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ミステリの祭典

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HORNETさんの登録情報
平均点:6.32点 書評数:1121件

プロフィール| 書評

No.1081 7点 絶叫
葉真中顕
(2024/06/05 23:27登録)
 生まれた時代に翻弄される中、生き抜く方策として(自然に?)犯罪に手を染めていく女性の姿をモチーフとした魅力的一作。
 とにかくこの作者は、登場人物の生き様を通して、題材とした時代の世相を描くのが非常に得意。それが青春時代(古い?)に重なる読者にとっては、ミステリとしての技巧抜きにして楽しめる作品である。

 どうやら、このあと「Blue」「鼓動」へと続いていく奥貫綾乃を主人公としたシリーズの初作品らしい。
 「孤独死」とも思われるある女性の死の捜査に当たっていた綾乃が、被害女性の身辺や過去を洗っていくうちに、とてつもない大事件へ辿りついていく。この「〇〇金殺人」という題材は、まさに時代を如実に映し出している。連続殺人の犯人はほぼわかっている状態での展開でありつつ、それが明らかになっていくにつれ冒頭の孤独死の真相への謎が高まる。
 読者目線で非常に上手く物語を組み立て、十分にそれを味わわせてくれる快作。堪能した。


No.1080 6点 本性
伊岡瞬
(2024/06/05 23:08登録)
 お見合いパーティで「サトウミキ」なる女性に出会い、ぞっこんになった40歳独身・尚之。順調に見えた交際が、結婚の話が進むにつれて不穏な雰囲気に。第二章では、アルバイトで食いつなぐ若者の前に、誘いをかける妖艶な女性として「サトウミキ」が登場。章を追うごとにさまざまな姿で現れる彼女とその物語が、やがて過去にあった一つの事件に結び付いていく。

 リーダビリティの高い筆致で、動的な展開に惹かれ続けて読み進めた。章が進むにつれ、漠然と全体の仕掛けは見えてきて、しかもおおよそハズれていないので、意外性という点では高くはない。さらに終盤では、事件を追ってきた刑事・安井の隠されていた過去がやや急に開陳され、そのことによって物語が急展開する。
 総じて読ませる魅力的な展開であることは間違いなく、楽しい読書体験ではある。ミステリとしては「順調に」(言い方を変えれば強い意外性はなく)まとまっているサスペンスといえ、この評価が落としどころ。


No.1079 7点 樹林の罠
佐々木譲
(2024/06/05 22:53登録)
 轢き逃げの通報を受け、臨場した北海道警察本部大通署機動捜査隊の津久井卓は、事故ではなく事件の可能性があることを知る。それは被害者が拉致・暴行された後にはねられた可能性が高いということだった。その頃、生活安全課少年係の小島百合は、駅前交番で保護された、旭川の先の町から札幌駅まで父親に会いたいと出てきた九歳の女の子を引き取りに向かう。一方、脳梗塞で倒れた父を引き取るために百合と別れた佐伯宏一は、仕事と介護の両立に戸惑っていた。そんな佐伯に事務所荒らしの事案が舞い込む…。それぞれの事件がひとつに収束していく時、隠されてきた北海道の闇が暴かれていくー。(「BOOK」データベースより)

 シリーズメンバー(津久井、佐伯、新宮、小島ら)がそれぞれの管轄で担当事案にあたっているうち、偶然にも同じ一つの事件に結び付いていく、という展開はある意味「相変わらず」だが、こちらもそれを織り込み済みで読んでいるところがあるので、そう考えれば期待どおり。
 道警に煙たがられている面々が、その捜査能力と嗅覚で、本人たちには図らずとも結果的には煙たがっている連中の鼻を明かしていくさまは、本人たちにその気がないからこそ余計に痛快。他作でもちょくちょく見る「国有地買取詐欺」を題材としながら、そこに目を付けた反社会勢力の企みという構図がよく考えられていて面白い。
 シリーズの完結(?)となる「警官の酒場」が最近刊行された。本当に完結してしまうならさみしい限りだが、読破してきたファンとしては、心行くまで楽しみたい。


