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ミステリの祭典

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悪魔と警視庁
マクドナルド警部

作家 E・C・R・ロラック
出版日2013年03月
平均点5.40点
書評数5人

No.5 6点 弾十六
(2020/12/03 01:33登録)
1938年出版。マクドナルド首席警部シリーズ第14作目。
ロラックさんは初めて。古本屋で偶然見つけ、発表年代で読む気になりました。
うーん。冒頭のワクワクが盛り上がらず、致命的な欠点はないが、これは!というところもない佳作、という感じ。でも好みの作風(セリフの一部、説明がくどくて、ちょっと気になったが)。英国好き、戦間期に興味ある人、クロフツ・ファンならお勧め、という感じかな。大抵の人には地味すぎて物足りないだろう。翻訳は手慣れた感じで良い。
冒頭はVictory Ball(11月11日)。クリスティのポアロものの短篇(『戦勝記念舞踏会事件』1923)とセイヤーズ『ベローナ・クラブの不愉快な事件』(1928)を思い出しました(後者は仮面舞踏会じゃないが)。
作中年代はちょっと問題あり。「今年の一月(p149)」にフランコの軍に入って負傷した人が帰国した…という説明で、フランコが挙兵した1936年7月以降の一月のはずだが「十一月十二日、木曜日(p215)」という記述もあり、これは直近なら1936年。さらに「十三日金曜日」のイメージが続き、捨てがたいところだが、p148の記述(1913年の21歳が現在は45歳)もあり、作中年代は1937年で良いだろう。
現在価値への換算は英国消費者物価指数基準1937/2020(68.57倍)で£1=9060円。
以下トリビア。原文は入手してません。
p9 ヴォクスホール♠️車種が明示されてるのは良い。大型車のようなので1934年から製造販売のVauxhall Big Sixか。1935年の広告ではスタンダード版で325ポンド(294万円)。
(以上2020-12-3記載)
p10 ロンドンの霧は色と味わいの点で、かつての“エンドウ豆のスープ“らしさをなくした♠️当時の印象はそんな感じだったのか。未調査。
p10 濃霧に対するロンドン当局の対応策♠️具体的な記載はないが何か対策されていたのか。皮肉っぽい感じなので「無策」という意味か。
p12 ベントレー♠️緑色の大型車、とのこと。探したら1938 Bentley 4 1/4 Litreで緑のが見つかった。4 1/4は1936-1939製造販売(1234台)、4 1/2とは違う。かなりの高級車のようだ。(ロールスロイスの弟分で良い?)
p12 開けた風防ガラス♠️霧が深くて視界確保のため開けた(寒い夜なのでフロントガラスの結露防止?)ようだが、ドアについてる横のガラスのことか?
p14 “飼い葉袋”をラジエーターにかぶせ♠️凍結防止だろう。歩道の表面が凍るくらい寒い夜である。
p16 勇気を出せ…♠️Courage, mon ami, le diable est mortはCharles Reade “The Cloister and the Hearth”(1861)からの引用。Wikiによるとコナン・ドイル、キプリング、オスカー・ワイルドも大好きだった小説のようだ。かなり一般教養っぽい引用句だと思う。
p17 ノーサム・バローズで発見された車♠️過去作のネタバレの可能性あり。未調査。
