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ミステリの祭典

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マルドゥック・スクランブル
マルドゥック・シリーズ

作家 冲方丁
出版日2003年05月
平均点8.00点
書評数2人

No.2 8点 糸色女少
(2021/08/06 23:39登録)
ルビや言葉遊びを多用し、ひとつの文章の中に重層的にイメージを重ねた独特の文体。描かれるのは、スピード感のある圧倒的な戦闘描写と、SFという手法だからこそ描けた、緊迫感あふれるカジノシーン。全編にほとばしる熱情の奔流は、魂を揺さぶられることでしょう。

No.1 8点
(2020/08/17 08:49登録)
 "天国への階段(マルドゥック)"と呼ばれる螺旋階段をモニュメントに掲げ、無限の上昇志向をもって昇る者に祝福を与える近未来都市、マルドゥック市(シティ)。ある夜少女娼婦ルーン=バロットは、パトロンを務めるギャンブラー、シェル・セプティノスの手でエア・カー内に閉じ込められ、生きながら火葬されてしまう。シェルはA10(エー・テン)記憶抹消手術の後遺症から、定期的に少女たちを手に掛けずにはおれないシリアルキラーだったのだ。バロットは焼却寸前、辛くも事件を追っていた委任事件担当捜査官チーム、ウフコック・ペンティーノとドクター・イースターに救助されるが、その代償に全身の皮膚と声帯を失ってしまう。彼女は人命保護を目的とした緊急法令「マルドゥック・スクランブル-09(オー・ナイン)」の施行により、法的に禁じられた科学技術の提供を受けて蘇生するのだった。
 殺人未遂事件そのものの不成立を目論むシェルは、生命保全プログラム自体の抹消を狙いウフコックのかつての相棒、ディムズデイル・ボイルドをバロット抹殺に差し向ける。ボイルドの尖兵として彼女を襲うアンダーグラウンドの元軍属集団、バンダースナッチ・カンパニー。だが金属繊維による人工皮膚の全身移植を施され、空間把握に驚くべき適正を見せるバロットは刺客たちを手もなく屠り、逆に力に溺れて万能兵器(ユニバーサル・アイテム)たるウフコックを乱用し始める。バロットの干渉を拒絶するウフコック。そしてパートナーを失い恐怖に怯える彼女の前に、遂に〈生きた虚無〉ボイルドが現れた・・・
 ウフコックの必死の活躍により再度救助され、全ての根源である隔離された研究施設《楽園》で目覚めるバロット。彼女は己の過ちを償う為、また再びウフコックとの絆を結び直す為あえてリスクを犯し、無条件に世界中のコンピューターと繋がる通信基幹、《楽園》の情報プールにダイブする。プログラムを追って電子情報の海で掴んだシェルの脳内記憶には、記録媒体に転写された記憶それ自体が分割され、彼が代表取締役として君臨するカジノ『エッグノック・ブルー』の所持する四つの百万ドルチップに保管されているとあった。
 バロットはウフコックを携え、ドクターと共に一路カジノへと向かう。生存を選択し、今度こそ100%の答えを出すために――
 2003年度第24回SF大賞受賞作。1996年、著者のデビュー当時からコツコツ書き続けられていた作品で、2003年5月~7月にかけてスティーヴン・キング『グリーンマイル』同様、毎月一冊書き下ろしという破格の形式でハヤカワ文庫JAより刊行されました。その後も改訂新版・完全版と数度に渡って手直しされています。今回は改訂新版一冊本で読了。
 〈サイパーバンクを強く意識した作品〉だそうですが、そこらへんは詳しくないのでよくわかりません。バロットの駆使する"電子撹拌(スナーク)"、ボイルドが体内に埋め込まれた装置を発展させて用いる"重力操作(フロート)"。過去と現在に於て、人語を解する金色のネズミ型万能兵器=ウフコックの遣い手となった、彼ら二人の山田風太郎的電脳アクションが軸となり物語は展開していきます。
 これだけなら多少捻ったとはいえよくある話なんですが、本書をオンリーワンの存在にしているのは何といっても中核を成す〈カジノ篇〉。二部中盤から三部後半にかけてギャンブル一辺倒。三巻本の2/5、しかもクライマックス部分を追いやり全体のバランスを崩さんばかりの勢いで、ホテルにカンヅメ状態の著者冲方が何度も執筆中に嘔吐したという、緊迫感に満ちたディールが繰り広げられます。
 人為的に超常の力を得たバロットの前にボイルド以上の壁となって立ち塞がるのは、熟練のショーギャンブラーとはいえ〈ただの人間〉たち。いや熱いね! 読み合いと心理戦、シェルの記憶チップを掴む為のみならずこれまでの人生全てを賭けた〈選択〉を行い、劇的な成長を遂げるルーン=バロット。ルーレットと最終勝負のブラックジャックで彼女に相対するのは、凛然たる名スピナー、ベル・ウイング。そしてカジノ『エッグノック・ブルー』が誇る最強無比のディーラー、アシュレイ・ハーヴェスト。

 バロットの九度目の勝ちだった。掛け金はポットから溢れんばかりになっている。だが、まだだった。100%の答えではないのだ。この男に匹敵するだけの、自分だけの100%の答えを出さねば、最後の瞬間も勝っているとは到底思えなかった。
 (中略)一瞬のバランスの喪失が、止まらぬ転落を招くのはわかっていた。"天国への階段(マルドゥック)"は、転落するとき以上に、昇るときこそ人に恐ろしい苦難を与えることをバロットはこのとき初めて思い知った。

 「俺は今、勇気を見た。謙虚を見た。俺の目の前で誰かが完全に勝つのを初めて見た」

 ラストのボイルド戦もいいんだけど、一対一でのギャンブルが〈精神の血〉を流す魂の削り合いであると教えてくれる、カジノ篇の凄みには敵わないなあ。連載中の『マルドゥック・アノニマス』は、果たしてこれを越えられるんだろうか。プレイヤー系作品では内外通じてトップクラスの仕上がりで、キリ番採点は8.5点。

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