りゅうぐうのつかいさんの登録情報 | |
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平均点:6.29点 | 書評数:84件 |
No.64 | 6点 | ひとたび人を殺さば ルース・レンデル |
(2016/10/18 12:35登録) 老刑事ウェクスフォードが体調不良による休養のため、甥の首都警察ハワード警視のもとに滞在した際に、身元不明の女性の殺人事件が発生し、刑事魂が抜けずに、独自に事件の捜査を行う話。 「ロウフィールド館の惨劇」と「わが目の悪魔」を読んで、異常性格者が引き起こすサスペンス小説を書く作家だと思っていたが、本作品は全く毛色が違っている。 ジャンルとしては、老刑事ウェクスフォードの紆余曲折の捜査課程を描いた警察小説と言えよう。 身元不明の女性を取り巻く人間関係が複雑で、私の理解力不足なのか、最初に読んだ時点では登場人物間の関係が十分に把握できず、「誰が誰?」状態であった。パラパラとページをめくり直して確認し、ようやく理解できた(と思う)。 身元不明の女性の過去を探るのが焦点の話だが、ウェクスフォードも地元警察も、仮説を確信するあまり、間違った道に入り込んでしまい、それが話を複雑にし、わかりにくくしている。 ウェクスフォードが最後に、人物Aが犯人ではなく、人物Bが犯人であるという根拠を示すのだが、その根拠はいずれも薄弱であり、本格物とは言い難い。 てっきり、私はAでもBでもない人物を犯人だと思っていた。 |
No.63 | 5点 | 浪花少年探偵団 東野圭吾 |
(2016/10/11 20:13登録) タイトルから、少年たちが活躍する話かと思っていたが、そうではなくて、少年たちの担任教師であるしのぶセンセが活躍する物語。 五編から成る短編集で、いずれの話でも死体が発見されるが、謎の中身は「日常の謎」系の軽いものばかり。 いずれも、しのぶセンセのヒラメキを契機に真相にたどりつく話だが、やや荒唐無稽で無理矢理な真相のものが多く、突出した出来ばえの作品はなかった。 がさつで、おせっかいで、うるさくて、言葉使いが汚い「大阪のおばちゃん」。 その「大阪のおばちゃん」の特質を、若いながらも持ち合わせているしのぶセンセを始め、しのぶセンセに思いを寄せる新藤刑事や悪ガキなどの間で交わされる大阪人特有の会話のノリが面白いと感じれば楽しめると思うが、個人的にはあまり楽しめなかった。 |
No.62 | 7点 | エンジェル家の殺人 ロジャー・スカーレット |
(2016/10/07 19:28登録) 古い作品だが、日本では古典作品としての評価は高くなく、あまり知られていない作品ではないだろうか。江戸川乱歩が本作品を原案にして「三角館の恐怖」を書いたということで、私はこの作品を知り、まず先にこちらを読んでみた。 読んでみると、ミステリーとしての作り込みという点で高く評価できるし、随分と楽しめる内容であった。奇妙な遺言がもとで殺人事件が起こり、登場人物の関係が二転三転するという成り行きは、kanamoriさんが書かれているように横溝正史の世界を彷彿させる。左右対称で2つの家族に分割されていて、玄関とエレベーターでしか両家を行き来できない、エンジェル家の構造が何ともユニークだし、それが密室殺人の謎に結びついている。 密室殺人のトリックも面白い。ただし、このトリックで人を殺せる確率はきわめて低く、偶然うまくいったとしか言いようがない。 ケイン警視は早い段階で犯人の目星をつけており、その判断に基づいて、犯行を防ごうとしたり、犯人をあざむいたりするのだが、その根拠としている理由にそれほど説得力が感じられなかった。 また、誰の発言なのかがわかりにくい、代名詞が誰を指しているのかわかりにくいなど、文章が読みにくいのが難点。 |
No.61 | 9点 | アルジャーノンに花束を ダニエル・キイス |
