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平均点:6.01点 | 書評数:1812件 |
No.992 | 7点 | 不可能犯罪捜査課 ジョン・ディクスン・カー |
(2014/03/22 20:24登録) 不可能犯罪を捜査するため、スコットランド・ヤード内に設置されたD三課。 D三課長を務めるマーチ大佐を主な探偵役に据えた作品集が本作。 以下の①~⑥はマーチ大佐登場作で、⑦以降はそれぞれ別の人物が(一応の)探偵役となる。 ①「新透明人間」=ひとりの間男が見張っていた部屋で起こった銃殺事件。しかも犯人は手袋のみの「透明人間」なのか? 何ともトリッキーな作品に思えるのだが、トリックはかなり昔の奇術を使ったもの。個人的には、二階堂黎人が「人狼城の恐怖」で捨てトリックとして引用していたのを思い出した。 ②「空中の足跡」=いわゆる「雪密室」がテーマなのだが、このトリックは「うーん」という感じになってしまう。小学生の頃、「推理クイズ」辺りで必ず出てきたヤツだ。 ③「ホット・マネー」=銀行強盗が逃走中に盗んだ金を隠したと思われるある一軒家。しかし、どこを探しても金は見つからなかった・・・。ポーの名作「盗まれた手紙」を意識した作品だが、東洋人には今ひとつピンとこない隠し場所。 ④「楽屋の死」=テーマとしてはアリバイトリックになるが、この手のプロットは古典作品で頻繁に登場するヤツだ。でも、これって絶対リアリティないと思うけどなぁ・・・ ⑤「銀色のカーテン」=これは典型的な物理トリック、っていう感じ。ここまでうまくいくか、という疑問は置いといても、こういう舞台設定を無理なく設定できる作者の着想にはやはり尊敬させられる。“銀色のカーテン”という表現も詩的でニヤリとさせられる。 ⑥「暁の出来事」=これもプロット自体はなんてことないものなのだが、見せ方がうまいせいでオチが綺麗に決まっている。ひとりの登場人物の予想外の行動がカギになっている点も旨い。 ⑦「もう一人の絞刑吏」=これは⑥までの作品とは色合いの違う一編。法律をうまく逆用したオチが決まっているが、やや分かりにくいのがマイナス。 ⑧「二つの死」=仕事に疲れ、長期休養を言い渡された大富豪。世界一周旅行から帰ってみると、自分が死んだという報道に触れて・・・。プロットにそれほど捻りはないのだが・・・ ⑨「目に見えぬ凶器」=実に魅力的なタイトル。密室状況の殺害現場から凶器が消えたというのが本作の謎。②と同レベルなら、「氷」が凶器という解答になるのだが、さすがにこれは捨てトリックだった。でもコレって本当に凶器になるのか? ⑩「めくら頭巾」=これはオカルト色が強い一編(特にラスト)。途中長々と読まされるが、結局真相は○○だったということ。 以上10編。 この時代にこんな短篇って、恐らくカーしか書かないだろうなぁ・・・といういかにもカーらしい作品集となっている。 長編にするにはちょっと食い足りない(中には長編に焼き直したものもあるのかもしれないけど)、というレベルのトリック&プロットが並んでいる印象。 でも、決して嫌いではない。特にマーチ大佐はもろにフェル博士やH/M卿とキャラが被っていて、カー好きにとっては堪えられない。 こういうトリックを次々と捻り出してくれた作者にはやはり感謝せねばならないだろう。 (個人的には⑤⑥⑨辺りが好み。①や②にも思わずニヤリ・・・) |
No.991 | 6点 | 極北クレイマー 海堂尊 |
(2014/03/22 20:23登録) 北海道極北市にある極北市民病院。 今回の舞台はいつもの桜宮市を離れたが、登場人物のなかにはこれまでの海堂ワールドを彩ってきたメンバーたちがちらほら・・・ 続編「極北ラプソディ」の前編的位置づけなのが本作。 ~財政破綻に喘ぐ極北市。赤字五つ星の極北市民病院に赴任した非常勤外科医・今中は、あからさまに対立する院長と事務長、意欲のない病院職員、不衛生な病床にずさんなカルテ管理など、問題山積・曲者ぞろいの医療現場に愕然とする。そんななか、謎の派遣女医の姫宮がやってくる・・・。