人並由真さんの登録情報 | |
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平均点:6.34点 | 書評数:2199件 |
No.1459 | 6点 | ただの眠りを ローレンス・オズボーン |
(2022/03/31 17:30登録) (ネタバレなし) 1988年のメキシコの一角。「私」こと72歳の隠居中の私立探偵フィリップ・マーロウは、生命保険株式会社の社員マイケル・D・キャルプとオケインの両人と出会い、久しぶりに仕事の依頼を受ける。その内容は、先日、71歳のアメリカ人の不動産業者ドナルド・ジンが溺死し、その若い未亡人ドロレス・アラヤに多額の保険料を払ったが、疑義が残るので再調査してほしいというものだ。マーロウは、30歳前後の美女ドロレスに対面し、さらに死体発見前後の証言を集めて回るが、やがて意外な事実が浮かび上がってくる。 2018年の英国作品。同年度のMWA最優秀長編賞の候補作のひとつ。 本サイトでも、老人となったマーロウを主人公とするというぶっとんだ趣向に何らかの感慨を覚えたファンは少なくないと思うのだが、なぜか今までレビューがひとつもない。 かくいう評者も原典のチャンドラー作品とは最近はあまり縁がなく、この数年の間には『長いお別れ』『高い窓』の村上訳を読んだ程度だが、それでもそろそろ気になって、今回、手にしてみた。 一読すると、いろいろと微妙な作品。どちらかというと肯定したい面の方が多いのは確かだが、なによりも自分は<本当に>あのマーロウの老境の姿に付合っているのだろうかという違和感がどこかにつきまとい続けた。 とは言え、そんなもの(マーロウの老後)は、チャンドラーの原典をふくめてホンモノなどどこにもないのだから、こういう文芸設定という了解のもとに読むしかない。 そして結局はそんな大前提そのものに好悪さまざまな受け手の反応があるのだろうから、本作に関心を抱く人も多ければ、たぶん絶対に読みたくもない人、も多いのであろうことは容易に想像がつく。 先に、なぜか本サイトにもレビューがないと書いたが、かかるひねった設定のパスティーシュ? なら、実は当然のことであった。 ストーリーの前半は、足で歩いて回る調査の積み重ねで、やや淡々としており、老マーロウの心象と重ね合わされるメキシコの情景描写の比重も多い。 いわゆるチャンドラーらしさはあまり感じられないような、そうでもないような雰囲気だが、1980年代の老境マーロウという大設定なら、これくらい少し違ったものになっても当然だという感触もあり、その意味では独特の世界を獲得した本作の趣向が活きている。繰り返すが、その程度の別物感さえ気になる人は、読まない方がいいかもしれない。 あまり設定についてのネタバレもしたくないが、現在のマーロウは中年家政婦マリアと、拾った捨て犬とメキシコの小さな町に暮らす孤独な老人(そこそこお金はあるようだが)。かつて結婚歴があったことは語られるが、かのリンダと離婚したのか、死別したのかは一切、語られない。 ほかの主要な原典の旧キャラクターについてもまったく名前などは登場せず(ポケミス101ページ目にちょっとそれっぽい名前はあるので、これは要確認)、ただ、ああ、作者はアレについて暗示したいのだな、という思わせぶりな演出は一部の描写に感じられる。 ミステリとしては大ネタが(中略)で明かされ、そこで話にはずみがつくのはいいが、ある意味で後半の展開は異様ではあった。だがそこが、チャンドラー原典の諸作のプロットの悪い意味での錯綜? ぶりや破綻加減を、意図的にトレースしている気配も感じられた。 実際に作者も本編を終えたあとのあとがきで、その主旨の旨を語っている。 マーロウに心惹かれたもの、チャンドラーファンとして読む意味はある作品だとは思うが、決して素直なパスティーシュではない。ただしこの老マーロウがメキシコを舞台に事件の真相を追うという作劇のアプローチの仕方は、この作品の形質として、ちょっと感じるものはある。 ちなみに訳者あとがきで、田口俊樹は、チャンドラーの死後に書かれたマーロウの長編は3冊あると、パーカーが関わった二冊と近作『黒い瞳のブロンド』を挙げているが、実際にはコンテリースの『マーロウもう一つの事件』などもある(評者もまだ未読で脇にツンドクだが、かなりヘンな作品のはず?)。 あと、木村二郎氏のミステリマガジンの連載エッセイのなかで、マーロウが「マロー・フィリップス」の名前のチェス好き、富豪の女性と結婚した老私立探偵として登場し、主人公の後輩探偵を後見する作品もあると読んだ覚えがある。まだ未訳のはず。この辺のことは早川編集部の方で、田口氏のあとがき原稿を受け取った際に、ちゃんとしたフォローが欲しかったところだ。 実際、後進作家の新作ミステリに老境マーロウを登場させるなら、そういう新世代ヒーローの支援役の方が似合うような気もする(まあ、ヒギンズのデヴリンみたいな、誰でも考えるありふれたポジションかもしれないが)。 |
No.1458 | 7点 | 復讐のコラージュ 福本和也 |
(2022/03/30 04:46登録) (ネタバレなし) 昭和の後半。証券会社の辣腕調査員だが、冴えない風体の中年・詫間伊平は、秀才の中学生だった息子・美津夫を、放蕩者の大学生・瀬島博の乱暴な運転でひき殺される。博の父親の瀬島恭三は一流企業の常務で、金の力と弁護士の手腕で息子の失態を丸め込み、さらに伊平を失職に追い込んだ。そして伊平の美人妻だが悪女である美津子も夫を裏切り、恭三の愛人に収まった。厚顔かつ豪胆な恭三は、妙な縁で知り合った伊平の調査能力を高く評価し、自分の野望を果たすための飼い犬として使おうとする。大事な息子・美津夫を殺した若者の父ながら、罪悪感のかけらもない恭三に対し、伊平は恭順するふりをして、最大の打撃を与える機会を狙うが。 主人公・伊平の復讐の冷えた熱い情念、副主人公といえる恭三の野心の驀進などを軸に、色と欲にまみれた昭和クライムノワール。 自分は徳間文庫版で読了。 梶山季之や黒岩重吾、あるいは菊村到あたりの諸作に近い路線だとは思うが、評者はあまり詳しくない(関心はある)ので、正確なことは語れない。いずれにしろ、21世紀のお堅い女性読者などは絶対に手にも取らないであろうピカレスク群像劇である(今ではこういう物言い自体が、よろしくないのかもしれんが・汗)。 ただし<そういうもの>を、(それこそ評者のように)とりあえずウェルカムとして楽しめるのなら、なかなか読み応えのある作品で、正直、予想以上に面白かった。もちろん推理小説でもなんでもないが、広義のミステリには十分なっているとは思う。 (まああえてミステリのレッテルにこだわらず、いわゆる中間小説として読んでいいようなタイプの作品だが。) じわじわと罠や策略をしかけ、周囲の人間をコマとして使う怪しい面白さ、醜く弱く、しかしホンネ剝き出しの各キャラの動静、それらが築き上げていく猥雑な読み物のパワフルさが、なんというか、福本和也ってここまで書けるヒトだったのね、という感じであった。 たぶん周囲の協力を得たり、資料を読み込んだりしたんだろうけど、ストーリーの流れの上で、各種業界や当時の経済状況などにも話題が広がっていく。 この辺、入念な取材の結果が活きた感じで、読み進むこちらの方も、雑学的に妙な知識が増えていく気分でオモシロイ。菊池寛が言ったという「小説とは要は面白くてタメになる本のことなのだ」という至言をひとつの形で具現化したような感触さえある。いや、あくまで通俗小説で通俗ミステリだけれどな。 終盤、まとめ方がちょっと尻切れトンボっぽいが、これはこれで狙った演出で、作品の味なのでもあろう。奇妙な余韻を感じたりもした。 正直、しょちゅう読みたいタイプの作品ではないけれど、自分のような俗人はこういう作品もたまに読むとすごく面白がれたりする。秀作。 |
