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ミステリの祭典

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HORNETさんの登録情報
平均点:6.32点 書評数:1121件

プロフィール| 書評

No.1021 6点 白い衝動
呉勝浩
(2023/09/18 20:53登録)
 スクールカウンセラー・奥貫千早が、「人を殺したい」という衝動をもつ少年の真摯な相談を受け止め、苦悩しながらも必死で対峙していく物語。
 単なる衝動の制御を論じるのではなく、「加害衝動をもつ人間を社会で包摂する」ことをめざす千早の理念と、「隔離」「排除」を是とする社会的風潮との葛藤が大きな作品テーマとして流れている。そういう社会的な読み物として魅力を感じられる作品である。
 後半、学園祭で起きたヤギ殺しの事件からミステリ要素も大きくなってきて、その真相も謎解きの形できちんと作られているが、全体としては上に書いたような「罪を犯す性質を内包している人間と、社会はどう向き合うべきか」を問う物語の色が勝っている。
 とはいえ、面白かった。


No.1020 6点 罪の境界
薬丸岳
(2023/09/10 20:08登録)
 浜村明香里は、彼氏との約束がキャンセルになった誕生日の夜、渋谷のスクランブル交差点で斧をもった男に襲撃された。「このまま死ぬのか…」と思った時、一人の男性が止めに入り、犯人ともみ合うった末絶命した。息絶える直前に「約束は守った…伝えてほしい…」と言い残して。自分の命を救ってくれた男性は、誰とどんな約束をし、伝えてほしいと思ったのか。体にも心にも大きな傷を負い、絶望の淵にあった明香里だったが、命の恩人のために立ち上がる―

 あまりに理不尽な災禍に遭い、もとの日常に戻れない被害者の苦悩、家族の苦悩がよく描かれている。本筋は明香里を助けて死んだ飯山晃弘の「約束」を辿ることだが、一方で犯人である小野寺圭一の生育歴を辿る方のストーリーも面白い。
 ミステリ、謎解きとしては取り立てて目を引く仕掛けではないと思うが、物語として興味を持って読み進める力は確かにある一冊だった。


No.1019 7点 世界の望む静謐
倉知淳
(2023/09/03 18:28登録)
 「あなたのことは、最初から疑っていました」──漫画家を殺してしまった編集者、悪徳芸能プロモーターを殺めた往年の歌謡スター、裏切った腹心の部下に鉄槌を下した人気タレント文化人、勤務先の事務員の口を封じた美大予備校の講師……罪を犯した者たちの前に現れる、死神めいた風貌の「乙姫警部」。あの名作「刑事コロンボ」を彷彿とさせる名物警部の人気シリーズ。

 冒頭で犯行シーンが描かれたのち、刑事が表れて犯人を追い詰めるという、教科書のような倒叙もの。推理の手がかりとなる事象も、うまく描写に紛れ込ませられている。
 「一等星かく輝けり」が個人的ベスト。悪徳プロモーターの性質に踊らされてしまった犯人、そこを突き詰めた乙姫警部の捜査と推理は、小気味よかった。


No.1018 7点 お前の彼女は二階で茹で死に
白井智之
(2023/09/03 18:09登録)
昨年、「名探偵のいけにえ」でミステリファンに本格派としての実力を知らしめた作者だが、本作品のようなエログロ、汚物まみれの作風がもともとの路線。普通、シリーズ短編であれば、序盤から一緒に捜査している主人公の相棒などはずっとコンビのようにやっていくのに、何編目かであっさり殺され、その他の登場人物も惜しげもなく(?)次々殺されていく。さすが、突き抜けている。
 ただ、グロい登場人物と特殊設定ではあるが、いつも「謎解き・推理」のロジックはしっかり立てられている。本作も例にもれず、ミミズ人間とかべとべと病とか、とにかくグロいが、各事件で犯人を絞り込む推理はいたって論理的。それが面白い。
 最終編で、それまでの話を伏線としてまとめあげる様は作者らしかったが、ちょっと大味な仕掛けだったかもしれないなぁ。まぁそれを差し引いても、他に類を見ない「本格」(?)作品、この作家でこその作品というところがよい。


