人並由真さんの登録情報 | |
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平均点:6.33点 | 書評数:2108件 |
No.1368 | 5点 | 反逆者の財布 マージェリー・アリンガム |
(2021/12/12 07:09登録) (ネタバレなし) 第二次世界大戦の蠢動が世界中に不安を与え始めた時局、英国のある病院のベッドで一人の青年が目覚める。30代半ばの長身でブロンドの青年は記憶を失っており、近くの警官と看護婦の会話から、自分に警官殺しの嫌疑が掛けられていることを知る。周辺の状況、出会った人物から、記憶喪失の青年は自分の名が「アルバート・キャムピオン」かと思いながら、病院を脱走した。 1941年の英国作品。 冒頭、記憶を失った青年は、本当に作者アリンガムのレギュラー探偵であるキャムピオン(キャンピオン)なのか? あるいは記憶喪失の他の人物がそう思い込み、何らかの理由で周囲の人間がそれに話を合わせているのか? 前者ならめったに例のない、作者自身によるレギュラー探偵への前代未聞のイジメだし(試練とも呼ぶ)、後者なら、のちのちの(中略)トリック的な新本格ミステリみたいだ。 そういう意味でとにかく読者の鼻面を掴んで引き回し、話がどっちに転ぶのかワクワクさせるミステリかと思いきや、意外に早めに、物語は話の底を割ってしまう(……)。 要は、もっともっとテクニカルに面白く練れたハズだよね? この作品の冒頭からの趣向、という感触。 まあそれでもネタバレにならないよう、なるべくアイマイに書きますが、大体の道筋が中盤になって見えてくると、正直、かなり退屈であった。 翻訳も随所の注釈の挿入など丁寧さは感じるが、21世紀の今なら思いきり校閲で赤字が入りそうなヘンな日本語が、あちこちに散在していて読みにくい。 大体、キャンピオンシリーズの中でも本作は最右翼の異色作だろうに、こんなクセ球を早めに紹介するなよというのが正直な思い。 ……と言いつつ、改めて再確認すると、本作の邦訳刊行以前に『幽霊の死』『判事への花束』『手をやく捜査網』さらに「別冊宝石」の『水車場の秘密』と、すでにもう4作もキャンピオンものの長編が紹介されてはいたのだな。 だったら、まあそろそろこういう変化球作品を出してもいいかという、当時の日本の出版界の空気だったのかも知れない。 (それでも創元推理文庫の邦訳一冊目がコレというのは、かなり冒険だったと思うけど……。当時、創元のアリンガム初弾としてこれをセレクトしたのは、誰だったんだよ?) とはいえ、最後の悪党たちの秘密の陰謀の実態は、なかなかオモシロかった。キャンピオンが悪の一味の計画を食い止めるくだりのビジュアルも、かなり派手め。 まあ実は、1970年台の某・国産特撮ヒーロー番組での悪の組織の作戦とまったく同じなんだけど(とりあえず、こう書いても、一般にはネタバレになってないと思う)。 <以下、少しネタバレ?> まとめるなら本作は、キャンピオンがレギュラー名探偵キャラではあっても、同時に暗黒街で幅を利かすロビン・フッドみたいな一面があったからこそ、成立したオフビートな話。 大体、作者が自作の看板キャラのレギュラー探偵を記憶喪失にするか? フツー。 ……まあ、スピレインがマイク・ハマーを一時期ボロボロにしたように、作者クイーンがライツヴィルでエラリイを激情に走らせたように、時に作家っていうものは、自分の大事なキャラをイジめてみたくなる屈折した欲求が湧くのだろう。そういう気分はなんとなく、よくわかるのだけれど。 |
No.1367 | 7点 | 怨み籠の密室 小島正樹 |
(2021/12/11 15:14登録) (ネタバレなし) 昭和61年3月。埼玉県在住の大学生・飛渡優哉は、少し前にガンで死んだ父・草悟の末期の言葉「謂名村……殺され」が気にかかり、故郷である岐阜県の謂名村に赴く。そこは優哉が16年前に死別した母・貴子と、幼児期を過ごした記憶のある村だった。だが村では、伯父である医師・飛渡文雄ほか大半の村民が、なぜか優哉に冷淡だった。そんななか、村の美濃焼の工房の密室の中で、ある人物の首吊り死体が発見される。事態が混迷するなか、優哉は兄貴分といえる名探偵・海老原浩一に支援を求めるが。 いや、エライ面白かった。 小島作品は5~10作程度、しかし海老原シリーズは先の『呪い殺しの村』しか読んでないという浅い評者だが、これは十分に単品でも楽しめた。 優哉と海老原はなにか別の作品の事件(もちろん評者はたぶん未読)で、すでに面識があるらしいが、特にそっちのネタバレにもなってない。 文庫書き下ろしで350ページ強と、本の厚みはさほどでもないが、作中のイベントは目白押しでストーリーはグイグイ進む。例えるならカーのB級……というより一流半の作品(『囁く影』とか)、ああいうのに近い感じであった。 謎解きパズラーとしては、なるほど確かにネタの盛り込み過剰だが、それ自体は個人的にはサービス満点の趣向として堪能する。ただしさすがに最後の(中略)殺人ネタは要らなかった、というか、こればっかは明らかに蛇足だよね? ページ数が残り少なくなる中、事件の全貌がなかなか見えない、あのワクワク感も満喫。 とはいえ豪快な密室トリック(あれやこれや)はともかく、真犯人の文芸設定はさすがに無理筋でしょ、という思いが……。絶対に当人は(中略)。 存分に楽しめたのは間違いないのだが、なんか戦後すぐに「宝石」系でデビューしたトリック派ミステリ作家の昭和30年台作品みたいな、ある種のラフファイト的な感興を感じた。もしかしたら、読み手の許容度を試されるような作品かもしれん。まあ、こういうのは楽しんだ方が勝ち、かも? 最後に、小島作品って、有罪となった殺人犯の処遇に厳しいね。近作の某作の終盤で、殺人の咎で重罪になるであろう登場人物に向かい刑事があくまで冷徹に「あなたはもう一生、酒に酔う機会はないでしょう」と告げるセリフの生々しさにちょっとコワくなった。本作の終盤でも、これに類似するクールな描写がある(ネタバレにはなってないハズだが)。 いやまあ現実世界で犯罪を犯す者には、本当にごく一部のやむを得ない事情の例外を除いて、相応の処罰はあっていいのだけれど。 |
No.1366 | 6点 | ねじれた家 アガサ・クリスティー |
(2021/12/10 06:15登録) (ネタバレなし) マザー・グースを巧みに取り入れというから、王道の見立て連続殺人かと思いきや、ただの(中略)ですか、そうですか。『そして誰もいなくなった』の類似作と錯覚させたかった早川の商魂、見え見えだ。 真犯人の文芸設定については以前から、どっかで聞き及んでいたつもりだったので、ネタバレ承知の上の消化試合のつもりで読み出した。そうしたら前情報(?)が中途半端だったらしく、終盤で結構なサプライズを味合わされた。 トータル的に、読み物としては結構、面白かった。クリスティーが自作のフェイバリット・ワンにするまでの感興は見出せないが、独特なクセのある作品だということには異論はない。 読み手の踏み込み方、咀嚼の仕方でかなり評価が変わる作品だと思う。正直、本サイトの先行の方々のレビューにも色々と思う、感じるところはあるが、まあそれは。 得点的な部分だけ拾うとかなり高い評点をつけたくなる長編だが、一方でその波に乗って高評を授けたくなる間際で、でもそれじゃ、とか、とはいえそういう方向の作劇をするならば……とか、色んな不満や不整合を覚えてしまう作品。 エピローグの余韻も含めて、個性的な味があるのは認める。 |