No.1457 | 6点 | 虚構推理短編集 岩永琴子の純真 城平京 |
(2022/03/30 04:10登録) (ネタバレなし) シリーズ4冊目。 雪女(同一キャラ)をメインゲストにした中編2本を最初と最後に配置し、間に3本の短編を挟んだ、一種のブックエンド的な構成の中短編集。 第一話「雪女のジレンマ」(中編)…殺人事件が起きてある青年に嫌疑がかかる。その青年のアリバイは恋人? の雪女が担保するのだが、人間社会では妖怪である雪女の実証ができないので、岩永さんが一肌脱ぐ話。フーダニットではないが、謎解きミステリとしては、妙にリアルな動機がちょっと面白い。 第二話「よく考えると怖くないでもない話」(短編)…岩永さんと九郎が関わるこの世界での日常の謎? みたいな一編。まあまあ。 第三話「死者の不確かな伝言」(短編)…探偵役は六花。ダイイングメッセージものだが、いかにも新本格っぽい逆説がちょっと面白い。 第四話「的を得ないで的を射よう」(短編)…妖怪たちの集会での岩永さんのとあるジャッジを語る話。ミステリというよりトンチ話風。 第五話「雪女を斬る」(中編)…第一話の後日譚。江戸時代の事件の謎を解く話。小粒な内容で出来は悪くないが、ミステリ成分の割に話が長すぎていささか、かったるかった。おひいさまのいつもの手際で決着。 シリーズ(小説版)を読む順番が、事情で一冊あとさきになってしまったが、刊行された分はこれでまたコンプリート。 シリーズ6冊目の今後の展開を楽しみにしよう。 テレビアニメも、もう一回やってくれないかね。 |
No.1456 | 6点 | 海中の激闘 デズモンド・コーリイ |
(2022/03/28 21:54登録) (ネタバレなし) 1960年前後、恐怖政治の弾圧下にあるスペインの刑務所から、殺人狂の囚人モレノが脱獄する。モレノの脱走を手引きしたのはソ連情報部だが、モレノは一緒に逃げた囚人仲間のファン・ゲレロやソ連の現場スパイの老人アンドレスを早くも惨殺。ソ連情報部が危険極まりない野獣を世に解き放ってなお、モレノを必要とするのは彼の卓越したスキューバダイビングの技術にあった。その狙いは何か? 一方、英国情報部の「リキデイター(非合法現場工作員)」ジョニー・フェドラとその相棒格のセバスチャン・トラウトは、ジブラルタル海峡周辺のフェドラたちと親しい大富豪の令嬢アドリアーナ・トシーノの屋敷に滞在。洋上に浮かぶ、海洋研究船に擬装したソ連のスパイ一味の動きを探っていたが、やがてモレノの殺人衝動は、フェドラの周囲にも関わってくる。そしてさらに、逃亡したモレノの足跡を、スペイン警察側も追尾していた。 1962年の英国作品。 本国では1951年から71年にかけて16冊のシリーズが書かれ、かのアンソニー・バウチャーも007以上に激賞したという触れ込み……ながら、日本ではまったくウケず、邦訳がわずか2冊しか出なかったジョニー・フェドラものの第12作目。 21世紀現在の日本では完全に忘れられた作家(一応、ノンシリーズを含めれば邦訳は3冊はある)だが、さてどんなものだろうと思って、書庫から何十年もツンドクだったポケミスの本書を引っ張り出して読んでみた。 欧州在住のソ連情報部が、潜水技術に長けた殺人鬼モレノをわざわざ動員してまで、どっかの海中で何をさせたいのか? 当然、それは本作の大きな興味で、実際にその真相は物語のヤマ場になって初めて明確になるのだが、ポケミス裏表紙のあらすじでは堂々と、そのマクガフィンが何かを明記している。マトモにやる気ないだろ、当時のハヤカワの編集部(怒)。 でまあ、まともに話に付合う限り、ソ連側の作戦の狙いは秘匿されたまま、英国側、ソ連側、さらにスペイン警察側の動きが三つ巴の様相を次第に呈してきて、その中で血に飢えたキチガイ、モレノが殺戮を働く。 主人公フェドラの中盤以降の実働は、本部からの指示とかどーとかより、この殺人鬼への対応と広義の復讐の意味の方が大きい。なんだこのスパイ小説、けっこうオモシロイ。 読んでるうちに、フェドラが英国とスペインのハーフで、父はレジスタンスの闘士だったことが判明。そーいえばフェドラがピアノの名手という設定は、どっかで読んでいたなと思い出す。 フェドラの相棒トラウトは、ナポソロのイリヤを思わせるような陽性のキャラクターで、24歳の美貌の会社重役で父の巨額の遺産を受け継いだアドリアーナに岡惚れしているものの、アドリアーナの方はフェドラがスキらしいというまるでラノベの学園ものみたいな設定もちょっと楽しい。残念ながらアドリアーナ当人は、旅行中という設定で、本作の物語中には不在だが。そーゆー意味では、やっぱりもうちょっとシリーズを紹介してほしかった。 (ちなみに、トラウトの方も本作では大した活躍は結局していない。実際のところ、他の作品ではどーゆー関係性なんだろ、このコンビ?) ソ連側、スペイン警察側のキャラ立てにも英国流のドライユーモアの香りが感じられ、思ったよりは面白かった。もっとしっかりと商売的な戦略を考えて売られていれば、同時代のアメリカのマット・ヘルムもの程度には日本でもウケたんじゃないの? とも思う。 評点は7点に近いこの点数で。 しかしマジメに原書でこのシリーズの未訳作を追っかけた人とか、日本にいるのだろうか? |
No.1455 | 5点 | 白死面と赤い魔女 朝松健 |
(2022/03/27 15:26登録) (ネタバレなし) バブル崩壊で不況まっさかりの1990年代前半。その年の2月22日、一人の青年が突如、顔をブルーのファンデーションで塗りたくり、平常心を失った通り魔の殺人鬼に変貌した。その青年・二俣公司の婚約者・宇佐美雪子から、真相の調査をしてほしいと請われた、カード占い師でオカルトライターそしてトラブルコンサルタントの「赤い魔女」稲村虹子は、助手の若者・鞍馬正浩や友人の新聞記者・田外竜介たちの協力を得ながら、事件に乗り出す。だがその後も都内には、第二、第三の蒼面の殺人鬼「白死面(ペールフェイス)」が出現した。 作者お得意のオカルトアクションホラーものの一冊で、「赤い魔女」の二つ名の美女・稲村虹子ものの第一弾。先行する作者の別の人気シリーズ、やさぐれ記者・田外竜介ものからの同じ世界観を共有するスピンオフである(そもそも朝松作品は、あちこちのシリーズ世界同士のリンクが多いはずだが)。 評者が一時期、菊地秀行のアクションホラーを読みまくっていた際、SRの会の年下の友人がそういうものが好きなら、こっちも読めといって、自分が読んだばかりの、この虹子シリーズの2冊目をくれた。それから数十年、そのままその2冊目を読まずに放っておいた(すまん)が、先日、部屋の中でその2冊目を発見。そろそろ読んでみるかと思ったが、どうせならシリーズの第一弾からと思ってネット注文で安い古書(本作『白死面』)を購入した。そんな流れ。 評者は以前には朝松作品は、前述の田外竜介ものの第一弾『凶獣幻野』を読み(これもくだんの友人に勧められたのだと記憶)、こちらはそこそこ面白かった思い出がある。 怪異な事件(けっこう派手な大騒ぎが、現実の世界に起きる)の背後にひそむ、その作品世界ならではの魔術・オカルトのロジックを解き明かしていく部分に割と比重が置かれているのが、朝松作品の特徴らしい(さっきから話題にしている友人はそこに惹かれているらしい)。 本作でも『凶獣』でもそこは共通だが、本作の場合、形式としてはそうしたオカルトミステリ……いや、ミステリ風味のオカルホラーになっているものの、事件の真相となる秘密は存外に底が浅く、あまり盛り上がらないのが残念(ただし、事件の根源となった物語の瞬間のキービジュアルは、ちょっと印象的だが)。 あと、改めて読んで朝松作品は悪い意味で筆が軽い。具体的には、劇中に明確な犯罪者でないものの、人格的には明確にクズな登場人物がひとり出てくるのだが、その人物が死んだと知った際に、虹子が嫌な奴ではあったけれど、ひとりの人間が死んだのだからと悼む意味で泣いたりする。 いや、公然としたゲスが死んだからと言って、なんらかの感興が生じるにせよ、涙まで見せないだろう、フツー。そういうある種の感性が一般人と違うという意味で虹子のキャラ立てをしたいのなら、脇にワトスン役の鞍馬とかいるのだから、彼の視線で「(これだから先生はお人よしで……)」と苦笑させるとか、相対化させた演出をすればいいのに、地の文で虹子のイノセンスぶりを読者に訴えるものだから、読んでるこっちは困ってしまった。朝松作品、部分的に面白いところはあるにせよ、イマイチ人気が弾けないのは、こういうところによるものか? まあ、まだ二冊目で言うことじゃないかもしれんが。 ストレスなく読み終えられるアクションホラーとしてはそこそこの面白さ。ただまあ、正直、そんなに騒ぐ作品でもない。 |
