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ミステリの祭典

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人並由真さんの登録情報
平均点:6.34点 書評数:2199件

プロフィール| 書評

No.2139 7点 コンコルド緊急指令
ケネス・ロイス
(2025/01/08 17:54登録)
(ネタバレなし)
 元SAS(英国陸軍の特殊空挺部隊)で28歳の青年ロス・ギブスは、欧州で活動するテロリスト集団に参加。だがそれは敵を欺く芝居で、本来は英国情報部に属するギブスは、次のテロ活動の狙いを内偵するため一味に潜入していた。ギブスの上司であるジョージ・バナーマンは、テロ一味にギブスへの信頼感を植え付けるため、英国に来訪したCIAの大物ポール・クレイブンの死を偽装し、それがテロ活動に奉仕したギブスの仕業のように見せかける。作戦が成功してギブスとテロ一味の絆が深まるなか、秘密の謀略が動き出した。

 1980年の英国作品。
 70年代末から90年代にかけて日本に数冊の長編が紹介された英国のベテランスリラー作家ケネス・ロイスの、邦訳二冊目。原書刊行と同じ年に翻訳された、かなりのハイスピード邦訳。

 内容はエスピオナージ風の大枠で語られる、プロ工作員を主人公にした冒険小説。全体的にお行儀がよい作風で、主人公ギブスのキャラクター造形はこの上なく健全な性格設定。
 セックスの匂いをまったく感じさせないどころか、捨て猫を拾って無心の愛情を傾けるこの手の主人公は初めて読んだかもしれない(内容が内容だけにこの子猫がどっかでひどい目に会うんじゃないかとヒヤヒヤしたが、最後まで無事。それどころか、事件の被害者に対して、ちょっとした心の癒し役も務める)。
 その分、諜報世界でのダーティな職務はギブスの上司でサブ主人公格の中年バナーマンが請け負い、特に前半~中盤にかけてはその辺の叙述がひとつのヤマ場になる。
 暗殺仕事をギリギリまで回避したいギブスの心情を尊重し、バナーマンがかつてテロ事件で父親を殺された射撃の名手の青年を動員するあたりも、そこまで準備を整えるものか? と思いつつも、妙なリアリティがある。ストレスの尋常でない前線だけに、実働する工作員への入念なケアは大事だということか。

 大筋プロットにおける興味は、一体くだんのテロ組織の計画は何だ? だが、邦題ではそれが高速旅客機コンコルドに何か絡むことを割っている(原題は「The Third Arm」で、劇中でその意味がそっと語られる)が、詳しい事はストーリーの後半に行くまでわからない。

 前述のように全体的に洗練された品格の良さがあるスリラーだが、話は好テンポで進み、面白かった。任務の最中のなりゆきで、子猫の件に加えて可愛い女子大生と素で恋仲になるギブスにはちょっと苦笑したが(万が一、正体がばれて人質にされたり、報復の対象にされたりしたらどうするんだ)、不満はそこだけ。
 作品はシリーズ化できそうな雰囲気もあったが、単品で終わったらしい? 
 今回は書庫のなかでたまたま見つかった未読の一冊を読んでみたけど、またそのうち別のロイス作品も手にしてみよう。
(他の作家で言うならジェラルド・シーモアとか、あの辺のランクかなあ。)


No.2138 7点 幻想三重奏
ノーマン・ベロウ
(2025/01/07 07:11登録)
(ネタバレなし)
 英国南部の町ウインチンガム。そこで心霊の仕業によるものとさえ思える怪異が続出する。すぐそばにいた人物は幻の幽霊だった? 消えたフロア、そして消失した路地の謎。ウインチンガム署の敏腕刑事で42歳のランスロット・カロラス・スミス警部は相次ぐ怪事件に挑むが。

 1947年の英国作品。ランスロット・カロラス・スミス警部シリーズの第一弾。
 <そんな人はいなかった!?>……どこかで聞いたような設定ながら最初の事件からこの蠱惑的な謎の提示にゾクゾクし、そのあとに続く、まるで連続中編風の構成で語られる、第二~第三の怪事件にもワクワク!

 解決なんか、ある意味、どーだっていいんだよ(←え!?)、この魅惑的な謎の量感にこそ価値がある、と開き直ったような、当時の新世代の古典風パズラーで非常に楽しかった。
 結局、犯人の設定はアレだわ、それ以前に目的のためにここまで犯罪者が計画や仕込みを練る必要あったのか? というような気も生じる。
 んのだが、文章の叙述という形でならギリギリ説得されて(それもアリだと考えて)もいいや、というピーキーかつグレイゾーンのトリックの連発に笑みがこぼれてしまう。特に第二の事件のトリックが、どこかで見た(読んだ)ようなものながら、なかなかのケッサク。オレも作品世界に入って、その仕掛けを肉眼で見てェ(笑)! さすが解決でも(中略)。

『魔王の足跡』は結局は真相のショボさにめげて、あんまり評価してないのだが、こっちはトータルで十分に楽しめた。むろん傑作でも優秀作でもないんだけど、本当に快い作品です。


No.2137 6点 幽霊屋敷
佐野洋
(2025/01/07 01:26登録)
(ネタバレなし)
 佐野洋の、男女間のアレコレを主題にしたワンテーマ短編集。全10本収録で、たぶん角川文庫オリジナルのセレクトだろう。全部が初出かどうかは知らないが。

 以下、各編のメモ&寸評。

「幽霊屋敷」……海外に取材旅行に出かけたはずの作家。だがそのパスポートが作家の妻のもとに送られてきた。そこから事件はさらに予期せぬ方向に流れ出す。おそろしくとっちらかった話で、わずか60ページの作品ながらストーリーの概要を語るだけでも難しい。

「影の男」……死んだはずの夫がまだ生きてるのでは? と不審を抱く妻。ちょっと長編『砂の階段』を思わせる設定だが、中味は当然、別もの。

「腰かけ結婚」……全体が書簡のやり取りで構成される短編。途中までは本文庫中でも、最高に面白いが後半、作者が途中で興味を失ったような作りなのが惜しい。

「優れた血」……不倫した要職サラリーマンが巻き込まれた殺人事件。最後のオチはオーソドックスだが、妙に心に響く佳作。

「カラスなぜ鳴くの」……子連れの男と再婚しようとする女。女は幼稚園の先生で、実は相手の男は教え子の園児の父だった。殺人事件もからむが、最後のオチはほとんど普通小説。これでいいのか?

