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ミステリの祭典

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人並由真さんの登録情報
平均点:6.35点 書評数:2257件

プロフィール| 書評

No.1377 4点 伊豆・石廊崎殺人岬
山口香
(2021/12/29 06:28登録)
(ネタバレなし)
 新宿の歌舞伎町に事務所を構える30歳の甲斐正樹は、転職を繰り返した末に私立探偵になった男。酒と女が好きな怠け者で女房にも逃げられて独身だが、今は大学院生のお嬢様でしかも美人の朝日奈真理子(マリー)が助手兼恋人として脇にいる。そんな甲斐のもとに24歳のデパートガール・北村聡美が、旅行に出たまま帰宅しない同年齢の幼馴染で同僚の野村芳江の行方を捜してほしいと依頼に来た。そしてその頃、石廊崎の海岸では、身元不明の30代半ばの美女が何者かに殺された死体として発見されていた。

 作者、山口香は、Wikipediaの当人の記事項目によると1946年生まれ(もちろんいま話題の女性柔道家とは、別人である)。
 wikiの同記事にリストアップされているだけで115冊もの著作があるが、ほんとんどがエロ小説。ただし一部、アリバイ崩しのトラベルミステリも執筆しており、しかもシリーズ探偵ものらしいというので、ちょっと興味が湧いて一冊読んでみた。

 ちなみに本作なんかもタイトルだけ見るとあくまでフツーの旅情ものミステリっぽいのに、Amazonではこの作者のそういったミステリっぽい諸作も、ほとんどがアダルト小説分類されている(本作は現状で例外だが)。
 これは作者の名前、即、そっちのジャンルに区分けされてしまうのか? とも思ったが、実際に実作(本書)を読んでみると、やはり味付け程度にはエロ描写も盛り込んであった(事件関係者の一部が、ある種のヘンタイである。ちなみに主人公コンビはすでに体の関係があるが意外にポルノ描写は控えめ。いちゃラブセックスの濡れ場は最後の方まで出てこないのが、仲々おくゆかしい)。

 他の作家の作品でいうなら、評者が少し前に読んで本サイトにレビューも書いた水野泰治の『武蔵野殺人√4の密室』みたいな感じ。ただし向こうは過剰なアダルト描写があっても、それ以上に謎解きミステリ&ある種の技巧派ミステリとしてしっかりしていたが、こっちの山口作品は、ミステリとしてはほとんど何もない(……)。

 石廊崎で起きた美女殺人事件を静岡警察が主体になって足で追いかけ、一方で甲斐&マリー側が失踪人探しの聞き込み周りをして回る。やがてその二つの流れが本当に順当に交わるだけ。読み手の前にまったく謎は提示されないし、当然、推理する余地のかけらもないよ。
(行方を絶った女性・野村芳江の件は、とりあえず終盤まで引っ張られるが、これは特に不可思議な謎の興味として語られるものでもなんでもない。)
 トラベルミステリとしても、旅行ガイドからそのまま引き写したようなウンチクを、近代文学専攻のヒロインのマリーがくっちゃべり、甲斐の方がふんふん聞くだけであり、これはある意味スゴイ。

 一作読んだだけでモノを言うのはなんだけど、多作で書き飛ばしているせいか、文章も雑で、序盤で登場人物が死体を見つけて「あっ!? 女が死んでいる!?」と素で叫ぶのからして、リアリティがない。もし俺やあなたが実際のそういう状況になったら、そんな物言いすると思うか?(笑)
 さらに依頼人の聡美が「鈴木由美」という同じデパートの女性を情報提供者として甲斐たちに紹介するが、その登場直後「由美子」と地の文で書かれたりする(う~ん)。ほかに句読点の脱字もあったし、担当の編集も手抜きか。
 
 ただまあ、「好色探偵」「美人助手」と、地の文でそれぞれの本名を差し置いて妙な? 肩書の方で主格を叙述される主人公コンビは、ちょっとだけヘンな愛嬌もある。
 大体、甲斐がまったく探偵の職務として役立たず、まだ真理子の方が調査役として有能というのは、狙った設定だろうけど、ほんのちょっぴりユカイに思えないでもない。
 
 作者の力量というか、ミステリ創作の姿勢はなんとなくわかったので、もうよほどのことがない限り、他の作品は読まないだろうと思う。
 けれど、どっかのゲテモノ食いミステリマニアのウワサとかで「いや、山口香のミステリ作品でも、アレはちょっといいよ」とかなんとか聞こえてきたら、また性懲りもなく手を伸ばしてみたくなったりしちゃうかもしれない(汗・笑)。今のところの気分は、そんな感じで。

 万が一、また次のこの人の作品を読むときは、今度は5点くらいはつけられればいいなあ、と。


No.1376 6点 レヴィンソン&リンク劇場 皮肉な終幕
リチャード・レビンソン&ウィリアム・リンク
(2021/12/28 04:20登録)
(ネタバレなし)
 『刑事コロンボ』『ジェシカおばさんの事件簿』などの原作(文芸&キャラクター設定の製作)で知られるリンク&レヴィンソン、コンビが1954~1962年に各雑誌(ミステリ専門誌&一般誌)に発表した初期短編(ショートショートに近いものもある)10本を日本オリジナルでまとめて編集した、個人短編集。
 
 評者は大昔、古本屋で日本語版「ヒッチコックマガジン」を買いあさっていると、時たまこのコンビの短編が載っている号に遭遇。その時点ですでに「コロンボ」日本語版の本放送をNHKの放映枠で楽しんでいたので「あれ?」と思い、かの番組のメインライターコンビは小説家としても活動していたのか、と軽く驚いた経験がある。

 そういった60年代の「日本語版AHMM」に掲載された諸作(つまり今回、この本に収録されたものといくつかカブる)の作風は記憶するかぎり、日本語版ヒッチコックマガジンの主力作家だったヘンリー・スレッサーの傾向に近いものだったと思う。
(つまり、のちの「コロンボ」に通じるような、倒叙形式の(広義の)パズラーの原型的なものとは大きく異なる。)

 実際、本書の冒頭の短編、悪妻に悩まされる初老の郵便配達員を主人公にした『口笛吹いて働こう』からして、モロ、そんなスレッサー調の一編。
 作者名を隠されて読み終えたのち「これ、スレッサー(またはO・H・レスリーほか)の作品だよ」と言われたら、絶対にダマされてしまうだろう。つまりはそんなティストだ。

 そして残る9本の中には、そんなスレッサー風の、いわゆる鋭い気の利いたオチ、風の短編がやはりいくつかあるが、同時にさすがに何本も書いているうちに違うこともしたくなってきたのか、あるいは雑誌の編集部の注文に合わせたのか、作品の幅も広がっていく。
 結構、ストレートな(中略)ストーリーがあるのにはちょっとビックリした。
 広義のミステリの大枠から外れるものではないが、やや人間ドラマっぽい作りのものもあったりする。
 「コロンボ」ファンに興味深いのは、解説で小山正が書いているとおり、8本目の『愛しい死体』で、これがネタ的に『殺人処方箋』の原型的な短編。どこがどうオリジンなのかは、ドラマを観ている人なら読めばすぐわかると思う(こう書いても、オチやラストのネタバレにはなってないと思うが)。

 病院の待合室で時間をつぶさなければならない状況だったので、自宅から持参して、行き帰りのバスや電車の車中もふくめて、数時間でサクサク読み終えた。
 期待通りに楽しい一冊であったが、一本、邦題でネタバレしかかっているようなものがあるのは、ちょっと……かもしれない(もちろん、該当の作品がどの短編かはここでは言わないが)。
 まだこの路線の短編集が日本オリジナルで作れるのなら、もう1~2冊出してほしい。