p18 ホメロスも居眠りする♠️偉大な詩人にも不出来な行(書くときぼんやりしてたような)がある、という諺。元はHORACE Ars Poetica 359 “indignor quandoque bonus dormitat Homerus”(I am indignant when worthy Homer nods)とのこと。
p18 スコットランド人でさえ馬小屋のドアを閉め忘れる♠️調べたが見つからず。スコットランド系の首席警部をからかっただけかも。
p19 榴散弾♠️Shrapnel Shell。第一次世界大戦で活躍した散弾の詰まった砲弾。塹壕用の大量殺傷兵器で3インチ(76mm)弾がポピュラー。
p20 今世紀初頭に織られたリヨンシルク♠️もう手に入らない極上品。三十年前に失われたもの。
p21 十九世紀初頭のバッソ・プロフォンド、ド・グラース♠️調べつかず。多分架空。
p22 『ファウスト』♠️グノー作オペラFaust(1859)。
p22 ストランド街のエクセルシア・ホテル♠️調べつかず。多分架空。
p22 アデルフィの新オペラハウス♠️1806年以降4回建て替わっている。最新のものは1930年12月3日オープン。アールデコスタイルで'Royal Adelphi Theatre'と命名された。
p22 メリルボーン・コンサートホール♠️1831開場のTheatre Royal, Marylebone(別名Marylebone Theatre, 他)かと思ったら、1932年にWest London Cinemaに変わっているので違うようだ。
p22 歌手は体を鍛えない♠️なるほど。知りませんでした。
p23 メルバがミミを演じ、パッテンがルチアを顫音(トリル)で歌っていたころ♠️Nellie Melba(1861-1931)はオペラ歌手(ソプラノ)。Mimìはロッシーニ作La Bohème(1896)のヒロイン。パッテンは調べつかず。
p32 わたしは今年43歳になる♠️ということはマクドナルド首席警部は1894年生まれ。
p32 <かわいいチャーリー>♠️49歳の若い頃に流行った歌。調べつかず。
p33 ベタニヤ♠️新約聖書に登場。イエスの母マリア、その姉マルタ、その弟ラザロが住んでいた土地の名前。
p50 シバの女王の気分です♠️列王記上10はソロモン王の噂を聴いて初めて宮殿を訪れたシバの女王が「想像の倍素晴らしい」と驚くエピソード。
p55 緑茶♠️結構造詣が深い感じの描写。英国における中華趣味(アーネスト・ブラマ『カイ・ルン』シリーズなど)の研究も面白そう。
p62 小フーガ ト短調♠️BWV578。バッハの超有名曲。最近では「ハゲの歌」として有名らしい。
p64 トッカータ ヘ長調♠️数あるバッハ作のオルガン曲の中でもとりわけ素晴らしいToccata und Fuge F-Dur BWV540のトッカータだろう。組になってるフーガと関係がないため、元は別々の曲なのだろう。同名のオルガン曲がフローベルガー、ブクステフーデ、ムファットなどにあるがいずれも有名作品ではない。
p66 五階… G号室♠️五階建に七つのフラットがある、ということか。
p69 リトル・オードリー♠️「訳注 当時流行ったジョーク中の人物」由来はWWIに遡るようだ。英Wiki “Little Audrey”参照。
p73 おなじみの灰色の脳細胞を駆使して♠️この言及はポアロ?
p88 緋色の衣装の…♠️何の歌か不明。
p109 永久に癒やすべからざる憎悪の念…♠️何かの詩らしいが不明。
(以上2020-12-19追記、続く)

