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ミステリの祭典

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山峡の章

作家 松本清張
出版日1965年01月
平均点4.67点
書評数3人

No.3 6点 人並由真
(2022/06/23 17:57登録)
(ネタバレなし)
 日本橋の洋紙問屋社長の長女で女子大を出たばかりの娘・朝川昌子は、九州で一人旅をしていた。昌子は山道で、放牧中の牛に絡まられかけるが、そこを通りすがりの青年・堀沢英夫に救われる。堀沢と彼の親友という寡黙な若者・吉木と親しくなる昌子。昌子は帰京後も、経済計画庁の官吏であった堀沢と交際を続け、半年後に結婚した。そんななか、昌子の妹で積極的な性格の伶子は、姉の恋人の堀沢に、何か含むところのある視線を向けていた。かたや新妻となった昌子は偶然に新居のそばで、なぜか夫の親友のはずなのに挙式にも招待されなかった、あの吉木と再会するが。

 昭和35年6月から一年半にわたり「主婦の友」に連載されたミステリロマン(連載時の旧題『氷の灯火』)。
 
 またごく私的な話題で思い出ながら、本作品はあの「火曜日の女」シリーズの一編としてテレビドラマ化されたことがあり(1972年11~12月・全7回)、評者は大昔の少年時代にこの番組の冒頭だけ覗き、昌子役の大空眞弓が山道で牛についてこられて難儀したのち、堀沢役の男優に救われる場面をずっと記憶していた。
(牛につきまとわれるヒロインの窮地が端緒となるボーイ・ミーツ・ガール譚という、ある意味でぶっとんだ序盤のビジュアルが、よほど印象に残っていたのだろう。)
 ちなみに当時の新聞だかテレビガイドの類の情報誌だかで「清張は人気作家ながら、なぜかあまりテレビドラマ化されない」という観測がされており、その後20~21世紀のテレビドラマ史オールタイムを鑑みれば決してそんなことはないのだけれど、当時はとにもかくにもそういう見識を抱く向きもあったようだ。

 しかし読みやすい作品である。
 文芸誌ではなく一般総合誌に載った作品という大枠のなかで、当時の女性読者に向けて若いヒロインの動向に軸を置いた作劇がこの上なく明快。
 しかし普通小説風の展開がミステリらしい方向に転調するのはかなりページが進んでからで、さらに事件の全貌もなかなか見えてこない。
 読者がこの作品を読んで主人公の昌子の視点で追体験するのは、見慣れていたはずの日常が様変わりしていくそのモロさ、そしてそんな日常の世界の向こうに予期もしていなかった昏い現実があったという驚きと切なさである。
 
 なお今回は、ようやく先にブックオフの100円棚で見つけた新潮文庫版で読んだが、表紙折り返しのあらすじは中盤のドラマの大きな転換ポイントはまだしも、終盤で明らかになるかなり大きなキーワードまで明かしているので、これから読む気のある人は、新潮文庫のあらすじは読まない方がいい。評者もできればココは予備知識なしで、十全なサプライズを愉しみたかったと心底思った。

 少年時代から前述のような本当にちょっとした接点があり、それにようやっとカタをつけた一冊。今の感慨は、何よりまず「ああ、こういう話だったのね」である。
(もちろんここでは、はっきりとは書けないが、いろいろと、いかにもこの作者らしいネタであった。)

 ミステリというか、昭和の風俗やサブキャラクターたちの叙述も含めた昭和の読み物小説として普通に面白かったけれど、7点つけるほどではないな、ということでこの点数。フラットに見れば、佳作くらいか。
 もちろん、色んな意味で、読んで良かったとは思っている。

No.2 4点
(2015/09/20 23:05登録)
『主婦の友』に連載された作品で、内容的にもそれらしい感じがします。全編通して官僚と結婚した女性の視点から描かれ、前半は少しずつ怪しげな事件が起こっていくだけの緩やかなサスペンス系の味わいです。中心事件の発端である2人の人物の失踪が起こるのが1/3を過ぎてからで、さらにその死体発見となると、1/2を過ぎてからです。その後やっと真相解明の調査が始まります。
強引な引っ越しの理由など多少整合性に欠けるところはあるものの、全体的なバランスは悪くないと思います。しかし社会派ミステリとしては、事件の裏は一方で状況が特殊すぎていながら、発想的には平凡であるという、どうにも冴えないもので、官僚機構の暗部に対する追及も手ぬるい感じがしました。
なお雑誌連載時のタイトルは『氷の灯火』という、意味のわからないものでしたが、現在のタイトルは内容に直結しています。

No.1 4点 了然和尚
(2015/08/29 07:22登録)
4回もテレビドラマ化されているようです。内容は心中物なので「点と線」を思わせます。(官僚だし) 松本清張を読んでいて楽しいところは、テーマとなった各種業界などの内輪ネタが語られるところですが、本作では夫は官僚ですが、妻の視点で語られるため、新婚生活がテーマのようになっていて、小粒な感じです。犯罪小説としては、目新しさもなくイマイチでしたが、腐乱死体との対面から野焼きによる火葬あたりの場面の雰囲気は良かったので、ドラマ化でどのように扱われたか気になります。

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