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ミステリの祭典

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人並由真さんの登録情報
平均点:6.33点 書評数:2107件

プロフィール| 書評

No.1627 8点 スクイズ・プレー
ポール・ベンジャミン
(2022/10/15 17:16登録)
(ネタバレなし)
「わたし」こと33歳のマックス・クラインは、ニューヨークの私立探偵。そんなクラインのもとに、コロンビア大学時代の学友で弁護士のブライアン(チップ)・コンディニを介して仕事の依頼がある。依頼人はかつてメジャーリーガーの大人気選手だったが、5年前に交通事故で左脚を失った、やはり33歳のジョージ・チャップマンだ。チャップマンは今は別の分野で活躍し、政界入りも考えている最中だが、そんな彼のもとに怪しげな匿名の脅迫状が舞い込んだ。クラインは調査に乗り出すが、やがて彼の前に、事件から手を引くようにと脅しにきた荒事師が登場。そして予期せぬ死体が転がり始める。

 1982年のアメリカ作品。
 日本でも大人気のアメリカ作家ポール・オースターがこの筆名で書いた、実作上の処女長編らしい。本国ではペーパーバックオリジナルで刊行された、直球・剛速球のハードボイルド私立探偵ミステリである。
 恥ずかしながら評者はオースター名義の作品は、これまで気になったものはいくつかあったものの、まったく未読。本作に関してはあくまで、正統派のハードボイルド私立探偵小説でミステリらしいという興味から読んだ。

 怪文書の調査に始まる事件の開幕、本音の見えきれない依頼人、社会階層の弱者の事件関係者、暗黒街の大物、ファム・ファタール、裏のありそうな文化人、遠慮のない荒事師、銃撃戦、窮地からの脱出、微妙な距離感の警察関係者……と、私立探偵小説のスタンダードなメニューをてんこ盛りにした内容はサービス満点。
 そしてそれらのファクターのいくつか(かなり多め)には、定石を踏まえながらも作者なりの「もう一歩の踏み込み」が感じられる仕上がりで、非常に出来が良い。
 さらにユダヤ系の主人公クライン自身も離婚した元妻で音楽教師のキャシーと、彼女に養育権を預けた9歳になる息子リッチーを間に挟んで今なおなんともいえない距離感で愛し合っており、その案件の成り行きも読み手の関心を誘い、そして(後略)。

 終盤に明らかになる意外な真相、犯人に関しても、当時の新作ミステリとして面白い文芸アイデアが導入されており、そして真実の判明と同時に、主要人物の肖像が何とも言い難い味わいで深化していく感触もとても良い。
(手がかり、伏線に関してはやや強引な部分もある気もするが、そこは<この趣向>の上でギリギリだった感もあり、少なくとも評者はそれでけなす気にはならなかった。)

 かなりの満足度でほぼ一気読みしたのち、Twitterなどで先に読んだ人たちの本作の感想を漁ると、大半の人がオースター名義の代表作と比較してあれこれ言っていて、門外漢の当方としては苦笑。
 なかには、一応は本作の面白さを認めながらも、作者がこのベンジャミン名義での路線を続けずに、オースター名義の諸作の方に行ってくれてよかったと言っているヒトなどもいて、ああ、そうでっか、それはそれは、という現在の感じ(笑)。
 その見識の真偽? のホドは、いずれ自分でいつか縁があったオースター名義の作品を読んでみて、確認してみようかとも思う。

 とにもかくにも単発で一作で終わってしまったらしい、クライン主人公の私立探偵小説だが、本作一冊で出しきった燃焼感は高いものの、その気になればまだシリーズも続けられそうだったはずで、その辺はシンプルにすごく残念。
 
 ちなみに本書の解説はおなじみの池上冬樹。本作の原書刊行時に英語でこの作品を読み、当時のミステリマガジンに海外の話題作レビューを書いていた縁で呼ばれたらしい。ほぼ40年経って池上を召喚した編集者の方も驚異的な知見で機動力だが、最近の新潮文庫の海外作品のセレクトは元ミステリマガジンの編集長だという先日のウワサを思い起こして納得する。よきかな、よきかな。


No.1626 6点 捜査線上の夕映え
有栖川有栖
(2022/10/12 11:39登録)
(ネタバレなし)
 新本格の雄の一角である作者だが、評者は2015年の『鍵の掛かった男』以降の「作家アリス&火村シリーズ」をリアルタイムで読むばっかり。
 当然ながらシリーズの大枠も作品世界や登場人物たちの基礎知識も疎いので、こういうセミレギュラーの過去にからむ事件(らしい)だと、急に居心地が悪くなる。いや、たぶんこれはこっちが悪いのだが(汗)。

 とは言いつつ、ああ、謎解きパズラーというより小説的な魅力で読ませる作品だな、という実感も多めな一冊。
 でもって作者ご自身があとがきで、本作は一見さんでも楽しめます、といくらいっても、当該のセミレギュラーキャラにほとんど思い入れのない評者など、田舎の遠縁の家にいって、面識のさほどない親戚の活躍ぶりを聞かされた気分。
(一方で、小説の作りがスナオすぎるものだがら、んー、この人がゆくゆくは物語の中盤か後半からキーパーソンになるな、とすぐに察しがついてしまう。)
 こういうの(レギュラーキャラの深掘り作劇)に、昔からのファンでもない者が文句をつける筋合いはないが、かたや、さすがに自分のような読者が、十全に楽しめたとはいいがたい。

 結構大きな情報や手掛かりの提示も後半の遅めだし、謎解き作品としてはあまりいい点はあげられないでしょう。
 動機に関しては、ああ、そんなものですか、という感じであった。よくも悪くも。


No.1625 6点 九龍城の殺人
月原渉
(2022/10/10 17:40登録)
(ネタバレなし)
 1980年代の香港。「わたし」こと18歳の娘・新垣風(あらがき ふう)は、母の訃報を知らせるため祖母がいるこの地に来た。風を迎えに来たのは又従姉妹でインド系の香港人シャクティ・サマンサだ。シャクティは同い年の風をフーと呼び、すぐに密な関係になるが、一方で肝心のフーの祖母・雪麗(シェリー)との対面はいささか複雑なものだった。シャクティもシェリーも香港の女系暗黒組織「風姫(フェンジェン)」の一員で、特にシェリーはその組織の長だったのである。やがてフーはシャクティの仲介で、弱者のために「聖女」として尽くすやはり18歳の美少女・紅花(ホンファ)と対面。ある相談事を受ける。そしてそんな彼女たちを待っていたのは、男子禁制の空間での奇妙な密室殺人? だった。

 シズカシリーズと同じ新潮文庫からの書き下ろしで、題名だけ最初に知った時はメイド探偵、海を渡る、の巻かと予想したが、まるで違った。主人公は一人称の語り手を務める、大陸系のハーフである日本人娘のフーで、メインキャラは彼女をふくむ若い娘の美少女トリオ。ほかにも味のあるサブキャラが何人か登場する。

 正直、事件の真相の一番の大ネタは見え見えで、だったらこれしかないだろ、と思ったらズバリ当たった。とはいえその前後にもサプライズや仕掛けはいくつも設けられ、自分が当てた部分だけを自己採点するなら100点満点で60点程度の得点か(あ、これは本書の採点ではなく、読み手の自分の方の採点である~どうでもよいが・汗&笑)。
 たしかにミステリ要素の中技小技、そして種々の小説的な旨味(うまみ)で稼いだ種類の一作という印象。

 後半の主舞台となる九龍島の閉鎖空間「城」の中でのストーリーが、1980年代時点(英国からの香港返還の少し前)での現代のおとぎ話みたいに語られる趣もあり、そういう意味で一風変わった新本格パズラー。良くも悪くも百合要素でキャッキャウフフの作品でもある。
 某・男性キャラの終盤に明かされる素性と、それに関連したさりげない伏線が、なかなか効果的でもあった。

