斎藤警部さんの登録情報 | |
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平均点:6.70点 | 書評数:1303件 |
No.1283 | 8点 | 樹のごときもの歩く 坂口安吾 |
(2024/09/09 23:41登録) 「普通の事件なら、一人殺されるたびに、容疑者が、だんだん減って行くところだけれど、この事件では、人一人殺されるごとに、容疑者が、だんだん増えて行くじゃないか」 重度の障碍を負って還って来た復員兵は、彼の出征直前に謎の親子死亡案件が起きている「資本家一家」の一人と目された。 そこから始まる、事の順番からして意外性に満ちた連続殺人&殺人未遂事件の顛末。 坂口安吾の連載小説は雑誌の廃刊により中絶され、残りの1/3は数年後、高木彬光の手に委ねられた。 事前に引継ぎ連絡のようなものは無く、安吾未亡人より間接的に安吾の結末構想を聞くのみだった彬光は、その構想からは外れた展開で本作を締めたと言われる。 「探偵小説というものは、こういうカンジンな損得の勘定を忘れているから現実的に又特に心理的にゼロなんです」 下世話なユーモアと分厚いアイロニーが跋扈する中、本一冊書けそうな鬼ロジックがシラッと提示されたのには参った。 しかしどこかしら気安い論理遊びのような気配もあり、いい意味で?探偵小説に対してほんの少し上から目線なおふざけのようでもある。 そこだけでなく、全体を覆う、心理のロジックと、牙をむく驚きのメタ逆説。 安吾本人はどんな結末に持って行くつもりだったのが、真剣に気になりもする。 にしても先生の著書「姦通論」には笑ったな。 「アッハッハ、フグの日は、マコで一パイやるのがタノシミでね。存分に珍味をくらい、存分のみ、適度にしびれて、たちまち、ねむる」 しかしながら、やはりこの後半2/3でバトンタッチの妙! 彬光っつぁんの頑張り意気込みが匂います。 文体とかほんとうに良く寄せている。 ある人物が急遽パンチャー本能?増し増しで浮き足だった感もあるが、その微妙な感覚さえミステリ興味を加速。 言ったらタラちゃんの声優さんが変わった程度のわずかな違和感はありましたが、波平さんの時ほどではなかった。 カタカナヅカイと「私」の存在感が微増したおかげでチョイとキンタマが痒くなりはしたカナ。 彬光っつぁん特権による後付け要素には、苦笑もさせられたが、唸らせる所もあったネ。 遅いタイミングでの意外な展開もあった。 シビレたね。 “それからは雑談の花がさいて、我々は時を忘れた。” 締めの三行台詞は熱い。 まるでこれから話が動き出すようじゃないか。 さて最後に、とりあえず「カブト虫」「グリーン家」「不連続」この三つの殺人事件は、先に読んでおきましょうや。 中でも最も致命的なネタバレを喰らう(実は実に意味のあるネタバレなんだが)S.S. ヴァン・ダイン「カブト虫殺人事件」がね、本作を読む人がその時点で未読の可能性がいちばん高いですからね。 |
No.1282 | 7点 | 夜歩く ジョン・ディクスン・カー |
(2024/09/04 19:45登録) 有名な若い貴族が結婚する。 花嫁は有名なきち○いの元妻。 そのき○がいから「お前を殺す」との手紙が花婿たる若い貴族に届く。 花婿は『不可能』な状況の中、豪奢なクラブの「カード室」にて斬首屍体で発見される。 周囲には面倒な恋愛模様を匂わせる若い男女に、年配の学者や弁護士、壮年のパリ予審判事アンリ・バンコランと、彼の年下の友人である「わたし」ことジェフ・マール。 うむ、これはきっと、なかなかのパズルじゃないか? ってかなり早い段階から思わせますよね。 リーダビリティはあまりよろしくないが、それは興が乗らないんじゃなく、いちいちじっくり読ませる文体のせい。 真犯人/真×××の意外性に複雑性、なかなかのもの。 アンリの探偵的魅力が薄いのは仕方ない。 アメリカ人が(文字通り)アクセントをつけてくれますね。 実質処女作らしくいろいろ詰め込もうとする勢いも佳きかな。 【夜のネタバレ&逆ネタバレ】 横溝正●の同名作は、本作にインスパイアされてあの真犯人設定に仕立てたのではないか、などと思いました。 何故なら、、中盤からどうも「わたし」に疑惑が寄せられて行くミスディレクション構造が感じられたもので。。 |
No.1281 | 7点 | 地図にない沼 佐賀潜 |
(2024/08/26 00:21登録) 自身のカッパ・ビジネスベストセラー「法律入門シリーズ」を連作ミステリ短篇化した様な一冊。 各話冒頭に、作品の肝となる「法令」がルーブリックの様に添えられている。これがストーリーの暗示になるのは、一面ではネタバレにも繋がるものの、それ以上に小説への興味を唆る側面が強く、結果的に良い導入になっていると言えましょう。 同じ業界等で繋がっている者同士、涼しい顔して熱砂の騙し合い顛末、と言った作品が目立ちますが、それぞれ切り口やストーリー展開に工夫があり、パターン類型化を闊達にしっかりと排斥しています。 何しろ中心に置かれる「法令」が各話で全て異なるのがミソなわけです。 ヤメ検弁護士たる著者の強みですね。 地図にない沼/誘拐事件調書/深夜の死亡時刻/不倫の穽(あな)/相姦の絆/柔肌の謀略/濡れた緑草地/隠し金六億八千万円/爛れた背徳 法律が齎すスリルそのものを、著者が上手に捌いてくれます。 法律の専門家ならではの、真相や何やらに纏わる具体的説明が何しろ熱いです。 誰が誰を騙して終わるのか、最後の残酷な畳み掛けに圧倒される作があります。 時間差カットバックを活かした人情話があります。 ラストにトリック対トリックの火花が散る話があります。 ざまあみさらせ、あきれた痛快コンゲームがあります。 ラストセンテンスの深さや意外さに唸る作も目立ちます。 リーダビリティは高く、軽さと重みを兼ね備えた独特の一冊と言えましょう。 |