「白い檻」……従順で貞淑だが、性的に不感症な妻を娶った男。そんな夫婦と男の愛人たちとの奇妙な物語。ヘンタイ度は最高で、とにかく笑える。個人的には本書中最高の爆笑エロミステリであった。

「夜の抵抗」……また幼稚園にからむヒロインネタ。結構トリッキィな仕掛けが用意されていて、純粋にミステリとしてならこれは本書内でも上位の方か・

「回転扉」……回転扉を大道具に、カトリーヌ・ドヌーブの映画「昼顔」みたいな主題の人妻売春もの。狙いはわかるが、作中の某人物の心理の方は理解できるようなそうでないような。

「仮面の客」……人妻売春組織の客として現れた、仮面で顔を隠した男。思い付きのアイデアだろうが、それなりに。

「狐の牙」……<虎の威を借りる狐>と揶揄される、社長の娘婿のヤンエグの不倫の決着は……? ミステリ味は薄かったかな。なんか小咄風。

 読んでる間はそこそこ面白かったが、終わりの方になるともう、先に読んだ初めの(巻頭に近い)方の内容を半ば忘れてしまったりする。
 ベストは「腰かけ結婚」か「白い檻」か。あ、あくまで個人の好みだ(笑)。


No.2136 8点 二人目の私が夜歩く
辻堂ゆめ
(2025/01/06 06:38登録)
(ネタバレなし)
 両親を幼少時に交通事故で失い、祖父母に養育された高校三年生の女子・鈴木茜。茜はボランティアで、ほぼ全身不随だが会話だけは可能な29歳の女性・厚浦咲子と友人になる。幼少時の事故のトラウマの影響で人との関りも不順な茜は、年の離れた咲子と奇妙な友情を築いていった。だがそんな茜は、ある日、自分の体の変調に気づく。

 大き目の級数の本文で、スラスラ読める。
 孤独な主人公ヒロインたちの邂逅の中からやがて予想外の事実が浮かびあがるが、もちろん詳しくは書かない。
 だが広義の? ミステリとしてもヒューマンドラマとしても非常に手応えのある作品で、特に終盤で明らかにされる真相の作り込みとクロージングの余韻はあまりに鮮烈。

 いい年になったいま読んでも十分に良かったが、十代の後半か二十代の前半に出会いたかったな、とも思った。そうであったら、たぶん強烈にこちらの胸に突き刺さったであろう。
『卒業タイムリミット』とはまた違う味わいの優秀作で、こちらも作者の代表作のひとつになるのでは?


No.2135 6点 ベルの死
ジョルジュ・シムノン
(2025/01/04 06:05登録)
(ネタバレなし?)
 アメリカのコネティカット。40歳の中学教師スペンサー・アシュビイとその妻で42歳のクリスティーンは、ひと月前からヴァージニア生まれの18歳の美少女ベル・シャーマンを自宅に住まわせていた。ベルの母ロレインは夫(ベルの父)と離婚の争議中で現在はパリに在住。ベルは両親の離婚騒ぎの側杖を喰わないように、ロレインの幼なじみで友人クリスティーンのもとに預けられていたのだ。その夜、クリスティーンが友人たちとカード(トランプ)パーティに出かけている間、ベルは映画を観に出かけ、アシュビイのみが自宅で趣味の木工細工をしていたが、クリスティーンがまだ帰らぬうちに先にベルが帰宅。彼女は簡単にアシュビイに挨拶すると自室に入った。そして翌朝、クリスティーンそしてアシュビイは、ベルが夜間に自室で、何者かによって殺されていたことを認める。

 当時アメリカ在住のシムノンが書いた、1951年の作品。


※以下、まったく完全に素の白紙の状態で本作を読みたい人は、これ以上このレビューも、先行するお二方の書評も読まないでください。
 ただし結構有名な大ネタの作品だし、当時の早川編集者だった都筑道夫も本書の解説で堂々とネタバレしてます。








(以下、ネタバレの書評&感想)
 最後まで読んでも真犯人がわからない作品、というのはくだんのツヅキがあちこちで語っていたハズで、評者自身も少年時代から知っていた。
 
 今回が初読であり、実は長い間、心のどっかに、そんなマトモな決着がない作品、読んでも……という思いが忍び、それゆえ食指がいまひとつ動かなかった。そんな面はある。
 ただし今日、ツンドクの本の山の中の本書の背表紙を眺めたときに、「じゃあそんな(犯人がわからない)作品、どうやって一編のミステリまたは小説にしてるんだ?」という極めてプリミティヴな疑問が自然と湧き上がってくる。
 実は今夜は新年の友人との飲み会で酒が入っており、やや倦怠感を抱く状態だが、シムノンでページも薄いし、この機会に読んじゃえ、という流れであった(笑・汗)。

 作者の狙いは、ミステリという小説世界をメタ的に考えるなら、そこもひとつの物語宇宙で作中のリアルがあるんだから、その場のなかで事件が迷宮入り、あるいはそれに近い段階に迫ることも確実にあろう、という認識から始まった一種の思考実験だろう。
 その意味ではミステリの定法を大きく外しながら、実は、ミステリという文学の枠組みをしっかり意識した、一編の作品だと思う。少なくとも読者にはまず(普通の)ミステリと思って白紙の状態で読ませるのが一番効果があるのでは……と考えた作者シムノン、彼の手によるメタ・ミステリなんじゃないかな? 

 実際の作者のメイキング心理はどうか知らないが、評者は本作にそんな認識を築く。後半、司法関係や世の中の有象無象から主人公アシュビイが疑惑の目を向けられ、その中にはアシュビイ自身の方の意識過剰ではないか? と思わせる叙述も交えられているあたりなど、シムノンらしい小説作法の面目躍如だ。
 さらに途中まで完全に脇役と思っていた某サブヒロインのあとあとの劇中での運用ぶりや、自分自身の事情からアシュビイ夫妻に娘ベルを預かってもらいながら、夫に煩わされた男性不信の念を主人公アシュビイに逆恨みでぶつけまくるベルの母ロレインの愚かで強烈なキャラクターも小説の幅を広げる。

 さすがシムノン、紙幅の割に読みごたえは存分にある作品……なのは間違いないのだが、一方でこの方向でのこのお膳立ての上なら、割と、当たり前にやっておくべきネタを続々と消化する内容……という面もあり、佳作~秀作ではあろうが、秀作~優秀作というにはもうひとつふたつ欲しかった感じがしないでもない……。
 あら? もしかしたら、結構ゼータクな高望みしているだろうか(汗)? というわけで評点はこの数字で。実質6.5点。

 とはいえなんかね、東西新旧のミステリという大海の中には、同じ狙いでもっとボリュームのある紙幅を費やしながら、最後にこの種のうっちゃりを掛けた作品がありそうにも思えないでもない。いや、すでに評者自身、その手の作品を読んでいて失念している可能性もある。
 たとえば東西のミステリが2~3000冊書かれるなら、随時その中の一冊くらいは、同じ狙いの<犯人判明の放棄>でもいいんじゃないのかな? といささか無責任な思いが生じたりもした(笑・汗)。