 これはこれで良かったが、次はまた、シズカシリーズの新作をお願いします。


No.1624 6点 狂った殺意
ロバート・M・コーツ
(2022/10/09 15:34登録)
(ネタバレなし)
 第二次世界大戦直後のニューヨーク。28歳のアマチュア詩人リチャード・バウリイは、41歳の女店主ジェニイ・カーモディの書店で働く。そんなリチャードは流行らない骨董商を営む50歳前後の未亡人フロレンス・ハケットと、その妙齢の娘ルイザとエリナ、そんな女性三人の一家と親しくなった。ハケット家はフロレンスの稼ぎが不順で、脇役の役柄が多い美人女優ルイザの稼ぎに生活費を依存している。ルイザは家族の輪に不躾に入り込んできたリチャードに多少の警戒感を抱くが、それでもリチャード当人は積極的にハケット家に出入り。リチャードは、その夏、郊外で家族で避暑バカンスを過ごしたいというフロレンスのために、格安の別荘ウィステリア荘を世話した。そして、惨劇が起きる。

 1948年のアメリカ作品。
 作者は「ニューヨーカー」などに美術評などを寄せる文筆家として有名な人物らしいが、本作はその長編小説の第4作。

 本作は、かのハワード・ヘイクラフトのオールタイムミステリ名作表の戦後増補分(EQやバウチャーなどが選定に協力)に選ばれた作品のひとつである。
(他の追加作品は『フランチャイズ事件』(テイ)『墓場への闖入者』(フォークナー)『断崖』(エリン)など。)
 この事実に興味を惹かれて読んでみる。
 
 なお本作はポケミス686番。やがて来るスパイ小説大ブームの波を前に、007やら87分署やらカーター・ブラウンやらおなじみの昭和海外作品勢の熱気で、国内のミステリ界隈もそういった形で活気づく時期の一冊だが、今ではひっそりと忘れられている。
(21世紀のインターネットの記事などでは、小森収が本書について独特の見識を語っているが、それ以外にはあまりミステリファンの感想なども見当たらない?)
 その辺の現実も、さてどんな作品だろう? 読んでみるかと評者の背中を押す一因になった。

 内容は、前述の小森評で『異邦人』(カミュ)との比較がなされ、一方でリアルタイム時の小林信彦の書評「地獄の黙示録」などではハイブロウで退屈な犯罪を描くもの、と語っており、その辺から推して知るべし。
 主人公リチャードは決して女系一家を狙うサイコキラーなどではなく、今風に言えば発達障害めいたところのある、一応は普通の? 青年。ただしその精神には常にどこか危ういところがあり、大半の読者(もちろん評者もふくめて)はたぶん、絶えず読み手と彼との距離感を問われる、ザワザワした気分を味合わされることになる。
 途中まではうっすらとサイコスリラーの要素がある普通小説という感じ。このへんで、たぶんマーガレット・ミラーのようにどこかでミステリっぽく転調することもなく、シムノンの多くのノンシリーズもののように広義のミステリで広義のノベルに含まれる種類の作品に帰結するのだろうな、という観測ができる。

 小林信彦のいう「退屈」というのも分からなくもない。が、中盤、避暑地ウィステリア荘へハケット一家とともについていったリチャードが現地で、社交的なルイザのボーイフレンドのひとりと出会い、社交辞令的に「僕もニューヨーカーなのでそのうち遊びに来てください」と言われたら、空気も読まずに本当にいきなり向こうの就業中に押しかけ、先方を戸惑わせながらも応対してもらうシーンなど、なかなかリアルで怖い。
 SNSをふくむネットの普及などもふまえて、他人との距離感のとり方がややこしく面倒になっている21世紀の現在、こういう叙述を読むと改めてかなりの普遍性を感じる。

 なお原題はズバリ「ウィステリア荘」で、これはある意味で、リチャードの精神を崩壊させるひとつの力の場になった別荘を、本作のストーリーの象徴としたタイトリング。

 7点をつける気はないが、ある種の充実感を覚えてこの評点。
 まあ前述のようなミステリ文学史的な「名作」であることも踏まえて、読んでおいて良かったとは思う。


No.1623 8点 此の世の果ての殺人
荒木あかね
(2022/10/08 06:16登録)
(ネタバレなし・途中まで)
 主要キャラクターの魅力、ストーリーの転がし方、印象的で胸に残るシーンの続出、小出しに明かされる謎の真相、そして何より(おっさんがこれを言うのはヒジョーに気恥ずかしいが・汗)あまりにも堂々たる、極限状況の中での人間賛歌! 
 一方で人間の心の闇や弱さにも目を向けながら、その陰鬱さをある種のカタルシスで砕くため、主人公の一方、イサガワ先生のキャラクター設定を存分に機能させている。
 そんなキャラクターの配置ぶり&作劇のバランス感覚もとても素晴らしい。イサガワ先生はブルース・ウェインの変種だね。

 帯が見えない読み方をしていたので、読了後に、作者がまだ23歳だということを初めて知ってぶっとんだ!!

 弱点はどうしても、割と早めに犯人の推察がついちゃうこと(だってね……)。

 しかしソコを差っ引いても、とても読みごたえのある良作。
 今年の収穫のひとつとしたい。


 



(以下、ミステリ要素とは関係ない部分でややネタバレ。)

 文生さんや選考者の方々もおっしゃる&言ってるとおり、正にこの10年の間に<終末・地球最後の危機の中での犯人捜し>ものをいくつも、東西の新作ミステリのなかで読んできた。しかしこんなのが5冊も10冊も続々と書かれるのなら、タマに一本ぐらいは、最後にいきなりなんの前振りもなく唐突に外宇宙から光の国の巨人が太陽系に飛来して、地球に激突する小惑星を一瞬でぶっとばして人類を救うオチで終わるデウス・エクス・マキナ作品を読みたいとホンキで思う(汗・笑)。
 ええじゃないか、ええじゃないか、どうせフィクションなんだし。
 エピローグ部分までに、ミステリとしてのタスクを必要十分に消化しておけば、誰も文句は言わんだろ。

 まあいつかこの手の作品の過剰供給のなかで、そーゆーモンも出てくるだろうとは思っているけれど(そうか?)。
 たぶん、最初にやった人はずっとエバれるぞ。


No.1622 6点 ミストレス
カーター・ブラウン
(2022/10/07 16:12登録)
(ネタバレなし)
 おなじみパイン・シティ。「ぼく」ことアル・ウィーラー警部の上司であるレイヴァーズ保安官の自宅前で、うら若い美人の射殺死体が見つかった。それは保安官の姪リンダ・スコットの亡骸である。20代半ばのリンダはラス・ヴェガスの賭博場「蛇の眼」で美人の胴元として働いており、先日、同店の経営者ハワード・フレッチャーを保安官に紹介した。フレッチャーの用件はパイン・シティに「蛇の眼」の支店を出したいので、まず親しいリンダとの縁をツテに、保安官に根回しに来たようだ。だが保安官は、賭博場の開設に断固反対。その仕返しにフレッチャーが嫌がらせでリンダを殺し、死体を保安官の自宅前に放置したのではないか? 保安官から事情を聞いたウィーラーはフレッチャーのもとに向かうが、彼にはかなり確かなアリバイがあった。

 1959年のクレジット作品。ミステリ書誌サイト「aga-search」によればウィーラー警部ものの7番目の長編。
 これも大昔に読んだはずだが、例によって全く内容は忘れてる。本作は数年前に本サイトに登録され、そのままレビューもこないのでアナを埋めるつもりで再読してみた。

