糸色女少さんの登録情報 | |
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平均点:6.41点 | 書評数:180件 |
No.80 | 8点 | 祈りの海 グレッグ・イーガン |
(2021/05/31 22:50登録) 日本オリジナル編集の初短編集。長編と比べると大風呂敷度が低いものの、身近な話から入っていく話が多い分、SFに慣れていない人にもとっつきやすいでしょう。 短編集全体の通しのテーマはアイデンティティ。今の科学を小説に取り入れようとすると、読者の日常生活との接点をどこに見出すかが問題になるけれど、作者は一貫としてアイデンティティの問題だけにこだわり、その関心が現代科学の各分野と交差する断面を小説に仕立て上げる。 カオス理論やヒトゲノムの話題にある程度、通じていた方が面白く読めるだろうが、この小説をきっかけにして現代科学のスリルとサスペンスに目覚める人もいるはず。 |
No.79 | 5点 | 黒魚都市 サム・J・ミラー |
(2021/05/21 23:35登録) 温暖化による海面上昇の進んだ未来、北極海に浮かぶ洋上巨大建造物クアナークに、シャチとホッキョクグマを連れた謎の女がやってきたことから物語が動き始める。 禁断のナノテクにより動物と絆を結ぶナノボンダーの最後の生き残りとおぼしきオルカ使いの目的とは?四人の視点から語られるストーリーがやがて合流し、壮絶なアクションへと雪崩れ込む。 W・ギブスンをエンタメ寄りにした作風で後半、家族小説っぽくなるあたりが独特。 |
No.78 | 7点 | 宇宙の春 ケン・リュウ |
(2021/05/09 23:31登録) 巻末に収められた「歴史を終わらせた男―ドキュメンタリー」は、日本人なら避けて通れない歴史SFであり時間SF。 過去を(一度だけ人間の被験者によって)観測できる技術が開発された結果、葬りたい過去を観測されないために、各国が醜い争いを繰り広げるアイデアも面白いが(行き先の時代の主権はどの国に属するか論争になる)731部隊および歴史認識をめぐる生々しい議論と、その先の皮肉な展開が強烈なインパクトを持つ。 妻は日系の実験物理学者、夫は中国系の歴史学者(専門は平安時代の日本)という米国人夫婦を中心に据えることで、物語がさらに重層化されている。 |
No.77 | 8点 | ワン・モア・ヌーク 藤井太洋 |
(2021/04/22 23:15登録) 福島第一原発事故があったのと同じ三月十一日に東京で原爆テロを起こすという予告をめぐる三日間の攻防を描いた作品。 それぞれ目的は異なるものの表面上は手を結んでいる二人のテロリスト、彼らを追う原子力の専門家とCIAのエージェント、そして警視庁公安部外事二課の刑事たち。という三組の動きを中心に追いつ追われつ、騙し騙されのサスペンスが白熱の展開を見せる。 作中の東京はほぼ現実そのもので、徹底したリアリズムを基調にすることで作中のテロ計画に説得力を持たせている。危機を描いた国際謀略小説にして警察小説である。 |
No.76 | 6点 | 統計外事態 芝村裕吏 |
(2021/04/06 21:31登録) 主人公の数宝数成は猫が心のよりどころ、というか生活の中心になっている独身の四十男。時は2014年、日本は少子高齢化による経済低迷が続き、過疎化やライフライン老朽化も深刻という、希望に乏しい衰退社会になっている。数宝は「安全調査庁」に雇われて在宅で働く統計分析官。ただし外注なので給料はぱっとしない。 不遇だが数学に強い彼は、廃村の水道使用量が不自然に多いことに気付くと、しなくてもいい調査に向かった。そこで彼を待ち受けていたのは、表情を持たない全裸の少女たちに襲撃されるという異常事態だった。 ほうほうの体で逃げ出した数宝だったが、戻ってみると、なぜか巨額の年金運用資金を一瞬にして消滅させた国際的サイバーテロリストに仕立てられている。経歴データも書き換えられていて身の潔白の示しようがない。改竄された経歴データと自分の記憶のズレから陰謀を嗅ぎ取った政府の工作員で大学の後輩の伊藤と共に、謎を解くために、再び廃村へ向かう。 次第に少女の不思議な自意識のありようと高度な知性が判明し、数宝はユニークな推論で真相に近づいていく。データ改竄の真犯人は誰か。少女集団の正体は。そして、人類に未来はどうなるのか。ユーモラスな語り口と猫への愛着に救われるが、物語の底には衝撃的な犯罪も横たわっている。 |