No.1017 7点 卒業生には向かない真実
ホリー・ジャクソン
(2023/08/27 20:53登録)
 ここまでの評者の方々が(前作から)書いているように、基本的に本シリーズは「シリーズを読み続けている人」の前提で書かれている。1作目から読むことをオススメ。

 3作目にして、ちょっと意外な方向に進んだな…主人公・ピップがどんどん遠いところに行ってしまったなぁ、というのが正直な感想。
 「自由研究」で始まった素人探偵の頃のピップが懐かしい。物語としては面白かったが、それこそ通して本シリーズを読んでいる身としてはなんだか悲しく、切なくなる展開ばかりだった。
 物語の後半、ピップがとんでもない「計画」に進み始めたところでは、「おいおい、冤罪のまま投獄されているビリー・カラスはどうなったんだよ!?」と思っていたけど、そちらはきちんと回収されていたのでまぁそれはよかった。
 とりあえず本シリーズは終了ということなので、また毛色の違う他作で楽しませてくれると嬉しい。


No.1016 7点 十戒
夕木春央
(2023/08/27 20:44登録)
 浪人中の里英は、父、そしてリゾート施設を開業するため集まった7人の関係者たちと共に、亡くなった伯父が所有していた枝内島を訪れた。ところが、狭い島に設えられた建物の中にはぎっしりと爆弾が。視察も早々に、翌朝島を発とうとしていた一行だったが、翌朝、不動産会社の社員の死体が発見された。さらにそこには、犯人が書いた十の戒律が書かれた紙片が。「殺人犯を見つけてはならない。見つけようとしなければ、お前たちは無事に帰れる」―それが、わたしたちに課された戒律だったーー

 孤島、集められた数人の人間、限られた期間は出られない状況…手あかのついた設定ではあるが、令和の時代にこの手で来るからには発想・仕掛けがあるんでしょ?って気になるよね。そして今回の手は「犯人を捜そうとしなければ、全員無事に帰れる」という設定。なるほど。また目の付け所が面白い。
 とはいえ、(犯人の欲求があるため)おおっぴらに推理はしないものの、主人公を中心とした近しい存在では「犯人捜し」が行われる。まぁそうしなきゃ物語が進まないからね。
 1日、1日と犠牲者が増えていくという展開は、ベタではあるけどある意味「期待通り」。一つ一つの殺人で少しずつ残されていく「違和感」を手掛かりに真相に迫っていく筋道は普通に王道だったし、普通に面白かった。
 ラストのどんでん返しは…まぁミステリ読みには予想の範疇。ただ前年の「方舟」からかなり期待値が上がる本作だろうけど、自分としては結構期待に応えてくれる出来だったと思う。


No.1015 8点 黄色い家
川上未映子
(2023/08/27 20:27登録)
 総菜屋のパートで生計を立てる独身女性・伊藤花はある日、「吉川黄美子」という60歳の女性が起訴されたというニュースに出逢う。その女性は、17歳の夏、花が親もとを出て頼った女性だった。風水を信じ、「黄色い家」に集った少女たちは、生きていくためにカード犯罪の出し子というシノギに手を染める共同生活を送っていた―世界が注目する作家が挑む、圧巻のクライム・サスペンス。

 冒頭の様相では、「黄美子」なる人物が少女たちを支配して異常な共同生活を強いていたかのような印象を受けるが、読み進めていくうちにその見方が誤っていたことに気付いていく。愛情はありながらも実質ネグレクトだった母親の元を離れた主人公・花が、生きていくために同類の少女を引き込んでいくうちに、次第に「支配する」側になっていく展開は非常に興味深い。とはいえ花に悪意があるわけではないところがこの物語の絶妙なところで、ラストにはミステリらしい落としどころも用意されている。
 困窮する生活環境の中で生き抜こうとする女性の姿を描く作品は多くあるが、いくつ読んでも飽きることはないと感じる。