 ウィーラーと、姪を失った悲しみにくれるレズニック保安官が最初に嫌疑をかけた男フレッチャーはシロらしい? 以降はそのフレッチャーが名前を挙げた関係者をウィーラーが訪ね、さらにそのまた……と足で情報を稼いでいく作劇の流れ。なおフレッチャーはさる事情からかなりの逆境にあり、ラス・ヴェガスに本命の彼女といえる超美人のストリッパー「ガブリエル」を残してパイン・シティに来ている。タイトルのミストレス(情人)とは、このガブリエルのこと。
 
 前述のように関係者を嗅ぎまわるハードボイルド私立探偵小説っぽい作りで、ウィーラーは今回の事件の流れゆえ、当然のごとくラス・ヴェガスにも出張。なかなかの荒事師ぶりを見せる。
 ミステリとしては途中から物語の表面に出てきたさる要素の方に比重が傾いていき、それなりの意外性で幕を閉じる。
 とはいえ登場人物の頭数は少ない(なんせ本文160ページちょっとだし)上に、事件の関係者もそれなりに退場して(殺されて)いくので、犯人そのものは見当がつけやすいかも。
 まあまとまりの良い作品ではあった。

 レズニック保安官の自宅そのものも後半に改めて登場し、保安官の奥さん(名前は不明)まで登場するのが本シリーズのファンにはちょっと目新しい(そーいや、劇中には登場しないもののポルニック部長刑事が既婚者で、細君がいるのも初めて? 意識した)。
 保安官の秘書でシリーズレギュラーのツンツンヒロイン、アナベル・ジャクスンの出番がそれなりに多いのは嬉しい。

 なおポケミスの裏表紙のあらすじの最後の数行、殺されたリンダには恋人レックス・シェイファーがいて、彼は事件当夜から行方不明云々の部分は大ウソ。シェイファーは新聞記者だが、特に失踪することもなく、随時劇中に顔を出す。
 どーせ当時の早川の編集部が翻訳者から梗概だけもらってあらすじを書いたものの、字数が足らず、最後のところをいい加減にでっち上げたんだろ? 編集担当者の名前を知りたい。
 
 ちなみに本書の翻訳は、宇野利泰。かなりの大物でこんな人がカーター・ブラウンを担当してたんだっけ? とちょっと虚をつかれた。評者は「カーター・ブラウンの翻訳家の名前を10人あげろ」という大学入試の問題が出たら、ぎりぎり正解・合格できる自信はあるが、宇野の名前はかなりあとあとに出てくるだろうと思う。訳文的にはテンポよく、特に問題なく楽しめたが。


No.1621 6点 リヴァーサイドの殺人
キングズリイ・エイミス
(2022/10/07 04:31登録)
(ネタバレなし)
 ロンドン郊外の住宅地。そこで、土地の博物館から古代人の骨が何者かに盗まれる事件が発生した。そんな騒ぎのなか、不動産業者の代理人で元空軍大尉のウォルターを父に持つ14歳の少年ピーター・ファーノウは、一つ年上の美少女ダフネ・ホジスンをどうにかモノにしたいと、青い欲求を抱いていた。やがてある日、ピーターが自宅にいると、近所の嫌われ者の青年で食料品屋のクリストファー・インマンがふらりとファーノウ家の庭に出現。なぜか重傷を負っていた彼はそのまま死亡した。土地の名士で元刑事のマントン大佐はこのインマンの死を殺人事件と認め、かつての部下だった刑事たちに協力する形で捜査に乗り出すが。

 1973年の英国作品。
 作者キングズリイ(キングズレー)・エイミスの名は世代人のミステリファン、また英国文学の読書人にはなじみ深いが、その実績のほどは21世紀の現在、もうひとつピンとこない(評者の見識が狭いということももちろん大きいが)。

 初期の躍進作で戦後の英国の青年たちの群像を活写したといわれる青春小説『ラッキー・ジム』は1958年に日本でも翻訳が出ており、意外なところではあの「おもいでエマノン」シリーズの作者・梶尾真治などが高く評価しているようではある。ただその後、同作『~ジム』は再刊も新訳もなく事実上、半ば幻の作品のようだ。

 創作意欲にあふれて純文学からエンターテインメントまでジャンルを問わず幅広く著作を上梓したのはよいが、そのために当然ながら作家性もきわめて俯瞰しにくく、本国では数十冊ある著書のうち、日本ではほんの一部しか邦訳が出ていないのがエイミスという作家の実情であろう?
(もしかしたら当人は、グレアム・グリーンあたりに倣い、さらにその方向性を拡張してるのかもしれんが?)

 かくゆう評者も、そんなエイミスの著作のなかで読んだのは、別名義(ロバート・マーカム)の『007/孫大佐』とエイミス名義での007研究書『ボンド白書』そして今回のこれ(『リヴァーサイドの殺人』)だけだ。
(買うだけなら、さらにもうちょっと購入してあるが。)
 せめてエイミスがミステリジャンルを執筆するときに、シリーズキャラクターの捜査官でも創出しておけば、だいぶ我が国での扱いも変わったろうに、とも思う。その辺は大きかったのではないか。

 で、本作『リヴァーサイドの殺人』だが、翻訳担当の小倉多加志によればエイミスが初めて意識的に書いた「本格ミステリ」とのこと。これは原文がどうなってるかわからず、エイミスは意識的に謎解きパズラーを書いたとも、あるいは広義・狭義のミステリを本腰を入れて執筆した、ともとれることになる。

 一読すると、実質的な主人公の少年ピーターを主役にした青春小説の趣あり(彼自身が主体的に推理したり、事件を追ったりするわけではないので「青春ミステリ」とはいいがたいが)、もうひとりの主人公で初老の元捜査官マントン大佐が指揮する警察小説の風格あり、そして確かに、独特の殺人トリックを用いたフーダニットパズラーでもある、そんなジャンルミックス的な作品になっていた。
 少なくとも真部分的には間違いなく、犯人当て、そのほかの細かい謎の興味をちりばめた、謎解き作品ではある。

 そういう意味ではなかなか地味めながら楽しめる作品だったが、惜しむらくは作者の計算違いがあったのか、意味ありげに語られたはずの(中略)のパートの叙述が(後略)だったこと。

 あと、これは良かれ悪しかれだが、やはり小説としての比重がピーター主役の青春ドラマに重きを置いてしまったこと。ただしこっちに関しては、妙な(あるいはしごく直球の)少年の日の一幕が語られ、それがミステリ部分と溶け合う側面もあるので、作品の個性を出すうえで意味があったともいえる。
(なんかね、ティーンエイジャーがメインで活躍する昭和の国産ミステリっぽいんだよね。)
 
 くえない紳士ながら、妙に人間臭く、そしていくばくかの優しさを見せる探偵役のマントン大佐はけっこういいキャラクターだった、とは思う。繰り返すが、この人を主役にあと数冊シリーズもののミステリを書いていたら、エイミスはたぶんもっと日本でも受け入れられていたかもしれない。結局、そういうイロケが良くも悪くも生じなかったところが、もしかしたらエイミスの器用貧乏的な創作者、という印象につながっていくのかもしれない(まあ、わずか数冊だけ著作をかじった程度で俯瞰的なことを言うのもみっともないから、その辺にしとくけど・汗)。
 
 そのマントン大佐、大のミステリファンという設定で、彼の書斎のシーンにわれわれがおなじみの作家の名前(カーやらロードやらバークリーやら)や作品(『矢の家』やら『ナイン・テイラーズ(本書の訳文では「九人の仕立屋」と表記)』やら『ブラウン神父』やら『スタイルズ』やら)が登場するのも実に楽しい。
 マントン大佐がピーターに、時間つぶしにこれを読んでなさいと渡すのは『影なき男』とカーのあの作品だ(笑)。

 ん-、やっぱ、マントン大佐シリーズ、もうちょっと読んでみたかったねえ(これで実は、未訳のエイミスの著作のなかに、マントン大佐もののミステリがまだあったりしたら、赤恥だが。……まあそれはそれで、ウレシイ驚きだ)。