No.1078 8点 事件は終わった
降田天
(2024/05/19 22:14登録)
年の瀬に起きた「地下鉄S線無差別殺傷事件」。犯人はその場で取り押さえられ、事件は終わった。が、一目散に逃げる姿がSNSで拡散された青年は引きこもりに、最初に切り付けられた妊婦は心が病み、駅の階段から転落した高校生は進路が閉ざされ…。その場に居合わせた人たちの「その後」がそれぞれに描かれる、連作短編。

 2015年「女王はかえらない」で「このミス」大賞を受賞した、コンビ作家。著者の作を久しぶりに読んだが、よく作り込まれた連作だった。
 凄惨な事件に居合わせた人たちの「その後」を題材とした着眼も面白いし、一編一編が丁寧にミステリとして仕上げられている。さらに、各話総じてよい結末で、読後感もよい。最終話「壁の男」では、各短編での伏線を回収しつつ、のどに刺さった骨のように気になっていた、身を挺して犯人に立ち向かった男性の真実についてきれいな着地がなされていて、見事だった。
 もっとフィーチャーされてもいい作家のように思う。


No.1077 7点 トランパー
今野敏
(2024/05/19 19:42登録)
 大量の商品を注文して代金を支払わない「取り込み詐欺」に横浜管内の暴力団・伊知田組が関与しているらしい。県警本部の永田二課長から問い合わせを受けたみなとみらい署刑事第一課暴力犯対策係係長・〈ハマの用心棒〉諸橋夏男は、県警本部と合同で張り込みを開始、情報を得て倉庫へのガサ入れをするも、倉庫はもぬけの殻。警察内部の誰かが情報を洩らしたのか!?さらに捜査を進めるうち、懇意にしていた暴対課の警部が、死体となって発見され――

 中国マフィア、公安などが絡む大きなスケールでの犯罪捜査になる様相は、横浜を舞台とした警察小説らしく読み応えがある。信頼を寄せていた同僚への内通者の疑い、その殺害事件、県警本部、外事二課との捜査の綱引き…などなどノンストップで疾走する展開は筆者らしく、非常に面白い。
 組織犯罪のからくりを辿っていく内容なので、推理云々という感じではないかもしれないが、これぞ警察小説という色味と内容で、変わらず楽しめるシリーズ最新作。


No.1076 8点 冬期限定ボンボンショコラ事件
米澤穂信
(2024/05/19 19:28登録)
 大学受験を控えた時期に、轢き逃げに遭い病院に搬送された小鳩君。手術後に警察の聴取を受け、昏々と眠る小鳩君の枕元には、小市民として「互恵関係」を結ぶ小佐内さんからの「犯人をゆるさない」というメッセージが残されていた。いっぽう小鳩君の頭には、小山内さんと出会ったきっかけとなった、中学時代の苦い思い出がよみがえり…

 中学時時代、まだ虚栄心に満ちていたころの小鳩君が小山内さんと出会ったのは、今回と同じ道路で、似た状況で起こった同級生の轢き逃げ事件だった。当時名探偵よろしく立ち振る舞った小鳩君は、結果的にその同級生を傷つけた。その顛末が現代と並行して描かれ、それぞれに解き明かされていく構成の長編。
 シリーズ読者には、2人のなれそめが描かれている過去の物語も一興。しかも現代の小鳩君の轢き逃げと、その中学時代の過去との両者がそれぞれに謎解き物語となっており、微妙にリンクしながらもそれぞれの結末へと収斂していく。さすがの手腕である。
 どちらかというと中学時代の過去の物語の方が、謎解きとしては印象的だったかな。とはいえそれぞれに施された仕掛けと謎解きの過程も上質で、ミステリとして十分に一級品である。
 前作「巴里マカロン」が、秋から冬にかけての短編集だったから、てっきりこの「季節限定シリーズ」の冬版かと勘違いしていたら、ちゃんと「冬期限定…」長編として出てくれて嬉しい限り。
 これでホントに一区切りなのかな?