No.1280 | 7点 | 闇に潜みしは誰ぞ 西村寿行 |
(2024/08/22 00:30登録) シティポップがこんだけグローバルに再評価されるんだから、ハードロマンにだってチャンスは無いものだろうか、なんて思わなくもないですが、だからと言って例えば竹内まりやさん往年のLPを掛けながらカンパリ・オレンジ片手に本作を読むなんて趣味の悪い真似はとても薦められたもんじゃありません。 「わたし、ほんとうは、あなたがたのも、切りたい。もう男の汚ならしさには、へどが出そうだわ」 「おい、ナイフ、返せよ」 「心配しないで。仲間のは切らないから」 死んだバディと生きてるバディ。 死んだ二人は日本政府側の人間で、ある特殊な鉱物の在り処を探索していたらしい。 生きている二人は刑事。 時の弾みで、死んだ方の二人と接点が出来た彼らは、正体不明の敵から執拗な接触、攻撃を受ける。 勢いで警察を辞めた(!)二人はもう一つの新たな敵に出遭い、新しい女と出遭い、これぞ日本のハードロマンと言うべきギラギラした泥沼の冒険絵巻の中へと自ら将んで吸い込まれていく。 オープニングからしばらく続く、強い謎の押し寄せる感覚は圧倒的。 いったんネタがリリースされた後も、新しい謎が次々と攻め上がっては火の矢を放つ。 謎の傍らには常に凄まじいばかりの暴力と凌辱。 この両輪どちらも切らさず爆走し続けるのが素晴らしい、飽きさせない、読ませる、痺れさす。 スリルワラワラの終盤に近づき突如発生した謎の「泥棒」事件の機微とか、引っ張ってくれたねえ。 ラスボス臭パンパンの魅力溢れるアイツが(以下略) 「今度、遇ったら返せよ。いいな、アルコールだけは、借りたら返すもんだぜ。それが礼儀と言うもんだ」 題名の重さと、内容に潜む奇妙な軽さ。 そのくせ重過ぎるギラギラ拷問&陵辱シーンの頻発。 現代のコンプライアンスを散弾銃でぶっ飛ばすような会話や言説の遍在。 今これ新作で発表したら、AIの勝手な判断でスカーーーンと殺されちゃうんじゃないか作者が、と心配にもなります。 一方でかなり強靭なユーモアが作品の四方八方へ明るさを付与している点も特筆すべきでしょう。 こいつらいったい何回敵に捕まってあんな事こんな事されたら懲りるんだ、元刑事のくせして、なんてあきれてしまう滑稽味もあります(その裏からは強烈な惨酷描写が身を乗り出している構造なわけですが)。 「悪くはない。ペニスです」 重要ファクターとして「◯◯」が登場。 S.S.なんとか氏の某作にも登場するアレですが、ソレのアレとは重みが違う(洒落か)。 他にもあれこれ盛り込んで、最終的にはなかなかトンデミーな方向へと物語が飛んで行きそうになったけど、そこは流石にぐっと堪えたよね。。 あれ、そう言やあっち方面の落とし前は? と少し思ったけど、そっちには「◯◯」の存在は知られてないんだっけ。 どっかで漏れてるような気もするのだが・・・・ |
No.1279 | 6点 | 変な家 雨穴 |
(2024/08/19 23:13登録) 掴みは迅く、展開も速く、結末には想定外の深み。 中古住宅の奇妙な間取り図を巡り「筆者」と「相談相手」が様々な考察を巡らす。それが犯罪への妄想にまで発展した頃、現実の迷宮入り殺人事件との連関が明らかになる。事件関係者との面会を繰り返すうち、更に奥深い真相の沼へと「筆者」達は引き摺り込まれて行く。 いくつかの、よく見ると不可解な「間取り図」を対象に、何故そのような設計になったのか、また「間取り図」上には現れない住宅の構造までをディ――プに推理しながら進行する物語には、淡々とした語り口ならではのスリルとサスペンスが充満。 作者の妄想インフレ爆発記録ドキュメントみたいな一面もあるけれど、常に見取り図(時に◯◯図)を携えて静かに進行する不思議な落ち着きがバランスを取り、それなりのリアリティの重みを持った仕上がりとなっている。 いやはや、ここまで業の深い(ちょっと大風呂敷でもある)エンディングに至るとは、まったく感服しきりでございます。 娘の買ったお気に入り本を読ませてもらいました。 |
No.1278 | 9点 | 刑事部屋(デカべや)1 島田一男 |
(2024/08/17 23:59登録) 昭和九十九年の夏に、昭和三十三年の島田一男が大当たり。 この連作短篇はやばい。 脂ののった最高のシマイチ文体がミステリの深い所にまで沁み通っている。 連城「戻り川」を大衆文学の文体と内容とでやり切ったような、文学とミステリの完璧な融合感がある。 地の文ならぬ「文の地」に強烈なスリルがあるからこそホント、読ませること脅迫状の如しである。 予想外の導入部から、最高のシズラーと言える中盤、そしてエンドがどれくらいバッドなのかハッピーなのかまるで見せない巧妙なムードの導線捌きまで、パターンの画一化ってやつが徹底的に排除されている。 今や死語となった職業名(やくざ、堅気を問わず)や風俗・文化事象がさりげなく説明されているのは後年の読者に優しい。 通しの主役はおなじみ新宿署の庄司部長刑事だが、第一話だけは昇進前のヒラ刑事という、ちょっとした歴史の目撃者感も愉しい。 前半三話のタイトルにはミステリ心を最高に唆るものがある(特にオイラのようなS30年代フェチには)。 内容は六話とも高いレベルで拮抗しており、甲乙付け難い! 第一話 俺は見ている 第二話 もう一人知っている 第三話 その血を返せ 第四話 脅迫状 第五話 東京犯罪地図 第六話 七色の地図 |