No.1620 6点 ポピーのためにできること
ジャニス・ハレット
(2022/10/06 16:42登録)
(ネタバレなし)
 イギリスの片田舎。実業家で地方名士、59歳のマーティン・ヘイワードは62歳の愛妻ヘレンとともにアマチュア劇団「フェアウェイ劇団」を主宰していた。そんなマーティンの孫娘で2歳のポピーが難病の脳腫瘍にかかり、治療のためには高額の医薬投与が必須だという。早速、劇団の団員たちもチャリティ活動に奔走するが、その周囲ではいくつもの思わぬ事態が生じ、秘められた真実が露見していく。

 2021年の英国作品。脚本家として活躍している作者の処女長編ミステリだそうだが、ほぼ全編をメールやSNS上の会話で構成。そこにある「客観的情報」をもとに、老弁護士ロデリック・タナーから事件の真相を探るように出題された若い男女の司法実務修習生2人が、推理や意見を交換する流れである。

 特殊な形式の本文は、メール内の話し言葉それぞれに話者の個性を演出してある達者な翻訳もあって、意外に読みやすい。特に物語をかき回すジョーカー役となる29歳の看護師イザベル(イッシー)・ベックの存在感は強烈だ。

 しかし読みやすいとはいえ、本文がほぼ700ページ。登場人物も表紙の折り返しの一覧で40人弱、さらに本文巻頭の一覧表では50人前後に増え、評者が最終的に作った人物名メモでは名前のあるキャラだけでのべ100人以上になった。これから読もうという人は、絶対に人物メモを作りながら読むことをオススメする。
(厚さといい、小説の形態といい、本作がリスペクトしたのは意外に『月長石』だったりして?)

 波に乗ってくると、小出しにされる情報への関心、事態の推移への興味などが読む側への求心力となってスラスラとページをめくれるが、それでもとにかく長い長い(汗)。
 この意味で、もっと短くせいよ、と思うか、みっちりたっぷり楽しめて嬉しいと思うかは、人それぞれだろう。ちなみに評者はその辺の思いが相半ばした感じ。

 ミステリとしての大ネタは……まあこれはあまり言わない方がいいだろう。読んでいる間はそれなりに楽しめたが、このミステリの趣向からすると、この長さに見合うものとは言い難い面もある。一方で、こういう小説の作り方をしていくと長くなってしまうのはわかるし、それで読んでいる間はけっこう楽しめるのだから、否定はできない。ただなんかモニョる仕上がりだ。

 なお帯にはクリスティーの作風に似た作品という主旨の文言が書かれており、これはいろんな意味でそうだと言えそうだが、評者は某・重要キャラクターの作中での立ち位置で、最もそういう触感を覚えた。これもネタバレにならないように言ってるつもりだが、本書を読んだクリスティーファンになんとなくでも伝わってくれればいいけれど。
 一日目で150ページくらいまで、残りの550ページを次の日に読み切って、さすがに軽く疲れた。今年の話題作なのは確かだろうが、ベスト10に入ってほしいかというとやや微妙。翻訳全ミステリジャンルでの11~15位くらいには入ってほしい。


No.1619 5点 大統領候補暗殺
B・B・ジョンスン
(2022/10/04 11:39登録)
(ネタバレなし)
「おれ」ことリチャード・スペードは、かつて「スーパー・スペード」とか「ビッグ・トレイン」などの異名で鳴らした強豪フットボール選手。現在は故郷のロスアンゼルスのカレッジでフットボールのコーチをする33歳の黒人だ。大学院を出た修士でもあるスペードはコーチの傍ら教壇に立って、人種差別ほかの社会問題にも独自の見識を披露している。そんな著名人のスペードに、42歳の白人で人種を問わず支持を得る上院議員ウェイン・グリフィンの陣営から、ボディガードを務めてほしいとの依頼がきた。グリフィンは黒人街での票田を期待しているが、そんな彼のもとには集団で護衛役を雇ってほしいという黒人の組織からの押し売りめいた話などもあるという。考えた末にこの依頼を引き受けるスペードだが。

 1970年のアメリカ作品。
 60年代辺りからのブラックパワーブームで、70年前後の本邦の翻訳ミステリ界にも黒人主人公ものが多くなったなか、早川ポケミスからその流れを見込んで刊行された作品。
 表紙周りにはシリーズものであることを堂々と謳い、ポケミスの解説(「S」氏が他の作品のネタバレ上等な原稿を提供・怒)でも続刊予定を告知していたが、結局、日本にはこれ一冊しか訳出されなかった。
(ちなみに少年時代の評者が、この書名と主人公の名を見てサム・スペードと何か関係あるのかな、と0.1ミリ秒くらい考えたことはナイショだ。)

 で、まあ、この時代のペーパーバックヒーローものなのは当然として、そんな時流にブームに乗り損ねた作品(少なくとも日本では)どんなかな、と何十年も心の片隅で思っていたが、今年になってわざわざ古書を、安く購入。気が向いて昨夜から読んでみる。

 主人公スペードの設定は大枠ではあらすじに書いたとおりだが、さらに12年前に当時17歳の双子の妹を同時に事故で失っているとか、近所に住む老境の父と今も親しく付き合っているとか、その辺はまあそれっぽい人間味の文芸。
 しかし女性=セックス関係についてはポルノ解禁時代にあってとんでもない破天荒ぶり。某航空会社のスチュワーデスたちが4人(人種はバラバラの美女ばかり)で同じ住居に暮らしているがその全員を互いに公認のセックスフレンドとして、ハーレム状態にしている。さらに作中での情交描写はそれだけにとどまらない。20ページに一回はエロシーン(あけすけ過ぎて、読んでてもあまり楽しくない)が登場してくる。
 もともとフットボール選手時代に顔に重傷を負い、整形外科手術で修復したら黒人版ケーリー・グラントみたいな美青年になったそうで……。あーこりゃ、日本のマジメなミステリファンにウケるわけないね(笑)。スーパー主人公キャラクターの造形にしても、これはなんか違う。
 解説で「S」氏は、黒人版ニック・カーター(もちろんキルマスターの方)とか書いてるけど、まあそうなんでしょうな。評者はまだソッチの方のニック・カーターは、一冊も読んでないけれど。

 で、この題名とポケミスの裏表紙のあらすじで、どういう事態が起きるかはミエミエなんだけど、そこに行くのはストーリーの流れがかなり進んでからで、これはなあ、ええんか……という感じ。
(やっぱこの時期の早川はいろいろとダメだ。)

 行動派の政治家の選挙活動に際して、数百人単位でボディガードを雇ってほしいと押し売りめいた売り込みをかける集団があり、その対応に政治家の側近たちが右往左往するとかのリアリティはちょっと面白かった。
「意外な犯人」(ふつうの意味でのフーダニットでは決してないが)といったミステリ的な興味も、少しだけあったな。
 
 この手のモノはスキだけど、本作に関しては悪い意味でいかにもなペーパーバック・ヒーロー作品であった。
 評点は6点も……あげにくいな。
 まあ実質5.5点くらい(前述のような細部でちょっとは面白いとこはあった)の5点ということで。

 最後に。本書の翻訳は仁賀克雄。お小遣い稼ぎで受けたお仕事だと思うが、日本語の訳文そのものにはあまり不満はない。良い意味で軽妙で、達者な感じ。
 しかしたしかこの人、この数年後に、ミステリマガジンだったか旧・奇想天外だったかのエッセイで「屠殺人」「殺人機械」だったか、この手の時流に乗ったペーパーバックシリーズキャラクターの悪口書いてたよな。ご自分も同じようなシリーズ作品の翻訳のお仕事に関わって、それがうまくいかなかったからといって(?)他の後続シリーズをdisるのは、あんまり美しくない。


