パメルさんの登録情報 | |
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平均点:6.12点 | 書評数:653件 |
No.613 | 7点 | Butterfly World 最後の六日間 岡崎琢磨 |
(2024/10/16 19:27登録) 物語の舞台は、現実とVR空間(バタフライワールド)の二つの世界。バタフライワールドとは、蝶の翅が生えた人型アバターが生息するVR空間のこと。花沢亜紀は、学生時代のいじめがきっかけで引きこもりとなり、逃げ込むようにバタフライワールドへ。バタフライワールドは自分の好きな姿になれる理想郷。アキとして永遠にこの世界にいたいと願うほどだった。そんな中、ログアウトせずにとどまり続けている人々の噂を耳にする。彼らが共同生活を送る紅招館を目指す。だが、館に辿り着いたところでサイバー攻撃を受け、周辺一帯が孤立してしまう。 そして住人たちが閉じ込められた一帯で事件は起こる。館の住人ステラが、死体となって発見されたのである。だが、そもそもバタフライワールドは非暴力が徹底された世界なので、アバターが殺される事態など起こるはずがない。館に取り残された11人の中に、ステラを殺した犯人はいるのか。アキたちが手掛かりを探す中、第二第三の事件が立て続けて起きてしまう。 この暴力が許されない世界で、不可能犯罪が起きるという筋立てが実に魅力的。この作品は、不可能殺人の解決だけを主眼にした物語ではない。現実世界における亜紀の事情も並行して描かれ、それがバタフライワールドで起きた事件と有機的に結びついている。後半に挟まれた読者への挑戦状、もしくは嘆願書で5つの謎が提示され、バタフライワールドと現実が複雑に絡まった真相は、本格ミステリの面白さに満ちている。また亜紀が引きこもる原因となったルッキズムによる差別の本質にも迫っている。当初は部屋に引きこもり、バタフライワールドに惑溺していた亜紀。彼女が外の世界へ踏み出す勇気を得て、成長していく姿も本書の読みどころとなっている。 |
No.612 | 5点 | 午後のチャイムが鳴るまでは 阿津川辰海 |
(2024/10/12 19:38登録) 舞台となるのは九十九ヶ丘高校で、タイトル通り午後のチャイムが鳴るまでの65分間の昼休みに企てた完全犯罪を描いた5編からなる学園青春ミステリ。 「RUNラーメンRUN」外出禁止の校則を破り、学校を抜け出し人気のラーメン店でお昼を食べようとする生徒。 「いつになったら入稿完了?」部誌の原稿を仕上げるため、校内で徹夜合宿していた文芸部。締め切りが迫る中、表紙イラスト担当の部員が忽然と姿を消す。 「賭博師は恋に舞う」トランプの図柄を描いた消しゴムを使用する消しゴムポーカー。今回の優勝賞品は、誰もが憧れるクラスのマドンナに告白する権利。 「占いの館へおいで」教室の外から聞こえた「星占いなら仕方がない。木曜日ならなおさらだ」という声が妙に気になり、その一言から事情を推理する。 「過去からの挑戦」この最終話で全体の構成が明らかになる。脇役だった先生が主人公となり、高校生の名探偵が鮮やかに謎解きをする。体育教師の森山は、17年前の昼休みに囚われ続けていた。自分も生徒として通っていた時代、この学校の屋上で発生したある事件。淡い恋心とともに消失した女子生徒の身にあの時、何が起きていたのか。4話までに出てきた人物の秘密まで明かされ、大いに驚く仕掛けとなっている。 大人からすれば、くだらなく馬鹿馬鹿しい情熱なのかもしれない。でも誰でもそんな時があっただろう。今その瞬間を生きている、その思春期にしか分からない切実さがある。コロナ禍の学校生活に寄り添う描写とも併せ、一冊を通じて語られる「どんな青春も掛け替えのない青春なんだ」というメッセージには説得力があった。この馬鹿馬鹿しい青春群像劇が、魅力的な謎、緻密な伏線配置、的確な推理、加えて最後には連作を通した洒脱な趣向が明かされるミステリとしてよく出来ている。真相に察しがついてしまう話もあったが、青春小説として爽やかな読後感がある。 |
