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ミステリの祭典

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平均点:6.00点 書評数:1848件

プロフィール| 書評

No.868 6点 七十五羽の烏
都筑道夫
(2013/05/03 17:51登録)
1972年発表発表。「黄色い部屋はなぜ改装されたか」にて主張したロジック中心のミステリー観に基づき、実験的に創作したのが本作。
サイキック・ディテクティブ(?)物部太郎と助手・片岡直次郎のコンビで贈る長編シリーズの第一作目。
今回は光文社の都筑道夫コレクションシリーズで読了。なお、本書には「なめくじ長屋シリーズ」や「退職刑事シリーズ」、「キリオン・スレイシリーズ」の代表作まで収録というおまけ付き。

~平将門の娘・瀧夜叉姫(たきやしゃひめ)の祟りで伯父が殺されます・・・まったく働く気のない心霊探偵・物部太郎のもとへ依頼人が来た。実際、殺人事件が発生し、何の因果か難事件に巻き込まれてしまう。立ち塞がるいくつもの謎。名コンビ・片岡直次郎を助手に、太郎はその真相を推理する~

「前評判」というか名前だけは以前から何度も目にしていた本作。
さぞやロジカルでこれぞミステリー(!)とでも言いたくなる作品なのだろうと予想していたが・・・
何だか「無味乾燥」だなぁーという読後感になってしまった。

倉知淳の「星降り山荘」の影響もあり、各章前の「注意書き」が有名になったが、それ自体にミス・ディレクション的趣向のあった「星降り」と比べ、本作ではそれほどの効果はないように思える。
そして、本作の眼目であるはずのロジックなのだが・・・
中盤で「容疑者一覧表」を付して、動機やアリバイなどをひとりずつ検討→消していく、というやり方はまぁいいのだが、真相が解明された後も、何かモヤモヤした感覚が残ってしまったのはなぜだろう?
多分、ロジック一辺倒となってしまったばかりに、動機の不自然さやトリックのショボさにどうしても目がいってしまうからなのだろうねぇ。
(特に密室を持ち出しながら、この解法ではなぁ・・・)

これまで作者の作品を読んでるときも、どうも相性が悪いように思えていたけど、本作でますますそう感じた。
時代性もあるし、玄人ウケするのかもしれないけど、個人的にはそれほど魅力を感じない。
(登場人物に魅力を感じないというのも、「相性が悪い」原因なのだろう。本作の物部もそう、退職刑事やキリオン・スレイもそう・・・)


No.867 5点 ルパン対ホームズ
モーリス・ルブラン
(2013/04/27 22:19登録)
「世紀の大怪盗アルセーヌ・ルパンと史上最高の名探偵シャーロック・ホームズの対決」と聞くと、やっぱり興奮する(?)わけですが・・・
今回も新潮文庫版を読了。堀口大學の翻訳はやはり格調高いなぁ(読みにくいとも言えるが・・・)
本作は中編的分量の①と短編②の二作品で構成。

①「金髪婦人」=ある古道具屋に並んでいるなんの変哲もない古机。この古机をめぐる盗難事件からスタートする本作。途中、殺人事件までも挟み、事件のあちこちに登場するのがタイトルにある「金髪婦人」。やっぱり、ルパンの冒険譚には彼と美女との恋愛が絡んでくるのがフランス人たる作者らしいのだろう。ホームズはガニマールまで従えてルパンと対峙するが、どう見てもルパンに押されてる感じ。まぁ最後は一応「痛み分け」という形で決着は付くのだが・・・。
②「ユダヤのランプ」=①の解決後、一定の期間経過後に発生したのが、「ユダヤランプ」をめぐる盗難事件。ホームズがパリへ向かう前から、ルパンの影につきまとわれることになる。脅迫状のからくりに気付いたホームズが真相に肉薄するのだが、ラストにはドンデン返しが待ち受けている。そして、今回も結果は痛み分けということに・・・。子供に教えられるホームズの姿がある意味微笑ましい。

以上2編。
他の方の書評にもあるとおり、ホームズについてはコナン・ドイルからの抗議を受け、原文ではHerlock Sholmesとなっている。ただし本作では、その正体が明白なのでシャーロック・ホームズとしますという旨が冒頭に堂々と書かれてある。
(なぜかワトスンはウィルソンのまま表記されている。どうせならワトスンと書いちゃえばいいような気が・・・)
対決というのは、いわば「ファンサービス」というようなものではあるけど、エポック・メイキングであることには違いない。

でも、ミステリーまたはスリラー・サスペンスとしての出来そのものは誉められるレベルとは言い難い。
視点人物が等分に分けられたせいか、どうも煮え切らないプロット&ストーリーという読み応えなのだ。
はっきり言えば「中途半端」の一言だけど、まぁ本作はそんなことで評価云々というべき作品ではないのだろう。
ミステリーとしての歴史的価値を若干プラスして評価。
(シャーロキアンには我慢ならない表記が多いと思うのでご注意を!)