No.1375 7点 シンポ教授の生活とミステリー
評論・エッセイ
(2021/12/23 15:20登録)
(ネタバレなし)
 ひと月ほどかけて寝床の中でチビチビ読み進めた一冊。
 おなじみ「シンポ教授」こと、ミステリ評論家&研究家の新保博久氏が、これまでに各社の雑誌や、日本推理作家協会、マルタの鷹協会そのほかのミステリ界の会報などに書いた文章(主にエッセイ)をまとめたもの。

 引っ越しを決めた近況を語る2018年の短文をマクラに、かつてカルチャースクールで講義をした体験談とそのレクチャー内容を述懐したエッセイ(1990年代の「野性時代」に連載)から開幕。ここでさすがの知識量と、独特の私見を提示してまず読み手を圧倒させる。
 そのあとのパートで少年時代からのミステリファンとしての軌跡を回顧。ジュブナイルにリライトされた名作などとの邂逅を語るあたりも面白い。あかね書房版の『黒いカーテン』の少年少女向きのアレンジなんか、初めて意識した。 

 ただしネタバレに関して「ミステリは犯人やトリックがわかっても面白いものが良い作品だという人がいる。それはもっともだが、しかしそれは他人に押し付けることを前提にネタバレを首肯する材料にはならない(主旨)」と実にもっともな事をおっしゃりながら、前述の講義の項目でリチャード・マシスンのショートショート&サプライズストーリー『箱の中にあったのは?』のオチを自分からバラしているのは、いかがなものか? ここは今回、本にする際にぼかすか、または真相の紹介を注意書き付きで別ページにするなどの改訂を、行ってほしかった。

 以降も全般的に楽しい内容で、評者の場合、ミステリそのものの知見が特に大きく変わることはなかったが、ガードナーやスタウトなどの諸作を「軽パズラー」という呼称でまとめようとする意欲など微笑ましい(それでもまだ字義的に、その呼称でどうなんだろう? と思う面も、個人的にはあるが)。
 さらにミステリ界での関係者諸氏(亡くなられた方々への思い出話だけでワンコーナー設けられている)の話題や、自分が手掛けてきたアンソロジーや、研究&評論仕事のメイキング開陳など、それぞれ興味深い。
(ただ、この方の場合、語られた情報はこれでも氷山の一角であろう。)

 一方でやや不満としては、Amazonでも同様のレビューが寄せられているが、あくまで基本はこれまでに書きまくったエッセイをまとめた内容のため、別の場で再使用した話題、具体的には自分のミステリファンとしての経緯についての述懐などが重複していること。
 もともとは編集側の依頼で、以前のものと似たような内容の文章を自覚的に書いたのかもしれないし、著者にしても雑文をまとめるそうない機会なので、迷った末に今回の本にあえて入れた可能性もあるので、単純に責めるのはよろしくないという考えもある。
 ただまあ、持ちネタはきっと膨大な方なのだろうから、似たような話題を読ませるなら、もっとほかのハナシを……という読者のストレートな欲求もよくわかるネ。

 巻末に、文中に登場する作家や関係者、ミステリなどの書名の子細な一覧がついているのはさすが、である。
 
 最後に、先ほどこの本の中で、名作ミステリのジュブナイルリライトについての体験的な話題も豊富という意味合いのことを書いたが、実際に本書を離れてもシンポ教授はスゴイ人で、先日、SRの会関連のweb上の場で、フレドリック・ブラウンのエド・ハンターものの最後の邦訳作品『アンブローズ蒐集家』は、実は梶龍雄が雑誌付録の児童向きミステリの形ですでに1960年代に翻訳(もちろん完訳ではなくダイジェスト訳だろうが)していた、と指摘されて仰天した。実はこの情報関連のデータベースそのものは以前からネットにあったようだが、その付録本の実物を見ている&読んでいるか、この書誌的な事実を知らなければ、こんなことサラッと言えないだろう。さすが「重箱の隅の老人」である。改めて舌を巻いた。

 ちなみに(まだ続くんかい)、亡くなった小鷹信光は、他人のマチガイを見つけるのも自分のミスを指摘され、是正されるのが大好きだったそうで、その「重箱の隅の老人」を自任するシンポ教授は、とてもシンパシーを感じていた(いる)。
 評者も基本的に同じ考えなので、非常に得心がいく(今でいう「ネット警察」的なこウルさも生じるので、その辺は自戒したい面もあるが)。
 実際、小鷹信光の著作などは、あれだけ膨大な仕事をされたゆえのほんのわずかな綻びで、後になって見ると時たまアレ? という記述が目につくこともあるが、ご本人がそういう「自分の過ちを指摘してもらうのが好きな方だった」というのを今回読んで、ちょっとホッとした。それではこれからも遠慮なく、勘違いや書誌的なミスは指摘させていただこう(え!?)。

(まずその前に、自分が書く内容に勘違いや誤認が無いようにしろよと、陰の声~汗~)。 

「撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだ」

【2022年1月6日追記】
 書き洩らしていたが、あと本書の述懐エッセイで面白かった(興味深い)のは、「一見、ノンシリーズ作品に見えて、最後の最後で、実はレギュラー探偵もののシリーズの一本だと判明する作品」の扱いについて、ね。
 名探偵ものの短編完全収録アンソロジーなんかを編むときに、そういう趣向の作品を入れることは読者のある種のサプライズを奪う、と悩むそうで。
 ま、そりゃそうでしょうな。何十年考えても、扱いの正解なんか見出せないと嘆いているのも納得。
 評者だって、(別にアンソロジストの仕事なんかしたことないけど)別の似たような? 状況で迷うことはある。むろん最適解なんか、わからない。


No.1374 6点 だいじょうぶマイ・フレンド
村上龍
(2021/12/20 04:02登録)
(ネタバレなし)
 副都心のプールで、二人のボーイフレンド、ハチとモニカと戯れていた若い娘ミミミは、いきなり空から落ちてきた、ハンサムな初老の外国人と出会う。どう考えても普通の人間ではない外国人はゴンジー・トロイメライと名乗り、かつての自分は19世紀の初めに地球に飛来した宇宙の不定形生物だったと、とんでもない素性を語った。常人とは異なる生態や思考、そして超パワーの主ながら、心根は善良なゴンジーは望郷の念に駆られて、宇宙への帰還を願う。だがそんなゴンジーと彼と友人になった若者たちに、謎の機関「ドアーズ」が接近してくる。

 大昔にテレビCMやら歌謡番組やらで、いやというほど劇場版の主題歌はしつこく耳にしていた。だから今でもサビの部分は、すぐ耳朶に甦る。

 しかし気が付いてみたら、何十年も経った現在でも、映画も小説もまだまったく縁がなかった。ということで、小説の方のハードカバーの元版を古書で購入し、このたび読んでみる。

 80年代のアンニュイな日常の中で、たまたま<スーパーマン>と出会ってしまった若者たち、その構図を主題にしたヤングアダルト向けの御伽噺ブンガクという予見でいたら、それは部分的には当たっていた。ただしさすがに、こちらの想定の枠組みの内側にきっちり収まる訳もなく、終盤は別のジャンルの観念小説のような方向に向かう。
(そのことについて、ここでどのくらいまで書いていいんだろ……。本サイトでもレビューが寄せられている先駆の名作なんかの影響も感じられるし。特に後半の数章は。)

 グロテスクでグルーミー、陰惨な事象が続出する一方、それらをカラっとした筆致で語るあたりには、確かに小説としてのある種の風格は感じた。
(ただし偽悪的な、かなり下品で悪趣味な要素も多い。切ない詩情を感じさせる部分も、少なくないけれど。)
 
