人並由真さんの登録情報 | |
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平均点:6.34点 | 書評数:2199件 |
No.1719 | 7点 | 殲滅特区の静寂 警察庁怪獣捜査官 大倉崇裕 |
(2023/01/30 17:23登録) (ネタバレなし) 1954年に日本に巨大怪獣が現れて以降、世界各地で人類をおびやかす怪獣の出現が繰り返される世界。怪獣対策を担当する日本の「怪獣省」、そのエリートで、初の女性の怪獣予報官(怪獣出現以降に、以前のデータや現在の状況などから、怪獣の進路や次の行動を予測する者)となって活躍する岩戸正美。彼女と同僚、関係行政官たちの怪獣との戦いは終わることがなかった。だがそんな中でも、怪獣の出現を機にあるいはその事実に関連し、人間の悪意は別のところで渦巻いていた。 巨大怪獣もの×新本格パズラーなどと本書の帯などで謳われ、評者のような怪獣ファンには垂涎ものの趣向で書かれた連作三本。作者は2005年の特撮テレビ『ウルトラマンマックス』の脚本を担当したこともある。なお怪獣ファンでなくとも「1954年」という文芸設定の意味のわかる人は多いと思うし、主人公の苗字が『ゴジラの逆襲』の二代目昭和ゴジラ、初代アンギラスの出現地、岩戸島にちなむのもニヤリ。 とはいえ内容がきっちり新本格パズラーによるのは全三話のうち、最初のものだけで、あとの二つは結構、方向が違う。個人的には大藪春彦の中編みたいな味わいだった第二話(表題作)が一番面白かった。 第三話は確実に初代ウルトラマンの某エピソードのリスペクト編であることが、評者のような怪獣ファンには登場人物のネーミングなどからもわかるが、どの話になるのかはネタバレになるので、ここでは言わない。 連作ミステリとしては6点。趣向でオマケして1点追加。 |
No.1718 | 6点 | グッドナイト 折原一 |
(2023/01/27 18:58登録) (ネタバレなし) 60代の女性が管理人を務めている老朽アパート「メゾン・ソレイユ」。築50年ほどの3階建てのそのアパートには、人気ミステリ作家ながらめったに表に出ない「梅原優作」が、ひそかにどこかの部屋に住んでいるという風聞が流れていた。一方、入居者の中にはそれぞれの事情で不眠症の者も多く、そんな彼ら彼女らの悩みに、管理人はアパートの一角に住む、ある入居者を紹介する。 連載短編6本に書き下ろし1本を加えてまとめた全7話の連作集で、いつもながらの折原ワールド。 そういえば、今年(もう去年の新刊だが)もそろそろ折原作品を読みたいなぁとか、ふと思ってしまうようなファンになら、よろしいんじゃないかと。 7編の連作のうち、一定のお約束? を外しているものも出てくるのは、起伏をつけようと作者が思っているのか、あるいはその縛りが厳しかったのでゆるめたのか、その辺はよくわからない。 ともかく、おなじみの味の定食的には、それなりに楽しめました。 |
No.1717 | 5点 | ようこそウェストエンドの悲喜劇へ パミラ・ブランチ |
(2023/01/24 09:51登録) (ネタバレなし) 1950年代のロンドンはウェスト・エンド。10年以上続いた総合雑誌「ユー」は販売部数がどんどん下落し、いまや廃刊の危機にあった。だがギリギリ現在の部数(実売部数5万部)を支えているのは、副編集長でコラムニスト、社内では「マダム」の綽名の中年夫人イーニッド・マーリーが担当する、人生相談コーナーの一定した人気だった。しかしそんなマーリーは3人目の夫に若い愛人が出来て自分を捨てたイライラ、さらに服用薬の効果から、狂言自殺めいたことをして、周りの注目を集めてやろう程度の軽い気持ちで、投身自殺の真似事をしかける。はたして彼女は実際に、弾みで? 会社の窓から転落。九死に一生を得たマーリーだが、背後に誰かの気配があったことから、ふたたび強い承認欲求が頭をもたげ、自分はどうも何者かに殺されかけたらしいのだと周囲に匂わせる。一方で、「ユー」編集部の編集長サミュエル(サム)・イーガンほかの主筆や編集の面々も、編集部内に人殺し(未遂)がいるらしいというスキャンダルが湧いた方が、物見遊山で「ユー」が売れるだろうという欲目から、マーリーの転落を殺人未遂事件に仕立てて、世間を沸かせようとする。 1958年の英国作品。 うーん……。こないだ読んだ同じ作者の『死体狂躁曲』同様、笑えるハズなんだけど笑えない。 でも前作より前半はまだマシで、特に、マーリーの人生相談コーナーの常連投稿者たちの一部が「あんたの人生相談の回答に従ったらうまくいかなかった」または「妙な回答やアドバイスをしやがって」と、逆恨み的に全国からワラワラ集まってくるとこなんか、それなりに楽しい。 とはいえ、仕事の関係でイッキ読みできず、あと100ページほど残したところで、いったん中断。翌日にまた読み始めたら、前日にはそこそこ感じていた楽しいテンションは、結局最後まで戻らなかった。まあ結局は、その程度の作品なのであろう。 なんというか、冷めた今の目で全体を俯瞰するなら、作者がやりたいことを盛り込み過ぎて、ギャグユーモアミステリでもっときちんと演出されるべきの筋運びの緩急が無さすぎる。 悪い意味で小さい山場が続き過ぎ、かえって全体が平板になってしまうのは『死体~』とやはり同様。 翻訳は意訳もそれなりにあり、あえて原文内の叙述の不整合も訳出時に整理してあるそうだが、とにかく本当に読みやすく文体のテンポも心地よい。 深町真理子の初期の翻訳書に出会った頃の、懐かしい種類の快感を感じた。 翻訳がこの人でなければ、たぶん全体の印象はもうちょっと悪くなっていたろう。 設定とキャラクター、趣向だけ言えば、絶対に楽しめる、好みの作品のハズなんだけどな。とどのつまりは、作者との相性が悪いのかもしれない。 三冊目の翻訳が出ても、たぶん次は二の足を踏むかも。 |
No.1716 | 8点 | 一瞬の敵 ロス・マクドナルド |