No.1454 | 7点 | ビッグ・マン リチャード・マーステン |
(2022/03/27 04:36登録) (ネタバレなし) 「おれ」こと、小悪党の青年フランキイ・ターリオは、さほど気心の知れた間柄でもないチンピラ仲間のジョッポ(ジャンボオリオ)とともに盗みをしかけて、巡回仲の警官に出会った。フランキイはジョッポが粋がって持参してきた拳銃を使い、警官二人を射殺するが、脚に銃弾を受けた。ジョッポは負傷したフランキイを、暗黒街の大物「ミスター・カーフォン」の組織の若手幹部であるアンディ・オレルリのもとに担ぎ込み、治療と隠れ家の提供を請う。そしてアンディが、咄嗟に警官を撃ち殺したフランキイの技量と度胸を評価し、一方でフランキイがアンディの美貌の妻シリアにひそかな関心を抱いたことから、新たな物語が動き出す。 1959年のアメリカ作品。 エヴァン・ハンター(エド・マクベイン)が「リチャード・マーステン」名義で書いた初期長編の一冊。本国でマーステン名義で刊行されて、日本にはマクベイン名義で翻訳された作品は他にもあるが(扶桑社文庫の『湖畔に消えた婚約者』など)、訳書そのものがちゃんとマーステン名義なのは、現在まで確かこれだけだったはず。 もともとは同じ中田耕治の翻訳で「デイリースポーツ」に『拳銃の掟』の邦題で連載されたのち、創元文庫に収録されたらしい。そのことは今回、文庫の巻末を読んで、さらにネットで情報を拾って初めて知った。 内容は、広義の兄貴分といえる若手ギャング、アンディを介して大物カーフォンの組織に迎えられ、トラブルをしょいこみながらもぐいぐいと(ビッグ・マンへと)成りあがっていく若造フランキイの、暗黒街での立身出世物語。 120%コテコテのピカレスクでクライム・ノワールで、特に大きなツイストやミステリ的なサプライズなどもない話である。だが抑えた筆致で語られる、極めてドライにぐいぐい己の野望や欲望に邁進してゆく主人公フランキイの描写が、なかなか読みごたえがあった。軽く唸らされる場面が三つ四つ。決して大振りスイングは見せない作品だが、職人作家ハンター(マクベイン)らしく堅実にポイントを稼いだ感じで、のちのウェストレイクの『やとわれた男』などにも影響を与えている……かどうかは、わからないな。本作も『やとわれた男』も、ともに王道のノワールを突き進んで、できたものが似てしまった、という面の方が大きいかもしれないし。 物語としてはまぎれもないクライムノワールなんだけど、全編を通じて冷徹な語り口、そして主人公の乾いた思考が一貫していて、本当の字義での? ハードボイルド作品としても一級だと思う。 よくある話、といえばそれ以外の何物でもないのだが、そのありふれたストーリーをこの程度に完成度高くまとめられたのは、やはりハンター=マクベインの筆力の地力(じぢから)だろう。 2時間ちょっとで読んでしまったけれど、得たものは少なくはない。 |
No.1453 | 6点 | ダウンリヴァー ローレン・D・エスルマン |
(2022/03/24 20:11登録) (ネタバレなし) 「私」こと、デトロイトの36歳の私立探偵エイモス・ウォーカーは、知人の収監中の受刑者の仲介で、出所したばかりの42歳の黒人リチャード(リチー)・デヴリーズの依頼を受ける。デヴリーズは20年前の強盗犯人の一味で、ややこしい事情からその20年間ずっと服役してきたが、間尺に合わないので、半ば冤罪といえる自分が長期服役した代価として、仲間の誰かが当時強奪した金額20万ドルを戴きたい。そのために当時の事件の真相と真犯人を暴き、20万ドルをウォーカーに取り戻してほしいというのが、当人の希望だった。ウォーカーは、法に触れない範囲で、出所したばかりのデヴリーズの世話も兼ねて、依頼を受ける。そしてそんなデヴリーズには、かつての仲間の現在の行方について、ある情報を握っていた。 1988年のアメリカ作品。私立探偵ウォーカーシリーズの、長編第8弾。 本国では刊行年度の「アメリカン・ミステリ賞」(「ミステリ・シーン」誌主催)のうち、「最優秀私立探偵小説賞」を受賞したそうな。しかし不勉強な評者は、そんな賞も主催誌も、ここで今回、初めて知った(汗)。 本シリーズはつまみ食いで読んで、これで3冊目だが、前に読んだシリーズ第5作目の『ブリリアント・アイ』が今ひとつ楽しめなかったものの、こちらはまあまあ。 ただ突出して面白いというわけではなく、公私で別のこともしていたので読了までに3日もかかった。 それでも最後、クライマックスの盛り上がりはちゃんと満喫できたので、それなりには良かった、ということになる。 この物語は、依頼人のデヴリーズが、読者から見れば「まあ、大変な目にあったんだから気持ちはわかるけどよ」的な、当人の欲求にスナオになるところから開幕。そんな思いに付合うウォーカーの行動もまた触媒となって、あちこちの隠された事実を掘りおこしてゆく。 ロス・マクとチャンドラーの過去探求ものの最小公倍数を、チャンドラーリスペクト系のネオ・ハードボイルドの鋳型の中に流し込んだ感じだ。 そう思いながら読んでいたら、後半、さるサブキャラクターが出てきて、さらに50年代の別の、某ハードボイルドミステリ作家の名前が連想された。 (ネタバレにはならないとは思うが、一応、詳しいことは黙っていよう。) で、クロージングのまとめ方はホントにチャンドラーであった。いや、具体的にどの作品のリスペクトだの真似だのだのじゃなく、文体や雰囲気がそれっぽい。たぶん現物を読んでもらえば、言ってることはわかるであろう。 エスルマンの諸作の出来は悪くはない……いや、普通にスキ……ではあるんだけど、ひさびさにこの近年に、2冊分を読んで、微妙な距離感を認めないでもない。 (素直に面白かった印象があるのは『シュガータウン』と「ホームズ対ドラキュラ」だが。) またそのうち、機会を見て、未読のものを読んでみよう。 |
No.1452 | 7点 | サイコ2 ロバート・ブロック |
