雪さんの登録情報 | |
---|---|
平均点:6.24点 | 書評数:586件 |
No.26 | 6点 | 葬儀屋の次の仕事 マージェリー・アリンガム |
(2018/06/26 12:16登録) 初アリンガム。各人各様のルールに則ってひっそりと暮らす変人一家と、彼らを中心として寂れていったロンドンの一街区で次々と起こる、毒殺その他一連の怪事件の顛末が描かれます。 じっくりとした筆致で書き込まれていながら最後の最後までなかなか焦点を結ばないこの作品、読み通すにはかなり覚悟が要ります。問題の葬儀屋も節々で怪しい行動は見せるものの、うなぎのような応対でなかなか尻尾を出しません。それに加えて他の登場人物たちも、独自の論理で奇矯な行動を繰り返して読者を混乱させます。 毒殺事件の軸となる二つの要素は、いずれもヴィクトリア朝後半の風俗由来のもの。結構面白いですがやはり日本人には馴染みが薄いのが難点。これを成立させるために、わざわざ時が止まったような人物像や舞台を逆算して構築した感じです(本国では第二次大戦後の1948年刊行)。 キャラクターそれぞれが魅力的に描写されているのに対して、メインの犯人はクライマックス以外は一筆書きでチラリと登場する程度。このことからミステリー部分は添え物で、ディケンズ風の登場人物たちを存分に味わうのが正しい読み方でしょう。それを踏まえた上で、腰を据えて読むべき小説。かなりの長編です。 |
No.25 | 8点 | 凍った街 エド・マクベイン |
(2018/06/25 03:18登録) 第36作目。それ以前から兆候はありましたが、87分署物とは思えない文庫の分厚さに書店でびびった記憶があります。おそらくシリーズ最長編でしょう。内容も重量級の外見に恥じません。 麻薬の売人、ミュージカルダンサー、宝石商と、寒波の襲来を受けたアイソラで起こった連続射殺事件。殺された売人の麻薬商売をそっくりそのまま戴こうとする大男の偽神父と、剃刀使いの太っちょ女の犯罪カップルの描写にかなりの紙数が割かれ、この二人がしっかりと本筋に絡んできます。 もちろんレギュラー刑事たちの描写も健在。いきなり刑事部屋でお産が始まるのが笑えます。他にもキャレラ刑事と聾唖の愛妻テディ、前回の痛手から癒えないクリングと、体当たり捜査官アイリーン・バークのぎごちない恋愛模様など見せ場も不足無し。 しかしアイリーンの囮捜査はあくまでも脇筋。今回は犯人側があの手この手を用意しています。前例のない長さだけに中盤は少々ダレ気味ですが、終盤の釣瓶打ちの展開は流石。タイトルの"ICE"もアイソラを襲った寒波→コカイン→宝石→ミュージカルの裏商売と様々に変化しながら、最後に本来の意味に戻ってくるところが見事です。 本筋の事件をこれまでになく充実させた雄編。満足度はかなりのものです。 |
No.24 | 5点 | ペルシャ猫を抱く女 横溝正史 |
(2018/06/24 11:20登録) 「刺青された男」に続く、全9編収録の戦後第二短編集。一番出来の良いのはやはり全集収録の短編「泣虫小僧」ですかね。次いで「双子は踊る」、そして表題作と、後に金田一耕助物になった作品が続きます(それぞれ「暗闇の中にひそむ猫」「支那扇の女」に改稿されました)。 「双子は踊る」は探偵役を務める星野夏彦・冬彦のキャラクターが面白い。「推理ゲームが終わったその後は僕らの知ったこっちゃないよ」とか、潔いほど無責任です。キャバレーで起こった銀行強盗事件に絡む三重殺人の謎を追う話ですが、そんなたいしたもんじゃありません。「泣虫小僧」同様キャラ萌え作品です。「ペルシャ猫・・・」は犯罪未満のちょっと凝った策略の話。 あとは「消すな蝋燭」かなあ。ネタが安直なんで御大は気に入らなかったそうですが、小道具とか語りはいい雰囲気出してます。「刺青された男」に比べるとだいぶ砕けてきてますが、短編集としては全体にまだちょっと硬いですね。 |
