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ミステリの祭典

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糸色女少さんの登録情報
平均点:6.41点 書評数:174件

プロフィール| 書評

No.74 7点 万博聖戦
牧野修
(2021/03/07 20:14登録)
昔は良かったわけではないと思う。「昔」には、歪んだり捏造されたりした記憶も含まれている。美化と忘却とで、過去は粉飾される。
でも今が暗いトンネルで、抜けた先にももっと暗い予感しかない時、人はつい「良かった昔」を繰り返そうとする。東京オリンピック、大阪万博...。
万博は、未来への夢と希望を込めた祭典だ。ついでに政治や経済や誇大広告も、ぎっしり。1970年の大阪万博を前に、一部のは、オトナが実は侵略者で、本来の人類であるコドモに憑依しては面白い事や楽しいことを奪ってオトナ化し、奴隷化していることに気付く。オトナ化されるコドモの心は色褪せて、世界はモノクロになってしまう。この作品では、コドモ軍は自分たちの武器でオトナと戦いが、圧倒的な権力と組織を持つ彼らに追い詰められる。
そして作中では2025年ではなく37年に、再び万博がやってくる。すでに直線的な時間に肉体を侵されて、大人となっているかつてのコドモは、再び立ち上がることが出来るのか。戦いの先に何があるのか。奇想と社会風刺と友情が、たっぷり詰まった一冊。


No.73 7点 バグダードのフランケンシュタイン
アフマド・サアダーウィー
(2021/02/28 20:15登録)
連日自爆テロが起き、死と暴力が日常化している05年のイラクが舞台。ある男が肉塊化した死体の破片を縫いつなぎ、1人分の死者を作るが、それが忽然と姿を消す。まもなく町では奇怪な連続殺人事件が起きる。犯人は例の死体だった。
元祖フランケンシュタインは名前がなく、怪物を作った科学者の名前で呼ばれたが、バグダッドの怪物は「名無しさん」のまま。それは彼を生んだのは一人の男ではなく、喪失感や憤怒で心がゆがんだ匿名の人々であることを示しているようにも思える。名を持たぬ怪物は、死者たちの気持ちや記憶にしたがって復讐に走るが、過酷で即物的な現実の中、彼自身もまた変化していくことになる。それは希望か絶望か。もしかしたらディストピアは、「現実」という名前を持っているのかもしれない。


No.72 5点 最終定理
アーサー・C・クラーク
(2021/02/18 19:25登録)
時は近未来。主人公はフェルマーの最終定理に没頭するスリランカの大学生。そのころ、宇宙の彼方では、神の如き知性を持つ異星人が地球文明を危険視し、下っ端種族を人類殲滅に派遣した。
主人公は数学オタクとあって、数にまつわる蘊蓄やパズルが随所に登場。明晰な頭脳でセレブの仲間入りを果たしたり、聡明で美しい女性を射止めたり、願望に忠実なのがほほえましい。クラークの旧作への目配せや楽屋落ちを散りばめつつ、黎明期の素朴なSFを21世紀の設定で明るく朗らかに語り直す。往年のファンなら楽しく読めるだろうが、むしろ今の中高生が初めて読むSFに最適かも。


No.71 6点 イリアム
ダン・シモンズ
(2021/01/24 20:49登録)
物語の主軸はオリュンポスの神々と伝説の英雄たちが入り乱れる、ホメロスの叙事詩「イリアス」そのままの絢爛豪華なトロイア戦争。二十世紀アメリカ生まれの中年大学教授が時を超えて戦場に赴き、間近から戦況をリポートする。これに数千年未来の地球にでほそぼそ暮らす人類の話と、木星圏から科学調査のために火星へ赴く半生物機械たちの珍道中とを加えた三つのストーリーが交互に語られる。
シェークスピア、プルースト、ナボコフなどなどの引用やディープな文学談義を縦横無尽に散りばめつつ、作者は常に読者サービスを怠らない。抱腹絶倒、緩急自在、融通無碍の語り口は、名人の落語を思わせるほど。