No.1277 | 8点 | カリオストロ伯爵夫人 モーリス・ルブラン |
(2024/08/15 00:42登録) 「アルセーヌ・リュパン、これがほんとうの名前なんだよ。覚えておおき、クラリス、いまに有名になるだろうよ」 中世の修道僧達が隠した宝石群は気が遠くなるほどの莫大な価値を持つ。 これを狙って対立する二方の悪党どもの間に割って入る若き偽貴族、ラウール。 彼は一方の悪党の構成員である男爵の娘との恋愛結婚を考えていたが、 もう一方の悪党の親玉たる年齢不詳の女に心底から魅惑されてしまう。 女は敵方悪党の親玉をも魅了した過去があるが、それゆえ生じた恋愛感情と同じだけ狂暴な殺意を現在の彼からは抱かれている。 恋愛絡みの重い(!)逆説と、財宝を巡る軽い(?)冒険を掛け合わせたら、これほどまで躍動する名プロットに化けてしまった。 本作は、ブラウン神父が色っぽくなったような熾烈な逆説を節々に味わえる長篇です。 命を賭けた心理の推理も熱く、人間ドラマがファンタジーとリアリティの狭間でモルフォ蝶のように舞い踊る様をじっくりと観察することが出来ます。 峰フュジ子の(原点、とは少し言い難いが、少なくともその)インスパイア元として充分にサスペクトし得る人物が大活躍します。 マルタの鷹を思わせる、男から女への壮絶な非情演説も忘れられません。 もしかしたら、友情と恋情の違いを教えてくれる小説なのかも知れない。 「おまえはぺちゃんこに敗けたんだ。おれはおまえを軽蔑するよ」 何しろ続篇 『カリオストロの復讐』 が愉しみで仕方が無くなってしまうわけですね。 |
No.1276 | 7点 | 幻の殺意 結城昌治 |
(2024/08/13 11:25登録) 「人間の屑と遊ぶときの方法を知りたい」 「あたしをバカにしたつもり?」 「聞こえない方の耳に言ったんだ」 真面目だった高校生の息子が急に夜間外出を始めた。 数日後、息子は殺人の容疑で逮捕される。 刺殺された被害者は、片腕の無いやくざ者。 全く心当たりの無い父は息子の無実を信じ、友人の郷田弁護士を頼り、自らも私立探偵まがいの調査活動を始める。 心労で母は寝込んでしまう。 父はやがて、息子の中学時代の同級生で、やくざな道に両脚突っ込んでしまった少年に出遭う。 「かまいません。あんな子はさっさと野たれ死にでも何でもしちまえばいいんだ」 サスペンスに始まり、ハードボイルドに終る、短い長篇。 ダークな方の結城昌治だが、適時ユーモアも弾ける。 だが圧の強い、渋いムードが魅力。 息子の父の即席ディテクティヴ気取り(探偵に化けたり、刑事のふりしたり)が、不思議と鼻に付かずリアリティを削いでもいない。 決してフラットでもフレンドリーでもない関係の男女が交わす殺伐軽妙な会話、男女間だからこその独特なハードボイルド感覚、頻繁に登場するこいつがどれも面白過ぎる。 これが男同士の会話となるとたちまち明からさまな直球勝負かと思いきや、方向性の色合いがちょっと違うだけで、うつむき加減の独特なワイズクラックはやはり同性/異性間共通の味わい。 実にイカしている。 「感じのいい女で、わたしだって好意をもっていたくらいです」 謎の核心がチラッと晒されるチョイ前までの寸止め海峡で、ますます深まる、チョイ社会派を匂わす射程少しばかり絞った謎の深みを覗き込む感覚が刺激的。 このあたりから物語はサスペンスからハードボイルドへと速やかに軸足を移動し始める。 どうも、謎の本籍地への道筋が思いのほか入り組んでいるようだ。 あからさまに光るワンフレーズも待ち構えていたりする。 ストーリーとタイトルとの連関性もそろそろ気になる所(でしたが、空さん仰る通り、初版時タイトル『幻影の絆』こそが内容に則しておりますね)。 第四章「四人の語り手」では、ストーリー構成上のツイストが効いた、その一方で非常に重い展開が押し寄せる。 Tetchyさん仰るロスマク風家庭の悲劇の原点がここで暴露される。 だが、頁数はまだまだ残り、或る心理の謎(というか白黒判定)がまだ残る。 最後に残った、前述の白黒をはっきりさせる、『手紙』。 力強さと不安定さが入り混じる最終シークエンス。 リーダビリティは強烈でアッという間に読み進んでしまいますが、前述の第四章「四人の語り手」前あたりで一時停止しないと、すぐに謎が解けてしまっては勿体無い、なんて思っちゃったりする。 それ程の魅力が、本作には深く埋め込まれていると思います。 |
No.1275 | 6点 | 死のようにロマンティック サイモン・ブレット |