No.23 | 6点 | SS-GB レン・デイトン |
(2018/06/22 20:42登録) ディックの「高い城の男」同様、第二次大戦で「ナチスドイツが勝利した」架空世界が舞台の警察小説+ポリティカル・フィクション。ただしこちらは未だ戦争が継続中で、「あしか作戦」成功によりナチスがイギリスを占領したのみの段階なのがミソです。 早くも主導権を巡って対立を続けるドイツ国防軍とナチス系SS、警察権を掌握する老練幹部とドイツ本国から送り込まれたエリート幹部、両者の勧誘を受けながら黙々と原爆設計図に絡む科学者射殺事件を追う、主人公となるロンドン警視庁の腕利き警視、敗れはしたもののアメリカを本格的に参戦させての逆転を狙う旧大英帝国指導部。これにレジスタンスが加わり、さらにアメリカ人女性記者との恋愛が描かれます。 本国では2017年にBBC OneによりTVドラマ放映され、人気が再燃しているこの作品、「もしもドイツが勝っていたらどうなったか?」というIFが、実在の建造物や観光名所、軍人・一般人の扱い、社会の変遷などを通して精緻に描写されているのは素晴らしい。 ただしロンドン塔からジョージ6世を脱出させるクライマックスシーン及びその後の戦闘の扱いは、肩透かしというか皮肉極まりないですね。あまりにあんまりなのでドラマでは若干変更されたみたいですが。 序盤からわりと大胆に伏線は張ってありますが、決着はカタルシスとは程遠い展開です。細部が良いだけに勘所で盛り上がりに欠けたのが惜しいです。 |
No.22 | 10点 | 警士の剣 ジーン・ウルフ |
(2018/06/22 00:04登録) ネッソスから任地スラックスに辿り着き安定した地位を得たのも束の間、罪人を見逃し再び追われる身となったセヴェリアン。恋人ドルカスを促し逃亡を試みますが、「調停者の鉤爪」での死者の復活劇を目撃したドルカスは、ある怖ろしい秘密に気付いていました。 過去の記憶を取り戻した彼女はネッソスへの帰還を選択。一方セヴェリアンは遥か山脈を越え、ペルリーヌ尼僧団を追って追跡者の手の届かないアスキア人(アバイアの支援を受け「共和国」と対立する国家)との戦場へと向かいます。 その途中で彼は人食い猿アルザボに家族を殺された少年を拾う傍ら、恐るべき呪術師と対決、さらに蘇った双頭の古代支配者テュポーン(表紙に逆さになって横たわってる怪物ですね)の野望を退けます。 その果ての邂逅、この巻最後の戦いでセヴェリアンは遂に己の半身とも言える剣、テルミヌス・エストを失うのでした。 「新しい太陽の書」もいよいよ後半、それまでの伏線が徐々に回収されていきますが、ドルカスの秘密はこの巻では半ばまでしか明かされません。残りは最終巻。この時点で全部知ってしまったらどうなったか分かりませんけど。 破壊されるテルミヌス・エストは新版の表紙絵だと先が尖ってない両刃の剣ですね。エクスキューシュナー・ソードという処刑専用の長剣です。 全3巻完結の予定を構想部分で膨らませたせいか、この巻は他の巻と比べ非常に章割りが多いです。謎解きに加えアクションも動きも多い、一番面白い巻です。 |
No.21 | 10点 | 黄土の奔流 生島治郎 |