(2023/01/22 08:52登録) (ネタバレなし) 銀行のPR業務担当者キース・セバスチャンが、「私」こと私立探偵リュウ・アーチャーを呼び出し、仕事を依頼した。彼女の娘で17歳のサンディ(アレクサンドリア)が、行方不明らしい。サンディは、そのBFで前科がある19歳の若者デイヴィ・スパナーと一緒で、しかも父親セバスチャンの銃器を持ち出したようだ。サンディの部屋、そして訪ねたデイヴィのアパートの私室を調べたアーチャーは、若者たちが大それた事件を起こすかもしれない兆候を認め、その阻止に動くが。 1968年のアメリカ作品。アーチャーシリーズの長編第14作目。 大昔の少年時代に初訳の世界ミステリ全集版で一度読んでいる作品なのだが、内容については、読みごたえがあった、なんとなく面白かった、こと以外、その後、全く忘れていた。 今回は、数か月前にブックオフの100円棚で入手したHM文庫版(嬉しい事に、パンフや書店用のスリップまで残っている完本だった・笑)で、数十年ぶりに再読した。 アーチャーが、デイヴィの部屋で、十か条のタブーを見る場面だけは初読のときから覚えていたが、記憶に間違いなければ、世界ミステリ全集版からポケミスからこの文庫になるまでに、どこかの段階でさらに訳文は推敲されているようである(全集版では、タイトルの表意「一瞬の敵」についての叙述が、文庫版と違うように覚えている)。 小鷹信光のお別れ会で拝見したが、故人は自分の著作や訳書に刊行後によく赤字を入れ、再版や改版の際に逐次文章をデティルアップしていたので、これもそういう例の一つだったのであろう。 しかし本作の登場人物の人間関係のややこしさは、アーチャーシリーズの中でも屈指のハズで? たぶんジョン・L・ブリーンがパロディミステリ短編集『巨匠を笑え』の中で茶化したロスマク風というのは、正に本作のようなものを前提に揶揄したものだったのだろう。 (こんな複雑な内容、時間が経つにつれて細部やそれ以上、忘れてしまうのは、仕方がないよな?) ただしそれでツマらないとか、訳がわからない、ということは、この作品の場合、ほとんど無く、例によって自分の手で登場人物一覧を作り、さらに人物相関図を作成しながら読み進めていくと、その人物関係の入り組み具合そのものが、ホントーに、最高に、面白い! 正に円熟の境地。 その上でちょっと不満だったのは、アーチャーのこれまでのプロ探偵の経歴からすれば、事件の渦中にいて、自ずと想像できそうなポイントになかなか行き着かない部分があったりするコト。いや、あんた、前に似たよ……(以下略)。 とはいえ、舐めてかかると最後にかなりの大技、サプライズが用意されており、しかもそれはある程度は、読者の読みを(以下略)。 いや、ややこしさが破綻しないギリギリのところで寸止めし、その分、読み手をストーリーテリングの妙で良い意味で引き回す、これは確かに晩期の優秀作だ。さすがは本サイトで、現時点(このレビューが投稿される寸前の時点)で、平均点1位のロスマク作品だけのことはある。 ただまあ、(リフレインになるが)先に書いた、わかってもよさそうなハズのアーチャーの思考が意外に緩慢なこと、あと、メインゲストヒロインとアーチャーとの描写が今回の場合はいささか、なんだかなあ、なのがちょっとキズ(アーチャーと女性との異性関係って、出版社との契約かなんかで、必ずノルマとして入れなきゃならなかったのかね?)。 それでもお話そのものとミステリ的な興味では、再読ながらほぼ初読の気分で、十二分に面白かった。シリーズベストワンとするにはちょっと気が引けるが、五指には絶対に入る出来ではあろう。 ちなみに13章、文庫版で139ページのアーチャーの、あの思わせぶりなセリフ(別の人物への返答)。あれって、あの事件のことなんだよね? |
No.1715 | 8点 | 密室狂乱時代の殺人 絶海の孤島と七つのトリック 鴨崎暖炉 |
(2023/01/21 07:57登録) (ネタバレなし) まだ二十代前半ながら、日本有数の大企業の二代目社長として、一兆円近い資産を誇る女性・大富ヶ原蒼大依(おおとみがはら あおい)。大のミステリマニアである彼女は、かつてクイーン、カー、クリスティーと並ぶ黄金時代のミステリ作家が所有していた神奈川県周辺の島、満月島(今の呼称は「金網島」)の現オーナーであり、そこに各界の「探偵」を集めて数日間にわたる「密室トリックゲーム」を開催した。被害者の役はぬいぐるみの人形のはずだったが、そこで現実の密室殺人事件が続発する。 早くも登場のシリーズ第二弾。 惜しげもなく連発される密室トリックのうち、第●番目は、どこかで見たような気もしないでもないが、ちゃんと本作独自にアレンジがしてある。 乱歩の言う通り、改変もひとつの創意だというなら、題名の通りに七つのオリジナルトリックが登場。その中のいくつかには、爆笑しながら快哉を上げた。 そして……(中略)。 いや、前回もとても居心地の良い長編ミステリではあったが、今回はその心地よさに加えて、最後の最後で唸らされた。 持ち前のミステリ愛を良い意味での戯作(あくまで、これはホメ言葉)へと変換できるという意味で、この人はかなり傑出したセンスの主だと思う。 こんなレベルのものを、どこまでいつまで書けるかなあ、という思いだが、今のところ、しばらく期待しながら見守っていきたい。 |
No.1714 | 7点 | プレイボーイ・スパイ2 ハドリー・チェイス |