No.2134 6点 誘拐作戦
都筑道夫
(2025/01/02 08:37登録)
(ネタバレなし)
 仕掛けの一部は見え見えながら、最後のサプライズの波状攻撃にはちょっと感入るものはある。
 とはいえ一番の反転は、某・海外作品で……。まぁ、確実にこっちの方がそれより先なんだけどね。

 財田家周辺の軽いドタバタ騒ぎなど、天藤真に近い線を狙ってるのだろうけど、小説としてもうひとつ味わいに欠ける感触は本作の弱点。まあその辺は、こういう趣向(作中の設定)ゆえの仕様なので、と言われたら、仕方がないのだが。

 それでもトータルとしては、完成度が高めなのは、認めなきゃいけないだろう。


No.2133 6点 タリスマン
スティーヴン・キング & ピーター・ストラウブ
(2025/01/01 22:12登録)
(ネタバレなし)
 1981年9月のニューハンプシャー州。12歳の少年ジャック・ソーヤーは数年前に芸能エージェントだった父フィリップに急逝され、今は、末期癌に苦しむ母リリーを気にかけていた。リリーはかつて「リリー・キャヴァーノ」の芸名で鳴らしたB級映画の女優スターであり、夫フィリップの遺した成功したエージェント会社の経営権の相応部分を継承していたが、フィリップの同僚モーガン・スロートはその権利の譲渡を強引に求めていた。そんななか、ジャックは遊園地で雑役係を務める黒人の老人スピーディ・パーカーと友人になる。ジャックはそのスピーディから、現実と並行する異世界「テリトリー」に跳躍(フリップ)し、そこでアイテム「タリスマン」を入手すれば母を助ける可能性がある、と教えられた。だがテリトリーとこの世界、そして向こうの世界の住人たちとジャックたちこちらの世界の人間たちの間には、ある大きな相関があった。

 1985年のアメリカ作品。
 大晦日と元旦の年越しで何か長い作品を読もうとヤマッ気を出し、30日の深夜(31日の早朝)から読み始めて、文庫上下巻合計1000頁以上を元旦の21時台に読了。
 キングはともかくストラウブの方は、これが初読のハズだ(評判がいいストラウブ作品『ジュリアの館』は、ほぼリアルタイムの刊行時期に、古書店で美本を700円で買ったはずだが、読もう読もうと思いつつ、その本の現物が見つからない・汗)。

 でまあ、この『タリスマン』、面白いことは面白いんだけど、下巻の訳者あとがきで矢野浩三郎が書いてる通り、王道のロードムービー系ファンタジーの壮大なパロディみたいな内容の作品。
 要は、この手のジャンルの豪勢な幕の内弁当みたいな作りなので、

●うーん、いまひとつノリきれない……。
〇気が付いたら、他の歳末や新年の諸事も忘れて、貪るようにページをめくっていた!

 ……の二つの気分を、何度も何度も行き来した。
 正に跳躍(笑・汗)。

 ジャックが旅の道連れといっしょに途中のタコ部屋に閉じ込められるくだりとか、完全に日本アニメーションの「世界名作劇場」の『三千里』か『ペリーヌ』か『家なき子レミ』辺りの、やや過激版である。
(そのせいか、後半のクライマックスは疲れて、正直、やや眠くなった。)

 ただまあ、やっぱりトータルではウマいところもあるんだよね。最後のクライマックス、点描的にそれまでの道中で出会った善人やら悪人やらの描写を挿入し、(中略)の物語のスジを通すところなんか職人芸のエンターテインメントだし。

 個人的に、長さの割にそれに見合う面白さがなかったキングの長編の筆頭は『IT(イット)』だと確信。この評価は終生変わらないんじゃないかと思っており、今回はもしかしたらソレに近い感触になるか? とも考えかけたが、そこまでヒドくはなかった。ただまあ、良くも悪くも定番のネタのオンパレード(当時にしても)だということは心得ながら、読むほうがいいと思う。

 ちなみに続編は、21世紀になってから書かれた「ブラック・ハウス」(2001年)。現実世界で青年刑事になった(さらにそこから辞職までしている?)ジャックの物語みたいで、英語wikiに和訳をかけるとなんか面白そうである。本作の劇中設定を背景に、どのようなミステリになってるのか? そっちは読んでみたい。翻訳出ないかな。
【2025年1月2日追記】
『ブラック・ハウス』は、すでに翻訳出てたんですな。恥かしい(大汗)。 


No.2132 6点 白い悲鳴
笹沢左保
(2025/01/01 13:53登録)
(ネタバレなし)

 歳末から年始にかけて寝床で読んだ中編集。今年のレビューの一冊目がこれである。

 2019年の方の新装文庫版で読了。全4編収録。

 以下、メモ&寸評の感想

①「白い悲鳴」……隠し資金が盗難にあった中堅会社。管理責任を問われて馘首された社員は……。
 最後に落とすならこうくるだろうという面もあるが、あまりモノを考えるヒマを与えずサクサク読ませる作者の話術勝ち。佳作。

②「落日に吠える」……海外勤務から帰国したプレイボーイのエリート社員。彼は仲が良かった兄の変死を探るが……。
 結論への道筋が直感的すぎるという印象も生じたし、中盤の捜査(調査)のくだりも見知らぬ他人にそういう対応はありえんだろ、というリアリティの薄さもある。ただし犯人にちょっと(中略)する真相と、ラストシーンの鮮烈さで点を稼いだ。佳作。

③「倦怠の海」……情人に捨てられた29歳の未亡人。そんな彼女の部屋にその夜、一人の男が飛び込んできた。
 例によっての、男と女の笹沢ロマンを途中まで読まされていたら、最後の3分の1で思わぬ方に話が動いた。佳作。

④「拒絶の影」……日本各地に総計15もの一流ホテルを建てた大実業家のホテル王。その新築の京都のホテルで、ある事件が……。ホテル王はある行動に出るが。
 ミステリ味(推理要素)は少ない話だが、人物配置の妙によってなかなかトンデモな展開を迎える。佳作……でいいかな?