No.1618 6点 呪縛伝説殺人事件
羽純未雪&二階堂黎人
(2022/10/03 17:09登録)
(ネタバレなし)
 1989年。「私」こと、31歳の未亡人で5歳の娘・茉奈を連れた清澄綾子は、栃木県の旧家の息子で27歳の関守和壱と婚約した。関守家は、もう一つの旧家・蓮巳家とともに、村の勢力を二分する由緒ある家柄である。村には戦国時代に「アヤ」という薄幸の女が人々を呪った伝説があり、その名を持つ者は忌み嫌われることから、綾子を嫁として迎えることに反対の声も出る。が、優しく誠実な和壱の尽力のおかげで綾子は彼の婚約者として、娘とともに関守家の一員となった。だがその夜、思いもかけない惨劇が発生する。

 二階堂黎人デビュー30周年記念の新作。
 共作者の羽純未雪(うずみみゆき)に関しては主だった作品として2005年の長編『碧き旋律の流れし夜に』がある寡作の作家としか評者は知らない。評者は同長編は数年前に「SRマンスリー」の記事で紹介されてすぐそのあと古書を購入したが、まだ未読のまま。今回の新作(本書『呪縛~』)を読む前にそっちから読もうと思ったが、現物がまた見つからない。しかたなくこっちの新刊から読むことにした。
(別にシリーズものでもないし、世界観が繋がってる訳でもないようだが。)

 本文500ページ弱、本の重量600グラムという厚い重い一冊。一段組で文字の級数も大き目な本文はスラスラ読めるが、このボリュームのためにひたすら疲れる。
 
 お話は、旧弊かつややこしい嫁ぎ先と因襲の残る地方に来て戸惑いながらも奮闘し、一方で劇的な事件に巻き込まれる綾子の視点で大半が語られる。まるで昭和の連続サスペンスミステリドラマ「火曜日の女」シリーズの一本を毎週観ているような味わいである。そういう意味ではまあ楽しかった。

 劇中のトリックやギミックはいくつかあるが、一部の殺人トリックは「宝石」の「新人作家25人衆」に参加する一発屋作家が思いついた、トンデモトリックという感じ。そういった意味では微笑ましい。
 個人的には、別のトリックで、ビジュアル的に某・戦後の国内名作長編を思わせるアイデアの方が楽しかった。
 しかしマトモなパズラーとしては、真相が明かされる直前で、いきなり出てくるかなり大きめな作中の情報とか、いろいろとアレな作品ではある。

 ちなみに村に伝わる「アヤの呪い」の一環で、土地の水源「アヤの泉」が凶事の前に赤くなるという伝説が語られ、この件に最後で決着がつくが、これは手塚治虫ファンの二階堂センセ、昭和30年代初めの、手塚のあの中編作品(少女漫画)へのリスペクトですな?
 謎解きミステリの部分とは特に関係ないお話上の趣向で、両方読んでれば、たぶん気づくだろう、とは思う。
 
 良い意味で、昭和のB級パズラーを現代にリビルドした印象。マトモな新本格だのガチガチの直球パズラーと思って読むとギャフン(死語)だが、ある種の趣向もののミステリだと思って読むなら、そんなに腹も立たない。
 いい気分で力がぬけながら読み終えられるクロージングも、これはこれで味。

【追記】
 この作品、テレビCMとかやらないのだろうか。マリリン・モンローそっくりのエロい女優が出てきて、それっぽい田舎のお屋敷の前に立って「じゅばくよん」とか甘い声で言うの。……いや、元ネタが分からなければいいです(汗・笑)。


No.1617 6点 真夜中の復讐者
ジャック・ヒギンズ
(2022/10/02 20:56登録)
(ネタバレなし)
 1960年代の半ばのエジプト周辺。「わたし」こと20代半ばのステイシー・ワイアットは、非合法な金塊の輸送に参加し、アラブ共和国の監獄で強制労働を強いられていた。そんな私を救ったのは、かつての傭兵時代のリーダーでワイアットの師匠ともいえる巨漢ショーン・バークとその部下たちだった。ワイアットを救出したショーンは、さる富豪の実業家の令嬢を誘拐した山賊の手からその女性を救出する仕事を依頼されており、ワイアットにもその仕事に加わるように申しでる。そしてその仕事の地はシチリア。ワイアットの祖父でマフィアの最高クラスの大物ビト・バルバッチアの、直轄の土地だった。
 
 1969年の英国作品。ジャック・ヒギンズ名義では二冊目の長編だが、作者はこれ以前にヒュー・マーロウだのハリー・パターソンだのの筆名で、のべ10冊ほどの著作を上梓しており、創作者としては油の乗ってきた時期の一冊だろう。

 のちのヒギンズの諸作でも何回か主題になる、マフィアがらみの話。主人公の青年ワイアットは祖父が統括する組織からは距離を置き、傭兵として独自の生き方をしているが、マフィアそのものを嫌悪しているわけではない。その意味ではある種のプリンス、御曹司的な立場にある。
(祖父バルバッチアの方も、麻薬や売春で利益を出すことを由としない、昔気質のヤクザだが。)

 お話そのものは、邦訳本の帯で中盤以降の展開がバレバレ。というよりそれ以前に、本作をフツーにエンターテインメントにするにはここでこうなるんだろうな、という真っ当な物語の流れに行きつきすぎる。

 いつか漫画家の五十嵐浩一(『スクラッチタイム』とか『ペリカンロード』とか)がなにかヒギンズの作品をいくつか読んで、みんな同じで、これでいいのか? と嘆いていたが、まあそういう文句も当たらずとも遠からず。

 後半、逆境の主人公ワイアットと、今まで物語の背景的な要素だった(中略)はクライマックスに至ってもう少し文芸としてまとまり、熱気のある物語を紡ぎあげるのを期待したが、そこまでは行かず、残念。
 ただし、本作の文芸設定ゆえの、ちょっと一風変わった筋立てや描写は用意されてはいる。

 前述のとおり、実質10冊目前後の作品なので、文章はそれなりに風格が出てきて(サクサク読みやすいが)、作品のスタイルだけいえばA級作品っぽい。ただ、中味の方はまあ佳作、だろうね。某サブキャラと主人公ワイアットの後半の関係性は、もうちょっと押してほしかった気もする。


No.1616 6点 ミステリー中毒
評論・エッセイ
(2022/10/01 21:41登録)
(ネタバレなし)
 1995年から2000年、4年半かけて「小説推理」に連載された、解剖学の権威という医学者で、広範囲な趣味の文化人として知られる著者・養老孟司先生による、日々の動向といっしょにミステリ読書日記を綴ったエッセイ集。

 前述のとおり文化人としてかなり有名な方らしいが、モノを知らない評者は縁があって本書(元版のハードカバー)を手にしたのち、Wikipediaなどで初めてその業績のほどを認めた。
(そういえば、宮崎駿との共著の相棒は、この方だったのだな。)

 個人的にはこの時期(95~00年あたり)がもっともリアルタイムの東西ミステリから離れていた(SRの会からも一時退会していたし。毎年の「このミス」くらいは購入していたが、ベスト表とか眺めても、フーン、てなもんだった・汗)頃合いの一角だった。
 だから、著者が良い意味で本当に気軽に敷居を低く、この当時の新刊や話題作(原書をふくむ)を語るのがとても楽しく、また興味深い。
 リンカーン・ライムなんかがまだ登場する前、リアルタイムで初期ディーヴァー作品なんかに接する著者の反応なんかも実に新鮮に思える(と、聞いた風なことを言いながらぢつは評者はまだ、ディーヴァー作品は一冊も読んだことがないのだが……・汗&笑)。

 Amazonのレビューに、自分を飾らない記述といった主旨の、本書を読んだ方の感想があったが、正にその通り。ソんな一方で、ところどころ、見識の広い視座からミステリの現代性やお国柄を覗き込むあたりなども、イヤミにならない感じでとても楽しい。