No.75 | 7点 | オブ・ザ・ベースボール 円城塔 |
(2021/03/19 22:18登録) 破天荒で不条理な設定。物理学や数学や哲学の「ゴタク」を並べるのが妙味となっている。全体を包む倦怠感やワイズクラックの応酬、短い断章を重ねる構成も「ジェイ」というバーテンも出てくる村上春樹の「風の歌を聴け」あたりを彷彿させる。断章が四十章ちょうどというのも「風の歌を聴け」と同じ。これは意図的に合わせたのだろうか。 文章には類語反復が多用され、名目はあれど内実はあやふやなまま、いつ降るとも知れぬ人を待って毎日を無為に過ごすという話は、カフカの「城」やベケットの「ゴドーを待ちながら」も想起させる。そのような文学的仄めかしによるくすぐりが満載。 残酷な結末は唐突に訪れる。ラストの語り手の従容とした足取りは、「前向きの傍観」のようなものを感じさせ、いやな読後感はない。併録作「つぎの著者につづく」は、虚構の魔術師ボルヘスの上を行こうとする手の込んだ意欲作で大いにうけた。 |
No.74 | 7点 | 万博聖戦 牧野修 |
(2021/03/07 20:14登録) 昔は良かったわけではないと思う。「昔」には、歪んだり捏造されたりした記憶も含まれている。美化と忘却とで、過去は粉飾される。 でも今が暗いトンネルで、抜けた先にももっと暗い予感しかない時、人はつい「良かった昔」を繰り返そうとする。東京オリンピック、大阪万博...。 万博は、未来への夢と希望を込めた祭典だ。ついでに政治や経済や誇大広告も、ぎっしり。1970年の大阪万博を前に、一部のは、オトナが実は侵略者で、本来の人類であるコドモに憑依しては面白い事や楽しいことを奪ってオトナ化し、奴隷化していることに気付く。オトナ化されるコドモの心は色褪せて、世界はモノクロになってしまう。この作品では、コドモ軍は自分たちの武器でオトナと戦いが、圧倒的な権力と組織を持つ彼らに追い詰められる。 そして作中では2025年ではなく37年に、再び万博がやってくる。すでに直線的な時間に肉体を侵されて、大人となっているかつてのコドモは、再び立ち上がることが出来るのか。戦いの先に何があるのか。奇想と社会風刺と友情が、たっぷり詰まった一冊。 |
No.73 | 7点 | バグダードのフランケンシュタイン アフマド・サアダーウィー |
(2021/02/28 20:15登録) 連日自爆テロが起き、死と暴力が日常化している05年のイラクが舞台。ある男が肉塊化した死体の破片を縫いつなぎ、1人分の死者を作るが、それが忽然と姿を消す。まもなく町では奇怪な連続殺人事件が起きる。犯人は例の死体だった。 元祖フランケンシュタインは名前がなく、怪物を作った科学者の名前で呼ばれたが、バグダッドの怪物は「名無しさん」のまま。それは彼を生んだのは一人の男ではなく、喪失感や憤怒で心がゆがんだ匿名の人々であることを示しているようにも思える。名を持たぬ怪物は、死者たちの気持ちや記憶にしたがって復讐に走るが、過酷で即物的な現実の中、彼自身もまた変化していくことになる。それは希望か絶望か。もしかしたらディストピアは、「現実」という名前を持っているのかもしれない。 |
No.72 | 5点 | 最終定理 アーサー・C・クラーク |
(2021/02/18 19:25登録) 時は近未来。主人公はフェルマーの最終定理に没頭するスリランカの大学生。そのころ、宇宙の彼方では、神の如き知性を持つ異星人が地球文明を危険視し、下っ端種族を人類殲滅に派遣した。 主人公は数学オタクとあって、数にまつわる蘊蓄やパズルが随所に登場。明晰な頭脳でセレブの仲間入りを果たしたり、聡明で美しい女性を射止めたり、願望に忠実なのがほほえましい。クラークの旧作への目配せや楽屋落ちを散りばめつつ、黎明期の素朴なSFを21世紀の設定で明るく朗らかに語り直す。往年のファンなら楽しく読めるだろうが、むしろ今の中高生が初めて読むSFに最適かも。 |
No.71 | 6点 | イリアム ダン・シモンズ |