No.866 5点 刺のある樹
仁木悦子
(2013/04/27 22:17登録)
1961年発表。「猫は知っていた」「林の中の家」に続く長編三作目が本作。
本作も雄太郎&悦子の仁木兄妹シリーズ。

~ミステリーマニアの仁木雄太郎、悦子兄妹の下宿に、ひとりの紳士が相談に訪れた。このところ不可解な出来事に次々と見舞われ、命を狙われているのではないかと怯えているらしい。二人が調査に乗り出した矢先、紳士の妻が何者かに絞殺されるという事件が起き・・・。息もつかせぬ展開、二転三転する推理合戦の行方は?~

作者らしい「雰囲気のいい」作品。
陰残な殺人事件と狡猾な真犯人など、普通ならドロドロした話になるに違いないプロットなのだが、作者の手にかかるとなぜだかほんのりした雰囲気が醸し出されるから不思議。
それもこれも、仁木兄妹のキャラクターが効いているのだろう。
その辺は、巻末の「作者あとがき」でも窺い知ることができる。
(本作はポプラ社のピュアフル文庫にて読了)

ただ、ミステリーとしてのプロットそのものは単純かなぁ。
最初からどうみても怪しい奴がいるし、伏線も“ある人物”をかなりあからさまに指し示しているとしか思えない。
これは「意外な真犯人」でも用意されているのか、と思っていたが、そういうわけでもなく解決・・・といった具合。
アリバイトリックに(当時としては)やや斬新な趣向が取り入れられているところが救いか。
ラストの捻りは後味が悪くなるだけのように思えるし・・・

ということで、トータルでは水準級という評価が適当かな。
時代性から見れば、大いに評価していいのかもしれないが、「猫は知っていた」などと比べるとやっぱり落ちる。


No.865 6点 黄昏のベルリン
連城三紀彦
(2013/04/27 22:15登録)
1988年発表。作者としては珍しいというか唯一のスパイ小説。
まだ「ベルリンの壁」がドイツを東西に分断している時代の背景がストーリーの鍵になる。

~画家・青木優二は謎のドイツ人女性・エルザから、第二次世界大戦中、ナチスの強制収容所でユダヤ人の父親と日本人の母親の間に生まれた子供が自分だと知らされる。平穏な生活から一変、謀略渦巻くヨーロッパへ旅立つ青木・・・。幻の傑作ミステリーがいま甦る!~

これは連城らしいというのか、「らしからぬ」というのか・・・微妙。
紹介文のとおりで、本作はナチス・ドイツに端を発し、ヒトラーとその愛人で非情&冷徹な女性・マルト・リピーを中心とした謀略小説。
冒頭のブラジルでの場面から、アメリカ、日本、パリ、そしてベルリンと物語の舞台が次々と移り変わり、グローバル&壮大なスケールを感じることのできる作品ではある。
そして、終盤に判明する歴史的&驚愕の事実!
まぁ展開から考えれば、これは予想の範囲内と言えなくはないが、スパイ謀略小説ならではの面白さは味わえるだろう。

ただねぇ・・・やっぱり個人的に読みたい「連城作品」とはかなりズレてる作品ではある。
「これって収拾がつくのか?」という序盤での大風呂敷と、それを回収すべくロジックとファンタジーの間のスレスレの部分で成り立っているようなトリック&プロット。
そして粘りつくような、後味を引くような筆致・・・
これこそが連城なんだがなぁ・・・

もちろん、世評どおり、これはこれで十分面白い。だけど、高い評価はしにくいよなぁ・・・というのが正直な感想。
この手の作品が好きな方にはストライク間違いなしだろうが・・・。
(本作のヒロイン・エルザはかなり魅力的)


No.864 8点 銀座幽霊
大阪圭吉
(2013/04/20 20:24登録)
東京創元社の復刊フェアで出版された二冊の作品集が「とむらい機関車」と「銀座幽霊」。
「とむらい機関車」は既読&書評済のため今回は「銀座幽霊」を読了。

①「三狂人」=とある精神病院に入院している三人の患者。ある日、精神科医が殺害される事件が発生し、三人の患者が病院から消える・・・。作者お得意の○れ○○りトリックが見事に決まっている。これは好き。
②「銀座幽霊」=何となく乱歩の「D坂の殺人事件」を思い起こさせる作品。殺人現場から容疑者の姿が消えてしまうという謎なのだが、これもうまさを感じる作品。タイトルを絡めたオチも効いている。
③「寒の夜晴れ」=いわゆる「雪密室」が本編のテーマ。雪に残された足跡は当然読者をミスリードさせるダミーなのだが、非常に切ないオチが後を引く。
④「燈台鬼」=これは・・・結構強引なプロット。特に、現場に残された“ドロドロしたもの”の正体がまさかアレとは・・・。
⑤「動かぬ鯨群」=舞台は北海道は根室沖。行方不明になった捕鯨船の謎がメインなのだが、トリックとしては小粒というか、想定内。
⑥「花束の虫」=ある劇作家の殺人事件を描く作品なのだが、事件現場に残された物証や特徴のある足跡が解決の鍵となる。そういう意味で、ホームズものっぽい作品。なお、本作より登場するのが大月弁護士で、以降の作品では探偵役として活躍する。
⑦「闖入者」=これはミステリーとして“筋のいい”作品だろう。殺害された画家の残した富士山の絵が“事件の鍵”になるのだが、非常に絵になるトリックが光る。
⑧「白妖」=これも広義の密室を扱った作品で、入口と出口を完全に押さえられた有料道路から一台の自動車が消えてしまうという謎。書き方が整理されてないのがやや残念。謎の提示は魅力的なのだが・・・
⑨「大百貨注文者」=頼んでもいないのに、次から次へと注文したという品物が届けられる・・・というのが本編の謎。真相は大月弁護士により割とあっさり解決させられてしまうのだが、プロットは面白いし、オチもなかなか洒落てる。
⑩「人間燈台」=ある嵐の夜、灯台守の若き男性が忽然と消えてしまうのだが・・・オチは途中で読める。
⑪「幽霊妻」=この真相は何? これって、いわゆる“バカミス”なのだろうか・・・?