 この本を契機に、何冊か読みたくなった本がまた出てきた(さらに、この本のなかで取り上げられた作品が、本サイト「ミステリの祭典」の場でどのように評価されているのか、何回もパチパチ、キーを叩いたりしている。)。
 もう一回ざっと読み返して、面白そうな&興味の生じた書名のメモでも取っておこうか。


No.1615 7点 情無連盟の殺人
浅ノ宮遼
(2022/10/01 15:09登録)
(ネタバレなし)
「おれ」こと元・麻酔科医で、現在は献血センターの医療医師として働く32歳の伝城(でんじょう)英二は、徐々に感情が失われ、たとえば美しいものを見て素晴らしいと思ったり、不愉快なことに怒る感覚がなくなった。それは1980年代から全世界で発症例が見られる現代の不治の奇病「アエルズ」のためだった。そんな感情をほぼ失いかけた伝城に一人の女・佐川樹が接触。伝城を千葉の一角にある、アエルズ患者のための共同生活コミュニティ「情無(じょうなし)連盟」に誘い込む。だがそこで、いろいろな意味で不可解な一種の密室殺人といえる犯罪が発生する。

 先に単独で二冊の著作があるミステリ作家で現役の医者でもある浅ノ宮遼が、学友で創作協力者の眞庵とともに、共著の形で書いた今年の新作長編。作者紹介を覗くと、今後はこの共作体制で行くらしい?

 いかにももっともらしい?が、現実には存在しない奇病「アエルズ」に罹患した登場人物たちの間で起きる不可能犯罪(殺人)を題材にした、いまはやりの特殊設定ものパズラー。
 その物語はミステリの核心に踏み込む前に、専門職の現役医師による医学界や種々の病理に言及した情報小説的な側面もあってなかなか興味深い。実際のところはどのくらい正確なのかは知らないが、評者はとりあえず、架空の病気アエルズに関する部分以外はおおむねホントなんだろ? と信頼を預けながら語られる情報を読んだ。
 
 感情を失った人間がどのように生きて生活するかというと、衝動的、情感的な行動が極力、排されて、ひたすら合理的な行為ばかりをするようになる。わかりやすく言うなら、病気にかかる前は爬虫類が嫌いで蛇を見るのも嫌だった人間が、このアエルズに罹患すると、それしかタンパク質を摂取する手段がないとするなら、平然とそのヘビを特に嫌悪感もなく食べられるようになる、評者の解釈を交えて言うなら、そんな感じであろう。

 で、このアエルズ患者の生理とモノの考え方が謎解きミステリ部分に関わってくる。評者はこの特殊設定の先にあるのであろう謎解きをアレコレ予期したが、ある部分では期待ハズレな一方、別の意味合いでとんでもないロジックを読まされもした。
 かように思っていたものと違う面もあったが、「なぜ(中略)は殺されたか?」と驚愕ものの真相など、とにかく面白いものは面白い(ただし……)。

 こってりした作りで、縦横無尽に組み立てられたロジックの綾についていくのがキビしい部分もなきにしもあらずだが、先の得点部分をはじめとしてけっこうな満足感はある。
 連続殺人で容疑者の頭数が減じていき、フーダニットの効果が弱くなるというジャンルものパズラーの構造的弱点に一石を投じたような展開も興味深い。
 今年のベスト5内は無理でも、6~15位あたりのどっかには名前を連ねておきたい力作。 


No.1614 7点 兵士の館
アンドリュウ・ガーヴ
(2022/09/30 07:30登録)
(ネタバレなし)
 アイルランド最大の考古学の宝庫といえる「タラの丘」。ダブリンの大学「ユニティ・カレッジ」の教授で35歳の考古学者ジェームズ・マガイアは、そこに眠る10世紀前後の遺跡「兵士の館」の発掘が悲願だった。だがそのためには相応の予算と人員の確保が必須であり、現実にはなかなか困難だった。そんなとき、地方紙「ダブリン・レコード」のハンサムな青年記者ショーン・コナーが登場。マガイアの話に関心を抱いた彼は、同紙の編集長リーアム・ドリスコルを動かして、発掘作業を後援するキャンペーン企画を提唱、推進。マガイアが夢見ていた発掘を現実のものとした。現地には資金が導入され、各地から作業員が集まる。だがそんな順風満帆に見えたマガイアには、想像もしていなかった現実が待っていた。

 英国の1962年作品。ガーヴがこの名義で書いた16番目の長編。この少し前の作品群が『レアンダの英雄』(大傑作)、『黄金の褒賞』(優秀作)、『遠い砂』(佳作)とおおむね良作揃いの時期だが、個人的にはこれも当たり。

 ちなみにガーヴのファン、あるいはとにかく素で本作を楽しみたいヒトは、ポケミスの裏表紙とか「ハヤカワ・ミステリ総解説目録」の本作の項とか、そういう余計なものはいっさい見ない方がいい。
 とにもかくにも「あのガーヴの、面白いかもしれない? 一冊」程度の認識が生じた方は、いきなり本文から読み始めることを、絶対にオススメする。

 そして読みながら思うのは、あー、これキングやらクーンツやらの後年の大冊系の作家に、この作品の話のネタで書かせたかったな~ということ。
 本当なら、急転直下の展開があるまで、もっともっと地味目に地味目に話を転がし続け、いい感じまでにテンションをタメておいてから、そのタイミングでストーリーをハジけさせたかった、そんな思いがほとばしるタイプの筋立てだ。
 
 とはいえもちろん、そういう構成の作劇では、もはやガーヴ作品の形質じゃなくなってしまうだろうし。ガーヴは2~3時間でサクサク読めて、それなり以上にほぼ一定して楽しめる職業作家。そっちでいい。
 で、改めて、ガーヴ作品はガーヴ作品らしく読もうと、そういう尺度で考えるんなら、個人的には本作は(本作も)けっこう面白かった。

 犯罪を企む者の思惟に関しては、当時の欧州の世相とかその手の事情が背景にあることは読み取れるが、かたや主人公マガイアとその周囲の者を動かすのは、雑駁な現実は現実として、ギリギリのところで流されかけるところを踏みとどまり、まっとうな人間として残りの人生を送りたいという、いかにも英国人の背骨めいた希求。これがいいじゃないか。

 さらに中盤以降の(中略)も、あらら……ガーヴって、こういう(中略)もできるんだね。これまでの諸作でアレだのナニだの、あまりにも強烈な(中略)が印象的だから、虚を突かれた思いだった。しかしそれがとても自然に決まってる。
 で、一番最後の(中略)。これがまた実に効果的な(中略)ですんごく心に響いた。某メインキャラクターの(中略)が劇的に(中略)するそのインパクトが絶大で、そしてそれが作品全体の味わいを大きく変えてしまう。

 読後に試みにTwitterで感想を拾うと、ガーヴの作品の中でこれがトップクラスにスキ、と言っている人がいて、自分はソコまではいかないものの、わかりますよ、その気持ち、という心情くらいにはなる(笑)。
 個人的にはガーヴの中では、けっこう上位の方だね。評点は、8点に近いこの点数で。

 ちなみに本作は深町さんの、ちゃんと本人の名前(「眞理子」じゃなく「真理子」だが)が最初に出た訳書だったらしい。はあ、最初から、デキる人のお仕事は達者なものですのう、という感じであった。もちろん原語=英語はわからないので、日本語としてのこなれ具合の意味でホメてるんだけど。


No.1613 8点 祝祭の子
逸木裕
(2022/09/29 15:22登録)
(ネタバレなし)
 1990年。カリスマ的な青年宗教家、天谷大志を教祖とする宗教集団は、幹部となった元学生運動家の女性・石黒望の働きもあって、最大期には70人もの教徒が山梨県の一角に集う一大コミューンとなった。だが2004年のある夜、石黒はそのコミューンで養育していた十代前半の男子女子5人を率いて、30数名の教徒を惨殺する凶行「祝祭」を起こす。さらに14年後、洗脳されていた被害者、そして元殺人者「生存者」としてその後の人生を生きてきた、26歳の美女・夏目わかばたち。そんな成長した5人の「生存者」を巻き込む謎の「祝祭」が、いまふたたび始まろうとしていた?