(2016/09/27 17:41登録) (ミステリーではないので、書評も採点も小説としてのものです。) 知的障害者のチャーリイが脳手術を受けて、人並み以上の知能を身につけるSF小説。 それに伴って起こる様々な出来事、主人公の気持ちの移り変わり、周りの人間がチャーリイを見る目の変化などが巧く描かれていて、引き込まれる内容であり、色々と考えさせられた。 果たして、チャーリイは、人並み以上の知能を身につけることで幸福になったのだろうか。賢くなったチャーリイが気づいたことは、周りの人間が以前の自分に対して持っていた底意地の悪さや、手術を担当した医師たちの愚鈍さや身勝手さだ。さらに、チャーリイ自身が、以前持っていた素朴な良さを失っていき、そのことを教師であり、愛するアリスから指摘される。 チャーリイが勤めているパン屋の店員たちは、チャーリイを小馬鹿にしていたが、チャーリイの変貌ぶりに戸惑い、気味悪がる。人は能力で相手を判断して、上下関係を決め、自分より下位の者がいることで安心する。それが逆転するのは嫌なものだし、認めたくないのだ。 しかし、能力がある人の方が本当に価値があるのだろうか。 知的障害者のチャーリイに脳手術を受けさせ、人並みの知能を持たせようとする試み自体に、知的障害者は駄目な人間、社会にとってマイナス、という社会の認識があることが見て取れる。 この作品を読んで、人並み以上の知能を持つチャーリイよりも、知的障害者のチャーリイの方がより好ましく感じた。 冒頭の「日本語文庫への序文」の中で、作者は、共感する心が大事で、それがより住みよい世界を築く一助になると書いている。 最後まで読むと、胸に熱いものが込み上げてくる感動作品。 |
No.60 | 7点 | 天使の耳 東野圭吾 |
(2016/09/24 17:42登録) 交通事故にまつわる奇妙な話を集めた短編集で、法の裁きに期待できないがための私刑を扱った作品がいくつかある。 ミステリーとしては「天使の耳」が一番、物語としては「通りゃんせ」が一番、「捨てないで」もなかなかの出来。 「天使の耳」 交差点で起こった交通事故で、赤信号で突っ込んだのはどちらの車か、関係者の証言をもとに検証する話。 ユーミンの曲が放送されていた時刻、交差点での信号制御のタイミング、野次馬の撮影した動画の時刻などから、論理的に衝突した時刻が推定されていくが、キーとなったのは、盲目の美少女の「天使の耳」。 ここまででもミステリーとして十分な内容だが、さらに最後にブラックな事実が判明し、唖然とさせられる。 「分離帯」 分離帯を飛び越えて、対向車と激突して亡くなったトラック運転手。 その妻の綾子は、高校生の時に融通の利かない校則のために停学となり、今また、法律では事故の原因を起こした人物を裁くことができないことを知る。 そんな、彼女が取った捨て身の行動とは何か。 「危険な青葉」 人通りの少ない道で、後続車からスピードで煽られ、ガードレールに激突し、一時的に記憶を失った映子。 近辺では、幼児殺人事件が発生していた。 第3章に入る手前で、真相に近いこと(真相よりももっとひどいこと)が予想できていた。 「通りゃんせ」 車を当て逃げした人物から、修理費支払いの連絡があり、さらに別荘に宿泊してほしいとの依頼があった。 別荘にはその人物も来ており、意外な話を聞かされることに……。 ラストの場面はもの悲しく、切ない。 「捨てないで」 前を走る車が投げ捨てた空き缶によって、失明した真知子。フィアンセとともに、犯人を探そうとするが……。 一方、空き缶を投げ捨てた斉藤は、浮気がばれそうになり、殺人を計画する。 空き缶が両者をつなぐ重要な役割を果たし、2つの話が最後に絶妙にリンクする。 タイトルには、空き缶を捨てないで、私を捨てないで、という2つの意味が込められている。 「鏡の中で」 乗用車が交差点の右折中に、対向車線の停止線に止まっていたバイクに突っ込んだ謎。 |
No.59 | 6点 | 山が見ていた 新田次郎 |
(2016/09/04 04:03登録) 山岳小説に定評のある作者だが、本短編集で山岳小説と言えるのは、「山靴」と「山が見ていた」の二作だけ。 文庫本の裏表紙に「新田ミステリー十五篇を収録した短編傑作集」と書かれてはいるが、純然たるミステリー作品ではなく、敢えてミステリーとして位置付けるなら、「奇妙な味」系。 十数頁から三十数頁の小品ばかりで、いずれの作品も意外な結末を迎えたり、登場人物が予想外のことをするなどの驚きを持っているが、インパクトの弱い作品も混じっている。 積年の恨み、妬みといった情念を描いた作品が多く、「沼」や「胡桃」のように、物語としての奥行きのある作品もある。 個人的に好印象だった作品をお勧め順に挙げると、「山が見ていた」、「胡桃」、「死亡勧誘員」の順。 |
No.58 | 6点 | 夜明けの街で 東野圭吾 |