No.1365 | 7点 | 償いの流儀 神護かずみ |
(2021/12/09 14:41登録) (ネタバレなし) その年の10月。都内の大久保に在住の「わたし」こと30代半ばのトラブルシューター、西澤奈美は、いまだ数か月前の事件を心に留めていた。そんななか、馴染みの近所のタバコ屋「角屋」のおばあちゃん、上井久子が長年かけて蓄えた貯金350万円をオレオレ詐欺によって騙し取られる。奈美は老婆を不憫がるが、その一方で自分が入居するマンション「メゾン・ヒラタ」の大家兼管理人の平田から、近所に不審な人物がいるとの情報を得た。関心を深めた奈美が独自に調査すると、近所の会社「MTMプランニング」が実態はオレオレ詐欺一味の組織と判明。奈美は警察に通報して一味は逮捕されるが、前線での主犯の一人らしき男が逃亡。やがて奈美に詐欺グループの背後組織らしきものの報復が始まる。 乱歩賞受賞作『ノワールをまとう女』に続く西澤奈美主役編の第二弾。期待通りにシリーズ化された。 やや錯綜した内容の前作に比してプロットはいくらかシンプルになったが、長くシリーズを続けていくならば、こういう緩急のつけ方の方がよいだろう。雰囲気的には良い意味で、生島治郎あたりの昭和の国産ハードボイルド主人公のアップトゥデイト的な感触がある。 そのノリで前半はスラスラ読めるが、後半、自分を囮に敵側との勝負をかけるつもりの奈美が、自分の予想を上回る犯罪者一味の手際に圧されていくあたりになると結構な緊張感。終盤の(中略)も含めて、最終的には本作もこれはこれで読みごたえがあった、という気分である。 なお和製ハードボイルドとしての文体もオーソドックスというか、この手のものとしてのトラディショナルな感じなのだが、本作の場合は、これでいい。 調査のために必要なこととして奈美が特に悪人でもない事件の関係者に接触し、相手を欺いて情報を得るくだりがあり、その結果、騙されたと気づいた先方の心を傷つけてしまう。そのあとの奈美の内面のモノローグが 痛みなどない。似たような場面は、数えきれないほど体験してきた。 コーヒーに手を伸ばしかけて、止めた。 どうせ、苦い味に決まっている。 うん、和製ハードボイルドはこれでいい。 総てこれでいい、とは絶対に言わないし、それこそこちらも数え切れないほど、こういう叙述には出会ってきたが。 あと本作ではひとり気になる新キャラクターが登場。このまま奈美シリーズのレギュラーになるか、はたまた同じ作品世界観でスピンオフの主人公でも今後務めさせるか? という感じであった。その辺の興味も込めて、作者の次の作品も見守りたい。 最後に、本書を読む前に半ば成り行きでwebで作者・神護先生のインタビューを拝見。いい年をしたおじさん(失礼)が、私は女戦士萌えで、とか語っていて、思わずふきだした。ユカイなオッチャンのようで。 【2021年12月11日追記】 大事な事を書くのを忘れていた。本作の随所でシリーズ第一作『ノワール~』の結末が遠慮なく明かされるので、本シリーズに興味のある方は絶対にそちらから読んでください。第一作の興味を半減させていいこと前提なら、本作から読んでも、この第二作そのものを楽しむこと自体には、特に問題はないと思いますが。 |
No.1364 | 7点 | 魔術師 佐々木俊介 |
(2021/12/08 15:02登録) (ネタバレなし) 平成24年2月。「私」こと大学一年生の光田聖(みつだ さとし)は、面識のない相手から招待状を受け取る。それは大企業グループ「青茅(あおち)産業」の総帥と同名の青茅伊久雄なる人物からで、実は聖は差出人の近親者なので話がある、岡山県まで来てほしいというものだった。同封の切符で現地に向かう聖は、やがて迎えに来た男の案内で「盃島」という孤島に招かれ、そこにある四階建ての荘厳な館「神綺楼」を訪れる。屋敷では4人の16歳の少年少女が独自の英才教育を受けながら、外界と途絶された空間の中で生活していた。そして……。 もともと本作は、著者が2016年から自分のwebサイトで無料公開していた新作長編だったが、このたび初めて書籍化(文庫版)。 評者は5~6年前、久々にミステリ全般を本腰を入れて(?)ふたたび読み出した当初、この作者の『模造殺人事件』に遭遇(たしか当時、webかなにかで面白いと紹介されていたのだと思う)。読了してえらく感銘を受けた記憶がある。思えば、林泰広の『見えない精霊』とこの『模造殺人事件』が、しばらくミステリを離れていたらこんなスゴイものが出ていた! という私的な感じの、双璧的な作品であった。 というわけで2016年の本作『魔術師』も以前から意識してはいた(作者の情報を検索したら、この作品にすぐ行き当たった)が、評者は個人的に電子書籍で小説を読むのが苦手な方なので(その形式でしか読めない作品はいくつか電子購入してあるが、マトモに読んだことはまだひとつもないと思う)、関心を抱きながら自然と消極的になっていた。 そうしたら、今年になってついに本作が『模造』とのカップリングで、初の紙の書籍化。待てばカイロの日和あり、サム・スペードの苦笑あり、だ(笑)。 それでようやく読んだ本作だが……あー、完全な館もの(&クローズドサークルもの)だったのね。隔絶された世界で養育されるエリート的な若者という趣向は『黒死館殺人事件』を想起させ、物語の舞台となる「神綺楼」の中核の博物室でのペダントリイ趣味など、正に先駆のリスペクトである。ただしさすがに本家ほどクレイジーな盛り込みはされてない。 肝心のミステリ部分は、もちろん仕掛けがものを言うガチガチの新本格なので、ここではあまり詳しくは書けないが、中核のアイデアは既視感は抱くもの。ただしその周囲や作品全体に、二つ目三つ目の大きなギミックを配することで、それなりに面白いものにはなっている。クロージングの妙な引きもなかなか。 ただまあ『模造』に初めて、ほぼ白紙で出会ったときのようなインパクトには、さすがに至らなかった。それでも十分に力作だとは思うし、今年の広義の新刊としてはしっかり注目されてほしい、とも思う。 いつになるかわからないけれど、作者にはまたいつか、この手のケレン味いっぱいの新本格をぜひともお願いしたい。 評点は0.25くらいオマケ。 |
No.1363 | 7点 | 混沌の王 ポール・アルテ |