No.70 7点 星系出雲の兵站 遠征
林譲治
(2021/01/10 19:23登録)
この作品はタイトルのとおり兵站、つまり補給路や必要物資の確保、さらには後方の社会・経済にもかなりのページを割いている。
兵站を維持できなければ、局地戦には勝てても戦争に勝つことは出来ない。優秀だが地味な多くの者たちが兵器製造開発や補給・生産維持を通して前線を支え、勝敗を左右する。情報戦も重要だし、後方作業は時に行政府と軋轢を生むので、政治手腕も問われる。
もちろん見せ場も豊富だ。宇宙における天体的・物理的な諸条件を踏まえたリアルな戦闘シーンは圧巻の迫力で、英雄も登場する。兵站が危機にさらされ、作戦が崩れる時、犠牲とともに英雄が現れる。巻を重ねるにしたがって英雄が前に出てくるのは、後方社会の疲弊の現れでもある。
作品世界の人類は、4千年前に異星人からの侵略への備えを想定して宇宙に飛び出し、五つの星系に植民してそれぞれの文明を築いてきた。そしてついに正体不明の敵ガイナスと遭遇、交戦状態に入る。戦いながらも人類は、ガイナスの正体を探り、意思の疎通をも試みている。またある意味では古代文明の痕跡も発見された。かつて宇宙で何があったのか。積み上げられてきたさまざまな謎が、第5巻ですべて解き明かされる。もちろんガイナスの正体や人類の闇も。


No.69 4点 銀河核へ
ベッキー・チェンバーズ
(2020/12/14 20:32登録)
訳あり少女が事務員として民間宇宙船に採用され、銀河共同体から受注した大仕事に出発するが、その儲け話に裏が...。
毎回違うクルーにスポットがあたる1話完結のドラマみたいな作劇で、必然的にキャラは立っているものの、メインストーリーはいかにも弱い。
クラウドファンディングで集めた資金を執筆中の生活費に充てて完成にこぎつけ、個人出版したところ人気が出て商業出版したら大ヒットという背景も含めて今っぽいSF。


No.68 6点 さよなら、エンペラー
暖あやこ
(2020/11/25 19:38登録)
人工知能によって首都直下型巨大地震が予知されたことで大混乱が生じ、政府は首都の関西移転を断行する。天皇も「混乱なく国民を避難させる唯一の方法だ」と内奏され京都に遷る。だが不安を抱きながらも東京にとどまる人々もいた。そこに「東京帝国皇帝」を称する男が現れ、残留民の支持を集める。
カラスに親しみ、ナポレオンを崇拝する「皇帝」に興味を抱き、彼の「付き人」となった青年は、実は特別な存在だった。常に「ふさわしい」言動を求められ、そうあろうと努めながら成長し、自分には個性がないと思っていた青年は、積極性のある弟に自分の立場を譲りたいとも願っていた。
地震は起きるのか、国民はどうなるのか、天皇のお考えは、「皇帝」の正体とは。現実の皇室をめぐる逸話や噂も取り入れたユーモラスで破天荒な物語は、次第に神話的象徴性を帯びていく。


No.67 5点 タイムラインの殺人者
アナリー・ニューイッツ
(2020/11/18 21:11登録)
この世には迷いや後悔が満ちている。「あの時、別の選択をしていたら」という願望は、誰にでもあるでしょう。この作品で作中人物たちが変えたいと願うのは、世界のあり方。物語は1992年のアメリカ西海岸からはじまるが、2022年や1893年を行き来する。父権主義がが強く、女性の権利は制限された社会。だがそんな社会に疑問を抱く女性や、男女の枠組みを窮屈に感じる人々もおり、ひそかに(ハリエットの娘たち)を組織して歴史を改変しようと活動していた。
本書の世界には数億年前から、時間旅行ができるマシンがあり、人類はその構造や原理を解明できないままに使ってきた。(ハリエットの娘たち)のメンバーは、時間旅行のたびに小さな変化を起こし、その積み重ねで社会を大きく変えようとする。だが思うようにことは運ばず、それどころか予想外の事件も。
それにしても「正しさ」は難しい。暴力的な父権主義結社は分かりやすい敵役だが、立ち向かう主人公が、正しいと信じた行動の結果に悩む場面がある。やり直せない一度だけの人生や世界が、愛おしくも感じられる。


