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ミステリの祭典

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夢の女・恐怖のベッド
短篇集

作家 ウィルキー・コリンズ
出版日2003年03月
平均点7.00点
書評数2人

No.2 7点 弾十六
(2022/03/16 05:49登録)
日本独自編集、1997年出版。
本書収録の(1)〜(7)の各篇は短篇集にする際に、元々は別々の雑誌に発表した話を、デカメロンやカンタベリー物語などのような枠組みで、別人の語る一話完結エピソードをまとめたもの、という形式にしている。翻訳では(3)以外、短篇集に掲載された各話のプロローグを省いている。初出を調べると、少なくとも五作は「作者名なし」で発表されている。ディケンズでさえ作者名を特に記載せずに掲載しているので、当時の習慣だったのか。
まだ全部読んでないのに断言しちゃいますが、これは傑作揃いですよ!まあ謎解き派には物足りないかも、ですが、小説好きなら断然面白いと思います!
以下、タイトルは原著の短篇集準拠。初出はWebサイトWILKIE COLLINS INFORMATION PAGES by Andrew Gassonの記載をFictionMags Indexで補正。収録短篇集は下の●数字で示した(枝番は収録順)。
短篇集❶ After Dark (Smith, Elder 1856)
短篇集❷ The Queen of Heart (Hurst & Blackett 1859)
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(1) The Traveller's Story of A Terribly Strange Bed (初出Household Words 1852-4-24 as ‘A Terribly Strange Bed’ uncredited) ❶-1「恐怖のベッド」: 評価7点
ディケンズ編集の週刊誌Household Wordsに初めて掲載されたコリンズの小説、ただし作者名は記されず。短篇集❶の作者前書きによると画家W. S. Herrick(William Salter Herrick 1807-1891)にこの話と第6話 “The Yellow Mask” のthe curious and interesting factsを負うている、とのこと。タイトルは「おそろしく奇妙なベッド」くらいが良いかなあ。
舞台はパリ、語り手が大学卒業直後の話。若者らしい行動の展開が良くてスリルもあり、キャラも生きている。
p7 五フラン銀貨(five-franc pieces)♠️短篇集のプロローグによると、1827年に記録を始め、その数年前にこの物語の語り手から聞いた話、という設定。(ただし、初出時の設定はわからない。発表時の十年前くらいが丁度いい感じに思うので、短篇集の枠組みの1827年は遡りすぎのように思う。)
作中年代は1805年以降(p15にアウステルリッツの戦いに関する言及あり)。警察機構(Préfecture de police)は1800年創設。感じとしてはアウステルリッツは一昔前、英国人が普通にパリで遊んでいるのでワーテルロー以降なのかなあ。当時の五フラン貨幣はナポレオン(1807-1815)、その後はルイ18世(1816-1824)の肖像。サイズはいずれも25g、直径37mm、純銀.900。1816年と仮定すると金基準1816/1901(1.035倍)と仏国消費者物価指数基準1901/2022(2746倍)で2842倍、1フラン=€4.34=572円。
p10 「赤と黒」(Rouge et Noir)♠️トランプを使うギャンブル。米国ではほとんど見られないが、欧州のカジノには今でも残っている。英Wiki “Trente et Quarante”に詳しい説明あり。
p12 ナポレオン金貨(napoleons)♠️ナポレオンと言えば、通常20フラン金貨を指す。純金.900、6.45g、直径21mm。1802年から鋳造。
p22 ドアをロックして差し錠をかい(to lock, bolt)… 窓にも止め金をかけ(tried the fastening of the window)
p23 メーストルの『部屋を巡る旅』(Le Maistre… “Voyage autour de ma Chambre”)♠️ Xavier de Maistre作、1794年出版。英訳は1871年が最初らしいから、作者は原語で読んだのだろう。
p41 緑色のテーブルクロス(a green cloth)♠️ギャンブル用カード・テーブルの緑色baize仕上げのことを言っているのだろう。
(2022-3-16記載)
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(2) The Lawyer's Story of A Stolen Letter (初出Household Words 1852-12 [Extra Christmas Number] as 'The Fourth Poor Traveller' uncredited) ❶-2「盗まれた手紙」: 評価7点
初出時は’The Seven Poor Travellers’の四番目の貧しい旅人の話で、コリンズ作は本エピソードだけ。ディケンズが物語の枠(クリスマス・チャリティで六人の貧しい旅人をもてなす代わりに各人に話を語ってもらう)と第一話、最終話を創作し、他の作家(George Augustus Sala、Adelaide Anne Procter、Elizabeth Lynn Linton)が各旅人の話を埋める、という構成。初出誌ではディケンズ含めいずれの作者名も記されていない。
初出バージョンの、本作の語り手は、元は裕福だった弁護士で、今は本人が語らない理由で尾羽打ち枯らし、貧しく放浪している、という設定。翻訳で採用した短篇集バージョンでは、地方の名士の弁護士が肖像画を描いてもらう際に画家に面白い体験を話す、という設定に変わった。語り手が妙に用心深い感じとかなんだかセコい感じは、やはり初出時の設定のほうが相応しいと思う。(物語の締めの文は初出時には無く、「事実を語ったのだ」で終わっている。)
作中年代は、語り手が弁護士になりたての時期なので、少なくとも二十年くらい前の話のように感じる。
これもぐいぐい読ませる話。登場人物がいかにもな感じ。タイトルからポオを連想させるが、元々の初出タイトルは「第四の貧しい旅人」なのだし、内容もあの有名作からインスパイアされたような所は見当たらない、と思う。
p42 絵描き君(Mr. Artist)♠️語り手は画家の名前Faulknerを使わず、一貫してMr. Artistと呼んでいる。
p43 名誉にかけて言明する(upon his honor)♠️語り手は「若い連中が口にしたがる阿保くさい言い回し」と思っている。