果たして今中は病院を救えるのか、崩壊した地域医療に未来はあるのか?~ 医療事故と地域医療。 現代の日本に存在する医療に関する諸問題のうち、この二つが本作のテーマとなった。 医療事故については、それこそ「白い巨塔」以来、何度も取り上げられたテーマであり、特段の目新しさはない。 ただ、本作の舞台となっている産婦人科については、最も医療事故が「許されない」対象となっている点は考慮する必要がある。 (それにしても、三枝医師があの「マリア・クリニック」院長の子息とはなぁ・・・) そしてもうひとつのテーマである「地域医療」。 本作に出てくる架空の街・極北市は恐らく「夕張市」がモデルになっているものと思われるが、何も夕張に限ったことではなく、地方では県庁所在地以外ではどこにでも同種の問題が存在する。 救急搬送でのたらい回しや慢性的な医師不足など、問題山積なのが現状だろう。 ただし、作者はこういう医療側だけの問題でなく、医療を受ける側の問題を指摘する。 われわれが日々享受している医療サービスは、過酷な労働環境で働く医師たちに支えられているのだと・・・ 作中ではマスコミの取材態度や勉強不足を槍玉に挙げているが、確かに徒にミスをあげつらい、患者の権利だけを主張する世の中はどうなのか、という思いは強くさせられた。 終章に登場する世良医師(あの世良だ!)が発した「日本人は今や一億二千万、総クレイマーだ!」という言葉。医療関連ではないが、同じ(?)サービス業で働く身としては、同様に感じてしまう思いである。 ということで、割と硬派な書評になってしまったけど、本作もやはり「笑いどころ」満載の医療エンタメ作品に仕上がっている。 ミステリー色はほぼないが、海堂ワールドを楽しみにしている読者にとってははずせない作品。 (極北市で夕張だけじゃなく、夕張+網走+稚内っていう感じかな?) |
No.990 | 8点 | 永遠の0 百田尚樹 |
(2014/03/22 20:21登録) もはや説明不要とさえ言えるほどのベストセラーとなった本作。 昨今問題発言(?)が騒がれているが、類まれなるストーリーテラーとなった作者のデビュー作にして最高傑作(だろうな)。 ~「娘に会うまでは死ねない、妻との約束を守るために」。そう言い続けた男は、なぜ自ら零戦に乗り命を落としたのか・・・。終戦から六十年目の夏、健太郎は死んだ祖父の生涯を調べていた。天才的パイロットだが臆病者。想像と違う人物像に戸惑いつつも、ひとつの謎が浮かんでくる・・・。記憶の断片が揃うとき、明らかになる真実とは?~ 本作を読むことになろうとは全く思ってなかった。 ミステリーとは全く異質の読み物である本作。仕事の関係でどうしても読まなくてはならなくなり、手に取り頁をめくり始めた途端・・・ 物語の波に呑み込まれていった・・・ これは書評すべき作品ではないだろう。 入念な取材が成された様子が分かるし、史実に近い内容になっているのだろうと思う。 つい、六十年前、日本は、日本人はこんな時代を過ごしてきたのだ、という圧倒的な事実。 徐々に戦争の語り部がいなくなっている現代。 我々は平和の世を生きる幸せを噛み締めなければならない。 そして何より、「なぜ戦争を始めたのか」「始めなければならなかったのか」・・・ それを考えていかなければならない・・・ あまりうまく書けないが、そんなことを強烈に考えさせられた。 本作にミステリーとしての評価はできないし、一応点数をつけてるけど、参考外。 |
No.989 | 6点 | ナヴァロンの要塞 アリステア・マクリーン |