 というわけで、全4作、どれも(ほぼ)佳作。後期の笹沢短編は期待通りに読みやすく、就寝前にもうちょっと何か読みたい時には実にお手頃だった。これはこれで価値のある一冊。


No.2131 6点 一匹や二匹
仁木悦子
(2024/12/30 04:08登録)
(ネタバレなし)
 5つの作品を集成した中短編集。
 評者は角川文庫版で読了したが、元版は1983年7月の立風書房版で、収録内容は角川文庫と同一らしい。

 以下、各編のメモ&寸評。

①「一匹や二匹」……長編『二つの陰画』(評者はまだ未読)と同じ世界観の事件らしい。野良の子猫の里親探しに奔走する児童主人公が巻き込まれた、近所の殺人事件の話。心地よい、ジュブナイル風の大人向けミステリ。

②「坂道の子」……ノンシリーズ編。さる事情から心に大きな傷を負ったヒロインが遭遇した、子供の誘拐事件。個人的には、クロージングの余韻まで含めて、一番良かった。

③「サンタクロースと握手しよう」……浅田(旧姓・仁木)悦子の事件簿。兄の雄太郎は登場せず。クリスマスに幼稚園周辺で起きた殺人事件(被害者は大人)。まっとうな謎解きミステリ。

④「蒼ざめた時間」……ノンシリーズ編。バレンタインデーに、思わぬ逆境に巻き込まれた青年が主人公のサスペンス編。ウールリッチの佳作短編みたいな味わい。

⑤「縞模様のある手紙」……長編『青じろい季節』と同じ世界観の事件。ただし主人公は砂村朝人本人というより、その妻の絹子。ちょっと込み入った構造の犯罪を、妙な角度から長めの短編(または短めの中編)にまとめている。

①のみ自宅の周辺で読み、②~④は、冬コミケとその後の打ち上げ飲み会への往復の電車の中で読了。⑤は途中まで②~④と同じ流れで読んで、最後だけ帰宅してアレコレしてから読み終えた。

 単独連作シリーズものでない仁木短編集を読んだのは、1980年にリアルタイムで『銅の魚』を通読して以来、かもしれん。いや、87年の最終短編集『聖い夜の中で』も読んでいたかな?
 本書(『一匹や二匹』)は、結構、楽しかった。


No.2130 7点 証拠が問題
ジェームズ・アンダースン
(2024/12/28 05:35登録)
(ネタバレなし)
 その年の8月。英国はロンドンから自動車や電車で一時間前後の海岸沿いの町ファーマス。そこで自称モデル業の美女リンダ・メアリー・マシューズが、何者かに殺害された。リンダと不倫関係にあった、出版界のエージェントで38歳のスティーヴン・グラントが容疑者として逮捕されるなか、スティーヴンの妻で33歳のアリソンは夫の嫌疑を晴らすため奔走する。やがて事件にはリンダの兄であるスコットランドヤードの首席警部ロジャー・ピーター・マシューズも介入。ロジャーはアリソンを女性ワトスン役に非公式な独自の捜査を始めるが、事件は意外な進展を見せていく。

 1988年のアメリカ作品。
 海外ミステリ、同SFその他の名ガイドブック「100冊の徹夜本」の中で紹介されていた一冊で、しかも作者があの『血染めのエッグ・コージイ事件(血のついたエッグ・コージィ)』のジェームズ・アンダースンだというので以前から気にはしていたが、今夜、勢いをつけて読んだ。

 現代日本の中堅作家の新本格ミステリか!? と言いたくなるほどの強烈なリーダビリティで、400ページ近い本文を3時間ちょっとでイッキ読み。これだけページタナーな「読ませる」パワーを誇るという点、すでにそれだけで価値がある。

 帯付きの初版をブックオフの100円棚で購入し、その帯に「真相は(中略)……!」とあるので期待したが、ソノ辺に突入するのは比較的あとの方で、ストーリーの中盤まではヒッチコックの良くできた映画みたいな感じで、イベント続きで話が転がっていく。

 作品の結構もサプライズの成分もむろんここでは語らないが、適度に、読む側に「もしや……」「ああ、これは……」などと種々の仮説やヘボ推理を呼び起こさせる内容で、そこら辺がメチャクチャ楽しい。初球から上級まで幅広いミステリファンが楽しめる、おもちゃ箱みたいな一冊。

 なお中盤のある展開で、そこもまた「あ、これ……」と思わされたが、作者は確信行為だったんだろうね? 最後の最後、創元文庫判のP385に出て来る固有名詞は、そこでわかってくれ、という読者に向けての作者のサインか?

■なお本サイトのこれまでのレビューですが、誠に恐縮ながら、こうさん、kanamoriさん、完全にネタバレです(汗)。
(あびびびさんのレビューは事前に警告されているから良心的ですが、やはり作品を読み終わるまで、見ない方がいい。)
 老婆心ながら、これから読む人、その点、ご注意を(大汗)。

 評点は8点でもいいんだけど、良くも悪くも軽快な感じでその数字がつけにくい。その年の新刊として読んでいたら、SRの会の年度ベスト投票(本サイトと同様に10点満点での各作品評)には確実に8点つけたと思うけど。


No.2129 7点 六色の蛹
櫻田智也
(2024/12/27 21:42登録)
(ネタバレなし)
 第二短編集は(なぜか)未読なので、久々のシリーズとの再会であった。

 評判のいい「赤の追憶」はミスディレクションにまったくひっかからず、当初からダイレクトに作中の真実の道筋を辿りながら読んだので、いまひとつ皆さんの高評がピンと来ない。
(いや、ヒューマンドラマとしていい話だということに、確かに異論はないが……。)

「黒いレプリカ」の読み応え、「青い音」のストーリーテリングぶりも悪くなかったが、個人的に圧巻だったのは「黄色い山」。泡坂というより連城の初期短編だと思う。

 法月先生は「泡坂フォロワーから脱皮し」と現状の作風をホメているみたいだけど<21世紀に現れた、亜愛一郎もの路線の後継者>というだけで大した事だと思っているので、個人的には今のこのままで、もうしばらく連作短編シリーズが続くのを願っています。


No.2128 7点 死に髪の棲む家
織部泰助
(2024/12/27 08:01登録)
(ネタバレなし)
 その年の9月。自作の小説で身を立てようとしながら、ゴーストライターの売文業で食いつなぐ「私」こと作家・出雲秋泰は、懇意の編集者・神田宏一のはからいで、地方の大実業家の「自叙伝」を代筆する仕事を得た。早速、福岡県の祝部村に赴き、90歳の大富豪・匳(くしげ)金蔵の取材をしようとする出雲だが、彼はその村で髪の毛にまつわる怪異な因習を認める。やがて現地でとある事態に遭遇した出雲は、成り行きの中で、三重に不可能状況の密室殺人に関わった!?

