ハムレット復讐せよ アプルビイシリーズ |
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作家 | マイケル・イネス |
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出版日 | 1957年05月 |
平均点 | 6.25点 |
書評数 | 4人 |
No.4 | 7点 | クリスティ再読 | |
(2023/03/09 13:16登録) 大昔ポケミスで読んだことがあったが、今回は国書刊行会。 イネス=難解、を乱歩が日本の読者に刷り込んだわけだが、まあ言うほどのものじゃない(ポケミスだってそう難解な印象はなかった)。後期クリスティ風の「どんな事件なのか?」をうまく転がして構成した、英国風ユーモアにあふれた洒落た小説。キャラ描写がしっかりしていることもあって、大量の登場人物もそうそう苦にはならない。 シェイクスピアやらバレエのペダントリ満載なのも、公爵家大邸宅での「ハムレット」アマチュア上演、という超スノッブ・イベントが舞台だからこそ、現代でのリアリティが出る、というもの。こんな舞台で一癖も二癖もあるインテリたちが、あーだこーだ機知の限りを尽くして議論する小説だ、と思えば、楽しいものがあるじゃないの。評者はニヤリニヤリしながら読んでたよ。シェイクスピア当時の舞台の構造とか、そういうあたりもトリビア的に興味深い。 単体ミステリとしては、日本マニア受けはしづらいタイプ。HOWとかWHYじゃなくて、すべてがミスディレクションみたいな小説だからね。「ある詩人への挽歌」ほどじゃないが、真相も二転三転、で最後くらいはちょっとスリラー。 「ミステリにおけるイギリス」を満喫するための本。 (「殺人・陰謀劇としてのハムレット」という演出方針って、反ロマン主義な良さがあるなぁ) |
No.3 | 5点 | 人並由真 | |
(2021/11/25 06:12登録) (ネタバレなし) 1~2年前に蔵書の中から旧訳のポケミスが見つかったが、翻訳がナンだという噂に怖じて、結局、国書の新訳版で読んだ。そうしたら国書版の巻末にあるSR会員・谷口氏の解説で、旧訳(ポケミス)も実際にはそんなにシンドくはないとのこと。ああ、そうでっか。 いずれにしろ、国書版の巻頭の「主な登場人物」一覧に並ぶ約50人ほどの人名に、いきなりボーゼン。舞台となる「スカムナム・コート」には事件当時300人もの人間が集っており、結局アプルビイが到着して捜査が開始されても30人近くが後半まで容疑者となる。いや、それがパズラーとして意味があったり効果を上げているというのなら、良いのだが、その辺は正直、微妙。 とにもかくにも書き手側は、読者を振り回すコマだけは十全に用意しておいたんだな、という感じであった。 さらに殺人が起きるまでの100ページは、あまり関心の湧かない衒学の講義に退屈しながら付き合わされている手ごたえ(シェークスピアに妙に詳しい園丁頭のキャラクター造形とかに、英国風のドライユーモア味は感じたが)。 アプルビイが到着してからは物語にも動きがあってちょっと面白くなるし、やたら記憶力のいい郵便局(電報発信所)の婆ちゃんとアプルビイのやり取りとか、ユーモラスな小技も利いてくる。 ただまあ最後まで読むと、ミステリとしては想像以上に敷居の低い中身であった。最後にアプルビイの説明を聞くと、いい感じでミスディレクションが設けられていたのはちょっと良かったが、トータルとしては苦労して読んでコレか……という感慨である。 あと、途中の描写で、アプルビイが、とある関係者の物言いをあまりにも素直に受け入れすぎたのも、リアルタイムで読んでいて気になった。アレって……(中略)。 カロリー使った割に、ミステリとしては益の少ない読書だったという印象。個人的には前作『学長の死』の方が面白かった。評価はちょっとキビしめに。 とはいえアプルビイシリーズ初期三作は、とりあえず順番通り読んでおきたいと思っているので(そのあとは未訳も多いので、正直、シリーズを適当につまみ食いでも仕方がないネ)、これでようやくお楽しみの『ある詩人への挽歌』に取り掛かれる。楽しめればいいのお。 |