(2021/12/07 05:55登録) (ネタバレなし) 19世紀末の英国。「わたし」こと、南アフリカから帰国した20台半ばのアキレス・ストックは、多様な分野で才能を発揮する芸術家にしてアマチュア名探偵でもある同世代の男オーウェン・バーンズと友人関係になった。そのバーンズに、怪事件が生じると思われるので対応して欲しいとの相談があったが、当人はアメリカに帰国するガールフレンドの女優ジェイン・ベイカーと最後のデートを楽しむのに忙しい。やむなくアキレスがオーウェンの代理として、ロンドン郊外の村にある老舗の織物商チャールズ・マンフィールドの屋敷に先に向かう。そこでは、およそ2世紀前の故事に由来する怪人「混沌の王」が4年前から毎年、姿を現し、不可解な殺人を行っていた……? 1994年のフランス作品。オーウェン・バーンズ、シリーズの第一弾。 帯で大山誠一郎先生が「呪われた一族、屋敷、怪人、交霊会、雪の密室、変人探偵とワトソン役」と、本作に盛られた趣向というかミステリとしてのギミック&ファクターを並べ立てている。個人的にはこれにあと「幽霊殺人」とか「(中略)」とか、いくつか付け加えたい。 とにかく読んでいる内はゴキゲンな、甘い砂糖菓子のような外連味でいっぱいの怪奇パズラー。 真相を明かされるとな~んだ、の部分もないではないが、謎解き作品としての手数の多さ、それに屋敷に集う登場人物たちを描き分けた読み物的な興趣もなかなか。伏線の張り方も王道でウレシクなった。 まあ毎年生じる怪事件の連続に際しては(中略)というモノなので、その辺はアレだが、こういうものを1990年台の半ばにすっとぼけて書いてしまった茶目っ気がステキ。 作中の時代設定の意味は、「ホームズのライヴァルたちの時代なら、こういうどこかゆるい、しかしとても楽しいミステリがあったよね」ということであろう。最後の最後の謎解きも、その手できたか、ではあるが、実にヨロシイ。 評点は0.25点くらいオマケ。 ツイスト博士の方と合わせて、アルテの未訳はどんどん出して。 |
No.1362 | 7点 | サーカスから来た執達吏 夕木春央 |
(2021/12/05 15:22登録) (ネタバレなし) 明治44年10月。絹川芳徳子爵は、別荘に天文学的な価値の美術品を保管していた。それをある人物が狙うが、しかし大量の美術品は賊がその実在を確認した直後、密室状況の屋内から短時間のうちに消えていた。やがて時が流れて関東大震災を経た大正14年、借金を膨らませた貧乏子爵の樺谷忠道は、債権者である商事会社の代表、晴海兼明から返済を求められていた。「わたし」こと樺谷家の三女で18歳の鞠子は小説家になりたい夢を抱きながらも、いずれ親の借金返済のためにどこかの金持ちのもとに嫁がねばならない覚悟をしている。そんなとき、返済を求める晴海の執達吏(公式な代理の執行官)として謎の小柄な少女、ユリ子が現れた。晴海から相応に自由裁量の権限を託されたユリ子は鞠子を借金の担保として預かり、今は震災の影響でさらに行方が謎となった、あの絹川家の財宝を、ともに探すように求める。 デビュー作『絞首商會』で、妙にミステリファンの心をくすぐった作者による、二年ぶりの長編第二作。 プロローグにあたる冒頭で、広義の密室からの消失事件という不可解な謎を提示。 そのあとは主人公の鞠子と、もうひとりのメインヒロインで、元はサーカスの軽業師という前身で、子供みたいな容姿、そして文盲だが知性と行動力は並外れたユリ子、この二人の動きを軸に、宝探しあり、誘拐騒ぎあり、謎の人物との出会いあり、といった冒険ものの方向でストーリーを進めていく。 時代設定が明治~大正で、話し手が十代の、本当にちょっとだけ屈折したお嬢様ということもあり、古式な少女小説みたいな雰囲気もある(文体そのものはあくまで21世紀の作品だが)。 特に大きな主題となるのは、秘匿された絹川家の財宝にからむ暗号の謎で、かなり練りこまれたもの。シロートには絶対に想像もつかない解法で、暗合マニアならこれは解ける人もいるのか? という感じ。相応の歯ごたえがあった。 しかし作品は後半ウン分の1になって(中略)という、隠された本当の顔を表す。ジャンルミックス型のミステリともいえるが、あえてこういう構成にした作者の狙いもなんとなく感じられるような気もする(実際のところはどうなんだろうね?)。 クロージングの余韻も含めて、結構な読み応え。 (ただし、作中のリアルを考えるなら、終盤<この状況>の維持は本当に可能かな? と思える面もあったが……。) 期待通りに佳作以上~秀作。次作がなかなか楽しみな作家である。 |
No.1361 | 7点 | フォート・ポイントの殺人 グロリア・ホワイト |
(2021/12/04 15:40登録) (ネタバレなし) サンフランシスコ市街の海岸通り。「わたし」こと32歳の女性私立探偵ロニー・ヴェンタナは朝のジョギング中に、ある男が別の男性をゴールデン・ゲイト周辺のフォート・ポイント(南北戦争の要塞跡)から海に突き落とす図を、たまたま目撃した。突き落とした男はロニーに気づいてもの凄い形相で追ってくる。ロニーは近所の沿岸警備隊の派出所に駆け込んで難を逃れるが、追ってきた男は消えていた。ロニーの訴えで警備隊のジョン・スコープス大佐がゴールデン・ゲイト周辺の捜索を始めるが、死体は見つからない。ロニーは事件の状況を警察に届け、その夜は、大先輩で友人である65歳のベテラン私立探偵ブラックウッド(ブラッキー)・クーガンとともに、私立探偵業界の講演会に赴いた。するとその場に……。 1991年のアメリカ作品。 メキシコ人と白人のハーフの美人である、女性探偵ロニー(ロニーヴェロニカ)・ヴェンタナ、シリーズの第一弾。 ・8年前に高校時代からのボーイフレンドだった夫ミッチェルと離婚したが、今も友人関係は維持している ・両親が金庫破りだったが、ふたりとも娘を悪の道には誘わないまますでに他界した ・かつて仮釈放の出所者を保護監察する公務員「仮釈放官」だった ・今後の探偵ビジネスに役立つ可能性を認めて、専門学校で日本語を学んでいる ……などなど、ミステリの女性私立探偵の総覧ガイドブックを作るなら、キャラクター紹介の記事ネタには困らない、文芸設定がいくつも用意された主人公。もちろんというか、さすがにというか、デビュー編だけあって、上記の設定はちゃんと必要十分な程度にはお話の筋立てに活かされている(あ、日本語の設定は、今回はあんまり関係なかった)。 翻訳も良いのだろうが、かなり読みやすい作品。さらに、前述の大先輩の探偵ブラッキーや、そのブラッキーと犬猿の仲だが今回の事件を介してロニーと知り合うフィリー・ポスト警部補、ロニーのハイスクール時代の元学友で今は彼女の情報源となっている警察の管理課員アルド・スティヴィックほか多数のサブキャラたちの人物描写もいい。 中盤で話に大きな展開があったのち、話の方向が少しずつ絞り込まれてくるが、この辺のテンポもなかなか小気味よさを感じた。 途中で殺人? 事件が何回か生じて、ストーリーにメリハリをつけるのも良い。 最後まで読み終えると思わせぶりな話のパーツの中にはいくつかあまり意味がないままに終わるのもあるが(いわゆるミスディレクションとして用意された感じではない)、それらの夾雑物みたいなものも、本作の場合は作中にある種のリアリティを宿す感じになっていた。 読者の方で推理の余地はほとんどなく、ロニーが拾い集めた情報を、読み手は付き合って追いかけていくだけだが、事件の実態がわかるタイミングも悪くなかった(ただしある意味でかなりダイレクトな犯人の動機が、いささか直球すぎた感じもあるが)。 主人公ロニーの公私の内面描写や、探偵としての、人としての、モラルと現実の折り合いのさせ方も印象的。 ハードボイルドというよりはあくまで20世紀終盤の私立探偵小説だが、うっすらと<ハードボイルドの心>みたいなのも感じないでもない。 (ただしロニーの探偵としてのモットーや、信条的なべからず、などはあまりない。その辺はむしろ、先輩のブラッキーの方が年の功で強めかも。) 処女長編としては十分によくできた一本。たまたま見かけて興味を抱いて古書で購入した作品だが、当初の期待以上に楽しめた。このシリーズはあと2冊翻訳が出ているようなので、またそのうち読んでみよう。 |