(2024/08/10 23:54登録) “わたしはマデレーン・セヴァン、その美貌で男を狂わせることもできる女なのだ。” ポケミスの帯に『危険な三角関係』の煽り文句ありますが、実際には五角関係(男三女二)の恋愛模様が登場します。 但し犯罪レベルで危険な域に達するのは、やはりその中の "歳の差" 三角関係に限られます(?!)。 いやいやいや、これは阪神タイガース優勝年の’80年代ミステリですしね、やたらな事は何も言えません。 さあいったい何があったんでしょうねぇ~~ 「そのう、セックスを」 (← これはヤバかったです。電車の中で噴き出すのをこらえました) 「ストレートで」 あっという間に読めちゃうところは長い短篇のようだけど、短くとも長編の長さなればこその欺瞞が本作には埋め込まれているのだと思います。この「ネタ」を50頁ほどで纏められても、ちょっとねえ。 まさかあの人がそこまでやばい奴だったなんて。。思わないですよね、普通。 しかし或る人物の●の病気が、そんな決定的な仕事をする事になるとはな。 これは小技に属するナニだとは思いますが、結果的にこれが有ると無いとでは大違い。なし崩しファンタジーめいた結末の中心に、一条のリアリティ軸を差し込んでいるわけでね。 終盤へ近付くにつれ、その上空を旋回しつつ、ごく短い「第一部」に何度も立ち返ってしまう。「第二部」のドタバタ青春コメディ(?)とは一線を画する、あからさまに殺人ミステリな、その出発点へと。 核心の部分で明らかにおかしい、と物語が突然に自ら暴露して、そこからカタストロフに至るまでの妙に余裕ある持たせ具合、ここがいいんだよな。 あせらなくてええんよ、●●トリックは、って優しく言われてるみたいでね。 まあ、最後はなかなかの人生劇場を晒して終わりますね。 「今、チャイルド・ハロルドが生きていたら、きっとシンナー遊びに夢中になると思うけど?」 日本の某有名作が本作にインスパイアされてると言われる様ですが、たしかに、真似でもパクリでもなく、インスパイアされた原石を上手に磨き直してドラスティックに再構築させたものだと思います。 原題の誤直訳のような「邦題」は内容にまるで合ってませんが、書店で手に取らせるには(帯惹句との合わせ技もあり)勢いでオッケーってなとこだったんでしょう。 |
No.1274 | 7点 | 動脈列島 清水一行 |
(2024/08/05 20:20登録) 「犯罪者というのは常にクリエーターだからね」 騒音・振動公害問題に立脚し(当時は東海道しかなかった)新幹線の転覆テロを賭けたタイムリミット・サスペンス。 犯人側/体制側(警察・国鉄・政府等)の切っ先鋭いカットバックでしぶきを上げて走り去るストーリー前半は思わせぶりな謎もたっぷりで真夏の生ビール+一品みたいな魅力が満載。 だが、中盤に至り或る事のバレるタイミングが早いというか、犯人が何もかも妙にフェアプレー過ぎ(古畑任三郎のイチロー篇思い出す)というか、て事はまだまだ奥がありそうなんかどうか・・というか・・ちょっと「あれっ?」と思う所あり。 だが、後半はみるみると前半とはまた別のよりストレートなサスペンス感覚で盛り返し、あれとあれよと二人の女まで巻き込んで終結の「X時刻」に向かい激しくもステディな爆走を見せる。 最後の、落とし所と、そのための或るトリック。 このドラマ性は唸りました。 つまり犯人は◯◯で◯◯つもりだった、って事ですよねえ・・・・ いやはや。 大掛かりなもの含むいくつかのアリバイトリックは、トリックそのものに驚きはしませんが、その醸し出す物語性とスリルの加速性から見て、有効度は高かったと思います。 また、グリーン車の事件は、読者と捜査陣それぞれへ向けたベクトル異なる淡いミスディレクションだったのでしょうか。 警察の相談相手でもある大学教授が終盤に至りやたら犯人に肩入れし出すのは可笑しかった。 GSブームも去った折、“沢田研二というテレビタレント” が妙にディスリスペクトの対象になってたのは何だかな。 タイトルですが、意味的にはむしろ『列島動脈』が通じそうな所、ハマり具合でここは『動脈列島』一択でしょうね。 言葉のルッキズムというか、表題のポエティック・ライセンスというか。 |
No.1273 | 7点 | 地球儀のスライス 森博嗣 |
(2024/08/03 18:36登録) 夢ℚをちょっと思わす 『小鳥の恩返し』 を皮切りに、様々な様相の人生/生活エッセイを爽やかな短篇ミステリの形で次々と披露する納涼流しそうめん大会。 文理両道気取りだったり、ラ◯ってるっぽかったり、いじわるっ娘だったり。 「某シリーズ」に属する二作が、緩いけどハイライトになっている/緩いからアクセントにはなっていない。 「鮎川某短篇」の鉄道写真トリックをロネッツ “ビーマイベイビ” とすると、そのちょっとした複雑化の視点から『マン島の蒸気鉄道』のそれはビーチボーイズ ”ドンウォリベイビ” に喩えられるかも知れない。 先行チラ見せ逆スピンアウト?みたいな作もあったし、手の込んだ自己紹介みたいな作もあった。 作者らしい、作品間の密かな連関もあった。 最後の 『僕は秋子に借りがある』 がいい。 日常のファンタジーかと見せて、きっちり現実世界の軸足を、時を越えて地面に突き刺している。 独特だ。 長い間『天球儀のスライス』だと思っておりました。 |
No.1272 | 7点 | 喪服のランデヴー コーネル・ウールリッチ |