 逸木作品はデビュー以来、現在まで著作が10冊。評者はそのうち、気がついたらこの新刊で6冊ほど読んでいたが、そのなかでは本作が頭ひとつふたつ抜けたベスト作品ということになった。
 500ページ強の紙幅に書かれた物語は物量だけでなく内容的にも非常に手ごたえのあるもの。インターネットで本書を読了後に目にした作者インタビューによると構想に8年かけたのち、相を煮詰めて昨年から今年にかけて「小説推理」に連載。さらに書籍化に合わせて改稿しているという。
 正義とは、善とは悪とは、贖罪とは、そして人間が恒常的に抱える暴力の欲求とは、などの命題にひとつひとつ現在の作者の視点で(それぞれに相対化の事象を見せながら)訴えていくストーリーはあまりにも重い。が、同時にそれをちゃんと第一級のエンターテインメントとしてまとめてあげてある手際が素晴らしい。この厚さ、中味で、途中で一度休止はしたものの、ほとんど最後まで一気読みであった。

 ミステリ的な仕掛けに関しては、作者がまず何よりこれはミステリなのだと語っている(先のインタビューから)ように、中小多くのネタが仕込まれているが、個人的にはその辺はおしなべてストーリーを読みやすく面白くするためのギミックであり(それでいいのだが)、本作の勝負所は順当に重い真摯な文芸、種々のテーマの方にある感覚だ。
 
 いちばん心に響いたのは、この世に聖人なんかそうそういるはずもなく、相対的に自分の優しさや誠実さを切り売りできる「善人」しかいないのだ、という作者のメッセージ。だが作者はそれをむしろ最終的には(以下略)。

 いずれにしろ、大変に手ごたえのある優秀作であった。船戸与一などの作品でいえば『猛き箱舟』あたりの、作家が化ける瞬間を読み手に実感させる、そういう躍進作というところ。
 まちがいなく今年の収穫のひとつでしょう。


No.1612 6点 子供たちの時間
レアド・ケイニーグ&ピーター・L・ディクスン
(2022/09/28 07:28登録)
(ネタバレなし)
 カリフォルニアのマリブ海岸。そこには、テレビ&映画プロデューサーのマーティー・モスとその妻で美人女優ポーラが所有する、一軒のビーチハウスがあった。屋敷内には、それぞれ再婚であるモス夫妻の連れ子同士、9歳から4歳まで計5人の男子女子が弟妹として集っており、彼らはいつもみんなテレビに夢中だ。そしてモス夫妻が仕事のためにローマに旅行中、子供たちの世話はメキシコ人の娘「アボガド」こと、女中のグラジーラ・モントーヤに任されていたが、彼女は子供たちのテレビ視聴の時間制限と消灯に厳格で、融通がきかない女性だった。勝手気ままにいくらでもテレビを観たい子供たちは、恋人を自室に引っ張り込んだのち酒を飲んで酔いつぶれているアボカドを、大型のマットに乗せて外洋に流すが……。

 1970年の英国作品。
 突発的かつ衝動的な殺人ドラマを描いた倒叙サスペンススリラーだが、邦訳された当時、日本のミステリファンの一部では、主人公の殺人者たちが10歳にも満たない男女の子供、そしてその殺人の動機が「好きなだけテレビを観たいから」というぶっとんだ文芸であることからちょっと話題になった。
(まあ21世紀の今なら、尺度の違う意味でのさらにクレイジーな殺人の動機は、新本格のあれやこれやとかに散見するのであるが。)

 かねてから関心はあった作品だが、とにもかくにもコドモたちが人を殺す以上、ダークなノワール性は免れないな、という思いもあってやや敷居が高く、何十年も読まないで、その一方で気になって、それなりに側には置いておいた一冊(正確には以前に買った本が家の中で見つからず、21世紀になってからブックオフの100円棚で再購入した方が、つかず離れずの場にあった)。

 でまあ、今夜気が向いて、まあそろそろ読んでみるかと思ってページを開いたが、キモとなる子供たちによる女中殺しのくだりは、かなりあっけらかんとした叙述。ほとんど読者にストレスを与えず、軽妙なブラックユーモアみたいな感触で受け入れられる。
(この辺は被害者の女中アボカドが、仕事が終わった自由時間内の行動とはいえ、幼い子供たちがいる主人の家と同じ屋根の下に男をひっぱりこんでセックスしたり、酔いつぶれるまで酒を飲んだりと、いささかふしだらな娘として書かれていることも大きい。ヒッチコックが某自作のメイキングなどで言った「殺されても、受け手が心をさほど痛めないタイプの被害者の造形」というのはたしかにあるものだ。)

 とにもかくにも犯行が遂行されてからは、犯罪の発覚を警戒した子供たちの防衛・隠蔽ドラマになり、順当に女中の恋人が家に乗り込んでくるが、以降のサスペンスやスリルもそれなりに読ませる。
 まあ21世紀の新作ならゆるい、ユルい、出来ではあるが、半世紀前の作品で、さらにこういうかなり特殊な設定のオハナシなら、まあまあ合格点というところ。
(人によっては不満かもしれないネ。)

 主人公の5人兄弟は9歳の長女キャシーと4歳の次女マーティの間に長男(たぶん9歳だがキャシーより遅生まれ)のシーン、8歳の次男カリー、三男のパトリックが挟まれる構成。前述のように双方の親の連れ子同士での混成兄弟のようだが、妙に仲がよくチームワークも順当なのが微笑ましい。そしてその連携ぶりが効果を上げるのが殺人の事後処理というのが、本作の狙いどころのブラックユーモアだが。

 ラストがどのように着地するかは、もちろんここでは書かないが、いずれにしろ思っていた以上には、良い意味でフツーに楽しめた。
(まあそれでも、読者を選ぶタイプの作品かもしれないんだけれど。)

 余談ながら角川文庫版の51ページに出てきたSF番組の話題、『スタートレック』のあのエピソード(地球の禁酒法時代を模した文明の惑星に、カークやスポックが紛れ込む話)だね? 評者の好きな回なので、ちょっと嬉しかった(笑)。


No.1611 7点 彼は彼女の顔が見えない
アリス・フィーニー
(2022/09/27 06:11登録)
(ネタバレなし)
 2020年2月。売れっ子脚本家で40代初めのアダム・ライトと、その同世代の妻で保護犬センターで働くアメリアは、うっすらと夫婦関係の不順を感じていた。そんな二人はカウンセラーの進言を受け、愛犬のラプラドール、ボブを伴って遠方までドライブ旅行に出るが。

 2021年の英国作品。この作者の邦訳はこれで3冊目で、評者は昨年に翻訳された『彼と彼女の衝撃の瞬間』に次いで2冊目。
 それで去年はその『カレカノ~』がちょっと心の琴線に引っかかったので、今回もまた早め? に読んでみる。

 ちなみに題名の意味は男性主人公のアダムが脳の疾病で、相貌失認症(要は他人の顔が覚えられない認識障害)を負っているから。これはもう本文の1ページ目から語られるので、ネタバレでもなんでもない(笑)。
(ちなみに評者はまったくの偶然にも、同じ症状の主人公が登場する国内作品をついこないだ読んだばかりであった。あ、そっちの作品も、すぐにいきなりその設定は開陳されるので全然ネタバレにはなってないから、ご安心を。) 

 で、このアダムのキャラクターの文芸設定で、さらに創元文庫の表紙周りにはおなじみの登場人物一覧表もない。これはもう誰だって、とにかく当初から作中に「何か」あるであろうことは、予測がつく。作品の勝負どころは、それがどのように、どのくらいの手数で、そして、どの程度に深く作りこんで、だ。