(2016/08/30 18:05登録) 主人公の渡部は、「不倫する奴なんて馬鹿だ」と言っておきながら、些細な出来事から同僚の秋葉との関係を深め、不倫という地獄の底に落ちていく。不倫相手の秋葉は、実家で15年前に殺人事件があり、被害者の妹や刑事から、犯人ではないかという疑いを持たれていることがわかる。事件の時効が近づく中、何の不満もないはずの妻子を捨てて秋葉との愛に走ることができるのか、秋葉が殺人犯だとしても愛し続けることができるのだろうか。主人公の気持ちの揺れや苦悩が描かれている作品だ。 ありきたりな不倫話が延々と続き、それを長々と読まされるのは、正直苦痛であった。東野圭吾作品なので、ただの不倫話では終わらないとは思っていたが、どういうオチになるのかは、最後まで見通せなかった。 作者の作品としては、意外というほどの真相でもないが、秋葉が15年間守り続けた秘密の内容にはひねりがあるし、秘密を持ち続けた理由も斬新。ミステリー的な要素としては、被害者の妹の調査内容や、推理の論理性も見逃せない。 作中に、結婚や夫婦に関する作者の考えが随所に出てくるが、警句的な内容で面白い。この作品のテーマは、結婚とは何か、夫婦とは何か、ということではないだろうか。 最後に「新谷君のはなし」がおまけとして付いているが、新谷君の最後のつぶやきが何とも人間くさい。 どうにもぱっとしない主人公だが、この経験からどのような教訓を得るができたのだろうか。 (ネタバレ) 読み進めていくうちに、秋葉が渡部に意図的に接近したことに気づいたが、なぜ、そのようなことをしたのか、その理由が全く思い浮かばなかった。秋葉の告白によって、その理由がわかるが、これもなかなか面白い。結局、渡部は秋葉に弄ばれただけ。 新谷君が渡部と秋葉の浮気の手助けをしたのは、実は新谷君が有美子と不倫をしていて、自分が有美子と逢い引きする時間を確保するためでは、と思っていたのだが。 |
No.57 | 6点 | ルパン、最後の恋 モーリス・ルブラン |
(2016/08/28 20:10登録) ハヤカワ・ミステリ文庫では、ルパン・シリーズの未発表作品だった「ルパン、最後の恋」、ルパン・シリーズの第一作「アルセーヌ・ルパンの逮捕」の初出版バージョン、作者自身によるエッセイ「アルセーヌ・ルパンとは何者か?」、「訳者あとがき」、バーネット探偵社の未収録作品「壊れた橋」が掲載されている。 「ルパン、最後の恋」 ルパンと令嬢コラのラブストーリーを絡めながら、物語は進行していく。ルパンの父親であるルパン将軍にまつわるエピソード、レルヌ大公の自殺とその遺書の内容、金貨400万ポンドの盗難事件、さらわれたコラと金貨の追跡劇、ジョゼファンとマリ=テレーズによる尾行、レルヌ邸での捕獲劇、真の犯人との対決、最後の決断など、ルパン・シリーズらしいスピーディーな展開。追跡劇でのルパンの意外な登場の仕方や、事件の背景にある真の犯人の存在とその思想対決など、楽しめる要素もある。しかし、「訳者あとがき」にもあるように、展開が唐突すぎて、推敲不足という印象を強く受ける。恵まれない子供たちのために力を尽くす教師であったり、資金難に苦しむ科学者のパトロンであったり、「わたしの夢は、世界平和を打ち立てる助けになること」と発言するなど、新たなルパン像を示している点が興味深い。最終章で、ルパンは一大決心をする。 「アルセーヌ・ルパンの逮捕」 ミス・ネリーが最後に取った行為が印象的であり、謎でもある。 クルスティーの某有名作品のトリックを先取りしていると言える作品ではないだろうか。 「アルセーヌ・ルパンとは何者か?」 処女作の発表経緯、ポーに影響を受けたこと、主人公を泥棒とするうえで心掛けたこと、ホームズとの違いなどが書かれている。 「壊れた橋」 2つの家をつなぐ橋から老人が転落して、死亡。その橋には、のこぎりで切れ目が入れられていたという事件。フーダニットとホワイダニットの問題で、事件の様相が最後に反転するのが面白い。バーネットは相変わらず、ちゃっかりと私腹を肥やしていた。 |
No.56 | 5点 | 神様ゲーム 麻耶雄嵩 |