以上11編。
「とむらい機関車」の書評でも触れたが、実にロジカルかつ端正な「本格ミステリー」というのが、本作に対しても当てはまる。
作品の多くは、読者をミスリードさせラストには騙し絵のようにひっくり返してみせるというタイプで、その切れ味もなかなかに鋭い。
巻末解説によると、大阪圭吉という作家は、同時期に活躍した乱歩をはじめ批評家のウケはどうもよくなかったようだが、個人的にはストライクな作家。

本作の収録作については、レベルにややバラツキはあるが、それでも十分評価に値すると思うので、一度手に取られることをお勧めします。
(個人的ベストは①かな。あとは②と⑥⑦当たり。⑨も面白い)


No.863 6点 事件当夜は雨
ヒラリー・ウォー
(2013/04/20 20:22登録)
アメリカ版警察小説の大家といえば、このヒラリー・ウォーということになるだろう。
本作はフェローズ署長シリーズの三作目。主役であるフェローズ署長とウィルクス部長刑事の丁々発止のやり取りが楽しい。

~土砂降りの雨の夜。果樹園の主人を訪れたその男は「おまえには50ドルの貸しがある」と言い放つや、いきなり銃を発砲した・・・コネティカット州の小さな町・ストックフォードで起きた奇怪な事件。霧の中を手探りするように、フェローズ署長は手掛かりを求める。その言葉の意味は? 犯人は? 警察の捜査活動を緻密に描きつつ、本格推理の醍醐味を満喫させる巨匠ウォーの代表作~

まずまずの面白さ・・・という感じかな。
巻頭で瀬戸川猛資氏が、作者のミステリーの魅力を「発端の面白さ」と表現しているが、本作にもそれが当て嵌る。
大雨が降る夜、怪しい風体の男が、突然銃を発砲するという謎めいた導入部。
やがて容疑者は近隣の住人に絞られるが、それでも十指に余ったまま、容易に絞り込めない。
フェローズらは一人ひとり粘り強く捜査を進める・・・いわゆる警察小説っぽい展開。

中盤~終盤まではまだるっこしいのだが、終盤に差し掛かったところで急転直下で真犯人が判明する。
ただし、本作はそこで終わりではない。
「誰が真犯人なのか」というところ以外に、工夫というか作者のアイデアが投入されている点が良さだろう。
そこが楽しめるかどうかで、本作への評価は変わってくるものと思われる。

個人的には評価に迷うが、インパクトとしてはやや弱いかなというのが正直な感想。
ということで、この辺りの評点に落ち着く。
(こういう格好の美女を目の前にしたら・・・浮き足だつわなぁ、普通の男なら・・・)


No.862 4点 準急ながら
鮎川哲也
(2013/04/20 20:20登録)
お馴染み「鬼貫警部シリーズ」の長編。
といえば、言うまでもなく鉄道・時刻表を絡めたアリバイトリックがテーマの作品。

~果たして、奇怪な殺人事件を解く鍵はどこにあるのか? 雪深き北海道・月寒で瀕死の怪我人を助けた海里昭子。その美談が十数年後、新聞に採り上げられた。一方、愛知県・犬山で経営不振にあった土産物屋店主が何者かに刺殺される事件が発生。だが驚いたことに、被害者の鈴木武造は、出身地・青森で健在だとの情報が入った。一見無関係な事件がダイナミックに絡み合う。そして鬼貫警部を悩ませるのは鉄壁のアリバイ!~

作者の「アリバイ崩し」としては「中の下」というレベル。
時刻表を駆使したアリバイトリックというのは、もはや現代の鉄道ダイヤでは不可能な“過去の遺物”になっていて、それだけノスタルジックで、守るべき「文化遺産」という感じ(あくまで個人的にだが・・・)なのだが・・・
本作のメイントリックはフィルムカメラの特性を駆使した「写真トリック」なのが好みからは外れている。
作品終盤、鬼貫警部が写真トリックでトライ&エラーを繰り返すプロットはまずまずなのだが、これってカメラの知識がないと読者にはお手上げではないか。

一見無関係と思われる二つの事件が結びつく・・・というプロットは面白そうなのだが、丹那刑事らの捜査で偶然に判明するというご都合主義が目立つのがちょっといただけない。
この辺は「黒いトランク」などの佳作とは、プロットの練り込み具合が違う。
人物造形もサラっと流していて、全体的に推理クイズレベルというのが偽らざるところかもしれない。

まぁ分量としては手頃なので、さっと読むにはいいかもしれないが、敢えて手に取るほどの作品ではないかな。
評価もやや辛め。
(「ながら」は当時、東京~大垣間を走っていた準急列車。当然、長良川の「ながら」・・・)


No.861 3点 消える上海レディ
島田荘司
(2013/04/14 21:29登録)
1987年発表。比較的初期の長編。
「消える水晶特急」に続く、女性ファッション雑誌の編集者・蓬田夜片子と島丘弓芙子コンビのシリーズ第二弾。

~業界一の化粧品メーカーが打ち出した来年のテーマは、“戦前で時間の止まったような街、上海”。キャンペーンガールもつば広の帽子に中国服(チャイナドレス)、当時そのままの“上海レディ”だ。取材で神戸~上海を結ぶ「鑑真号」に乗ることになった女性記者弓芙子。だが、出航前から前から彼女の命を執拗に付け狙う謎の女性が現れる。そして、ついに密室と化した船内で血の凶行が・・・~

これはヒドイ。
あきらかに「やっつけ感」のある作品。
(これだけ書いて終わりたい・・・)
前作(「消える水晶特急」)も水準以下の作品だったが、吉敷刑事も登場し、列車が消えるという不可能テイストが多少なりともあったのだが、本作はとにかくなにもない。
「船上ミステリー」というのは、割と目にするが、船上=密室というプロットはあまりにも安直だろう。