(2024/07/31 23:53登録) 恋人を殺された青年は、5人のヒットリストを作った。 それは二つの意味で、普通のリストとは違った。 だが彼はそのリストに基づき、スパンの長い復讐を重ねる。 「神さま、ありがとうございます。彼女は待っててくれましたよ、ぼくを」 主人公が易々と心理を明かさない中、オムニバス形式の様に犯罪物語が進行する。 推理は出来ないがある種のフーダニット趣向がある。 やはり不思議な格調がある。 逆説孕んだ空気感が徐々に迫るサスペンス劇場には、ウールリッチならではの、渋過ぎずちょっと甘い情緒が間歇泉のように溢れる。 キャメロン刑事の独特な存在感、斬れるようで鈍いようでなんだか場違いにユーモラスな立ち位置は不思議と邪魔をしない。 泣かせるシーンにスリリングなシーンがいっぱい。 盲目の娘が晴眼者のふりをするシーンは手に汗握った。 盲目の娘が或る別れの言葉を放つシーン ・・・・・ こう言うとネタバレかも知れないけれど、最後、ミステリになりそこなったよなぁ。 カッチリ嵌ってない。 でもそれが、主人公の心なんだよなぁ。 Tetchyさん仰る通り、本作の主人公は Johnny Marr。 これだけでも充分 > 洋楽ファンなら思わずニヤリ なのに、実はあろうことか Morrissey なる人物まで登場し、あまつさえ Marr に対してちょっと○○っぽい発言をするシーンまであります。 偶然だよね?? |
No.1271 | 7点 | 巣の絵 水上勉 |
(2024/07/28 16:12登録) 屍体で見つかったのは、一風変わった「幻燈画」の貧しい商業芸術家。 同じ東京に住む別れた妻は(既に再婚し夫がいながら)時々会いに来るが、親戚に引き取られた一人娘は福井の若狭に離れて暮らす。 街の質屋が戦時に作った防空壕を工房兼住まいとする彼のもとには、近所の小鳥屋の若い純朴な娘が跛を引き摺り時々尋ねて来る。 屍体発見者は彼女。 他に友人と言えば、商業芸術でも下卑た領域に手を染める、それでもどこか純粋らしい風来坊の男が二人。 一人は自殺説を唱え、一人は行方不明で容疑の対象となる。 第一探偵役は被害者と仕事で関わりのある「童謡春秋」編集者。 警察の面々も、第二、第三の探偵役を中心に良いチームプレーを見せる。 “ラクをして金を儲けるのが彼らの話題であった。だから、自然と、片隅の生活を歌い、不具者的な劣等感を大切にしていた。” こいつぁ良い作品だなぁ。。 謎とスリルの有機的広がりが実に素晴らしい。 新事実が次々発見され、容疑者一番手が次々に上書きされ入れ替わる感覚に翻弄される。 なかなか動機の片鱗さえ見えて来ない。 中盤に入り、唐突な方向転換が攻めて来た。 しかし「週刊人生」なる雑誌名はちょっと笑ったなあ。 被害者の「名前」に微妙な違和感?を感じていたら、そういう仕掛け?でしたか。 「あんたが、最初の容疑者なンだ」 ← このセリフが響くんだよなあ。。 さて本作、社会派に分類される事が多いようですが、それはどうでしょうか。本作の手堅い?社会派要素は飽くまで副次的なものに思えます。 ロジックで落とす狭義の本格とは違いますが、広い意味での本格推理と、個人的には呼びたい一篇です。 いや寧ろ、本格に始まり社会派に終わるミステリ小説と呼ぶのが良いかも知れません。 (社会派要素をギリギリまで隠蔽するのがミソ、ということなのかも) “あんたの夢みがちな心が、恐ろしい犯罪に触れたのだ……” 小説として鮎川哲也マナー的なサムシングも感じられ、やや色彩はくすみがちながらも手堅いユーモアが適宜配置される愉しい長篇、時にじんわりと情緒が沁み渡ります。 昭和三十年代中盤東京と近郊の雰囲気が素晴らしく良く描かれており、薄汚れた場所では息を止め、緑の豊かな場所では深呼吸がしたくなります。 人々のふれ合いも生き生きしている。 或るタイミングで「手紙」の登場もたまらんなあ。 何と言っても、寂しくも仄明るさのある映画のようなラストシーンは最高に心に残ります。 |
No.1270 | 6点 | 使命と魂のリミット 東野圭吾 |
(2024/07/26 19:48登録) 【心臓血管手術】なるものを巡り、全く性質を異にするサスペンスフルな二つの事象が同時進行。 どちらも過去の「死亡事故」がその根底にある。 女は父親を亡くし、男は◯◯を亡くした。 女は事故そのものに疑念を抱き、男は事故の◯◯◯◯◯◯◯◯◯を怨んだ。。。 爆発的リーダビリティで呆気なく終わってしまうこの長篇、人間ドラマは厚いが、ミステリーは薄い。 これを逆に "ミステリーは薄いが。。" と結果的に褒める言い方には出来かねる無念さが、本作に露呈された何らかの弱さを象徴している。 何より、俺の東野らしい "仕掛けて攻める" スピリットが希薄だったのが悔しい。「話の前提」から既にミスディレクションの暴風が吹き荒れて・・・いたわけではなかったし(それ期待したんだけどなあ)、数々のあからさまなほのめかしはあからさまなだけだった。 きれいごとパラダイスみたいなくだりもあり、しかしこれこそ東野の野心的な仕掛けではないかと期待もしたが・・ 後半少しして東野らしいアレの雫が速やかに沁み渡り始めたかな・・と思ったものだが・・ ガッツは最高、頭の冴えは意外と標準以上程度の某刑事の存在も今一つピリッとしねえし・・ タイトルはこんなに思わせぶりなのに・・ だがそれもこれも厳しい厳しい東野基準内でのこと。6点より下げる事はとても出来ない夏の(?)快作です! ちくしょう、このアクティヴエンディングは泣かせるじゃねえか!! |
No.1269 | 5点 | 昼と夜の巡礼 黒岩重吾 |