 ネタとしてはクトゥルフ神話も取り込まれ、さらにラリイ・ニーヴンの名作「スーパーマンの子孫存続に関する考察」にまで材を求めている。
 フマジメな評者はほかの村上龍作品にはまったく無縁だが、いろいろとスキなのね。やっぱり80年代初頭のSFブームの渦中にあった世代人だ。

 タイトルのフレーズは後半になってようやく登場するが、その意味がゴンジーと主人公の若者トリオの絆の修辞(良きにせよ悪しきにせよ)ではなく、まったく違う用法の、一種の反語的なものだったのにはビックリした。ネタバレになるので、ここではあまり詳しくは書かないが。
 
 映画の脚本も、そして監督も村上自身がやってるんだよなあ。元版の作者あとがきによると、同時並行で脚本と小説は進行したらしいから、小説は原作ではなく、あくまでメディアミックスの「小説版」だね。
 絶対にこの小説そのままは映像化されてないだろうし(特に後半)、その内、機会があって気が向いたら、映画も一回くらいは観てみよう。


No.1373 7点 運命の証人
D・M・ディヴァイン
(2021/12/19 08:16登録)
(ネタバレなし)
 評者が読むディヴァイン作品の4冊目。個人的には当たりはずれの大きい印象の作家だが、これはとても面白かった。
 登場人物の描き分けや運用の狙いもそれぞれ明確で、謎解き&法廷ミステリとしての結構を誇る一方で、ややいびつなメロドラマの興味もあり、ソコが味の作品である。
 特にP181の2行目の描写には、喝采を上げつつ腹を抱えて笑った。怒る(中略)読者もいるかもしれんが、自分のような者には、実にスンバラシイ(笑・汗)。。

 内容は4部構成で<その全パートにサプライズがある>の謳い文句(裏表紙から)通りで、テンションが上がりぱなし。3~4時間でほぼ一気読みである。
 
 これって、懐かしの、昭和のミステリ連続テレビドラマ・アンソロジーシリーズ『火曜日の女』の原作(のひとつ)に選んだら、かなり面白そうなものが出来ただろうなあ。実際、原書は68年の作品だから、もしリアルタイムで翻訳されていたら、その『火曜日の女』のネタになった可能性もあったんだよね(笑)。

 まあ真相が割れてみれば、メイン登場人物の何人かが無駄にややこしいことをしていたおかげで、事態が悪化というかこんがらがった面もあるとも思うし、真犯人の思考も一部強引なところは感じたりする。

 それでも読んでいる間は十分に楽しめた。
 これはディヴァイン作品の中では、個人的にアタリ。


No.1372 6点 宇宙から来た女
カーター・ブラウン
(2021/12/18 15:16登録)
(ネタバレなし)
「おれ」ことハリウッドのトラブル・コンサルタント、リック・ホルマンは、面識があるタレント・エージェンシー(映画のキャスティングプロデュース業)会社の副社長ヒューイ・ランバートに呼び出される。ヒューイの上司である女丈夫の美人社長アンジェラ・バロウズが語るに、会社はドイツでタレント性のある美少女モニカ・バイヤーを女優としてスカウトし、あまりに強烈な容姿ゆえに、アメリカで「宇宙から来た女」として売り出そうと画策。すでに大作映画の主演契約も締結したという。だがそのモニカが行方不明になり、映画の企画進行も間近に迫っているそうだ。ホルマンはモニカ捜索の仕事を請け負って動き出すが、調査の場はモニカの出身地の西ドイツにまで及ぶ。

 1965年のコピーライト作品。
 リック・ホルマンものの第12弾で、日本ではシリーズのここまでが全部訳出されていた。以降はまったく未訳。

 ちなみにホルマンシリーズの邦訳は、順番がバラバラに出たのだが、本書のあとがきで訳者の山下愉一が現在「The Wind-Up Doll(邦題『ベビー・ドール』)の翻訳に取り掛かっている、とある。
 が、実際の『ベビー・ドール』の翻訳は別の人(信太修一郎なる御仁)であった。加島祥造=一ノ瀬直二=久良岐基一みたいなペンネームというコトはないよね? 何らかの事情で担当が交代したか?
 さらにもう一作、山下はホルマンシリーズの翻訳はこの『宇宙から』が最初だが、付き合ってみたら先輩アル・ウィラーやダニー・ボイドみたいに親しみを感じたと語り、当時の近作でシリーズ第17弾の「The Deadly Kitten」も面白そうだと語っていたが、これは未訳のまま終わった。 
 
 閑話休題。本作のタイトル「宇宙から来た女」から、今回はフレドリック・ブラウンの『死にいたる火星人の扉』みたいな火星人を自称する不思議系キャラクター(それもたぶん美女)が登場するのか? 『安達としまむら』のヤシロ(ヤチー)みたいだ、と予期していたが、実際にはただの人並外れた美人という意味合いであった。宇宙SF要素皆無だし、ただの修辞じゃないか。

 とはいえお話そのものはかなりぶっとんでいて、なかなかオモシロイ(というか評者とウマが合う)。ホルマンが依頼人のアンジェラ公認の経費持ちで、モニカの出身地である西ドイツにまで向かう海外出張編というのはさすがにびっくりしたし、後半、怪しいメインゲストキャラクターのクルース兄弟が設置した当時の最先端の電子機器仕掛けのお化け屋敷が舞台となるあたりも、妙なほどに趣向が凝っている。なおお化け屋敷のいやらしい風圧ギミックで、魅力的なメインゲストヒロイン、キャスィ・フリックのスカートがめくれてパンティが丸見えになり、ホルマンの目が釘付けになる描写は、中学時代に読んでいたら興奮したろうな。いや、今でも楽しいが。
 
 ミステリとしては、例によって事件の全貌がなかなか見えないなかで、ホルマンが窮地に陥るなどの見せ場が連続(西ドイツでの活劇場面がなかなか強烈だ)。
 そして終盤には、かなり意外な犯罪の構造が明らかになるが、カーター・ブラウン作品の多くのように、ホルマンのぶっとんだ想像がいきなり正鵠を射てしまう流れで、読者が推理できる余地はほとんど無い。まあそれでも意外性としてはかなり面白かった(ただし主犯が誰かは、ほぼ見え見え)。

 ギミックの豊富さでのちのちまで印象に残りそうな一本だが、トータルとしてはシリーズ内の中の上か上の下くらいかな。
 カーター・ブラウン、読めばやっぱり、オモシロイ。


No.1371 8点 殺しの前に口笛を
生島治郎
(2021/12/17 07:38登録)
(ネタバレなし)
 1970年代の初め。「私」こと32歳の世界ウェルター級チャンピオンボクサーの伊吹礼一は9回目の防衛戦に辛勝するが、同時に拳闘選手としての限界を感じて引退を表明した。だがその直後、伊吹は何者かの手で身に覚えのない殺人の犯人に仕立てられてしまう。伊吹を逆境に追いやった謎の男「ウィリアム・フォークナー」は、彼の窮地からの救済、さらには多額の報酬と引き換えに、あるミッションへの参加を願い出た。

「週刊大衆」に連載された長編で、評者は大昔に購入した1976年のスリーセブン社版の新書で読了。
(本文だけで、作者のあとがきも他者の巻末解説もない、簡素な版だ。)

 主人公の伊吹、そして彼の仲間となるアジア系のセミプロ工作員(本業のスパイではないが、その資質を認められた連中)3人とともに中国内に潜入し、とある目的を果たそうとするストーリー。
 忍者潜入ものというか、山田正紀の傑作『火神を盗め』みたいなプロットと同種のものだと思えば、まあよい。

 伊吹がいきなり思わぬ逆境の中に引きずり込まれていく序盤~前半の物語は、アンブラー風の巻き込まれ型サスペンス・スパイスリラーの趣。
 そのあとは、ヒギンズが丁寧に書いたときみたいな歯応えの、潜入工作ものの冒険小説に転調する。