今回の主役は弓芙子の方なのだが(前作は夜片子)、こいつの書き方もヒドイ。
“上海レディ”にとにかく振り回され、きりきり舞いさせられる役どころなのだが、作中はずっとヒステリックに書かれていて、読んでてツラくなる。
ラストのオチもなぁ・・・、結局二人○役トリック(ネタばれだが、もういいだろっ)なのだが、ミエミエだし。

とにかく誉めるところのない作品。特に作者のファンであれば、スルーする方が賢明でしょう。
シリーズも結局これで打ち止めとなったが、まぁそうだろうな。


No.860 5点 小鬼の市
ヘレン・マクロイ
(2013/04/14 21:26登録)
精神科医ベイジル・ウィリングを探偵役とするシリーズとしては六作目に当たる長編。
東京創元社による作者未訳作品の上梓ということで、期待して読み始めたのだが・・・

~カリブ海の島国サンタ・テレサに流れ着いた不敵な男性フィリップ・スタークは、アメリカの報道機関オクシデンタル通信社の支局長ハロランの死に乗じてまんまとその後釜に座った。着任早々、本社の命を受けてハロランの死をめぐる不審な状況を調べ始めたスタークは、死者が残した手掛かり=本者宛の電文や謎の言葉“コブリン・マーケット”=を追い掛けるうち、更なる死体と遭遇する。第二次大戦下の中米を舞台に、ウリサール警部とウィリング博士が共演する異色の大作~

正直なとこ、個人的な好みからは外れている。
マクロイでウィリング博士シリーズといえば、「家蝿とカナリア」にしろ「暗い鏡のなかに」にしろ、よく言えば重厚、悪く言えばジメジメした雰囲気、且つ端正&緻密な本格ミステリーというイメージだった。
本作は明らかに「本格ミステリー」ではなく、謎解き要素の多いスリラーとでも言うのが正しい。

紹介文のとおり、戦時管制下の島国という設定であり、最終的に解き明かされる事件の背景や動機にもそれが色濃く反映されている。
もちろん殺人事件に対するフーダニットもあるが、どちらかというと、舞台設定や背景を絡めた死者が残したメッセージの謎解きの方が本筋。でも言葉に関しては、日本人としてはちょっとピンとこない・・・。
タイトルにもなっている“コブリン・マーケット”がキーワードとして登場するのだが、こちらも何かピンボケなんだよなぁ・・・

大ラスに判明するのが本作に仕掛けられた一番の“大技”(!)が作者の面目躍如というところ。
なるほど・・・何となくそうじゃないかなと思ってたけど、やっぱりなぁ・・・
(そうじゃないと紹介文がおかしいことになるけど、さすがにそこはウマイ)

ということで、私のようにマクロイらしい端正な本格を期待すると裏切られることになるが、異色のスリラーとして読むのであればマズマズ楽しめるのかもしれない。
評価はちょっと辛めかな。
(本当に日本の柔術で簡単に首の骨は折れるのだろうか?)


No.859 5点 線の波紋
長岡弘樹
(2013/04/14 21:24登録)
日本推理作家協会賞短編部門を制した「傍聞き」がスマッシュヒットした作者。
本作は連作短編というべきか、連作短編仕立ての長編というべきか・・・

①「談合」=ひとり娘が誘拐された役所勤務の中年女性が主人公。夫までもが心労で倒れる中、公共工事発注の仕事に忙殺されるが、そんなときある工事入札に絡んで談合の噂が入る・・・。そして、ラストにはついに娘が・・・。
②「追悼」=先輩社員と共謀して会社の金を横領している若手社員が主人公。親友の財務担当者が横領に気付いた矢先、その親友が何者かに殺害されてしまう。その親友は①の誘拐事件を独自に調査していたというのだが・・・
③「波紋」=①の誘拐事件を追う女刑事・渡亜矢子が主人公。先輩刑事とともに、退職した伝説的な刑事に助言を請いに彼の職場に向かう。その職場で亜矢子が知り合った母と息子が事件の渦中に・・・
④「再現」=①の誘拐事件と②の殺人事件がつながり、逮捕された真犯人。本編は真犯人視点で物語が展開されるが・・・ここでサプライスが待ち受けていた。

以上4部構成。
ちょっと「狙いすぎ」かな、という読後感。
連作形式は個人的に好きだし、こういう手のプロットは嵌まると面白いとは思う。
けど、本作は形式への拘りが強すぎて、ミステリーとしての本筋がやや薄っぺらいのだ。
誘拐にしろ、殺人にしろ、それ自体には謎は用意されてないので、読者としてはただ読み進めていくしかない。
“真の”真犯人のキャラクターもどうかなぁ・・・
(こんな奴を好きになる女性の気持ちは全く分からん!)

ということで、それほど評価はしない。
「もう少しプロットを練り込めば」っていう気はするので惜しい作品ではあるかも。
(いろんな作家の作風が混じってて、ちょっとオリジナリティに欠けるように思えるのも気になる・・・)


No.858 8点 ナイトホークス
マイクル・コナリー
(2013/04/11 23:01登録)
1992年発表。ハリウッド署ハリー・ボッシュ刑事を主人公とするシリーズ第一作。
凄腕だが一匹狼を好む“孤高のヒーロー”は、やはりハードボイルドによく似合う。

~ブラック・エコー。地下に張り巡らされるトンネルの暗闇のなか、湿った空虚さのなかにこだまする自分の息を兵士たちはこう呼んだ・・・。パイプのなかで死体は発見された。かつての戦友メドーズ。未だヴェトナム戦争の悪夢に悩まされ、眠れる夜を過ごす刑事ボッシュにとっては、20年前の悪夢が蘇る。事故死の処理に割り切れなさを感じ、捜査を強行したボッシュ。だが、意外にもFBIが介入。メドーズは未解決の銀行強盗事件の有力容疑者だった。孤独でタフな刑事の孤立無援の捜査と、哀しく意外な真相をクールに描く長編ハードボイルド~

