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ミステリの祭典

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果された期待
別題『果たされた期待』

作家 ミッキー・スピレイン
出版日不明
平均点5.50点
書評数2人

No.2 6点 クリスティ再読
(2022/07/19 14:18登録)
人並さん同様、評者も都筑道夫による「初期スピレインでベスト」という評が気になって、本作。主人公の記憶喪失、それから因縁の謎を解くために舞い戻ってきた男...というと、意外にアーチャー以前のロスマク「青いジャングル」とか「三つの道」みたいなところがある。マイク・ハマーじゃないのは、ちゃんとした理由があるわけである。

スピレインだもの、確変前のロスマクよりも達者なのは当然。主人公の記憶喪失と、瓜二つの男、そして以前とキャラが違う...といったあたりをうまく操って、主人公がジョニーなのかジョージなのか本人も分からなくなる、という大技が、ニューロチックな味わいになっていて、いやこれ評者真相なんて、どっちでもいいんじゃないかな、なんて思って読んでた。
スピレインというと、エッチなシーンでの描写が冴えるんだよね〜いやこれ、今回も堪能。さらにクライマックスの主人公のピンチ、ここでの血とエロの二重奏がなかなか、いい。人並さんはあまりお気に召されなかったようだけど、評者は本作のオチはけっこう、好き。王道じゃん。

結構ごたごたしているから、トータルの出来はすごくいい、というほどでもないのだけども、それでも「スピレイン、侮れない」というあたりが窺える一作。訳が古いのはまあこんなものだけども、「ウンニャ」には苦笑...

No.1 5点 人並由真
(2021/11/07 05:52登録)
(ネタバレなし)
 シカゴからそう遠くないリンカスルの街。そこに「僕」こと一人の男が足を踏み入れた。男の名は、ジョニー・マックブライト。ジョニーは、6年前に市政がらみの悪事を暴く途中で殺された地方検事ロバート・ミノウ、その殺人容疑者として目された人物だった。現在の「僕」は記憶を失っている。だが土地の警察部長リンドジーは、当時は証拠不十分なまま姿を消したジョニーのことを、いまでも検事殺しの最有力容疑者として見ていた。「僕」は、記憶を回復しないまま、6年前の事件の重要な証人らしい人物で、現在は行方不明の女性ヴェラ・ウェストの行方を独自に追うが……。

 1951年のアメリカ作品。
 スピレインの初めて公刊されたノンシリーズ長編で、マイク・ハマーものの第5弾『復讐は俺の手に』と第6弾『燃える接吻を(燃える接吻)』の合間に上梓された。
 
 マイク・ハマーものがぞろりと並ぶスピレイン初期作の中で珍しいノンシリーズもの、さらにのちにハヤカワで復刊されていない、などの理由から、大昔から評者の興味を引いていた一冊。
 実は例によって少年時代から古書は入手していたが、この数年、読みたいと思っても見つからないので、ついにまたWEBで状態の良い古書を安い値段の際に買ってしまった。それで届いてからすぐ読んだが、向井啓雄の翻訳がかなり古めなのと、予想以上に力作なこともあって読了までに3晩もかかってしまった(個人的にさる理由から、早寝しなきゃならない事情もあったが)。

 なお本作は、現状ではAmazonと本サイトのリンクが不順で、書誌を表示できないが、
三笠書房 スピレーン選集4(1959)
潮書房(1956)
日本出版共同 ミッキー・スピレーン選集4(1953)
田園書房(?)
と、版元と仕様を変えた同じ向井訳がいくつか出ている。
 今回、評者は日本出版共同版を購入(以前に持ってる版もコレだったので、どうせならダブらない別の版が欲しかったが)。

 それで邦訳では、主人公の一人称が「僕」。コレに関しては、まあハマーみたいなプロ探偵ではなくアマチュアの一般人(少し前までオクラホマの鉱山で働いていた)だし、とりあえずはアイリッシュの巻き込まれ型サスペンスの主役の若者みたいな気分で付き合えばいいのかな、と思っていると、とんでもない、結構、主体的に荒っぽい真似もする。これならやっぱ、一人称は「俺」にして貰った方が良かったね。

 ちなみに本作は、スピレインのポケミス『明日よさらば』の巻末の解説で、都筑道夫が初期スピレインの「いちばんの傑作」「ちゃんとそれぞれに謎もあり、伏線も張ってあるし、展開もたくみなスリラーに仕立てられている」と高評(原文のママ。ちゃんと該当のポケミスを膝の上に置きながら書いている)。
 なるほど、たしかに前半3分の1くらいで本作は結構な大技を使っているし(もちろんここでは詳しくは書かない)、のちにさらにその文芸・設定を受けての、もう一度サプライズが設けられている。スピレイン、本作はココを最大の勝負どころにしたな? というポイントが、かなり明確だ。

 ただし一方で、最終的にその文芸が尻切れトンボに終わってしまったり、事件の謎が深化して徐々に暴かれるのは良い一方で、意外なほどお話に広がりがなかったり、さらに最大の興味である「表面になかなか出てこない(中略)の行方」が(中略)だったり……と。うーん、ちょっとね……の部分も少なくない。特に最後のソノどんでん返しは、前もって大方の予想がつく半面で、作中のリアルを考えれば無理筋じゃないか、という感じであった。

 主人公に疑惑の目を向け続けるものの、根はあくまで正義漢の警察官リンドジー、さらに主人公に協力する地元紙の記者アラン・ロウガンが、ハマー・シリーズの名レギュラーサブキャラ、パット・チェンバース警部のキャラクターをふたつに割ったようで面白かった。特に行方不明のままのヒロイン、ヴェラに対して不器用な片想いの念を抱いていたロウガンの描写は、ハマーの恋人兼秘書のヴェルダにひそかに惚れているパットの描写そのままだ。スピレインはこういうオトコの純情がスキなんだよね。
 あとは、最後まで毅然とした態度をとり続ける、殺された地方検事の未亡人ミノウ夫人がやたらカッコイイ。 

 作品トータルとしては、力作だとは十分に思う(最初に書いた、軸となるミステリ的な大きな趣向も踏まえて)ものの、完成度としてはいささか練り込み不足、さらにムニャムニャ……というところ。
 ただしスピレインファンなら他の作品との接点みたいなもの(メタ的、作劇的な意味で)がいくつも覗くので、一度は読んでおいた方がいいとは思う。
 できれば読みやすい21世紀の新訳で、改めて楽しんでみたい気もするが……まあ、なかなか難しいだろーな。
 
 評者は通例、翻訳の古さはあんまり気にしない? 方だが、今回はフツーにそこもちょっと減点。
 嫌いになれない内容だけど、もろもろのマイナス要素も見過ごせず、評点はこれ……くらいか。6点を惜しくも取れなかったという感じで。

【追記】
 本作において、ちょっと心に残ったこと。邦訳(日本出版共同版)のP105で主人公が、戦争で心に傷を負って復員した者に思いを馳せる描写があるのだが、そこで彼は「そういう人物がもう戦場に行きたくないというと、愛国心が薄いとか、勇気がないとかいうが、そういうものじゃない」とかなり言葉を費やして訴える。時にタカ派だとかなんとか言われるスピレインだけど、こういうところを読むと、精神はきちんと健全なんだと思う。

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