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ミステリの祭典

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平均点:6.00点 書評数:1859件

プロフィール| 書評

No.1039 6点 興奮
ディック・フランシス
(2014/08/07 21:48登録)
1965年発表の競馬シリーズ第三長編。
シリーズ中でも屈指の出来栄えを誇る作品との評価はあるが、果たして・・・
原題“for kicks”(=刺激を求めて、という意味かな?)

~障害レースで思いがけない大穴が続いていた。番狂わせを演じた馬は、その時の状況から推して明らかに興奮剤を与えられていた。ところが、いくら検査をしても興奮剤を投与した証拠が出てこない。どんなからくりで不正が行われているのか? 事件の解明を急ぐ障害レースの理事は、オーストラリアに飛び、種馬牧場を経営するロークに黒い霧の真相究明を依頼したのだが・・・~

まさに「興奮」という邦題がピタリ当て嵌る作品。
明らかに興奮剤を与えたとしか思えないサラブレッドなのだが、検査をしても全く薬剤は発見されない。
その謎を解くために、悪徳厩舎に潜入を図る主人公ローク。
そして、本シリーズではお馴染みの終盤のピンチシーンを経て、事件は無事解決されるのだ。
こう書くと、「二番煎じ」とか「マンネリ」と思われそうなのだが、決してそういうことではない!

他の方も書かれているが、本シリーズのテーマは「男たちの不屈の心や矜持」ということなのだろうし、本作でもその醍醐味は十二分に味わえる。
ロークがトリックに気付くのが単なる偶然というのが気になりはするが、サスペンス性は過去二作を上回る出来栄えだろう。
ただし、個人的には一作目の「本命」の方が上に思えた。

昨今はサラブレッドだけでなく、人間でもドーピング問題がスポーツ会では問題になっているけど、人間がもしこのトリックを使えるのなら楽だろうねぇ・・・
(特定の人物だけ、というのは無理だろうが・・・)


No.1038 6点 数奇にして模型
森博嗣
(2014/07/30 22:05登録)
「すべてがFになる」から始まったS&Mシリーズも回を重ね、本作が9作目の長編となる。
1998年発表の大作。

~模型交換会会場の公会堂でモデルの女性の死体が発見された。死体の首は切断されており、発見された部屋は密室状態。同じ密室内で昏倒していた大学院生・寺林高司に嫌疑がかけられたが、彼は同じ頃にM工業大学で起こった女子大学院生密室殺人の容疑者でもあったのだ! 複雑に絡まった謎に犀川・西之園師弟コンビが挑む~

本作のメインテーマは・・・やっぱりホワイダニットなのだろうか?
紹介文を読むと、これまでのS&Mシリーズと同様、密室トリックあたりがメインテーマなのだろうと思ってしまうのであるが、最終的に判明する密室トリックは正直、本シリーズファンには軽い裏切りに近いものに見える。
(もっとも、シリーズも回を重ねるうちに、当初の純粋なトリックというよりは、変化球的なトリックが目立ってはきていたが・・・)
さらに今回は「首切り」まで登場するのだから、当然「首切り」についてもミステリーファン寄りのトリックを期待してしまうよなぁ・・・『なぜ真犯人は首を切ったのか』を!!

「見立て」などもそうだが、こういう“いかにも”というガジェットを加味する以上、必然性が問題となる。
ただし、本作で作者が用意した解答は相当な変化球!
(あまりにも鋭く内に曲がりすぎて、思わずのけぞるほどだった・・・)
こういうタイプの解答は全く予想していなかったし、ある意味初めての体験かも知れない。
それもこれも作者の舞台設定の勝利と言えるだろう。

でもなぁ・・・それが個人的な好みに合致しているかというと、そうではないというのが本音。
もちろん作者には豊富な球種があって、鋭く横に曲がるスライダーや縦に落ちるスプリットも投げられるだろうけれど、読者としては胸元ズバリのストレートを期待してしまうわけです。
(分かりにくい例えかもしれないけど・・・)


No.1037 6点 殺意の楔
エド・マクベイン
(2014/07/30 22:04登録)
1959年発表の87分署シリーズ作品。
シリーズとしては第九作目の長編。十月初旬のグローヴァー公園の鮮やかな彩りが眩しい季節・・・という設定。

~秋の静かな昼下がり。87分署の前に蒼白な顔で黒い服の女が立っていた。女はキャレラ刑事に恨みを抱いている。彼に逮捕された夫が獄中で病死したのだ。彼女は署にキャレラがいないと知るや刑事部屋に押し入り、刑事たちに隠し持っていた拳銃とニトログリセリンの小瓶を突きつけた! 復讐の鬼と化した女と刑事たちとの熾烈な心理闘争。刻一刻と迫るカタストロフィ。息詰まるスリルとサスペンスで描くシリーズ屈指のサスペンス~

やはり本シリーズらしい味わいのある作品だった。
事件は急に起こる。
紹介文のとおり、突然87分署の刑事部屋に拳銃とニトロの液体を持った女が押し入る場面から始まるのだ。
たった二つの武器で屈強な刑事たちを釘付けにする女と刑事たちの緊張感たっぷりの対決。
電話や来客など、途中に発生する予想外の出来事を挟みながらも、ラストまでこの展開は続いていくのだ。
ラストを知ると、「じゃあ最初からそうしとけよ!」っていう突っ込みがありそうなのだが、そこは言わぬが華だろうな。