No.1075 8点 ロスト・ケア
葉真中顕
(2024/05/19 19:11登録)
 戦後犯罪史に残る凶悪犯に降された死刑判決。その報を知ったとき、正義を信じる検察官・大友の耳の奥に響く痛ましい叫びー悔い改めろ!介護現場に溢れる悲鳴、社会システムがもたらす歪み、善悪の意味…。現代を生きる誰しもが逃れられないテーマに、圧倒的リアリティと緻密な構成力で迫る!全選考委員絶賛のもと放たれた、日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作。(「BOOK」データベースより)

 今まさに社会問題として深刻な、介護問題。そのことを題材としたミステリやその他小説は雨後の筍のごとく林立しているが、この時期にその先鞭をつけた本作は、その点でもやはり秀でている。
 展開の中で、真犯人と目される人物に素直に目が行く中、最終的な「どんでん返し」もミステリとして上々。ミステリー文学大賞新人賞受賞もうなずける傑作である。
 著者はさまざまな領域に渡り、昭和から令和までの各時代を切り取り、世相風俗を克明に描きながらミステリに仕上げるのが本当に上手い。
 高いリーダビリティに支えられた厚みのある一作。とても楽しめた。


No.1074 8点 凍てつく太陽
葉真中顕
(2024/05/06 22:12登録)
 昭和20年、終戦間際の北海道。実際の戦況は既に詰んでいるにも関わらず、「皇国臣民」の掛け声のもと、お国のために尽くすことが正義と信じて疑わなかった人たち。また、先住民でありながら、その流れに入っていくことを受け入れたアイヌ。混沌する時代状況の中、軍需工場の関係者が次々殺されていく。

 著者は、その時代の世相風俗を克明に描きながら、魅力ある物語にまとめ上げる手腕に本当に優れている。本作であれば、戦時下の人々のさまざまな価値観をそれぞれの登場人物に託し、時代の混迷を見事に描いている。
 また次々に「愛国第308工場」関係者が殺されていく、その真相を追う展開は、ミステリとしても一級である。私は正直、別の登場人物を真犯人「スルク」だと思っていたので、完全に騙された。
 最新作「鼓動」を書評した際に、サイトでの評価が高かったため手に取ったが、大正解だった。


No.1073 8点 風に立つ
柚月裕子
(2024/05/06 21:54登録)
 小原悟は、南部鉄器工房の長男にして職人。仕事一筋で決して良い親とは言えなかった父に反発を感じながらも、職人としては尊敬する存在として日々を過ごしていた。ある日、そんな父が、少年の更生のための一時預かり制度「補導委託」を勝手に引き受け、非行歴のある少年を受け入れることに。「自分には愛情を注がないくせになんで…」納得いかぬまま少年を迎え、工房で共に働くことになった悟だが、同じ屋根の下で暮らすうちに、悟の心にも少しずつ変化が訪れて……。

 ぶっきらぼうで、分かりやすい愛情を示さない父に反発と嫌悪を感じる主人公と、そのもとにやってきた非行少年。「なんでこんな面倒を抱えてきたんだ」と距離を置こうとする主人公が、次第に変化していく中で、それが父親との関係性ともリンクしていく。物語を編み込む手腕はさすがである。
 事件が起きたり、謎解きが据えられたりしているわけではないので、ミステリではない。が、少年・春斗が抱えているものはなんなのか、父・孝雄の過去には何があったのか…など、事の真相を探っていくという要素はある。ミステリの採点サイトという性質を踏まえて評価を差し引いても、このぐらいはつけたくなる一作だった。


No.1072 7点 そして誰かがいなくなる
下村敦史
(2024/05/06 21:36登録)
 大雪の日、大人気作家の御津島磨朱李が細部までこだわった新邸のお披露目会が行われた。招かれたのは新人作家、編集者、文芸評論家と探偵。和やかな会合となると思いきや、顔合わせの席で御津島が「今夜、あるベストセラー作家の盗作を暴露する」と言い、不穏な空気に。そして直後に、御津島が忽然と姿を消し―