さすがに読み応え十分。
J.ディーヴァーのリンカーン・ライムシリーズと並び称される人気シリーズだけのことはあるだろう。
作者のM.コナリーはジャーナリズム出身者らしく、熱い男の物語を描きながらも、クール&ドライな筆致でストーリーを進めていく。
主役であるハリー・ボッシュは、ヴェトナム戦争でのつらい記憶に悩まされ、警察組織のなかで異分子的扱いを受けながらも、刑事としての己の矜持を貫こうとする・・・まさにハードボイルド・ヒーローの典型だ。

プロットとしてはそれほどのオリジナリティはなく、まぁ「よくある手」とは言える。
ある殺人事件から端を発した謎が、ヴェトナム戦争を源流に持つ「裏側の巨悪」につながっていく。ハリウッド署、ロス市警、FBIが絡み合いながら、意外な終盤そしてドンデン返しのラストになだれ込む・・・のだ。
特に、黒幕の意外性については、正直なところ予定調和というレベルかもしれない。
ただ、この予定調和はミステリー的なサプライズ感を狙ったというよりは、ある登場人物の哀しみに深みを持たせるためのプロットなのだろう。
(「こうじゃないかと思うけど、こうあって欲しくない」と思いつつ読んでいたが、「やっぱりそうだったのか・・・」という感じ)

ということで、長所短所はあるが、シリーズ一作目としては十分な出来だと思う。
ハリウッドのど真ん中を舞台にした派手な銃撃戦など、よくも悪くも一昔前のハリウッド映画を想起させる展開だし、まさに“This is アメリカン・ハードボイルド”っていう奴だろう。
(たまたま組んだパートナーが美女って展開・・・現実ではなかなかないよなぁ・・・)


No.857 7点 マドンナ・ヴェルデ
海堂尊
(2013/04/11 23:00登録)
映画化もされた「ジーン・ワルツ」が『表』の作品なら、本作は『裏』の作品という位置付け。
“クール・ウィッチ”の異名を持つ美人産婦人科医・曾根崎理恵と、その母親・山咲みどりの二人が織り成す狂想曲。

~美貌の産婦人科医・曾根崎理恵。人呼んで冷徹な魔女(クール・ウィッチ)。彼女は母に問う。「ママ、私の子供を産んでくれない?」 日本では許されぬ代理出産に悩む、母・山咲みどり。これは誰の子供か。私が産むのは子か孫か? やがて明らかになる魔女の嘘は、母娘の関係を変化させる・・・。「ジーン・ワルツ」では語られなかったもうひとつの物語。新世紀のメディカル・エンターテイメント作品~

とにかく感心させられる。
海堂氏の作家としての資質、懐の深さにはとにかく脱帽だ。
もちろん、本作はミステリーとしての要素は皆無に近いし、あまりに作品が量産されすぎてることで毛嫌いされる向きもあるだろう。
でも、「桜宮サーガ」というか、この「世界観」の広がりは尋常ではない・・・と思う。

前作「ジーン・ワルツ」は、海堂作品にややげんなりしていた気持ちを、もう一度向かわせた作品なのだが、本作は何と「ジーン・ワルツ」の片割れとも言える作品。
本作で産まれる理恵(みどり?)の子供も双子なのだが、作品自体もまさに『双子』というべきなのだろう。
「ジーン・ワルツ」でも登場した、清川医師やマリアクリニックの老医院長、そして何より、時を同じくして赤ちゃんを授かることになる妊婦たち・・・相変わらずキャラは見事なまでに立っている。

本作一番のシーンは、終盤の母娘の対決シーン。
冷徹なクール・ウィッチが、のんびり屋でちょっと鈍臭いみどりの策略に敗れる場面・・・
結果的には、これが二人の母娘と「双子」に劇的な変化をもたらすのだ。

「代理母」や「産婦人科医不足」は医療関連ではポピュラーなテーマだろうが、ここでも学会などの権威に対する作者の姿勢が伺える。
何だが、ミステリーの書評っぽくないが、とにかく個人的には面白く読ませていただいた。
続編も構想中とのことなので、期待してます。


No.856 4点 青空の卵
坂木司
(2013/04/11 22:58登録)
「ひきこもり」のプログラマーで探偵役の鳥井と、彼の親友でワトスン役の坂木司のコンビが登場するシリーズ第一弾。
性別不明の覆面作家・坂木司のデビュー作品。

①「夏の終わりの三重奏」=その後シリーズレギュラーとなる巣田が登場。男性を狙う女性ストーカー事件が頻発するなか、巣田も巻き込んで事件は複雑化する・・・。でも・・・なんか現実感がない。
②「秋の足音」=坂木が駅で見かけた全盲の美青年・塚田。彼は謎の二人の男女に後を付けられているというのだが・・・。事件の構図が明らかになった後、更に逆説的な真相が分かる。
③「冬の贈りもの」=②で登場した歌舞伎役者・安藤。安藤の熱狂的ファンから届く数々の贈り物が今回の謎。「なぜこんなものを贈ったのか?」ということなのだが、謎はやがてひと組の夫婦の微妙な関係へ発展する・・・
④「春の子供」=坂木が街角で出会った謎の少年・・・。不憫に思った坂木は、彼を鳥井の部屋へ連れて行く。彼の素性についてが今回の謎の本題なのだが、不和だった鳥井と父親との関係にも変化が訪れる。
⑤「初夏のひよこ」=ボーナストラック。