ただし、本作は上記以外に、女のターゲットとなるキャレラ刑事が挑む密室殺人事件の場面も並行して描かれる。
マクベインが密室トリック? というと意外感たっぷりなのだが、トリックそのものは・・・まぁこれも言わぬが華。
(J.Dカーを意識したようなセリフを登場人物がじゃべっているのが笑わせる)
二つの事件に直接のつながりはないのだが、事件を解決して刑事部屋に戻ってきたキャレラ刑事が最後に電話を取るシーンがなかなか気が利いている。

それほど派手な展開があるわけではなく、サスペンス感もほどほどだけど、それはそれで作者らしい味わいが良い。
悪く言えば、一昔前の刑事ドラマのようなのだが・・・


No.1036 7点 我が家の問題
奥田英朗
(2014/07/30 22:04登録)
小説「すばる」誌に断続的に掲載されてきた作品をまとめた短篇集。
先に発表された「家日和」の続編的な意味合いもある好編。

①「甘い生活?」=新婚の妻は常に甲斐甲斐しく、家事も完璧にこなす。でも、なぜか居心地が悪く、まっすぐ家に帰れない夫・・・。これは「独身病」というらしいです。夫婦が初めて本音をぶつけ合うラストが何ともいえない。
②「ハズバンド」=夫が会社で上司や部下から軽んじられているらしい・・・。妻が抱えた不安と夫のポーカーフェイス。専業主婦の妻が取った行動は、とにかく毎日おいしい弁当を作ること! でもこれが意外な効果を生むことに・・・
③「絵里のエイプリル」=何気なく聞いてしまった父母の不仲と離婚の話・・・普段は仲の悪い弟も巻き込み、普段は“いて当たり前”だった親の存在を考えることに・・・(で、結局どうなったんだろうか?)
④「夫とUFO」=これはかなり面白い。突然、帰り道で毎日UFOを見ると言い出した夫に戦慄を覚える妻。会社では真面目で部下に頼られる存在の夫なのに、なぜこんなおかしなことを!? そして判明する夫の本当の姿。巻末解説の吉田氏も述べているが、『これからお父さんを救出してきます』という作中の台詞が本作NO.1だろう。
⑤「里帰り」=せっかくの休暇なのに、お互いの実家に帰らざるを得なくなった新婚夫婦。でも、嫌々だったはずの里帰りで、思わぬ「ホッコリ」した気持ちを味わうことに・・・これも好編。
⑥「妻とマラソン」=前作「家日和」の中にもあったが、作者自身の家庭をモデルにした作品。マラソンに嵌っていく妻を最初は訝しく思っていた夫なのだが、その理由に気付いたとき、夫婦そして親子の絆が強くなっていく・・・ラストなんて目頭が熱くなってもいい。

以上6編。
さすが奥田英朗! 実にウマイ!
ホント、どこにもありそうな夫婦や親子の姿を描いているのに、それがこんなに読む側の心をしんみり、そしていい気分にさせてくれるなんて・・・
もう名人芸です。

①~⑥までどれも好編揃い。特に、①に出てきた夫なんて新婚時代の自分にあまりにそっくりで笑っちゃいました。
⑤も分かるね。でもベストは④かな。
とにかく読んでみてください。でもミステリーじゃないので・・・悪しからず。


No.1035 6点 極北ラプソディ
海堂尊
(2014/07/20 22:13登録)
「極北クレイマー」の続編という位置付けの作品。
前作で単身乗り込んだ“再生請負人=世良”は、破綻した極北市民病院の窮地をいかにして救い出すのか?
姫宮が登場していたということはやっぱりアイツも出てくるのか? などなど興味は尽きないが・・・

~財政破綻した極北市の市民病院。再生を図る新院長・世良は人員削減や救急医療の委託を断行。非常勤医師の今中に、“将軍(ジェネラル)”速水が仕切る雪見市の救命救急センターへの出向を指示する。崩壊寸前の地域医療はドクターヘリで救えるのか? 医療格差を描く問題作!~

前作(「極北クレイマー」)のテーマは、医療事故と地域医療の二点だったが、本作のテーマはズバリ「救急医療」だ。
一時期新聞誌上で救急車のたらい回しなどがよく槍玉に上がっていたが、本作では海堂ワールドの住人で東城医科大学病院を追われた速水(将軍)が登場し、世良や今中とともに日本の救急医療の問題点を抉っていく。
そして、救急医療の象徴として登場するのが「ドクターヘリ」というわけだ。
(こんなこと書いてると、とてもミステリーの書評とは思えないけど・・・)

ただし、本作の読みどころはそこではない。
極北市民病院の問題があらかた片付いた終盤。突然、表舞台に登場してくるオホーツク海に浮かぶ島「神威島」。
そこで世良が運命の再会を果たすことになる・・・
でもこれを持ってこられると、そこまでの救急医療のくだりはなんだったのか・・・という気にはさせられる。
まぁ、これまで海堂ワールドの作品を読み継いできた読者にとっては、「そうきたかぁー」というある種感動のシーンにはなるわけだが・・・

ということで、この作品単独で読まれると、驚きや感動は恐らく半減すると思われる。
あくまでも、作者のファン向けの作品ということになるだろう。
(いつまでたっても狂言回しの役割から抜け出せない今中の立場は?!)


