷹揚で時折賢者のような含蓄のあることを言うのが素敵。それでも、

殿下は長らく国を留守にし、公務を怠ったことから、蒙を啓かれた国民はつい先頃革命を起こし、王子はボヘミアの王座を追われてしまった。現在はルーパート街で煙草屋を営んでおられ、店には他国の亡命者たちもよくやって来る。

ぼぼこれが全体のオチなのだが、「市井の哲学者」というか巷隠というか、そんなトボけたアヂが出てていいなあ。オリジナリティ抜群のニアミスである。

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