No.611 | 7点 | 傷痕のメッセージ 知念実希人 |
(2024/10/08 19:30登録) 外科から病理部に出向した水城千早は、顕微鏡を覗いてばかりの仕事にうんざりする毎日。千早を指導する同期の病理医・刀祢紫織ととも馴染めず、「早く外科に戻りたい」とばかり考えていた。そんな千早には、末期癌で入院中の父がいた。 ある日、見舞いに訪れた彼女に対し、父の穣は帰らぬ人となってしまう。悲嘆にくれる千早だったが、思わぬ事態はさらに続く。穣は「死後すぐに、自分の遺体を解剖して欲しい」という不可解な遺言を残しており、病理部で机を並べる紫織が執刀することになったのだ。解剖の結果、穣の胎内から見つかったのは胃壁に刻まれたメッセージ。父は内視鏡で胃粘膜を焼き、暗号のような文字列を残していた。死の間際、父はなぜ千早を突き放したのか。そして、胃に刻んだメッセージの意味するものは。その謎を解くため、千早と紫織は胃壁の暗号を解読しようと試みる。性格も価値観も全く違う二人が一つの謎に向き合ううち、不思議な連帯で結ばれていくもの面白い。 千早を驚かせたのは、胃壁から見つかったメッセージだけではない。穣の死を知って訪ねてきた桜井刑事からは、父がかつて捜査一課の刑事であり、28年前に起きた幼児連続殺人事件、通称「折り紙殺人事件」を追っていたと聞かされる。さらに、父が亡くなったその日から、当時を彷彿とさせる新たな殺人事件が発生。過去と現在の事件について捜査する警察側の動きも、桜井の視点で語られていく。 事件は二転三転し、千早と紫織、桜井刑事は各々の道筋から連続殺人犯の正体に辿り着く。それだけでは終わらず、千早と父をめぐる親子の物語も胸を大きく揺さぶる。冒頭で作品の柱となる大きな謎を提示し、それを解くための小さな謎が次々とやってくるという構成、スピード感のある展開、スリリングなサスペンスミステリとして楽しめる。死者の想いを聞き取る病理医だからこそたどり着ける結末が深い余韻を残す。 |
No.610 | 5点 | 家族解散まで千キロメートル 浅倉秋成 |
(2024/10/04 19:35登録) 老朽化した山梨県の実家を末っ子の周が結婚し、実家を出るのを機に取り壊すことになった喜佐家。父親は年中不在で、たまに帰ってきても厄介事しか持ち込まない。家族の解散に向けて片づけを進めていると倉庫から見たことない箱が。開けてみると仏像が入っており、ニュースで報じられている青森の神社で盗まれたご神体にそっくりだった。こんなことをするのは、父に決まっていると家族の意見は一致する。 かくして山梨県から青森県へと車で仏像を運ぶ周たちの行動を追う「車」パートと家に残って父の行方の手掛かりを探るあすなたちの「家」パートが交互に進行し、大小さまざまなトラブルがユーモラスに、そしてサスペンスを織り交ぜて進んでいく。 家族はそれぞれ何か事情があったり、問題を抱えたりしている。事件について考え、やり取りしているうちに家族が互いに隠していたことが明らかになる。それらを含めて随所に仕組まれた伏線が徐々に回収され、終盤にかけて意外性のある展開を見せてくれる。 従来の家族観を今一度、問い直してくる内容で家族の在り方とは、常識とは何かというような哲学的な問いを議論していく後半の展開は好みが分かれるでしょう。 |
No.609 | 6点 | 紙の梟 ハーシュソサエティ 貫井徳郎 |