No.1034 5点 リッジウェイ家の女
リチャード・ニーリィ
(2014/07/20 22:11登録)
1975年に発表された長編作品で、作者の代表作「心引き裂かれて」のひとつ前に当たる。
長らく日本未訳だったのが、最近扶桑社文庫にて発刊された。

~ギャラリーでダイアンの絵を見て声をかけてきたのは、退役空軍大佐のクリスだった。裕福な未亡人だが夫の死に関わる暗い記憶をもつダイアンは、新たに始まった恋に戸惑う。やがて二人は再婚して新たな生活を始めるが、そこに疎遠になっていた娘のジェニファーとその恋人ポールから突然連絡が入って・・・。不幸な過去に囚われた母と娘の確執とアンビバレントな感情。同居を始めた四人の生活にさす怪しい影~

帯には『鬼才ニーリィの離れ業』とあるが、そこまでではないなという感想。
ニーリィというと、どうしても「心引き裂かれて」や「殺人症候群」を始めとするサイコ・サスペンスのイメージが強すぎるきらいがある。
本作はそういった要素は皆無といってよく、正直なところニーリィとしてはおとなしいプロット。
ラストには一応ドンデン返しが待ち受けてはいるのだが、十分に予想の範囲内のものではあった。

ストーリーは母娘であるダイアンとジェニファーというリッジウェイ家の二人の女性の視点で描かれる。
ただし、視点に何か仕掛けがあるのではないので、逆にそれが読みにくさに繋がっているかもしれない・・・
序盤から中盤までは特段事件らしい事件も起こらず、淡々とした展開が続く。
その分、終盤からのスピードアップが効いてくるという面はあるのだけど、冗長さは免れないかなぁ。

こうやって書いていると、どうにも不満点しか浮かんでこないんだけど、それもこれもニーリィという作家に対する固定観念のせいなのかもしれない。
誰しも全ての作品が似たようなプロットというわけではないのだから、ニーリィにもこういう作品があるということなのだろう。
巻末解説者の折原一もその辺りは心得ており、本作に対する評価はほんのおまけ程度に触れているだけ。
「読みやすく」「とっつきやすい」というのが本作のストロングポイントだろうけど、そこはあまりなぁ・・・期待していないところだけに高評価は難しい。


No.1033 4点 うさぎ幻化行
北森鴻
(2014/07/20 22:10登録)
2010年1月、48歳の若さで急逝した作者。
作者がちょうどその時期に「ミステリーズ」誌上で連載していた作品が本作。
「音」に着目した珍しい連作形式のミステリー。

~飛行機事故で突然この世を去ってしまった義兄・最上圭一。優秀な音響技術者だった彼は、遺書とは別に「うさぎ」宛に不思議な音のメッセージを遺していた。圭一から「うさぎ」と呼ばれていたリツ子は、早速メッセージを聞くことに。環境庁が選定した日本の音風景百選を録音したと思われるが、どこか不自然なひっかかりを覚える。謎を抱えながら録音されたと思しき音源を訪ね歩くうちに、リツ子は奇妙な矛盾に気付く・・・~

①「ヨコハマ12.31」=謎の提示が行われる一編。桜木町と東横線かぁ・・・
②「対の琴声」=音源を探す旅で訪れた岐阜県美濃市。そこである殺人事件と遭遇することに・・・
③「祭りの準備」=今回の音は祭囃子。
④「貴婦人便り」=JR山口線を走るSL「貴婦人号」。そう、本編の舞台は山口市だ。
⑤「同行二人」=タイトルからも分かるとおり、本編の舞台は「四国八十八箇所参り」。ということで、空海上人がキーワードとなる。本編から徐々に「うさぎ」の謎が深まっていく・・・
⑥「夜行にて」=本編よりキーマンのひとり岩崎が登場。舞台は寝台特急「北斗星」。そこで岩崎は「うさぎ」と出会うが・・・
⑦「風の来た道-夜行にてⅡ」=⑥と対になる一編。舞台は寝台特急「トワイライトエクスプレス」。岩崎は何と別の「うさぎ」と出会ってしまう・・・謎が謎呼ぶ?
⑧「雪迷宮」=舞台はいよいよ北海道へ。札幌の象徴「時計台」の音が問題となるのだが・・・
⑨「うさぎ二人羽織」=本作全体の仕掛けがやっと分かる・・・が、どこか腑に落ちない。

以上9編の連作。
はっきりいってこれはミステリーというよりもファンタジーだ。
もちろんミステリーっぽいエッセンスはあるのだけど、謎が論理的に解明されるというミステリーの大前提からはズレている。

まぁ好みの問題ではあるのだけど、正直なところ個人的には退屈な作品にしか思えなかった。
「音」というテーマはやり方次第では面白いとは思うのだけど・・・


No.1032 4点 幽体離脱殺人事件
島田荘司
(2014/07/11 23:27登録)
吉敷刑事シリーズの長編。
1989年発表。「幽体離脱」というフレーズが時代を感じさせる・・・

~警視庁捜査一課の吉敷竹史のもとに、一枚の異様な現場写真が届いた。それは、三重県の観光名所・二見ヶ浦の夫婦岩で、二つの岩を結ぶしめ縄に首吊り状態でぶら下がった中年男性の死体が写っていた! しかも、死体の所持品の中から、吉敷が数日前に有楽町の酒場で知り合った京都在住の小瀬川杜夫の名刺が発見される・・・?~

これは、まぁ小品だな。
(かなり前に読了しており)再読だけど、あまり大した印象もない作品だったよなぁ・・・と考えながら読み始めたわけなのだが、
やっぱりその印象は変わらなった。
特に終盤がいただけない。
「幽体離脱」というタイトルが示すとおり、中盤までは幻想的な謎と雰囲気を醸し出そうという努力は窺えたのだけど・・・
犯人側の独白という形で唐突に事件が終結することになる。