(2023/01/20 16:06登録) (ネタバレなし) パリの市街で、若いブロンドの、そして記憶を失った美人が見つかる。女性のヒップには漢字らしい三文字の入墨があり、その情報にパリのCIAと駐留している米軍は騒然となる。というのもCIAは、新兵器を開発してるらしい中国のミサイル学者、豊厚公(フェン・ホー・クン)を監視していたが、同人には所有物には鍋でもヤカンでも愛馬でも、とにかく自分の名前を書き込む性癖があった。そして彼の元からは、スウェーデン人の美人の愛人が最近いなくなった、との情報が入っていたのだ。記憶喪失の美人が、豊の愛妾のエリカ・オルセンだと認定したパリCIAのジョン・ドーレイ支局長は、自分と不仲だが女の扱いに長けたフリーのスパイ、マーク・ガーランドを呼び、記憶のないエリカの前で、僕が君の夫だよ、と称して情報を聞き出す作戦を立案した。だがそんななか、エリカの身柄の価値を認めたソ連のスパイたち、そして彼女の口封じにかかる中国の暗殺チームも動き出していた。 1966年の英国作品。マーク・ガーランドシリーズの2冊目。 よくもまあ、これだけクダラナイ設定を考えられるものだと大いにホメたくなる作品。女の体に自分の所有サインを刻むヘンタイって、小林まことの『それいけ岩清水』(『1・2の三四郎』の外伝)か! お約束の展開、予期せぬヒネリ、ツッコミどころ、それらが全部満載で、それぞれの側面で楽しめる。007もので言えば、前作が原作初期だったのに対し、こっちは昭和後半の映画版のノリだ。とにかく全編の各所が、好調なときのチェイスらしい、サービス精神に満ちている。 大ネタはもちろん察しがつくが、その上でサプライズには独特の観念のソースがかかっており、終盤の見せ場までワクワク、とそのあとの余韻にもシミジミ。 60年代スパイもの黄金期の中で、オレならこんなものを書くぞという作者の意気込み? と、ほくそ笑みが、覗けるような佳作~秀作。 だからツッコミどころもまた、本作の場合お楽しみポイントだよ。 評点は、0.3点くらいオマケ。 |
No.1713 | 9点 | 真珠湾の冬 ジェイムズ・ケストレル |
(2023/01/18 10:19登録) (ネタバレなし) 最強のリーダビリティで語られた、20世紀前半を時代設定にした最高のロマン。 脳が痺れるくらい、面白かった、良かった、泣けた。 7~8年前にキングの『11/22/63』を数日掛けて読み終えた時の達成感と充足感を、わずか4時間で得られようとは。 (……と書いてたら、実際にそのキング当人が絶賛してるのな。まあ、頗る納得ではある。) 話のうねり、今どきこんな話やるのかよ! と(いい意味で)何回か叫びたくなった、あえて王道のドラマを綴る送り手の胆力、そして主人公の魅力に加えて、サブキャラクターたちの運用の鮮やかさ。 読んでる最中、一回か二回は、このサイトに参加してついに二冊目の、10点をつけたい作品に出合えたか! と思ったほどである。 現状で、昨年2022年の海外ミステリの、ダントツ・マイベストワン。 |
No.1712 | 6点 | 思い出列車が駆けぬけてゆく 辻真先 |
(2023/01/17 18:06登録) (ネタバレなし) 大の旅行好きで鉄道マニアの作者の、これまで本になってなかった(または他の作家と組ませたアンソロジーにのみ収録だった?)鉄道や駅、路線からみの新旧の短編を12作集めた、とても嬉しい一冊。 こういうのが文庫で出ると、なんか得したような気分になる。 正直、ホビーとしての鉄道というジャンルには関心も知見も浅く薄い評者だが、それでも職人作家が幅広い裾野の受け手を相手にわかりやすくそして熱く語っているので、刹那的な感覚とはいえ、ほうほう……とそんな鉄道の話題や作品そのものに、それなり以上に引き込まれていく。 良かったのは、ホックの短編パズラーみたいな『お座敷列車殺人号』。 ある意味で、辻先生の一面をちょっと見直させていただいた『東京鐵道ホテル24号室』。 まさかの連城作品みたいな(特定の作品と似ているとかではなく、作風の話)『轢かれる』 の3本。 ほかの大方の作品も悪くない~それなりに楽しめた。 鉄道テーマに限らなければ、本になってない辻短編はまだ数冊分あるはずだそうで、その辺も書籍化してほしいが、まあ今回の本書の場合は、こういうワンテーマの上で、さらにバラエティに富んだ一冊だから楽しめた面もあるんだろうな、とは思う。 |
No.1711 | 7点 | ロンドン・アイの謎 シヴォーン・ダウド |
(2023/01/17 17:21登録) (ネタバレなし) 過分に生臭い叙述や煽情的な描写がないという意味で、確かにジュブナイルではあろうが、ほとんど普通の成人向け作品だとも思う。英国のこの種の作品の、進化というか、ある種の成熟めいたものを感じた。 伏線の回収を含めて全体的に丁寧な作りでホメるにやぶさかではないが、一方でそのあまりのソツの無さにどこか悪い意味で、実に優等生的な一冊、という感慨が生じてしまった。 十分に佳作以上、いやたぶん秀作認定してよいのだろうが、素直に賞賛しきれない、こんな自分にいささか(以下略)。 |
No.1710 | 6点 | 予感(ある日、どこかのだれかから電話が) 清水杜氏彦 |
(2023/01/14 16:02登録) (ネタバレなし) 帯に書いてあるように、読者は ①ホテル勤めのハイティーンの読書少年ノアと、後輩の美人従業員ララ ②ある連絡を受け取った作家シイナ ③ある犯罪に関わった女性ジュン ……をそれぞれメインにした、3つの流れのストーリーに付き合うことになる。 大き目の級数の書体で、一段組で本文230ページ前後と、作品全体のボリュームは少ない。たぶん一冊の長編ミステリとして刊行できる最低クラスの短さだろう。 とはいえ、相応にテクニカルな作品ではある。 (一方でHORNETさんが先におっしゃるように、それなりのもの、さほど新奇なものではない、という面もあるが。) なんというか、ジジイの古参ミステリファンの正直な、少しややこしい気分で感想を言うなら、60年代後半のミステリマガジンに、編集部オススメでいきなり一挙掲載された原稿用紙換算200枚くらいの中編(今回の本作はもうちょっと長いが)で、未知の作家の未知の作品で、けっこう技巧的なものを読まされた感じ。その上で、それなりに面白かった、楽しかった、とは思う。 作品トータルの仕掛けもまあ悪くはないが、登場人物の名前をどのラインもカタカナ表記にしたことで、全体にある種の無国籍感が発生。 こういう作中作の場合、都筑の『三重露出』のように、ストーリーの片方あるいはどれかはコントラストで、きわめて地味で堅実な書き方、もう一方を派手にマンガチックに、という仕上げにしそうな感じだが、本作の場合は三つのストーリーの叙述が適度に差別化、適度にトータライズされているようで、その辺の演出がちょっと面白い効果を感じさせたりした。 小品の上、という歯応えの作品で、そんなに高得点はあげられないが、ちょっとミステリらしい楽しさは感じさせてくれた佳作~佳作の上。 |