 角川ホラー文庫の叢書レーベルから出ている今年の新刊だが、実際には完全にガチな館もの系のパズラーだというTwitter(現Ⅹ)でのウワサを聞いて興味が湧き、イソイソ読んでみる。
 ちなみに作者は7年前にすでにラノベで、やはりホラーミステリらしい作品を一冊刊行済み(評者は未読)。 

 ……いや、噂通りの不可能犯罪フーダニットで、レーベルに見合ったホラー風味の設定のなかにトリックも満載、イベントも続出して読者にサービスしまくる作りになっている。
 とはいえウリ? の三重密室の解法に関しては前例がないわけでもないし、他のメイントリックのひとつもどこかで見たようなものだが、事件の場となる匳家の構造を使った某トリックはなかなか面白い(発想もそうだが、実際に犯行が進行しているときのビジュアルイメージも)。

 探偵役は一人称「私」の出雲自身か、と当初は思わせるが、ちょっと趣向があり、その辺は詳しくは実作を読んで。ただし出雲自身もアマチュア探偵としてそれなりのひらめきを見せる。

 ニヤリとしたのは伏線の張り方と、中盤のややバカミスっぽい(というかいかにも新本格作品めいた)中技のトリック。後者は小島正樹か門前典之系の、あの手の路線に近い。
 全体にお約束の部分も目立つ作品ではあるが、登場人物たちも総じてキャラが印象的に立ってるし、これだけ盛り込んでもらえば十分であろう。

 意識の高いファンにアレコレ言われたり、どこかで見たような作風で新鮮味がないと謗られそうな気配もないではないが、個人的にはトータルとして普通以上に面白かった。途中がちょっとダレかけるが、その辺は前述のように作者も読者サービスを心掛け、キャラクターの出し入れと中小のイベントで受け手を退屈させないよう配慮してある感じ。
 たぶんシリーズ化はされるんでしょう。


No.2127 6点 悪夢 ウールリッチ傑作集
コーネル・ウールリッチ
(2024/12/26 04:48登録)
(ネタバレなし)
 表題作の中編『悪夢』と5本の短編で構成される、ポケミスの中短編集。
 1956年に原書で同題『NightMare』という短編集が本国で刊行されているが、ポケミスがこの原書の収録作を、丸々訳したものかは未詳。
 一応、ポケミスの巻頭には、ドッド・ミード社の56年の原書の翻訳権所有のお断りがある。

 以下、各編の内容についてメモ&寸評
①「悪夢」……無自覚なままに殺人をしてしまったのではないかと、怯える男「私」が主人公。副主人公が男の妹の亭主の刑事で、起伏の豊かなストーリーがサスペンスフルに語られる。それなりに面白いが全編で80ページはやや長めで、さらに(時代ゆえに仕方がないが)作者は(中略)を万能視しすぎ。

②「形見」……創元のアイリッシュ短編集1に『遺贈』の題名で入っているらしいが読んだ記憶がない。後半、良くも悪くも、アイリッシュ(ウールリッチ)というよりはスレッサーみたいな感じ。

③「借り」……これも創元のアイリッシュ短編集の6に、こっちと同じ邦題で入っているらしい。やはり読んだ覚えがない。若手刑事が死にかけた自分の娘をひとりの男に救われるが……という話。もうちょっと長くてもいいかとも思ったが、ラストの舌触りの味はいかにもこの作者っぽい。

④「スクリーンの中の女」……映画撮影現場での殺人。作者がよく描く、主人公が若手(青年)刑事路線のひとつで、殺人方法、犯人、伏線、ラスト……と普通のミステリっぽい話。これはこの短編集でしか読めない作品。

⑤「家まで送ろう、キャスリーン」……これも創元のアイリッシュ短編集6に収録(「送っていくよ、キャスリーン」)。たぶん読んでるはずだが内容を忘れてた。こんな話だっけ? という感じ。冒頭が『幻の女』を思わせる書き出しなので、原型か? とも思ったが、冤罪をかけられるメインキャラという以外、あまり関係はない。読みごたえはある短編。

⑥「午後三時」……やはり創元のアイリッシュ短編集6に収録(「三時」)。さすがにこれは強烈なサスペンスとアレなオチで覚えていた。ある種の作劇パターンの元祖かもしれない。

 ……というわけで、ウールリッチ(アイリッシュ)の邦訳短編をコンプリートで読みたいファンは、④のみを読むために手にとってください。①も既訳があるけど、ほかの邦訳短編集には入っておらず「別冊宝石」に載ったきりみたいだから、大方の人はここで読めばいいだろうと。
 
 ①がちょっと冗長で(それなりには面白いが)、大昔に読んで内容の記憶がいまなお鮮明な⑥以外の②~⑤はどれも楽しめた。ベストは僅差で③かな。④と⑤もいいか。


No.2126 5点 ウェイティング
フランク・M・ロビンソン
(2024/12/21 04:24登録)
(ネタバレなし)
 まもなく21世紀を迎えるサンフランシスコ。路地で中年の医者ラリー(ローレンス)・シェイが、惨殺された。青春時代にシェイとともに馬鹿騒ぎの遊興サークル「自殺クラブ」に所属し、今も当時の仲間たちと付き合いのあるテレビ局のニュース・ライター、アーティ(アーサー)・バンクスは、友人の変死を調査するうちに、シェイの周囲で事故死したひとりの老人ウィリアム・タルボットの死亡記録を認める。そこでアーティが知ったのは、60歳代のタルボットの肉体が、生物学的にまだ30歳代の若さを保っているという驚異の事実であった。やがてアーティは、現人類ホモ・サピエンスとは別途に、3万5千年前に生きていた「旧人類」の末裔たちが現代でも己の種を自覚しながら人間社会に潜伏して暗躍し、現人類の滅びの時を待っている(ウェイティング)という脅威に直面する。

 1999年のアメリカ作品。
『タワーリング・インフェルノ』(同邦題の原作小説版)の作者コンビ、スコーシア&ロビンソンの片方(後者)が単独で著したSFスリラー。
 サワリの文芸設定だけ聞くとちょっと面白そうだし、あの小説版『タワーリング・インフェルノ』(←これは若い頃に、ほぼリアルタイムで読んだ)の片割れの作者の(比較的)近作という事実にも興味を惹かれ、手にとってみる。
 
 ちなみに角川文庫の表紙の、ゴールデンブリッジの上に立ってサンフランシスコの市街を睥睨する人影はなかなか刺激的で、「お、こいつがその旧人類の一人か? 現人類を冷ややかに見下ろす幹部クラスの大物か?」と期待したが、実際には何の関係もない。主人公の学生時代のサークル「自殺クラブ」の度胸試しで、メンバーが高い橋の上に登っているだけの図だった。わしゃ怒るよ、角川の表紙サギ(!)。
 