(2016/08/25 18:40登録) (自分の読み誤りに気づいたので、大幅に訂正) 中編程度の長さの作品で、子供向けを意識しているせいか、作者の作品の中では飛び抜けて読みやすく、サクサクと短時間で読み切ることができる。読み終わった直後は、最終章の「誕生日」まで読んで芳雄の推理を知り、その意外性に驚き、かつ、ピースの一つひとつがぴったりとはまっていく説明に大いに感心したものだ。犯人は抜き差しならない危機一髪の状況に追い込まれながらも、機転を利かして、ピンチを脱しており、死体発見時に起こる様々な出来事がそれぞれに意味を持っていることがわかり、面白いと感じた。自らを神と称する鈴木太郎クンが狂言回しとして物語を動かしているが、鈴木クンの口を借りて、神の視点での論理を語っているところも面白い。しかし、ネタバレサイトを見たところ、自分が完全に読み誤っていることがわかり、よく考えてみると色々とおかしな点に気づいたので、評価は大幅に下がった。 (ネタバレ) 読み終わった直後、最後に火が燃え移ったのは、なぜ母親なのだろうかと疑問に思い、次のような解釈をした。 ①父親にあのような行為をさせたのは、母親が精神的に追い込んだからであり、「天誅」を受けるべきなのは母親だったということ。 ②あるいは、父親に対して、本当に愛すべきだったのは母親であることに気づかせ、大切なものを失っても生き続けなければならない生き地獄を味あわせようとした。 言い訳めくが、「天誅」の意味を文学的に解したのだ。しかし、ネタバレサイトでの母親が共犯、母親とミチルのエッチが原因であるという解釈を見て、自分にはそのような発想がなく、誤っていることに気づいた。この作者がそもそも文学的な真相にするわけなど、ないのだ。 この作品の真相は、曖昧模糊としている。まず、自らを神と称する鈴木太郎クンが、本当に神なのかどうか、わからない。そもそも、神なる存在が、なんで、こんな少年に姿を変える必要があるのだろうか。 犯人に関して言えば、父親や母親だけではなく、事件発生時に一同に会した芳雄、孝志、俊也、聡美以外で、「たらいの蓋の下」に隠れることができるような人物であれば誰でも犯人でありえる。また、ミチルとの共犯ではなく、単独犯でも可能である(ミチルが事件発見時に色々と思わせぶりなことをしているが、たまたま、そういった行為をしたという解釈も成立する)。つまり、作品中に開示されている情報だけでは、全く犯人を絞り込むことなど、できないのだ。 犯行時に犯人がとった行動には不可解な点が多すぎるし、それ以外にも疑問点が山のようにある。 ①虫暮部さんの指摘どおりで、死体を埋めるのであれば、服を着せなおす必要はない。 ②死体を埋めるつもりなら、死体を井戸に入れるような面倒なことをする必要もない。 ③どのタイミングでミチルは共犯者に衣服を渡したのだろうか。いつ、どのようにして渡したのか不明だし、受け渡しの打ち合わせをするような必要性も時間もなかったはず。 ④死体を井戸から引っ張り出して、服を着せるような面倒なことをする必要もない。服は、たらいの蓋の下にでも入れておけば良かったはず。 ⑤逢い引きの場所に、鬼婆屋敷のような危険な場所を選ぶだろうか。全員が揃った時以外には入ってはいけないという「鉄の規律」があるにしても、他のメンバーも内緒で使いに来る危険性があるのに。 ⑥警察の事故死という処置もおかしい。被害者がどうやって、鬼婆屋敷に入ったのかという点が未解明だし、俊也の目撃情報もあるのに。 ⑦母親共犯説だとすると、非力な女性が一人で死体を動かすことができるのかという疑問が残る。また、目撃されなかったのは、数々の幸運に恵まれた偶然としか思えない。 ⑧父親共犯説の方が、死体発見時に起こった様々な出来事(ミチルが芳雄に対して、まず最初に父親に電話するように進言したり、父親が被害者の生死を確認するように言ったりなど)がうまく説明できるので、解釈としての説得力は高い。しかし、父親共犯説だと、死体に服を着せた際に父親の服が濡れたり、汚れたりするはずで、父親が刑事として現場に現れる際に、衣服の汚れに気づかれないのは難しい。 犯人を絞り込めるような十分な手掛かりは示されていないし、どの解釈にしても疑問点が残る。ミステリーとしては非常に脆弱な作りで、それを埋めるために神様と称する人物を登場させるような姑息な手段に出たと言われても仕方がないだろう。 また、このサイトの他の方の書評を読むと、子供向けではないというものがある。 次のような理由なのだろう。 ①母親のような年齢の女性と小学4年生の女の子とのエッチが原因というのは、教育上よろしくない。 ②この作品の真相が、そもそも子供には理解できない。 少年少女向けの企画ということであれば、 麻耶雄嵩に作品依頼したこと自体が間違い。 麻耶雄嵩は、期待どおりに、ふしだらで、子供には理解しがたい作品を意図的に書いたということだろう。 |