(2024/09/30 19:39登録) 人を一人殺せば死刑になることが決まっている、架空の日本を舞台にした5編からなる短編集。 「見ざる、書かざる、言わざる」あるデザイナーが指を切り取られ、舌を切り落とされ、さらには両目も潰されるという凄惨な傷害事件。犯人は、なぜ彼をこんな酷い目に遭わせたのか。架空の設定と意外な動機を結び付けたロジカルなミステリ。 「籠のなかの鳥たち」外界から隔絶された山間の別荘で起きる連続殺人事件。外部からの侵入経路がないため内部犯行ではないかと疑心暗鬼になる。特殊設定を生かした、この世界でしか成立し得ない動機が描かれている。 「レミングの群れ」いじめによる自殺者が絶えない中、いじめの首謀者を突き止め、第三者が復讐する事件が続発する。こうした風潮に乗り、ある男が立てたおぞましい計画とは。意外な真相に背筋が寒くなる。 「猫は忘れない」殺された姉の復讐を果たすため、主人公は姉の元恋人をつけ狙うという、犯人の視点で綴られる倒叙ミステリ。周到な計画の綻びにハラハラする。自分勝手な思い込みが自分に跳ね返ってくる男の末路。 「紙の梟」笠間の恋人・紗弥が殺された。容疑者は逮捕されたが、それと同時に笠間は思いがけない事実を知る。彼女について調べる中、笠間が下した決断は。それまでの4編は「こういう社会に成ったら何が起きる?」と問題提起し、それを踏まえた上で、テーマ性の高いこの作品に繋がっている。一度罪を犯した者は許されないのか、人生をやり直せないのか、死刑制度の根幹に関わる問題が提示される。 SNSで誰かを叩く人は、それが悪いことだと思わず、むしろ良いことをしていると思っている。だから叩くのが気持ちよくてやめられないのだろう。自分が正しいと思い込んでいるスタンスを客観視することが必要だと訴えている作品集。 |
No.608 | 8点 | 向日葵を手折る 彩坂美月 |
(2024/09/26 19:43登録) 父を亡くし、母の実家がある山形の集落・桜沢に引っ越した小学六年生のみのり。そこは豊かな自然に囲まれた美しい場所だが、なぜか不穏な出来事が続いていた。うつろう季節の中で、少女の成長を描きながら社会問題を巧みに絡めた青春ミステリ。 みのりが出会うのは穏やかな怜、粗暴な隼人という同い年の少年。集落には灯籠を向日葵で飾り川に流す美しい祭りがある一方、子供の首を切り落とす向日葵男の存在も噂されている。折られた向日葵、埋められた子犬、いわくありの沼、少しずつ謎が積み重なり、緊張感を抱かせる。不穏で不気味なホラー要素の描写も秀逸。また田舎の小さい地域社会には連帯感があるが、田舎ゆえの閉鎖的な空気や悪意のない身内意識もあり、次第に微妙な人間関係も見えてくる。 そんな中でも精一杯に過ごし、成長するにつれて少年少女の間に淡い恋心が生まれ、それゆえに距離が出来てしまう様子は甘く切ない。甘さも傷みも込みで、みのりが変化をどう受け入れていくかというところが読みどころ。印象的なのが美術部顧問の教師・恭子。本書で生徒と接し、見守ってくれる彼女の言葉がいい。価値観が固定された狭い場所にいるみのりにとって大きな意味があったのではないだろうか。 |
No.607 | 5点 | 信長島の惨劇 田中啓文 |
(2024/09/22 19:28登録) 本能寺の変で織田信長を自害に追い込んだ明智光秀が羽柴秀吉軍に敗れた山崎合戦。その後の二週間に起きた事件の物語。 死んだはずの信長からの手紙により、秀吉、柴田勝家、高山右近、そして徳川家康が、三河湾に浮かぶ小島に呼び寄せられた。部下の帯同を禁じられ、船も返すように命じられた彼らは、待ち受けていた森蘭丸や千宗易(後の千利休)、お玉(後の細川ガラシャ)などとともに、島の館で過ごすことになる。だが、信長との面会が敵わぬうちに彼らは次々と殺されていった。今日で流行っている童歌の通りに。戦国版「そして誰もいなくなった」。 外界との往来を遮断された孤島における連続童謡殺人事件を、著名な戦国武将たちが演じるのである。しかも彼らは推理合戦を繰り広げたりもする。それも史実を踏まえて動機を語りつつである。その上で作者は島で起きた事件について、実に丁寧に一つ一つの要素を積み上げるようにして読者を裏切ってゆく。信長と光秀の関係が描かれる冒頭から、謎解きが終わり関係者のその後が語られる結末までぐいぐい読ませる。ツッコミどころは確かに多いが、エンタメ小説として十分楽しめる。 |
