糸色女少さんの登録情報 | |
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平均点:6.39点 | 書評数:188件 |
No.188 | 6点 | 人類の知らない言葉 エディ・ロブソン |
(2025/06/25 21:47登録) 舞台は近未来のニューヨーク。人類は音声の代わりにテレパシーで意思を伝える異星文明ロジアと友好関係を築いていた。ロジ人との通訳を務める人間は思念通訳士と呼ばれているが、両者のコミュニケーションには一つ問題があり、ロジ人のテレパシーを聞いていると人間は酩酊のような状態に陥ってしまうのだ。ロジ人の文化担当官フィッツの専属思念通訳士だったリディアは、ある時、通訳の副作用により酩酊して記憶を失い、その間にフィッツは何者かに殺害されてしまう。 殴られたり泥酔したりといった理由で主人公が記憶を失っている隙に起きた殺人事件の重要容疑者にされてしまう設定のミステリは存在するが、異星人との会話の副作用が原因というのは前例がないと思われる。 陰謀論やデマといった現代的なテーマを扱いつつ、主人公のキャラクター設定によってかなり軽妙な味わいなのが特色といえる。 |
No.187 | 6点 | 夜の都 山吹静吽 |
(2025/06/25 21:39登録) 一九二〇年代、東洋の島国を舞台にした魔法少女ダークファンタジー。 学者の父に連れられてきた少女ライラは、ホテルの裏山に祀られていた禁忌の井戸を覗き込んだのをきっかけに奇妙な夢を見るようになる。 郷愁を誘う幻想譚と異能バトルという組み合わせで、ライフが彷徨う宵闇の街や魔術を学ぶ異界の景色は妖美。「竹取物語」を筆頭にファンタジーの源流といえる古典をアップデートし、巧みに作品世界へと取り込んでいる。ラストのカタストロフィは残酷で濃厚。 |
No.186 | 6点 | 歌麿さま参る 光瀬龍 |
(2025/05/19 22:58登録) 関ヶ原の戦から江戸時代を舞台にした6編が収録されている。 「関ケ原始末」、「三浦縦横斎異聞」は、時代小説らしい叙述を徹底しているがゆえに、そこに侵入する異物が強い印象を残す。 残る4編は、タイムパトロールもの。一九七〇年代の古美術店に持ち込まれる名刀や写楽の絵の出所を追って、光瀬作品でお馴染みの笙子・かもめ・元が江戸に赴く表題作をはじめ、ある種の定型に則った作品群である。その中では定型を離れ、江戸に暮らす時間局員の心情を描きつつ、皮肉な結末へと着地する「紺屋町御用聞異聞」の悲哀と意外性が忘れ難い。 当時の人々の暮らしを丁寧に描く文章に、時代小説というジャンルに対する作者の強い思い入れが窺える。 |
No.185 | 6点 | 赤い涙 東野司 |
(2025/05/19 22:49登録) サイバーパンクを基調とした五つの短編が収録されている。 先端テクノロジーから着想を得て、シンプルかつエモーショナルなストーリーを描き出しているという点では、SFプロトタイピングの先駆的な作品であると言える。 脳や身体の拡張、身体能力を強化した動物同士を戦わせるブラッド・スポーツ、人工的に生成された愛玩物としての幼児との生活、メンタルサポートロボットの暴走、そうした内容がコミカルに描かれるが、視点は常にアイロニカルであり、ある種のサイバーパンクがもつ享楽主義とは線が引かれている。 テクノロジーの楽しさと危うさが同居しており、いずれの作品にも自然物としての生物に本来備わっている、身体や本能への「信」が貫かれている。 |
No.184 | 6点 | ある生き物の記録 小松左京 |