(2014/03/15 20:34登録) 1957年発表。「女王陛下のユリシーズ号」と並び、A.マクリーン最大の傑作といえばコレ。 グレゴリー・ペック主演の映画の方が有名なサスペンスアクション巨編。 ~エーゲ海にそびえ立つ難攻不落のナチスの要塞、ナヴァロン。その巨砲のために連合軍が払った犠牲は計り知れない。折しも近隣の小島ケロスにとどまる1,200名の連合軍将兵が全滅の危機に瀕していた。だがナヴァロンのある限り、救出は不可能。遂に世界的登山家のマロリー大尉ら精鋭五人に特命が下った。「ナヴァロンの巨砲を破壊せよ!」。知力、体力の限りを尽くして不可能に挑む男たちの姿を描く冒険小説の金字塔!~ これはやはり映像向きだな・・・というのが読後の感想。 マロリー大尉らが、数々の苦難を経てナヴァロンの巨砲を破壊するまでが描かれるわけだが、文字にして読んでると、どこか説明がクドク感じてしまって、スピード感が削がれるように思えた。 作中にナヴァロンの要塞の図なども挿入されているのだが、本来は三次元の広大なスケールだったのが、うまく伝わってこないような感覚なのだ。(訳文のせいかもしれないが・・・) ただし、さすが読み継がれる名作と思わせるところは随所にある。 序盤から中盤まではちょっとまだるっこしいのだが、マロリーらの進撃が始まる終盤以降は、マロリー軍団VSドイツ軍の一進一退の攻防が描かれ、ページをめくる手が止まらなくなる。 仲間の裏切り、そして忠実な部下の死を経てたどり着く歓喜! この辺りの面白さはやはり見るべきものがある。 評点としてはこのくらいになるかなぁ・・・ 知名度から勘案するとちょっと物足りない感じがしてしまうところがどうしても評価に反映されてしまう。 でもまぁ、十分に一読の価値はあり。 (今回、読了するのにかなりの時間を要してしまった・・・) |
No.988 | 7点 | 人間椅子 江戸川乱歩ベストセレクション(1) 江戸川乱歩 |
(2014/03/15 20:33登録) 角川ホラー文庫の江戸川乱歩ベストセレクションシリーズ第一弾で読了。 表題作のほか、作者を代表する珠玉の短編全8編で構成。 ①「人間椅子」=実に乱歩らしい耽美でエロティックな世界観だが、ラストはミステリーらしいオチで終わる。よくまとまってるし、このプロットは他の作家でも手を変え品を変え登場するもの。良作。 ②「目羅博士の不思議な犯罪」=これも乱歩らしい作品のひとつ。夜にこういう話を読んでると、何かモゾモゾした気分になってくる・・・ ③「断崖」=男と女の会話だけで進められるストーリー&プロット。タイトルどおり、ラストはまるで二時間サスペンスのような展開になるのか? ④「妻に失恋した男」=何だか意味深なタイトルだが・・・。こういう男は悲しい・・・。 ⑤「お勢登場」=これは再読。罠をかけた方が自らの罠にはまってしまうという悲しい結末。そしてそれを見て見ぬ振りをする妻・・・。④と同様、男って悲しい生き物。 ⑥「二廃人」=これも再読。夢遊病者の犯罪というのがやはり乱歩という気がする。 ⑦「鏡地獄」=“鏡”というのも乱歩の世界観にマッチした小道具だろう。鏡に嵌った男が、鏡に狂わされてしまう。 ⑧「押絵と旅する男」=これも良作。乱歩の不条理な世界観とファンタジックな感覚が絶妙にマッチした作品だと思う。つい最近、「ビブリア古書堂4」を読んだことが、本作を手に取るきっかけとなったのだが、読んで正解。 以上8編。 このセレクションはかなりの高水準。 もちろん作品ごとに差はあるが、総じて水準以上の好編が並んでいる印象。 乱歩の世界観は、あまりにエログロに振れるとゲンナリするが、これくらいなら全く問題なし。 これなら乱歩好きにも乱歩嫌いにもお勧めできる。 (ベストは①か⑧。この2編は評判通りの作品。後もそれなりに面白い。) |
No.987 | 7点 | 遠海事件: 佐藤誠はなぜ首を切断したのか? 詠坂雄二 |
(2014/03/15 20:32登録) 2008年発表。デビュー作「リロ・グロ・シスタ」に続く第二長編。 サブタイトル「佐藤誠はなぜ首を切断したのか」のとおり、“首切り”のホワイにプロットの力点を置いた作品。 ~佐藤誠。有能な書店員であったとともに、八十六件の殺人を自供した殺人鬼。その犯罪はいつも完璧に計画的で、死体を含めた証拠隠滅も徹底していた。ただ一つの例外を除いては・・・。なぜ彼は遺体の首を切断するに至ったのか? 遠海市で起きた異常な事件の真相、そして伝説に彩られた佐藤誠の実像に緻密に迫る!~ 実に不思議な感覚に陥る作品・・・だった。 冒頭に触れたとおり、本作のプロットの中心は「首切り」の謎。 