No.1014 8点 母の日に死んだ
ネレ・ノイハウス
(2023/08/14 21:36登録)
 かつて孤児院から子どもを引き取り、里子として育てていたライフェンラート家の主が死んだ。老いによる自然死も考えられる状況だったが、その屋敷からは死後数日経過した遺体が複数発見された―!。しかも遺体はラップフィルムにくるまれ死蝋化、そのうちの一人は20年以上前に失踪した女性だったことが分かり、事件は一転、シリアルキラー案件に。おなじみオリヴァー&ピア コンビが、過去の事件を解きほぐしていく――

 事件を追う主線と並行して進む「実の母親を突き止める少女のストーリー」が、いったいなんの伏線なのかなかなか分からなかったが、分かったときは衝撃だった(!)。こういう仕組み方が本当に巧みな作者だなぁと思った。
 私はなぜか真犯人は冒頭で目途がついていて、ドンピシャだった。「プロローグ」の書き方がフェアを期するがゆえに、ミスリードを目論見ているであろう人物が始めから「ちがうでしょ」と分かってしまっていた。ただ自分としてはそれを看破して読めているので楽しかった。
 シリーズを通して変遷していくピアやオリヴァーの人間関係(今回はエンゲル署長VSピア?)を見ていくのも本シリーズの楽しみの一つ。いろんな要素を総合して、十分に楽しめた。


No.1013 7点 ハヤブサ消防団
池井戸潤
(2023/08/14 21:00登録)
 ミステリ作家の三馬太郎は、東京での暮らしに倦み、亡き父の故郷であるハヤブサ地区に移住した。移住早々、消防団に勧誘され、入団した太郎。だがやがてのどかな集落でひそかに進行していた連続放火事件、村人の不審死事件に直面する。この村にはいったい何があるのか───?

 田舎に移住した都会人の当初のとまどいや、次第に溶け込んでいく過程がリアルに描かれていて、一物語として十分読み応えがある。一方で、村で進行する不審な出来事に高まる緊張感もうまく融合されていて、さすがの筆力と感じる。
 「消防団」という、田舎文化の象徴であるようなことを題材として、令和の世になっても地方では根強く残る昭和的な風土を描きつつ、不穏な雰囲気と人間模様を非常に上手く描きあげていた一作だと思う。
 面白かった!


No.1012 5点 ローズマリーのあまき香り
島田荘司
(2023/08/14 20:45登録)
 1977年10月、世界中で人気を博す、生きる伝説のバレリーナ・クレスパンが密室で殺された。しかも殺されたのはニューヨークで行われていた講演の2幕と3幕の間、それなのに殺されたはずのクレスパンは最終幕まで舞台で踊っていたと、観客みんなが証言した。「クレスパンだからこそ、死後も最後まで踊り続けたのだ」―まことしやかな伝説と化しながら事件の真相が分からないまま時は過ぎ、20年後。世紀の謎は、名探偵・御手洗潔の手に委ねられた―

 7年ぶりの御手洗シリーズ、そりゃとりあえず読む。謎の不可能度は高く、謎解きへの期待はかなり高まるが、一方で不要な挿話が多く、御手洗登場までも長い。つまり不必要に長い。
 作風は同氏「摩天楼の怪人」を彷彿とさせる。ただ「この不可能にしか見えない状況がどんな『驚愕の』仕掛けによって解き明かされるのか?」という膨らむ期待に応えるものとしては、真相はイマイチだったかもしれない。
 とはいえ、氏の代名詞ともいえる「御手洗シリーズ」の長編を書き続けていることにはうれしさを感じる。可能な限り続けてほしい。どのみち絶対読む。