以上4編+α。
最近書店でよく平積みになっている作者の作品だから、とにかく一度手に取ってみたのが本作。
でも、どうなんだろう?
本シリーズの特徴は、やはり鳥井と坂木との「異常な関係」だろう。
とにかく男性どうしとは思えないほどの「ベタベタ振り」・・・。ちょっとっていうか、かなり気持ち悪いのは否めない。
二人以外の登場人物たちもあまりにも「いい人」すぎて、なんだか現実味がないように感じるのだが、私が変なのだろうか。
言葉は悪いが、何か「超油っぽい料理」を食べた後のような読後感・・・。

ミステリーとしてはどうかって?
まぁ、普通の「日常の謎」ミステリーってところです。
シリーズは全三作なのだが、読もうか読むまいか・・・迷うなぁ。
(ベストはやはり④かな・・・)


No.855 6点 鏡の中は日曜日
殊能将之
(2013/04/05 15:43登録)
2001年に発表された作者の第四長編。
シリーズ探偵である石動戯作の探偵譚だが、謎の名(?)探偵・水城優臣がストーリーを彩る異色&ある意味“実に作者らしい”作品。
ノベルズ刊行時に読了していたので、10何年か振りに再読。

~梵貝荘(ぼんばいそう)と呼ばれる法螺貝様の異形の館。フランス文学の異端児・マラルメを研究する館の当主・瑞門龍司郎が主催する「火曜会」の夜、奇妙な殺人事件が発生する。事件は、名探偵の活躍により解決するが、十数年を経た後、再調査の依頼が現代の名探偵・石動戯作に持ち込まれる。時間を超え交錯する謎また謎。まさに完璧な(?)本格ミステリー~

殊能将之が「館もの」を書くとこんなふうになるんだなぁー、っていう感想。
巻末の「参考文献」として、綾辻氏の「館シリーズ」諸作が堂々と掲げられているなど、本作は「館シリーズ」プラス、氏の代表作「ハサミ男」と表現するのがしっくりくる。
大きく三章に分かれる筋立て。謎の第一章を過ぎると、ようやく本筋の殺人事件が現れる。
過去と現代のパートがそれぞれの視点人物によって交互に語られる第二章に作者の企みがタップリと詰め込まれている。
(この辺は、まさにこの頃の「新本格」という味わいで、鼻に付く人には鼻に付くんだろうなぁ・・・)

そして、タネあかしとも言うべき第三章で、超弩級の「叙述トリック」が炸裂する・・・
って、多くのミステリーファンなら「今さらこのネタ!」って思うに違いない。
なにせ、「作者といえば」という例のネタなのだから・・・
確かにこれは賛否両論になるというのはよく分かる。

でも、まぁ個人的にはそれほど悪い気はしなかった・・・
(これは、作者の作品を久し振りに読んだという理由が大きいのだろうけど)
他の方の書評を見てると、かなり極端な評価になっているようだが、ミステリーの「遊戯性」にフォーカスを当てるのなら、まずまず面白いのではないか、というのが正直な評価。
ただ、やっぱり二番煎じという指摘には首肯せざるを得ないだろうし、あまり高評価は無理かな。

ところで、先ごろ殊能氏死去のニュースをネットで見かけ、返す返すも残念な気がしてならない。
本名も死因も公表されないというのが、覆面作家として活動していた作者らしいが、著作が途絶えていたのはやっぱり健康面の問題だったということかなぁ。
合掌。


No.854 3点 夕暮れをすぎて
スティーヴン・キング
(2013/04/05 15:39登録)
“King of ホラー”の異名を持つ稀代のストーリーテラー、スティーブン・キングの作品集。
数多くの代表作がある作者だが、作者の作品に対してはまったく予備知識がないため、とりあえず短編集あたりで「小手調べ」と思い付き、某書店にて手にしたのが本作というわけなのだが・・・

①「ウィラ」=とあるアメリカの田舎町。寂れた駅や場末のキャバレーに集まる人々たち、そして主人公のカップル・・・。何だかふわふわした文章&描写だなぁと思っていたが、「やっぱりこういうオチか!」という展開に。
②「ジンジャーブレッド・ガール」=巻末解説の風間氏も書かれているが、これが本作の白眉だろう。幼い娘を亡くし、悪夢を忘れるため『走ること』に目覚めた主人公。主人公がひとりで訪れたある島で、とんでもない事件に巻き込まれる・・・。“サイコ”というほどの異様さではないが、さすがに読者をドキドキさせる手口は見事だ。
③「ハーヴィーの夢」=これは????・・・。要は夢の話ということ。
④「パーキングエリア」=????パートⅡ。で、結局どういうこと?
⑤「エアロバイク」=要するに太った男がエアロバイクに跨りながら、徐々に減量や健康体に目覚めていく・・・という話なのか? 例え話が多いので分かりにくい。
⑥「彼らが残したもの」=やはりアメリカ人にとっては「9.11」というのは特別な意味があるということなのだろう。
⑦「卒業の午後」=ショート・ショートというべき分量。

以上7編。
本作は、文藝春秋社が作品集「Just after Sunset」(全13編)を二分冊にした前半部分。
最初に書いたとおり、本作が「初キング」だったわけだが、正直、選択を誤ったようです。
②以外は読んでもピンとこない作品ばかりというのが偽らざる感想。
作者に対する世間的な評価を勘案すれば、私の理解力が不足しているということなのかもしれないが、でもねぇ・・・個人的な嗜好とは大きく離れてしまっているのだから仕方がない。

やっぱり、有名作&長編からスタートしておけばよかったなぁ・・・。


No.853 6点 神のロジック 人間のマジック
西澤保彦
(2013/04/05 15:36登録)
2003年発表、作者32作目の作品(とのこと)。
作者得意の「特殊設定」下で起こる事件に加え、大掛かりな叙述トリックまでもが炸裂する・・・