(2022/03/21 05:55登録) (ネタバレなし) アメリカの1982年作品。作者ブロックの1959年の長編『気ちがい(サイコ)』の続編小説。 また思い出話になるが、大昔に「SRの会」の例会に出席した際、某会員が本書を読んで 「これはひどい! と思った。しかし同題の(まったく内容の違う)映画を観たら、もっとひどかった!!」 と激していたのを、今でも覚えている。 で、ああ、そうなんですね? と思って、ずっと長らく読まずにいたが、昨今のAmazonのレビューなどでは少なくともこの小説版の方の評価は悪くはないみたいである。で、先日の出先のブックオフで、旧・表紙版の方に100円棚で出会えたので、購入して読んでみた。 (なお映画『サイコ2』はいまだに観てない。) ちなみに本作(小説『サイコ2』)は前作『サイコ』の内容を120%明かした前提で開幕するので、そちらのネタバレを忌避したい人は、必ずまず、前作から読むこと。ヒッチコックの映画を観ていれば、それでもいいが。 とにかく前作の小説もその映画版も手付かずで、しかもネタバレはイヤだという人は、本作は絶対に読まない方がいい。 で、そういう形質の作品(前作の続編小説)なので、あらすじは抜きに感想だけど、個人的には思っていたより面白かった。大ネタのひとつは見え見えだが、さらに……。あんまり書けないけれど、80年代の日本国内のムーブメントにさりげなく影響の一端を与えていた可能性もあるね。 いささかラフプレイな手際も感じるが、そこはつねにどこか泥臭い作風のブロック、十分に納得してしまう。 ハリウッド映画産業に対するルサンチマンの累積も、書き手の本音むき出しという感じで苦笑しつつ、うなずかされる感じ。 ページ数そのものはそんなには長くないんだけれど、ストーリーに立体感があるので、お話の量感は前作の倍くらいのものを実感した。佳作~秀作。 |
No.1451 | 5点 | 霜月信二郎探偵小説選 霜月信二郎 |
(2022/03/20 04:29登録) (ネタバレなし) 雑誌「幻影城」の第二回新人賞で佳作入選した短編『炎の結晶』でデビュー。その後、短編第二作『葬炎賦』を経て、女子大生探偵・白川エミが主役の連作ライトパズラー短編を4本執筆。以上6作の短編を「幻影城」誌上に発表したのち、約40年間、休筆。そして2019年から再び電子書籍出版の形で、白川エミシリーズを再開し、現在も続けている異色の「幻影城」作家の初の個人短編集(最初の著書)。 本書にはその「幻影城」時代の短編6本と、再開された「白川エミ」シリーズの新作8本(つまり通算で「エミ」シリーズの第12話まで)が収録されている。 とにもかくにも大昔に「幻影城」を全号購入した評者は、作者の名前にはなじみがあり、懐旧の念には駆られながら本書を手にする。 ただ正直、この作者の「幻影城」時代の作品そのもの、まず初期のノンシリーズ作品2編は、これまで読んだような読んでいなかったような程度の印象で(汗)さらに「白川エミ」ものは、多分確実に一本も読んだ覚えがない (大汗)。 というのも特に「エミ」ものは(本書の巻末で横井司氏も指摘しているが)<美人女子大生と年の離れた刑事のラブコメ風味の軽パズラー>という、まんま赤川次郎の永井夕子ものの設定のエピゴーネンで、亜愛一郎に続くもの(「幻影城」新世代の名探偵ものパズラー)がコレかよ、的に、昔から不満というか、なんだかな、という感慨を覚えて、自分でも敬遠していたみたいだ。 正直、現在、改めてしっかり読んでも、キャラクターものの連作ミステリとしても、ライトな謎解きパズラーとしてもあまり見るところはない。 シリーズ第一作「密室のショパン」は、鮎川哲也などからも割と良い評価をもらったようだけれど、個人的には「うーん、まあ悪くはなかった……」くらいであった。 さらに「エミ」シリーズに先立つノンシリーズの2本は、初期連城短編の劣化版という感じ(なお処女作の『炎の結晶』の方は、劇中の私立探偵をシリーズキャラクターにしようとした気配も感じられる)。 こちら2作もまあ、もっとスゴい同世代の作家(連城、そして泡坂、竹本など)がバリバリ仕事しようとしてるのに、同じ雑誌でわざわざこのレベルのものを読まなくても……という見解になるよね(汗)。 、 21世紀の昨今、70代半ばになって再び創作者として再スタートした作者の情熱には最大級の敬意を払いたいし、そんな思いも踏まえつつも、結局はそんなに語るところは無い一冊。 なお旧作の「エミ」もの4作は、エミに岡惚れしている青年刑事・松井(ニックネーム「ゴリ松」)の一人称「私」による叙述だったけれど、90年代の再開後のシリーズは登場人物全員を三人称で叙述。世界観はそのまま踏襲されながら、エミと松井の距離感にも自然と差異が生じたようで違和感がある。 しかしこれは40年前そのままの作風のリ・スタートを期待する方がムリなのだろうな。若い頃の気分で、ラブコメっぽいものは書きにくいのだろうし。 こういうライトパズラーのキャラクターミステリも決して嫌いじゃないんだけど、とにかくエミに、探偵としてもラブコメの高値の花ヒロインとしても、これという個性のポイントが見えないのがキツイ。 ある意味では、いろんなことを考えさせてくれる一冊でもある。評価は0.5点ほどオマケ。 |
No.1450 | 5点 | 少年探偵長 海野十三 |
(2022/03/17 07:31登録) (ネタバレなし) その年の11月。転校したばかりの中学二年生・春木清は、新しい友人で同級生の牛丸平太郎とともに、近隣のカンヌキ山で登山を楽しんだ。牛山と別れて帰路につく春木は、重傷を負った見知らぬ老人に偶然に遭遇。その怪我人を助けようとしたところ、かの老人・戸倉八十丸は親切な少年への感謝の印として何か小さな物体を渡す。実はそれは戸倉老人の義眼で、中にはさる秘密のアイテムが隠されていた。が、春木がその事実を知る前に、重傷の戸倉は空から飛来した怪しいヘリコプターの一味に拉致されてしまう。これをきっかけに春木とその周囲の少年たちは、山中の牙城「六天山塞」に潜む、謎の怪人「四馬剣尺(しばけんじゃく)」率いる山賊一味の暗躍に関わっていく。 昭和24年4~11月号にかけて、東光出版社(手塚治虫ファンには、初期の作品の版元としておなじみ。さすがに評者もその辺はリアルタイムでつきあった訳じゃないけど)の月刊少年誌「東光少年」に連載されたジュブナイルミステリ。そして作者・海野十三の遺作(のひとつ)。 連載中の5月23日に作者が急逝したため、途中からは晩年の海野に深く世話になった横溝正史があとを引き継いで連載を執筆し、物語を最後まで完結させた(当時の連載誌誌上では、海野が生前にすでに最終回分まで完成させていた内容を分載、という触れ込みだったようである)。 なお、前述のように、本作の完成には横溝の貢献のほどが大きく、それゆえ昨年暮れの新刊で、横溝の幻の&珍しめのジュブナイル諸作を集成した一冊『横溝正史少年小説コレクション7 南海囚人塔』(柏書房)の後半に、ボーナストラックとして、連載時の挿し絵復刻のサービス込みで再録された。 (ちなみに、実は評者は、本作の1967年のポプラ社版を数十年前に100円で購入して未読のまま持っていたが、今回、初めて、この柏書房の横溝コレクションの方で読んでしまった・笑&汗)。 本作は海野のレギュラー名探偵・帆村荘六などの登場しないノンシリーズ編。また題名にズバリ、すでに乱歩が十年以上前からスタートしている「少年探偵団」もののエピゴーネンめいたタイトルを採用しているが、中身はそれほどアマチュアの少年探偵たちが活躍するわけでもない。ぶっちゃけ、主人公の春木と一時的に俘囚になる牛山以外の残り3人はいてもいなくてもいいような扱い。 本作の特色はむしろ、素顔を見せない、巨体らしい山賊の頭目「四馬剣尺」の怪人キャラクターの成分と、戸倉老人が守り、山賊一味が狙おうとするとある秘宝がらみの暗合の謎、そっちに比重が置かれている。 そしてその大枠のなかで、実は……的な主要人物の意外な正体などを設けてあるのが一応の評価(オトナの読者には見え見えだけどね)。 個人的には、海野の思いついたあるアイデアを、横溝がさらにもう一段階、掘り下げ、それが効果をあげたような感じで、そこが楽しかった。 ラストの豪快なオチもよろしい。 主人公たちの少年たちを後見する名探偵キャラクター(探偵スター)なども不在で、全体にもうひとつ華がないのはナンだが、戦後直後のジュブナイルミステリとしては、怪人もののスリラー活劇の興味のあり、そこそこ楽しめる一冊。 |
No.1449 | 7点 | 掠奪部隊 ドナルド・ハミルトン |