No.66 5点 夢幻諸島から
クリストファー・プリースト
(2020/11/01 21:02登録)
ドリーム・アーキペラゴという架空の島々を照会する観光ガイドブックの体裁をとりながら、いきなりパントマイム芸人殺害容疑者の供述が混じり、二転三転するその真相をめぐって迷宮ミステリ感覚が高まってゆく。とはいえ、明快な解答はなく、パズルを組み立てる作業は読者に委ねられている。


No.65 7点 第五の季節
N・K・ジェミシン
(2020/10/02 20:22登録)
数百年周期でやってくる急激な地殻変動で世界滅亡の危機をはらんだ物語。世界全域に及ぶ天変地異とそれに続く環境激変により人類文明は崩壊し、災害以前の歴史は伝説や神話としてしか残されない。
中空を飛ぶ旧文明の遺物や「石喰い」と呼ばれる人類とは異なる種族など、奥深い謎に満ちた世界だが、物語の中心にいるのは、思念によって大地と結びつき、物理的な変化を起こす力を持つ超能力者の存在。彼らの力は両義的で、地殻変動を鎮めるのに役立つが、暴走すればかえって世界の破滅の引き金になりかねず、畏怖と差別の対象だ。
象徴に満ちた魅力的な物語は、私たちの社会にも存在する理不尽な支配構造や偏見や混迷を見据えている、


No.64 5点 時間封鎖
ロバート・チャールズ・ウィルスン
(2020/09/03 20:10登録)
21世紀のある夜、夜空からすべての星々と月が消える。昇ってきた太陽は、熱と光を供給するだけの偽物だった。どうやら地球は黒いシールドみたいなもので、すっぽり包まれているらしい。しかも時間の流れる速度は、外の宇宙の一億分の一にまで低下していた。
人類存続の道は、地球脱出しかない。移住先は火星。一億倍の時間差を利用して、壮大な環境改造計画をはじめる。設定だけだとガチガチのハードSFを想像しそうだが、語りは「ぼく」の一人称。幼なじみの女性との淡いロマンスも交え、意外なほど読みやすい。一部の謎は続巻に積み残されるため、ラストは不満が残る。


No.63 5点 ライト
M・ジョン・ハリスン
(2020/08/10 19:01登録)
物語は一九九九年のロンドンから開幕する現代編と、四百年後の宇宙空間を舞台にした未来編から成る。現代編の主役は、量子コンピュータを研究する理論物理学者だが、悪夢を逃れるために行きずりの女を殺し続ける連続殺人鬼でもある。
未来編は、異星船を操る女海賊が活躍する宇宙活劇と、落ちぶれた元パイロットのサバイバルを描くサイバーパンク風の暗黒街ものとに分かれ、この三つのプロットが相互作用しつつクライマックスへと向かう。練達の語り口を堪能できる。


No.62 6点 2010年代SF傑作選2
アンソロジー(国内編集者)
(2020/07/06 12:17登録)
正統派の小川哲「バック・イン・ザ・デイズ」、西島伝法「環刑錮」など幻想SFから、宇宙のどこでも相手が誰でも借金を取り立てる宇宙の金融屋を描いた宮内悠介「スペース金融道」や、チンギス・ハーンが高次元空間を疾走する野崎まど「第五の地平」、さらには生涯のほとんどをバーチャルリアリティーの中で過ごす少数民族についての柴田勝家「雲南省スー族におけるVR技術の使用例」など、手法もアイデアも多種多様。感動したり唸ったり笑ったりしながら、SFの懐の深さを堪能できる。