(2018/06/21 21:33登録) 本作の舞台は1920年代初頭の上海。租界によって各列強にモザイク状に分割支配された街区に、当時空前の経済発展を遂げたアメリカの資金が流れ込み、犯罪都市とも東洋の魔都とも言われるステキな空間を形成した時代です。原哲夫の「蒼天の拳」の舞台ですね。ああいう胡散臭い場所だと思ってもらえば良いです。 32歳の誕生日に貿易会社を潰された紅真吾は、最後の散財とばかりに訪れた酒場で沢井と名乗る日本人を助け、その腕を買われた事で、天井知らずに値上がりを続ける豚の純白毛の買い付けを持ち掛けられます。 勿論それには理由がありました。上海に限らず当時の中国は無政府状態。目的地重慶までの5000キロの激流には土匪や軍閥が割拠し、商売どころではないのです。 しかし真吾はスリルを求め、半ば捨て石扱いを承知しながら、乗組員を掻き集め重慶に向かいます。 長江5000キロを遡行する命知らずの船旅――「生命は保証せず」 黒澤明の「七人の侍」の流れですね。主人公紅真吾、彼に惹かれながらも反発する謎の男・葉村宗明、大陸浪人真壁、元警官長谷川、優男の森川、久我少年、老船長、そして魯鈍ながらも忠実な下男・飯桶(ウェイドン)など、一癖も二癖もある連中が乗り組みます。船内で殺人も起こったりしますがアクセント程度。 難所を工夫して越えたり、待ち伏せや銃撃を乗り切ったり、豚毛商人や軍閥の頭領との三つ巴の駆け引きが主体です。 日本人に馴染みの薄い時代や場所を背景に、脇役に至るまでキャラを立たせ生き生きとした娯楽作品に仕上げた点は、いくら高評価してもし過ぎる事はないでしょう。 実際に大陸在住の"老上海人"だった作者の経験が、更に物語に厚みを加えています。最高の冒険小説です。 |
No.20 | 5点 | 紅い蛾は死の予告 梶龍雄 |
(2018/06/19 16:45登録) うーむ。「清里高原」よりは文章良いですけど、ちょっと狙いを外し気味なような。 まず頻繁に挿入される映画のシナリオ部分。ミスディレクションに加え、ラストシーンと重ねたかったんでしょうけど明らかに滑ってます。提示される事件の内容自体曖昧なので読み辛くなっただけです。演出として生きてないですね。 そもそもこれは十数年前に起こった事件の謎を探るいわゆる「回想の殺人」形式。必然的に地味にならざるを得ません。 それに加えこの作品の構造上、全編に渡っての矢継ぎ早の展開など起きようがないのです(ホントに最後の最後になって二件の殺人が起きますが)。よっぽど上手くやらないとサスペンスフルな小説にはならないでしょう。 それなのに沼の屋形と山の屋形の対立、一人娘の弓での心中自殺、一族全員の失踪、それを題材にした映画撮影と、道具立てだけは異様に派手。しかし物語の大半は過去の話を聞き込むだけで、たいした事は起きません。それでも復讐を匂わせて引っ張りますが、結構長めな作品だけに読んでてキツいです。 勿論最後まで読めば作者のやりたかった事は分かります。お得意の構図の反転劇。構想は良いし、例によって執拗なまでに行間に伏線が張られています。作品を象徴する「紅い蛾」の生態はその最大のものでしょう。 でもなんかチグハグなんですよね。メイントリックを横溝風に処理してますけど、正直食い合わせが悪いです。このアイデアはケレン抜きでもっと丁寧に仕上げて欲しかったと思います。 |
No.19 | 8点 | 花髑髏 横溝正史 |
(2018/06/18 18:31登録) 日本橋の大老舗「べに屋」一族の掟によって引き裂かれた諸井慎介と六条月代。慎介は本家の婿養子となるも、妻殺しの嫌疑を掛けられ死刑囚となってしまう。月代は五万円の報酬で地下道を掘らせ嵐の夜に脱獄を決行させるが、直前の監房入れ替えにより救い出したのは慎介ではなく、希代の大悪人「白蠟三郎」だった! 表題作他一編はフツーの通俗物ですが、中編「白蠟変化」が物凄い。常識を張り倒すようなとんでもない発端だけでも買えますが、トチ狂った冒頭部から一向にテンションが落ちないまま最後まで突っ走ります。 三郎の脱獄を知って恐怖したのは、彼を密告して逮捕させた踊り子花園千夜子。