氷壁 |
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作家 | 井上靖 |
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出版日 | 1963年11月 |
平均点 | 7.00点 |
書評数 | 1人 |
No.1 | 7点 | 斎藤警部 | |
(2025/05/18 23:25登録) 「毅然としていろ、毅然と」 穂高の『氷壁』に滑落死を遂げたのは、主人公の山の親友。 三十を出たばかりの独身青年である二人の間には、二人の女性が介在する。 (親友の死の時点で)一人は主人公がつい最近知り合ったばかり、もう一人は近い将来に知り合う事となる。 一人は親友ときわめて微妙な関係だったが、やがて主人公とは更に微妙きわまりない関係となる。 もう一人は親友とごく親しい間柄で、やがて主人公とも親しくなり( .. 以下略 .. )。 親友の死の真相を巡り、マスコミをも巻き込みながら展開する、ちょっと社会派の匂いも漂う長篇。 疑惑の積み重なりは不思議と穏やかで、サスペンスの風も意外におとなしいものだが、衒いのない誠実な文章で綴られる、その中心に知人の疑惑の死を置いた男女の物語は実に吸引力が強く、可読性は高い。 「神よ、おれは嘘は言わなかった! ーーこれは男の臨終の言葉だ」 口が粗く、喰えない奴だが頼りになる、ちょっと阿部サダヲっぽい支店長の存在が光る。(新聞連載時の挿絵を集めた『氷壁画集』に依れば、見た目は随分異なるようだが) この人は本当にいい。 主人公の物語上の後見人であり、コミックリリーフであり、最後までずっとキーマン。 「探偵小説なら、いろいろな考え方ができるということを言ったまでさ。ーー 冗談だよ」 ◯◯◯というキーワードでこれだけ社会派ミステリのポテンシャル側に引っ張っておきながら、着地点は意外と人間ドラマの領域に寄っており、◯◯◯の存在がちょっと浮いてしまった感がある。 その割り切れなさこそが小説の奥深さ、とも言えないような気がするが、小説の魅力は充分にあり、いつしかそのへんの靄もすっかり消し飛んでしまっている。 「彼を素直に信じられる、われわれだけで彼を偲びましょう」 或る人物の死を知らされに赴く短い時間の描写、とても良かったな。。 それと最後の一文が美し過ぎて、キラキラし過ぎて、もうだめだ。 重複になるが、なんて美しい(ハードボイルド寄りの)エンディングだろうかと思う。 |