 活劇スパイスリラー的なB級感がある一方で、場面場面の叙述はかなり細部まで丁寧で、独特の格調を感じさせる仕上がり。つまり当初の予想以上に骨太な感触で、同時にぐいぐい読者を引き込む勢いがある。
 かたや伊吹の一人称による内面描写、心情吐露も、進展するストーリーの局面ごとにマメに語られるので、この辺に生島作品らしい和製ハードボイルド的な詩情とそれっぽい美学(メロウさとドライさ)が満ち満ちている。
 
 伊吹をリーダー格とする4人の主人公チーム(みなアジア系)、そして彼らに関わり合うサブキャラたちの描写もしっかり書き込まれており、その辺の「苦い男の美学」は昭和的な、悪く言えば自分に酔ったような感触もまったくない訳ではない。
 が、一方で過酷な状況の中でご都合主義を許さず、細部をツメていく筋立ては、ほぼ全編通してかなりの緊張感があり、生島作品の中では出来がいい方だと思う。
 あえて言えばヒロインであるフィリピン歌手のマヌエラの作中でのポジションと、彼女と主人公・伊吹との関係性などは、ちょっと緩めの感じがしたが(当のマヌエラのキャラクター造形そのものは、しっかりした過去設定で、決して悪くはないんだけれどね)。

 終盤の(中略)なども作品全体のテーマを引き締めて、本作の連載中にどんどんヒートしていった当時の作者の入れ込みがうかがえるような気もする。
 ラストはちょっと思うところもあるが、これはこれで話の主題を完結させたものではあろう。いずれにしろ、作者の著作の中では力作の部類に入るものだとは思う。
 評点は0.5点くらいオマケして。


No.1370 7点 第八の探偵
アレックス・パヴェージ
(2021/12/15 14:34登録)
(ネタバレなし)
 今年の新刊で、評判が良いので読んでみた。7編の短編ミステリを入れ子構造に内包した、極めてトリッキィな作品。解説でミステリ評論・研究家の千街氏が語る通り、正に欧米版の「新本格」ミステリであった。
(しかし、くだんの解説で、東西のこの手の<作中作ミステリ>の題名を網羅しまくる千街氏のトリヴィアぶりは圧巻。作品の構造や狙いそのものへの的確な指摘も含めて、こういうのがプロの解説かと感銘した。)

 やり過ぎの気配さえある終盤の怒涛のどんでん返しの連打まで十分に楽しんだ。
 凝った作りらしいので、ページを開く前は、多少はヘビィな読書になるかとも思ったが、予想以上に読みやすかったことも特筆。
 翻訳の鈴木恵さんは訳者紹介を見ると評者もこれまで何冊か縁があったが、今回、初めて、うまい(読みやすい)と意識した。

 そろそろあちこちで2021年度の内外ミステリベストが出てきているが、評者はまだ、あんまり今年はその結果はチェックしていない。しかし本作も相応に高い評価を受けているはずと予見する。

 最後に、本作の趣向の先駆例のひとつとして、千街氏は当然『11枚のとらんぷ』をあげているが、7編の短編ミステリの謎解きの中には、同じ泡坂の別の作品を連想させるものもあってちょっとニヤリとした。偶然ではあろうが。
(双方の作品のネタバレにはなってないはず。) 
 
 評点は8点にかなり近い、この点数ということで。


No.1369 7点 ブレイディング・コレクション
パトリシア・ウェントワース
(2021/12/14 08:43登録)
(ネタバレなし)
 第二次世界大戦から数年を経たロンドン。前身は家庭教師という、50歳代半ばの異色の女性私立探偵ミス・モード・シルヴァー。彼女は元・教え子の州警察本部長ランダル・マーチとも懇意で、これまでにも多くの難事件を解決してきた。そんなある日、彼女と同年代の有名な宝石コレクター、ルイス・ブレイディングが、近辺に不穏な気配があると相談に訪れる。だがミス・シルヴァーは依頼人の周辺の不健全な人間関係を聞きとがめ、まず生活態度を改めて宝石コレクション活動も見直すように諭した。かたや、ルイスの年下の従兄弟であるチャールズ・フォレストの別れた妻ステイシー・マナリングは、現在は細密画家として自活し、かつかつの生活を送っていた。そんなステイシーは元・大物の舞台女優マイラ・コンスタンチンから肖像画の製作の依頼を受けるが、彼女は間もなくチャールズとそしてルイスとも再会することになる。そんな彼らの周辺で殺人事件が。

 1950年の英国作品。
 母国では20世紀にかなりの人気を博しながら、邦訳された長編はこれ一作しかない、老嬢探偵ミス・シルヴァーの、日本語で読める貴重な事件簿。
 ミス・マープルに比較されるのはよく聞き及んでいたが、アマチュア探偵のマープルと違い、こちらは完全なプロの私立探偵だよ。人柄の一面やキャラクターのビジュアルイメージこそミス・マープルに似通うところも確かにあるが、個人的にはむしろバーサ・クール(A・A・フェア)あたりが、あまり欲深さをあらわにせず社会正義の方を尊んだらこんなパーソナリティになるんじゃないか? という感触のハイミス女性探偵であった(あ、お金にこだわらないバーサというのも、かなり矛盾した存在か・笑)。
 それくらい、ミス・シルヴァーは物おじせず、ガシガシと積極的に行動する(まあミス・マープルも、それなり以上に動き回るけどね)。

 内容は、ミステリ部分と並行して、本心では別れたダンナと元鞘に収まりたくてたまらないのだが、女の意地で素直になれない本作のもうひとりのメインヒロイン、ステイシーのメロドラマ(ちょっとだけラブコメ風味)が進行。これがなかなか楽しくてグイグイ読ませるし、物語の舞台となるルイスの宝石コレクション(「ブレイディング・コレクション」)を納めてある施設「ウォーン・ハウス」の周辺に集まる登場人物たちもそれぞれキャラクターが明確に描き分けられている。評者の特にお気に入りは、後半のあるシーンでかなり<きっぷの良さ>を見せる某キャラだ。
 全体的に、話が進むに連れて、色んな意味で、それぞれの<もう一つの顔>を見せてくる登場人物が多く、そういう意味でも退屈しない。お話の転がし方は、なるほどクリスティーに似ているが、本作だけで言えば、部分的には引けは取らないだろう。
 
 ミステリの謎解きはやや早めで、明かされる真相は某・英国の大家の某作品を思わせた。あと、先のレビューでnukkamさんがおっしゃっている西村京太郎作品というのは……ああ、アレですね。自分も素で読んで連想しました(笑)。
 終盤のミス・シルヴァーと真犯人の対峙の場面、さらに続くエピローグの余韻と合わせて、個人的には結構楽しめた。
 自分はこういう傾向のカウントリー・ハウスものの良く出来た(ミステリとして、また群像劇のお話として)作品に惹かれる(他の作家で言うならエリザベス・デイリィとか)。

 このウェントワースのミス・シルヴァーものはどんどん訳してほしいけど、試みに読後、Twitterで本作のタイトルを検索すると、版元の論創さんのスタッフの「あまりにも売れなかった」という主旨の、嘆きの声が聞こえてきた(……)。
 一方で、そのTwitterの場では、数人ほど本作を読んだミステリファンが話題にしてるんだけど、評判は総じていいみたいなんだよね。
 という訳でどなたか、原書を読める目利きの人が面白い作品をセレクトして、流行りの同人出版で翻訳してくれないだろうか? 滅多に出るもんじゃないだろうし、そんなに高くなければ、一冊すぐに注文します。