劇場のライトで大写しにされた三郎の四本指に脅えたり(以前に指を女に噛み千切られています)、自宅の三面鏡に四本指の跡がベットリと押されていたり。 神経をやられた千夜子は酒を呷って恐怖を忘れ、自宅地下の檻に監禁してある美少年を鞭で嬲って憂さを晴らします(このへんも狂ってます)。 彼女を尾行した三郎は美少年を解放しますが、彼は逆に三郎を襲って檻に閉じ込めた後、千夜子を刺し殺して逃走してしまいます。 その後は蟇のような男「寅蔵」を従え、六条月代を付け狙うこの殺人美少年「鮫島鱗三」と白蠟三郎の対決に、月代に横恋慕する病院長「鴨打博士」が絡む展開。 三津木俊助はちょっかいを出すも死人を増やすだけ、由利先生はメインの謎は解くも怪人たちの闘争劇には全く干渉出来ません。あんま登場した意味がないです。 謎が解けて怪人たちの争いも決着し、これで大団円かと思いきやさらに殴られ、最後は人間味があるんだかないんだか分からない獄中からの三郎の手紙で幕を閉じます。 乱歩やルパンをより過激にして煮凝りにしたようなこの作品。とにかく醒めるヒマが一切無いので、何も考えずに読めばこれほど面白い小説もありません。ツッコミ処は山の様にありますが。 人格疑われそうですけど8点付けときます。大衆小説のある種頂点を極めてます。大横溝やべえ。 |
No.18 | 7点 | メグレと奇妙な女中の謎 ジョルジュ・シムノン |
(2018/06/17 13:35登録) 未単行本化メグレシリーズ第2弾。日本では「ピクピュス」の次に翻訳掲載されました。本国では「メグレと謎のピクピュス」「メグレと死体刑事」と、3長編一冊合本で1944年に出版されています。中編「ホテル"北極星"」同様キャラ萌え作品ですね。夢見がちな女中に振り回されながら彼女を殺人犯から守ろうとするメグレを描いたチャーミングな長編。「ピクピュス」には及ばないものの良い感じです。 折からの別荘ブームに乗って土地成金となった元船員の因業爺"義足のラピィー"。 自宅で押し込み強盗に殺害された彼が全財産を残した相手は弟でも甥っ子でもなく、奇妙な帽子を被った住み込み女中だった。しかし彼は年金以外の現金を殆ど自宅に置いていない。果たして強盗の目的は何なのか? メグレは非協力的な女中フェリシイと事あるごとに衝突しながら事件の謎に迫ろうとするが......。 フェリシイ「やっぱりあんたなんか嫌いだわ!」 メグレ「私は、フェリシイ、あんたが大好きだよ!」 シムノン最盛期だけに文章もなかなかのもの。メグレのベスト10とかそんなのではないですが、愛着の持てる一品です。 |
No.17 | 6点 | メグレ最後の事件 ジョルジュ・シムノン |
(2018/06/17 09:11登録) これを酷評された事でシムノンが全ての小説から筆を絶ったいわくつきのメグレ物。気が差したのかその批評家は断筆後のシムノンを直後にヨイショしてます。 訳者の長島良三さんもあとがきとは別の場所で「後半は駆け足でストーリーだけを追っていく感じ」とかおっしゃってます。まあそういう面もあります。 でも後期メグレの中では割と好きな作品です。前作「メグレと匿名の密告者」がパッとしなかった分(読んだ中では第77作「メグレの失態」と並んで最低クラス。)持ち直したとすら思います。これで終わりなのは残念至極。 警視総監に司法警察の局長就任を打診されたものの気乗りせず、デスクに並べたパイプを弄って黙々と遊ぶメグレ。彼の元にある上流夫人が、失踪した夫の捜査を依頼しにやってきます。彼女が精神の均衡を失いかけているのはその時点で分かります。 徐々に捜査を進めていくうちに描かれる、この夫人の肖像が本編の見所。第96作「メグレと殺人予告状」に出てくる女性像をさらに徹底した感があります。頽廃したムードとある種の哀れさが全編を覆う作品です。 |