No.1011 7点 あなたへの挑戦状
阿津川辰海 × 斜線堂有紀
(2023/07/15 11:50登録)
 巨大な水槽のある円柱型の建物「水槽城」で怪死事件が発生。犯行当時、水槽で現場は密室状態だった(阿津川辰海「水槽城の殺人」)。ホテルで起きた大学教授殺人事件。犯人は犯行後、死体の横で一晩眠っていた―(斜線堂有紀「ありふれた眠り」)

 「紅蓮館の殺人」「透明人間は密室に潜む」の阿津川辰海と、「楽園とは探偵の不在なり」「廃遊園地の殺人」の斜線堂有紀が、互いに「あなたへの挑戦状」とお題を出して小説を書いて競い合う企画。
 お互い舞台設定が先に与えられ、それをもとに物語を編み上げていくという過程になるのだが、特に阿津川の「水槽城の殺人」のほうはよく考えたなぁと思った。「ありふれた眠り」は、どちらかというと犯人が先に見えてしまっていて、兄妹関係のドラマ的要素の方が印象に残った。
 何にせよ、今を時めく人気ミステリ作家による本格の競作。十分に堪能した。


No.1010 7点 そこにいるのに
似鳥鶏
(2023/07/15 10:56登録)
 写真を見るたび次第に近付いてくる、いるはずのない人の姿。帰り道にある2階の部屋で、毎日自分を見ている人影。いったん迷い込んだら二度と抜けられないY字路の迷路。まったく身に覚えのない、自分の不道徳な行為の動画アップロード…オールラウンダーなミステリ作家・似鳥鶏の、13のホラー短編集。
 ちょっとした中編レベルからショートショートの部類まで、雑多なサイズで並べられた短編集だが、「クママリ」というキャラクターが要所要所で出てくることで同一座標の物語っぽくなっている。
 一編目の「瑠璃色の交換日記」からなかなかよく、ホラーとしては「空間認識」「終わりの日記」が個人的に良かった。
 物語としては「労働後の子供」が一番好き。


No.1009 8点 彼女はひとり闇の中
天祢涼
(2023/06/25 19:59登録)
 10月のある朝、女子大生の守矢千弦は昨夜近くの小道で女性が刺殺されたことを知る。被害者はなんと、昨夜「相談したいことがある」とのみLINEを送ってきた幼なじみの朝倉玲奈だった。小学校時代、永遠の友情を誓いながら、同じ大学で再会してからは微妙な距離感があった玲奈。千弦は自身で真相をさぐろうと決意する。調査を始めると、親友の玲奈の知らなかった一面が次々と見えてきて―

 犯行者の独白が序盤に入ってきて、読者は「倒叙ミステリ」だと理解して読み進めることになる。ところが…
 これはなかなかやられるなぁ。ミステリとしての真相(仕掛け)だけでなく、物語中の「善人」「悪者」の見方もひっくり返されて、気持ちよい騙され具合だった。
 なんにせよ、この作者のストーリーテーリングは絶妙。どれを読んでも引き込まれる。チェック必須の作家です。 


No.1008 7点 陽だまりに至る病
天祢涼
(2023/06/25 19:46登録)
小学5年生・上坂咲陽の住む町で、殺人事件が起きた。コロナ禍でただでさえ外出制限を言いつけられている中、輪をかけてその風潮は堅牢に。そんな中、咲陽の向かいに住む同級生・野原小夜子が家を出ていこうとする。学校では陰で「ノラヨコ」と言われ、皆に敬遠されている彼女がなぜか気にかかり、咲陽は小夜子を家に招く。ところが、小夜子の状況を聞くうちに、小夜子の父・虎生が件の殺人事件の犯人ではないかと咲陽は疑い始める―

 殺人事件の真犯人を追うというメインストーリーに絡めて、小学生女子のささややかな友情、学校での人間関係などを描いている構成が巧み。よく考えられた設定だと思う。
 事件の真相的には、容疑者・虎生は善人的なのだが、小夜子にとっては害悪でしかない父親だったという真相も妙。ずっと咲陽を頼っていた小夜子の「毒」が開陳される後段は、読んでいるときは衝撃でありつつ、「この作者だから最後は…」と期待を込めて予想しつつ読んだが、まぁその期待通りだった(良い意味で)。