No.55 | 5点 | おしどり探偵 アガサ・クリスティー |
(2016/08/20 13:22登録) 退屈な日常に飽きて、刺激を求めるタペンス。トミーの上司のカーターの依頼を受けて、二人は探偵業を引き受けることに。 二人の軽妙なやり取りと架空の名探偵気取りで物語は進展してゆき、二人が時には相手を騙したり、協力しながら事件を解決していく。 14の事件からなる短編集だが、際立った出来ばえの作品はなく、何の変哲もないオチだったり、ノックスの十戒に反していたりと、拍子抜けする作品が多い。敢えて挙げると、「怪しい来訪者事件」、「婦人失踪事件」、「大使の靴」が面白い。 ハードボイルド的な場面も多く、とぼけたイメージのトミーが窮地に追い込まれても泰然自若としているのが印象的。 「お茶でも一杯」 失踪した女性を探してほしいという依頼に対して、24時間以内に解決すると大見得を切るタペンス。 「桃色の真珠事件」 真珠の意外な隠し場所。ある事柄に不信感を持ち、犯人に気づいたトミー。読者が推理するのは難しい。 「怪しい来訪者事件」 冒頭のシガレットケースに関するエピソードがうまく活かされている。トミーの機知、タペンスの気づきによって、窮地を逃れる。 「キングに気をつけること」 冒頭の新聞紙に関するエピソードがうまく活かされている。同じ○○を作るよりも、そのまま入れ替えた方が簡単では? 「婦人失踪事件」 探検家から夫人が行方不明になったので、探してほしいとの依頼を受ける二人。失踪の意外な理由が面白い。 「眼隠し遊び」 盲人探偵を気取り、危機一髪の状況に。ちょっとした細工のおかげで命拾いする。暗号は意味不明。 「霧の中の男」 『証拠とは、感覚によって頭に伝えられた印象にすぎない』 トミーは3つの勘違いに気づき、犯人を突きとめる。 「ぱしぱし屋」 警視庁のマリオット警部の要請を受けて、にせ札製造の潜伏調査をすることに。ギャングとの駆け引きの話だが、何の変哲もないオチ。 「サニングデールの謎の事件」 事件を取り巻く状況はなかなか魅力的だが、真相は予測の範囲内。真相通りに推理できない理由は、警察がエヴァンズに被害者の写真を見せていないなんて、ありえないことだと思うからだ。 「死のひそむ家」 タペンスの昔の経験が活きる。推理には、専門的知識が必要。 「鉄壁のアリバイ」 同時に2つの違った場所に居たという女性の謎。そのアリバイを崩す話だが、ひょっとしたら、アレかなと思っていたら、その通りだった。 「牧師の娘」 幽霊騒ぎの調査依頼から、文字謎遊びの問題を解いて、事件解決。日本人読者には推理不可能。 「大使の靴」 税関で間違えて持っていかれて、すぐに戻ってきたカバンの謎。すり替えの理由は予想通りだった。 「16号だった男」 本作品の締め括りの話で、カーター主任から探偵業依頼の際に話のあった、16号の男との対決。 ホテルに入ったタペンスと16号の男が消えてしまうが、意外な二人の居場所をトミーは突きとめる。 |
No.54 | 7点 | 哲学者の密室 笠井潔 |
(2016/08/13 20:17登録) ようやく、読み終えたという感じだ。文庫本で総ページ数が1,100ページを超え、また、読みやすい内容とは言えないので、読み始めるのにはちょっとした決意が必要な作品。 これだけの長編になると、このシリーズのファンしか、手を出さないだろう。作者はこのシリーズでは、孤高の姿勢を貫き、読者側に一切歩み寄ろうとはしていない。文章は非常に達者なのだが、ユーモアは全くなく、硬くて重苦しい。そもそも、ミステリーと哲学の融合に関心を持つ読者がそれほどいるとは思えない。 全体的に読みにくい作品なのだが、中編ではナチスのコフカ収容所での出来事、ヴェルナー少佐とフーデンベルグ所長の心理的葛藤等が描かれ、文学性、物語性が高い箇所で、幾分読みやすくなる。 本作品で扱っている哲学は、ハイデッガーの死の哲学だが、哲学書に較べると非常にわかりやすい内容だと思う。ハイデッガーに関しては、名前を聞いたことがある程度の哲学初心者の私でも、何となくわかったような気にはなれる。