しかも吉敷は実質二日間であらゆる謎を解き明かしてしまう。
そのきっかけというのが「生年月日」にまつわる謎!
(これは今では通用しないのだが・・・)
とにかく呆気なさすぎる。
“鬼気迫る女”の描写は、名作「毒を売る女」に負けず劣らずスゴイのだが、それくらいしか褒めるところはない。

吉敷刑事シリーズは御手洗シリーズよりも作品ごとのレベル差が大きい。
本作はその中でも「中の下」という評価が精一杯かな。
(これで吉敷刑事シリーズの未読作品はなくなった。吉敷刑事は大好きなキャラクターだけに、続編を期待したいんだけどなぁ・・・)


No.1031 6点 メソポタミヤの殺人
アガサ・クリスティー
(2014/07/11 23:26登録)
1936年発表。エルキュール・ポワロ物で十二番目の長編ということになる。
「ナイルに死す」や「死との約束」など中近東を舞台とした作品のひとつ。

~考古学者と再婚したルイーズの元に、死んだはずの先夫から脅迫状が舞い込んだ。さらにルイーズは寝室で奇怪な人物を目撃したとの証言をする。しかし、それらは不可思議な殺人事件への序曲に過ぎなかった・・・。過去から襲い来る悪夢の正体をポワロは暴くことができるのか? 中近東を舞台にしたクリスティ作品の最高傑作!~

全体的な感想で言うと、「さすがクリスティ!」という感じにはなる。
なにしろそつがないミステリーだ。
砂漠の中の遺跡発掘現場というクローズドサークル。しかも現場となる「館」も密室というわけで、これはもう「二重の密室」ということになる。(しかも「館」の平面図付きというのがミステリーファンの心をくすぐる・・・)
序盤から中盤へと、作者の巧みなストーリーに乗せられていると、いつの間にか終盤へ突入することに!
そして、例のごとく神のような「ミスリード」にまんまと騙されることになるのだ。
今回は容疑者も結構な人数になるので、純粋なフーダニットとしても楽しめる。

で、問題はそのトリックなのだが・・・
他の方が指摘しているとおり、この○れ○○りトリックは相当強引だろうなぁー。
古いミステリーではこの辺りが割と無視されているケースが多いが、現実的にはそれに「ピン」とこない奴はいないのではないか?
そこはどうしても割り引かざるを得ない。
そしてもうひとつが殺害方法に関するトリック。
一種の○○殺人ということになるのだが、これはポワロならすぐに気付くのではないか?
その程度のトリックには思えた。
(まぁこういうトリックを不自然ではなく登場させる手口こそ褒められるべきかもしれない)

個人的にはそう悪い出来には思えなかったが、作者の他の良作に比べれるとどうしても“それなり”の評価に落ち着く。
なにしろ作者については評価のバーが高くなるので、こういう評点になるよなぁ・・・
(看護婦の手記という形式は結局・・・?)


No.1030 6点 ビブリア古書堂の事件手帖5
三上延
(2014/07/11 23:25登録)
大人気ビブリオシリーズもはや五作目に突入。
栞子さんと五浦の“仲”は果たして進展するのか、栞子さんの実母にして謎の女性・智恵子との関係は、などなど読みどころ満載の本作!

①「彷書月刊」=古書マニアには必読の雑誌『彷書月刊』。古書店に大量の『彷書月刊』を持ち込んだ後、なぜか再び買取に現れる謎の女性・・・。真相は本シリーズお馴染みの「あの人」の過去が大きく関わっていた! ミスリードの旨さが光る一編。
②「手塚治虫「ブラックジャック」』=パートⅡでは藤子不二雄が登場したが、今回は日本漫画界の金字塔“手塚治虫”が登場。「ブラックジャック」に関する薀蓄に留まらず、手塚治虫の人となりまでも詳細に語られ、興味深く拝読させてもらった。手塚作品には様々な稀覯本があるらしいけど、それは氏の“仕事振り”に起因していたんだなぁ・・・納得。
③「寺山修司『われに五月を』」=詩歌やエッセイ、演劇など様々なジャンルにその才能を発揮してきた“鬼才”寺山修司。知名度の割にはあまり詳しく知らなかった」んだよなぁ・・・。寺山の処女詩集という稀覯本を持ち込んだのは、母親・智恵子の古くからの知人、というわけで、栞子さんは智恵子の影に惑わされることになる。本筋の謎解き自体はやや平板。

以上3編。
作品としては上記の3編なのだが、幕間にはシリーズ全体のストーリーに影響を与えるショートストーリーが数編挟まれ、作者のストーリーテラーとしての才能が遺憾なく発揮されている。
各編のミステリー的な仕掛けはやや小粒なのだが、ここまでくればシリーズ全体が今後どのように進んでいくのか、伏線っぽく語られてきたエピソードやエッセンスはどのように回収されていくのか、そちらの方に興味が移ってしまい、気にならなかった。

作者あとがきによると、「シリーズも後半に入りました・・・」とのことだから、少なくとも数作はまだ続いていくということなのだろう。
栞子さんと五浦の関係にようやく進展が見られた本作だが、まだまだ紆余曲折ありそうな予感。
まぁいずれにせよ、ますます楽しみになった(という感じかな)。
(いつもながら、題材となる古書のセレクトが魅力的だ!)