 3万5千年前に、人類の進化の系図からホモ・サピエンスと袂を分かった旧人類がその後も現代まで命脈を保ち続けているという大ボラ自体は、ちょっと我が国の山田正紀風にワクワクできていいのだが、じゃあその連中がどうやって統率されているのか、とか、3万5千年という悠久の時のなかで現人類ホモ・サピエンスとの交配はどのような過程を経たのかとか、種の因子の薄い濃いは、旧人類が隠れ潜む人間社会のなかでどのような意味を持つのかとか……などなど、生物学にシロートの自分が読んでいても結構な疑問が湧いてくるのだが、作者はその辺あまりマジメに応える気が無い。江戸時代の諸藩のどっかに、数代前からの草(潜入忍者)が潜伏生活を送っている、程度の描写しかない。この辺は、キングやクーンツなど細部にリアリティを書き込める大家との筆力の差が、明白に出た感じ。

 主人公の周囲の人間が続々と命を奪われていき、どうやら旧人類はテレパシーとまではいかない外的な暗示によって人の心を操作できるらしいといった描写がされるのだが、実際には心の声が聞こえるような叙述で敵の攻撃や精神操作が描かれ、なんだ結局は従来のテレパシーじゃないの? という感じで、あまり緊張感がない。
 ストーリー的には随所にどんでん返しもあるのだが、結構、先が読めてしまったり。それらも含めてロビンソンは単独の作家としては、あまり描写が、小説がうまくない印象。終盤、主人公アーティがさる大きな作中の事実に気づくくだりも、なんでそうなったのか、よくわからないし。

 つーわけで、大ネタはそれなりに面白くなりそうなところ、あまり弾まなかった一作であった。そもそも大設定からして、これなら旧人類の復権という『ウルトラセブン』のノンマルトみたいなSF設定にする意味もなく、フツーの人類危機の侵略SFみたいにミュータントでいいよね、という思い。
 評点はこんなものかな。まったく楽しめなかった訳ではなかった。

 とはいえスコーシアとの合作の小説『タワーリング・インフェルノ』は普通に面白かった遠い日の記憶があるので、ほかに何冊か出ている合作作品の方なら、もうちょっとイケるかもしれない? その辺もそのうち、手にとってみることにしよう。


No.2125 6点 謎解き広報課 狙います、コンクール優勝!
天祢涼
(2024/12/19 06:14登録)
(ネタバレなし)
 2015年に第一作が書かれた連作短編集(的な長編?)「謎解き広報課」の9年ぶりの新作(シリーズの第二集目)。

 9年前の第一作は当時、評者が久々にミステリファンに本格的に復帰した身で、リアルタイムで読んだ。
 その後、続刊が出そうで出なかったが、正直、天祢センセはE・D・ホック並みにシリーズキャラクター(またはそうなりそうな気配の探偵たち)を創造しておきながら結構、途中で放ったままにしておくので(いい加減、ニュクス=音宮美夜を復活させてほしい!)、この作品もそんなシリーズものの成りそこないのひとつくらいに思っていた。
 そしたら2015年の元版を経て2018年に文庫化された本シリーズの第一作が、長い目で見ると悪くないセールス成績だそうで(なんかそんなウワサだか、作者御当人の述懐だったかを、ネットで見た)、今年2024年にはいっきに第2冊目、そして第3冊目(完結編?)がついに刊行される運びとなったらしい。新作の二冊とも、文庫書き下ろし。
 なんかこういうパターンも珍しい。
 
 主人公ヒロインである公務員・新藤結子が所属する東北の一地方・高宝町(こうほうちょう)の町役場広報課が、さることを契機に各地方で作られる地域広報誌の「広報コンクール」優勝を狙う。これが、今回のシリーズ2冊目の全体のストーリーの縦糸。この大枠のなかでその年の五月から十二月にかけて起きた「日常の謎」の短編ミステリ5本が連作として語られ、最後の話で長編的な結構のまとまりを見せる。要は山田風太郎の『明治断頭台』とかと同じような構造で、まあ類例の長編的連作短編ミステリ集はいくらでもあるか。

 一本一本のエピソードは文庫本で50~70頁ほどの中編といえる短編で、口当たりの良さと読み応えの相乗でそれぞれ心地よい作り。第一話の野球少年ネタ、第二話の意外な動機ネタ、第三話の人気ゲーム聖地巡礼ネタの中での意外な……と、それぞれなかなか面白かった。それらの各編の中に散りばめられた大小の伏線が有機的に回収される最終編での意外な真実も悪くない。
 
 とはいえ成熟、爛熟した印象のある国内ミステリの一路線「日常の謎」ジャンルのなかでは、これでも決して傑出したわけではないのだろうということも大方の察しはつくし、たぶんトータルの評価としては、佳作~秀作の中。読み手がどの辺の出来と見るかは、この手の作品になじんでいるかそうでないかでも大きく変わりそう。
(個人的には、「日常の謎」系をそんなに大系的に読んでるわけではなく、未読の名作や人気作も多いので、今回のコレはこれでフツーに楽しめた。)
 さて、次の第三冊目か。こんな刊行ペース自体が珍しいし、最後までリアルタイムの場のなかで付き合っておこうか?


No.2124 6点 砂の館
シェリイ・ウォルターズ
(2024/12/18 08:21登録)
(ネタバレなし)
 1970年代初め(たぶん)のニューヨーク。美術学校を出て、新進アートデザイナー&女流画家の卵として活動していた20歳代前半(たぶん)のティビイ(ティベリア)・ランデルは、仲間たちと広場で青空画廊を開いていたところ、見知らぬ40代の紳士から声を掛けられて自作の絵画を購入してもらった。紳士ヴィクター・ファリンドンは、元弁護士で今は株の投資で順調に成功した金持ちだった。ヴィクターは新規事業のため、広告宣伝用の絵描きが欲しいとティビイをスカウト。かくしてティビイは、ニューヨークから離れた、近くに海岸と沼地のあるクォニスカンの町を訪れ、そこにある砂丘の上に立つヴィクターの館「ザ・デューンズ」の逗留客となった。だがそこで彼女を待っていたのは。

 1974年のアメリカ作品。翻訳は現在Amazonにデータがないが、1976年9月に角川文庫から刊行。

 「訳者」あとがきによると作者シェリイ・ウォルターズは、別名義で当時すでに相応の実績のある某作家の別ペンネームだそうである。その後、2020年代の現在までにどっかで正体が判明してるかもしれんが、当方は寡聞にして知らない。いずれにしろこの作者名での翻訳はこの一冊しかないと思う?