 で、400ページを3時間弱でイッキ読み。
 もちろんあまり詳しいことは、絶対に言えないし言わないが、大ネタの一部は先読みできる。しかし、あれもこれもの作者の手数の多さは、実にパワフル、という感じ。

 とはいえあんまりホメあげる気がしない部分もあって、それはここまで作りこんでしまうと、作中のリアリティとしてどうしてもウソ臭い部分が出てしまうから。登場人物の会話やいくつかの時系列のなかでの叙述、それがみ~んなココまで(以下略)。

 本文読了後の創元文庫巻末の解説を読むと、担当の村上貴史氏もその辺のフィーニーの作家的弱点について言葉を選んで触れているようで、ああ、わかってますね、という思い。
 ブレーキのゆるい、しかしその分、跳ね回る感覚がハラハラ楽しい、あのリチャード・ニーリィの後継者みたいな印象だ(と言いつつ、評者はしばらくニーリィ読んでないなあ。そのニーリィの著作そのものも、片手の指プラスアルファくらいの冊数しか、読んでないかもしれんが・汗)。

 まあその手のモノがお好きな人なら、あれこれと良かれ悪しかれ思いながらも、それなりに楽しめるとは思う。
 どっかで読んだようなという意味で、嫌う人は出るかもしれんが。
 
 個人的には『カレカノ~』よりは、ずっとオモシロかった。


No.1610 7点 かくして彼女は宴で語る 明治耽美派推理帖
宮内悠介
(2022/09/26 07:47登録)
(ネタバレなし)
 宮内作品はこれまで『アメリカ最後の実験』(2016年)を新刊刊行時に読んだきり。独特の作風はちょっと印象に残ったが、今となっては内容も作品の魅力も、人に語り伝えられるほどは記憶にない。広義のミステリだったとは思うが、むしろブンガクの尺度で語られるような一冊で、そういう意味では評者などとは縁が薄い感覚もあった。

 で、久々に手にとった本作だが、こちらはいささか癖のある設定で時代背景なれど、中味の方はギンギンにまっとうな連作ミステリ。
 しかも大好きな「ブラックウィドワーズ・クラブ」(すまんな。もともと最初の出会いがHMM誌上だった世代人なので、この呼称の方が落ち着くのだよ・笑)の本歌取りというのがウレシイ。
 第一話の本文を読み終えた直後、原典のパスティーシュ&大元へのリスペクトとして、あそこまで真似てあるのに爆笑しつつ感激した。最高じゃん、宮内センセイ(嬉)。この一冊で見直した。

 ちなみにそういった独特の趣向とこの本書の書名タイトルからもうバレバレなのだが、毎回の探偵役はズバリ、そういうポジションにある女性。これも原典の形質の踏襲だが、しかしながら毎回の物語の(それぞれの事件の謎が回想されて語り合われる)場にいながら、登場人物表に名前も載っていないレギュラー探偵というのも前代未聞であろう。
(で、最終話ラストのオチも近代史に疎いこちらのスキを突く感じで、ああ、そうだったのね……という感慨。しかしこれじゃもう、シリーズ二冊目は難しいだろうな。いい意味でのマンネリで、続巻を何冊も出してくれてもいいんだけどね。)

 個人的なベストは、まとまりのいい第3話と、もうちょっとうまく演出して弾みをつけて話を転がしてくれていたら、もっともっと傑作になったろうにと思える第5話。第1話、第2話も悪くない。
 
 繰り返すが、何らかの形で、あと1~2冊くらい続けてくれんかな、このシリーズ。(中略)を交代させるといった大技をやってくれたっていいのよ。


No.1609 6点 下り特急「富士」(ラブ・トレイン)殺人事件
西村京太郎
(2022/09/26 05:56登録)
(ネタバレなし)
 十津川省三警部の部下だった元刑事で、さる事情から網走刑務所に服役していた青年・橋本豊は、一年の刑期を務めあげた。所内で橋本は凶悪な囚人に殺されかけ、その窮地を60歳前後の同房の囚人・宇野晋平に救われたが、当の宇野はその橋本を庇った際に生じた傷がもとで、獄死していた。網走刑務所の所長から、宇野の遺品を彼の友人の小田切正のもとに届けてくれないかと頼まれた橋本。橋本は、旧知の女性雑誌記者で彼に好意を抱く青木亜木子とともに、小田切のいる東京に向かうが。

 光文社文庫版で読了。十津川シリーズの一本だが、同時に『北帰行殺人事件』でデビューした刑事(本作以降は元刑事)橋本豊が完全に主人公を務めるスピンオフ路線の第一弾でもある(前作『北帰行』を橋本ものの初弾と見てもいいかもしれないけど)。

 本サイトでも結構、評判がいいので期待していたが、う~ん……。
 つまらなくはないが、思ったよりは楽しめなかった、という感じ。これはこの作品の責任じゃないと思うが、実は本作のプロットの大仕掛けに関しては、似たようなものをこの5年前後くらいの新本格のなかで読んだ印象がある(具体的な作品名がぱっと頭に浮かばないので、もしかしたらデジャビューの可能性も皆無ではないが)。それゆえ、反転のサプライズとインパクトがたぶん本来の本作の効果ほど、心に響かなかった。残念。

 あと、素性不明のキャラクターが多すぎて、この辺は作者が最後の方でなんとか帳尻を合わせればいいだろ、と思っていたような感じである。で、実際に、真相解明の時点になって、実は(中略)までが(中略)って……。それだったら、なんでもできるじゃないの? とプロットの安い組み立てぶりに不満を覚える。
 まあ一番最後に明かされる、あの登場人物に関しての真相だけは良かった。

 後半の橋本と亜木子の(中略)のためのあれやこれやの奮闘ぶりはほほえましいし、そこら辺での作者のちっこいネタをなるべく盛り込もうという、そういうサービス精神は認める。
 0.2~0,3点くらいオマケしてこの評点かな。
 
 いやたぶん、過剰期待したこちらが悪いのであろう。きっと(汗)。


No.1608 7点 魔王の島
ジェローム・ルブリ
(2022/09/25 07:13登録)
(ネタバレなし)
<本章の第一部の途中までのあらすじ>
 1986年11月。フランスの片田舎。小規模の地方新聞で働く女性記者で美人の娘サンドリーヌ・ヴォードリエは、公証人を介して、会ったこともない母方の祖母シュザンヌがノルマンディー周辺の孤島で死んだという知らせを受け取る。祖母の遺品の整理のため島に渡ったサンドリーヌは、そこで第二次大戦の後に起きた、ある悲劇を知った。やがて彼女は、当時、島に潜んでいた謎の魔物「魔王」が現在もこの島にいると知る……!?

 2019年のフランス作品。今秋の文春文庫が、なにやら鳴り物入りで売っているので、気になって読んでみる。

 第一部の筋立ては、なんかフランスの『八つ墓村』みたいなムードで、ふーんと思いながらサクサク読み進むが……。

 ……ん、まあ……これこそ、あんまり何も言わない&書かない方がイイ作品の筆頭だわな(大汗)。

 約470ページを3時間ちょっとで読んだ。とんでもない加速感だ。
 で、最後まで読み終えて、ある意味じゃ限りなくアンポンタンでトンチンカンな作りと実感(笑)。

 でもミステリなんていう遊戯ブンガクのジャンルの中には、本当にごく時たま、こーゆー種類の<飛距離が成層圏まで届くような、特大ファールな作品>があってもいいんだ、とも思う(笑・汗)。万人におススメは絶対にできないけれど、その意味では首肯。

 気になった人は、早めにとっとと読んでしまうことを推奨。
 読み終えた人同士で、確実に話のネタにはなる作品でしょう。

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