No.2 | 6点 | 雪 | |
(2019/09/06 21:17登録) モールバラ公爵邸ブレニム・パレス(ウィンストン・チャーチルの実家だそうな)にも比肩する様式美に満ちた、ホートン・ヒルの大邸宅スカムナム・コート。英国有数の大財閥クリスピン家が所有するこの豪壮かつ清楚なお屋敷で、前代未聞の事件が発生した。ホートン公爵夫人アン・ディロンの肝煎りで催されたエリザベス朝演劇「ハムレット」の上演中に、ポローニアス役を演じていた現職閣僚、オルダン卿イアン・スチュアートが射殺されたのだ。それも第三幕第四場の王妃の居間、劇中で当のポローニアスがハムレットに刺し殺される、まさにその瞬間に。 事態を重く見た英国政府は首相じきじきの指揮のもと、スコットランド・ヤード一の腕利きジョン・アプルビイ警部をホートンに派遣し、急遽捜査にあたらせる。殺害された大法官オルダン卿はアン夫人の古馴染で、公爵家とは家族ぐるみの付き合い。おまけに彼は『農業水産省案カワカマス・スズキ共同計画』と題された国家機密文書を所持していたらしい。スパイ事件と怨恨の両面を見据え、錚々たる名士たちにとりまかれながらアプルビイは不眠不休の捜査を開始するが・・・ 1937年発表のアプルビイシリーズ第二作。「名作!」「難解!」などといった評価のある作品ですが、実際に読んでみるとそれほどでもないかなと。劇中で繰り広げられるシェイクスピア論・演出論・ハムレットの物語的解釈は高踏的ですが、レベル高い=チンプンカンプンではなくむしろ理解し易いもの。怖気づく必要はありません。というか何事もトウシロにわかりやすく説明出来てこそだよね。シェイクスピアに限った話じゃないけど。 四部構成で「ハムレット」の素人演劇立ち上げ+殺人事件の捜査を、プロローグとエピローグで挟み込む形。とはいえこの形式にも落とし穴が用意されています。どちらかと言えば殺人とは無縁の演劇指導部分の方が良い感じなのですが、この辺りにけっこう暗示的な手掛かりが仕込んであるので読み返すと面白そうです。登場人物のプロ俳優がリクエストに応えて、即興で名役者デイヴィッド・ギャリックの演技を真似るところとかね。このシーンは異様に力が入っていて印象に残ります。 じっくりした筆致で書かれてはいるんですが、ヘビーなボリュームに比して総合的にはコンパクトな内容。悪くはないしそれなりに考え抜かれてはいますが、年代を区切ったところでベストテン入りするようなものではありません。最大限に見ても佳作止まりかな。乱歩の採点はフカし過ぎだと思います。6.5点。 |
No.1 | 7点 | 空 | |
(2012/11/16 20:18登録) 文学研究者J・I・M・スチュアート(イネスの本名)の、シェイクスピアを始めとするイギリス文学・演劇への薀蓄が満載の作品です。 『ハムレット』を近代的な劇場形式ではなく、古風な舞台形式により邸宅内の大広間で行うという企画で、上演中に起こった殺人事件ですが、最初のうちは芝居に関する説明描写が興味の中心。100ページ目ぐらいで殺人が起こるまでにも、文学引用による犯行予告(らしきもの)の謎はあるのですが。 初期のイネスは文章が難解だと言われていましたが、翻訳者滝口達也の手腕でしょう、日本語では凝った表現ではあるものの、それほど難解でもありませんでした。むしろ最初から紹介される登場人物の多さが読みづらさの原因でしょうか。 第2の殺人、さらに殺人未遂まで館内で起こってしまうのは、警察がちょっと間抜けな気もしますし、エピローグで犯人があわて出す原因は根拠が弱すぎますが、全体的には楽しめました。 |