(2024/07/24 19:01登録) 「今夜はわしがえらい役に立ったやろ」 不倫相手の男が、女に大金を託し失踪。女はその資金で「バー」経営に乗り出す。やがて男の妻も別の「バー」を経営し始める。 ← わざと肝腎な点を端折って書きました。本当はかつて女が社長秘書として働いた「世界金属工業」なる会社の面々やら、キーマンとなる株式ブローカーやらその妻やら、女の父母やら登場し、男の「失踪」を中心とする(カネも大いに絡む)謎の暗雲を晴らそうと、女は奔走します。 社会派ミステリを、一人の女性の成長物語が包み込む構造です。 決してミステリ側が包み込むのではありませんが、ミステリ興味の支柱を棄ててはいません。 成長物語の方のサスペンスもなかなかのものです。 騙し合い、疑り合いの火花が鮮やかです。 主人公の一人称かと錯覚する文体にはちょっとグラつきがありますが、許せましょう。 唐突に体操したり歌ったりおなかすいたり、なかなか可愛いところもある主人公です。 “そんな時は酒を飲み、浮気をしてやろう。” 最終盤で明かされる或る事のハウダンまたはホワイダン、物語のそのタイミングでミステリ的にどうという反転でもないけれど、重みはぐっと被さって来ました。 タイトルにはしっかり具体的な意味がこめられていました。 そして深読みできる最後の台詞、渋いねえ。 |
No.1268 | 6点 | その男 凶暴につき ハドリー・チェイス |
(2024/07/21 00:00登録) “フォーミュラ” なる激ヤバのブツを巡り、巨万の富の実業家とその配下たち、警察、FBI、CIA、夜の街の住民、精神を病んだ天才科学者等々が激突する暴力と頭脳戦の顛末を描く大花火大会。 前半の犯罪小説と後半の警察?小説(そんな簡単に割り切れません)とで主人公群の方向ガラリと切り替わるのが良い。 後半の中の前半と後半とでもやはり何かが切り替わる。 スリルは変わらない。 ふんだんに登場する人物のディテイル描写はリアルにして繊細。 造りの安っぽさはあるが、これほどイカした読み捨て小説を前に何の文句があろう。 「(前略) いまは若いならず者でしかない。十年後――いや、二十年後には―― (後略)」 心温まる、或る ”コーヒー” のシーンが記憶に残る。 結末を知ってみれば尚更だ。 或ることに関する最後の反転は不意を突かれ、ちょっと泣けた。 静かに動き出すラストシーンは程よく眩しい。 個人的にいちばん魅力的な登場人物を照らして終わるのも実に良かった。 |
No.1267 | 6点 | 裂けて海峡 志水辰夫 |
(2024/07/19 21:54登録) バカな奴・・ (-。-)y-゜゜゜ (;_;)/~~~ “街行く人がすべて友人に見えてくるのはきっとこんなときだ。” 風景描写にまで読ませるスリルと情緒があって良い。これは退屈しない。 鹿児島は大隅海峡にて消息を絶った(?)小型商船の船長は主人公の弟。 ささやかなる海運会社の社長である兄は、やくざ者との愚かなトラブルが元で、件の事故(?)が起きた頃には刑務所の中にいた。 出所後の主人公は遺族弔問の旅に出る。 昔馴染みだが訳ありの女がつきまとう。 もっと訳ありらしき厄介そうな男二人もつきまとう。 もっともっと厄介な事件が起きるのもすぐ先だ。 “死ぬことも許さない。わたしというおまえはもはやおまえでもない。” しかしだな、渋いタイトルに男臭いストーリー展開の割には、主人公がなんともヒーローっぽくねえ・・・ 彼を中心にスットコでもっさり感ただようドタバタ(と言うかアタフタ)ユーモアが遍在し、微妙な間抜け味がクスクス笑いを誘う。 為すこと思うことが妙に大げさだったりセコかったり。。 アホっぽい楽天性、時に見上げた諦観、時に可笑しなこだわり。 年長者への暖かき共感、妙に余裕ある幸せ発見の技も見せる。 経験値が頼れるんだかどうなんだか。 終盤に至り、ユーモア材料の隠し球まで暴露してくれたのにはあきれたやら笑うやら。 にわかに安らいで、すぐまた絶体絶命って、いったい何度繰り返したら学ぶってんですか、こいつは。 不意にそのうち最後のチャンス/ピンチが来ても知らんぞ・・ 「朝風呂に入ってビールというのも悪かないな」 「電話代をけちったんだよ。九時からは深夜料金で安くなるだろうが」 一旦仮想敵、警戒相手、ライヴァル、バカ友、メンター候補、いやいや惚れてまうやろ、そんな助演役の登場、最高ですね。 あれ? 話のど真ん中ちょい前でいきなりドドンと大ネタバラシ?? これはつまり、何かの狼煙が上がってまだまだこれからって事なのか。 “自分が殺せない敵は生かしておくことだ。本当に殺せる力がある者のために殺す機会を残しておいてやれ。” スルメだのトマトだのハマチだの、いいねえ。 フランダースの犬みたいな台詞のシーンには笑ったな。 マー◯◯の有名箴言をヒネったようでヒネりそこなったヌルいおマヌケ台詞には公共の場で本気で鼻から噴き出した。 まあ無駄に(?)ユーモアまみれなのは少なからずサスペンスを殺ぎスリルを湿らせ、バランスを乱しているとは思う。しかしそんな内なる敵にも結局は斃されない、図太い面白さが本作にはある。 どれだけハッピーエンド寄りになるのか、ならないのか、予測が付かない展開も美点と言える。 思えば「切り捨て」が少数の人間で済んでいる事こそ、なんたる幸せか。 大いに心を引っ張ったのが、ラス前に大見得を切ったよな『追想独白』。 実際これこそが反転結末の重心だったと言えよう。 「それほどの覚悟ができるなら、もっと早くあきらめるべきだったのだ」 |
No.1266 | 8点 | 三幕の殺意 中町信 |