(2025/04/28 21:26登録) 今となっては古びてしまっている作品もあるものの、政府主義の都市建設とそれに愚痴をこぼす老人を描く「新都市建設」、宇宙船内に出現する動物の由来を探る「回向」など、都市・自動車・テレビ・宇宙開発といった高度経済成長期の象徴を描いているように見せかけつつ、民話や旧習の要素を取り入れてSF的にひっくり返してみせる職人芸が光る作品もある。 現代文明の様々な側面に茶々を入れつつも、人類の発展というものをどこか無邪気に信じている。そんな気配を感じ取ってしまうのは、日本社会とSFの双方に若さが溢れていた頃の作品だからだろう。 |
No.183 | 6点 | インヴェンション・オブ・サウンド チャック・パラニューク |
(2025/04/28 21:18登録) 心に歪みを抱えた者たちが、極端な事態に遭遇し、あるいは自ら引き起こし、さらに深みへと沈んでいく。破壊と暴力への衝動が物語を支配している。 抑えた筆致で凄惨な事態を描き出している。妄執に憑かれた者たちの輪郭は徐々に曖昧になって、時には妄想と現実の境も曖昧になってしまう。物語の中に仕掛けられたカタストロフィそのものよりも、そこに至る過程こそが重い意味を持つ。 最悪といっていいラストに着地しながらも、最後の一文は妙に明るく、読後に不思議な爽快感が残る。 |
No.182 | 6点 | ラヴクラフト・カントリー マット・ラフ |
(2025/04/10 21:27登録) 黒人差別が色濃く残る一九五〇年代を舞台に、黒人の登場人物らが次々と差別と魔術的騒動に直面する様を描きだしていくホラー・幻想小説。 黒人差別の歴史、その実態を取り上げていくのは本書の中心テーマの一つだが、ランダムに遠い星へと至るドアについての章も、魔術的な秘話結社らの壮大な計画を扱った章も、黒人と白人の入れ替わりをテーマにした章もありと、様々なテイストで楽しませてくれる。 |
No.181 | 6点 | 巡航船<ヴェネチアの剣>奪還! スザンヌ・パーマー |
(2025/04/10 21:21登録) 主人公ファーガス・ファーガソンは奪われた巡航船を奪還する仕事についているが、その道中で地衣類の農場主でマザーと呼ばれる女に命を救われ、なし崩し的に一帯を支配し違法な取引を行う男・ギルガーと敵対することになる。弱者の側に立ち、悪と対峙する主人公、超高速航法で繋がった宇宙など構成要素自体はストレートなスペースオペラだが、それだけではない。 連結した12個のホイールと静止スペースコロニーで構成された「ホイール集合体」と呼ばれる舞台、表紙の寺田克也イラストで描かれるエグゾースツの存在など、設定・描写が緻密で、スペース・オペラの新しい読み心地も堪能させてくれる。 |
No.180 | 6点 | 文明交錯 ローラン・ビネ |
(2025/03/18 21:09登録) アタワルパ率いるインカ帝国が史実と逆にスペインを征服していたら、という驚天動地の改変歴史小説。 十世紀辺りから種を蒔き、コロンブスの日誌のパスティーシュをはさんで、「アタワルパ年代記」が語られ、後日譚的な「セルバンテスの冒険」で締めくくる。兄ワスカルに敗れて逃げ続ける堕ちゆく皇帝がいかにして海を渡りイベリア半島に辿り着き、わずか二百人足らずの軍勢でスペインを征服しキリスト教世界に覇を唱えたのか。その秘密は銃と馬と病原菌。 あり得ない史実を見てきたように語る名調子が素晴らしい。アタワルパを支える将軍たちやヒゲナモタ王女など、脇役陣のキャラも立っている。 |
No.179 | 7点 | ループ・オブ・ザ・コード 荻堂顕 |
(2025/02/28 21:12登録) クーデターの際に特定の民族を狙い撃ちする生物兵器が使用され、歴史も文化も抹消された国家、現在はイグノラビムスという名で呼ばれるその国で、児童二百名以上が謎の病を発症した。世界的疫病を経て、WHOが再編された組織・世界生存機構(WHE)に属する調査員アルフォンソは、感染者からの聞き取りを開始する。しかしその最中、生物兵器の開発者が拉致されるという事件が発生、そちらにも関わることになる。 調査の過程で、抹消・漂白されたはずの土地の奥底に淀んでいた澱が浮上。さらに中盤以降には、登場人物たちが抱える複雑な背景がこの国や病の設定と絡み合い、反出生主義・優先思想の問題にも踏み込んで行くことになる。歴史や民族、家族や親子の連なりが作るコード、それが描き出すループは、祝福か呪縛か、正解か不正解か。容易に答えの出ない問いに斬り込む近未来SFサスペンス。 |