なお、本作品では、ハルバッハという名前でハイデッガーを模した人物を登場させており、作品中で作者がハイデッガー批判をしているところが注目される。 私はこのシリーズを読むのが、「バイバイ・エンジェル」、「サマー・アポカリプス」、「オイディプス症候群」に次いで4作品目だが、ミステリーと哲学の融合という面では、一番成功していると感じる。事件の背景や顛末は死の哲学と密接な関わりをもっているし、作中でニ十世紀の探偵小説や密室との関わりにも言及されている。 ミステリーとしての評価は、ちょっと微妙。この作品の真相には、意外な犯人、奇抜なトリック、どんでん返しなどはないし、そのようなものを期待してはいけない。あるのは、非常に複雑な様相を見せる事件の状況をうまく説明できる解釈。事件の細部に至るまで、あらゆる可能性を検討し、論理的な考察が進められていく。この論理的な考察の過程こそがこの作品の真骨頂なのだ。 30年の年月を隔てた、コフカ収容所とダッソー邸との2つの「三重密室」が本作品の売り。密室の設定は非常に凝ったものであり、魅力的な謎だ。一方、その真相だが、ダッソー邸の密室への出入り口は意外な盲点ではあるが、探偵役の矢吹駆が現場を見て気づいたものであり、現場を見ていない読者には予測しがたい。コフカ収容所の密室は、異常で倒錯した犯人の心理と思考からでき上がったものであり、同様に予測しがたい。きれいな解答ではないので、おそらく、ほとんどの読者がこの真相に完全には納得できないだろうと思う。 2つの密室のそれぞれにダミーの推理も示され、それもなかなか面白いのだが、物理的な仕掛けによる解決であり、文章だけでは多少わかりにくいので、やはり、微妙な印象を持つ読者が多いと思う。 |
No.53 | 6点 | 古い骨 アーロン・エルキンズ |
(2016/07/31 19:26登録) 冒頭でロシュボン館の当主がモン・サン・ミッシェルを望む干潟で溺死する描写から始まり、当主によって招集された近親者に遺言の内容が伝えられる場面、ロシュボン館の地下工事で発掘された白骨の謎、第二次世界大戦中に起きた出来事、スケルトン探偵ギデオンによる白骨の分析とそれに基づく考察、近親者一人の毒殺事件の発生、ギデオンに送られた手紙爆弾、ギデオンら4人のモン・サン・ミッシェル干潟での洪水脱出劇等、ストーリー展開が巧みで、翻訳作品にしては読みやすい作品だ。 白骨が2回に分けて掘り出されたり、主治医ロティ先生の証言を2回に分けるなど、手掛かりの出し方が上手い。 時系列に起きた出来事の順番が事件の鍵であり、犯人の特定にもそのことが活かされているが、ちょっと気付きにくい。 非常にまとまりのある作品だが、それ以上の何かを感じ取ることはできなかった。 |
No.52 | 6点 | 新参者 東野圭吾 |
(2016/07/26 17:28登録) メインとなる殺人事件は1件だけだが、その捜査の課程を描く中で、聞き取り調査を行った下町の家族内で起こる「日常の謎」をサブストーリーとして織り込んでおり、連作短編のような趣きを持っている作品。 下町の風情や人情が描かれており、加賀はそこで暮らす人々のいざござや悩みに助言を与えるアドバイザーのような役割を担っている。 特に印象に残っているのは、「上着を着ていたかどうか」という些細な違いから真相に気づく「煎餅屋の娘」。 加賀が本事件の結末で見出したのは、壊れているように見えて、失われていなかった家族の絆であり、父親が真に果たすべき役割。 殺人事件の犯人は最後の方にならないと登場しないし、推理の決め手となる事項は後出しで、謎解きの要素は薄く、地道な捜査過程を描いた警察小説。その捜査の課程をつぶさに見ると、被害者がある勘違いをしていることに気づいて洋菓子屋を探し出すなど、加賀の頭の良さには脱帽するしかない。 「事件によって心が傷付けられた人も被害者であり、そういった人を救い出すのも刑事の役目」、「犯人を捕まえるだけでなく、どうしてそんなことが起きたのかを追求する必要があり、それを突き止めないと同じ過ちが繰り返される」という加賀の言葉が重く響いた。 |
No.51 | 6点 | 鏡は横にひび割れて アガサ・クリスティー |