No.1029 7点 墓場への切符
ローレンス・ブロック
(2014/07/05 09:47登録)
1990年に発表されたマッド・スカダーシリーズ第八作。
本作に続く「倒錯の舞踏」「獣たちの墓」と合わせて、「倒錯三部作」と呼称される作者の代表作。

~無免許の私立探偵スカダーは、旧知の高級娼婦エレインから突然連絡を受けた。かつて彼女の協力を得て刑務所に放り込んだ狂気の犯罪者・モットリーがとうとう出所したというのだ。復讐に燃える彼の目的は、スカダーのみならずスカダーに関わった女たちを全員葬り去ることだった! ニューヨークに展開される現代ハードボイルドの最高傑作~

L.ブロックの作品を読んでいると、NYが実に魅力的な街に映る。
ハードボイルドの“本場”といえば、LAやサンフランシスコなど西海岸の都市を思い浮かべてしまうのだが、このマッド・スカダーシリーズに触れた瞬間から、NYこそがハードボイルドに似合う舞台という気になってしまう。
(もっとも、「新宿鮫」を読むと新宿こそがハードボイルドが最も似合う街、っていう気になるのだが・・・)

それはともかく、本作はスカダーVS狂気の殺人者である。
この殺人者モットリーはかなりヤバイ。
先日読了した「倒錯の舞踏」の悪役も相当強烈で、頭がクラクラしたほどだったけど、本作も負けず劣らずだ。
なにしろ、“鉄の爪”ならぬ“鉄の指”を持つ男なのだから・・・
この男には、さすがのスカダーも相当苦しめられることになる。
ラストの二人の対決シーンは手に汗握ること請け合い!

ただし、本作には謎解き要素はほぼないし、そこが不満という読者は多いかもしれない。
本格ミステリーではないのだから、伏線を用意しなければいけないわけではないのだけど、「倒錯の舞台」ではそこら辺りにも気を配り、徐々に謎が解明されるカタルシスを味わえるという要素もあっただけに、そこの比較上はどうしても「倒錯の・・・」に軍配をあげざるを得ない。

ただ、本作の醍醐味はスカダーと彼をとりまく脇役たちとの交流、そしてスカダーの生き様を思う存分味わうことだと思う。
読めば読むほど、スカダーという男に惹かれていく・・・これこそがハードボイルドの真髄と言えるのではないか。
とにかく読んで損のない佳作。
(読む順が逆になってしまったのがちょっと残念。やはりシリーズものは順に読むほうが絶対に良い)


No.1028 6点 ロシア紅茶の謎
有栖川有栖
(2014/07/05 09:47登録)
1994年発表の作品集。
スウェーデン、ブラジル、ペルシャ・・・と続く国名シリーズの第一弾に当たる作品。
W杯記念なら「ブラジル蝶・・・」を書評すべきだが、既読のため未読の本作をセレクトした次第。

①「動物園の暗号」=決して嫌いではない。かつて時刻表フリークだった私にとっては・・・。でもまぁ普通の人には分からないだろうねぇ。鰐○や象○なんて・・・
②「屋根裏の散歩者」=当然ながら乱歩の有名作をオマージュした作品。現代建築において広大な「屋根裏部屋」なんて存在するのだろうか? 犯人当てそのものは至極単純。
③「赤い稲妻」=これは「よくある手筋」なのだが、こういう発想こそミステリーの原点だと感じさせる。そういう意味では非常に好感が持てるが、悪く言えば「ザ・推理クイズ」と言えなくもない。
④「ルーンの導き」=神秘の言葉「ルーン文字」を使った一種のダイイング・メッセージが本編のテーマ。なのだが、かなり強引な解法に思える。これも犯人当て自体は単純、というか単調。
⑤「ロシア紅茶の謎」=別に「ロシア紅茶」でなくても「セイロン紅茶」でも「烏龍茶」でもよかったわけだな・・・。でもまぁいくら実験を重ねてきたといっても、ここまでリスクを犯す益が犯人にあったのかどうか? でも、好きは好き。
⑥「八角形の罠」=ある企画から生まれた作品。「八角館の殺人」なんてフザけてるとしか思えないが・・・トリックもあまり褒められたレベルではない。

以上6編。
火村&アリスの超お馴染みコンビによる、超お馴染みの短編シリーズ。
本シリーズについては、「ロジックに拘りすぎて単調に感じる」ということで、これまで高い評価をしてこなかったのだが・・・
本作に関しては比較的好感を持てたというのが実感。

他の方も書評しているが、軽いし、某推理系アニメと同水準と言えなくもないのだけど、何ていうか、これぞ「パズラー」というエッセンスが凝縮されている感はある。(褒めすぎか?)
きっと作者も楽しんで書いたに違いない・・・(違うか?)
シリーズ第一作目っていうのは、やはり作者の新鮮な「思い」や「熱意」というのが感じられるのだろうと思う。
(抜けてる作品はないが、個人的には③⑤辺りが好み)


No.1027 5点 顔に降りかかる雨
桐野夏生
(2014/07/05 09:46登録)
1993年。第三十九回の江戸川乱歩賞受賞作が本作。
女性をハードボイルドの主役に据えるという斬新なプロットが話題となった作品。

~親友のノンフィクションライター・宇佐川燿子が一億円を持って消えた。大金を預けた成瀬時男は、暴力団上層部につながる暗い過去を持っている。あらぬ疑いを受けた私(村野ミロ)は、成瀬と協力して事件の解明に乗り出す。二転三転する事件の真相は? 女流ハードボイルド作家誕生の乱歩賞受賞作品~