p44 我が愛しの人(the sweet, darling girl)
p46 反対尋問(cross-examination)
p47 顔色も少々赤ら顔に(her complexion is a shade or two redder)♠️ここら辺の文章から、話し手が語っている時より、少なくとも十年以上昔の出来事。この表現(a shade or two redder)を知らなかったので、Web検索すると結構見つかった。ディケンズも使っているし、現代文でも使っている。redderではなくlighter, darker, deeperという用例もある。a shade(ごく僅か) or two shade… という事なのだろう。人の顔色とか髪の色に使うようだ。
p56 五百ポンド・イングランド銀行券(a five-hundred-pound note)♠️1800年の話、と仮定すると英国消費者物価指数基準1800/2022(89.25倍)で£1=13926円。
p61 私の事務所の給仕(my boy)♠️14歳、と言っている。時代は違うがハメットもピンカートン社の雑用係として14歳で入社している。
p66 熱燗のラム酒と水(hot rum-and-water)♠️「熱燗のラム酒水割り」
p66 パイ屋(tart-shop)
p69 一房の髪(a lock of hair)♠️ヴィクトリア朝の人々は死者の髪を記念品にしていたらしい。
(2022-3-16記載; 2022-3-19若干修正)
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(3) The Angler's Story of The Lady of Glenwith Grange (初出: 短篇集1859) ❶-4「グレンウッズ館の女主人」
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(4) Brother Owen's Story of The Black Cottage (初出Harper’s New Monthly Magazine 1857-2 as 'The Siege of the Black Cottage' uncredited) ❷-1「黒い小屋」
短篇集❷The Queen of Heartの趣向は三兄弟(Owen, Morgan, Griffith)が滞在中の親友の娘に語る面白い物語(訳者あとがきに詳しい解説あり)。
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(5) Brother Griffith's Story of The Family Secret (初出The National Magazine 1856-11 as 'Uncle George; or, the Family Mystery') ❷-2「家族の秘密」
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(6) Brother Morgan's Story of The Dream Woman (初出Household Words 1855-12 [Extra Christmas Number] as 'The Ostler' uncredited) ❷-3「夢の女」: 評価7点
初出時には'The Holly Tree Inn' 全七話の第二話として発表されたもの。構成は、第一話 The Guest (ディケンズ作)、第二話 <本作>、第三話 The Boots (ディケンズ作)、第四話 The Landlord (William Howitt作)、第五話 The Barmaid (Adelaide Anne Procter作)、第六話 The Poor Pensioner (Harriet Parr作)、第七話 The Bill (ディケンズ作)というもので、ある宿屋に関わる人々についての物語、という枠組みのようだ。これも初出時には作者名は記されていない。
本作は1873年のコリンズ米国旅行の際に拡充され、短篇集”The Frozen Deep and Other Stories”(Bentley1874)に’The Dream Woman: A Mystery, in Four Narratives’として発表された。四人が語る形式となったが、この版の翻訳は無いようだ。(ざっと英文を斜め読みしたが、付加要素が多くて元の作品よりかなり落ちる感じ。まあちゃんと読んでないので確かでは無いが…)
初出の語り手は、恋人と別れ、絶望のうちに米国に渡る前に立ち寄ったThe Holly Tree Innの客(若い男)、という設定。短篇集バージョンの老医者の若い頃の話、というのと異なる。初出バージョンでは本短篇集のp211「年取った男が敷き藁の上で眠っていた」あたりから始まっている。(その後には大きな違いなし)
翻訳は『ゴーリーが愛する怪談』の柴田訳がずっと良い。
p219 差し錠やかんぬきや鉄被いの付いた鎧戸(the bolts, bars and iron-sheathed shutters)◆柴田訳「閂、横木、鉄製の鎧戸」、かんぬきのイメージは元の意味はbarだろうが、現在ではboltっぽい気がする。差し錠の一般的イメージはWeb検索では見当たらなかった(boltの訳、という説あり)。barは金属の場合もあるので「横木」はちょっと気になるが…
p234 九ペンス(ninepence)◆初出版では発表時の一、二年前くらいの話。短篇集版では話を聞いた時点でも数年前、語っている老医師が駆け出しの頃に聞いたという設定なので、少なくとも三十年前くらいか。英国消費者物価指数基準1850/2022だと143.44倍、同1830/2022なら121.70倍なので、前者22381円、後者18989円。9ペンスはそれぞれ839円、712円。
(2022-3-19記載)
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(7) Brother Griffith's Story of The Biter Bit (初出The Atlantic Monthly 1858-4 as 'Who is the Thief?' uncredited)「探偵志願」
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(8) A Mad Marriage (初出All the Year Round 1874-10 as ‘A Fatal Fortune’)「狂気の結婚」
短篇集 “Miss or Mrs? and Other Stories in Outline”の第2版(Chatto & Windus 1875)から追加収録された。(初版はBentley 1873)