 最後に、本作の名探偵ミス・シルヴァーといえば、あのマリオン・マナリングの名探偵(の偽キャラ)オールスターもののお祭りパロディミステリ『殺人混成曲』にも参加し、しかしその中で日本では一番マイナーなことで、一部のファンにも有名(?)。
 で、評者もまだ『殺人混成曲』は未読なのだが、本サイトでの同作『殺人混成曲』に寄せられたminiさんのレビューは本っ当に、素晴らしい!
 パロディ、パスティーシュに接するのなら、まずはその原典を楽しまなければダメだと、先に本作(日本で唯一邦訳のあるミス・シルヴァーものの長編)を読むまで『殺人~』を紐解かなかったという。
 こーゆー「ヲタクの心意気」こそ、ホンキでモノを愉しむ趣味人の本懐だよね。評者も遅ればせながら、見習わせていただきました。
(本サイトに来て「このサイトに参加してよかった!」と本気で初めて思ったのは、実はこのminiさんの『殺人混成曲』評を読んだ瞬間だったのだ。それくらい共感している。)
 というわけで、これでようやっと自分も、ミス・シルヴァー&ウェントワースデビュー。安心して心穏やかに『殺人混成曲』が手に取れるのであった(笑)。


No.1368 5点 反逆者の財布
マージェリー・アリンガム
(2021/12/12 07:09登録)
(ネタバレなし)
 第二次世界大戦の蠢動が世界中に不安を与え始めた時局、英国のある病院のベッドで一人の青年が目覚める。30代半ばの長身でブロンドの青年は記憶を失っており、近くの警官と看護婦の会話から、自分に警官殺しの嫌疑が掛けられていることを知る。周辺の状況、出会った人物から、記憶喪失の青年は自分の名が「アルバート・キャムピオン」かと思いながら、病院を脱走した。

 1941年の英国作品。
 冒頭、記憶を失った青年は、本当に作者アリンガムのレギュラー探偵であるキャムピオン(キャンピオン)なのか? あるいは記憶喪失の他の人物がそう思い込み、何らかの理由で周囲の人間がそれに話を合わせているのか? 

 前者ならめったに例のない、作者自身によるレギュラー探偵への前代未聞のイジメだし(試練とも呼ぶ)、後者なら、のちのちの(中略)トリック的な新本格ミステリみたいだ。
 そういう意味でとにかく読者の鼻面を掴んで引き回し、話がどっちに転ぶのかワクワクさせるミステリかと思いきや、意外に早めに、物語は話の底を割ってしまう(……)。
 要は、もっともっとテクニカルに面白く練れたハズだよね? この作品の冒頭からの趣向、という感触。
 
 まあそれでもネタバレにならないよう、なるべくアイマイに書きますが、大体の道筋が中盤になって見えてくると、正直、かなり退屈であった。
 翻訳も随所の注釈の挿入など丁寧さは感じるが、21世紀の今なら思いきり校閲で赤字が入りそうなヘンな日本語が、あちこちに散在していて読みにくい。

 大体、キャンピオンシリーズの中でも本作は最右翼の異色作だろうに、こんなクセ球を早めに紹介するなよというのが正直な思い。
 ……と言いつつ、改めて再確認すると、本作の邦訳刊行以前に『幽霊の死』『判事への花束』『手をやく捜査網』さらに「別冊宝石」の『水車場の秘密』と、すでにもう4作もキャンピオンものの長編が紹介されてはいたのだな。
 だったら、まあそろそろこういう変化球作品を出してもいいかという、当時の日本の出版界の空気だったのかも知れない。
(それでも創元推理文庫の邦訳一冊目がコレというのは、かなり冒険だったと思うけど……。当時、創元のアリンガム初弾としてこれをセレクトしたのは、誰だったんだよ?)

 とはいえ、最後の悪党たちの秘密の陰謀の実態は、なかなかオモシロかった。キャンピオンが悪の一味の計画を食い止めるくだりのビジュアルも、かなり派手め。
 まあ実は、1970年台の某・国産特撮ヒーロー番組での悪の組織の作戦とまったく同じなんだけど(とりあえず、こう書いても、一般にはネタバレになってないと思う)。
 

<以下、少しネタバレ?>

 まとめるなら本作は、キャンピオンがレギュラー名探偵キャラではあっても、同時に暗黒街で幅を利かすロビン・フッドみたいな一面があったからこそ、成立したオフビートな話。
 大体、作者が自作の看板キャラのレギュラー探偵を記憶喪失にするか? フツー。
 ……まあ、スピレインがマイク・ハマーを一時期ボロボロにしたように、作者クイーンがライツヴィルでエラリイを激情に走らせたように、時に作家っていうものは、自分の大事なキャラをイジめてみたくなる屈折した欲求が湧くのだろう。そういう気分はなんとなく、よくわかるのだけれど。


No.1367 7点 怨み籠の密室
小島正樹
(2021/12/11 15:14登録)
(ネタバレなし)
 昭和61年3月。埼玉県在住の大学生・飛渡優哉は、少し前にガンで死んだ父・草悟の末期の言葉「謂名村……殺され」が気にかかり、故郷である岐阜県の謂名村に赴く。そこは優哉が16年前に死別した母・貴子と、幼児期を過ごした記憶のある村だった。だが村では、伯父である医師・飛渡文雄ほか大半の村民が、なぜか優哉に冷淡だった。そんななか、村の美濃焼の工房の密室の中で、ある人物の首吊り死体が発見される。事態が混迷するなか、優哉は兄貴分といえる名探偵・海老原浩一に支援を求めるが。

 いや、エライ面白かった。
 小島作品は5~10作程度、しかし海老原シリーズは先の『呪い殺しの村』しか読んでないという浅い評者だが、これは十分に単品でも楽しめた。
 優哉と海老原はなにか別の作品の事件(もちろん評者はたぶん未読)で、すでに面識があるらしいが、特にそっちのネタバレにもなってない。
 
 文庫書き下ろしで350ページ強と、本の厚みはさほどでもないが、作中のイベントは目白押しでストーリーはグイグイ進む。例えるならカーのB級……というより一流半の作品(『囁く影』とか)、ああいうのに近い感じであった。
 
 謎解きパズラーとしては、なるほど確かにネタの盛り込み過剰だが、それ自体は個人的にはサービス満点の趣向として堪能する。ただしさすがに最後の(中略)殺人ネタは要らなかった、というか、こればっかは明らかに蛇足だよね?

 ページ数が残り少なくなる中、事件の全貌がなかなか見えない、あのワクワク感も満喫。
 とはいえ豪快な密室トリック(あれやこれや)はともかく、真犯人の文芸設定はさすがに無理筋でしょ、という思いが……。絶対に当人は(中略)。
 
 存分に楽しめたのは間違いないのだが、なんか戦後すぐに「宝石」系でデビューしたトリック派ミステリ作家の昭和30年台作品みたいな、ある種のラフファイト的な感興を感じた。もしかしたら、読み手の許容度を試されるような作品かもしれん。まあ、こういうのは楽しんだ方が勝ち、かも? 