No.606 | 7点 | ムシカ 鎮虫譜 井上真偽 |
(2024/09/18 19:17登録) 瀬戸内海に浮かぶ笛島と呼ばれる無人島が舞台。その島には音楽にご利益のある神社があるという噂があった。音楽大学に通う優一とその友人たちは、瀬戸内海クルージングを兼ねて、笛島へ向かう。優一たちは学科は違うものの、それぞれ壁に当たっており、打開策を求めていたのだ。 謎めいた島、謎めいた巫子、そして次々と襲いかかる虫たち。冒頭から息もつかせぬ怒涛の展開で引きずり込んでいく。なぜ虫を鎮めるのが上手くいかないのか、なぜ虫を鎮めるようになったのか。優一たちが島を冒険し、探索しながら少しずつ解き明かされていくのが楽しい。しかもただのパニックものではない。優一たちを襲う虫たちにはある習性があった。それは音楽に関わるものである。音楽の要素を入れることによって、RPGのようなゲーム性を帯びることになるが、ここが実に巧い。 解決するためには、音楽的に乗り越えなければいけない困難と向き合う必要があったが、それを乗り越えていく過程が瑞々しく描かれ、青春群像劇として読み応えがある。本格ミステリの謎解き要素もあり、総合的にエンタメ小説として完成度が高い。 |
No.605 | 6点 | 確証 今野敏 |
(2024/09/14 20:28登録) 警視庁捜査3課に所属する主人公・萩尾は、相棒の女性・秋穂によい印象を持っていない。自分は所轄の刑事時代から、窃盗事件などをコツコツ追ってきた「盗犯係」。だが秋穂は、華やかな捜査1課に憧れている。ただでさえ歳が離れているのに、女性ということで扱いに困惑する。捜査の過程でも、日々やりにくさを感じる。しかし、次第に刑事としても人間としても信頼し合っていく師弟物語として読ませる。 男と女、上司と部下、エリートとたたき上げ、といった人間関係も本書の読みどころ。各々の台詞や行動が、彼らの立場や性格を表しており、その光景が鮮明に目に浮かぶ。窃盗事件は捜査3課、強盗事件は捜査1課と担当が分かれるが、お互いのプライドをぶつけ合うドラマが迫力満点。事件解決にヒントをもたらすのは、秋穂の女性ならではの感性だ。その背景にも男と女、富裕と貧困といった構図が隠れている。社会問題も含め、いろいろと考えさせられた。 先が読めてしまう展開が残念であったが、証拠を探し出していく過程に読み応えがあり、読後感も爽やか。 |
No.604 | 7点 | 刑事弁護人 薬丸岳 |
(2024/09/09 19:40登録) タイトル通り刑事事件の被疑者の弁護を請け負う弁護人にスポットを当てた作品で、凶悪犯に対する必要性をテーマにした法廷ミステリ。 既婚者の女性警察官・垂水涼香がホストクラブに通い、挙句そのホストを殺してしまったこの事件に世間の注目が集まる中、涼香の弁護を担当することになるのが持月凛子だ。これまで殺人事件の刑事弁護の経験はなく、所長の細川に助力を仰ぐが、いくつもの刑事事件の弁護団に加わっている多忙な細川にその余裕はない。そこで推薦されたのが西大輔。刑事事件関連の経験が豊富だというが、弁護士としての評判は正直芳しくなく、特に反省の色が見えない被疑者や被告人を嫌ったその弁護姿勢を凛子も問題視していた。 こうした反りの合わない二人が涼香の弁護人となって事件の概要を洗い直していくのだが、涼香は何か隠しているようで釈然としないことばかり。被疑者を擁護して少しでも量刑を軽くしようとする弁護人という存在を、否定的に捉える向きも少なからずあるだろう。本作は極めて複雑な背景を持った殺人事件を丹念に解きほぐしながら、被疑者の声に耳を傾けることの意義と、犯罪によって大きな喪失を経験してもなお、それが出来るのかを問う物語だ。 過去の事件の使い方が巧みで、さらに凛子や西の過去や人間関係も読みどころとなっている。もう一つのテーマとなるのが、犯罪被害者の癒えない傷。残された人をどうケアするべきかと考えさせられる。凛子と西は真実に辿り着き、涼香の殺人容疑を覆すことが出来るのかの臨場感に満ちたクライマックスの裁判シーンは読み応えがあった。 |