作中でもミステリーマニアの登場人物の口を借りて、「首切り」というガジェットの面白さが語られていて、犯人が首を切る理由の分類を試みている。 同じようなものに「バラバラ死体」があるが、主にポータビリティが理由となる「バラバラ」よりも、「首切り」の方はどうしてもこういった解法になるんだなぁというのが感想で、本作もそれほどのサプライズ感はなかった。 ただし、本作のスゴさはそこだけではなくて、作中全体に「罠」が仕掛けられているところにある。 ドキュメンタリー形式という表現が取られているのだが、終盤にはこれが重層的な構造だったことが分かる仕掛け。 「おわりに」の章も、ラスト一行で読者は「えっ!」と思わされるのは間違いないだろう。 手頃な分量の作品だけど、作者のテクニックがふんだんに盛り込まれた佳作。 本作が「詠坂」の初読みだったのだが、以前から注目していた作家のひとりだったし、他作品も続けて読むことにしよう。 (『佐藤マコト』って、日本で何人くらいいるんだろうね?) |
No.986 | 6点 | 金雀枝荘の殺人 今邑彩 |
(2014/03/03 22:02登録) 1993年に発表された作者の第六長編。 最近中公文庫で再版されたが、今回は講談社のオリジナル版で読了(別に変わりがあるわけではないが・・・)。 ~金雀枝(エニシダ)の花が満開に咲くころ、一年に一度彼らがこの館を訪れる。また、あの季節が巡ってきた・・・。完璧に封印された館で発見された不条理極まりない六人の死。過去にも多くの命を奪った「呪われた館」で繰り広げられる新たなる惨劇。そして戦慄の真相とは何か。息をもつかせぬ恐怖と幻想の本格ミステリー~ これはまさに「新本格」というべき作品。 1987年に発表されたエポック・メイキング的作品「十角館の殺人」を契機に、いくつも発表された「館もの」というジャンル。本作もそのなかのひとつに含まれるのだろう。 いろいろと不満な点もあるのだが、まずは「謎解き小説」としてのプロットはしっかりしている。 ロジックが不足している点も垣間見えるが、大量連続殺人と密室、そして「見立て」が有機的につながり、特に密室(館そのものの)トリックの解法はシンプルだが説得力のあるものになっている。 「見立て」については常にその「必然性」が問題になるが、今回はまぁ及第点というところかな。 冒頭に掲げられた家系図や登場人物の多さからしても、書く人が書けば相当膨大な大作になってしまいそうだが、本作は必要部分以外は削ぎ落とされていて、そういう意味では好感が持てるのだが、反面物語としては物足りなさを感じてしまう。 特に「動機」はどうかなぁ・・・ (いかにも「新本格」らしいといえば、らしいのだが・・・) 個人的にはこういう作品はストライクゾーンだし、作者の姿勢にも好感が持てる。 ただ、期待が高かっただけに、ちょっとハードルを上げすぎたかも。 いわゆる「館もの」が好きな方なら是非ご一読ください。 |
No.985 | 5点 | カササギたちの四季 道尾秀介 |
(2014/03/03 22:00登録) 2011年に発表された作者得意の連作短篇集。 リサイクルショップ「カササギ」の店長・華沙々木と店員の日暮、そして中学生の菜美を加えた三人が身の回りで起きる謎を解き明かしていく・・・ ①「鵲の橋」=春の章。「カササギ」で起こった放火事件の謎を追ううちにたどり着いたのがある鋳物工場。経営者の親子・兄弟関係に纏わる話を聞くうちに華沙々木は思い付く・・・。そして日暮はそれを訂正する・・・ ②「蜩の川」=夏の章。久しぶりに来た大口の注文。注文品を届けに山奥へと向かった三人はある工芸家とその弟子たちに遭遇する。そこには工芸家にやっと弟子として認められた若き女性がいたのだが・・・。これも最後には日暮が訂正する。 ③「南の絆」=秋の章。三人組のひとり、南見菜美が仲間に加わった際のエピソードが紹介される一篇。なぜ日暮が華沙々木の影となってフォローしているのか、その理由が心に染み入る。 ④「橘の寺」=冬の章。日暮の天敵(?)的存在・黄豊寺の和尚が急にやさしくなった。が、後で思わぬしっぺ返しを受けるハメに・・・。