 最後に、小島作品って、有罪となった殺人犯の処遇に厳しいね。近作の某作の終盤で、殺人の咎で重罪になるであろう登場人物に向かい刑事があくまで冷徹に「あなたはもう一生、酒に酔う機会はないでしょう」と告げるセリフの生々しさにちょっとコワくなった。本作の終盤でも、これに類似するクールな描写がある(ネタバレにはなってないハズだが)。
 いやまあ現実世界で犯罪を犯す者には、本当にごく一部のやむを得ない事情の例外を除いて、相応の処罰はあっていいのだけれど。


No.1366 6点 ねじれた家
アガサ・クリスティー
(2021/12/10 06:15登録)
(ネタバレなし)
 マザー・グースを巧みに取り入れというから、王道の見立て連続殺人かと思いきや、ただの(中略)ですか、そうですか。『そして誰もいなくなった』の類似作と錯覚させたかった早川の商魂、見え見えだ。

 真犯人の文芸設定については以前から、どっかで聞き及んでいたつもりだったので、ネタバレ承知の上の消化試合のつもりで読み出した。そうしたら前情報(?)が中途半端だったらしく、終盤で結構なサプライズを味合わされた。
 
 トータル的に、読み物としては結構、面白かった。クリスティーが自作のフェイバリット・ワンにするまでの感興は見出せないが、独特なクセのある作品だということには異論はない。

 読み手の踏み込み方、咀嚼の仕方でかなり評価が変わる作品だと思う。正直、本サイトの先行の方々のレビューにも色々と思う、感じるところはあるが、まあそれは。
 
 得点的な部分だけ拾うとかなり高い評点をつけたくなる長編だが、一方でその波に乗って高評を授けたくなる間際で、でもそれじゃ、とか、とはいえそういう方向の作劇をするならば……とか、色んな不満や不整合を覚えてしまう作品。
 エピローグの余韻も含めて、個性的な味があるのは認める。


No.1365 7点 償いの流儀
神護かずみ
(2021/12/09 14:41登録)
(ネタバレなし)
 その年の10月。都内の大久保に在住の「わたし」こと30代半ばのトラブルシューター、西澤奈美は、いまだ数か月前の事件を心に留めていた。そんななか、馴染みの近所のタバコ屋「角屋」のおばあちゃん、上井久子が長年かけて蓄えた貯金350万円をオレオレ詐欺によって騙し取られる。奈美は老婆を不憫がるが、その一方で自分が入居するマンション「メゾン・ヒラタ」の大家兼管理人の平田から、近所に不審な人物がいるとの情報を得た。関心を深めた奈美が独自に調査すると、近所の会社「MTMプランニング」が実態はオレオレ詐欺一味の組織と判明。奈美は警察に通報して一味は逮捕されるが、前線での主犯の一人らしき男が逃亡。やがて奈美に詐欺グループの背後組織らしきものの報復が始まる。

 乱歩賞受賞作『ノワールをまとう女』に続く西澤奈美主役編の第二弾。期待通りにシリーズ化された。

 やや錯綜した内容の前作に比してプロットはいくらかシンプルになったが、長くシリーズを続けていくならば、こういう緩急のつけ方の方がよいだろう。雰囲気的には良い意味で、生島治郎あたりの昭和の国産ハードボイルド主人公のアップトゥデイト的な感触がある。
 そのノリで前半はスラスラ読めるが、後半、自分を囮に敵側との勝負をかけるつもりの奈美が、自分の予想を上回る犯罪者一味の手際に圧されていくあたりになると結構な緊張感。終盤の(中略)も含めて、最終的には本作もこれはこれで読みごたえがあった、という気分である。

 なお和製ハードボイルドとしての文体もオーソドックスというか、この手のものとしてのトラディショナルな感じなのだが、本作の場合は、これでいい。
 調査のために必要なこととして奈美が特に悪人でもない事件の関係者に接触し、相手を欺いて情報を得るくだりがあり、その結果、騙されたと気づいた先方の心を傷つけてしまう。そのあとの奈美の内面のモノローグが
 
 痛みなどない。似たような場面は、数えきれないほど体験してきた。
 コーヒーに手を伸ばしかけて、止めた。
 どうせ、苦い味に決まっている。

 うん、和製ハードボイルドはこれでいい。
 総てこれでいい、とは絶対に言わないし、それこそこちらも数え切れないほど、こういう叙述には出会ってきたが。

 あと本作ではひとり気になる新キャラクターが登場。このまま奈美シリーズのレギュラーになるか、はたまた同じ作品世界観でスピンオフの主人公でも今後務めさせるか? という感じであった。その辺の興味も込めて、作者の次の作品も見守りたい。

 最後に、本書を読む前に半ば成り行きでwebで作者・神護先生のインタビューを拝見。いい年をしたおじさん(失礼)が、私は女戦士萌えで、とか語っていて、思わずふきだした。ユカイなオッチャンのようで。

【2021年12月11日追記】
 大事な事を書くのを忘れていた。本作の随所でシリーズ第一作『ノワール~』の結末が遠慮なく明かされるので、本シリーズに興味のある方は絶対にそちらから読んでください。第一作の興味を半減させていいこと前提なら、本作から読んでも、この第二作そのものを楽しむこと自体には、特に問題はないと思いますが。


No.1364 7点 魔術師
佐々木俊介
(2021/12/08 15:02登録)
(ネタバレなし)
 平成24年2月。「私」こと大学一年生の光田聖(みつだ さとし)は、面識のない相手から招待状を受け取る。それは大企業グループ「青茅(あおち)産業」の総帥と同名の青茅伊久雄なる人物からで、実は聖は差出人の近親者なので話がある、岡山県まで来てほしいというものだった。同封の切符で現地に向かう聖は、やがて迎えに来た男の案内で「盃島」という孤島に招かれ、そこにある四階建ての荘厳な館「神綺楼」を訪れる。屋敷では4人の16歳の少年少女が独自の英才教育を受けながら、外界と途絶された空間の中で生活していた。そして……。

 もともと本作は、著者が2016年から自分のwebサイトで無料公開していた新作長編だったが、このたび初めて書籍化(文庫版)。

 評者は5~6年前、久々にミステリ全般を本腰を入れて(?)ふたたび読み出した当初、この作者の『模造殺人事件』に遭遇(たしか当時、webかなにかで面白いと紹介されていたのだと思う)。読了してえらく感銘を受けた記憶がある。思えば、林泰広の『見えない精霊』とこの『模造殺人事件』が、しばらくミステリを離れていたらこんなスゴイものが出ていた! という私的な感じの、双璧的な作品であった。
 というわけで2016年の本作『魔術師』も以前から意識してはいた(作者の情報を検索したら、この作品にすぐ行き当たった)が、評者は個人的に電子書籍で小説を読むのが苦手な方なので(その形式でしか読めない作品はいくつか電子購入してあるが、マトモに読んだことはまだひとつもないと思う)、関心を抱きながら自然と消極的になっていた。
 そうしたら、今年になってついに本作が『模造』とのカップリングで、初の紙の書籍化。待てばカイロの日和あり、サム・スペードの苦笑あり、だ(笑)。

 それでようやく読んだ本作だが……あー、完全な館もの(&クローズドサークルもの)だったのね。隔絶された世界で養育されるエリート的な若者という趣向は『黒死館殺人事件』を想起させ、物語の舞台となる「神綺楼」の中核の博物室でのペダントリイ趣味など、正に先駆のリスペクトである。ただしさすがに本家ほどクレイジーな盛り込みはされてない。

 肝心のミステリ部分は、もちろん仕掛けがものを言うガチガチの新本格なので、ここではあまり詳しくは書けないが、中核のアイデアは既視感は抱くもの。ただしその周囲や作品全体に、二つ目三つ目の大きなギミックを配することで、それなりに面白いものにはなっている。クロージングの妙な引きもなかなか。
 ただまあ『模造』に初めて、ほぼ白紙で出会ったときのようなインパクトには、さすがに至らなかった。それでも十分に力作だとは思うし、今年の広義の新刊としてはしっかり注目されてほしい、とも思う。
 いつになるかわからないけれど、作者にはまたいつか、この手のケレン味いっぱいの新本格をぜひともお願いしたい。
 評点は0.25くらいオマケ。


No.1363 7点 混沌の王
ポール・アルテ
(2021/12/07 05:55登録)
(ネタバレなし)
 19世紀末の英国。「わたし」こと、南アフリカから帰国した20台半ばのアキレス・ストックは、多様な分野で才能を発揮する芸術家にしてアマチュア名探偵でもある同世代の男オーウェン・バーンズと友人関係になった。そのバーンズに、怪事件が生じると思われるので対応して欲しいとの相談があったが、当人はアメリカに帰国するガールフレンドの女優ジェイン・ベイカーと最後のデートを楽しむのに忙しい。やむなくアキレスがオーウェンの代理として、ロンドン郊外の村にある老舗の織物商チャールズ・マンフィールドの屋敷に先に向かう。そこでは、およそ2世紀前の故事に由来する怪人「混沌の王」が4年前から毎年、姿を現し、不可解な殺人を行っていた……?