 と、設定的にも雰囲気的にも、手垢のついたような定番の物語展開。とはいえ本格好きは何度でも定番を楽しめるのだから問題なし。ましてや今や気鋭の作家・下村敦史が仕掛ける物語なのだから、一筋縄のわけがない・・・との期待に応え、今回も他に類を見ないぐらいの仕掛けを施してくれた。
 なんといっても本作の舞台は、実在する下村氏の自宅らしい。巻頭に示されている間取り図も本当で、ある意味著者の本格愛を確かめられた嬉しさもあった。
 「覆面作家」である御津島との初対面…という時点で、前半に怪しまれる偽者説はミステリファンなら同様に思い至るところ。最終的にはそれよりさらに一歩進めた「盲点」をついてきたわけだが、こちらも割と早めに思い至ってはいた。
 物語的なご都合主義を感じないわけではないが、入れ代わり立ち代わり、招待客それぞれの視点から描かれながら進んでいく展開に「真に怪しいのは誰なんだ?」と疑心暗鬼を掻き立てられながら読み進めてしまったのは事実。結果として「かなり楽しめた」。


No.1071 6点 氷の致死量
櫛木理宇
(2024/04/30 22:28登録)
 私立中学に赴任した教師の鹿原十和子は、自分に似ていたという教師・戸川更紗が14年前、殺害された事件に興味をもつ。更紗は自分と同じ無性愛者ではと。一方、街では殺人鬼・八木沼武史が“ママ”を解体し、その臓物に抱かれていた。更紗に異常に執着する彼の次の獲物とは…殺人鬼に聖母と慕われた教師は、惨殺の運命を逃れられるのか?『死刑にいたる病』の著者が放つ、傑作シリアルキラー・サスペンス!(「BOOK」データベースより)

 序盤から描かれるシリアルキラー・八木沼武史のサイコっぷりと、性的マイノリティという社会問題を包摂した主人公側の物語とが、奇妙に融合して魅力的な一編になっていた。あまりに偶然の符合が多いというご都合主義はあるにせよ、OBが保護者、教員に多く集う名門校という設定を鑑みれば目をつむってもよいかな。ラストが近づくにつれ、うすうす真相は見えてきた感はあるものの、飽きのない展開でリーダビリティを維持する筆力は作者らしく、楽しく読み進めることができた。


No.1070 7点 さえづちの眼
澤村伊智
(2024/04/30 22:14登録)
 個人的なことだが、ずいぶん久しぶりの比嘉姉妹シリーズ。中編3本がまとめられているが、1話目が真琴、2話目は辻村ゆかり&湯水、3話目は最強霊媒師の姉・琴子の話。ということでスピンオフ的な要素も感じられ、シリーズ愛読者には好評なのでは。

 3話それぞれに意外な結末へと展開する仕掛けがあり、小粒ながら良作ぞろいの作品集であった。中でもやっぱり表題作が印象に残ったかな。
 このあとにまた最新作が出ているらしいし、久しぶりに読者復帰をしようと思える一作だった。


No.1069 6点 任侠楽団
今野敏
(2024/04/15 21:22登録)
 阿岐本組組長・阿岐本雄蔵は、義理人情に厚く、域内の困りごとに一肌脱ぐのが大好き。代貸の日村はそんな親分に振り回される日々。今回は、公演間近のオーケストラが、内紛によって分裂の危機!? コンサルティング会社の社員を装って楽団に潜入した阿岐本組の面々だったが、そんな矢先に指揮者が襲撃される事件が発生し…!