No.1709 | 6点 | 寒い夏の殺人 南川周三 |
(2023/01/13 07:54登録) (ネタバレなし) その年の夏のある夜、一組の男女が密談を交わした。それから間もなく、500人以上の上流階級の人間や社会的な名士が集う社交クラブ「東京ソシアル・クラブ」の一員で、複数のマンション経営者の火野清三郎が、ホテルの一室で殺された。やがて第二、第三の、殺人事件の犠牲者がクラブの会員内から発生。警察の捜査陣は、毎回の犯行現場に謎の犯人が残したと思しき「M」の文字に注目するが、その意味はなおも未詳なままだった。そして更に連続殺人は継続していく。 半年ほど前のヤフオクで、全然知らない作家のまったく知らないミステリがそれなりの落札価格になっていた。 調べてみると作者は詩人、美術評論家として活躍した、東京家政大学の名誉教授だった御仁らしい(2007年にすでに他界)。 まったくフリの立場ながら、なんか興味がわいて、近所の図書館(うまい具合に蔵書があった)から借りてきて、読んでみる。 ちなみにこの人のほかの十数冊の著作は、学術系の評論、研究書ばっかりで、ミステリどころか小説はこれ一冊だけだったようだ。 目次にはいきなり「第一の殺人」から「第六の殺人」までの見出しが並び、これは退屈する暇はないと期待したが、正にその通り。260ページ二段組という紙幅のなかで、ハイペースに被害者が次々と殺されていく。 登場人物に、ザコキャラまで無駄にネーミングしてあるのはいかにもアマチュア作家っぽいが、文章そのものは平明で良い意味でさっぱり系。笹沢佐保の初期作品から水気を少し抜いた感じで、とても読みやすい。 殺人の被害者がみな同じ高級社交クラブの会員とはいえ、なぜ500人ものメンバーの中から選抜されるのか? 連続殺人の構造が何らかの法則性にあるのを期待させてミッシング・リンクものとしてなかなか面白い。 全体の5分の4くらいまでは、これは埋もれていた佳作~秀作か? 拾いものか?と、かなり期待させたが、最後の最後でズッコける。 ミッシング・リンクのネタそのものは、子供の思い付きレベルの延長でそこそこ面白いが、要はそれをやりたかった、受け手に読んでほしかっただけで、犯人の動機もその背後事情も、あまりにもベタすぎる。事件の真相が推理ではなく、関係者の告白でわかるってのもナンだし。あと、ちょっと、ある種の情報を出さないところもアンフェア気味かも。 トータルとしては佳作の手前くらいの出来だが、まあ途中までは、予期していた以上にゾクゾクさせてくれたのも事実。評点はこの位はあげておきましょう。 もし作者がもともとのミステリファンで、生涯に一冊くらい実作を書いてみたくなって、その上でこのレベルなら、確かにこの作品だけでやめておいたのは適切だったとは思う。いや、良い意味で、ではある。 |
No.1708 | 7点 | 白い闇の獣 伊岡瞬 |
(2023/01/12 06:40登録) (ネタバレなし) 西暦2000年三月のその夜。昨日、若葉南小学校の卒業式を終えたばかりの少女、滝沢朋美が、父の俊彦を迎えに行ったまま姿を消した。やがて少女は無残な死体で見つかり、加害者の15歳の少年トリオは、少年法の厚い壁で、遺族の憤怒からも法の裁きからも免れる。そして4年後、19歳になったかつての加害者の若者たちが、一人ずつ死亡していく。 文庫オリジナルだが、作者あとがきでの述懐によると、以前に書き上げて仕舞っていた長編を、思う所があって陽の目を見させたらしい。先に同じく文春文庫から文庫オリジナルで出た伊岡作品『赤い砂』と、同じ経緯のようである(評者はまだ、その『赤い砂』は未読)。 題名の「ケダモノ」とは善性の欠片もない非行少年たちのこと。 少年法の陰の部分や矛盾によって悲しみや怒りに封をされる凶悪犯罪の被害者や遺族の無念は本作の大きなテーマのひとつである。 が、よくも悪くも伊岡作品の大半には<度外れた人間の心の闇>が主題として扱われているので、正直、今回はそういう題材(サイコパス非行少年の獣性)を語ったか、というような、冷めた部分も、評者のような受け手側にはあったりもる。 (もちろん、作中のリアルで凶行の犠牲になる少女の描写も、悲しみと怒りに精神を灼かれる遺族や関係者の叙述も読んでいて辛いものだが。) ミステリとしては後半~終盤で明らかになる「意外な犯人」の文芸設定にいささかブッとんだ。ここら辺は、テーマの社会性とかどうのこうのを全く別に、正にフィクション、オハナシという感じでハジけている。 あと、被害者の少女・朋美の元担任で主人公ヒロインの香織が気づく伏線の張り方にもちょっとニヤリとさせられた。 まとめるなら(秘蔵原稿の蔵出しとはいえ)、今回もいつもながらの「外道悪」を主題にした、おなじみの伊岡作品。その上でテーマがテーマだけに社会派度も高いが、一方でエンターテインメントのミステリにすることもちゃんと忘れていない、職人作家のお仕事。 なおご本人は、これはある意味で、これまでの作家生活の集大成的な作品とかおっしゃっているようだが、ファンの末席の一人からすれば、いや、ちょっとソレは違うでしょう、とも思う(汗・笑)。作者の著作の中では、中の中か上くらいでないの? |
No.1707 | 6点 | エキゾティック カーター・ブラウン |