確かに処女長編としてはよくできているし、旨さを感じる。
突然事件に巻き込まれる序盤から、事件解明を進めていく中盤、そして事件のウラやカラクリが判明していく後半・終盤・・・というわけで、ミステリーとして実に真っ当な体裁を整えているといっていい。
次々と登場する“性倒錯者”も本作に華を添えている存在だろう。
(ちょっと気持ち悪いけど・・・)

ただ、やっぱりミステリーとしては平板な印象は拭えなかった。
先程は褒めたプロットも、裏を返せば「紋切り型」で「ありふれた」ものという方も多いだろう。
“主人公を男性から女性に置き換えてみました”・・・では、さすがに途中で飽きてくる。
謎解き要素もあるにはあるけど、最初からミエミエでは仕方ない。

ということで、厳しい評価をしているが、デビュー作としては十分及第点という水準ではないか。
本作以降、「OUT」や「東京島」など、話題作を次々に発表した作者だし、ここは単なる通過点ということだろう。
評点としては・・・こんなもんかな。


No.1026 7点 悪女パズル
パトリック・クェンティン
(2014/06/23 22:24登録)
ピーターとアイリスのダルース夫妻が活躍するパズルシリーズの四作目がコレ。
シリーズ三作目までは創元推理文庫で最近新訳版が出ているが、本作は扶桑社で2005年に発刊されたものを読了。

~大富豪ロレーヌの邸宅に招待された。離婚の危機を抱える三組の夫婦。仲直りを促すロレーヌの意図とは裏腹に、屋敷には険悪な雰囲気が立ち込める。翌日、三人の妻のひとりが謎の突然死を遂げたのを皮切りに、ひとりまたひとりと女たちは命を落としていく・・・。素人探偵ダルース夫妻は影なき殺人者の正体を暴くことができるのか?~

なかなかの佳作だと思う。
何よりミステリーらしいプロットが「さすが」と思わせる。
離婚寸前の三組の夫婦が一堂に会するという不穏な舞台設定、間髪入れず起こる連続殺人事件・・・
スピード感のある展開に読者は否応なく巻き込まれてしまう。
章立てをひとりひとりの女性としているのも構成上当たっていると思う。

終盤も押し迫ってからは怒涛のような真相解明に突入。
ピーターの推理は完全な前座扱いでしかなく、主役は妻のアイリスが務める。
「三組の怪しげな夫婦関係」というミスリードがきれいに嵌っているし、そのための伏線の回収もまずは見事と言えるだろう。
他の方も指摘されていたけど、第二・第三の殺人についてはちょっと必然性に欠けるし、その動機にしては舞台設定が複雑すぎるというというところが気にはなった。

パズルシリーズは本作で三作読了したが、本作が一番面白かった。
世評的には「俳優パズル」の方が高いのかもしれないが、探偵役としてもレンズ博士よりはこの夫婦コンビの方がベターだし、作者の良さが前面に出た作品だろう。
他のシリーズ未読作も順に読んでいきたい。
(「悪女」というタイトルは正しいような、正しくないような気が・・・)


No.1025 6点 メルカトルかく語りき
麻耶雄嵩
(2014/06/23 22:23登録)
お馴染み“メルカトル鮎”と“美袋”コンビによるシリーズ。
「本格ミステリーとは何か?」と問いかけるような、なんとも挑戦的な作品が並ぶ作品集。

①「死人を起こす」=現場見取り図なども挿入され、ロジック重視の端正な本格ミステリーかと思いきや・・・。「何じゃこりゃ!この結末は!」と思うこと請け合いのラスト。“列車の音”の件は本当にそうなのだろうかという疑問が湧いたし、「アゲハ蝶」もなぁ・・・分からんでもないけど・・・
②「九州旅行」=てっきりトラベルミステリーもどきの話かと思いきや・・・。美袋に小説のネタを提供するために、自ら偶然(?)にも殺人現場へ突入するメルカトル。途中はホームズばりに物証から推理を行う展開も見せたが・・・結果は突然の「終了」。
③「収束」=冒頭に登場する謎の三場面。終盤になってやっとその意味が分かるのだが、ここでも明快な回答は示されない。そして、殺人を止めようとする美袋に対するメルカトルの何とも皮肉の効いた台詞・・・これはキャラの勝利だな。
④「答えのない絵本」=高校の校舎で起こる教師殺人事件。袋小路の部屋で起こった準密室殺人に対する容疑者は何と20人(!)。しかも全て高校生。それを消去法で大胆に減らしていくメルカトルなのだが、ラストは凡そ本格ミステリーとは思えないようなもの! これは・・・ある意味スゴイ真相だ。
⑤「密室荘」=ある意味これが最もブッ飛んだ作品になるだろう。なにしろ、メルカトルが○○そのものをなかったことにしようとしているのだから・・・ここまで挑戦的いや挑発的なミステリーもないだろう。

以上5編。
いやぁーこれはかなりスゴイことになっている。
いずれも舞台設定は本格ミステリーそのものなのに、用意された仕掛け、プロットは本格ミステリーを根底からひっくり返すようなものなのだ。
こういう作品をそこら辺の凡庸な作家が書くとこっぴどく批判されそうだが、作者が書くとそれなりに意味のある深い作品に思えてくるから不思議なもの。

こういう作品が好きかと聞かれると困るのだが、メルカトルという特異なキャラを有する作者ならではの作品なのかもしれない。
例えていうなら、「ゴールマウスを大きく越えると思わせて、グイっと落ちてくるブレ球のフリーキック」というところか。
(分かりにくい例え・・・)