No.178 | 6点 | 獣たちの海 上田早夕里 |
(2025/02/04 21:50登録) 大規模な海面上昇のため陸地の大部分が水没した地球が舞台の四編からなる中短編集。 いずれも主人公たちがそれぞれの生き方、死に方を選びとっていく物語。大きな破滅へと向かう世界の中では、ひとつひとつは小さな決断かもしれない。しかし、それは決して無駄ではない。異質な存在や価値観を認めて、交流や対話を繰り返し、葛藤しながら自らの進むべき道を選びとる。小さな物語の積み重ねの先に大きな希望は生まれるのではないか。改めてそんなことを感じさせてくれる作品集。 |
No.177 | 8点 | 宇宙消失 グレッグ・イーガン |
(2025/01/18 21:32登録) 二〇三四年、夜空から星が消失した。太陽系を包み込むサイズの暗黒球体バブルが突如出現し、星々の光を遮断したのだった。バブルについて様々な憶測が乱れ飛ぶが真実は闇の中で、三十三年の歳月が過ぎた。ある日、探偵業を営むニックは、ローラの捜索依頼を受ける。ローラは先天性の脳損傷患者であり、自発的に行動できない。誘拐だとしても何重にもセキュリティーチェックされた病院の個室から姿を消せるはずもない。 密室からの消失を扱うローラの謎と、夜空から星々を消し去るバブルなる存在の謎が思いも寄らぬ形で一点に収束する。これぞSFミステリでしか生まれ得ない、論理のアクロバットであろう。本作はアイデンティティの問題を扱った作品でもある。現代ミステリにおける「信頼できない語り手」の問題についてスマートに描き出しているのだ。それは同時に、探偵は常に真相を究明することが可能か、という問いに対する回答にもなっている。 |
No.176 | 5点 | 未踏の蒼穹 ジェイムズ・P・ホーガン |
(2024/12/25 23:12登録) 地球人類が最終戦争によって滅んだ後、金星人が月や地球を訪れ、地球人類とはどのような性質、文化、歴史を持った人々だったのかを解き明かしていく。 人類が高度な科学を有しながらも破滅に至ってしまったのはなぜなのか。また、本来生物が生きられる環境ではない金星で、金星人が生まれた理由など、壮大な謎が続々と提示され、地球探査が進むごとに世界の真の姿が明らかになる。 その構造自体にはワクワクさせられるものの、作者が晩年に傾倒していた類似科学に基づく宇宙論や説教臭い面にはいまいち乗り切れない。 |
No.175 | 6点 | バイオスフィア不動産 周藤蓮 |
(2024/12/03 21:42登録) 内部で資源とエネルギーの全てが完結し、なお且つ住民が望むあらゆるものを生成できる設備も備えた「バイオスフィアⅢ型建築」の普及により、人類はみな自発的引きこもりとなった。そんな状況下でも、ごくごくわずかながら働いている人たちがいる。それは誰か。バイオスフィアを管理する不動産会社の新米クレーム処理係、ユキオとアレイだ。景観問題、異臭騒ぎ、隣人トラブルなど。発想は奇想天外だが、ミステリとしてのファインプレー精神が貫かれた全5話。 |
No.174 | 5点 | 花と機械とゲシタルト 山野浩一 |
(2024/11/12 21:26登録) 「我」と呼ばれる仮想存在のゲシュタルトに自我を預けた患者たちが運営する反精神病院では、従来の支配型病院とは違う穏やかな暮らしが営まれていた。しかし、「我」の幻覚は次第に巨大化し、現実を侵食し始める。 精神病理学の知見を生かし、作者の考える内宇宙という思考世界を丹念に描き出す。冬の深まりとともに幻覚と現実が乖離してゆく終末の景色が印象的。 |
