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ミステリの祭典

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梅雨と西洋風呂

作家 松本清張
出版日1973年05月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点 人並由真
(2022/04/26 15:10登録)
(ネタバレなし)
 海に面したとある県。人口30万人の水尾市。中堅の酒造業の社長で市会議員の47歳の鐘崎義介は、週一回の地元新聞「民知新報」を発行。与党「憲友党」所属の義介は自分の新聞紙上では社会正義を謳って、市政や民間の問題を摘発。一方で、まずい案件の記事化を望まない関係者からのお目こぼし料は巧妙に戴いて、紙面の編集に手心を加えることもあった。そんななか、義介は30代半ばの愚直そうな男・土井源造を専任の編集長に雇用。使いつぶすつもりで働かせると、源造は取材に広告集めにと意外に才能を発揮する。そんななか、義介と同じ党所属の市会議員で政敵である宮前晋治郎が次回の市長選に立つという噂が聞こえてきた。義介は新聞を源造に任せ、政界の関係者の動向を探るが、その過程で浦野カツ子という美しい娘と出会う。

 『黒の図説』シリーズの一編として書かれた短めの長編。
 大昔に、瀬戸川猛資がミステリマガジンの国内ミステリ連載月評「警戒信号」の中で新刊としてレビューしたのを、ずっとうっすら覚えていた。
 その「警戒信号」のレビューには、最近また『二人がかりで死体をどうぞ』で再会したが、記憶の中ではけっこうホメてあると思ったものの、実際にはそんなでも無かった。
 なおタイトルの「梅雨」は「つゆ」ではなく「ばいう」と読むようにルビがふってあるが、瀬戸川氏はこの題名は妙なタイトリングのようだが、味があっていいと褒めている。

 延々と主人公の中年・義介を中心に地方都市での政争とそれにからむ人間模様、さらに妻子ある義介とカツ子との不倫模様が語られ、フツーの意味のミステリっぽさはかなり話が進むまで何もない。それがある事態の判明と同時に、ある種のミステリに転調するかなり個性的な作品。
 まあ清張らしい、というか、いかにもこの人ならこんなもの、書きそうだ、という作品である。

 評者は今回、最初にミステリマガジンの新刊レビューで本作を意識したことを踏まえ、元版のカッパ・ノベルスの初版を古書で入手。けっこう美本が安く買えて良かった。
(ちなみに、カッパ・ノベルス版の後期の清張作品は黙っていても売れると編集者が考えているのか、挿し絵も入れていない。)
 なお現状のAmazonの書誌データはヘンで、実際のカッパ・ノベルスの初版は昭和46年5月30日の刊行。

 前述の瀬戸川レビューでも触れられていたが、トリックそのものは短編ネタで、評者の個人的な感慨をネタバレにならない程度に言うなら『クロフツ短編集』か『殺人者はへまをする』辺りにありそうな感じ。
 ただまあ、トータルとしての小説の作りではさすが清張、とにもかくにも読ませるのでひと晩しっかり楽しめた。
 ミステリファン、というより、清張の作風になじんでいる作者のファン、にちょっとお勧めという感じの一作か。
 評点は、この点数の最大値という意味合いで。

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