No.1024 6点 流れ星と遊んだころ
連城三紀彦
(2014/06/23 22:22登録)
2003年発表の長編作品。
作者の最終長編となった「造花の蜜」のひとつ前に発表された作品という位置付けとなる。
『巨星墜つ』という帯の惹句が寂しさをそそる・・・

~傲岸不遜な大スター「花ジン」こと花村陣四郎に隷属させられているマネージャーの北上梁一はある夜、ひと組の男女と出会う。秋場という男の放つ危険な魅力に惚れ込んだ梁一は彼をスターにすることを決意。その恋人である鈴子も巻き込み、花ジンから大作映画の主役を奪い取ろうと画策する。芸能界の裏側を掻い潜りながら着実に階段を上る三人だが、やがてそれぞれの思惑と愛憎が絡み合い、事態は思わぬ展開を見せる・・・。虚々実々の駆け引きと二十三重の嘘、二転三転のどんでん返しがめくるめく騙しの迷宮に読者を誘う技巧派ミステリーの傑作!~

これはもう反転につぐ反転だ!
冒頭からしばらくは、「これって本当にミステリーなのだろうか?」という展開が続き、正直戸惑いながら読み進めることになる。
連城らしい粘っこい台詞回しこそあるものの、これといったミステリー的な趣向はないままなのだ。
それが、双葉文庫版のちょうど250頁目で一転することになる!

いやぁーこれには「やられた」。
さすが連城というほかない。
まさかこういう「仕掛け」が施されているとは予想していなかった。
確かに冒頭から一人称と三人称が入り混じって書かれていて、「これは何かある」という思いこそあったけどなぁ・・・
もう、本作はこのトリックを味わわせてもらっただけで満足という感じだ。

それ以外は他の佳作に比べるとインパクトに欠けることは否めないし、特に終盤はもうひと捻り欲しかったなというのが正直な感想。
ということで評価はそれほど高くはないけど、連城ファンなら読んで損はない作品だろう。
しかし、返す返すも早すぎる死が惜しまれる・・・後は未読の作品を大事に読んでいきたい。
前にも書いたけど、こんな作品書ける作家は現れないだろうなぁ・・・


No.1023 5点 不変の神の事件
ルーファス・キング
(2014/06/15 14:19登録)
1936年発表。順番で言えば、作者11番目の作品に当たる(とのこと)。
作者については本作が初読でもあり、予備知識ゼロで読み始めたのだが、さて・・・
(この書評を書き始めたときに、ちょうど日本がコートジボアールに敗戦・・・)

~「これは殺人じゃないわ。処刑よ」・・・リディアは宣言した。姉を自殺に追い込んだ憎むべき恐喝者が、今、残された家族の前で息絶えたのだ。一同は法の手を逃れようと画策するが、死体を運んでいるところを通行人に見られてしまい、事件は早々に警察の知るところとなる。目撃者からの通報を受けたNY市警のヴァルクール警部は着実に手掛かりを集め、逃走した彼らを後を追う。逃亡と追跡、この二つの物語は徐々に思いもよらぬ展開を見せていくのだった!~

ちょっと「予想外」というのが率直な感想になるだろうか。
冒頭にも書いたとおり、作者に対する予備知識が全くなく、紹介文からすると重めのサスペンスタッチの作品かなという予想だったのだが・・・
実際には、結構テンポよく読ませ、程よく「笑い」の要素もあって、割とサクサク読了することができた。
ジャンル的にもサスペンスというよりはフーダニットをメインテーマとした「本格ミステリー」。
(確かに追う側と追われる側という視点で捉えればサスペンスなのかもしれないが、この辺はあまり心に響かない)
ラスト約30頁は船上にて警部の真相解明の場面が続き、なかなか気の利いたサプライズも用意されている。

不満点と挙げるとするなら、序盤の分かりにくさ。
最初は何が起こっているのかよく分からない状況が続き、数章を経た段階でやっと展開が腹に落ちてきた。
この辺りは訳のせいかもしれないけど、短めの作品だけにやや残念に思えた。

創元推理文庫版のあとがきは森英俊氏が書かれており、作者について詳しく紹介されている。
ヴァルクール警部ものもまだ数編あるようなので、読めればいいのだが、未訳が多そうで難しいのかもしれない。
評点としてはこんなものだが、印象としては決して悪くはない。
(それならもう少し高い点つけろよ、って感じだが・・・)


No.1022 7点 時鐘館の殺人
今邑彩
(2014/06/15 14:17登録)
1993年に発表された作者の第一作品集がコレ。
タイトルからしてオマージュのような作品やややホラーよりの作品などバラエティーに富んだ構成。

①「生ける屍の殺人」=タイトルからして山口雅也氏の有名作を思わせるが、それほど似通った内容ではない(と思う)。ラストの捻りのやり方はいかにも作者らしくて、背筋に冷たい風が・・・的なやつ。
②「黒白の反転」=タイトルは作中に登場するオセロゲームからのもの。ある登場人物に関する身体的特徴が事件解決の鍵となるのだが、伏線の張り方にウマさを感じる。ラストはもう少しブラックでもよかったような・・・
③「隣の殺人」=隣の夫婦が言い争う声が聞こえ、それから片方の姿が見えなくなった・・・短編でよくお目にかかるプロット。ラストのオチは最初からミエミエなのが玉に瑕。これももう少しブラックでも良かった。
④「あの子はだあれ」=これは「ちょっといい話」的な一編。SF作家を登場人物に配し、パラレルワールドの要素も取り入れるなど作者の懐の深さが垣間見える。
⑤「恋人よ」=これはラストの2~3行がなければ完全なホラー作品だった。そういう意味ではラストで「救われた」ということになるのかもしれないが、はっきり言って「蛇足」だな。あれがなければ本作中ベストでも良かった。
⑥「時鐘館の殺人」=今邑女史がある雑誌の「犯人当て懸賞小説」を依頼されて・・・という設定の本編。懸賞小説の中身は全くパッとしないのだが、本編のプロットはそんなところにあるのではない。でも、この「仕掛け」はなかなか気付けないわ。因みに綾辻氏の某作とのつながりはほぼなし(すべての時計が狂っている、という部分が唯一のオマージュなのだろうか?)