(2023/01/11 16:37登録) (ネタバレなし) その夜、「おれ」ことパイン・シティ保安官事務所勤務のアル・ウィーラー警部は、自宅のアパートに雑誌の定期購読セールスに来たブロンドの若い娘といちゃつきかけていた。そこに上司のレズニック保安官から電話があり、射殺された男の死体がタクシーで保安官宅に届けられたと告げる。ウィーラーはレズニックからこれはお前の悪質な悪戯か? と疑われかかるが、身に覚えのないことで、そのまま、その殺人事件を捜査することになった。被害者の素性は、3年前に10万ドルを横領した嫌疑で逮捕、投獄され、いまは仮釈放になったばかりの中年男ダン・ランバート。奪われたままの10万ドルの行方は今も不明だが、ランバートは最後まで無実で冤罪だと主張していた。ウィーラーは捜査を開始するが、彼の前にはまたも美女と死体が続々と現れる。 1961年のクレジット作品。アル・ウィーラー警部の第20長編。 小林信彦の「地獄の読書録」やAmazonのレビューなどでは、割と好評のウィーラーものの一編。 被害者ランバートの娘コリーヌがすでに成人した美女で、女性用衣料品店を経営。おなじみのヒロイン、保安官秘書のアナベル・ジャクスンが「ブーティック」というのよ、と教えてくれる。邦訳が出た1967年当時としては、まだブティックというカタカナ言葉は確かに新鮮だったのだろう。翻訳は田中小実昌。 被害者ランバートは逮捕前は投資相談所を経営しており、そのパートナーだった男が、今はパーティ用のジョーク・グッズを輸入販売しているハミルトン・ハミルトンなる男。ネーミングは「87分署」のマイヤー・マイヤーのパロディか? ハミルトンの妻ゲイルの実家が資産家で、夫の元・共同経営者ランバートが横領したとされる金は彼女が立て替えて、横領の被害者に返したことになっている。 ハミルトンの冗談グッズというか大型アイテムで、スカートの女性がその上に乗ると強風が吹き出てパンティが丸見えになる装置が登場。リック・ホルマンものの『宇宙から来た女』でもあったネタだ。 あと、ウィーラーが出向いた私立探偵の事務所で、IBMの電子計算機が登場。ミステリの作中で、民間にこの装置が置かれていた描写としてはかなり早いのでは? と思う。 ミステリとしては、細かい伏線を回収。動機の方もちょっとクリスティーの諸作を思わせる印象で(こう書いてもネタバレにはならないと思うが)、なかなか面白い。 この作者の著作のなかでも丁寧で手堅い分、いつものはっちゃけた味とは微妙に違う感触もあるが、まあそれはそれで。 そーいえば、ウィーラーが悪漢に殴られて失神する場面があり、基本は一匹狼の遊軍捜査官としてハードボイルド私立探偵っぽい挙動の彼ながら、こういう描写は意外に珍しいハズ。 なおタイトル「エキゾティック(異国の情緒・味わいを持つさま。異国風)」は原題そのままだが、メインゲストヒロインのひとりコリーヌの洋品店の屋外の、店名を標記した文字の書体がそれっぽいということから。決して、出て来るお女性の容姿がどーのこーのの、タイトリングではない。 |
No.1706 | 8点 | 彼の名はウォルター エミリー・ロッダ |
(2023/01/10 06:59登録) (ネタバレなし) 山間での屋外授業に臨む小学生たち。だが乗車してきた二台の車のうち、一台が故障。大半の生徒が無事な車で帰還するが、全員は乗車できない。かくして二人の引率の教師の片方のアンナ・フィオーリ先生と4人の男子女子が、丘の上の無人の屋敷で一夜を過ごすことになった。そして屋敷の中で、この学校に転校してきたばかりの男子コリンは、自筆のイラストに彩られた創作童話を書き綴った自作の書物「彼の名はウォルター」を見つける。 2018年のオーストラリア作品。 自分をふくめて、昨年の半ばまでほとんどのミステリファンがノーチェックだったと思うが、今年度の「このミス」で、あの小山正が本年度マイベストワンに推挙したおかげで、いっきに全国的に注目された作品(ジュブナイル~ヤングアダルト小説)。 作者エミリー・ロッダは、すでにその筆名で多くの翻訳がある童話、ジュブナイル作家だが、実は本サイトでもkanamoriさんとnukkamさんがかなり高めに評価している長編パズラー『不吉な休暇』の作者ジェニファー・ロウと同一人物だと知って、食指が動いた(と言いつつ、実は筆者などは肝心の『不吉な休暇』は半年前に入手していながら、いまだ脇に積読だが・汗)。 屋敷の中で朝を迎える女教師と4人の小学生の叙述と並行して、擬人化された動物と人間が共存する異世界を舞台にした作中作「彼の名はウォルター」の物語全編が少しずつ語られる。中盤までは、なんでこれがミステリ? しかも小山正のイチオシ?! という印象だが、次第に作品の狙いが見えてくると(以下略)。 ……ああ、なるほどね(深いため息)。 読後の感慨すら書かない方がいいような性格の作品だが、通読したのち、例によってTwitterでの他の人の感想など覗くと、この数年単位での収穫! と賞賛している人もいる。100%はそんな気分にシンクロはできないにせよ、確かに読んで良かった、良作・秀作ではあった。 最後の1ページ、8行のセンテンスが、深い余韻を伴って心に響く。 はい、私自身もスキな作品です。 これまで出会った、心に残る大事な歴代ミステリ作品のいくつかを、おのずと連想したりした。 結局のところ、これがジュブナイルというか、ヤングアダルト向けというカテゴリーの中にあることも、いろんな意味で心地よい。 確かに、まー、こーゆー作品は、ヒトより先に見つけて大声で叫びたかったなー。 たぶんドヤ顔しているのであろう? 小山氏の気分はよくわかる。 評点は0.25点くらいおまけして、この点数で。 |
No.1705 | 7点 | SAS/ケネディ秘密文書 ジェラール・ド・ヴィリエ |
(2023/01/08 15:51登録) (ネタバレなし) 1960年代半ば~後半のニューヨーク。米国国家安全保障会議(NSC)の一員であるディヴィッド・リーベラーがハニートラップに引っかかり、保管していた機密のアタッシュケースを盗まれる。機密ケースはKGB側の手に渡り、ダブルスパイの中年映画プロデューサー、セルジュ・ゴールドマンの手によってオーストラリアに運ばれた。SAS「プリンス」マルコ・リンゲは、CIAウィーン支局の指示でゴールドマンとその若い愛人マリサ・プラットナーの身柄を確保。マルコ自身の自宅の城に匿うが、そこにゴールドマンの知人と称してポーランド人のKGBの外注工作員シュテファン・グレルスキーとその妻グレーテが来訪してきた。 1967年のフランス作品。SAS「プリンス」マルコ、シリーズの第六弾。 一年ちょっと前に読んだシリーズ第五弾『シスコの女豹』(佳作)の次の長編。 で、機密物件の中身が何かは、タイトルでいきなりバレバレ(原題の時点から明かしてあるので、訳者や創元の編集部を怒ってはいけない)。 