(2022/03/16 05:18登録) (ネタバレなし) 「私」こと、アメリカの諜報組織M機関の一員マット・ヘルムは、硫酸で顔を焼かれた若き同僚グレゴリイ(グレッグ)の死体を認める。グレゴリイは「マイケル・グリーン」の変名で、軍事用のレーザー研究をする物理学者ハーバート・ドリリングの妻で30代半ばのジュネビーブ(ジェニー)と15歳の娘ペネロープの行状を見張っていた。ジュネビーブは娘とともに、仕事一図の夫と別働中だ。そんなジュネビーブの周囲には、不倫相手の男の影が見える。だがそのジュネビーブが夫の研究する機密を持ち出している疑いがあるため、ヘルムは私立探偵「デビッド・クリベンジャー」の偽名で彼女に接近。ジュネビーブに近づこうとするらしい某国スパイたちの動きまでも探るが。 1964年のアメリカ作品。マットヘルム(部隊)シリーズの第8弾。 顔を焼かれたショッキングな惨殺死体の描写から開幕。さらに訳者・小鷹信光のあとがき解説を先に読むと「××トリック(←ネタバレ回避のため、評者の判断で「××」部分を伏字にしました)を応用した本書のメイン・トリックには、本格的なミステリ通もひっかかることだろう」とある。それで、ハハーン、これは……と、ホイホイ「そのつもり」で読み進めたら、後半で(中略)!!! うーむ! と舌を巻く。 国内の各地を移動するメインゲストのヒロインたちとつかず離れず(いや「離れず、時についたり」か)行動する今回のマット・ヘルムの活躍は、ロードムービー的な興趣を披露。そんな物語の流れのなかで、時に冷徹さを極めたり、あるいは計算高い覚悟を強いられたり、プロスパイとして非常に骨っぽい。 ミステリ的な面白さとしては、前述した、物語後半でのかなりのサプライズが効果的で、しかもそこに至るまでの伏線の張り方も鮮やかだが、そんな一方でハードボイルド性の強い諜報・工作員ものとしても、かなりハイレベルな面白さだった。 少なくとも、評者がつまみ食いで順不同に読んだこれまでのシリーズ3冊のなかでは、これが一番光っている。 前述の本書の巻末の解説で小鷹は「ハミルトンは本シリーズをもとに、アホなB級映画シリーズを作らせたが、実はかなり冷ややかに映画製作者たちの喧騒ぶりを見ていた、聡明な作家だ」という主旨のことを書いているが、さもありなん。 なんにせよ、シリーズがそれなりに巻を重ねてなおこの出来なのなら、エンターテインメントというか、ハードボイルド味の濃厚なエスピオナージ・スリラー作家としてはホンモノであろう。評者もようやくこの作者の真の魅力に、たどり着けた手ごたえがある。 とにかくバラバラに、シリーズの順番を気にしないで読んでもこれだけ楽しめるというのは、かなり有難い&大事なことであって。 |
No.1448 | 7点 | 郵便配達は二度ベルを鳴らす ジェームス・ケイン |
(2022/03/14 21:21登録) (ネタバレなし) ケインの4冊目にして、ようやく本命を読んだ(笑・汗)。 書庫から見つかった、小鷹訳版(HM文庫)で読了。 なお歴代の映画版はまったく観ていない。 ラストのオチ(?)は、前もってどこかで聞き及んでいた。 紙幅は短め、その分、プロットはシンプルであろう、しかしそれにも関わらずそれなりにヘビーな内容であろう、とかアレコレ予期しながらページをめくり始める。 主人公2人とご主人パパダキスの存在感は当然として、弁護士カッツ、地方検事サケット、私立探偵パット・ケネディなどのサブキャラクターたちも、いい味を出していた。 HM文庫版132ページのコーラのセリフなど、あまりに詩文的な言葉の使い方にホレボレ。こんな文句を即興で口にできるヒロインが、なんで女優志望だった時代に芝居がヘタとかで大成できなかったんだろ。なんかキャラクターの造形が、別の意味で整合していない気がする。まあ、即妙に言葉を操れるのと、演技の表現はまた別の才能だということかね。 (中略)に向かって進むのは(中略)ながら、少し意外な形でやってきたソレ。 クライマックスからエピローグにかけての潮が引いていくような幕引きは、なんともいえないペーソス感を抱かされる。 HM文庫版の訳者あとがきで小鷹信光が書いているように、これはまぎれもない青春小説。それもほんのり明かるく、その明暗が推移するグラデーションが、読み手をイラつかせる。 そんな闇色の、若者たちのストーリー。 |
No.1447 | 5点 | 豹の眼 高垣眸 |
(2022/03/14 02:56登録) (ネタバレなし) 1926年の初頭。横浜を出てサンフランシスコに向かう老朽貨物船「黒太子(ブラック・プリンス)号」に乗り込んだ日本人の若者・黒田杜夫(モリー)は、船内にひとりの美少女が囚われていることを知った。船のコックで少林寺拳法の達人である謎の老人・張爺(チヤンエー)の助けで、杜夫と少女・錦華は船から逃れる。そしてそのモリー自身にも、驚くべき秘密があった。 1927年1~12月号の「少年倶楽部」に連載された、戦前の冒険伝奇ジュブナイルの古典。 評者は今回、1997年の講談社文庫「大衆文学館・文庫コレクション」の一冊(作者の別の作品『龍神丸』と合本)で初読み。 評者にとって『豹の眼』といえば、1959~60年代に製作放映された白黒テレビ版(宣弘社が『月光仮面』のあとに製作)であり、1980年代のUHF系の再放送ではじめて遭遇。その後、映像ソフトで全38話を観た。 これが『仮面の忍者 赤影』そのほかの名脚本家、伊上勝の躍進作(現存のクレジットでは名前は確認しがたいが、中身を観れば伊上ティスト全開なので、すぐわかる)で、白黒ドラマ時代の旧作ということを前提に、めっぽう面白い番組だった。 それでこのたびこの原作の方も読んでみたが、テレビ版では背景となる史実上の文芸設定が「ジンギスカン=義経伝説とそれに関わる秘宝」だったのに対し、原作の主題は「南米インカ帝国の秘宝探しと、その民族的再興」と大きく異なる(!)。 (ほかにもテレビ版はドラマオリジナルの潤色が、数えきれないほどあるが、まあそれはまた別の場で。) 原作小説は、当時の欧米列強のアジア進出を伺う日本人視点からの、白人勢力を警戒しながら、世界各国の有色人種同士の連携といった理想的な展望も盛り込まれ、思っていた以上に時代色の強い作品だった(まあ、当時の国際情勢的には、こんなものかもしれないが)。 冒険活劇としては、確実に主人公のポジションにいるべき杜夫が物語の軸になりきれず、話が散漫な印象も少なくない。とにかくストーリーが転がっていく躍動感だけはあるが、一方で、主要な登場人物を思い付きで出しては、新しいキャラクターに作者の興味が悪い意味で移りすぎていく、そんな感じがある。 ただしミステリ的にちょっと興味深いと思ったのは、この数年後以降に乱歩が複数の長編でやるとあるネタを先んじて、かなり大きなギミックとして中盤から使っていること。本作よりさらに以前に、その種の趣向の前例がないとは現状では断言できないが、ほぼ10年後に「少年俱楽部」誌上に登壇する乱歩が本作に接し、どこかインスパイアを受けていた可能性はあるかもしれない? 物語=事件の終息後、主人公の杜夫たちの行動の概要を認めた某登場人物が述懐するモノローグが、印象的。杜夫たちの理想と理念が外から相対化され、そして冷静に認知されるクロージングが余韻を残す。 メディアの違う、そしてアレンジの度合いも大きいものを比べるのもナンだが、『豹の眼』に関してはテレビ版の方がずっと面白い。ただし原作からけっこうネタをあれこれ採取してきているので、そういう興味では、この原典の小説の方も、やはり読んでおいて良かったとは思う。 |
No.1446 | 7点 | サイレント・ナイト 高野裕美子 |
