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ミステリの祭典

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イプクレス・ファイル
「無名の英国人エージェント」シリーズ

作家 レン・デイトン
出版日1965年01月
平均点5.50点
書評数2人

No.2 5点 蟷螂の斧
(2023/06/11 18:35登録)
英国ベスト100(1990)の9位。「007」へのアンチテーゼとして執筆されたスパイ小説との紹介文もありますが、著者自身は「007」を読んでいないそうで、後付けの世評のようです。原文はひねった文章らしく、その翻訳文は非常に読みづらかったですね。筋は山あり谷ありというほどのことはなかった。
(参考)英国ベスト100(英国推理作家協会)のトップ10を読み終えて
1位 「時の娘」ジョセフィン・テイ 6点
2位 「大いなる眠り」レイモンド・チャンドラー 5点 
3位 「寒い国から帰ってきたスパイ」ジョン・ル・カレ 8点 
4位 「学寮祭の夜」ドロシー・L・セイヤーズ 6点 
5位 「アクロイド殺し」アガサ・クリスティ 10点 
6位 「レベッカ」ダフニ・デュ・モーリエ 9点 
7位 「さらば愛しき女よ」レイモンド・チャンドラー 6点 
8位 「月長石」ウィルキー・コリンズ 7点 
9位 「イプクレス・ファイル」レン・デイトン 5点 
10位 「マルタの鷹」ダシール・ハメット 7点

No.1 6点 人並由真
(2022/06/13 15:19登録)
(ネタバレなし)
 英国陸軍情報局で長年活動した諜報員「わたし」は、独立した英国情報機関「WOOC(P)」の一員となった。英国の周辺では近年、要人失踪事件が頻発しており、その陰には「ジェイ(鳥のカケスの意味)」という裏の世界の情報ブローカーの暗躍があるらしい。「わたし」は、化学兵器の研究に従事する政府お抱えの化学者「レイヴン」が東側に拉致される前に、彼を救出するが。

 1962年の英国作品。デイトンの処女長編で、当然、名無しの秘密諜報員ものの第一弾。
 デイトンは大昔に『SS-GB』と、それに確か『スパイ・ストーリー』だか『昨日のスパイ』だかをつまみ食いで読んだ記憶がある。
(前者はそれなり以上に楽しんだつもりだが、正直言って後者は「ヨクワカランカッタ」印象のみ覚えている・汗)。
 要するにデイトンの本領? たる名無しのスパイものはほとんど手つかずの状態なので、じゃあシリーズ第一弾の本作から読んでやれ、と手に取った。本サイトでもまだ誰もレビューしてないのも、食指をそそる要因ではある。

 今回はHN文庫版で読了。元版はハヤカワ・ノヴェルスでの刊行だが、当時、石川喬司も小林信彦も本作のややこしさに手を焼いた旨のレビューをしている。
 ウワサに聞く「名無しのスパイ」シリーズ総体がそんな難解な印象だが、こちらも処女長編のこれからそうだったのだなというつもりで読み始めた。
 HN文庫版には簡単ながら主要登場人物の一覧表があり(元版にはなかったそうな。石川喬司が言っている)、さらに裏表紙のあらすじは中盤の展開まで割っているが、今回はそれが大いに有難い。

 たぶんデイトンのやりたかった事は、現実の諜報活動の複雑さを踏まえながら、それをある種の箱庭にしたエスピオナージというジャンルに思いきり独自の迷宮感を演出し、一方でストーリーそのものは最終的にはちゃんと決着をつけることであろうと思いながら読む。
 この観測は大枠では間違ってないと思うが、それにしてもう~ん、確かに読みにくい。ツマラナイとか眠くなるとかの感触はほとんど無かったが、このシーンがここに出てくるのはこういう意味なのだろうな、とか、この描写はのちの展開の布石なんだろうな、とか、読む側の積極的な解釈と読解をほぼ全編に強いられる感じで。そこが面白いといえばオモシロイ、というのはまあわかる。
 例によって自分なりの人名表を細かく作っていったのでだいぶ助かったが、たとえばこれを外の電車の車中でメモも取らずに読み進めたら、絶対に音を上げただろう。
(たぶん、以前に読んだ『ストーリー』か『昨日の』もそんな感じだったんだろうな。)

 中盤、主人公が窮地に陥り、そこから反撃の体制に移行してからは割と読みやすくなるが、ややこしめな文章はもちろんそのままなので、読了には最後までエネルギーを消費。とはいえ終盤の(中略)など、一応の布石は張ってあったはずで、ちゃんとデイトンなりに本作をエンターテインメントのエスピオナージとして組み立てているのはわかる。
(なお、タイトルの意味は後半~終盤に判明するが、その要素だけ切り出すと、この作品は結構、敷居が低いように思えてくるのがなんとも……。)

 読み終えてみると難解、というのとは何か違う。迷宮感はあるのだが、それは物語の組み立てではなく、あくまで小説の作り方によるという感じ。シリーズのこの後の人気作も読まなければ確かなことは言えないが、たぶんデイトンはこの処女作からデイトンだったのであろう。

 ある種のクセになる部分がある作品で小説。それはわかるような気はする。

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