No.16 | 7点 | 魔術 エド・マクベイン |
(2018/06/16 07:39登録) 87分署シリーズ40作目。瀬戸川猛資さんの珍しいベスト本「ミステリ絶対名作201」に、シリーズ推奨10作として挙げられていた中での最新作です。(他は発表順に「警官嫌い」「通り魔」「麻薬密売人」「殺意の楔」「電話魔」「10プラス1」「サディーが死んだとき」「凍った街」「稲妻」だったかな)。 珍しくハロウィーンの夜が舞台で、子供たちだけの拳銃強盗事件とマジシャンのバラバラ死体事件を中心に、女刑事アイリーン・バークの囮捜査ほかの事件をスパイスに加え、タイトルに相応しく読者を翻弄するモジュラー型の構成。メインの2件が軽くひねってあって面白いです。 アイリーンの捜査にいらんちょっかいを出すのは恋人バート・クリング刑事。第37作「稲妻」以来隙間風が吹き始めて不安になったのか、男心のアホさ加減を存分に見せてくれます。レギュラー絡みではこちらの方が軸でしょう。いつものメインのキャレラ刑事はたいして活躍もしないまま撃たれて生死の境を彷徨います。いいとこありません。 こないだ初期で好きな作品「通り魔」を読み返したんですが、ボリュームの増えたあとの作品と比較するとちょっと物足りませんね。フランシスの競馬シリーズはそこまでではないんですが。87分署後期の良いやつは隠れたお奨めです。 |
No.15 | 9点 | 調停者の鉤爪 ジーン・ウルフ |
(2018/06/14 16:55登録) 拷問者組合からの推薦状を持ち、ネッソスからスラックスへと向かう追放者セヴェリアン。流しの死刑執行人(ギター弾きみたいですね)をやったり、死んだ筈のセクラの手紙に盛大にだまくらかされたり、寸劇をしたりと相変わらず忙しいです。 この2巻目で名剣テルミヌス・エストと並ぶ、セヴェリアンを象徴するアイテム〈調停者の鉤爪〉が登場します。 年老いた太陽に代わる新しい太陽をこの世界にもたらすとされる存在「調停者」。 その遺物とされる〈鉤爪〉はエメラルドのケースに納められ、死者すら蘇らせる力を持つとされています。 この〈復活〉というテーマは「新しい太陽の書」シリーズの中で手を替え品を替え繰り返し語られます。そのもう一つがこの巻で様々な形でセヴェリアンを襲う〈アルザボ〉という人食い猿。 直前に食った人間の声で話したりするという、この大猿から抽出した液体をDNAと共に摂取する事によって、死者の意思を潜在意識に残す効果があるのです。このアルザボの能力がどうストーリーに関わってくるのかが本編のお楽しみ。 アルザボの他にもウンディーネなどの怪生物が現われたり、海底に潜み「調停者」と対立するという巨大生物〈エレボス〉〈アバイア〉等の存在が語られます。 ネッソスで出会う人間中心に描かれていた1巻目とは異なり、徐々にSFの要素が出て来るのが2巻の特徴です。 amazonレビューでは「拷問者の影」の方が第一関門だそうですが、自分はこちらの方がやや中弛み気味に感じました。よって1点差し引きます。 とは言え、この巻で演じられるセヴェリアン達の寸劇が最終巻「新しい太陽のウールス」で起きる出来事の先取りであるように、このシリーズに無駄な描写など皆無なのですが。 |
No.14 | 6点 | メグレの退職旅行 ジョルジュ・シムノン |