前半~中盤まではこの機密文書の争奪戦がメインで、特に、当時まだ政治統制が厳しかったチェコスロバキア、その一角からケースを回収し、脱出する辺りは中盤の見せ場。ここも自由を求めてあがくゲストキャラの若者を登場させて、なかなか盛り上げる。 しかしこの作品の本当のキモは、奪回した国家レベルの秘密文書の実態を知ってしまったマルコが、これまでの雇い主であるCIAから本気で口を封じられかける展開。 いうならばヴィクトリア王朝の公安が総力をあげてホームズを暗殺にかかったり、MI6の要員たち総勢がボンドを抹殺に動くような趣向で、正に絶対の危機。ちなみにその手のクライシスが到来の場合、ホームズならマイクロフト、ボンドならMなどが最終的には絶対に主人公を守ってくれるはずだという予見が読者にも働くが、マルコの場合はそこまでの支援キャラクターもおらんし、テンションは一途に窮まる。 いやコドモ的な発想で、シリーズもののなかで、作者なら誰でも一回はやってみたい? 厨二的なアイデアだとは思うが、刺客側は結構な本気度で、マルコの城に乗り込んで暗殺を行なうは、無関係の市民を平然と巻き込むは、なかなか緊張度は高い。10年前後、CIAに御奉公してきた実績? そんなもん、屁でもない。いくら腕利きでも、所詮は使い捨てのフリーランススパイじゃ。この作品はプリンスマルコ版『消されかけた男』でもある。 もちろんこの後のシリーズ継続に繋げるため、最後の最後でのマルコ救済策は用意されている。まあその辺はある程度の力技だろうなとは、経験上、こちらも何となく予測できるので、実際に想定範囲。呆れるとか、これはないだろ、的な文句は出にくいように、作者も気を使った気配はあるので、個人的にそんなに不満はない。 (まあそれでも、今回のハイテンションに付き合った読者が、万が一本作のどっかを減点するなら、結局はここ(最後の決着ドラマの仕上がり)かもしれんが。) それで読了後にTwitterで感想を覗くと、シリーズ中でも評判いい、ベスト作品? との声もあり、そうでしょう、そうでしょう、と頷く。 マルコが敵側の工作員を自宅に迎える際、もうちょっと出来ることもあったんじゃ、とか、細部のスキがまったくない訳ではないが、種々の事態がそれっぽく進行してしまう機微は、作者の方も割と自覚的に心得て書いている? 気配もあるので、まあギリギリ。 タイトルとネタからもっと大味なものを考えていたが(いや、ある意味で大味な作品なのは事実かもしれんが)、予期していた以上に結構な面白さであった。8点に近いこの評点で。 |
No.1704 | 6点 | 暗闇の梟 マックス・アフォード |
(2023/01/07 19:22登録) (ネタバレなし) 世界大戦の影が濃くなりつつある、1940年代初めの英国。鳥人のごとき出没ぶりの謎の怪盗「梟(ふくろう)」の略奪行為が、ふた月前から市民を騒がせていた。そんななか、アマチュア名探偵ジェフリー・ブラックバーンと対話中のロンドン警視庁主席警部ウィリアム・ジェイミソン・リードのところに、一人の若い女性が相談にやってくる。女性は、ジェフリーが以前に手掛けた事件に関わった元新聞記者のエリザベス・ブレア。彼女の話によると、彼の兄で化学者のエドワード(テッド)・ブレアが、前代未聞のコストパフォーマンスの新燃料「第四ガソリン」を発明した。それを怪盗「梟」が戴くと予告状が届いたという。ジェフリーとリードは、早速、ブレアの研究を後見する死の商人サー・アンソニー・アサートン=ウェイン准男爵の屋敷に向かうが、そこでは思いがけない殺人事件までが発生する。 1942年の英国作品(作者はオーストラリア生れ)。ブラックバーンシリーズの第四弾。謎の怪盗がからむ殺人事件というと、nukkamさんもご紹介の『赤い鎧戸のかげで』のほか、同じH・Mシリーズの『一角獣殺人事件』(1935年)などもあるが、とにかくこの外連味が生きている。 (さらに、SFチックな? 新燃料の発明という作中の趣向も、クロフツの『船から消えた男」(1936年)を想起させる文芸でちょっと楽しい。) 実に読みやすい翻訳のおかげもあって、ほぼ全編、まるで乱歩とか横溝とか高木彬光とか十三とか久米元一とか、あの手の児童向けジュブナイルスリラーミステリを楽しむ時のようなワクワク感でページをめくった。 ただし謎の怪盗「梟」の正体の隠しようについては、かなりヘボ。いまの読者なら分からない人はいないだろうし、昔はこれで購読者を騙せる商品になったんでしょうねえ、という感じ(怪盗がらみの文芸というか真相で、ちょっと面白い部分はあるものの)。 ストーリーを盛り上げるのはいいが、あとからあとから思い出したように悪い意味で、話のネタをぶっこんでいくのもあまり感心しない(一応は伏線なり、前振りなどを用意してるものも皆無ではないが)。 要するに、二流B級パズラー作家アフォード(それはそれで実は大好きだが)の良くない面が出てしまった。凡作『魔法人形』よりはマシだが、佳作~秀作『闇と静謐』には及ばなかった、というところ。 (ちなみに本作のメインヒロイン、エリザベスの以前の登場作品は、確かその『闇と静謐』だよな? 本がすぐ手元で見られないのでわからないが、できれば訳者もしくは二階堂センセイ、あとがきor解説で、そのことについては触れておいて欲しかった。) ただまあ、この人の作品は、少なくとも欠伸が出ることはほとんどないし、上でツッコミした種々の弱点も、気が付いたら評者が自分の方で積極的にフォローを入れている。その意味では愛せる作品だし、翻訳発掘してもらってウレシかった一冊。 未訳のシリーズ最後の一冊も、ぜひぜひ翻訳を願います。 あとこの翻訳書は、nukkamさんのおっしゃる通り、巻頭の登場人物一覧表がかなり雑。ネタバレになる標記を回避することを前提にした上で、実際に事件にそれなりに関わる人物、読者のミスリードを誘う役割のはずのキャラ、などを含めて、あと3~5人は重要なキャラクターの名前がぬけている。 こういうのは論創さんの場合、訳者がまとめるのか、本文を通読した上で編集さんが作るのか、あるいはどちらかがまず行って、最終的に双方でチェックか。 たぶん三番目が当たり前で望ましいけれど、この辺はネタバレなしを前提に、きちんと適宜にやっていただきたいものである。 (もっとも、聞くところによると、登場人物一覧なんて親切なものを当たり前に用意するミステリ出版文化は、実はこの日本くらいなんだそうだが?) |