(2016/07/22 17:52登録) パーティーの席上で起こった毒殺事件。被害者が飲んだのは、自分のグラスを落として割ったため、女優からもらったグラスの酒であり、それに毒が入れられていた。犯人が狙ったのは被害者なのか、女優なのか。当時現場に居合わせた関係者の目撃証言、2人を取り巻く人間関係を中心に捜査は進められていくが、やがて、第2、第3、第4の事件が起こる。 マープルものには、論理性を期待してはいけない。その推理は、過去の経験や人間観察による知恵に基づいて組み立てられた仮説であって、本事件もそう。ある人物の性格が事件の引き金になっている点が、クリスティーらしい。 捜査の課程で、女優を取り巻く過去の人間関係や様々な謎が明らかになっていくが、中でも大きな謎は、女優が被害者の話を聞いていた時の"鏡が横にひび割れた"ような茫然自失の表情。この謎に関しては、女優が黙して語らないままなので、真相はなかなか見えてこない。さらに、目撃者の証言などに2つの勘違いがあって、真相をより見えにくくしている。このような隠し方がクリスティーの巧妙なところなのだろう。 マープルの最後の説明だが、第2、第3の事件には触れられていない。この2つの事件で殺された2人がどの程度のことを知っていたのかは謎のまま。第2の事件の被害者を殺す必要があったのだろうか。 |
No.50 | 6点 | 妖虫 江戸川乱歩 |
(2016/07/18 22:08登録) 乱歩の定番とも言える、怪人と探偵が対決する話で、派手な舞台演出を見せ場とする、エンターテイメント性重視の通俗もの。 この物語での怪人は、現場に赤いサソリを紋章として残し、恐怖心を煽り立てる「妖虫」。探偵は、明智小五郎ではなく、白髪白髭の奇人の老人探偵三笠竜介。 真相の核となる、ある人物の正体には、すぐにピンとくると思う。物語の進行に伴って、それを裏付ける出来事が次々と起こるので、わかりやすい真相だ。 警視庁の簑浦係長が説明した、品子誘拐のトリックと、そのために犯人が取った手法は面白い。 次のようなことが説明されていないが、まあ良しとしよう。 ・犯人は、三笠の探偵事務所の特殊な構造をどうやって知ったのだろうか。 ・ショウウィンドウの人形と○○をどうやって入れ替えたのだろうか。また、その捜査の結果は。 三笠探偵が最後に品子の部屋を調べた際に行ったことは、ひどすぎると言わざるをえない。わざわざそんなことをしなくてもすんだのに、最後の場面を劇的に盛り上げるために、探偵にとんでもないことをさせている。 |
No.49 | 7点 | 陸橋殺人事件 ロナルド・A・ノックス |
(2016/07/16 20:21登録) ゴルフのプレー中に発見された、顔のつぶれた謎の死体。ゴルフ仲間4人は、警察が自殺として処理したことに不信を抱き、素人探偵よろしく調査に乗り出す。 自殺・他殺・事故死のいずれか、死人は誰か、被害者の殺された場所はどこか、被害者はどの列車に乗っていたのか、動機、被害者のポケットに入っていた手紙に書かれていた2つの暗号の謎、腕時計と懐中時計の指示時刻の食い違いの謎、定期券を持っているはずなのに三等乗車券を買っていた謎、別人のハンカチを持っていた謎、現場近くで見つかったゴルフボールの謎、暗号文がいったん盗まれて戻された謎、女性の写真が入れ替わった謎等々、様々な謎が示され、4人の間で推理が戦わされ、仮説が示され、それを調査する課程が丁寧に描かれており、好感が持てる。 推理の中身は思い込みによる仮説にすぎないのだが、途中でカーマイクルが示した仮説は意表を突くものであり、驚かされた。 また、最後の方で示されたリーヴズの推理に対するゴードンの反証は論理的で、的を射たもの。 暗号の謎の真相は、当時の英国でこのようなことが流行していたのだろうか、日本人には到底推理できるものではないのが残念。 本格ガチガチの進行の中で、うっちゃった真相には賛否両論ありそうだが、個人的には支持したい。 最後のカーマイクルの手紙の中で示唆されている、ある人物の役割が意味深。私は、3分の2まで読んだ時点で、この人が犯人だと予想していた。 |
No.48 | 7点 | 黒蜥蜴 江戸川乱歩 |
(2016/07/11 20:10登録) 映像作品は見たことがなく、初めて読んだが、展開がスピーディーで、場面が次々と切り替わり、面白いと感じた。 確かに俗っぽいストーリーで、「そんなにうまくいくだろうか」と思わざるをえないようなご都合主義が随所に見られるし、明智小五郎は名探偵の割には迂闊だし、もっと安全に黒蜥蜴を捕まえることができるのにわざわざ劇的に逮捕するための演出過剰が見られるなど、不自然な点は多々あるが、そういうことを指摘するのは野暮というものだろう。 明智と黒蜥蜴との虚々実々の駆け引きや意表を突いた策略など、見どころ満載。 「怪老人」の正体を完全に読み誤っていて、真相には驚いた。 しかし、明智が取った策略は、人命を軽視しすぎではないだろうか。 |