(2018/06/14 13:56登録) 見落としがちな角川文庫のメグレ短編集の二冊目。一冊目の「メグレ夫人の恋人」よりもこちらの方が好きです。 三期に分かれたメグレ物の一期と二期の合間に書かれた十数編の短編を二冊に分け、長めの作品を集めたのがこちらという事になります。 ミステリとしてよろしいのは「バイユーの老婦人」ですかねえ。 メグレ物とは思えない大胆なトリックを弄しておりまして、形を変えて後年のメグレ長編に流用されております。 ピカイチなのは最も長い「ホテル"北極星"」。 退官間際のメグレが殺人現場のホテルで、かたくなに身元を隠すヤンチャ娘にいいように引っ掻き回されるという、たいへん楽しいお話です。 この娘さんのキャラが非常によろしい。 この二編に次ぐのは英仏海峡に臨む港町での、嵐の夜の殺人を扱った表題作かな。 降り込められた宿の中に犯人が…という、一種のクローズドサークル物です。雰囲気たっぷりな以外はたいしたもんじゃありませんが。 中短編メグレはキッチリオチが着いてるのが良いですね。後期に行くに従ってどんどん薄味になっちゃいますから。文章が枯れてなければそれでも読めるんですけど。 |
No.13 | 5点 | 眠れるスフィンクス ジョン・ディクスン・カー |
(2018/06/14 10:52登録) 評価高めの本作ですが、「密室状態での棺の移動」という不可能興味がとってつけたような感じで、物語の調和を乱しているのが大きな不満です。登場人物の一人がある目的を達するためにふと思い付いただけで、この部分だけ必然性が無く何らプロットに貢献していません。「本筋だけでは弱い」という判断でしょうが、却ってマイナスですね。 同じく〈恋愛要素が物語にもトリック成立にも必然をもって絡んでくる作品〉である前作「囁く影」と比べればその差は明らかです。あちらでは不可能性や怪奇性、恋愛との相乗効果が全体の完成度に貢献しているのに対し、こちらではこの部分だけが浮いてしまっています。 「囁く影」以上に、それ抜きではメイントリックやプロット自体が成立しないほど〈恋愛〉に寄り掛かって作られているだけに、余分な不可能性は付け加えずコンパクトに纏めた方がより良くなったと思います。 それを除けばとくに不満はありません。軸となるトリックは過去の短編の応用で少々小粒ですが。視点の変化で事件の全体像がガラリと変わる所、それを暗示する「眠れるスフィンクス」、犯人の意外性とその伏線、最後に立ち現れる女心の不可解さなど、全般にそつなく仕上げられています。 |
No.12 | 10点 | 拷問者の影 ジーン・ウルフ |
(2018/06/11 14:23登録) 遥か未来、「共和国」唯一絶対の存在〈独裁者〉によって支配される中世的世界、老いた惑星ウールスのギルド〈拷問者組合〉の徒弟セヴェリアンは掟を破り、牢に囚われた罪人「セクラの方」の自死を助ける。 組合からの追放が決まったセヴェリアンは、師匠に餞別として名剣「テルミヌス・エスト(「ここより境界線」の意)」を授けられ、生まれて初めて見る「城塞」の外の世界に旅立つのだった…。 ウルフです。中編「ケルベロス第五の首」は訳が分かりませんでした。短編「取り替え子」はもっと訳が分かりません。しかしこの人の作品は短いほど意味不明なので長編は心配ありません(普通逆じゃないのか)。 といっても第1巻はいわば種蒔き。セヴェリアンの幼き日の回想シーンから「城塞」の外で出会う人々(タロス博士、巨人バルタンダーズ、恋人ドルカスなど)。訳の分からん場所を彷徨ったり決闘したり、彼らの正体と秘密、そしてセヴェリアン自身に隠された秘密は続巻で明かされる事になります。 この「城塞」は単一の建物ではなく、〈独裁者〉の居城に付随して建てられた幾多の施設によって巨大な複合体みたいになってるんですね。この建物がある都市〈ネッソス〉の住民と、中の人々との接触は殆どありません。マーヴィン・ピークのゴーメンガーストみたいなもんです。 主人公であるセヴェリアンも同じ。特徴的なのはこの物語が彼の一人称、見聞した内容のみで最後まで語られる事です。一から十までこの世界の歴史を語ってくれる人間はいません。我々はセヴェリアンが出会う人々との会話から何が起こったのかを断片的に推測していくしか無いのです。描写も重厚そのもの、なかなか骨の折れる物語です。 もちろんそこには幾多の仕掛けがしてあります。一例を挙げると施設「図書館」でセヴェリアンが見つめる古代の絵の内容が1P余り描写してあるのですが、これがアポロ11号の月面着陸写真だと知った時にはべっくらこきました。 3~4巻にかけてそれまでの伏線が回収される過程といい、ファンタジーの形式は取っていますが実はかなりミステリ的な仕掛けを施したSFです。 |