(2022/03/13 06:52登録) (ネタバレなし) 21世紀が目前に迫る時代。大企業・鶴見興産の御曹司で「航空業界の若きプリンス」と称される青年社長、鶴見雅彦が創業した新興航空会社「ワールドインター」は、若者を主対象にしたサービス企画とかなり低価格の料金にて、寡占状態だった戦後の日本の航空業界に食い込みつつあった。だがそのワールドインターのジャンボ機に、何者かによって爆弾が仕掛けられる事件が発生。一方で老舗の航空会社のベテラン整備士・古畑実は鶴見から、引き抜きスカウトの話を持ち掛けられる。そしてそんな一連の事態と並行して、都内の周辺では、暴力団「荒木田組」幹部の謎の爆殺事件、そして謎の人物「ウツボ」による連続殺人が進行していた。 第3回・日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作品。 正直、評者はあまり意識していなかったミステリ新人賞だが、調べてみると本書の版元・光文社系の新人賞だとわかる。 Wikipediaで歴代受賞作品を探求すると、マイナーな作家や作品も多く(主観です。単に評者の知見が貧弱なだけでしたら、すみません)、現時点での受賞作家では岡田秀文(第5回)、結城充考(第12回)、両角長彦(第13回)、前川裕(第15回)、葉真中顕(第16回)あたりがメジャーか(他にも、評者が読んだことのある作家や作品がちらほらあるが)。 それで本作の作者、高野裕美子はこの作品でデビュー以前に海外ミステリ、冒険小説などの翻訳家として活躍。スティーブン・クーンツの諸作などを何冊も訳出したのち、オリジナル作品の創作者の道に進まれた(惜しくも2008年に他界されたそうだが)。 本作の内容はあらすじの通り、航空業界を舞台にしたミステリで、サイドストーリーとして同業界に関わってくる暴力団組織、その周辺の殺傷事件も話にからむ。メインキャラクターといえるのは、青年社長の鶴見雅彦とベテラン航空機整備士の古畑実、そして古畑の親友といえる新宿署、暴力団相手の刑事・角田の三者だが、サブキャラまで含めれば100人近くの名前ありキャラクターが登場。なかなか錯綜した筋運びを披露する。 個人的にはラストの反転に結構、驚かされたが、もしかしたら、早期に作者の仕掛けに気づく人もいるかもしれない。とはいえ、物語の終盤、まったく立場の異なる登場人物ふたりの心象が刹那重なるあたりの切なさとか、何とも言えない無常観。 ミステリとしてはそれなり以上に、小説としては普通に楽しめた。 脇の甘いところも皆無ではないが、処女長編でこれだけまとめられれば十分だろ、とは思える良作。またそのうち、別の作品も手に取ってみることにしよう。 |
No.1445 | 6点 | 13日の金曜日 サイモン・ホーク |
(2022/03/12 07:40登録) (ネタバレなし) 1957年、アメリカの小さな田舎町クリスタル・レイク。そこのクリスタル湖のキャンプ地で、少年ジェイソン・ヴォリーズが溺死した。その翌年、不可解な殺人が発生、やがて謎の放火事件を経てキャンプは閉鎖される。が、1970年代の末に先代所有者の父親から土地の権利を継承した若者スティーヴ・クリスティは、ガールフレンドのアリスやバイトの青少年たちとともに、20年ぶりに夏季シーズンのキャンプを再開しようと考えた。そして6月13日の金曜日、料理役をまかなうバイト少女のアニー・フィリップスがキャンプ地に向かうが、彼女が職場に到着することは永遠になかった……。 1987年のアメリカ作品。 今さら説明の要もない、1980年に製作公開された近代スプラッター・ホラー映画の中興の祖の公式ノベライズ。映画のシリーズ化企画が安定路線に乗るなか、原作の映画第1作の物語が、公開の7年後に小説化された。 (翻訳は出ていないが、シリーズの続編映画もこのあとアメリカではノベライズ刊行されたらしい。) 評者は、30数年前に本ノベライズが刊行されたときは気にも留めず、その後は存在まで忘れていたが、先日ふと改めて、本書のことをたまたま意識。何やら評判もいいみたいだし、古書価格もプレミアがついているのに興味を惹かれて、思いつきで借りて読んでみた。 なお評者は原作の映画(本編91分)は封切直後に劇場で一度、テレビでも一度、計二回以上は観ているはずだが、だいぶ前なので細部は忘れている。 とはいえ本ノベライズ巻末の解説にもあるように、映画のストーリーそのものはシンプルな上に、小説独自の作劇的なアレンジはないそうだから、かなり原作の映像に忠実な活字化といってよさそうだ。 プロットがほぼ映画そのままな分、小説で膨らませられたのは登場人物の過去設定や内面描写で、たとえば主人公格のヒロイン、アリスは亡き父が貧乏から抜け出そうとして働きバチのように生きた末に過労死した過去を持つとか、そんな文芸設定が付加されている。 また、呪われていると悪評のキャンプ地を再興しようと躍起になるスティーヴの心象に、ビジネスで奮闘することでアメリカ市場に食い込んだ日本人への憧憬の念があり、かの本田宗一郎の名前まで登場(!)するのがオモシロイ。 とはいえまあ、ノベライズの作法としては特に突出してスゴイことをやっているわけでもなく、丁寧に60点取ったノベライゼーション作品という感じ。 (逆にいえば、あくまで原作の映画に準拠し、活字で奉仕した小説作品という側面から見るのなら、なかなか優等生的なノベライズかもしれない。) なお作中で登場人物のひとりが、ミシシッピの川を行くバンパイア云々の小説を読む場面があり、ああ、ジョージ・R・R・マーティンの『フィーバー・ドリーム』だなと思ったら、巻末の解説でそうだと確認できた。もっともこの『13日の~』のノベライズが翻訳刊行された時点では、まだその『フィーバー~』は未訳だったんだな。 (実は『フィーバー~』は以前に友人から、読めと言われて預かって、積読のままの評者である~汗~。) 翻訳はあの大森望。さすがに訳文は達者でスラスラ読めるが、69ページの「(ハンフリー)ボガー『ド』」表記はこの人の責任か? 創元の編集部か校閲が改竄した可能性もあるけど。 |
No.1444 | 5点 | 「三日で修得できる速読法」殺人事件 若桜木虔 |
(2022/03/11 14:39登録) (ネタバレなし) 情報化社会の現在、多忙な現代人に有益とされる、文章を短時間で読破する速読法。いま、その速読法の教育産業は老舗の「全日本速読学会」と、そこから分派した新興勢力の「新日本速読研究会」が、受講生のシェアを奪い合っていた。そんななか、「新日本」の幹部会員でジュブナイル作家としての実績もある橋本健一郎が出張先の沼津で、とあるマンションから転落死した。状況から橋本は美人の若妻・松倉泰子の自宅売春に応じ、彼女との情交中に泰子の夫・浩也に露見して、慌てて転落死したものと思われる。だがそこに目撃者が現れ、浩也が橋本を殺害したとの容疑が生じた。若者に人気の作家・橋本が買春をしてその果てに死亡というニュースは「新日本」の運営にも悪影響を与える。しかし橋本の秘書だった沢野沙知代は、あるポイントからこの殺人状況に疑問を抱く。 あまりにもトンデモな題名に興味が湧いて(というかこのタイトルが大ウケして)、読んでみた(笑)。 文庫書き下ろし作品。 もともと著者の作品は「ヤマト」シリーズだの『トリトン』だの『バルディオス』だの『009 超銀河伝説』だののアニメノベライズは山のように読んできているが、フツーのミステリはこれが初読みかもしれん。 全体的には思ったよりはマトモであった(中盤で主人公ヒロインといえる沙知代が、状況の矛盾をつくあたりを<ちゃんと謎解きミステリ上での、ツイスト的な演出>で書いてあるところとか)。 が、犯人は、悪い意味で丁寧すぎる伏線ゆえに曲がないので、すぐにわかる。あと犯罪の実態や悪事の形成が(中略)というのも興ざめ。 まあ昭和末期のB~C級ミステリならこんなもんでしょう。 なお後半にはテレビ局が強引にお膳立てした「全日本」と「新日本」の速読法対決というイベントがあるのだが、ここがラヴゼイの『死の競歩』みたいに謎解き部分と並行して盛り上がってくれればいいなと期待したものの、あんまりワクワクできなかった。