本当の親子じゃなくても愛情は普遍なんだと気付かされる。 以上4編。 直木賞受賞後ますますミステリーから離れていく感のある作者だけど、本作は完全にミステリーと呼べる連作短篇集となった。 表現力というか読ませる力はさすがの一言。 「カササギ」という店も三人のメインキャストもまるで目の前にいるようにリアリティある存在に思えた。 ただ、ミステリー的な仕掛けという観点からいくと、本作はまだまだ十分とはいえない。 謎が小粒だし、これだけいい人だらけの小説というのも読みにくいものだ。 長所と短所を比べていくと平均点という辺りに落ち着く。 (あまり抜きん出ている作品はなし。どれもホノボノした味わい) |
No.984 | 6点 | 度胸 ディック・フランシス |
(2014/03/03 21:59登録) 1964年発表。原題“Nerve”。 「本命」に続く競馬シリーズの第二長編作品。 ~イギリスでも有数の騎手アート・マシューズがこともあろうに競馬場のパドックの中央で血しぶきをあげて自殺を遂げた。銃声はパドックにとどろき、スタンドの高い壁に反響した・・・。アートの死が引き金となったかのように次から次へと自殺し半狂乱に陥り、おちぶれていく騎手たち。彼らを恐怖のどん底に追いやる“怪物”の正体は何なのか? あまりに残酷な戦慄すべき競馬界の内幕を描き書評子をうならせた衝撃の作品~ よくまとまってる・・・そんな印象。 処女長編「本命」はサスペンス要素よりも本格ミステリーを彷彿させる「謎解き」要素が目に付いたが、本作ではそういった要素は薄い。 騎手たちを汚い手段で次々と貶めていく真犯人については、中盤過ぎにはほぼ明らかになってしまう。 (最後にドンデン返しがあるのかなと邪推したが、それはなかった・・・) 主人公で騎手であるフィンも真犯人にたどり着くのだが、手痛いしっぺ返しを食らうハメになるのだ。 そこからはサスペンスフルな展開が続き、九死に一生を得たフィンが逆に真犯人を罠にかける展開。 この辺りは前作でもあったプロットであり、サスペンスものの王道だろう。 最初は自分の腕に自信のない三流騎手だったフィンが、事件を通して一流騎手に育っていく姿も好ましい。 ただ、どうだろう? ちょっと予定調和過ぎるかなという印象は残った。 グイグイ読ませるし面白さも十分なのだけど、反面ちょっとインパクトに欠けるのは間違いない。 差し引きすると、水準+αという評価が妥当のような気がする。 (障害騎手って怪我が絶えないんだろうなぁ・・・) |
No.983 | 6点 | 熱帯夜 曽根圭介 |
(2014/02/24 22:26登録) 2008年に単行本として発表された「あげくの果て」に、短篇二本を加えて出版されたのが本作。 特に表題作「熱帯夜」は日本推理作家協会賞短篇部門を受賞した作品。 ①「熱帯夜」=これは一言でいうと「プロットの妙」ということになるだろう。二つの場面が交互に展開され、それぞれの背景も徐々に明らかにされていく。そして終章ではそれまでの世界が見事にひっくり返される快感・・・。さすがに冠のついた作品は違うなと思わされる。ラスト一行の捻りも気が効いてる。 ②「あげくの果て」=近未来の世界。日本は戦争に巻き込まれ、かつての経済大国の面影は全くなし。そして超高齢化社会がやって来ている。老人たちと若者たちの対立はエスカレートしていってついに・・・っていう展開。ここまでは大げさにしても、何となくそれに近いことは起こりそうな気がするから怖い、というか切ない。 ③「最後の言い訳」=徳永英明の曲じゃないよ(って古いな・・・)。本編はズバリ「ゾンビもの」(らしい)。人が人に食われると、「蘇生者」という存在になり、現世から隔離される・・・そんな舞台設定。主人公の冴えない男の回想シーンと現在の事件がクロスするとき、実に皮肉な結末を迎える。 以上3編。 ホラー文庫から出されてるけど、あまりホラー的な怖さはなく、特に①はレベルの高いミステリーとしての出来。 どれも皮肉が効いてて、作者がニヤニヤしながら書いてたんじゃないかなと思わされた。 ②③は特殊な舞台設定がテーマだけど、作者の考え方が投影されているようで興味深い。 まぁ旨い作家だなという印象は強く残った。 でも個人的にはそれほどストライクではないかな。 評価は若干辛めかもしれない。 (やはり①がダントツによい。②③は好きな人は好きかもっていう作品) |