No.603 | 6点 | ヴィンテージガール 川瀬七緒 |
(2024/09/05 19:31登録) 寂れた団地の一室で、十代前半と思われる少女が撲殺された事件があった。十年の間、犯人はもとより少女の身元さえ不明だったため、警察は公開捜査に踏み切る。たまたまテレビ番組を見た高円寺で仕立屋を営む桐ケ谷京介は、遺留品である少女が着ていたワンピースに目を留め、引っ掛かりを覚える。 京介は高円寺南商店街に住む、仕立屋兼服飾ブローカーだ。メーカーと時代に取り残された凄腕職人の間を取り持っている。美術解剖学を専攻した彼は、人が着ている服のしわや歪みなどから、その人が受けた暴力や、抱えている疾患を読み取ることが出来るのだ。 この特異な能力は京介を苦しめてもいた。虐待されている子供や、DVを受けている女性を何人も発見してきたが、確かな根拠とならずに、通報しても無に帰すことが多々あったからだ。そんな経験と、非常に感情移入しやすい性格も加わり、十年経っても身元すら判明しない少女の境遇に心を揺さぶられた京介は、警察とは別のアプローチで事件解決にのめり込んでいく。さりげなく繰り出されるマニアックな専門知識を用いて、クールな面差しの裏側には温かな人間味が感じられる。 時代遅れな色柄で、少女向きではないが丁寧に作られたオーダー品。矛盾だらけの遺留品のワンピースを手掛かりに、真相に迫っていくプロセスが読みどころ。また京介とコンビを組むヴィンテージショップ店長・水森小春、手芸店の老女など脇役陣の造形も魅力たっぷり。物語としての深みもあり、謎解きの妙もある。服飾デザイナーでもある作者の服飾愛も随所から伝わってくる。 |
No.602 | 6点 | 怪談小説という名の小説怪談 澤村伊智 |
(2024/09/01 19:51登録) 深夜のドライブに同乗する男女が怪談話を披露し合う「高速怪談」は、語り終わった話が後になって、さらなる意味を露にしたりと目まぐるしいスピード感たっぷりの百物語。逃げ場の無い車内で徐々に不安に駆られていく描写がいい。 子育てをする夫婦が幽霊屋敷の存在に歪んだ思いを募らせる「笛を吹く家」は、いくつかの違和感ある描写が重苦しいまさかの真相。 大ヒットを記録したインディーズ系ホラー映画に関わった人間たちの辿る運命を多重な文体で綴った「苦々蛇の仮面」は、淡々とした無機質な怖さが増していく技巧派ぶりがそれぞれに堪能できる。 「こうとげい」は、新婚夫婦が旅先で遭遇する恐怖を緊迫感に満ちた逃走劇に仕立て上げたサスペンスホラー。ドロドロとした土着の恐怖を堪能できる。 学校の怪談と殺人鬼ホラーを組み合わせた「うらみせんせい」は、作者らしいどんでん返しにより、陰湿なホラーに仕上がっている。 「涸れ井戸の声」は、タイトルと同名の短編が登場する一編で、圧倒的に怖いらしいが誰もその存在を明らかに出来ない、いわゆる幻の小説を巡る不可思議な物語となっている。奇妙な怪談話の存在がいい味を出している。 「怪談怪談」は、子供たちの肝試し大会と著名な霊能者の行方を探る物語が並行して進みながら、怪談を語ることの意味に迫って作品集全体の幕を閉じる役割を果たす。怖いというより切ない気分になる。 怪談、ホラーの定番要素を様々な小説作法で再構築していく作者の力量に圧倒される一冊。 |
No.601 | 5点 | 情熱の砂を踏む女 下村敦史 |