No.1360 | 5点 | 透明受胎 佐野洋 |
(2021/12/02 06:47登録) (ネタバレなし) 昭和40年4月19日。ノンフイクション・ライターで42歳の津島亮は、気が付くと病院のベッドの中にいた。室内にいた若い女性、田部佳代そして警官の説明によると、津島は佳代の運転する車に撥ねられたらしいが、警察の現場検証によるとそんな事故の痕跡はなく、かたや津島の容貌は、まるでいっきに20歳も老化したように髪が真っ白になり、皺だらけになっていた。佳代はとにもかくにも誠意を見せて対応するが、津島は見た目は20代半ばの彼女が実際には40歳だと聞かされて驚く。そして翌日、津島の顔は元の若さを取り戻していた。狐につままれたような思いの津島は、成り行きから佳代と男女の関係になっていくが、そんな彼の前にまた別の刑事が出現。佳代と津島が情事を行なっている時間に、佳代が別の場で傷害事件を起こした嫌疑がある、決め手は現場に残された佳代の指紋だ、と説明した。 角川文庫版で読了。 デズモンド・バグリイの『タイトロープ・マン』まんまの導入部で開幕するが、物語の興味はすぐにメインヒロイン、佳代の老けない女性の謎、そしてふたたび若返った津島の謎、さらにはアリバイが確実にあるはずなのに、別の場の犯罪現場に残された当人と同じ指紋の謎、などの方へとどんどん移行してゆく。 話はハイテンポで、たぶんこれまでに読んだ作者の著作の中でも最高クラスのリーダビリティだとは思うが、SFミステリとしてはいろいろな意味で仕上げが雑。 本作の題名にからむ、女性の特異な受胎に関する着想だけは、当時としてはちょっと新鮮だったかもしれないが、SF=良い意味でのホラ話にならず、かなり空想的な艶笑譚になってしまった感じ。あと<老けて、そして若返った津島の謎>と<年をとっても、なぜか老けない佳代の謎>、この二つの真相の相関があまりにも……(後略)。 作者なりにマジメにエスエフを書こうとしてるのか、アホで気宇雄大な冗談ストーリーを綴ろうとしてるのか、最後の方は判断に困った。もしかしたら、作者自身も、よくわかってなかったのかも知れない? 最後に、誠に恐縮ながら、先行のkanamoriさんのレビューでは、ネタバレ的なキーワードが2つも明かされてしまっているので、本作を未読でこれから読む可能性のある方は、注意された方がよいです。 |
No.1359 | 7点 | 廃遊園地の殺人 斜線堂有紀 |
(2021/12/01 15:32登録) (ネタバレなし) 2020年代の初め。27歳のコンビニ店員で、廃墟マニアとしてブログ「つれづれ廃墟日記」の管理人でもある眞上永太郎は、面識もない富豪・十嶋庵(としま いおり)の招待を受けて、廃墟となった遊園地「イリュジオンランド」を訪れた。そこは20年前のとある惨劇を機に、開園後すぐに閉園した施設で、今回は眞上、そして数名の男女が集められていた。十嶋の部下を称する美女、佐義雨緋彩(さぎめ ひいろ)は一同に、とあるクエストととんでもない賞品を提示するが、やがて施設の中で不可解な殺人事件が。 話題の作者だが、著作はこれが初読み。 チェーホフの銃理論のごとく、ほとんどの叙述にムダのないガチガチのパズラーで、終盤まで堪能した(少し胃にもたれる思いだが~汗~)。 かと言って地味にもならず、割とはっちゃけたサプライズなども用意してあるのは。まるでクリスティアナ・ブランドの良く出来た長編のごとし。 特に感心したのは、物語の後半、かなり意外な事実が明かされると同時に、今度はそこでじゃあ……とホワイダニット的な謎の興味が湧くが、そこから更に(中略)な事件の深淵に向かっていく流れ。 良く練られた力作で優秀作であり、本年の収穫のひとつだと思う。 が、一方で、なんというか、こういう優等生的でウェルメイドなパズラーならベスト5に入ってアタリマエという妙に醒めた感触を抱かせないでもない(我ながら、何という贅沢を言っているのだ、とも思うが)。 謎解きミステリとしての解法は完了した上での、ラストの思わせぶりなクロージングがなかなか気になる。これって……。 本書(元版のハードカバー)の巻頭に、作中の遊園地「イリュジオンランド」の冊子パンフレットそのものを添付してある趣向はイイね。 |
No.1358 | 7点 | 原宿コープバビロニア 心臓のように大切な 植田文博 |
(2021/11/30 07:21登録) (ネタバレなし) 原宿の老朽高級マンション「コープ・バビロニア」。そこで各企業の電気設備管理業を続けながら、副業で「人助け」の私立探偵を営む26歳の美青年、新本慶一。慶一は、バイト社員で、かつて彼に恩義を受けた女子大生の佐々木綴(つづり)とともに、ある日、山崎陶子という初老の依頼人を迎えた。陶子の依頼内容は、数か月前から原因不明の奇病で廃人状態になっている息子・浩太の発病の原因または、罹患の経緯を探ってほしいというものだ。調査を始めた慶一たちの前には、奇妙な「謎の病死事件」の事例が明らかになり、さらにそれは江戸時代から現在まで遺伝的に続く奇病? と思われる。だがこの事態の奥には、さらに深遠な惨劇とあまりにも特異な人の情念が潜んでいた。 改稿・改題された文庫版『99の羊と20000の殺人』の方で読了。 活字の級数も大きめで、自然と一ページごとの文字数もそんなに多くない。さらに登場人物がそんなに頭数いない上に、イベントや話のネタも豊富、シロートにもやさしい医学ミステリ(といっていいだろう)なので、リーダビリティの点では申し分ない。ほぼ三時間でいっきに読めた。 しかし後半の筋立ては、相応のインパクトであった。 まあ作中のリアリティを考えるなら、ここまでこじれた状況にはそうそうならんだろ? という感慨も湧いたが、逆の発想で、あれやこれや種々の事態がよじれて絡まったシチュエーションから発生した物語、ともいえよう。 いずれにしろ、2020年代の現在、喉元過ぎれば……で現代人が忘れかけていたとある問題というか案件を、うまくメインテーマとして扱っている。 そして何より、殺人の動機としては、これまでにあまり例を見ない、かなりぶっとんだ発想であろう(評者が不勉強なだけかもしれないが)。 テーマを鑑みるに、ジャンル分類は社会派、でいいね? 主人公コンビはいかにも連続テレビドラマ化を狙った線だが、それなり以上に魅力あるキャラクターにはなっていると思う。そのうち、シリーズ化してまた別の作品にも登場させてほしい。 最後に、タイトルは本作の場合、改題後の方がイイね。題名の出典は新訳聖書のひとつ「ルカの福音書」から(ネタバレには絶対になってないハズ)。 |