書き方がアッサリしているからみたいで、その辺はいかにもこの作家らしい。 で、途中で「いいのか?」と思ったのは、ミステリマニアの沙知代(当然、速読に長けており、マトモな謎解きパズラーでも一冊30分で読めるらしい・笑)が捜査本部の刑事たちに、橋本の転落死についての内田康夫の実際のミステリのトリックにこんなのがあった、それと同様なのでは? と作品の具体名まであげてトリックをバラしながら仮説を語る。これが実際に刊行されている内田作品まんまのようで、つまりトリックのネタバレ(評者は当該の作品は未読だが、どうもソレっぽい)。これって営業妨害にならんのか? と思った。 もしかしたら、向こう(内田康夫)の方でも似たようなことをしていて、たがいにからかい合っていたりするのか? まあいいけど(よくない)。 なお終盤、沙知代と真犯人との対決で、沙知代が犯行の細部について(ひとつひとつの状況を読者に向けて説明するために)仮説を語る。 だがそれがほとんどヒットし、沙知代の仮説を肯定する犯人の受け答えがほとんどどれも「ああ~」で始まるのには笑った。数えてみたら12回もある(笑)。作者が多作のベテラン作家なのにいつまでも二流なのは、こういう雑な文章(というか小説)の作り方にも一端があるとも思う。 |
No.1443 | 6点 | プレイボーイ・スパイ1 ハドリー・チェイス |
(2022/03/10 05:24登録) (ネタバレなし) CIAのパリ支局長ジョン・ドーレイのもとに、謎の女「マダム・フシェール」から情報の売り込みがあった。手ごたえを感じたドーレイはその対応を、パリ在住の中年の部下ハリー・ロスランドに任せるが、ロスランドはさらに実際の相手の女との接触を、外注スパイで30代後半のマーク・ガーランドに依頼した。だがガーランドがその任務を請け負った直後、ロスランドは何者かに惨殺され、一方でガーランドの方も、町でハントした別の若い娘に家探しをされた上、姿を消されていた。そんなガーランドに、今度は危険な雰囲気の富豪ハーマン・ラドニッツとその部下が接触してくる。 1965年の英国作品。 主人公マーク・ガーランドはフランス人の母とアメリカ人の父を持つハーフで、10年近くロスランドの外注仕事を請け負う身。だがロスランドが末端の現場CIA局員で、しかもあまり有能でないため、報酬も少ない。長年の活動の間に、もともとは何人もいたガーランドの同僚たちもみな、待遇の悪さから足を洗ったり、あるいは命を落としたりしたようである。 60年代半ばなら、ボンド映画ブームの影響で、スパイ(スーパースパイ)が社会階層的にも余裕のある成功者然として見られる風潮もあったとも思うが、チェイスはその裏をとって、そこそこ女にモテる二枚目だが、金もなければ、諜報世界での大した立場もない、そんな外注スパイというタイプの主人公を創造したのであろう。 (現実の職種に例えるなら、大手テレビ局の下請けの零細番組製作プロダクション、さらにそこから仕事をもらう、便利屋的に使われる二流のベテラン俳優かフリーの外注スタッフみたいなイメージだね。) 実際、ガーランドはすぐに、CIAのケチな外注仕事よりも、多額の報酬を提示した富豪ラドニッツ側についてしまったりする。 やがて富豪ラドニッツがどういう対象(人物? 案件?)に関心を抱き、ガーランドに何をさせようとしてるのか、はっきりしてくるが、それでも最後まで、その依頼の根幹にあるものが何なのかはなかなか語られない。 そんななかで、さらにメインヒロインの一角といえる女性がまたひとり登場、一方でにぎわう登場人物たちもバタバタ死んでいく。 中盤の展開は丁寧な筋運びの分、地味な印象もあり、チェイスにしては、ちょっぴりかったるい感触も覚えたが、クライマックス、キーパーソンといえる人物にガーランドが接触し、ラドニッツの狙いがわかってからは結構なハイテンションぶり。その流れのなかで、なかなか心を揺さぶられる描写があるが、詳しくはここでは書かない。なんにしろ、とにもかくにもガーランド、ちゃんと最後には主人公らしい益荒男(ますらお)ぶりを見せた。 従来のほかのチェイスの諸作っぽい、かどうかは、あまり評価や楽しむ上での基準にしない方がいいような感じの作品。それよりは、60年代当時の、欧米活劇スパイ小説ブームの頃に登場した、やや変化球の一シリーズと思って楽しんだ方がいいような感じ。 シリーズの2、3作目もすでに買ってあるので、そのうちに読もう。パラダイスシティ警察と世界観がリンクするという『その男 凶暴につき』も楽しみじゃ。 |
No.1442 | 7点 | ゼロの蜜月 高木彬光 |
(2022/03/08 05:11登録) (ネタバレなし) ベテラン弁護士、尾形卓蔵の娘で26歳の悦子は、失恋の傷心が癒えないなか、父から意に添わぬ縁談話を勧められる。そんな折、悦子は偶然に、千代田大学の経済学の助教授で33歳の塚本義宏と知り合い、互いに恋に落ちた。だがやがて、義宏の家庭内に複数の問題が発覚。それでも悦子は、青年検事・霧島三郎の妻である友人の恭子にも応援されて、自分の恋を結婚に向けて完遂させる。しかしそんな悦子を待っていたのは、殺人事件という名の予想もしない惨劇だった。 霧島三郎シリーズの第三弾。今回も元版のカッパ・ノベルスで読了(ただし昭和49年の52版)。 シリーズ中でも秀作と噂の一編だが、メインゲストキャラクターの設定が第一作『検事・霧島三郎』の後日譚的な文芸ポジションだったのに軽く驚き。 というわけで、こだわる人はそっちから読んでください(ストーリーそのものは本作から読んでも全然問題はないし、別に本作内で第一作のミステリ的なネタバレをされる訳でもないけど)。 メインヒロイン悦子の恋愛ドラマを主軸にサクサク進んでいく前半も、殺人事件の発生で霧島三郎が前面に出てくる中盤以降も、ともにリーダビリティは高い。 評者は例によって登場人物一覧リストを作りながら読んだが、物語の表に多数の登場人物を出したり引っ込めたりしながら、それぞれのパーソナルデータが増えて行く感覚が実に快い。 (しかし一部のいかにも思わせぶりな描写は、たぶん確信的なミスディレクションだったのだろうな? これが結構うまい感じで、評者はまんまと引っかかった~汗~。) 後半、明らかになるメインキャラクターの背後に秘められた秘密もなかなかのインパクトではあった。 で、かなり特殊な状況、タイミングで殺人が行われ、最後まで引っ張られるフーダニットの興味とともに「なぜそんな時局に?」というホワイダニットの謎が、本作の最大の求心力のひとつとなる。真相を教えられると、説得力としてはやや微妙な部分もあるが、それなり以上にロジカル、とはいえるものか。いずれにしろ、終盤、残りページ数がどんどん少なくなるなか、ギリギリまで解決を引っ張るサスペンスの形成はかなりのもの。 ちょっと不満だったのは、某キャラクターの(中略)が見え見えだったことかな。アレは「そうなんだろうね」と早々に察しがつくし、さらに一方で、「そう」だと、スナオに受け取ると、ちょっと描写が不自然な印象もある。まあいいけど。 なお本作は『刺青』『密告者』(霧島ものの第二作)とともに、英訳されて欧米に紹介された高木作品三冊のひとつのようである。 なるほど、恋するヒロインの立場の変遷をスピーディに語る本作のプロットは向こうの読者にもウケそうだが、これいいんだろうか、と思うのは、英訳タイトル。ちょっと中盤以降のネタバレっぽい。 気になる人は、本作を読んでから、英語版のタイトルを確認してください。 |
No.1441 | 6点 | 軍靴の響き 半村良 |