(2024/08/28 19:24登録) 新藤怜奈は兄・大輔の突然の訃報を受け、スペインを訪れた。大輔は、マドリードで闘牛士として活躍していたのだが、危険な大技に挑み命を落としたのだった。怜奈は、兄がトラブルに巻き込まれていたのではないかと、兄の最期について疑問を抱いていた。 マドリードで暮らすことになった怜奈は当初、兄の命を奪った闘牛を嫌っていたが、カルロスの演技を見たことで考えが変わる。そこには生と死のドラマが、闘牛士と牛の交流があった。怜奈が闘牛に心を揺さぶられるこのシーンは、前半の大きな読みどころとなっている。また、気の利いた大家夫婦、その息子で若き闘牛士のカルロス、大輔とは恋人同士だったアパートの同居人・マリアなどの交流を、スペイン独自の文化や風習、闘牛の蘊蓄を織り交ぜながら、生き生きと描写している。 闘牛に魅せられた怜奈は、兄のようにスペインで闘牛士を目指すことを決意する。しかし、それは平坦な道ではなかった。一癖も二癖もある男たちの交流を通じて、死と隣り合わせの危険な世界、神聖な儀式、スペイン社会と闘牛界の光と影に触れていく。闘牛士としてのキャリアを積み上げながら、怜奈は兄の死の謎にも迫っていく。複数の手掛かりから、意外な真相が明らかにされる謎解きシーンはまさに圧巻。普通から考えればあり得ない動機だが、この世界であればと思わせてくれる部分はある。多少のご都合主義は感じるが、闘牛小説とミステリ要素が噛み合った構成に唸らされた。 |
No.600 | 7点 | 犯人に告ぐ3 紅の影 雫井脩介 |
(2024/08/24 19:32登録) 少々ネタバレあります。 前作で、神奈川県警特別捜査官の巻島史彦の率いるチームが、誘拐事件の実行犯である砂山兄弟を捕まえた。しかし兄弟を操っていた「リップマン」と呼ばれる男は逃していた。神奈川県警本部長の曾根要介からネットテレビを利用した捜査を命じられた巻島は、番組に出演する。ネットテレビには、「リップマン」専用のアバターが用意されている。そのアバターを通じて、巻島は「リップマン」と対峙するのだった。 本書はそれと同時に、「リップマン」こと淡野悟志の物語が進行していく。旧知の女のもとに転がり込み、縁あって弟分を得た淡野は思い悩んだ挙句、詐欺師稼業から足を洗うことを決意する。ボスの「ワイズマン」にそう告げるのだが、最後のシノギの話を持ち掛けられる。それはネットテレビに出演する巻島まで利用した、警察組織を相手に仕掛ける驚くべき計画だった。 作者は前作の砂山兄弟と同じく、淡野の人生や心情を詳細に描き出している。だからこそ巻島と淡野の対決が、盛り上がるのである。さらに淡野側のストーリーにより、「ワイズマン」の正体や、犯罪計画の内容が早い段階で明かされる。警察に内通者がいることも。しかし、それが分かっても物語の興趣は損なわれない。むしろサスペンス度が増している。 しかも淡野の最後の大仕事が凄い。よくある恐喝なのだが、脅す相手が意外過ぎるのである。一連の事件の着地点など予測不可能。また、ダメ刑事だが妙にツキのある小川など脇役陣の扱いも巧みである。 「犯人に告ぐ2」で残した謎は回収したが、本作で出現した疑惑を残したまま終わっている。「犯人に告ぐ4」が今から待ち遠しい。 |
No.599 | 6点 | 黒の試走車 梶山季之 |
(2024/08/20 19:25登録) 高度経済成長期に急速に需要を伸ばしていた自動車業界を描いており、タイガー・不二・ナゴヤの三社が開発競争でしのぎを削っていた。 タイガーの企画PR室は4人、不二の調査部第三課は16人、ナゴヤの企画室は35人の人員を擁している。その数字はそのまま、情報活動の優劣を示している。いずれのセレクションもライバル社の情報を収集したり、時には他社の宣伝活動を妨害したり、自社の情報漏洩を阻止することを主な業務としている。 彼らの業務が重要なのは、ライバル社の新車開発状況、新車の販売価格や販売開始時期などを事前に知ることが出来れば、宣伝・販売対策が立てやすくなり、販売競争を有利に展開できるからだ。