(2024/07/15 01:50登録) 「わたしは探偵小説のファンなんですよ。ことに奇抜なトリックのある――つまり本格探偵小説が大好きなんです」 いやいやいや、この「ラスト三行」の突破力は本物よ!!! いかに帯で喧伝されようと、むしろその非道なるネタバレ波動を何周か回って味方に付けちゃってんじゃないの。 いやはや、この残酷味の残響はそうそう消えてくれない。 一見いかにも短篇上等オチのようだが、短編枠に押し込まれていたならこれほどの絶望咆哮は聞こえなかったろう。 観光シーズンを過ぎた初冬の尾瀬の山小屋に、数多の男女が集まった。 呼び寄せたのは山小屋の離れに住む初老の男。 なかなかの才人でありながら堂々恐喝業を営む彼が屍体で発見される。 どいつもこいつも殺意は認めるが、犯行は否定。 著者最初期1968年の中篇を、晩年になって長篇に仕立て直した2008年作品。 とにもかくにも創元の戸川さん、並々ならぬグッジョブでした。 40年越しの虹を掛けてくれてありがとう。 「その点、鮎川哲也氏の作品は気持がいいですな。最初から、脅迫者をばっさりとやってしまうんですから――」 企画性がくっきりはっきり、シンプルな多角形構造が良い意味で複雑に配置されているような、大人受けするパズル玩具のような、叙述トリックではなく叙述ギミックの金字塔とさえ思える作品。 探偵役らしきお方がハナッから容疑者、それも読者目線でかな~り容疑濃厚な中心人物のお一人というエキサイティングな設定。 一方で「謎の男」の動向に気を揉んでいると、いきなり飛び出すその意外な独白に戸惑ったり。 それにしても何なんでしょうかこの、目に入る全てがアリバイ顛末の結晶みたいなサブ章立てのグリグリ来る快速リーダビリティ! わたしゃあもっとゆっくり読みたいんじゃよお。。 「さっそく、これを小説に書いたらどうですか? 傑作ができると思いますよ。 なにしろ、事件の渦中にいたんですからね――」 オラはさっそぐ仮説を立でただ。 被害者は実は●●●でねがったっぺが、、と思わせといて実は他のキーマン(犯人に限らず)こそ●●●だったとか・・ あのストがズヅはアレって線はそこで早くも消されだってが、いんやー本当にそうなんだっぺぇが。。 んま「村長」のアレはダミーィのアレだっぺなー いやいや妄想が膨らむこと膨らむこと。 「石油ストーブ」とか「◯◯隠し」とか。 「想い出はアカシア」と言っても裕次郎のカヴァーじゃないんだよな。。 “このとき相手の正体にうすうす気づき、思わずはっとした。” さて前述の「三行」がここまで有効って事は、「アレ」が実はぶっとい伏線だったってことでしょう(なのか?! だよな!?)?! ◯◯間(そして◯◯◯どうし)の愛情と友情に熱く裏打ちされた「アレ」。 元の中篇にはあったのかな? ソレの逸話が。 どちらにしても、元の中篇がどんな原石だったのか興味津々、読んでみたいものですなあ。 “あなたは、今度の事件を小説に書くとしたら、肝心の犯人を誰にするおつもりですか。” そしてたどり着きました。 いんゃあ、こんな濃いぃぃいぃいぃぃ、トリッキー過ぎる複雑構造のエピローグ。 そいや帯には、たしかに「本作は叙述トリック使ってます」とは書いてないんだな。 つまりこの帯自体がかなりの叙述トリック使い手なわけだな・・ 登場人物表見るといっけん平板均一で誰も区別付かなそうなのが、実際読んでみるとどなたもこなたもみなさん生き生きとご自身の差別化をキープされておってからに、実にカラフルで読みやすい小説になっておるわけです。 容疑者もかなり後の方までそうおいそれと絞り込みに掛かれないような巧い仕組みになっておるわけです。 「容疑のまったくの圏外にいた人物が、実は真犯人だったという手が、探偵小説の常套手段になっていますが、私はあまり感心しませんな」 真犯人のナニに関するとても大事なポイントの念押し繰り返しタイミングも絶妙です。 「新人賞殺人事件(模倣の殺意)」へのセルフオマージュかと思うポイントもありますね。 何気に目を引いたのは「筆跡トリック」の悩ましき新機軸!! 地の文で「ちょっとおもしろい」なんて自画自賛してんのもちょっとおもしろいです。 ほんとうに、ちょっとしたライフハックなんですけどね。 (そう簡単に.. って気もしますが.. でも.. ) 二回繰り返されるのではなく、一回で二度美味しい、あるいは苦しい、魅惑の「ダブル」読者への挑戦も素晴らしい。 正直、終盤ある地点で当てやすくなった犯人を当てましたが、その「当たり方」のあまりの意外さと、グッジョブ真犯人への賛美と、さらにはその、あまりに皮肉が燻り薫を留めすぎる結末(巨オチ)とのために、当てたからどうというのではない、中町信さんの晩年宇宙に吸い込まれて今度はこちらの晩年にやっとそこから吐き出される予感のような感覚に覆われて、最早ミステリライフ的にとてもそれどころではなくなってしまっていたのでした。 三幕×三行=九点を文句なく付けられてたら良かったけど、そこまでは惜しくも届かず・・・だが堂々の8点(8.3相当)を献上させていただきます。 野球好きの中町さん。いかにも “新機軸は俺が打つ!” と青空へ宣誓せんばかりの、快音響き渡る最後の傑作だったと思います。 「待ってくれ。話したいことがあるんだ。殺さないでくれ。殺さないで・・・・・・」 |
No.1265 | 7点 | 八日目の蝉 角田光代 |