~「ここはどこ?」「何のために?」 世界中から集められ、謎の『学校』で奇妙な犯人当てクイズを課される『ぼくら』・・・。やがてひとりの新入生が『学校』に潜む“邪悪なモノ”を目覚めさせたとき、共同体を悲劇が襲う・・・。驚愕の結末と周到な伏線とに、読後、感嘆の吐息を漏らさない者はいないだろう傑作ミステリー~

これは・・・作者の「狙い」がバッチリ嵌った作品。
はっきり言って、後半までは何やら訳の分からない特殊設定に付き合わされ、事件らしい事件も起こらず、「いったい何が狙いなのか?」という疑問を抱きながら読み進めていた。
潮目が変わったのは、紹介文のとおり、新入生の登場。それ以降、短い間に連続殺人事件やら放火がつぎつぎと発生し、怒涛の如く終盤に突入する。

そしてⅨ章の中途当たりで炸裂するのが、本作全体に仕掛けられた大掛かりな叙述トリック。
なるほど・・・これがやりたかったのか! って感じ。
でも、これって・・・他の方の書評でも触れられているとおり、当然○野氏の代表作「○○○・・・」との「被り」が気になる。
後者の発表の方が若干早かったし、世評では劣っている感は拭えないが、個人的には本作も負けず劣らずではないかと思う。
こういう特殊設定はもともと作者の十八番だし、他作家がやるならともかく、伏線の張り方も「らしさ」があって良い。
(ただ、いくらコントロールされているとはいえ、本人がソレを理解しないという設定はちょっと違和感はあるが)
敢えていうなら、こういう「動機」がどうかということになるのだが、まぁ特殊設定ですから・・・

ということで、個人的には評価したい作品。
作者にはこういうひねくれた設定やプロットがやっぱり似合うね。


No.852 5点 初秋
ロバート・B・パーカー
(2013/04/01 00:02登録)
1981年発表。
ボストンを舞台とした私立探偵スペンサーシリーズの代表作という位置付けが本作。

~離婚した夫が連れ去った息子を取り戻して欲しい・・・スペンサーにとっては簡単な仕事だった。だが、問題の少年ポールは対立する両親の間で駆け引きの材料に使われ、固く心を閉ざし何事にも関心を示そうとしなかった。スペンサーは決心する。ポールを自立させるためには、一からすべてを学ばせるしかない。ボクシング、大工仕事・・・などなど。スペンサー流のトレーニングが始まる。ハードボイルドの心を新たな局面で感動的に描く傑作~

確かにこれはいわゆるハードボイルドではない。
本作でスペンサーが立ち向かうのは巨悪や悲劇ではなく、固く心を閉ざしたままの少年の心なのだから・・・
途中、銃撃されたりというそれっぽい場面もあるにはあるが、あくまでも添え物的な扱いに過ぎない。
ということで、ハードボイルド好きにとっては、やはりちょっと物足りないというように映るのではないかと思う。

大工仕事やボクシングを通じて、ダメな少年を成長させていくというと・・・
個人的には、往年の映画「ベストキッド」を何となく思い出してしまった。
(最近ジャッキーチェンがリメイクした奴じゃなくて、最初に公開された妙な「空手」の奴ね)

スペンサーの尽力でついに「自我」を取り戻し、将来の「夢」を得た少年ポールの姿には心を打たれたが、ちょっと平板な感じは拭えないかな。
短めの作品だし、読んで損のない作品なのだとは思うが・・・
因みに、ポールが夢だったダンサーとなって登場する続編「晩秋」は手に取ってみるとしようか。
(日本でもアメリカでも、自分勝手な親ほどタチの悪いものはない・・・ってこと?)


No.851 7点 光媒の花
道尾秀介
(2013/04/01 00:00登録)
2007~2009年の間で「小説すばる」誌に順次発表された作品をつなぐ連作短編集。
第23回山本周五郎賞受賞作。

①「隠れ鬼」=ある印章店を舞台とした一話。父親に自殺され、年老いた母親と二人で暮らす主人公の中年男。昔、何度も訪れた別荘で知り合った美貌の女性は父親と関係があった。そして、その女性が殺された事件を思い起こす主人公は・・・?
②「虫送り」=①とは一転し、ある幼い兄妹を軸に展開されるのが本編。ある日、虫取りのために訪れた河原でホームレスの男と遭遇した二人に悲劇が・・・。幼女が出てくるとこんな展開になる場合がよくあるよなぁ。
③「冬の蝶」=②に登場したもう一人のホームレスの男が本編の主役。中学生時代、不幸な家庭で育つ同級生の女生徒との甘酸っぱい関係と、不幸な故に起こる悲しい事件・・・。よくある手かもしれないが、胸を打つ何かは感じる作品だろう。
④「春の蝶」=冬の次は「春」。本編は③で登場した不幸な女生徒が成長した姿で登場。アパートの隣人である老人と孫娘。そして、この孫娘は耳が聞こえなかった・・・。
⑤「風媒花」=若くして父を亡くし、母と姉との三人でひっそりと暮らす男・亮が主役。病気で入院した姉と父親が死んで以降不仲になった母・・・。そんななか、姉の病状が徐々に悪化して・・・。
⑥「遠い光」=⑤で登場した姉が主人公。小学校で初の受け持ちをもった教師の主人公が一人の問題児との関係の中で成長していくというのが本編の筋なのだが・・・。「遠い光」というのはなかなか深いね。

以上6編。
もはや「さすが」という気がする。
とにかく「うまい」。それぞれの編で、視点人物となる主人公を次々と入れ替えながらも、共通した作品世界を有する作品たち。
確かにミステリーとしては「どうなのか?」という気がしないでもないが、そういうレベルを超越した面白さ、深さを感じた作品だった。