No.4 5点 nukkam
(2016/01/31 23:11登録)
(ネタバレなしです) 序盤が非常に魅力的ですがその後が地味過ぎて盛り上がらないという点でヘンリー・ウエイドの「警察官よ汝を守れ」(1935年)といい勝負の(と言っていいのかな)、1938年発表のロバート・マクドナルドシリーズ第14作です。マクドナルド首席警部の車から発見された死体、しかもそれは悪魔の扮装をしていたという出だしは文句なく面白いです。しかしマクドナルドの捜査が非常に地味な描写ですし、登場人物の個性が弱いところは同時代のF・W・クロフツといい勝負です。犯人の正体が早い段階でわかってしまうことの多いクロフツと違って犯人当ての興味を最後まで維持しているところは好感を持てますが、やはりもっと謎解きを盛り上げる演出がほしいところです。

No.3 5点 E-BANKER
(2013/06/15 16:12登録)
1938年発表のシリーズ長編。
ロンドン警視庁のマクドナルド主席警部が活躍する作者の代表作といってよい(らしい)。

~濃霧に包まれた休戦記念日の夜、帰庁途中のマクドナルド主席警部は女性がひったくりに合うのを目撃した。車を降りて犯人を追いかけバックを取り戻した警部は、警視庁に車を置き帰宅したが、翌朝、その車中から悪魔メフィストフェレスの扮装をした男の刺殺死体を発見する。捜査の結果、前夜開かれた仮装パーティーでメフィストフェレスに扮した者が数人いたことが判明する。魅力的な発端と次々に深まる謎、英国本格派ロラックの代表作~

うーん。正直それほど楽しめなかったなぁ。
なぜ楽しめなかったのか? 原因を追求してみよう。
序盤はなかなか素晴らしいのだ。
紹介文のとおり、悪魔の扮装をした死体を探偵役の警部自身が発見するという劇的な発端。
調査するほどに判明する関係者たちの複雑な人間関係など、
古き良き本格ミステリーの王道をいくような作品なのだろうと期待した。

しかし、中盤以降がいけない。
マクドナルド警部の地道な捜査過程が描かれるのだが、事件の構図がはっきりしてくるというよりは、何が書きたいのか正直よく分からないまま混迷していく・・・ような感覚に陥った。
そして、突如判明する真犯人と真相。

要は「慣れ」の問題なのかもしれないし、訳の問題なのかもしれないし、読んでるときの体調の問題なのかもしれない。
ただ、本格ミステリーとしての謎解きの面白さは感じられなかった。
(これは多分にプロットの巧拙が原因に違いない・・・これが真因)

これでは「クリスティと肩を並べる」という惹句には首肯し難い。

No.2 5点 kanamori
(2013/05/11 12:01登録)
濃霧のロンドン、仮装舞踏会の夜の雰囲気、マクドナルド警部の車の中から悪魔メフィストフェレスに扮した死体の出現、とつづく発端は魅力的で引きつけられるものがありましたが、舞踏会関係者への聞き込みシーンがつづく中盤以降は展開がやや平坦かなと思う。
中国文化に詳しい女性のある行動の意味が分かれば真相が見えてくるという伏線に作者の工夫を感じましたが、メイントリックが陳腐に感じられ、読後感は微妙。期待値が高すぎた。

No.1 6点 mini
(2013/03/29 09:58登録)
コリンズ社クライム・クラブは英国ミステリーの歴史そのものみたいな叢書だが、クリスティやマーシュらと並び叢書の看板作家だった1人がE・C・R・ロラックである
英国女流本格派の中でも総著作集が70作以上の作家はクリスティ、ミッチェル、フェラーズなど数人しかいない
とりわけ1930年代後期のロラックは創作活動の最盛期と言っても良く、36年に3冊、37年に2冊、38年に3冊と3年間に計8作も上梓している
しかも38年の3冊の内2作が作者の代表作のいくつかと目されている「ジョン・ブラウンの死体」とこの「悪魔と警視庁」なのだ

ロラックには大きく分けて地方色を描出したものとロンドンを舞台にしたものが有るらしいのだが、「ジョン・ブラウンの死体」は前者、「悪魔と警視庁」は後者である
「悪魔と警視庁」の内容は結構複雑、物語展開もそうだがそれ以上に徐々に明らかにされる人間関係の裏事情がいっそう複雑で頭が混乱しそう
しかしこの事情を把握するのが困難な展開こそが一種の魅力になっている作だと思う
その代わり謎解きの肝はある○○○○トリックの1点だけと言っても良く、この辺は評価が分かれるかも(トリックの種類はネタバレになりそうなので言えない)
ロラックの弱点は探偵役マクドナルド警部の個性が乏しい事だと思っていたが、森英俊の解説を読んで成る程と思った、そうかインテリ警察官探偵の走りなのか、そう捉えると「悪魔と警視庁」では一応個性が発揮されていると言えそうだ
でも同じインテリ警察官という括りだと、マーシュのアレン警視に比べるとまだ少々弱いかなという気もするが
ロラックで現在入手容易なものはこれと、「ジョン・ブラウンの死体」と「死のチェックメイト」の3作
植草甚一はかつてロラックを”3作に1作は面白いものが有る作家”と評したそうだが、野球で言ったら3割打者、翻訳は数多い全作品中から厳選されるのだろうから今後は打率も上がるのだろうか

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