 内容はコテコテの(70年代当時の)現代ゴシックロマンで、砂上の館、そこではかつてある事件が起きて……というロケーションの王道ぶりもステキ(館自体も先代の持ち主が増築を繰り返し、現当主のヴィクターも正確な構造を知悉しきっていない、という外連味もまたよい)。
 週刊少女漫画誌に半年連載される連続ものの少女マンガみたいなストーリーだが、『レベッカ』や『ジェーン・エア』が大好きな「訳者」さまが楽しんで翻訳したのはよくわかる。
 こういうジャンルのお手本みたいな内容で、フツーに面白い。

 で、まあここまで書いて、本書のことをこれまで全く知らなかった人も、何となく察しがつくだろうが、訳者とは、もちろんあの小泉喜美子。
 Wikipediaでの現時点での書誌が正しければ御当人の5~6冊目の翻訳書で、大好きなゴシックロマン分野での初の翻訳がこの本であった。訳者あとがきで、自作『ダイナマイト円舞曲』についても自負というか思いのたけをくっちゃべっているのも微笑ましい。

 夜中の3時過ぎから読み始めたので、半分読んで今日は寝ようかと思ったが、本サイトを覗くと実に偶然にも『弁護側の証人』のレビューが二つ続けて投稿されているので、こりゃオモシロイと思って頑張って最後まで読んで、このタイミングというか順列で本作のレビューを投稿することにする。これで小泉喜美子スリーカードじゃ(笑)。
 いやまあ、こーゆーミステリファンの茶目っ気、天国の喜美子先生なら喜んでくれるかもしれんと、ちょっぴりだけ期待して(笑)。


No.2123 8点 砲艦ワグテイル
ダグラス・リーマン
(2024/12/17 16:09登録)
(ネタバレなし)
 1950年代。中国では1949年に共産党の中華人民共和国が誕生し、敗北した対立組織、国民党の大勢は台湾などの外地に逃れていた。そんななか、数千人の中国人が住む東シナ海のサンツ島は国民党のチェン・ベイ将軍が統治していたが、そこについに中共の大軍隊が迫るらしいことが、香港経由で英国政府にもわかる。サンツ島には今も十数名の英国人が暮らしており、香港の英国領事館は海軍との連携で、本格的な開戦前に英国人の島民の緊急脱出作戦を開始。現在の英国海軍で最も老朽艦で、全長150フィートの砲艦ワグテイルを島民の救出作戦に向かわせる。ワグテイルを率いる艦長ジャスティン・ロルフは、本来は傑出した海軍軍人ながら、さる事情から懲罰人事で老朽艦ワグテイルを任された男。ロルフは30人強の乗員とともにサンツ島に向かうが。

 1960年の英国作品。
 作者ダグラス・リーマンは、アレクサンダー・ケント名義で「海の男」リチャード・ボライソーも著したイギリス海洋冒険小説の雄の一角。リーマン名義でも20冊近い邦訳(うち三冊はシリーズものというか三部作)があるが、なぜか? 本サイトにもこれまで登録もない。
 かくいう評者も実は今回が初読みで、今から16~18時間くらい前に近所のブックオフの100円棚で創元文庫版を手に取り、その裏表紙のあらすじ設定を見て、面白そうだなと買ってきたばかりだった。そうしたら何となく興が乗って昨夜すぐ読み始め、大変、満足した。

 主人公のロルフ艦長は年齢設定は未詳だが、たぶん30代半ばくらいの大男で、海軍軍務の就役中に元・美人モデルだった愛妻に浮気されて離婚し、その心の傷から酒でダメになりかけた、元私立探偵カート・キャノンみたいな男(当然、この手の文芸設定として、そういうトラブルに苛まれるまでは有能な海軍軍人だった)。懲罰人事を受けた海軍でのやらかしは、その件自体には直接の関係はないが、下り坂になりかけた人生での流れだったことは類推できるようになっている。

 弱点を抱えた男性主人公の再起、老朽艦という主役メカ、緊急避難指示でトラブルが予想される島からの民間人の脱出行、と設定は王道、登場人物の配置も図式的ではあるのだが、それらを認めた上で、キャラクターや設定の使いようが非常に達者な作品。
 良い意味でその役割の人物は物語的に期待されることは全部やってくれるし、さらにその上で随所にどんでん返しやヒネリもある。

 島に行くまでになりゆきからの海戦のひとつもあるのだろうと予期していたら、あっという間に目的地サンツ島に着いてしまったが、そこからの民間人の島民を迎えた、さらに中共軍との戦禍にさらされる島の現地人たちにからめた作劇が読み応えがあった。いや落ち着いてみると良くも悪くも、その辺もまた正統派で王道の筋立てかもしれんが、いずれにしろシーンからシーン、局面から局面への繋げ方が達者。読んでる間は本気で9点あげてもいいかなと思ったほどだ。
 十分な満足感のまま数時間かけてほぼイッキ読みし、ひと晩寝て頭が冷えた今になると「とても良くできた作品」ゆえの逆説的な、あと、ほんのひとさじの物足りなさを感じないでもないのだが(かなりゼータクだ)、もちろん十二分に優秀作の一冊。

 20世紀の英国冒険小説なら、イネスもマクリーンもヒギンズもダンカン・カイルもジェキンズもトルーもフォーブスも、そしてクレイグ・トーマスも、まだまだ未読の(または再読したい)作品はいくらでもあるのだが(大体ほとんど、主要作品は読み終えたといえる作家はバグリイやライアルくらいだ。それだって厳密にはまだ未読作があるが)、今後はリーマンもその視野に入れよう。いつになるか知らないが、チビチビ消化していきたいモンで(汗)。


No.2122 7点 海鳥の墓標
日下圭介
(2024/12/16 05:46登録)
(ネタバレなし)
 母に病死され、さらに父親を轢き逃げで殺された「わたし」こと美貌の女子大生・朝吹沙枝子は大学を中退し、弟の研一を高校に通わせるためにOL生活に入った。だが22歳の現在、会社が倒産。一方で弟が重病で入院し、高額の治療代が必要になった。苦境の沙枝子は、たまたま出会った中年のジュエルデザイナー・生田満寿子の仲介で、中堅の貴金属会社「ワシオ宝石店」の店員という職を得るが、そんな彼女の周囲で予期せぬ事態が連続する。

 日下圭介の第四長編。作者の初期作は処女作で乱歩賞受賞作の『蝶たちは今…』を含む最初の三作をリアルタイムで読んでいたが、これは未読だった。元版の新書判は購入した記憶があるが、例によってどっかに行ってしまったので、しばらく前にブックオフの100円棚でたまたま出会った徳間文庫版で初めて読む(これで初期作品は第6番目まで消化じゃ~まあ70~80年代に読んだ作品の中身なんかおおむね忘却の彼方だが)。

 本作は序盤から途中まで、アニメ『小公女セーラ』みたいに、主人公のヒロインを苦難や理不尽なピンチが相次いで襲う流れ。蟻地獄のような苦境に落ちていく展開は息苦しいが、その分ページタナーとしての求心力は絶大で、高いテンションで読み進められる。ジャンルは雑な言い方をするなら、フランスミステリ風の醬油味ノワール・サスペンス。