No.1 7点 おっさん
(2012/07/22 15:57登録)
 mini 様

掲示板8843番「ジャンルの導入」は、具体性のある興味深い提言で、その実現を期待したいところです。
ただ、ジャンル区分のコメント中、「警察小説」のような小説スタイルと、「C.C.」(クローズド・サークル)のような状況設定のパターンが混在しているのが、気になりました。<ジャンル一覧>からは、、後者のような(サブジャンル的)要素は排除したほうが投票がスッキリするのでは、と愚考する次第です。

いや、それでも問題はあって、たとえば大長編『白衣の女』と『月長石』で黎明期のミステリ史に名を残す、ヴィクトリア朝の巨匠ウィルキー・コリンズの本書なんか、どうジャンル分けしていいものやら。
mini さんには釈迦に説法でしょうが、この『夢の女・恐怖のベッド 他六篇』は、作者の2冊のオムニバス短編集、After Dark(1856)、The Queen of Hearts(1859)からの選りぬき7作に、珍しい後期作1作を添えて、1997年に岩波文庫から刊行された、日本オリジナルの作品集です。

①恐怖のベッド ②盗まれた手紙 ③グレンウィズ館の女主人 ④黒い小屋 ⑤家族の秘密 ⑥夢の女 ⑦探偵志願 ⑧狂気の結婚

恐喝ネタの手紙を取り戻せ! という、ポオの先行作を意識した②は、軽く暗号w をからめた隠し場所捜しの探偵譚に仕上がっていますが、これが「人を呪わば」という旧題で有名な⑦(江戸川乱歩編『世界短編傑作集1』の巻頭作)になると、そうした“探偵の物語”自体が、パロディのネタにされています。
といって、ユーモアが基調の本でもない。
「夢のなかの女」として、やはり創元推理文庫の『怪奇小説傑作集3』に収録されている⑥は、サイコ・テイストもおりまぜながら、予知夢の恐怖をシリアスに描いています。
襲いかかるトラブルは、なにも怪奇なものとは限りません。“現代都市”の一角に、ポオの「陥穽と振子」ばりの殺人メカニズムを現出させた①(サブジャンル的には、最初期の密室物のひとつ)あり、田舎の小屋に一晩、大金をかかえて過ごすことになった娘を二人の悪党が狙い、屋内v.s.屋外の必死の攻防がスタートする(元祖「ホーム・アローン」のw)④あり。

およそ書き手に、ジャンル作家などという意識の無かったであろう時代、手だれのストーリーテラーが、読者の興を引くためミステリ(謎)やサスペンス(緊張感)の技法を縦横に使いこなして小説を展開しているわけです。

小説技法としての、謎。
それは、導入部で特定のキャラクターに印象的なスポットを当て、「何が彼(ないし彼女)をそうさせたのか」という興味でグイグイ引っ張る③や⑤にも、顕著に見ることが出来ます。このへんは、さすがに誰も、ミステリ視することはないでしょうが、・・・
でも、真実の開示がクライマックスを形成し、そこで全体の意味が明らかになり読者の心を動かすという構造は、探偵小説のそれと本質的に変わるものではありません。

ヴァラエティに富む佳作が多い半面、この一作という決定打に欠ける嫌いはありますが(それが、「信号手」「追いつめられて」とふたつの傑作を擁する『ディケンズ短篇集』との差でしょう)、長編作家の余技にとどまらない、立派な職人芸のコレクション。
そんな本書を、しいてジャンル分けするとしたら――やはり、そのものズバリ、“短編集”しかないような気がしますw

え、ひとつコメントしてないだろ、ですか?
唯一の後期作⑧(1874年作)でも、コリンズの、話術自体は衰えていません。
ただねえ、ちょっと問題提起(法制度への批判)に気を取られ過ぎて、作者の強みであったはずのプロット(この場合、トラブルの原因となる、“策略”の説得力)が、ずいぶん表層的なんです。
「この話は実話に基づいている」式の註記も不要なこと。見えている現実をなぞるだけで小説のリアリティは生まれないことを、はからずも証明したような、そんな感じですね。

いや~、相変わらずの長文で失礼しました。
作品のジャンル区分の、mini さんの素案等ありましたら、また掲示板でご披露いただければ、と願っています。

おっさん拝

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