心のどこかに傷や影を持った登場人物たちと、彼ら(彼女ら)を包み込むように小説を紡ぎ出す作者・・・。
読み終わったあと、しばらく感慨に耽ってしまった。
(特に③→④がいいね)


No.850 7点 火車
宮部みゆき
(2013/03/31 23:59登録)
850冊目の書評となる本作。
1992年発表、数ある作者の名作の中でも最高傑作と評されることも多い作品。
山本周五郎賞受賞作であり、各種ミステリーランキングでは必ず上位に押される逸品。

~休職中の刑事・本間俊介は遠縁の青年に頼まれて彼の婚約者、関根彰子の行方を捜すことになった。自らの意思で失踪、しかも徹底的に足取りを消して・・・。なぜ彰子はそこまでして自分の存在を消さねばならなかったのか? いったい彼女は何者なのか? 謎を解く鍵はカード社会の犠牲ともいうべき自己破産者の凄惨な人生に隠されていた。山本周五郎賞に輝いたミステリー史上に残る傑作~

社会派ミステリーとしてはさすがの出来栄え。
現代社会の病巣とも言えるカード・借金を背景とした事件に巻き込まれる休職中の刑事、事件を追い掛けるうちに浮かび上がるひとりの悲しい女性、そしてその女性をめぐる凄惨な不幸の連鎖・・・
まさに「社会派」として踏まえるべき体裁をすべて完璧に備えている・・・そんな感じ。
確かにちょっと「長いかな」という読後感にはなったが、それも作者の作品の特徴だし、刑事と犯人という主役級の二人だけでなく、息子の智や家政夫、女性の友人たちなど様々な登場人物の造形まで拘った結果なのだろう。

今の社会情勢からすると、本作で描かれているカード破産とか、サラ金地獄などの要素はちょっと古臭い感は拭えないが、社会の荒波に翻弄される人間の姿を浮かび上がらせる設定としては適切なセレクトだと思う。
本作でスポットが当てられる「彰子」と「○○(一応秘密)」の二人の女性・・・読んでてホントに切なくなってくる。
今でこそ自己破産や民事再生など法的救済策もメジャーになり、社会的な理解も深まったが、作中でも触れられているとおり、日本ではこういった金融教育があまり行われていないことが問題なのだろう(これは学校だけでなく、家庭でも教えないことが更に問題なのだが・・・)。
そういう面では20年前からそれほど進歩してないのかもしれない。

評価は迷うが、やっぱり根本的に作者の作品って評判ほどワクワクしないというか、ウマイけど個人的な好みからは外れてる。
まぁでも、非常によくできた作品なのは間違いないでしょう。
(ラストの一行が印象的なのは世評どおり)


No.849 5点 サイモン・アークの事件簿〈Ⅱ〉
エドワード・D・ホック
(2013/03/24 19:56登録)
何と2千年の時を超えて生きる「オカルト探偵」サイモン・アークが主人公の作品集。
新旧取り揃えた作品集の第二弾が本作。

①「過去のない男」=舞台はメイン州の片田舎。でも、このトリックって・・・今どき推理クイズでも取り上げないようなレベルだと思うのだが・・・。
②「真鍮の街」=これが本作の白眉であろう中編。大企業が牛耳る街ベイン・シティで発生した殺人と、大学で進められる遺伝学の研究に隠された秘密の二つが本作の謎。力作だけあって、なかなか読ませるプロットなのは確か。ただ、惜しむらくは、殺人事件のトリックが非常に矮小なのと、大学での研究が特段本筋とつながっていなかったこと・・・って、それじゃ駄作じゃないのか?
③「宇宙からの復讐者」=ロシアで、アメリカで、宇宙飛行士が殺害される事件が発生する! 米・ヒューストンへ向かったサイモン・アークと私だが、殺人事件のからくり自体はちょっと陳腐かな。
④「マラバールの禿鷲」=舞台はインド・ボンベイ。「鳥葬」を行うための塔で起こった殺人事件が本編の謎。鳥葬などという特異で禍々しいプロットを用意しているが、真相は実にミステリーっぽいトリック&プロット。そして動機。
⑤「百羽の鳥を飼う家」=本編の舞台はロンドン。そして、タイトルどおり「鳥だらけの家」で起こる殺人事件に出くわすことになる。登場人物の限られた短編らしく、犯人に意外性はないし、「白い粉」が出てきた段階で大凡の察しがついてしまうのが難。
⑥「吸血鬼に向かない血」=今回は何とアフリカの東側に浮かぶ島・マダカスカルが舞台となる。タイトルどおり、「血液」が謎になるのだが、サイモン・アークが語る真相を読んでもピンとこないんだけど・・・
⑦「墓場荒らしの悪鬼」=自分の先祖が眠る墓を暴こうとする男の謎・・・本編はなかなかロジックが効いていてなかなかの面白さ。作者の“腕”を感じる。
⑧「死を招く喇叭」=死体があっという間に老衰してしまう! というと魅力的な謎のように見えるが、うーん、どうかなぁ・・・

以上8編。
あまり評価できないなぁ・・・
これまで、「サイモン・アーク」よりは同じ創元文庫の「サム・ホーソーン」シリーズを中心に読んできたけど、はっきりいって後者の方が数段面白いし、作者の力量がよく出ていると思う。
本作も、前半に提示される「謎」自体は魅力的なのだが、それがどうも全体のストーリーやプロットと噛み合っていないように感じてしまう。

特に、本作は「寄せ集め」感が強いので、なおさらそう思ってしまうのかも・・・
(中ではやはり②が抜けているだろう。後は⑦がよい)

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