(2021/01/24 20:49登録) 物語の主軸はオリュンポスの神々と伝説の英雄たちが入り乱れる、ホメロスの叙事詩「イリアス」そのままの絢爛豪華なトロイア戦争。二十世紀アメリカ生まれの中年大学教授が時を超えて戦場に赴き、間近から戦況をリポートする。これに数千年未来の地球にでほそぼそ暮らす人類の話と、木星圏から科学調査のために火星へ赴く半生物機械たちの珍道中とを加えた三つのストーリーが交互に語られる。 シェークスピア、プルースト、ナボコフなどなどの引用やディープな文学談義を縦横無尽に散りばめつつ、作者は常に読者サービスを怠らない。抱腹絶倒、緩急自在、融通無碍の語り口は、名人の落語を思わせるほど。 |
No.70 | 7点 | 星系出雲の兵站 遠征 林譲治 |
(2021/01/10 19:23登録) この作品はタイトルのとおり兵站、つまり補給路や必要物資の確保、さらには後方の社会・経済にもかなりのページを割いている。 兵站を維持できなければ、局地戦には勝てても戦争に勝つことは出来ない。優秀だが地味な多くの者たちが兵器製造開発や補給・生産維持を通して前線を支え、勝敗を左右する。情報戦も重要だし、後方作業は時に行政府と軋轢を生むので、政治手腕も問われる。 もちろん見せ場も豊富だ。宇宙における天体的・物理的な諸条件を踏まえたリアルな戦闘シーンは圧巻の迫力で、英雄も登場する。兵站が危機にさらされ、作戦が崩れる時、犠牲とともに英雄が現れる。巻を重ねるにしたがって英雄が前に出てくるのは、後方社会の疲弊の現れでもある。 作品世界の人類は、4千年前に異星人からの侵略への備えを想定して宇宙に飛び出し、五つの星系に植民してそれぞれの文明を築いてきた。そしてついに正体不明の敵ガイナスと遭遇、交戦状態に入る。戦いながらも人類は、ガイナスの正体を探り、意思の疎通をも試みている。またある意味では古代文明の痕跡も発見された。かつて宇宙で何があったのか。積み上げられてきたさまざまな謎が、第5巻ですべて解き明かされる。もちろんガイナスの正体や人類の闇も。 |
No.69 | 4点 | 銀河核へ ベッキー・チェンバーズ |
(2020/12/14 20:32登録) 訳あり少女が事務員として民間宇宙船に採用され、銀河共同体から受注した大仕事に出発するが、その儲け話に裏が...。 毎回違うクルーにスポットがあたる1話完結のドラマみたいな作劇で、必然的にキャラは立っているものの、メインストーリーはいかにも弱い。 クラウドファンディングで集めた資金を執筆中の生活費に充てて完成にこぎつけ、個人出版したところ人気が出て商業出版したら大ヒットという背景も含めて今っぽいSF。 |
No.68 | 6点 | さよなら、エンペラー 暖あやこ |
(2020/11/25 19:38登録) 人工知能によって首都直下型巨大地震が予知されたことで大混乱が生じ、政府は首都の関西移転を断行する。天皇も「混乱なく国民を避難させる唯一の方法だ」と内奏され京都に遷る。だが不安を抱きながらも東京にとどまる人々もいた。そこに「東京帝国皇帝」を称する男が現れ、残留民の支持を集める。 カラスに親しみ、ナポレオンを崇拝する「皇帝」に興味を抱き、彼の「付き人」となった青年は、実は特別な存在だった。常に「ふさわしい」言動を求められ、そうあろうと努めながら成長し、自分には個性がないと思っていた青年は、積極性のある弟に自分の立場を譲りたいとも願っていた。 地震は起きるのか、国民はどうなるのか、天皇のお考えは、「皇帝」の正体とは。現実の皇室をめぐる逸話や噂も取り入れたユーモラスで破天荒な物語は、次第に神話的象徴性を帯びていく。 |
No.67 | 5点 | タイムラインの殺人者 アナリー・ニューイッツ |
(2020/11/18 21:11登録) この世には迷いや後悔が満ちている。「あの時、別の選択をしていたら」という願望は、誰にでもあるでしょう。この作品で作中人物たちが変えたいと願うのは、世界のあり方。物語は1992年のアメリカ西海岸からはじまるが、2022年や1893年を行き来する。父権主義がが強く、女性の権利は制限された社会。だがそんな社会に疑問を抱く女性や、男女の枠組みを窮屈に感じる人々もおり、ひそかに(ハリエットの娘たち)を組織して歴史を改変しようと活動していた。 本書の世界には数億年前から、時間旅行ができるマシンがあり、人類はその構造や原理を解明できないままに使ってきた。(ハリエットの娘たち)のメンバーは、時間旅行のたびに小さな変化を起こし、その積み重ねで社会を大きく変えようとする。だが思うようにことは運ばず、それどころか予想外の事件も。 それにしても「正しさ」は難しい。暴力的な父権主義結社は分かりやすい敵役だが、立ち向かう主人公が、正しいと信じた行動の結果に悩む場面がある。やり直せない一度だけの人生や世界が、愛おしくも感じられる。 |
