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ミステリの祭典

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マダムはディナーに出られません
私立探偵シェリダン・ウェズリー

作家 ヒラリー・ウォー
出版日2025年07月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点 人並由真
(2025/09/09 15:51登録)
(ネタバレなし)
 1946年。「私」こと20代半ばの私立探偵シェリダン(シェリー)・キース・ウェズリーは、ニューヨークのウェストチェスター群の片田舎ミッドヴェイルの屋敷を訪れた。依頼人である元スターの富豪の女性ヴァレリー(ヴァル)・キングからの呼び出しだ。奇妙なのは彼女が、ウェズリーの美しい妻で女優でもあるダイアナの随伴を望んでいることだった。同道を快諾したダイアナとともにウェズリーが訪れた屋敷では、ヴァレリー主催によるパーティが開かれているが、肝心の依頼人の女主人の姿は見えない。不審の念が湧くなか、屋敷の周辺で、とある人物の他殺死体が見つかる。ウェズリーは知己であるニューヨーク市警の大物ハワード・ブラッドレー警視の後見のもと、所轄署の署長であるスローカム警部と連携しながら事件の真相を追うが。

 1947年のアメリカ作品。ウォーのデビュー長編であり、3冊の長編が書かれた私立探偵シェリダン・ウェズリーものの第一弾。
 少なくとも本作を読む限り、単に私立探偵ものというよりは、美人の奥さん(年上設定らしい)ダイアナを相棒にした夫婦探偵もの。

 かつて「パパイラスの船」のなかで小鷹信光は、第二次世界大戦中盤から欧米のミステリ界は銃後の家族を守って出征した兵士の心を鼓舞するため夫婦探偵ものが隆盛となったという説を提唱。実例はなんとなく多数思い浮かぶが、本作も実際にそんなムーブメントのなかの一冊で(実作は戦時中だったらしい)、まんま『影なき男』の系譜を感じさせる一編。

 なお本書の巻末の、おなじみ塚田よしと氏の名解説によると、本作のヒロインのダイアナはウォー自身の同名の奥さんがモデル(『失踪当時の服装は』のアイデア協力者で、献辞を受けた女性)だとか、ウォーはくだんの『影なき男』を『マルタの鷹』の次に評価していたとかいろいろウンチクがわかって面白い。

 で、本編の内容だが、ウェズリーとダイアナの夫婦探偵コンビを主役に書きたい一方、のちに警察小説路線の方で真価を発揮する作者だけあって、スローカムの方にも重きをなしたい、という書き手の気分も垣間見える作品。
 その辺の3人主人公(夫婦探偵+ベテラン警官)シフトがイマイチ面白さにつたわってこない感じがあるのはちょっと残念。実際、多すぎる容疑者の聞き込みシーンの連続は物語の勢いに制動をかけるし、読んでる最中、あー、これはメタ的な意味でダミーの水増し容疑者だな、と思えるキャラクターが中盤からわんさか出て来るのも何とも(←ただしそんなこちらの読みが当たったか外れたかは、また別問題だが)。
 
 ところが後半、ウェズリーとダイアナのとある濃い描写のシーンからぐんと面白くなり、あとはほぼイッキ読み。うん、やっぱこれ、夫婦探偵ものでしょう。
 なおフーダニットパズラーとしては予想外なまでに伏線と手掛かりをロジカルに拾ってはあり、のちの謎解き志向の要素を備えたウォーの警察小説路線の萌芽を感じさせる。

 ただし個人的にはよくもわるくも、え、そこまでやるの語るの、とヘンな意味で意表を突かれ、十全に伏線回収の妙味を楽しめなかった。真犯人も特に意外性のない人物だし、力を込めた部分ともうちょっと頑張りましょう、のバランスがしっくりこない面もある。

 まあデビュー作としては十分に力作だとは思うし、読んで(発掘翻訳してもらって)よかった一作なのは間違いないが。この評点の上の方で。

 ちなみにくだんの巻末の解説で未訳のフェローズ署長ものの5冊の紹介は長い目で創元さんに任せましょう、ともとれる物言いがあり、えー、という感じ。ケチなこと言わず、論創さんご自身の方でどんどん積極的に発掘翻訳してください。

【2025年9月12日改訂】
 事実誤認の箇所がありましたので、一部の記述を改修いたしました。
 当方の誤りをご指摘下さいました<おっさん様>に、厚くお礼申しあげます。

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