No.982 | 5点 | ある殺意 P・D・ジェイムズ |
(2014/02/24 22:24登録) 1963年に発表された作者の第二長編。 作者のメインキャラクターであるダルグリッシュ警視シリーズ。 ~ある秋の晩、ロンドンのスティーン診療所の地下室で事務長のボーラムの死体が発見された。彼女は心臓をノミで一突きされ、木彫りの人形を胸に乗せて横たわっていた。ダルグリッシュ警視が調べると、死亡推定時に建物に出入りした者はなく、容疑者は内部の人間に限定された。尋問の結果、ダルグリッシュはある人物の犯行と確信するが、事件は意外な展開を・・・。現代ミステリ界の頂点に立つ作者の初期意欲作~ 実に端正な英国本格ミステリー、というべき作品なのだろう。 精神病院という舞台設定、容疑者は内部の者=医師、看護婦、事務職員などに絞られ、分単位のアリバイが事件を解く鍵となる。 こう書くと、期待感がいやがうえでも高まってくる。 でもなぁ・・・何かしっくりこないというかモヤモヤしたような感覚が残った。 英国の女流作家らしく、人間描写はまるでクリスティを思い出させるように精緻に書かれており、中盤まではダルグリッシュ警視の尋問という形式で多くの容疑者たちが彼のふるいにかけられる。 ただそれがかなり冗長でなかなか事件が進展しない。 ようやく全員への尋問が終わった頃には、もう作品の終盤に差し掛かっており、いったいどうやってケリをつけるのかと心配になった。 一応ラストは、ダミーの容疑者が否定された後、真犯人指摘という“よくある”締めで終わるのだが、これもちょっとサプライズというには程遠い。(動機という意味では最も疑わしい人物が結局・・・というのもどうか?) 「気合がちょっと空回り」というのが適当な表現だろうか。 この程度のプロットであれば、もう少しシンプルな展開の方がよかったかもしれない。 でもこういうのが好きな人は好きかもね。 |
No.981 | 5点 | チェーンレター 折原一 |
(2014/02/24 22:23登録) 2001年に別ペンネームの『青沼静也』名義で発表された本作。 角川ホラー文庫へ収録される際、『折原一』名義で晴れて(?)出版されることになった模様・・・ (出版社側の事情なんだろうなぁ) ~「これは棒の手紙です。この手紙をあなたのところで止めると必ず棒が訪れます。二日以内に同じ文面の手紙を・・・」。水原千絵は妹から奇妙な「不幸の手紙」を受け取った。それが恐怖の始まりだった。千絵は同じ文面の手紙を妹と別の四人に送ったが、手紙を止めた者が棒で撲殺されてしまう。そしてまた彼女のもとへ同じ文面の手紙が届く。過去の「不幸」が形を変えて増殖し、繰り返し恐怖を運んでくる。戦慄の連鎖は果たして止められるのか?~ ちょっと中途半端かな・・・と思わせた作品。 「棒」ってなに?って多くの方が疑問に感じるだろうが、要は「不幸」という字を崩していくと「棒」になったというような意味。 ただし、振り返ると「棒」がいるっていう景色は、確かにシュールな怖さがある。 ホラー文庫とはなっているけどホラー色は薄く、同じ折原の「・・・者」シリーズに似たようなプロットの作品になっている。 「ああそうだったのか・・・」と思いきや、また別の疑問と恐怖が訪れる・・・という展開。 ただ、ミステリーとしての仕掛けは単純というか、他の作品と比較しても小粒だし、サプライズ感はない。 まぁ「叙述」をそれほど前面に出さないで発表したのだろうから、致し方ないのかもね。 ということで、前述のとおり中途半端という評価になってしまう。 チェーンレターというテーマ自体もやや安直。 他の折原作品と比べても高い評価は無理かな。 (「青沼静也」はもちろん「犬神家の一族」のアノ人物を意識している。でもこれは、明らかに「折原」って分かるよなぁ・・・) |
No.980 | 6点 | 殺意の風景 宮脇俊三 |