No.1357 | 5点 | 秘密機関 アガサ・クリスティー |
(2021/11/29 15:47登録) (ネタバレなし) HM文庫版で読了。 トミー&タペンスの長編は、若い頃に『親指のうずき』『運命の裏木戸』『NかMか』の順で読んでおり、これが初読作品の最後になった(連作短編集は途中まで読んで中断し、そのままである)。 保守派志向の内容に関しては、50年代のマイク・ハマーに今の視点で文句を言うようなものだろうし、あえてノーコメント。 セミプロかアマチュアかの主人公コンビのスパイスリラーとしては、まさに本質は当時のクリスティーが書いたラノベである。というか全体的に赤川次郎みたいだ。良くも悪くも。 政府の要人側がトミー&タペンスを使う理由も、要は固定観念のないフレッシュな発想と行動力に期待したいということで、そんな国家機密に関わる案件を出会いがしらのアマチュアに任せるゆるい流れも、赤川次郎でラノベ。 いやたぶん、21世紀の今のラノベの大半の方が、この辺の細部のイクスキューズに気を使うような……。 ただまあ、そういう大昔の冒険スリラーと思って割り切って読むならば、そこそこ面白かった。 中盤の、某案件に際して金力にものを言わせてぶっとんだ作戦を提案するアメリカの富豪青年ジュリアスのくだりは、ほとんど『怪船マジック・クリスチャン号』のノリだ(笑)。 途中で不可能犯罪の密室っぽい? のが出てきて、おお!? と一瞬思ったが、結局は、あまり掘り下げられなかった。残念。 あと、黒幕の正体についてはこの頃からクリスティーの手癖が感じられて、早々に見え見え。それでもちょっとミスディレクションめいたものを用意してあるのは、評価の対象か。 「ジャップ警部」の名前が登場で、ポアロ世界とリンク……には拍手喝采だったが、さすがに本サイトではすでに弾十六さんが指摘していた(苦笑)。 しばらく読み返していないけれど、たぶんパシフィカの「名探偵読本・ポアロ&マープル」のクリスティー世界の人物相関図にも、この情報は触れられているんだろうね? (ちなみにWikipediaの本作の独立記事項目にも、このジャップ警部の話題は書かれている。みんなこういう趣向がスキなようで。) それとHM文庫版250ページでの「すごいなあ! まるでポケット・ミステリを読んでいるみたいだ」には爆笑しました。 弾十六さんのメモチェックにはないけれど、コレは日本語版のお遊びですよね? (田村隆一の訳文の初出は、もちろんそのポケミスだったワケだし。) なんか『オバケのQ太郎』の原作コミックで、伸一兄さんが漫画雑誌を買ってきて「少年サンデーが出たぞ」というメタギャグを思い出した(この部分は、初めて新書版コミックスになったオバQの虫コミックス版では「COMが出たぞ」に改訂されている。言うまでもなく「COM」は『火の鳥』などが掲載された漫画雑誌で、虫コミックスと同様、旧・虫プロ(虫プロ商事)の出版部の刊行物)。小学館のコロコロでの再録やてんとう虫コミック版、FFランドや藤子全集版ではどうなってたか。全部チェックしてるハズだが、失念している。 ……いや、長々とスンマセン(汗・笑)。 |
No.1356 | 5点 | いつになく過去に涙を 笹沢左保 |
(2021/11/28 15:59登録) (ネタバレなし) 熊本のダム工事現場で働いていた大卒の労務者で20代後半の千波哲也は、不測の事故で死にかける。だが千波を救って代わりに命を失ったのは「東大出の新さん」と呼ばれる、同じ学士の早乙女だった。30代初めの早乙女は以前から父親を殺害した仇の情報を探しており、最近その当てが見つかって今の職場を去るつもりだった。末期の早乙女は、自分が叶えられなかった父殺しの犯人の捜索を、千波に願って息絶える。千波は容疑者の手掛かりがあるらしい札幌に向かうが、その道中で訳ありらしい謎の美女、上月寿美子と道連れになる。 徳間文庫版で読了。 就寝前に、短めな長編ならもう一冊読めそうだったので、文庫で本文210ページほどのコレを読み出した。 笹沢の諸作に違わず、主人公が動けば犬棒で事件の関係者、物語の主要人物が反応してくれる。おかげで話はスイスイ進むが、一方でどうもウソ臭いリアリティの欠如感もつきまとう。 一般市民の千波が出先の北海道でいつまでも活動費ももたないだろうから、ひと月くらい身を潜めて逃げ回っていようとキーパーソンの何人かが消極的な動きに出たら、この作品はすぐに破綻してしまうような。 最後に明かされる真相はそれなりに意外だが、一方で前半からつきまとっていた<ある登場人物には、とある疑問は生じなかったのか?>という部分は、ほぼスルーされた。ちょっと雑な印象も残す。 あと、最後のドラマを締める演出は、悪い意味で、昭和の時代ならこういう気取った無神経な叙述も許されたのだな、という思いがしきり。とにかくこーゆーのはあんまり読みたくない、作中の情景として見たくない。これで1点減点。 まあ笹沢作品らしいいつもの作者風のロマンチシズムは、それなりよく出てるとは思う。 |
No.1355 | 6点 | 黄金海峡 南里征典 |
(2021/11/28 05:06登録) (ネタバレなし) 昭和50年代半ば。山陰の海岸で、半年前の事故で生じた潜水病のリハビリをしていた30代後半のプロダイバー、笛吹(うすい)草介は、近隣の「白骨村」の村民100人がいきなり消え失せるという怪事件に遭遇した。それと前後して笛吹には、謎のアメリカ人、ハミルトン・ブレジンスキイ、そして笛吹の馴染みの依頼主であるサルベージ会社の社主、鷹森浩三から、別々に同じ案件についての仕事の相談があった。それは70年前に日露戦争の際に対馬沖に沈んだバルチック艦隊の特務艦で、多額の英国金貨を積んでいるはずのオルティッシュ号のサルベージの仕事だった。 作者の長編第三作。徳間文庫版で読了。 後年にはエロ&バイオレンス作家としての浮き名が定着してしまう作者だが、新人小説家としてデビューした初期には、80年代前半の冒険小説新世代の波に乗った方向で、ミステリファンの間でもソコソコは注目を集めていた。 で、本書の雰囲気としては、まだあまりぶっとんだ方向には行っていない初期から過渡期の西村寿行(『娘よ涯なき地に我を誘え』とか『化石の荒野』の頃の)みたいな作風で、若干~それなりのエロとバイオレンスの要素で味付けしながら、話の軸そのものはマトモな冒険小説の形質を守っている。 