 今回は、傷害事件も発生し、その犯人を明らかにするというフーダニットも含んでおり、シリーズ作の中ではなかなかミステリっぽい。「誰が犯人か」を推察していく過程で、登場人物一人一人の人柄が明らかになっていくので、シリーズの面白さをうまくミステリに絡めていると思う。
 とはいえ、真犯人の見当は前半早々につき、もののみごとにそのとおりだったので、謎解きそのものは作品の魅力のメインではない。組長・阿岐本の豪放さと人情、振り回される体であっても結局そんなオヤジを敬う日村、それぞれのシリーズキャラクターが存分にらしさを発揮して、ハートフルなストーリーに帰結するシリーズの魅力は変わらず。


No.1068 7点 鼓動
葉真中顕
(2024/04/15 21:08登録)
 ホームレスの老女が殺され燃やされた。犯人草鹿秀郎はもう18年も引きこもった生活を送っていた。彼は父親も刺し殺したと自供する。長年引きこもった果てに残酷な方法で二人を殺した男の人生にいったい何があったのか。事件を追う刑事、奥貫綾乃は、殺された老女に自分の未来を重ねる。私もこんなふうに死ぬのかもしれない――。刑事と犯人、二つの孤独な魂が交錯する。困難な時代に生の意味を問う、感動の社会派ミステリー。(出版社より)

<ネタバレあり>
 犯人・草鹿秀郎の小学校時代からの回想と、奥貫綾乃が主人公の現在の捜査を描く物語が、交互に描かれ、ラストにそれらが重なって真相に―という構成。著者の代表作「Blue」のように、草鹿の回想部分では昭和から平成にかけての時代状況や風俗がリアルに描かれていてそれ自体面白い。草鹿がいわゆる「就職氷河期世代」で、そこからつながる「8050問題(中年の引きこもりと、それを抱える親の問題)」を描いているのも、本作の一つのテーマなのだろう。
 序盤から「犯人」草鹿秀郎が自白しており、それを裏付けるような回想が並行して描かれていることから、メインの謎は犯人の「動機」であるような展開だったが、ラストにフーダニットへと転ずる仕掛けが施されていて、予想以上に面白かった。
 前半に小出しされているその伏線は弱いので、ミステリ単体としてはそこそこだが、社会派小説としての魅力が強く、全体的に面白い作品だった。


No.1067 8点 ビブリア古書堂の事件手帖IV ~扉子たちと継がれる道~
三上延
(2024/04/15 20:54登録)
 戦中、鎌倉の文士達が立ち上げた貸本屋「鎌倉文庫」。運営メンバーは、久米正雄、川端康成、小林秀雄、里見弴、らそうそうたるメンバー。千冊あったといわれる貸出本も発見されたのはわずか数冊。中には明治の文豪、夏目漱石の初版本も含まれているという。ではその行方は―。篠川智恵子、栞子、扉子と三代に渡って受け継がれる「本の虫」の遺伝子が織りなす古書に纏わる物語。

 今回の題材は、夏目漱石。「鎌倉文庫」の蔵書であったはずの「鶉籠」(世に有名な題でいえば「坊ちゃん」)の初版本の行方を捜すストーリーが、扉子と戸山圭の苦い思い出を紐解く中で描かれていく。
 思えばシリーズスタートからはや13年。当時、「日常の謎」スタイルの安楽椅子探偵ものがいくつか後発して、本シリーズも一流行となっていくのかな…と思っていたけど、適度な間隔でコンスタントにシリーズが続けられていて嬉しい。時流に惑わされずあくまでマイペースに、変わらず上質な物語が呈されるのは素晴らしい。
 失われた「鎌倉文庫」の在庫をめぐる推理、謎解きも、その過程で描かれる文学史談義も、どちらも魅力十分。
 変わらず面白かった。


No.1066 6点 友情よここで終われ
ネレ・ノイハウス
(2024/04/06 20:41登録)
 著名な小説編集者、ハイケ・ヴェルシュが失踪した。大手出版社に勤めていたハイケは、新社長と合わず、自身で新しい会社を立ち上げようと奔走していた時だった。ただ関わる出版関係者は、ハイケの学生時代からの友人ばかり。事件の背景に何があるのか、ハイケは無事なのか―ホーフハイム警察署の刑事オリヴァーと首席警部のピアが、鋭い嗅覚で真相解明に乗り出す。

