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ミステリの祭典

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白い恐怖

作家 フランシス・ビーディング
出版日2004年02月
平均点8.00点
書評数1人

No.1 8点 人並由真
(2025/07/11 06:52登録)
(ネタバレなし)
 第一次大戦終結からしばらくした欧州。ロンドンの医学校を卒業して医師の免許をとった、社会的自立を志す26歳の女性コンスタンス・セッジウィックは、20年前に物故した彼女の父の旧友だった医師ドクター・エドワーズの斡旋で職を得る。エドワーズが経営する金持ち相手の精神病院兼療養所「シャトー・ランドリー」はフランスの山中にある古城を改装したものだが、コンスタンスはそこの女医スタッフに迎えられたのだ。だが当の院長エドワーズは長期出張中で、その間の院長代行はコンスタンスの少し前に病院に着任した青年医師エドワード・マーチンスンが担当という。山村トノンの奥にある予想以上に巨大で荘厳な病院を訪れたコンスタンスだが、そこで彼女を待っていたのは思いもよらぬ体験だった。

 1927年の英国作品。
 つい最近これまで未訳だった作品『イーストレップス連続殺人』(1931年)が発掘翻訳された作者フランシス・ビーディングの出世作……というか、ヒッチコックの映画『白い恐怖』(1945年)の原作(というより原案に近い作品)として、欧米でベストセラーになった長編。
 なお早川ポケミスの本書のAmazonでの公式紹介は完全にネタバレしてるので、未読の人やネタを知らない人は見ない方がいいよ。
 
 映画はヒッチコックの初期作品のなかでは比較的メジャーな方だと思うし、評者も何度か観る機会はあったが未だに未見(汗)。
 この小説版を読んだあと、比較としてそのまま映画もAmazonプライムとかで観てみようかとも思ったが、ポケミス巻末の長谷部史親氏の解説によると、いくつかのネタだけ拾ってかなり別ものの内容というので、じゃあ急いで観なくてもいいか、という気分になった(←こーゆー時は、たぶんしばらく観ないな・汗&笑)。

 そーゆーことなので、原作小説本編をあくまで単体で読んでの感想、レビューになるが、当時のモダンゴシックロマン的、サスペンス・スリラーとして、フツーに十分面白かった。
 こういう設定のお話なんだから<そっちの方向>かな? ……と予期しながら読み進み、それで(中略)という展開。いずれにしろその辺の話の狙いのポイントが、クラシック作品としての枠組内で、結構ゾクゾクさせてくれる。

 まず達者に思えたのは冒頭からのギミックで、これはやっぱり……(以下略)。その辺を起点に、小説全体のまとめ方がなかなかエンターテインメントしていて良い。最後まで読むと作者がミステリらしい仕掛けの用意を楽しみながらも、お行儀のいい小説作法を採用してるのがよく感じられる。

 あと、半ばクローズドサークル状態になる(?)物語の舞台「シャトー・ランドリー」を賑わす病院側スタッフや複数の患者たち、そんなサブキャラ勢の描き分け。
 作劇上での役割の大きい少ないの濃淡はあるが、その辺はむしろ自然なリアリティで、どことなくコリンズの『月長石』あたりのキャラ配置に似てる。ゴシックロマン系のスリラーとしては、正に最適の叙述だろう。
 正直、同じ精神病院ものでも、その辺の面だけに限れば、後発のクェンティンの秀作『迷走パズル(癲狂院殺人事件)』よりこっちの方が上だと思った。(ま、双方を比較するのは畑違い、という面も無きにしもあらずなのだが。)

 一方で事態が進んでからのクライシスの打破に関しては、もう少し何か手を打てなかったのかな? とも思ったりもしたが、大方の疑念はまあ、こちら受け手の解釈も踏まえて了解・納得できる流れではある(1920年代半ばの話だしね)。そんな意味でも、まとまりの良い作品ではあった。

 大筋はまあ良くある話、といえばそうなんだけど、それを認定した上で、色々とある種の風格を随所に感じさせてくれた作品。
 今年の『イーストレップス』の発掘があったから、そんじゃまあこっちから先に読もうと思った一冊(本サイトにまだレビューも無いし)。逆にいうとそんな状況でもなければ、いつになってから読んでいたのかわからない作品ではあるのだが、とにもかくにもなかなか楽しませてもらった。

 評点は0.3点くらいオマケ。

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