No.61 6点 2010年代SF傑作選1
アンソロジー(国内編集者)
(2020/06/28 12:15登録)
仁木稔「ミーチャ・ベリャーフの子狐たち」は、遺伝子操作で作られた人工生命体と人間の間の交配/奉仕関係、さらには虐待といった問題を、社会的価値観はどのように変容するのかという視点を交えて描く。神林長平「鮮やかな賭け」は民話風のはじまりが次第に壮大な宇宙SFへ、そしてより遠大な存在のあり方と自由意志の探求へと展開していく。かと思えば田中啓文「怪獣惑星キンゴジ」は怪獣ランドで発生した人気怪獣殺害事件をめぐる悪乗りミステリと、バラエティー豊か。


No.60 5点 Self-Reference ENGINE
円城塔
(2020/06/08 20:10登録)
超高度なレベルに達した人工知性体が計算によって、てんでバラバラに過去を書き始めたデタラメな世界を背景に、十八の断章がゆるやかにつながる構成。高度に洗練された科学的、哲学的、文学的ジョーク集のような趣もあり「レムの論理とヴォネガットの筆致」といいう版元がつけたキャッチコピーは当たらずといえども遠からずか。


No.59 6点 ジャン=ジャックの自意識の場合
樺山三英
(2020/05/31 10:02登録)
ルソーの魂に乗り移られた(と信じる)日本人医師が「エミール」の理想を実現すべく建設した孤児院が小説の背景となり、捨て子たちの異様な物語が暗いエネルギーに満ちた濃密な文体で語られてゆく。
エリクソンやミルハウザーにも通じるスリップストリーム系の意欲作。


No.58 5点 旅に出る時ほほえみを
ナターリア・ソコローワ
(2020/05/20 20:01登録)
1965年に発表されたソビエトSFだが、社会制度に抑圧される個人の悲哀をナイーブな筆致で描いている。著名な科学技術者である<人間>は、合金製の地底探査機械<怪獣>を造ると、自ら乗り込んで地底を自在に旅するようになる。
当初、<人間>の偉業はたたえられたが、独裁者が彼の行動を危険視したため、社会的に葬られてしまう。そんな<人間>に寄り添うように<怪獣>は、悲し気に歌う。
匿名の<人間>が独裁体制下の個我剥奪を象徴するとしたら、<怪獣>の歌声は沈黙を強いられた魂の旋律だろうか。
前者の世界はダイナミックでスピーディーで混沌としているが、後者は重苦しい停滞の中にある。そしてどちらも、自分らしさによって行き難い社会に挑む人間の気高さを描いている。


No.57 7点 荒潮
陳楸帆
(2020/05/10 16:06登録)
舞台は、中国南東部のゴミ捨て場、通称「シリコン島」。土俗的な迷信や封建的因習が根深く残るこの地域には、世界中から産廃ゴミが寄せられ、グローバル資本主義の格差を象徴する場でもある。
主人公の米米は電子ゴミから資源を掘り出す最下層労働者だが、国際的大資本が登場したことですべてが変わり始める。彼女は環境整備に翻弄されながらも、新たな生き方を求めて跳躍し、自身の恋をも踏み越えて、自らモンスター化していく。しかも、この地域をめぐる再生計画や争奪戦には、世界のありようを変えてしまうような秘密の最先端技術も絡んでおり、リアルな細部の描写とパワフルな展開が圧巻。


No.56 7点 ハイペリオン
ダン・シモンズ
(2020/04/28 19:48登録)
登場人物のひとりが語る19世紀の詩人ジョン・キーツの叙情詩「ハイペリオン」がベースになった小説で、「カンタベリー物語」のように聖地に着くまでにそれぞれの巡礼者が参加の理由である秘密を語る。
個々の話は、ホラー、戦国記、ラブストーリー、ファンタジーと異なるジャンルだが、Time Tombsを守る不気味なShrikeが何らかの形で関わっている。謎を追う興奮もひときわだが、幾重にも積み重ねられた世界観に圧倒される壮大なSFである。


No.55 4点 魔女の目覚め
デボラ・ハークネス
(2020/04/15 19:18登録)
著者は魔法と科学を専門とする歴史学者だけあって、豊富な知識に基づいた物語の構成が面白く、魔法使いやバンパイアら超自然的な人類の「種の起源」と「進化論」というテーマも興味深い。ただロマンス小説でも正統派のファンタジーでもない中途半端なところがある。

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