以上6編。
それぞれ注文をつけたいところはあるのだが、全体的にみれば十分水準以上の作品集に仕上がっている。
なにより、どの作品も手抜きなく細かな「仕掛け」が施されているのが高評価につながる。
本作ではホラー風味が中途半端だったのは初期の作品だからなのか、そこはやや残念。
でも今まで読んだ氏の作品集ではベスト。
(やっぱり表題作がベストかな。⑤は前述のとおりでラストが×)


No.1021 4点 クラスルーム
折原一
(2014/06/15 14:16登録)
理論社のミステリーYAシリーズとして発表され、前作「タイムカプセル」の姉妹作品的位置付け。
「タイムカプセル」は埼玉県立栗橋北中学三年A組の物語で、本作は三年B組の物語。
相変わらずの折原ワールド全開の長編作品。

~栗橋北中三年B組は恐怖に支配されていた。竹刀を手放さない暴力教師・桜木慎二。優等生とワルとが手を組んで、夏の夜、桜木を懲らしめようと呼び出した同じ教室で、十年後、夜のクラス会が開かれるという。だが案内状の差出人・長谷川達彦を知る者はいない。苦い思い出の校舎で明かされる驚くべき真相とは!?~

これは・・・今まで何度も読んできた「折原作品」だ。
日本推理作家協会賞受賞作で作者の代表作とも言える「沈黙の教室」。そしてその姉妹作が「暗闇の教室」。
今回はそのジュブナイル版的位置付けとして、「タイムカプセル」と本作「クラスルーム」が発表されたというわけ。

確かに本作のキープロットとして登場する「肝試し」は、「暗闇の教室」でも重要な設定として出てきていたし、前作「タイムカプセル」の登場人物も一部登場するなど、同じ作品世界を共有している(らしい)。
まぁそんなことはいいのだが、いかんせんプロットに捻りがないのが致命傷。
一応、ラストには常識的な解決が用意されているのだけど、それがあまりにも「とってつけた」ような感じがして肩透かし。
せっかく「肝試し」を出してきて、ホラー要素を加えていたのに、この真相では「お笑い系」にしか思えないのだ。

ジュブナイルだから・・・といえばそれまでだけど、もうそろそろネタ切れなのかも・・・
本作は登場人物のキャラも中途半端で印象に残らないのがなおイケない。
ということで、批判ばかりになってしまったけれど、折原ファンであれば「お付き合い」程度でも一読はしなければ・・・(なんて寛容!)
最近低調な作品が続いているので、そろそろ新機軸のプロットを一発披露して欲しい
(前作との比較なら、まだ「タイムカプセル」の方が読める感じ・・・)


No.1020 6点 時間の習俗
松本清張
(2014/06/06 22:19登録)
昭和36年、雑誌「旅」に連載され後に発表された長編作品。
「点と線」の三原警部補=鳥飼刑事コンビが再び関東~九州間の鉄壁のアリバイに挑む本作。
つい最近地上波でドラマ化もされたのだが・・・(見てないけど)

~神奈川県の相模湖畔で交通関係の業界紙の社長が殺された。関係者の一人だが容疑者としては一番無色なタクシー会社の専務は、殺害の数時間後、遠く九州の和布刈神社で行われた新年の神事を見物し、カメラに収めていたという完璧すぎるアリバイに不審を持たれる・・・。『点と線』の名コンビが試行錯誤を繰り返しながら巧妙なトリックを解明していく本格長編推理~

見事なまで“アリバイ崩し”テーマの作品に仕上がってる。
「点と線」ではさんざんもったいぶった後、航空機が登場してきたが、本作では最初からメインの交通機関として航空機が登場する。
羽田~伊丹~福岡間で航空機がアリバイトリックの肝として登場し、三原警部補は翻弄されることに・・・
それだけでも「点と線」から数段進歩したと言えそう。

で、肝心のアリバイトリックなのだが、本作でも小道具として「写真」が登場してくる。
鮎川哲也や土屋隆夫の作品のなかでも写真をアリバイトリックに使った作品が数編あるが、巧妙さや納得感でいえば本作が最も優れているように思えた。
「アリバイトリック」においては、「それが崩れた瞬間」というのが作品中のハイライトだろうけど、本作では三原警部補がさんざん苦労してきただけに、読者としても思わず「よかったねぇ」と声をかけたくなってきた。

ただし、本作はアリバイ崩しにあまりにも偏重したため、他の要素はほぼ響かなかったのが残念。
特にフーダニットについては、最初からある容疑者一辺倒で進んできており、そこに面白みを仕掛けられなかったのはちょっと疑問符がつく。
全体的な評価としてはどうかなぁ・・・ミステリー作家としてかなり熟れてきたという気はするが、「点と線」ほどのダイナミズムには欠けるという気がして、評点はこんなもんだろう。
(この時代の航空機の「乗り方」が解説されていて、興味深く拝読させていただいた・・・)

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