 物語的をスムーズに進めるための、ややリアリティのない登場人物の続出や、その辺にからむ偶然性の多用など正直、ツッコミどころは多いが、フィクションとしての割り切りで受け止められるなら、これはこれでよく出来てるとも思う。要は物語の世界が狭すぎるんだけど、作者もそのへんは自覚してはいるのか、構成にあれこれと工夫をしている気配はある。
 
 最終的に明かされる事件の真相はそれなりに意外だが、むしろ本作の場合、さりげない伏線のいくつかの上手さが印象深かった。甘いポイントをどこまで許せるかにも関わるが、なかなかよくできたミステリだとは思う。

 ただね、ただね……。まあ、これは読み終わったヒトとだけ語り合いましょう。要は<こういうのが>スキかあるいはアリに思えるか、だな。
 強引でブロークンな力技がいっぱいの一冊だが、力作で佳作~秀作だとはいえるとは思う。やや迷いながら、この評点で。


No.2121 6点 暗黒大陸の怪異
ジェームズ・ブリッシュ
(2024/12/14 15:48登録)
(ネタバレなし)
 20世紀の半ば。コンゴのグントゥー地方。同国に12年暮らし、土地の原住民ともすっかり親しくなった「クサンディ」ことアメリカ人キット・ケネディーは、駐在事務官のジャスタン・ルクレルクを介してある依頼を受けた。それは何日も道程の日数がかかる山奥の秘境へ、男女4人からなるベルギーの遠征隊を案内するというものだ。船で川を下った秘境の奥の山地には謎の怪物「モケレ・ムベンバ」が住むという言い伝えがあった。この依頼を受けたキットは友人である現地人ワッサビ族の酋長トンプとともに、遠征隊を率いて目的地に向かう。だが少し気がかりなのは、遠征隊の隊長オットー・スタール以下の面々が旅の目的は医療関係であるとし、それ以上の詳しい内容を教えないことだった。

 1962年のアメリカ作品。
 作者ジェームズ・ブリッシュの作品は初読みで、評者みたいな昭和の世代人にとってはまず何より『宇宙大作戦(スタートレック)』のノベライズ路線の著者としてなじみ深い人だった(ほかにもオリジナルSF『悪魔の星』とか有名だけど)。
 創元文庫の初版は1968年8月で、評者は翌年3月の再版で読了。
 
 それで本作は、完全な秘境冒険もの+怪獣(正確には恐竜?)もの。
 本作作中では「モケレ・ムベンバ」表記され、その名前が「登場人物」一覧にも載ってる(これ、人間じゃないけど)モケーレ・ムベンベ。
 これが、アフリカの奥地にいるとされるネッシーみたいな恐竜型UMAだということは、2020年代の今日び、小中学生だって知ってる子は知っている。
 うむ、ちょうど10年前の深夜アニメ『未確認で進行形』劇中のネタだ(笑)。

 創元文庫の分類がSFなんだけど、内容からすれば帆船マークでもよかったんじゃないの? とも思えるし(まあ『失われた世界』もSFマークだったしな)、何より表紙のビジュアル(他作品と共通)が宇宙の最果てのベムみたいな連中なので、こっちは長い間、この作品は、なかばスペースオペラ的な内容なのかとも思ってた(なんせ作者が前述のとおりに『宇宙大作戦』のヒトだし)。
(さらにもう一件。創元文庫の扉あらすじではなんか時代設定が20世紀の初めと思わせるように書いてあるけど、本文P50で1940年代の史実の話題が出て来るので、実際にはそれ以降の20世紀中盤の物語だ。)

 総ページ200頁前後の短い紙幅で、細部の書き込みの少ない旧作なので話はスイスイ進む。遠征隊の秘められた目的も察しがつくし、あまり深みのない内容ではあるが、さすがに謎の怪獣が出て来るところはちょっとワクワク。いやまあ、こっちはそれを期待して読んでるのだが。
 終盤は秘境の非文明社会と、そこに分け入ってくる現代文明との距離感みたいな王道のテーマとなり(ここまでは書かせてください)、そこにどう主人公キット(と仲間たち)が決着をつけるのか、が興味となる。

 本当に直球で、正に良くも悪くも王道の秘境もの+怪獣(恐竜)小説。
 人喰い人種とかも堂々と出て来る内容で、いろんな意味で2020年代の現代以降の復刊はたぶん絶対にありえないだろう。タマにはこういうのもよろしい。

追記:作中で現地人が「旦那」を「プワナ」とルビをつけて呼ぶ描写があり、小林信彦の『大統領の密使』のボンド少年を思い出した(笑)。本書の原文が正確にどうかは知らないけれど、もしかしたら日本語での「プワナ」は南洋一郎のインフルエンスとかあるのかしらねえ。いや、フツーにただの現地語だろ、と言われたら、それまでだが(汗)。


No.2120 8点 その殺人、本格ミステリにさせません。
片岡翔
(2024/12/13 05:57登録)
(ネタバレなし)
「鬼人館事件」で大きな役割を果たした20歳の探偵女子・音更風゛(おとふけぶう)。彼女はその年の春、愛読するミステリ小説の名探偵の名にあやかり、タピオカ販売車を改造した住居兼移動式の事務所で「奥入瀬探偵社」を開設した。だが依頼人もなく暇を持て余す彼女に、異才の女流映画監督・鳳灾子(おおとり さいこ)から、新作ミステリ映画を製作するので、探偵の立場で監修してほしいとの依頼がある。かくしてスタッフや出演者とともに瀬戸内海の枯島(かれじま)にある奇妙な構造の館「百々目館」を訪れる彼女だが、そこで風゛を待っていたのは、不可能犯罪要素が満載の現実の殺人事件だった。

 前作よりずっと直球の剛球で来たな、という感じのコテコテ新本格で、個人的にはかなり面白かった。舞台となる、どっかで見たような館のメカニック設定も、ちゃんと十二分にストーリー的にもミステリ的にも活用されている。

 全編を読み終えると、ああ、これは<国産ミステリのあの某・大名作>がベースだなとも思ったりもしたが、原典からここまで発展させてひねって、そして今風にアレンジしてあれば、文句などはない。
(ただもしかしたら、大ネタのひとつには、真相の開示前に気づく人もいるかもしれず、その場合は相応に評価が下がるかもしれん。とはいえ手数の多い作者の仕込みをすべて見破るのは、たぶんなかなか困難であろう。)

 2024年の国産新作のなかでは『密室偏愛時代の殺人 閉ざされた村と八つのトリック』と並んで、名探偵シリーズものの新本格パズラーの愉しさを十全に味合わせてくれた一冊。

 次作にも期待したいが、今回で結構ハードルが上がってしまったので、作者は大変だろうなあ、とも思う。

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