そういう前提で読んでいくと、序盤の一夜にして消えた村の謎(これもやはり西村寿行の『峠に棲む鬼』みたいだ)でミステリっぽい興味を誘いながら、日露戦争からの現代史、そしてバルチック艦隊が大海を縦断・横断するための兵站確保用に積載していた軍資金という大ネタで読み手の関心を煽ってゆく。 悪党同士の腹の探り合い、謎の美女の暗躍、など悪く言えば通俗っぽい筋立てだが、まあこれはこれでこういうものと思えば悪くはない。一方で中盤から後半にかけて緻密に描きこまれる沈没船サルベージの克明な描写などは、そっちの方面にまったく知見も関心もない評者などでもグイグイ引き込まれるなかなかの迫力。この辺が本作の一番の価値かもしれない。 かたや終盤の事件のまとめ方(逆転劇も含めて)は、かなり描写を端折った感じがあり(都合よすぎるというか、×××などの問題はなかったの? などの疑問もいくつか)、なんか作者はサルベージのシーンで執筆の熱量を使い切ってしまった印象がある。 村人たちの行方というか消失の解決も、あんまり見ない展開だった分、妙なリアリティを感じさせた面もあるが、(中略)というのは、やはりちょっとオカシイだろう。 まあ終盤のいくつかの雑な部分にあえて目をつぶるなら、ラストはビジュアル的にはちょっと面白かったかもしれない。 読後にネットで他の人の感想を探ると、ほとんど確認できないが、それでも1989年に全10回でラジオドラマ化されていたことは知った。笛吹役は高橋長英。円谷プロ版『スターウルフ』のリュウだね。 |
No.1354 | 6点 | 黄金の灰 F・W・クロフツ |
(2021/11/26 16:24登録) (ネタバレなし) 第二次世界大戦前夜の英国。30代になったばかりの愛らしい未亡人ベニー・スタントンは夫ジョンが無一文で死亡して就労しなければならず、さらに双子の弟ロランド・ブランドの浮き草めいた生き方にも、頭を悩ましていた。そんなベニーは、荘園「フォート・マナー」を相続した男性ジェフリー・ブラーと出会い、屋敷と周辺の家政管理人を任される。ブラーはこれまでアメリカのシカゴの不動産会社で働いていたが、従兄弟の淳男爵サー・ハワード・ブラーの死去によって荘園を受け継いだ。荘園には有象無象の絵画がたくさんあり、ベニーはブラーに友人アガサの夫で、画家兼美術研究家であるチャールズ・バークを紹介した。だがブラーは英国になじめないとアメリカに帰ることになり、荘園は誰かへの譲渡が済むまで引き続きベニーが管理することになった。そんなある夜、荘園が火事になり大半の絵画とともに屋敷は丸焼け。そしてそれと前後して、パリでバークが行方不明になる。名刑事フレンチは、バークの失踪事件に介入するが。 1940年の英国作品。フレンチ警部シリーズの長編第20弾。 なお本書の邦訳では「警視」と訳されているが、これは誤訳で実際はまだ首席警部の階級らしい。 身持ちの悪い弟(銀行員だったが失職して、貧乏な劇団活動をしている)に苦労しながら、自分は生活の安定を求め、一方で小説家志望として処女作の執筆に励む未亡人ベニーが、なかなか魅力的なヒロイン。前半は彼女を実質的な主人公に話が進み、フレンチの登場以降は叙述の主軸がそっちに移行する。 バークの失踪に関してはどのような事態か終盤までわからず、たとえば殺人事件があるのかないのかも判然としない。というか悪事の実態も少しずつ情報が提示されるが、なかなか全貌が見えてこない。ちょっとのちのヒラリイ・ウォーやデクスターの諸作みたいな雰囲気もある。 ただし、前半でたぶん多くの読み手(評者もふくめて)がメインとなる犯罪の主体に関して、たぶんこういうことがあったのだろう、と仮説を立てることは容易なはず。となると、そんなに早々と予想がつく事件の中身がそのまま終わる訳もないだろうと期待も高まるが……。 うん、まあ、最後まで読むと、ああ、そこに着地、という手ごたえであった。もちろん具体的にはナイショだが、個人的にはなーんだ、と、ああ、なるほどの相半ばであった。ミステリとしてはトータルでは水準作~佳作だろう。 読む人によって評価が割れそうな雰囲気もある。 予期していたとおりのクロフツらしさ満点で、そういう意味では期待していた面白さで退屈はしなかったが、さすがに真相が割れてからは、ムダな登場人物もちょっと多かったな、という印象も感じた。それでも全体としては悪くはない。 (中略)の、子供向け科学読み物風な機械トリックも楽しい。 あと悪事はよろしくないが、犯人の状況に、ちょっと~相応に同情。 中盤、出所した前科者を後見し、最終的に当人が更生するか悪の道に戻るかは本人次第だが、それでもその前提として真面目に生きようとする彼を応援するのは我々市民・国民全員の義務だ、と語るフレンチはいい人。 そんな彼が捜査につまって奥さんのエミリー(本書では「エム」の愛称で登場)についつい当たってしまい、エミリーがそれを笑って受け流す描写にもニッコリ。ホント、いい奥さんだ。 |
No.1353 | 8点 | 私のハードボイルド 固茹で玉子の戦後史 評論・エッセイ |
(2021/11/25 21:23登録) (ネタバレなし) 巻末の詳細な書誌などの資料を含めて、ハードカバーで500ページを超える大冊。 2015年12月8日に他界した著者が生涯をかけて関わってきた「ハードボイルド」「ハードボイルドミステリ」「私立探偵小説」(言うまでもないが、この3つの字義は重なり合うところも多かれど、正確には相応に違う)について語った、晩年の総決算的な著書のひとつと言っていいだろう。 数年前に購入しながらまだ手付かずだったことに気づいて、就寝前に少しずつ読み進め、二週間ほどかけて読破した。 本の内容は多様なエッセイの累積ではあるが、その上で、大まかにいうと 1:ハードボイルドというジャンルと概念についての文学的な歴史 2:日本の中での「ハードボイルド(ハードボイルドミステリ)」 についての受容史と、その浸透に関りあった人たちについて 3:著者・小鷹信光自身の軌跡(いろんな意味で) の三つの編年的な流れが軸になっており、それらが別個に、そして有機的に絡み合いながら語られる。 少年時代から「ミステリマガジン」そして「EQ」そのほかで著者に多大な薫陶を得てきた(大して身についていないが)ミステリファンの末席にいる評者としては、小鷹信光の少年時代から早稲田大学時代を経てのミステリファン、研究家、そして物書きとしての覚醒、その後の膨大な仕事の裏側を明かしてもらうことに強烈な感銘を覚えた。 (しかしこの本を入手してから数年間、放っておいたのは、それなりに読む側の覚悟を予見していたからか? と言い訳してみる。いや、本当に何となく、ではあったのだが。) 読みだす前の想定の枠を超えて新鮮だったのは、少年~青年時代の小鷹が戦後すぐのミステリ叢書(雄鶏やぶらっくそのほか)に触れ、さらにはポケミスや別冊宝石、創元文庫などの登場に接した時の原初的なときめきで、一方で早稲田時代に大藪春彦の出現に動揺、刺激された際の心情吐露なども興味深い。 