 古き良き文学を守る、という大義をかざしながら、その実自身の社会的成功を目論むハイケ。学生時代からの旧友という体でいながら、その実確執にまみれている人間関係。オリヴァーらいつもの面々により、それらが一つ一つ暴かれていく過程は読みごたえがあったが、ここまで長い必要があるのかという感じはした。本シリーズのサブストーリーとしてお馴染みになっている、オリヴァーの家庭事情のほうがシリーズファンとしては興味深かったところ。
 怪しい人物が二転三転した末の結末は、面白かったといえるし、真犯人は意外な人物であったとは思う。


No.1065 6点 私が先生を殺した
桜井美奈
(2024/04/06 20:19登録)
 全校生徒が集合する避難訓練中、その目の前で一人の教師が飛び降り自殺をした。そして彼のクラスの黒板には、「私が先生を殺した」というメッセージが…

 語り手を変えながら物語を進行させることで、事件の全体像、真相を浮かび上がらせるという手法で、面白くはあったがやや ややこしさも感じた。
 浮かび上がる真実は非常に切なく残酷で、きれいに立てつけられたミステリだと感じる。
 普通に楽しめた。


No.1064 6点 殺した夫が帰ってきました
桜井美奈
(2024/04/06 20:10登録)
 鈴倉茉菜に付きまとう男が、自宅まで押しかけてきた。その時、その男を押しとどめ、茉菜を助けた男は―茉菜が「殺した」はずの夫・和希だった―

 非常に魅力的な物語の入り。夫・和希は記憶をなくしているということで、しかも殺意に至った当時のDVぶりとは打って変わって優しい男になっている。はてさて、これはどう展開していく物語なのか…と興味は尽きない。

<ネタバレあり>
 結果、あろうことか両者(!)別人という飛び道具的な着地。読者の想定を根本から覆すという点では話題作になると思うが、タイトル通り「殺したはずのその男本人の生還」としての行く末であったほうが、よりサスペンス感は増したかな… テンポよく読みやすい展開で、楽しむ分には全く問題ないとは思う。


No.1063 8点 日本の黒い霧
松本清張
(2024/03/24 21:12登録)
 清張作品は有名どころを数冊しか読んでいないが、フィクションの物語でない本作が私には最も印象深い。
 これがどれほど真相に肉薄している内容なのか、所詮一推理作家の妄想じみた謀略論なのか、まったく分からないが、昭和にあった歴史的な事件について掘り下げる記述は非常に生々しく、時に背筋を震わせながら読んだ。
 やはり、上巻一編目の「下山国鉄総裁謀殺論」や、下巻「帝銀事件の謎」の内容は衝撃的であるし、全編を通して戦後の社会の混乱や暗黒的な雰囲気が漂っていて、そこに想像を馳せながら読み進める読書体験は何とも言えないものだった。
 どこまでいっても想像の域を出ないが、国、政府、軍隊といった巨大な公的機関といえども結局は生身の「人」でできているものであり、信じられないような罪悪や隠蔽が行われていてもおかしくない…と思わされてしまう作品だった。


No.1062 6点 特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来
南原詠
(2024/03/24 20:47登録)
大鳳未来は、特許権侵害を警告された企業を守ることを専門にする弁理士。クライアントを守るためには非合法的な裏取引も厭わない、結果にコミットする敏腕弁理士として知られている。今回のクライアントは、映像技術の特許権侵害を警告された人気VTuber。未来は、事案の背後にある複雑な裏事情を乗り越え、起死回生の一手を打つ。

 今までにない、新しいジャンルのミステリとして面白さがある作品であろう。そもそも特許権のこととかあまり知らないので、その内幕を知っていくこと自体興味深さがある。逆に、そういう埒外の題材なのでミステリとしての仕掛けも「へえ、なるほど」と受け身一方にはなる。まぁ致し方ないかも。
 現役弁理士である作者自身の経験と知識を持って紡ぎあげた、いわば一般人には及ばない知識の先で仕組まれたミステリではあるので、初見としての楽しさ、というのが正直な印象である。

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