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ミステリの祭典

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息吹

作家 テッド・チャン
出版日2019年12月
平均点7.67点
書評数3人

No.3 7点 糸色女少
(2022/04/23 22:58登録)
自分の未来が分かったとしたならどうするかという問いは、使い古された感さえもあるが、テッド・チャンの手に掛かれば、そこにはまだまだ美しい物語や時間と人間の関係についての新たな理解を見出し得ることが明らかにされる。
人間と人間、人間と他の生き物、この宇宙と他の宇宙での出来事と並べてみるとひどく異なるテーマのように思える。しかし他人の心の中も、他の生き物の思考も、他の宇宙の出来事も本質的には読者の想像の中でしか到達できないという意味では同じである。
想像し、考え続けることによって、他の存在より深く理解出来るようになること。進歩が常に良いものばかりではないことを踏まえたうえで、それでも今がより良く成り得ること。その可能性が存在することを、実例を提示することで示している。

No.2 8点 小原庄助
(2020/03/24 10:08登録)
現実離れした不思議な世界を舞台にしているのに、私たちが抱える問題にリアルに切り込む作品集。
表題作は、人間によく似た思考回路を持ち、たぶん容姿も似ているものの、人間とは決定的に異なる知的存在が登場する。もしかしたら、彼らが暮らす宇宙自体が、この宇宙とは異なっているのかもしれない。
彼らは、自分たちの生命の源は空気中のアルゴンだと考えており、人間より頻繁に空気のことを考えねばならない身体構造をしている。語り手は研究者として自分たちの意識や記憶の仕組みを科学的に分析していた。
断片的に明かされていくその奇妙な身体構造に思いを巡らすのは楽しい。だがその分析は、脳内の微細な機序の解明から、宇宙の構造理解へと至り、宇宙の「終わり」が近づいていると気付く。そんな未来を冷静に受け止め、彼が願うのは・・・。
また「オムファロス」は宇宙の始まりに神による想像があったことが証明された世界での、人間と宇宙、あるいは神との関係が問題にされる。全ての物語に、人間の自己中心性への理知的批判と、それでも手放すべきではない自由意志への信頼が、情感豊かに込められている。

No.1 8点 虫暮部
(2020/01/30 12:31登録)
 極端に寡作な兼業作家が、しかし評価も人気も上々、と言うポジションに就けるのは、作品が高水準なだけでなく、取替えの利かない個性あってのことであろう。
 「商人と錬金術師の門」は、まぁ面白いが、意図的に借り物のスタイルで書いているせいもあって“個性”と言う感じはしない。
 それを除けば、どれもかなり高水準かつ個性的。「息吹」など、まさにセンス・オヴ・ワンダー、笑いも感動も許容する無二の世界だ。
 ただ、「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」は――訳文の巧みさも相俟ってディジエント達の愛らしさがたまらない。考えさせられつつも胸が温かくなる傑作――なのだが、既視感がある。具体的に何に似ていると言うわけでも、この作品に限った話だと言うわけでもないけれど、AIやITを題材にしたSFは“その時期の最先端を見て、更にその先を想像する”と言う点で早い者勝ち競争みたいになっていないだろうか? 「偽りのない事実、偽りのない気持ち」にもそのケがある。タイム・ラグが生じ易い寡作の短編作家は不利。

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