No.11 | 7点 | フォーチュン氏の事件簿 H・C・ベイリー |
(2018/06/11 11:47登録) 「ええーまだこれ誰も採点してなかったんですか? アブナー伯父シリーズ並みにむっちゃ面白いのに?」 とのっけからかましてみましたが、まあ分からんこともないです。私も実際に読むまでアウトオブ眼中でしたし。 でも読んでみて評価が変わりました。まずしょっぱなの「知られざる殺人者」が強烈です。 婚約者と共にある孤児院のパーティーに赴いたフォーチュン氏。院長に迎えられ、しばし楽しい時を過ごすも施設内で突然起こった悪夢のような殺人。 喉をかき切られた女性医師にはこれほど残酷に殺される理由は何もなく、さらにフォーチュンは現場に残された証拠から、犯人の異常な行動を知る。 他の訪問客を当たるも一向に進展を見ない捜査。さらに続けて来客の一人の息子に砒素が投与される。ぼやけた事件が、フォーチュン自身を襲うショッキングな出来事と共に一気に焦点を結ぶ…! 発表年代を考えるとこれ凄いですね。一種ハードボイルドに似た味わいがあります。 あとベイリーは子供が出てくると面白いです。同収録の「小さな家」はそれほどでもないですが、紙幅を取った「聖なる泉」はこの短編集では「殺人者」に次ぐ出来です。短編以上中編未満の中途半端な枚数の作品に傑作が多いのが、日本で翻訳されず知名度が低い一因でしょう。 他にも経済犯罪の「ゾディアックス」書誌ミステリの「羊皮紙の穴」などバラエティに富んでます。全体に同時期の他英国ミステリ作家とは切り口が異なる感じです。 これに別アンソロジー収録の「黄色いなめくじ」「長いメニュー(個人的には「なめくじ」よりこっち)」を加えれば、十分にマスターピース候補短編集と言っていいでしょう。両作品の分だけ点数はさっぴいておきますが。 短編長編とりまぜてベイリーにはアホ程未訳作品が残されてますので、個人的に今後の翻訳に期待する作家の一人です。「フォーチュン氏を呼べ」以降の作品も論創社でやってくんないかな。 |
No.10 | 5点 | メグレ式捜査法 ジョルジュ・シムノン |
(2018/06/11 09:57登録) ユトリロの絵のような煤けたイメージのあるメグレ警視シリーズですが、今回の舞台は南仏の楽園ポルクロール島。メグレ青春の物語「メグレの初捜査」と並んで、一気に華やいだイメージを持つ作品です。所々の風景描写も素晴らしい。普段が辛気臭いだけに期待も高まります。 ・・・なのですが、どうも芳しくない。スコットランド・ヤードからの研修生パイク刑事の注視を受けながらいつもとは勝手の違う捜査に当たるメグレなど、様々な要素を含んで意欲的に始まりながら最終的に無難なところに着地してしまった感じです。 初期作「メグレと死者の影(創元邦題「影絵のように」)もそうでした。「これならもっと面白くなる筈でしょう」と読み終わった後に言いたくなります。最盛期と言える40年代の作品なので余計にそう思うのかもしれませんが。 ボアロー&ナルスジャックの評論に取り上げられたり、欧米ベストに採られたりする本作ですが、この年代の作品としては一枚落ちると感じました。文章のノリとか入れればメグレシリーズの標準よりやや上ではあるんですけどね。 |
