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ミステリの祭典

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ブルー・ダリア
シナリオ

作家 レイモンド・チャンドラー
出版日1988年11月
平均点7.00点
書評数1人

No.1 7点 人並由真
(2022/06/06 06:10登録)
(ネタバレなし)
 第二次世界大戦さなかのハリウッド。南太平洋の英雄で海軍少佐の青年ジョニー・モリスンは予備役待遇となり、戦友の二人を伴って、故郷の土を踏む。だが彼が友人たちといったん別れて自宅に戻ると、美貌の妻ヘレンはさる事情から不倫にふけるやさぐれた女に堕ちていた。ヘレンの変節の原因となった事情も踏まえて、心に傷を負ったジョニーは家を出るが、そんな彼は夜道でひとりの美しい女性と出会う。だが実はその女性こそ――。

 1946年に公開されたアラン・ラッド主演のパラマウント映画のために、チャンドラーが執筆したオリジナルシナリオ。映画そのものは、大戦末期にすでに人気若手スターになっていたアラン・ラッドの出征が決まり、彼が前線に行く前に一本ヒット作を作っておきたいという映画会社の思惑のもと、かなりハイペースで製作された作品だそうである。

 1976年に本作の旧作シナリオを発掘し、編集刊行したマシュー・J・ブラッコリーの解説によると、もともとはこの物語を小説の形で書こうとしたチャンドラーの構想メモも残っているらしい。となると本作の主人公ジョニー・モリスンの役回りを、もしかしたらマーロウが何らかの形で担っていたかもしれない? 実際のところはもちろん未詳だが、かなり関心を引く逸話だ。

 評者は先日、Amazonプライムの見放題映画の中に、本シナリオの映画化作品『青い戦慄』があるのをたまたま発見。この映画は大昔にテレビ放映版をベータテープのビデオで録画したままツンドクにしておいて、もはや視聴が面倒なので、この機会に鑑賞した(あー、21世紀はいい時代だね・笑)。
 ちなみに本の方は何十年も前に古書で購入して、ずっと書庫で眠っていた(汗)。まあこれは映画を先に、と思っていたからである。
 
 で、ブラッコリーや本シナリオの日本語版の翻訳兼編集の小鷹信光たちも触れているが、完成された映画とシナリオには多少の異同が散見(まあ演出や制作の事情で、脚本と完成映像に相応の差異が生じるのはフツーに当たり前だが)。
 さらに当初のチャンドラーの構想では犯人自体が完成された映画とは別の人物だったが、さる筋からのお達しでチャンドラーは苦渋の変更。本書には、その変更後の犯人設定の方のシナリオが掲載されている。
(なおあまりここで詳しく書く訳にはいかないが、チャンドラーが泣く泣くボツにした本シナリオでの犯人キャラの文芸設定は、戦後の<あのキャラクター>に、微調整されて再生されたようにも思えるのだが……?
 さらに言うと、その犯人像のアイデアを、チャンドラー自身はかなり画期的だと自己評価していたようだが、実は1940年代初頭の某・欧米のパズラー作家の某長編に先例めいたものがある。たぶんチャンドラーはその作品を読んでいなかったのであろう。)

 映画の字幕翻訳の関係で表現が簡素になった可能性もあるが、場面ごとの筋立てはほぼ同じでも、チャンドラーらしいセリフ回しなどが、完成映画ではあちこちだいぶ刈り込まれた感触もあり、その辺も興味深い。

 もちろん作者のオリジナルストーリーとはいえ、映画製作の素材として種々の制約の中で執筆され、さらに叙述の形態も異なるシナリオなので、あのチャンドラーの小説世界そのものを味わうという訳にはいかないが、端役や悪役に至るまで陰影と存在感のある登場人物の交錯がひとつの物語として紡がれ、そこからチャンドラーのファンが(あるいはマーロウのファンが?)得られるものは、決して少なくはないと思う。

 先に映画を観てからじっくりとシナリオを読み、丁寧で情報量の多い解説を愉しむのがオススメ。
 オリジナルのミステリ作品としては6点(悪い評点ではない)だが、東西の編纂・解説者のお仕事に感謝して1点追加。

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