とんでもないボリュームでその後、本書が刊行された21世紀初頭までの半世紀が語られ、その中には評者がリアルタイムで付き合ったミステリマガジン「パパイラスの船」や、世界ミステリ全集のメイキング事情なども相応に触れられる(古本屋で買い集めた日本語版「マンハント」時代の仕事にも)。もちろん、この本を通じて初めて認識した情報も非常に多い。 しかしそれだけの紙幅と文字数を費やしても、実のところ、この著者の実働の何分の一しかまだ聞かされてないのではないか、と不安と戸惑いを今でも感じるのがおそろしい。 一方で東西の文壇における「ハードボイルド」の文学的な歴史とその影響を探り、その定義を捉え直そうと試みながら、結論にはとても至らず、その迷宮の中での右往左往そのものを、数十年の歴史の果ての現実として読者に晒している感覚もあった。結局、この人は、たとえば「ネオハードボイルド」は「ハードボイルド」ではないと切って捨てることもできず、一方で「ネオハードボイルド」が「ハードボイルド」らしくなくなっていく現実も認めていたのだとは思う。そういう幅広い裾野を肯定しながら、同時にどこか迷う感覚には強烈な共感を覚えた。すごく良くわかる。 多角的に素養を広げられ、自分の知見をブラッシュアップしてくれる一冊ではあったが、惜しいのは70年代のミステリマガジンの自分の仕事と同時期の連載について、ヘンな記述があること。 第6章「新生の船出―1970年代」の冒頭(本書の203ページ)に、HMM70年10月号から「小説『オヨヨ大統領の冒険』」が始まった旨の物言いがあるが、もちろん小林信彦のオヨヨシリーズにそんな作品はありません。長編第三作にして、大人もの第一弾の『大統領の密使』のことだろうが、どうしてこんな誤認したのか。あと、この本を出している早川の編集部は、自分とこの雑誌の過去の連載作品のタイトルぐらい把握して、校閲していないのか?(まあ、していないのだろうけど。) 実は本書のこの前の第5章(60年代編)で小鷹信光は、別件で誤認を小林信彦から注意された事実を開陳しているが、小林も再度の勘違いには苦笑したろうとは思う。 とはいえそーゆー、細部の重箱の隅を突くようなケチな読者の読み方はそのくらいまでで、じきにその程度の些末なミスは、さほどどーでもよくなった。 何しろ毎晩、今夜は数ページだけ読んで一区切りで眠ろうと思いながら、気が付くとその予定の数倍のページを読み進め、快い披露の中で眠くなるということの繰り返しであった。 たぶんまたいつか読み返すだろう、拾い読みするだろう。 改めて、著者の偉大な業績に敬意をはらい、ご冥福をお祈りいたします。 |
No.1352 | 5点 | ハムレット復讐せよ マイケル・イネス |
(2021/11/25 06:12登録) (ネタバレなし) 1~2年前に蔵書の中から旧訳のポケミスが見つかったが、翻訳がナンだという噂に怖じて、結局、国書の新訳版で読んだ。そうしたら国書版の巻末にあるSR会員・谷口氏の解説で、旧訳(ポケミス)も実際にはそんなにシンドくはないとのこと。ああ、そうでっか。 いずれにしろ、国書版の巻頭の「主な登場人物」一覧に並ぶ約50人ほどの人名に、いきなりボーゼン。舞台となる「スカムナム・コート」には事件当時300人もの人間が集っており、結局アプルビイが到着して捜査が開始されても30人近くが後半まで容疑者となる。いや、それがパズラーとして意味があったり効果を上げているというのなら、良いのだが、その辺は正直、微妙。 とにもかくにも書き手側は、読者を振り回すコマだけは十全に用意しておいたんだな、という感じであった。 さらに殺人が起きるまでの100ページは、あまり関心の湧かない衒学の講義に退屈しながら付き合わされている手ごたえ(シェークスピアに妙に詳しい園丁頭のキャラクター造形とかに、英国風のドライユーモア味は感じたが)。 アプルビイが到着してからは物語にも動きがあってちょっと面白くなるし、やたら記憶力のいい郵便局(電報発信所)の婆ちゃんとアプルビイのやり取りとか、ユーモラスな小技も利いてくる。 ただまあ最後まで読むと、ミステリとしては想像以上に敷居の低い中身であった。最後にアプルビイの説明を聞くと、いい感じでミスディレクションが設けられていたのはちょっと良かったが、トータルとしては苦労して読んでコレか……という感慨である。 あと、途中の描写で、アプルビイが、とある関係者の物言いをあまりにも素直に受け入れすぎたのも、リアルタイムで読んでいて気になった。アレって……(中略)。 カロリー使った割に、ミステリとしては益の少ない読書だったという印象。個人的には前作『学長の死』の方が面白かった。評価はちょっとキビしめに。 とはいえアプルビイシリーズ初期三作は、とりあえず順番通り読んでおきたいと思っているので(そのあとは未訳も多いので、正直、シリーズを適当につまみ食いでも仕方がないネ)、これでようやくお楽しみの『ある詩人への挽歌』に取り掛かれる。楽しめればいいのお。 |
No.1351 | 7点 | メグストン計画 アンドリュウ・ガーヴ |
(2021/11/24 15:22登録) (ネタバレなし) 1954年11月のロンドン。「わたし」こと38歳の海軍省の役人クライヴ・イーストンは、戦時中の知己だった今は40代半ばのウォルター・カウリイと再会する。クライヴは戦時中は海軍中佐で潜水艦の艦長であり、ウォルターはその艦に暖房装置を設置した技術者で、戦後は暖房器具業界で成功していた。クライヴにはかなり美貌のまだ20代の妻イザベルがおり、互いに情欲を覚えた彼女とクライヴはウォルターの目を盗む不倫関係になった。クライヴはイザベルを寝取って伴侶としたい欲求に駆られるが、それには多額の金が必要だ。クライヴはイザベルの提言から、自分が海軍省の機密書類を抱えて、わざと人里離れた場所に遭難し、マスコミのスパイ疑惑を誘導、のちに無事に帰還してマスコミ各社に名誉棄損の名目で多額の賠償金を請求する計画を思いつく。 1956年の英国作品。 早川書房の名ミステリエッセイ集『深夜の散歩』でも、ガーヴの当時の代表作(翻訳刊行リアルタイムでの話題作にして秀作)として取り上げられた長編。 少年時代に初めてその「深夜の散歩」の当該の文章に触れた際には「要は主人公が(マスコミの誤解の舌禍に遭った)被害者を装う訳だな? ずいぶんややこしい事をする」と思った記憶がある。さすがに現在ではそんなに複雑な詐偽計画だとは思わないが、このアイデアの妙なインパクトは今でも変わらない。 そういう意味で読む前から印象の強い「名作」なので、今日までなんとなく大事に? とっていたが、気が向いたので手に取り、一晩で読了。まあ紙幅はポケミスで200ページ足らずだし、福島正実訳のガーヴだからリーダビリティは最強ではある。 本サイトの先行レビューをうかがうに、評価のポイントは中盤の作為的な遭難状況での冒険の日々、その描写が買われているようだ。で、評者も、もちろんその部分の読みごたえに関して、異論はない。 