(2022/03/07 05:55登録) (ネタバレなし) 銀座のクラブ「都」の美人ホステス、31歳の侑子は、心惹かれた男・新藤恒雄の外地での悲劇を知る。新藤は「西イリアン石油」の社員で、インドネシアで発見された大油田の開発に関わっていた。やがて当該の油田から原油を運ぶ大タンカー「東亜丸」がテロリストの災禍に遭い、日本政府は専守防衛を名目に自衛隊の国外派遣が実施される。一方、東京はキャサリン台風以来の悪天候によって水没の危機に晒され、革新派の都知事は苦渋のなかで、自衛隊に都民救済の要請を願い出た。陸自、海自の立場が強くなるなか、活動組織「市民平和同盟」は大規模な停電テロを起こし、右傾化する世情への警鐘を国民に向けて鳴らすが。 70年代半ばに書かれた、近未来ポリティカルフィクション。少年時代に初めて本作を目にしたときは、題名と表紙(JOY NOVELS版だった)から、日本の右傾化を主題にした一種のディストピアものと直感。リアルな恐怖感を覚えて気になりながらも、そのまま読むことはなかったが、一年ほど前にノンポシェット文庫版をブックオフで見かけて購入。今回、本作の存在を意識してからウン十年目にして、初めて読んでみた。 本作の主題からして、もちろん日本の軍国化に警鐘を鳴らすメッセージ性は濃厚な作品。 ただしその辺のテーマは、同じ一人の主人公が全編を通じた蟻地獄的な状況のなかで声高に叫ぶのではなく、物語の構成としては、東京周辺に何人かの主人公格の登場人物が配置されており、それぞれをメインにしたエピソードが連作短編風に書き連ねられていく趣向。 ウールリッチの『聖アンセルム』とか『運命の宝石』または『黒いアリバイ』みたいな雰囲気に近いものを感じたが、そういえば70年代の半村良の諸作には、どこかアイリッシュ=ウールリッチ作品の面影があった(ミステリマガジンに掲載された名作短編『白鳥の湖』が、日本のアイリッシュのようだ、と当時の読者コーナーで賞賛され、少年時代の評者はその意見に共感を覚えた記憶がある)。 とはいえ半世紀前の作品として、反戦メッセージに基本的には普遍性を感じる一方、自然災害で一般市民を救う自衛隊の図にまで右傾化の危機感を抱いてしまうのは、さすがに公平ではないだろう(潜在的に、そういう書き方をする余地があるにせよ)。阪神淡路大震災や2011年の震災などでの現実の自衛隊の活躍には、評者なども国民として、普通に衷心、感謝している。 いずれにせよ、日本の世情に表立った右傾化が生じた際に、さまざまな局面や立場の人々が、それぞれどのような反応や対応を見せるか、のシミュレーションもの、それも良くも悪くも旧作、として読むべき作品。 それを踏まえた上でなら、2020年代の現在でも、いや、今だからこそ、改めて読む価値はある。 物語の後半、自衛隊のクーデターを経た日本政府が直接的な徴兵などは実行しないものの、有事になったら優先的に出征させる「予備登録」という制度を青少年に推奨し、それに応じた者に優先的に大企業や大学などへの入社・入学が通りやすくなるという社会システムが築かれるあたりは、まさに昨今の現実の「経済的徴兵制」に通じるものがある。作者の先見性が確か……というより、半世紀前からの普遍性が悪い意味でそのままだよね。 ちなみにかわぐちかいじが本作を、時代設定をアップデートしてコミカライズしていたことは、今回初めて知った(汗)。ネットでそのコミカライズ版の情報をちょっと覗くと、日本共産党が武装化してレジスタンスするくだりとかあるみたいだけど、原作には共産党ほか野党の抵抗活動の影はほぼまったく書かれていない。 旧作小説としてはそれなりに面白かった(&コワかった)けれど、大味な部分もある。同じ主題でいまこれを新世代の作家が本気で書いたら、とにもかくにも数倍の分量の紙幅には、なってしまうであろう。 |
No.1440 | 7点 | ハバナの男 グレアム・グリーン |
(2022/03/06 12:56登録) (ネタバレなし) おそらく1950年代。革命以前の自由主義の時代らしいキューバ。英国の電気掃除機会社「ファストクリナーズ」のハバナの販売派出所を任された45歳の男ジム・ワーモルドは、自分の娘で16歳の美少女ミリィと慎ましい小市民生活を送っていた。ワーモルドは妻メアリにアメリカ人の不倫相手と駆け落ちされた過去を有し、その分ミリィとの親子の絆は深かったが、自由で積極的な娘は奔放な面があり、現在は馬を飼いたいと願い出ていた。そんなワーモルドに、本国英国の見知らぬ男が接近して、ハバナ在留の諜報員にならないかと持ち掛けた。娘のための副収入を当て込み、この話に乗ったワーモルドは、ニセの成果を出そうと、虚偽のスパイ網と適当なインチキの情報を捏造し、暗合で本部に発信。さらに機密武器の設計図に見せかけて、掃除機の設計図を書き写した図面を送付する。だが情報部本部はこのインチキ情報に前向きな反応を示し、31歳の美人エージェントのビアトリス・シヴァーンを、ワーモルドの表の仕事と裏の情報活動の秘書兼アシスタントとして派遣してきた。 1958年の英国作品。 1979年の新版グリーン全集で読んだが、同書の巻末のあとがき(旧版の再録らしい)によるとグリーンの7冊目のエンターテインメントらしい。 内容はあらすじの通り、エスピオナージのパロディというか、該当の自作をふくむこのジャンル内の諸作そのものを、シリアスにからかった戯作。 電気掃除機の設計図を大量破壊兵器に見せかけるという大ネタの趣向そのものは、何十年も前からどこかの誰かのエッセイ(「深夜の散歩」とか「ミステリ散歩」あたりかな)で読んで興味を惹かれていたが、今回初めて読むと、1950年代の原子力文明時代にやたらと「アトミック(パワーの強力な)」とか商品につける大げさな風潮なども揶揄していたことがわかる。 主人公ワーモルドが、現地で得た(ことにする)情報はどうせそうそう裏が取れないだろうと適当なことを書きつらねていくうちに、ウソからマコトが出てしまったり、まったくの虚偽のスパイ要員として、見かけた名前を拾った現実の人物にアレコレ起きてしまうのはお約束というか期待通りだが、ある意味で虚構が現実を侵食してゆくようなさらなる構図そのものが、虚実のないまぜになったスパイ小説そのものを改めてもう一度、批評する趣向になっている。 その辺の雰囲気は、主人公ワーモルドが病理的な幻想に陥るわけでは決して(あまり?)ないが、あのジェイムズ・サーバーの『虹を掴む男』みたいな気配も濃厚に感じたりした。 後半、娘ミリィの公認のもとで微妙に進行するビアトリスとのラブコメ? 模様も読者の興味を促進するが、ラストはなかなか……(中略)。 半世紀以上前の作品ゆえに、こういうメタ的で戯作的、ジャンルへの自己言及的な前衛っぽい作法そのものがすでに定型のひとつになってしまった感もないではないが、皮肉とやさしげなユーモアを交えながら薄闇色のオトナのおとぎ話みたいなノリで進行するストーリーは、今読んでもしっかりと面白い。20世紀の近代史、革命以前のキューバの外地事情に関心がある人なら、さらに面白く読めるだろう。 (ワーモルド本人が無神論者で、ミリィがカトリック教徒~ただし結構ズベ公~なのも、深読みすればキーポイントっぽいが?) ほかのメインキャラクターたちでは、30年前にハバナに来たドイツ人の老医師(むろんナチスとは無関係)でワーモルド親子の友人であるハッセルバッヒャ先生、ハバナ現地ベダトの警察署長という要職にある身ながら、美少女ミリィにマジメに(?)恋焦がれる、拷問の名人と噂の男(年齢はたぶん中年)セグーラ警視などの連中もそれぞれ印象的。彼らもワーモルドの去就に少なからず関わり合っていく。 しかしグリーンの広義のエスピオナージの著作の歩みをきちんと順々に見ていけば、たぶん作者の内面、そして現実の時代の推移との相関とか、何かが覗けるんだろうな。基本、つまみ食いで諸作を読んでいる評者などには、なかなか見えにくいが(笑・汗)。 |