No.1007 5点 首切り島の一夜
歌野晶午
(2023/06/18 22:59登録)
 永宮東高校の卒業生と元教師が、四十年ぶりに修学旅行を再現した同窓会を企画。行き先は濤海灘に浮かぶ離島、宴席で同窓生たちは旧交を温める。が、高校当時自分たちの高校をモデルにミステリを書いていたと告白した久我陽一郎が、風呂場で死体となって発見される。折悪しく荒天のため、船が運航できず、宿に足止めとなった七人は、一夜それぞれの思いにふける……。彼ら一人ひとりには、それぞれ人に言えない過去があった──。

 ……のだが、これが事件の真相にはまったく関係がない。参加者(卒業生)たちの卒業後の「それぞれの今」は、それぞれ単体でなかなか面白い物語だったが、長編「ミステリ」の評価としては上がりきらないのは致し方ないかな。
 私は読み物としてそれなりに楽しめたけど、タイトルや舞台設定、そして作者が作者だけに「本格ミステリ」としての期待値を上げてしまうと、裏切られたと感じる人もいるだろうと思われる作品。

 
 


No.1006 7点 友が消えた夏
門前典之
(2023/06/18 22:40登録)
 名門大学演劇部の劇団員たちが、夏合宿中、一夜にして首なし白骨死体と化した衝撃的な事件。犯人と目された人物の死体も発見され、事件は一応の決着を見ていたのだが、9年後、その詳細な記録が連続窃盗犯の所持品から見つかった。一級建築士で探偵の蜘蛛手啓司が、その記録から真相を喝破する――。

 下界から遮断されてしまった孤島、大学のサークルメンバーが一人一人殺されていく状況、など、まぁこれでもかというぐらいの王道設定を令和の時代に提示してくるのが嬉しい。
 「鶴扇閣事件」と「タクシー拉致事件」がともに過去の記録として交互に提示される構成だが、日付から同時進行と思わせておいて…という企みは、ミステリ読みなら早い段階で気づくかも。とはいえ、その仕組みがどこに向かっているかという謎は持続されるので、興趣が落ちることはなかった。
 ラストのもう一仕掛け(宮村絡み)は…オチにしたかった意図は分かるが、うーん…なくてもよかったかも。それより、真犯人の行く末を描き切ってくれる方が私は好き。


No.1005 7点 ポピーのためにできること
ジャニス・ハレット
(2023/06/18 22:25登録)
 タナ―弁護士は、教え子の司法実習生2人にイギリスの田舎町で起きた、看護師の殺害事件に関する資料を送り、真相を推理させる。資料では、劇団を主宰する地元の名士・マーティン・ヘイワードが、難病を患う2歳の孫娘ポピーのために募金活動を行い、多くの人を巻き込んでいくさまがメール、供述調書、新聞記事などで示されている。そしてその募金活動は思わぬ悲劇を引き起こすことに──。資料の山から浮かび上がる驚愕の真相とは!?

 経緯が推察されるメールのやりとりが物語の主軸で、第三者視点の地の文がないというのは新鮮であり面白くもあった。要は「会話文」だけがずーっと続いていくようなものだが、それぞれのやりとりの「間」に起きている出来事は、メールの内容で推察して読んでいくしかなく、それがよい含みを持たせていると私は感じた。
 募金活動の背後に隠れているヘイワードの真意や、医師ティッシュの過去、犠牲者サムの過去と人間関係、イッシーの本性など、さまざまな伏線が張り巡らされることで、誰を、何を信じ、何を疑うべきか翻弄される一作だが、そのこと自体が楽しかった。