ただし個人的には、ガーヴの作品をそれなりにすでに数読んで、作者のいかにも英国作家らしい冒険小説志向の部分は知悉しているつもりなので、さほどのインプレッシヴは感じなかった。 むしろ本作の妙味は、やはりこのハナシの大設定となる、スキャンダルの被害者を装った詐欺犯罪の遂行とその顛末、という倒叙・クライムストーリー的な流れの方にある。実際、周到に念入りに、(ある意味ぶっとんだ)犯罪計画の細部を詰めて組み立てていくあたりは、ほとんど出来がいい時のクロフツの倒叙もの。(自分は、本サイトでのジャンル投票で迷わず「クライム/倒叙」に一票を投じたが、これまで誰もソコに投票してないのにビックリした!!) そーいえば、物語の後半に特に大きな筋立て上の必然も感じられず「クロイドン」の地名が登場した。作者ガーヴから先輩作家への表敬のアイコンと見るのは勘ぐりすぎか? 後半に登場する<悪事を暴く探偵役>のキャラクター造形もなかなか面白く、主人公クライヴとの妙に生々しいというか、変にドラマチックな関係性も印象的だった。そしてそんな相手の疑念を深めるきっかけになる、とある作中のリアルな事項も、実にクロフツの倒叙ものらしさ満点(もちろん、具体的にどういうものかは、ここでは書かないが)。 終盤のシメとなるドラマ部分も他の作家が書きそうでなかなか書かない、という感じの妙なリアリティがあり、スナオに納得。 多用なジャンルのミステリの興味を組み合わせたようなバランスの良さも含めて、たしかに名作といっていいだろう。まあガーヴの諸作の中では、これをあんまり早めに読むのではなく、ほかのフツーの巻き込まれ型サスペンススリラーとかを何冊か楽しんでから、これを手に取ってほしいというところもあるけれど。 評点は8点でもいいけれど、まとまりの良すぎる面が妙に優等生感を抱かせる部分もあり、それでこの評点で。シンプルに面白いかつまらないかと言ったら、十分にオモシロイ。 |
No.1350 | 7点 | 邪教の子 澤村伊智 |
(2021/11/23 05:05登録) (ネタバレなし) ニュターウウン「光明が丘」。そこに住む飯田家の老夫婦は、同居のため越してきた息子夫婦、そして孫娘の茜を迎えた。だが「わたし」こと11歳の慧人(けいと)は、茜が新興宗教「コスモフィールド」の教義に憑りつかれた母・真希子によって半ば虐待されていると認める。慧人は同じクラスの仲間とともに、救いを求める茜の救出を図るが……。 三時間強でイッキ読み。 例によって、あんまり詳しいことを書かない方がいい内容で、十分、フツー以上に面白く読めた。 ただし手数が多い分、さすがにその内のいくつかは先読みができる。 あと、最後まで完読して、ものの見事に、旧世代の某大物作家の名前が頭に浮かんだ。なんだこれは2020年代の(中略)ではないか。もちろんソノ具体的な作家名は、ココではナイショだが(笑)。 それと、後半の主舞台のロケーションでの、息苦しくなるようなビジュアル面での威圧感は、なかなかのもの。 とりあえず、2年前の『予言の島』ともども、ネタバレされないうちにさっさと読むのをオススメします。 (なおジャンル分類は、未読の方のネタバレにならないように本作の方向性を秘匿するため、まずは「その他」にしておく。) |
No.1349 | 8点 | 死との契約 スティーヴン・ベッカー |
(2021/11/22 16:57登録) (ネタバレなし) 1964年、アメリカ南部のある州。小さな町ソールダッド・シティの70歳代の判事で「わたし」ことベンジャミン(ベン)・モラス・ルイスは、1923年当時、自分が新任判事に就任した29歳の時に起きた殺人事件と、その後の裁判の経過について回想する。それは当時、町で最高級の美女と称されていた奔放な27歳の人妻ルイーズ・トールボットが殺された事件だった。 1964年のアメリカ作品。 ハヤカワノヴェルズ初期の一冊だが、初めての邦訳は「日本語版EQMM」が「ミステリマガジン(HMM)」に改名・改組(1966年1月号から)した直後の、66年6~9月号に4回に分けて連載。それから書籍化された。 21世紀の現在ではほとんど語られず、評者自身も記憶から失せていた作品だが、最近、何かの流れでこの時期のHMMの書誌をリファレンスしていて、そういえばこんな長編が当時、連載されていて、まだ未読だったなあ、と思い出した。 それで、見方によっては本作は、新体制になったHMMの初期看板作品のひとつを務めた作品ともいえるわけで、これはそれなりに面白いかも? と期待を込めてAmazonで古書を注文してみる。帯はないけど、それなりに状態がいい本が安く買えた。 内容はあらすじの通りで、1920年代のアメリカ南部の州(具体名は最後まで明らかにならない)の小さな町ソールダッド・シティが舞台。そこである日、美貌の人妻ルイーズが殺され、嫌疑は夫でやり手のブローカーである30歳代前半のブライアンにかかる。ブライアンは数年前に浮気して性病にかかり、その病根を妻ルイーズにも感染させ、彼女を妊娠できない体にした過去があった。ルイーズはその後、夫に愛憎の念を抱きながら自分も不倫を続け、こじれた夫婦間のもつれからブライアンが計画的な殺人を行ったのでは? と目され、告訴される。担当判事は主人公の若者ルイスではなくずっと高齢の先輩だが、ルイス自身も密接に裁判に関り、だが事態は後半に至って、予期しない方向に二転三転の展開を見せていく。小説そのものは全四部の構成だが、中身の紙幅の緩急のつけ方で、強烈な加速感を読み手に抱かせる手際もよい。 登場人物は名前のあるキャラクターだけで70名前後に及び、そのうち主要な人物は20~30人前後か。1920年代のアメリカ現代史にからむ世相をつまびらかに語りながら、スモールタウンの群像劇をみっちり描きこんでいく作者の筆遣いはこの上なく達者で、さらにもうひとつのサブ的な主軸ストーリーとして主人公ルイスとその婚約者である女性教師ローズマリー・ベルグキストとの関係の一進一退などもからむ(ルイスの実家や親族などのそれぞれのキャラクターを立てた描写も秀逸で、各自の存在感は並々ならぬものがある)。 緊迫した法廷ミステリではあるが、同時に広義の小説、人間ドラマとしての価値が高い作品で、終盤では本作の主題となる「人類社会の法と正義」というテーマが圧巻のボリュームで浮き彫りにされる。 読みごたえは満点、ストーリーテリングの妙も際立っているが、さらにリーダビリティも最高で、一晩、ほぼ徹夜で読了してしまった。 改めて21世紀での現在では忘れられてしまった、リーガルミステリ&人間ドラマの優秀作と、太鼓判を押したい。 心に残るシーンは、感銘する場面も人間の愚かさや切なさを実感させる叙述もふくめて山ほどあるが、個人的には本作の主要キャラクターのひとりにして妻殺しの容疑者とされたブライアン(もちろん彼の真実に罪科についてはここでは触れない)の終盤の一言がすごく印象に残った。強烈なリアリティがあり、その視線の行く先が心に沁みる。いろんな意味で。 とても面白かった。そして良かった。9点手前のこの評点で。 |