 1994年のフランス作品。オーウェン・バーンズ、シリーズの第一弾。
 帯で大山誠一郎先生が「呪われた一族、屋敷、怪人、交霊会、雪の密室、変人探偵とワトソン役」と、本作に盛られた趣向というかミステリとしてのギミック&ファクターを並べ立てている。個人的にはこれにあと「幽霊殺人」とか「(中略)」とか、いくつか付け加えたい。
 とにかく読んでいる内はゴキゲンな、甘い砂糖菓子のような外連味でいっぱいの怪奇パズラー。

 真相を明かされるとな~んだ、の部分もないではないが、謎解き作品としての手数の多さ、それに屋敷に集う登場人物たちを描き分けた読み物的な興趣もなかなか。伏線の張り方も王道でウレシクなった。
 まあ毎年生じる怪事件の連続に際しては(中略)というモノなので、その辺はアレだが、こういうものを1990年台の半ばにすっとぼけて書いてしまった茶目っ気がステキ。
 作中の時代設定の意味は、「ホームズのライヴァルたちの時代なら、こういうどこかゆるい、しかしとても楽しいミステリがあったよね」ということであろう。最後の最後の謎解きも、その手できたか、ではあるが、実にヨロシイ。 

 評点は0.25点くらいオマケ。
 ツイスト博士の方と合わせて、アルテの未訳はどんどん出して。


No.1362 7点 サーカスから来た執達吏
夕木春央
(2021/12/05 15:22登録)
(ネタバレなし)
 明治44年10月。絹川芳徳子爵は、別荘に天文学的な価値の美術品を保管していた。それをある人物が狙うが、しかし大量の美術品は賊がその実在を確認した直後、密室状況の屋内から短時間のうちに消えていた。やがて時が流れて関東大震災を経た大正14年、借金を膨らませた貧乏子爵の樺谷忠道は、債権者である商事会社の代表、晴海兼明から返済を求められていた。「わたし」こと樺谷家の三女で18歳の鞠子は小説家になりたい夢を抱きながらも、いずれ親の借金返済のためにどこかの金持ちのもとに嫁がねばならない覚悟をしている。そんなとき、返済を求める晴海の執達吏(公式な代理の執行官)として謎の小柄な少女、ユリ子が現れた。晴海から相応に自由裁量の権限を託されたユリ子は鞠子を借金の担保として預かり、今は震災の影響でさらに行方が謎となった、あの絹川家の財宝を、ともに探すように求める。

 デビュー作『絞首商會』で、妙にミステリファンの心をくすぐった作者による、二年ぶりの長編第二作。
 プロローグにあたる冒頭で、広義の密室からの消失事件という不可解な謎を提示。
 そのあとは主人公の鞠子と、もうひとりのメインヒロインで、元はサーカスの軽業師という前身で、子供みたいな容姿、そして文盲だが知性と行動力は並外れたユリ子、この二人の動きを軸に、宝探しあり、誘拐騒ぎあり、謎の人物との出会いあり、といった冒険ものの方向でストーリーを進めていく。
 時代設定が明治~大正で、話し手が十代の、本当にちょっとだけ屈折したお嬢様ということもあり、古式な少女小説みたいな雰囲気もある(文体そのものはあくまで21世紀の作品だが)。
 特に大きな主題となるのは、秘匿された絹川家の財宝にからむ暗号の謎で、かなり練りこまれたもの。シロートには絶対に想像もつかない解法で、暗合マニアならこれは解ける人もいるのか? という感じ。相応の歯ごたえがあった。
 
 しかし作品は後半ウン分の1になって(中略)という、隠された本当の顔を表す。ジャンルミックス型のミステリともいえるが、あえてこういう構成にした作者の狙いもなんとなく感じられるような気もする(実際のところはどうなんだろうね?)。
 クロージングの余韻も含めて、結構な読み応え。
(ただし、作中のリアルを考えるなら、終盤<この状況>の維持は本当に可能かな? と思える面もあったが……。)

 期待通りに佳作以上~秀作。次作がなかなか楽しみな作家である。


No.1361 7点 フォート・ポイントの殺人
グロリア・ホワイト
(2021/12/04 15:40登録)
(ネタバレなし)
 サンフランシスコ市街の海岸通り。「わたし」こと32歳の女性私立探偵ロニー・ヴェンタナは朝のジョギング中に、ある男が別の男性をゴールデン・ゲイト周辺のフォート・ポイント(南北戦争の要塞跡)から海に突き落とす図を、たまたま目撃した。突き落とした男はロニーに気づいてもの凄い形相で追ってくる。ロニーは近所の沿岸警備隊の派出所に駆け込んで難を逃れるが、追ってきた男は消えていた。ロニーの訴えで警備隊のジョン・スコープス大佐がゴールデン・ゲイト周辺の捜索を始めるが、死体は見つからない。ロニーは事件の状況を警察に届け、その夜は、大先輩で友人である65歳のベテラン私立探偵ブラックウッド(ブラッキー)・クーガンとともに、私立探偵業界の講演会に赴いた。するとその場に……。

 1991年のアメリカ作品。
 メキシコ人と白人のハーフの美人である、女性探偵ロニー(ロニーヴェロニカ)・ヴェンタナ、シリーズの第一弾。
・8年前に高校時代からのボーイフレンドだった夫ミッチェルと離婚したが、今も友人関係は維持している
・両親が金庫破りだったが、ふたりとも娘を悪の道には誘わないまますでに他界した
・かつて仮釈放の出所者を保護監察する公務員「仮釈放官」だった
・今後の探偵ビジネスに役立つ可能性を認めて、専門学校で日本語を学んでいる
 ……などなど、ミステリの女性私立探偵の総覧ガイドブックを作るなら、キャラクター紹介の記事ネタには困らない、文芸設定がいくつも用意された主人公。もちろんというか、さすがにというか、デビュー編だけあって、上記の設定はちゃんと必要十分な程度にはお話の筋立てに活かされている(あ、日本語の設定は、今回はあんまり関係なかった)。

 翻訳も良いのだろうが、かなり読みやすい作品。さらに、前述の大先輩の探偵ブラッキーや、そのブラッキーと犬猿の仲だが今回の事件を介してロニーと知り合うフィリー・ポスト警部補、ロニーのハイスクール時代の元学友で今は彼女の情報源となっている警察の管理課員アルド・スティヴィックほか多数のサブキャラたちの人物描写もいい。

 中盤で話に大きな展開があったのち、話の方向が少しずつ絞り込まれてくるが、この辺のテンポもなかなか小気味よさを感じた。
 途中で殺人? 事件が何回か生じて、ストーリーにメリハリをつけるのも良い。
 最後まで読み終えると思わせぶりな話のパーツの中にはいくつかあまり意味がないままに終わるのもあるが(いわゆるミスディレクションとして用意された感じではない)、それらの夾雑物みたいなものも、本作の場合は作中にある種のリアリティを宿す感じになっていた。
 読者の方で推理の余地はほとんどなく、ロニーが拾い集めた情報を、読み手は付き合って追いかけていくだけだが、事件の実態がわかるタイミングも悪くなかった(ただしある意味でかなりダイレクトな犯人の動機が、いささか直球すぎた感じもあるが)。
 