No.9 | 5点 | マーメイド マーガレット・ミラー |
(2018/06/10 05:32登録) アラゴン弁護士シリーズ3作目にして最終作。結構行動はするのですが、今回もたいして役に立ってません。というかある意味アラゴンのうっかりがなければこうはなってないですね。本人も「ぼくの責任です」って泣いちゃってますけど。人命救助とか彼なりに頑張ってるんですが。 ストーリーの骨子はある知恵遅れの少女が無自覚に誘発していく事件や犯罪と、その結末を描いた小説です。ほぼ普通小説と言ってもいい。 この少女、アラゴンと面会する冒頭のシーンではそれなりに可憐なのですが、必ずしも純真無垢な存在でない事はすぐに読者に分かってきます。 だが悪意皆無といえど自分の行為に一切責任が持てないだけにいっそうタチが悪い。彼女に振り回されて多くの登場人物が傷を負っていきます。最後には彼女自身も無自覚に手を血に染める事に。 ラストの救いの無さはミラー作品でも屈指でしょう。題材が題材なのでどうしようもないですけど。 最後まで善意を失わない障害児施設の学園長先生の存在だけが救いです。彼女も結局は事件の責を負わざるを得なくなるのですが。 |
No.8 | 6点 | 墓場貸します カーター・ディクスン |
(2018/06/09 14:14登録) 実は再読です。初読時の印象は消失トリックのネタがありきたり過ぎるとかあんま良くなかったのですが、数年ぶりに読み返してみて評価が上がりました。 あの時点でひととおり仕込みは終わってますが、肝心の「いつ消失するか」は明言していない為、初動が失敗したならスルー出来るというのが良いです。 加えてプールからの人物の出し入れに不自然さがほとんどないのが素晴らしい。実行する場合の安全性はかなり高いと思います。冒頭の献辞でクレイトン・ロースンに捧げられてるのも頷けます。 複数共犯者の存在はさほどマイナスに考えなくていいでしょう。プールでの先入観がミスディレクションにもなっている事ですし。 とは言え7点を付けるには少々厳しいのも事実。お前たちとはもうこれきりだみたいに大見得切って翌日には消えちゃう訳ですし、被害者がトラップを仕掛ける動機となる、子供たちへの思い入れ描写が不十分なんですよね。ちょっとその辺りはフェアじゃないかなと。 オカルト趣味もなく事件もこれ一つだけで全体に小さく纏まった感じの作品です。 あ、例のH・M卿がホームランかっとばすシーンは心配してたけどそんなに浮いてなかったです。でも、ボールがあそこに飛ばなかったらどうなってたんだろ。 |
No.7 | 5点 | 誘蛾燈 横溝正史 |
(2018/05/28 18:14登録) 「刺青された男」「ペルシャ猫を抱く女」に続く、戦後ノンシリーズ短編集第三弾。 角川文庫版の表紙ほどおどろおどろしい内容では無く、むしろ軽めの作品が多いです。 横溝短編はやはり戦前の耽美調のものが質が高いですが、戦後作品も捨てた物ではありません。 と言っても「靨」「探偵小説」などといった目玉作品はこの短編集には収録されていませんが。全体的に小品中心で編まれています。 それでも全10編の収録作品中からまず挙げるとすれば鬼気迫る掌編「舌」でしょうか。 阿部鞠也という変名で発表された作品で、一番良いと思うんですが内容的にもまさかこれを表題作にする訳にはいきませんよねえ。 それから連続殺人の真相が二転三転する「妖説血屋敷」これも表題向けではありません。 あとは表題作「誘蛾燈」。その三編に次点で「噴水のほとり」ですかね。 「噴水のほとり」は、少女趣味が入ってレズってます。横溝先生がこんな作品をお書きになっていらしたのはちょっと意外。 人情物もあってそこそこ愛着が持てる、佳作未満のほどよい短編集と言ったところでしょうか。 |