主人公は、新設されたタイガー自動車企画PR室長の朝比奈豊。自分の業務にうしろめたさと嫌悪感を感じつつも、一人前の諜報マンに育っていくプロセスが丁寧に描かれている。 知的所有権が保護されている現在では、他社のデザインを模倣して製品化すると裁判沙汰になるが、この時代にはそのような行為は稀ではなかった。それには、模倣に対する意識が低かったことに加え、産業スパイの暗躍である。 極秘に展開される方法は、実に多様である。興信所、業界紙記者、料亭やクラブ、ごみの収集業者、病院など、何でも情報源にしてしまう。そうした新車開発の裏側で繰り広げられているメーカー同士のしのぎを削る攻防戦が、こんなことまでやるのかと、驚くような話が散りばめられている。 |
No.598 | 4点 | マッチメイク 不知火京介 |
(2024/08/16 19:30登録) 大手プロレス団体「新大阪プロレス」のスターで、現役の国会議員でもあるダリウス佐々木が、試合中に倒れ急死した。死因は蛇の毒による中毒死。新米レスラーの山田聡は、犯人が団体内部にいるのではないかという疑惑を抱くようになり、事件の真相を追う。 プロレスは、一般のスポーツと異なり演出のあるショーとしての側面が大きい。タイトルの「マッチメイク」は、試合全体のシナリオを描き演出することだが、ダリウス佐々木の最後の試合の背後に、どんなシナリオが秘められていたか、それが事件にどう関わっているかが、メインの謎となっている。 本書ではプロレス興行の現実的な仕組みが、まだ業界の裏に通じていない新米プロレスラーの視点を通じて徐々に紹介されていくという情報小説的な趣を持っている。道場破りを撃退する役目の丹下や主人公の同期の本庄といった脇役たちの描写やレスラーたちがどうやって肉体を作っていくのかという筋肉の脈動が伝わってくるような表現力が優れている。読後感は、様々な角度からプロレスを愛した男たちの思いが交錯するスポーツ小説として爽やか。ただ、ミステリとしてはトリックは偶然に頼った感があるし、結末近くになって型通りの展開に陥ったのは残念。 |
No.597 | 6点 | でぃすぺる 今村昌弘 |
(2024/08/10 19:32登録) 舞台は奥郷町という小さな田舎町。クラスの掲示係に立候補したユースケ(木島悠介)はオカルト好きの小学6年生。製作する壁新聞にオカルト記事を書いて人気者になりたいと思っていた。そこへいつもは、学級委員長を務めている優等生のサツキ(波多野沙月)が、なぜか掲示係に立候補するという予想外の展開によって危機を迎え、ユースケは壁新聞の行く末を心配する。そしてサツキは、「町の七不思議」を調べることを提案する。しかし彼女の目的は、雪密室の状況下で殺害された従姉の死の真相を探ることだった。 人間の犯罪という前提で事件の謎を追うサツキと、あくまで怪異の存在を信じるユースケ。そして二人の推理に対し理性と論理によって、その勝敗を裁定する転校生のミナ(畑美奈)という構成がユニーク。ミステリとホラーが不可分に混じり合ったあわい掲示係三人の冒険が辿り着く、町の恐るべき秘密とは。 優れたホラーミステリであるのと同時に正統派の捜査小説でもある。現場を検証し、小さな糸口を辿って聞き込みをし、時にぶつかり合いながらも、協力して七不思議の謎に迫っていく。オカルトを取り入れつつも、論理性が重視されているため、本格派推理小説としても読める。 物語は二転三転し、町に隠された秘密があるのではないかと疑われる事態に発展していき最後のページまで予断を許さない。冒険と推理の果てに待つ景色は残酷だ。ミステリとしての謎、ホラーとしての怖さと、学校という狭い世界の生きづらさと、それを打破する3人の児童の成長を丁寧に描いていて、青春小説という側面もありエモーショナル。 |