 主人公ロニーの公私の内面描写や、探偵としての、人としての、モラルと現実の折り合いのさせ方も印象的。
 ハードボイルドというよりはあくまで20世紀終盤の私立探偵小説だが、うっすらと<ハードボイルドの心>みたいなのも感じないでもない。
(ただしロニーの探偵としてのモットーや、信条的なべからず、などはあまりない。その辺はむしろ、先輩のブラッキーの方が年の功で強めかも。)

 処女長編としては十分によくできた一本。たまたま見かけて興味を抱いて古書で購入した作品だが、当初の期待以上に楽しめた。このシリーズはあと2冊翻訳が出ているようなので、またそのうち読んでみよう。


No.1360 5点 透明受胎
佐野洋
(2021/12/02 06:47登録)
(ネタバレなし)
 昭和40年4月19日。ノンフイクション・ライターで42歳の津島亮は、気が付くと病院のベッドの中にいた。室内にいた若い女性、田部佳代そして警官の説明によると、津島は佳代の運転する車に撥ねられたらしいが、警察の現場検証によるとそんな事故の痕跡はなく、かたや津島の容貌は、まるでいっきに20歳も老化したように髪が真っ白になり、皺だらけになっていた。佳代はとにもかくにも誠意を見せて対応するが、津島は見た目は20代半ばの彼女が実際には40歳だと聞かされて驚く。そして翌日、津島の顔は元の若さを取り戻していた。狐につままれたような思いの津島は、成り行きから佳代と男女の関係になっていくが、そんな彼の前にまた別の刑事が出現。佳代と津島が情事を行なっている時間に、佳代が別の場で傷害事件を起こした嫌疑がある、決め手は現場に残された佳代の指紋だ、と説明した。

 角川文庫版で読了。
 デズモンド・バグリイの『タイトロープ・マン』まんまの導入部で開幕するが、物語の興味はすぐにメインヒロイン、佳代の老けない女性の謎、そしてふたたび若返った津島の謎、さらにはアリバイが確実にあるはずなのに、別の場の犯罪現場に残された当人と同じ指紋の謎、などの方へとどんどん移行してゆく。

 話はハイテンポで、たぶんこれまでに読んだ作者の著作の中でも最高クラスのリーダビリティだとは思うが、SFミステリとしてはいろいろな意味で仕上げが雑。
 本作の題名にからむ、女性の特異な受胎に関する着想だけは、当時としてはちょっと新鮮だったかもしれないが、SF=良い意味でのホラ話にならず、かなり空想的な艶笑譚になってしまった感じ。あと<老けて、そして若返った津島の謎>と<年をとっても、なぜか老けない佳代の謎>、この二つの真相の相関があまりにも……(後略)。

 作者なりにマジメにエスエフを書こうとしてるのか、アホで気宇雄大な冗談ストーリーを綴ろうとしてるのか、最後の方は判断に困った。もしかしたら、作者自身も、よくわかってなかったのかも知れない?

 最後に、誠に恐縮ながら、先行のkanamoriさんのレビューでは、ネタバレ的なキーワードが2つも明かされてしまっているので、本作を未読でこれから読む可能性のある方は、注意された方がよいです。


No.1359 7点 廃遊園地の殺人
斜線堂有紀
(2021/12/01 15:32登録)
(ネタバレなし)
 2020年代の初め。27歳のコンビニ店員で、廃墟マニアとしてブログ「つれづれ廃墟日記」の管理人でもある眞上永太郎は、面識もない富豪・十嶋庵(としま いおり)の招待を受けて、廃墟となった遊園地「イリュジオンランド」を訪れた。そこは20年前のとある惨劇を機に、開園後すぐに閉園した施設で、今回は眞上、そして数名の男女が集められていた。十嶋の部下を称する美女、佐義雨緋彩(さぎめ ひいろ)は一同に、とあるクエストととんでもない賞品を提示するが、やがて施設の中で不可解な殺人事件が。

 話題の作者だが、著作はこれが初読み。
 チェーホフの銃理論のごとく、ほとんどの叙述にムダのないガチガチのパズラーで、終盤まで堪能した(少し胃にもたれる思いだが~汗~)。
 かと言って地味にもならず、割とはっちゃけたサプライズなども用意してあるのは。まるでクリスティアナ・ブランドの良く出来た長編のごとし。

 特に感心したのは、物語の後半、かなり意外な事実が明かされると同時に、今度はそこでじゃあ……とホワイダニット的な謎の興味が湧くが、そこから更に(中略)な事件の深淵に向かっていく流れ。

 良く練られた力作で優秀作であり、本年の収穫のひとつだと思う。
 が、一方で、なんというか、こういう優等生的でウェルメイドなパズラーならベスト5に入ってアタリマエという妙に醒めた感触を抱かせないでもない(我ながら、何という贅沢を言っているのだ、とも思うが)。

 謎解きミステリとしての解法は完了した上での、ラストの思わせぶりなクロージングがなかなか気になる。これって……。

 本書(元版のハードカバー)の巻頭に、作中の遊園地「イリュジオンランド」の冊子パンフレットそのものを添付してある趣向はイイね。


No.1358 7点 原宿コープバビロニア 心臓のように大切な
植田文博
(2021/11/30 07:21登録)
(ネタバレなし)
 原宿の老朽高級マンション「コープ・バビロニア」。そこで各企業の電気設備管理業を続けながら、副業で「人助け」の私立探偵を営む26歳の美青年、新本慶一。慶一は、バイト社員で、かつて彼に恩義を受けた女子大生の佐々木綴(つづり)とともに、ある日、山崎陶子という初老の依頼人を迎えた。陶子の依頼内容は、数か月前から原因不明の奇病で廃人状態になっている息子・浩太の発病の原因または、罹患の経緯を探ってほしいというものだ。調査を始めた慶一たちの前には、奇妙な「謎の病死事件」の事例が明らかになり、さらにそれは江戸時代から現在まで遺伝的に続く奇病? と思われる。だがこの事態の奥には、さらに深遠な惨劇とあまりにも特異な人の情念が潜んでいた。

 改稿・改題された文庫版『99の羊と20000の殺人』の方で読了。
 活字の級数も大きめで、自然と一ページごとの文字数もそんなに多くない。さらに登場人物がそんなに頭数いない上に、イベントや話のネタも豊富、シロートにもやさしい医学ミステリ(といっていいだろう)なので、リーダビリティの点では申し分ない。ほぼ三時間でいっきに読めた。
 
 しかし後半の筋立ては、相応のインパクトであった。
 まあ作中のリアリティを考えるなら、ここまでこじれた状況にはそうそうならんだろ? という感慨も湧いたが、逆の発想で、あれやこれや種々の事態がよじれて絡まったシチュエーションから発生した物語、ともいえよう。
 いずれにしろ、2020年代の現在、喉元過ぎれば……で現代人が忘れかけていたとある問題というか案件を、うまくメインテーマとして扱っている。
 そして何より、殺人の動機としては、これまでにあまり例を見ない、かなりぶっとんだ発想であろう(評者が不勉強なだけかもしれないが)。
 テーマを鑑みるに、ジャンル分類は社会派、でいいね? 

 主人公コンビはいかにも連続テレビドラマ化を狙った線だが、それなり以上に魅力あるキャラクターにはなっていると思う。そのうち、シリーズ化してまた別の作品にも登場させてほしい。
 最後に、タイトルは本作の場合、改題後の方がイイね。題名の出典は新訳聖書のひとつ「ルカの福音書」から(ネタバレには絶対になってないハズ)。

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