No.173 | 6点 | 第二開国 藤井太洋 |
(2024/10/27 21:35登録) 奄美大島の地元スーパーの話が一気に世界的課題の解決へと繋がる気宇壮大な夢物語。その一方で、今にも叶えられそうな説得力を備えている。 鍵となるのは一隻の外洋クルーズ船。二つの船体を繋いだ双胴船で総トン数、五十万二千。陸上で言えば地上十七階、地下二階のビルに相当する。こんなに大きな船なのに、乗客数は過去最大のクルーズ船より少なく、船室が雰囲気も旅客向けとは異なる。大きな謎を巡って、島にUターンした昇雄太をはじめとする同窓生男女が交錯する。インターネット世代の紡ぐチャレンジングな夢を、経済的、技術的知識を存分に駆使して描きだした郷土SF. |
No.172 | 7点 | 王の眠る丘 牧野修 |
(2024/10/04 22:14登録) 東洋風の異世界を舞台に繰り広げられる少年の成長と復讐の物語。 戌児の暮らす町は、黄武神皇の警司長・襤褄の率いる軍隊によって焼き払われた。復讐のためには、厳重に守られた黄武神皇の都・天武に入らねばならない。そのためには、馬奴という獣を駆って大陸を横断する超長距離レース、大耐久馬奴走に参加し、ゴールまで完走しなくてはならない。 命懸けのレースに挑んで、復讐を成し遂げるという単純にして強靭なストーリー。それを支えるのは、主人公・戌児だけでなく、仲間や競争相手といった人物描写の密度、さらにはレースの過程で繰り広げられる死闘の荒々しい描写がある。そうした要素に支えられて疾走する物語のゴールもまた鮮烈で熱気に満ちている。 |
No.171 | 8点 | 蒼いくちづけ 神林長平 |
(2024/10/04 22:03登録) 月の都市で、テレパスの少女ルシアが裏切られて死んだ。彼女の抱いた激しい憎悪、地球にも届くほどの強い残留思念が、やがて周囲に災いをもたらす。テレパスの関わる事件を扱う無限心理警察の刑事OZは月へと向かう。彼女の魂を救うために。 テレパス同士のコミュニケーションについて語りつつ、そこから現実認識の変容という作者らしいテーマに踏み込まない。あくまでも事件の解決を中心に据えた、ストレートなSFミステリである。 怨霊を鎮めるようなホラーめいた物語を、SFの枠組みで描いてみせる。刑事の心情を綴る文体にも、クライマックスのOZの所作にも、ロマンティシズムが溢れ出る。短い中に、緊張と悲哀を込めた作品だ。優しさの滲む結末も忘れ難い。 |
No.170 | 5点 | 殲滅特区の静寂 警察庁怪獣捜査官 大倉崇裕 |
(2024/09/14 21:48登録) 一九五四年以来たびたび怪獣に襲われ、怪獣対策先進国となっている日本が舞台。怪獣省の予報官を話の中心に据えつつ、怪獣出現に伴う騒動の中で起きる事件を描く。 謎解きはもちろん、怪獣省と警視庁という二つの組織の力関係に警察小説的要素が仕込まれているのも面白い。怪獣の特徴を利用した撃退法や死体の処理といった、怪獣もの定番の読みどころも充実。特撮ネタもあちこちに仕込まれている。 |
No.169 | 5点 | 疫神記 チャック・ウェンディグ |
(2024/09/14 21:40登録) 舞台は現代で、巨大な彗星が地球を横切った翌朝、アメリカの各地で不可解な行動に出る人々が現れ始める。彼らは突如夢遊病のように歩きだし、話しかけても反応を返さない。夢遊者と呼ばれるようになった彼らは次第に数を増していくが、なぜそんな状態になってしまったのか。 感染症か、化学物質の汚染が関係しているのか。そうした数々の疑問を解き明かす米政府の対策チームの物語とともに、夢遊者となってしまった家族とともに歩き続ける父娘、この事態を予見していた未来予測AIの「ブラックスワン」の活躍など、多様な視点からこの事象を描き出していく。上巻の中盤まではテンポが悪いのだが、上巻の終盤からは怒涛の伏線回収が行われノンストップ。 |