No.596 | 5点 | 女ともだち 真梨幸子 |
(2024/08/06 11:07登録) 1997年に起こった「東電OL殺人事件」から着想を得て書き上げた女性特有のドロドロした妬みと嫉みが堪能できる作品。 埼玉県のタワーマンションの最上階と二階で、二人の女性の死体が見つかる。二人の共通点は独身でエリート。二階の自室で殺害された吉崎満紀子は、ネットで知り合った男たちを相手に売春していたらしい。警察は、満紀子と関係を持っていた配送ドライバーの山口啓太郎を逮捕した。しかしフリーライターの栖本野江は、この事件には世間に知られていない裏が存在するとにらみ、真相を炙りだそうとする。 登場する女性たちは、癖が強い人物ばかりで心理描写の薄気味悪さで攻めてくる。といっても同じマンションの部屋を自分より安く買った住人や他のマンションの住人への嫉妬、女同士の友情に潜むヒエラルキー、独身者に対する主婦の優越感など、個々の要素は身近なものであり、題材として特異というほどではない。だが読んでいるうちに、それらの描写の執拗な積み重ねによって、陰鬱な気分に支配されているのに気づかされる。人間の醜悪な部分を書かせたら天才的だと再確認した。 日常を一皮めくった裏側に潜む狂気や人生のあちらこちらに待ち受けている落とし穴の描写に、いつでも現実に起こり得るのではないかという迫真性が感じられる。 |
No.595 | 7点 | 可燃物 米澤穂信 |
(2024/08/02 19:26登録) 主人公は群馬県警捜査一課の葛警部。上司に疎まれ、部下にもよく思われていないが、捜査能力は卓越している敏腕刑事。その葛警部が遭遇する不可解な事件を解き明かしていく5編からなる短編集。 「崖の下」雪山で遭難し、崖下で見つかった刺殺死体の周囲に凶器が見当たらない。一体何を使って刺殺したのか。 「ねむけ」強盗事件の容疑者が起こした交通事故。目撃者が揃って男に不利な証言をする。信号は赤だったのか。 「命の恩」キスゲの花咲く行楽地に捨てられた人の腕。死体を切り刻んだ理由は何か。犯罪の手口に隠された殺意を暴く。 「可燃物」住宅街の連続放火事件。容疑者が浮かぶ前に、突如止まった犯行。放火魔の動機は何か。 「本物か」郊外のファミレスで立てこもり事件が発生。交錯する証言。噛み合わない犯人像の謎。 葛警部は、部下から集めた事件の状況や証拠品を淡々と精査していく。捜査の過程で生じる違和感、そこから大きくなっていく謎。それを葛警部が冷静沈着に資料や報告書を隅から隅まで調べ上げ、持ち前の観察力と推理力で毎回、鮮やかな論理で解決していく過程が心地よい。警察小説としても本格ミステリとしても読み応えがある。 |
No.594 | 6点 | 魔偶の如き齎すもの 三津田信三 |
(2024/07/29 19:30登録) 刀城言耶の活躍を描いた4編からなる短編集。 「妖服の如き切るもの」街行く人に覆いかぶさる憑き物のような外套と二件の家でほぼ同時刻に起きた殺人との関係に迫る。ミステリとして特に怪異の必要性はなく、真相もわかりやすい。 「巫死の如き蘇るもの」不死を標榜する男と彼のもとに集まった人間がつくるコミュニティの中で殺人が起こる。動機がユニーク、恐るべき結末。 「獣家の如き吸うもの」二人の人間が別々に遭遇する人里離れた家屋での怪異に刀城言耶が関係性を見出す。時を隔てた二つの怪談に合理的な説明がなされている。 「魔偶の如き齎すもの」災厄を運んでくるという土偶を所有する旧家で殺人が起こる。終盤の推理展開が圧巻。真相には驚かされた。 それぞれ、不可能状況を成立させるトリック、特殊なクローズド・サークル内の狂人の論理、幻想的な光景を前に冴え渡る絵解き、奇妙な建物を舞台にした多重推理とシリーズを凝縮した作品が揃う。表題作は、刀城言耶の相棒・祖父江偲との出会いが描かれているという意味で重要な一編となっている。 |