No.1703 | 7点 | 死を呼ぶブロンド ブレット・ハリデイ |
(2023/01/06 11:10登録) (ネタバレなし) その年の初秋のマイアミ。ある夜、「ヒピスカス・ホテル」の一室で死体を見た女は怪しい男に追われ、すでに乗客がいるタクシーの車内に逃げ込む。タクシーの運転手アーチイはトラブルにあったらしい女に、もし警察以外で助けを欲しいなら、地元の有名な私立探偵マイケル・シェーンに相談するよう進言した。かくして秘書兼恋人のルーシィ・ハミルトンとデート中だったシェーンは、またも新たな事件に関わり合う。一方、ヒピスカス・ホテルでは、室内に死体があると匿名の通報があり、ホテル探偵でシェーンも知人のオリイ(オリヴァー)・パットンが調べに向かうが、指示された部屋にはどこにも死体などはなかった。 1956年のアメリカ作品。 マイケル・シェーンシリーズの長編第26弾。 メインゲストキャラのひとりが朝鮮戦争からの帰還兵で、ほかにも同様の人物が登場。そういう時節の物語だと実感できる。 ルーシィとシェーンはすでに完全に相思相愛の仲で、ルーシィが自宅のアパートの鍵をすでにシェーンに2年前に渡しているという叙述もある。少なくともシェーンは再婚も考えているらしい。その辺も踏まえて、今回はルーシィのストーリー上での役割が非常に大きい。ネタバレになるので、詳しくは言わないが。 (しかしルーシィって、喫煙女性だったんだねえ。まあ1950年代のアメリカ女性って、かなりその傾向が強いけれど。) 物語はシンプルなようで、かなり錯綜しており、確実に登場人物メモを作った方がいい内容。しかしその分、ストーリーの全域に仕掛けられた大ネタはかなり強烈で、これまで読んだシリーズの中でもたぶん間違いなく上位の出来。 偶然が功を奏し、真相の解明(事件の説明)がシェーンの直感による面も大きいのはよろしくないが、それでもこれだけサプライズを食らわせてくれれば、お腹いっぱいである。 シェーンとルーシィがプライベートでデートを楽しんでいる最中、緊急の事件の依頼があったら、どういうシステムで連絡がいくのか(シェーンのアパートの受付とかがスムーズに対応してくれる)、その辺のメカニズムもわかり、ファンには楽しい一編。 第12章で点描的に登場し、事件にちょっとだけ関わり合う不倫カップルの描写が、どことなくウールリッチっぽいのも印象的。秀作。 |
No.1702 | 7点 | そして、よみがえる世界。 西式豊 |
(2023/01/05 17:21登録) (ネタバレなし) 身体障害者のための介護技術と、日常の代替となる仮想空間の電脳世界が大きく発展した2036年。かつて理不尽な暴力によって首から下の機能を麻痺させた、元・天才的な外科医で42歳の牧野大(ひろし)は、以前の恩師である森園春哉から連絡をもらう。現在の森園は、現代日本でも屈指の電脳世界「Ⅴバース」を創造した大企業「SME社」に所属。Vバース内のアバターの住人は現実世界の人間と密接なリンクを行なっている。森園とSME社の要職たちの牧野への依頼は、Vバース内の医療施設「ホスピタル」に入院する、記憶と視力を失った16歳の少女エリカへの外科手術を願うものだった。 第12回アガサ・クリスティー大賞受賞作品。 昨年の受賞作(『同志少女よ』)が大反響な分、今年の受賞作は地味な印象だが、結論から言えばそれなりに楽しんだ。 内容は、昨今、隆盛の仮想空間もので、SME社のプロジェクトに関わった主人公・牧野の前に次第に隠された秘密が明かされていく。同時に関係者の現実世界での変死も発生。ミステリとしてはシンプルなものだが、一応、あるいはそれ以上に、フーダニットの興味も持ち合わせている。 読了後にトータルな視点で、物語の中での面白かった要素ひとつひとつを見つめ直していくと、どこかで見たようなもののパッチワークという感触もなくもないが、一方でそれらを丁寧に器用にまとめ上げている好編という評価は、したくなる。そんな作品。 (勝手な憶測ながら、受賞が決まってからさらに審査員や編集などの意見も取り入れ、伏線や前振りなどを練り上げ、完成度を高めたのではないか? という気もする。重ねて、評者の私的で勝手なイメージだが。) 仮想空間と人間の関係性を主題にしたリアルSF、オトナが読むジュブナイルのようとしては、なかなか面白かった。 弱点は前述のフーダニットミステリとしては、犯人がバレバレなこと(だって……)。ここらはもうひとひねり欲しかった気もするが、まあ際立った外道悪役キャラが作れてはいるので、そっちの成果を選択したのであろう。 昨年の傑作と比べたら気の毒だが、フツーに楽しめた。佳作の上から秀作の中のどこかに評価はおちつく。 |
No.1701 | 6点 | 女海賊 カーター・ブラウン |
(2023/01/04 22:11登録) (ネタバレなし) 1965年歳末のパイン・シティ。クリスマスまであと5日というタイミングで、殺人事件の通報があった。「おれ」ことパイン・シティ保安官事務所のアル・ウィーラー警部は早速、殺人の現場という、若い女性アイリス・マローンの自宅に向かう。同家では気の早いクリスマス・シーズンのコスプレパーティが開催されており、主催者で広告コピーライターのブロンド美女アイリスが、ミニスカ海賊の姿でウィーラーを迎えた。アイリス当人は自宅で起きた殺人を自覚してないらしい。やがてウィーラーはパーティの客でウサギのコスプレをしていた男性グレッグ・タロンが、パーティを台無しにしないように気を使ってこっそり殺人事件を通報したのだと聞かされる。殺害されたのは、現地で最近、繫盛中の広告会社の代表ディーン・キャロル。彼はロビン・フッドのコスプレのまま、射殺されていた。ウィーラーはやがて、犯罪現場からいつの間にか姿を消したサンタクロースが怪しい? と考えるが。 