(2024/07/12 13:07登録) “その子は朝ごはんをまだ食べていないの。” 赤ん坊のリアルなプレゼンスがすごい。 逆に、赤ん坊がいるはずなのにそう感じられない所は、主人公がそれほどまで他の事象へ気を取られるサスペンスの描写に自然となっている。 不安感と謎と、同時に膨らませながらの展開は実にスリリング。 こっそり言っちゃうと、途中ちょっとだけ「メグストン計画」を思わすシーンというか要素もあった(別にネタバレではない)。 女が或る人物の娘(赤ん坊)をさらい、育てながら逃亡生活を続けるストーリー、が根幹にあるが決してそれだけではない。 まあ読んでみてください。 タイトルの意味する所は何なのか? それは到底耐えられないような爆発を果たすのか? やさしさチンチロリンなのか? .. ほう「蝉」はそこで初登場するのか。 ◯◯の象徴の一つと言うことか? ・・ちょっと違うのか・・・ とタイトルワードが投射しようとするイメージに少しずつ補正を加えながら読書を進行する(特に後半?)。 話のスタートは1985年。 主人公にとっては阪神タイガースの優勝どころではない。 「あんたがここにおってくれて喜んどった。会いたいって言よったで」 ふと登場する「両親」なる言葉は、刺さったなあ 。。。 。。。。これはちょっと、流石に辛いよなあ。。 より巨大な謎と、爆発するカタストロフィ、あるいはそれさえ封じ込める更に恐るべき存在への予感。 第1章終わりの、空恐ろしさの圧力。 第1章(ストーリー前半)と第2章(ストーリー後半)の間に在る、強固過ぎる断絶の痛み、これがまた、結末へ向けての予感の加速に油を注ぐのだ。 『裁判』の核心がずっと後から明かされる構成も、ぐっと来る。 「じゃあ、あんたが知っている『あの事件』ってのは、何」 ストーリー後半、時系列やら何やらのカットバックというより最早ぐるぐる回転パッチワークのような展開を見せる。 回想の中の、熱くもあたたかいフラッシュバックなどもある。 何気に時代の社会問題らしきネタをドーンと打ち出して来たのは、ストーリー上の何かから目を逸らさせるためなのか、と思わせる所もあった。 “それくらい私は恐れていた。道が続いていて、それが過去とつながっていると確認することを。” あの「タクシー運転手さん」の言葉、小説でもさることながら、映画だったら影のハイライトシーンになるよなあ。 何故なら、演じる俳優の・・・・ 実際の映画は観てないので知らんけど。 後半、ミステリの一種としてのサスペンスとは違う着地になりそうな雰囲気も発し始めますが、読ませる興味とエキサイトメントは一向に失いません。 「手放すことは難しいねえ」 『帰り道』のシーン、泣けるのとも微笑みを誘うのとも少し違う、すぅーっと透明な気持ちになるような ・・・ このエンディング、いいと思います。 |
No.1264 | 8点 | 女相続人 草野唯雄 |
(2024/07/08 19:41登録) 本サイトで以前に評した某著によると「本陣」「刺青」「点と線」に並び日本4大本格ミステリに数えられるという(?!)草野唯雄「女相続人」は、よしんば本格は本格でも「フレンチ本格」なんて呼びたくなるよな独特な薫りが漂う逸品。 腹を震わせるサスペンスは言うまでも無く、また警察小説としても素晴らしい熱量を提供。 「それを聞いて安心した。まあ、しっかり頼むよ」 オーディオ機器メーカーの老社長が、自らあと半年の命である事を知り、若い時分に辛い状況下で棄ててしまった「実の娘」を捜し出そうと、顧問弁護士ら取り巻き達を奔走させる。 やがて「私があなたの娘です」と名乗る女性が現れる。 もしも本物と認められれば、巨額の遺産の行先も変わって来る・・ そこへ来てもう一人の「娘候補」が登場! さあ、このあと殺人事件の被害者になるのはいったい誰だ?! まず目次に晒してある各章、特に中盤以降の熱いタイトル群が異様に頼もしい。 軽い風俗小説めいた実質プロローグからスリル満タンの疾走オープニング、こりゃあつかみがシュアーで熱い。 音楽と地質学の魂こもった現場披瀝。 山陰沿岸、島根半島の旅情風景もきめ細かく匂うリアリティで迫る心地よさ。 イカす意味で予想の斜め上を疾走するストーリーの面白さ、その意外性は特筆すべき(おおお、あの大事件!!)。 何故かあらかじめ読者の目前に晒された様々なトリックをあっけなく次々と警察が看破する、このギミック(?)のせいで忍び寄る異様な真相奥深さへの予感は振動を止めない。 或る章の最後に、目には見えない ~読者への挑戦~ が亡霊のようにぬんわりと漂っては読者の首を締めにかかる。一方では真犯人の意外性をかなぐり捨てたかの様相を見せつけながら。。 この絶妙の物語バランスはほんとうにニクい。 “捜査官たちの胸中に、そうした感懐とともに一脈の安堵感が動いたのも、無理からぬことといえた。” 動機の重さ。 その思いもよらぬ逆転性。 予想外の重いエンドである。(アレのことを考えオチ的に仄めかしてはイナイわけだよね? いや、イルのか? いやいや、見事に押し切ってるんだよな。はっきりそう書いてある。そこ、さらにもっとはっきりとソコにも!) “(こうやって見てくると皆一つ一つが死闘の記録だ。いわば満身の創痍というわけだ)” 思えば、物語のごく早い段階で、真犯人の大胆な挑戦的告白が、それとは分からない形で忍ばせてあったのだよな。。 難を言えば、タイトルに ・・・ いや、何でもないぜ・・ 本当に、うねってうねってうねりまくるパワー長篇である。 |