No.66 | 5点 | 夢幻諸島から クリストファー・プリースト |
(2020/11/01 21:02登録) ドリーム・アーキペラゴという架空の島々を照会する観光ガイドブックの体裁をとりながら、いきなりパントマイム芸人殺害容疑者の供述が混じり、二転三転するその真相をめぐって迷宮ミステリ感覚が高まってゆく。とはいえ、明快な解答はなく、パズルを組み立てる作業は読者に委ねられている。 |
No.65 | 7点 | 第五の季節 N・K・ジェミシン |
(2020/10/02 20:22登録) 数百年周期でやってくる急激な地殻変動で世界滅亡の危機をはらんだ物語。世界全域に及ぶ天変地異とそれに続く環境激変により人類文明は崩壊し、災害以前の歴史は伝説や神話としてしか残されない。 中空を飛ぶ旧文明の遺物や「石喰い」と呼ばれる人類とは異なる種族など、奥深い謎に満ちた世界だが、物語の中心にいるのは、思念によって大地と結びつき、物理的な変化を起こす力を持つ超能力者の存在。彼らの力は両義的で、地殻変動を鎮めるのに役立つが、暴走すればかえって世界の破滅の引き金になりかねず、畏怖と差別の対象だ。 象徴に満ちた魅力的な物語は、私たちの社会にも存在する理不尽な支配構造や偏見や混迷を見据えている、 |
No.64 | 5点 | 時間封鎖 ロバート・チャールズ・ウィルスン |
(2020/09/03 20:10登録) 21世紀のある夜、夜空からすべての星々と月が消える。昇ってきた太陽は、熱と光を供給するだけの偽物だった。どうやら地球は黒いシールドみたいなもので、すっぽり包まれているらしい。しかも時間の流れる速度は、外の宇宙の一億分の一にまで低下していた。 人類存続の道は、地球脱出しかない。移住先は火星。一億倍の時間差を利用して、壮大な環境改造計画をはじめる。設定だけだとガチガチのハードSFを想像しそうだが、語りは「ぼく」の一人称。幼なじみの女性との淡いロマンスも交え、意外なほど読みやすい。一部の謎は続巻に積み残されるため、ラストは不満が残る。 |
No.63 | 5点 | ライト M・ジョン・ハリスン |
(2020/08/10 19:01登録) 物語は一九九九年のロンドンから開幕する現代編と、四百年後の宇宙空間を舞台にした未来編から成る。現代編の主役は、量子コンピュータを研究する理論物理学者だが、悪夢を逃れるために行きずりの女を殺し続ける連続殺人鬼でもある。 未来編は、異星船を操る女海賊が活躍する宇宙活劇と、落ちぶれた元パイロットのサバイバルを描くサイバーパンク風の暗黒街ものとに分かれ、この三つのプロットが相互作用しつつクライマックスへと向かう。練達の語り口を堪能できる。 |
No.62 | 6点 | 2010年代SF傑作選2 アンソロジー(国内編集者) |
(2020/07/06 12:17登録) 正統派の小川哲「バック・イン・ザ・デイズ」、西島伝法「環刑錮」など幻想SFから、宇宙のどこでも相手が誰でも借金を取り立てる宇宙の金融屋を描いた宮内悠介「スペース金融道」や、チンギス・ハーンが高次元空間を疾走する野崎まど「第五の地平」、さらには生涯のほとんどをバーチャルリアリティーの中で過ごす少数民族についての柴田勝家「雲南省スー族におけるVR技術の使用例」など、手法もアイデアも多種多様。感動したり唸ったり笑ったりしながら、SFの懐の深さを堪能できる。 |
No.61 | 6点 | 2010年代SF傑作選1 アンソロジー(国内編集者) |
(2020/06/28 12:15登録) 仁木稔「ミーチャ・ベリャーフの子狐たち」は、遺伝子操作で作られた人工生命体と人間の間の交配/奉仕関係、さらには虐待といった問題を、社会的価値観はどのように変容するのかという視点を交えて描く。神林長平「鮮やかな賭け」は民話風のはじまりが次第に壮大な宇宙SFへ、そしてより遠大な存在のあり方と自由意志の探求へと展開していく。かと思えば田中啓文「怪獣惑星キンゴジ」は怪獣ランドで発生した人気怪獣殺害事件をめぐる悪乗りミステリと、バラエティー豊か。 |