1965年のクレジット作品。ミステリ書誌サイト「aga-search」によればウィーラー警部ものの第30番目の長編。 Amazonにデータがないが、ポケミスのナンバーは1120。1970年8月の刊行。 評者はポケミスの初版刊行(といってもこれは初版しかないかも~カーター・ブラウンブームはとっくに過ぎた時期の一冊だし)後、数年後に新刊で購入した覚えがあるが、当時は訳者がよく知らない人、田中小実昌でも山下愉一でもないのでほっておいた記憶がある。で、今回、改めて確認すると、え、あの高見浩!? まあまあ浩ちゃん、その後、立派になって、とつくづく時の流れの速さを感じたりする(笑)。 コスプレパーティの現場から逃げたサンタクロース姿の殺人者? という趣向が、ウワサに聞くもう一人のブラウン(フレドリックさん)の『殺人プロット』(サンタクロースが出て来ることは知ってる)を連想させたりしたが、実はソッチはまだ未読(例によって家の中から本が見つからない)ので、比較はできない。 いずれにしても本作は、数あるカーター・ブラウン作品の中でもハイテンポな方で、関係者の間を調べて回るウィーラーの動きもかなりスピーディ。途中から思わぬ事実が露見し、さらに筋運びは加速感を増し、気が付いたら一時間半で本文140ページの物語をあっという間に読み終わっていた。犯人の正体は消去法である程度わかるが、そこまでの経緯にちょっとひねった部分があり、シリーズの中では佳作か秀作の下。上役のレイヴァーズ保安官があれこれと、殺人事件の実情について仮説を立て、ウィーラーがやや押され気味になる? とこなど面白い。 シリーズヒロインでレイヴァーズの秘書、ツンデレ美人のアナベル・ジャクスンの名前が巻頭の一覧表にないので、あれ? 今回は欠場かと思わされたが、大丈夫、中盤でちゃんと登場。アナベル・ジャクスンの母親は、行きずりのセールスマンと駆け落ちし、彼女を置いていなくなったというが、本当だろうか? ウィーラーとのラブコメ(の手前)ぶりはいつものパターン。今回は自分をネタにするウィーラーに怒りかけた途端、パンティのゴムがゆるんで足元までズリ落ちてるよと騙され、羞恥しながら、さらに激怒する場面など笑わせる。 あと、シリーズ上の特筆は、ウィーラーがこれまで乗用していた愛車オースチン・ヒーリィを売却し、中古の高級ジャガーに乗り換えたこと。こんな事を心得ていれば、いつかカーター・ブラウンファン同士の語らいで、株を上げられるであろう。それがいつの日になるかは、知らないが。 |
No.1700 | 4点 | 大怪盗 九鬼紫郎 |
(2023/01/04 04:55登録) (ネタバレなし) 明治五年九月の東京。警察制度の創始者で警視庁のトップである川路大警視が、欧州の警察制度を学ぶため、日本を離れようとしていた。だがその歓送会の夜、思わぬ怪事が発生。仕掛人は昨今の世を騒がす怪盗「卍(まんじ)」で、当初は世の悪徳政治家や不正な豪商ばかりを標的にして殺傷を嫌っていた賊は、最近は殺人も辞さないようになっていた? だが警視庁に送られたメッセージの主は自らを「ほん卍(ほんまんじ=本物の卍)」と自称し、最近の殺人強盗は自分の偽物の仕業だと主張した。ほん卍は未解決の事件解明の手掛かりまで警視庁に与えるが、これを侮蔑と見た捜査陣は闘志を増加。元同心で「名探偵」の異名をとる原田重兵衛大警部は、卍の捕縛と未解決の事件の捜査に奮闘する。が、東京ではさらに怪しい事件が起きていた。 昭和50年代のはじめに、ミステリ総合解説・研究書「探偵小説百科」の上梓をもって国産ミステリ界に復活した作者が、その5年後に書き下ろした長編ミステリ。大雑把にいえば、山田風太郎の明治ものみたいな世界に和製ルパンが活躍する趣向の物語である。 戦前から昭和三十年代あたりの九鬼ミステリの実作は、昔も今もまるで知らない評者だが、本書が刊行された際には、何やら古参のベテランマイナー作家で、前述の「探偵小説百科」の著者だということくらいは知っていた。 ただし内容からして、いかにも出版業界とのお義理で、久々に一本だけ書いた通俗作品みたいな印象が当時からあり、ずっと敬遠していたが、昨年の後半にまあそろそろ読んでみようか、通俗ミステリ、嫌いじゃないんだし、と古書をネット経由で入手した。で、正月の今日、初めて読んだが、う……ん。 読後にTwitterでのほかの人の感想を拾うと、シンポ教授などは「埋もれた佳作」と評しており、つまりたぶんはソコソコの評価。 しかし正直言って、自分はけっこうキツイ一作だった。 名前のある登場人物が虚実あわせて80人弱。かなりの数で、作品の構造、設定上、そうなってしまうのも理解はできる。 が、とにかく、登場人物の多数さに比例して物語の流れに悪い意味で幅がありすぎ、ストーリーの軸が掴みにくい。 (卍を追う警察の捜査、別の悪党の暗躍、不可能犯罪的な怪事件の続発など、物語の要素は多いのだが、どこを主眼に追えばいいのだ、というシンドさだ。) 文章も読みにくくはないが平板で、悪く言えば、筋立ても文体も冗長。 なおこの作品は、義賊の怪盗側一味と警察側、それぞれの動きの合間に、不可能犯罪めいた事件が起きてミステリ的な興味で読者を刺激する。その辺は本家ルブランのルパンものを想起させる感じで悪くないのだが、肝心の作者がそういうオイシイミステリ要素を盛り上げる気があまりなく、最終的にそれぞれ子供向けミステリクイズ的な決着に収まってしまう。はあ、そうでしたか、という感じ。 実のところ、全体の4分の3は読むのが苦痛。何度もノレず、中断してネットで遊んでは、まあ最後まで読み終えようという半ばマニア? の義務感で、終盤まで付き合った。 クライマックスはそこそこ見せ場があったが、怪盗側の物言いにあまりに不用意でスキだらけの警察側など、ツッコミどころも多い。 表紙折り返しの作者の言葉を見ると、実はシリーズ化を狙っていた気配があるようだが、いや、これは無理だろ、売れないだろ、と思う。何より「卍」のキャラクターに魅力がない。 近々、復刊されるみたいだけど、興味ある人は、良い意味で、あまり期待値を高めないで接するように、オススメする。 |