No.1004 5点 能面検事の死闘
中山七里
(2023/06/04 20:33登録)
 南海電鉄岸和田駅にて、無差別殺人事件が発生。7名を殺害した笹清政市(32)は、自らを失うもののなにもない“無敵の人”と称する。ネット上で笹清をロスジェネ世代の被害者だと擁護する声があがるなか、大阪地検で郵送物が爆発、6名が重軽傷を負った。被疑者“ロスト・ルサンチマン”は笹清の釈放を求める犯行声明を出す。事件を担当する大阪地検の不破俊太郎一級検事は、調査中に次の爆発に巻き込まれー連続爆破事件は止められるのか?“ロスト・ルサンチマン”の真の目的は何なのか?(「BOOK」データベースより)

 昨今どこかで耳にしたような事件に端を発する、作者らしい作品。冒頭の無差別殺人は始めから逮捕されているので、それに便乗して爆破事件を仕掛ける“ロスト・ルサンチマン”の正体が中核となるフーダニット。不破の目的不明な被害者への延々とした聞き取りが伏線となって真相につながる仕組みだが、その仕掛けが「森の中の木を隠す」ためにちょっと無駄に長い気が。確定的な事実をもとに真相を追求する一点でブレない不破と、いちいちいちいち義憤に駆られたり世間的な感情論に同調したりする惣領美晴とのやりとりも読み応えはありながらもちょっとくどい。そのやりとりを介して、作者の価値観を披歴されているようにも感じる。
 エンタメとしてはいつもながらの水準だとは思う。


No.1003 6点 優等生は探偵に向かない
ホリー・ジャクソン
(2023/06/04 20:16登録)
 友人の兄ジェイミーが失踪し、高校生のピップは調査を依頼される。警察は事件性がないとして取り合ってくれず、ピップは仕方なく関係者にインタビューをはじめる。SNSのメッセージや写真などを追っていくことで明らかになっていく、失踪当日のジェイミーの行動。ピップの類い稀な推理で、単純に思えた事件の恐るべき真相が明らかに……。(「BOOK」データベースより)

 物語の後半に、急に過去の児童誘拐殺人の話が出てきて急展開に。ジェイミーの失踪に新たな様相が加わってきて謎は面白みを増すが、いささか唐突か。前作で関係に決定的な亀裂が入ってしまったナタリーとの関係修復の下りはよかったし、ジェイミー誘拐(?)の犯人に対する主人公の態度も好感が持てた。
 ただ、伏線としてちりばめられた手がかりを追って真相にたどり着くというたぐいの作品ではないかと。物語として面白く読めるが、ミステリとしての評価はこのあたりか。


No.1002 7点 灰色の評決
犬塚理人
(2023/05/21 20:08登録)
 ごく普通の一般人である二宮智樹はある殺人事件の裁判員として裁判に参加することになる。その裁判では、美容師の男が若い姉妹を殺害した事件が裁かれることになっていた。智樹ら裁判員の多くが美容師の有罪へと意見が傾くなか、八木麻衣子と名乗る若い女性だけは美容師の無実の可能性を訴える。だが評決になって、麻衣子は一転して有罪へと意見を変え、美容師には死刑判決が下る。裁判から数か月後、智樹は麻衣子とつきあうようになり結婚を申しこむが、なぜか麻衣子はそれを拒む。折しも美容師の事件の控訴審が開かれ、麻衣子は再び美容師の冤罪の可能性に言及していた。その矢先、麻衣子は忽然と姿を消す。彼女はなぜ姿をくらましたのかー。(「BOOK」データベースより)

 こういう、「主要人物の行方が分からないまま(しかも、位置づけ的には生きていそう)}というパターンって、その真相が気になって読む手が止まらなくなるよね(笑)
 裁判員裁判の、民間裁判員の葛藤(ある意味闇)を題材としてうまく掬い上げ、リーダビリティの高い作品にまとめ上げられていると感じる。展開から言って美容師は冤罪で、真犯人が明らかにされる筋であろうことは予想がつくし、そうあってほしいと思って読んでいるからそれなりに満足できる着地点。ミステリの仕掛けとしての精緻さはそれほどではないかもしれないが、物語として楽しめたのでこの評価。

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