No.47 | 5点 | 毒入りチョコレート事件 アントニイ・バークリー |
(2016/07/09 22:54登録) 未解決事件の概要を刑事から聞き出して、それを参加メンバーが調査・考察した上で、その推理結果を披露するという、この多重推理、多重解決のスタイルは、あからさまに言えば、犯人を一人に絞るだけの十分な手掛かりが示されていない段階で、ああだ、こうだと言い合っているだけにすぎない。 刑事の事前説明を読んだ時点で、後で6人の回答者が示した7人の犯人(うち1人はダミーの犯人)の内の3人までは犯人としての想定範囲内だったし、残りの4人についても、各人の調査内容が小出しに示されると早い段階で該当者に気づく程度のものであり、特に切れのある推理が示されるわけでもない。 各人の調査で徐々に明らかになるある人物の女性関係だが、当然警察でも把握してあるはずのことであり、事前の警察からの説明内容が簡略すぎて、これらの説明が省略されており、各人の思い込み、調査内容で推理に差が生じたのだと感じる。また、前の人が調べた証言が実は間違いでしたと次々と覆されるのでは、何でもありの状態で、馬鹿馬鹿しいとしか言いようがない。 最後の人物の回答も抜き差しならない証拠を示してはいないので仮説に過ぎず、さらにその証言も覆るかもしれないので、真相とは言い切れない。 (ネタバレ) ユーステス卿が小包を受け取った時の目撃者として、ベンディックスがレインボー・クラブに呼び出されたとチタウイックは語っているが、ベンディックスがレインボー・クラブに居たとしてもユーステス卿が小包を受け取ったことを目撃するとは限らないと思うのだが。 |
No.46 | 6点 | 禁断の魔術 東野圭吾 |
(2016/07/05 19:24登録) 「禁断の魔術」とは、正しく使えば人類に豊かさと便利さをもたらすが、間違った使い方をすると人類を滅ぼしかねない両刃の剣である「科学技術」のこと。 殺人事件に関連して、不思議な現象が見つかり、その解明のために警察が湯川に協力依頼するというパターンどおりの話だが、依頼される前から湯川は事件に密接に関わっている。 現象を説明する科学知識自体はそれほど面白いものではないし、事件を取り巻く背景もどちらかと言えばありきたりなもの。 この物語の良さは最後の光原町での襲撃場面に集約されている。そこで湯川が取った行為に驚かされたし、湯川が伸吾に語った内容はガリレオ先生らしい含蓄のあるもの(しかし、あの場面で伸吾がイエスと言ったならば、湯川はどうしていたのだろうか)。 最終的に襲撃の対象とされた人物に対して、何のお咎めもないのはやりきれない。それを証明する証拠が出てきたのだから。 (備考) 私が読んだのは、短編4つを収めた短編集ではなく、「猛射つ(うつ)」を長編化したものです。 (ネタバレ) 始球式の結果は、センター前ヒットではなく、ピッチャー強襲ヒットで、ピッチャーの顔面直撃にしてほしかった。 |
No.45 | 6点 | 死者のあやまち アガサ・クリスティー |
(2016/07/05 06:07登録) 田舎屋敷の園遊会で、おなじみの女性作家オリヴァが企画した犯人探しゲームで実際に起きる殺人事件。冒頭の事件のエピソードから興味深く、いかにも怪しげな人物配置、捜査の課程で判明していく様々な謎や人物間の心理的な関係など、とても引き込まれる内容の作品。 ポアロが事件を防止することができず、真相もなかなか見通せずに、ジグソーパズルに興じながら、焦燥に駆られる場面が印象的だ。 複雑でひねりのある真相。オリヴァの企画した犯人探しゲームの中に真相が暗示されているのが何とも面白い。数々の「なぜ?」に答える真相だが、素直には納得しがたい。真相説明で過去のある出来事が明らかになるのだが、そんなことが実際に起こりうるのかと疑問に感じてしまう。また、ハティの失踪に関する真相だが、読者のための演出にすぎず、こんな面倒くさいことをわざわざする必要があるとは到底思えない。 物語としては8点、真相は4点というところか。 |