(2014/02/16 21:37登録) 1985年発表の連作短篇集。 作者は故人だが日本で最も著名な鉄道旅行作家のひとり。本作が唯一のミステリー作品となる。 ①「樹海の巻(青木ケ原)」=舞台は言わずと知れた富士の樹海。恋人と樹海近くに滞在している女性の身に起きた事件とは・・・? ②「潮汐の巻(鬼ケ城)」=舞台は南紀・熊野灘。“できる部下”から誘われた慰安旅行だが、案内された場所は危険な海岸沿い・・・ ③「湿原の巻(シラルトロ沼)」=舞台は釧路湿原。堕ちたライバルの写真家から教示を受け、シャッターチャンスを狙い入ったのは危険な奥地の湿原だった・・・ ④「カルスト台地の巻(平尾台)」=カルスト台地というと山口の秋吉台が有名だが、北九州のこちらもそこそこ有名な場所。 ⑤「段々畑の巻(御三戸)」=舞台は四国・松山から下った山中。ある日訪ねてきた昔の知り合い・・・。その日から男の態度が変わり、転居、転職、そしてついに・・・ ⑥「溶結凝灰岩の巻(高千穂峡)」=高千穂の地で偶然出会った学会でのライバル。一緒に連れてきた主人公の子供の一言に戦慄が走る・・・ ⑦「火砕流の巻(北軽井沢)」=別荘地で頻発する放火事件。ついには主人公の男性と謎の老人以外の別荘がすべて焼け落ちる自体に・・・ ⑧「古生層の巻(奥大井川)」=車の離合もできないほど細い山道が続く大井川渓谷の奥地。彼の地で偶然貴重な化石を発見した主人公に嫉妬した先輩研究者が・・・ ⑨「トレッスル橋の巻(余部)」=余部鉄橋といえば、鉄道ファンには有名すぎるくらい有名な聖地。ただし、余部鉄橋自体はもう改修工事がされてしまったのだが・・・ ⑩「豪雪地帯の巻(松之山温泉)」=日本有数の豪雪地帯である新潟県のある地方。とある工事現場を訪れた本社のキャリア社員は現場社員の手荒い歓迎を受けて・・・ ⑪「隆起海岸の巻(鵜ノ巣海岸)」=盛岡~東京~大阪~博多にまたがる精緻なアリバイトリックを弄し、愛人を殺害しようと試みた男だったが、最後の最後で・・・ ⑫「石油コンビナートの巻(徳山)」=博多発の寝台特急「あさかぜ」(※今はもうない)。徳山で降りたはずが、新幹線を使えば再度「あさかぜ」に戻ることができる・・・よくある時刻表トリックなのだが・・・ ⑬「硬玉産地の巻(姫川)」=舞台は糸魚川から信州へ入った川沿いの奥地。行方不明となった姉から糾弾を受けた恋人は? ⑭「砂丘の巻(鹿島灘)」=砂丘といえば鳥取砂丘かと思いきや、九十九里浜沿いの寂しい砂浜・・・ ⑮「廃駅の巻(日和佐)」=舞台はウミガメの産卵地として有名な徳島・日和佐。幻想的な一篇。 ⑯「海蝕崖の巻(摩天崖)」=舞台は隠岐にある断崖。断崖好きだなぁ・・・ ⑰「噴火口の巻(十勝岳)」=自分を死んだことにし、自分の葬式を見たいと思った男。気持ちは分からんでもないが・・・ ⑱「海の見える家の巻(須磨)」=最後は静かな一篇。 以上18編。 作者は「中央公論」誌などの編集長を務め、退職後に鉄道紀行作家として一時代を築いた人物。 作者の文章はとにかく無駄な表現が省かれ、簡潔な描写が主体で実に読みやすいのだ。 亡くなった今でも鉄道ファンにとっては伝説の人物でもある作者。彼の唯一のミステリーということだけでも価値は十分。 ミステリーとしての出来栄えは・・・まぁ触れずにおこう。 |
No.979 | 6点 | 寒い国から帰ってきたスパイ ジョン・ル・カレ |
(2014/02/16 21:34登録) 1963年に発表されたスパイ小説の金字塔的作品。 アメリカ探偵作家クラブ賞&英国推理作家協会賞受賞作。 ~薄汚れた壁で東西に引き裂かれたベルリン。リーマスは再びこの地を訪れた。任務に失敗し、英国情報部を追われた彼は、東側に多額の報酬を保証され、情報提供を承諾したのだ。だがそれは東ドイツ情報部副長官ムントの失脚を図る英国の策謀だった。執拗な尋問のなかで、リーマスはムントを裏切り者に仕立て上げていく。行く手に潜む陥穽をその時は知る由もなかった・・・。英米の最優秀ミステリー賞を独占したスパイ小説の金字塔~ さすがに「看板に偽りなし」という感想。 冷戦下のベルリンを主舞台とし、英国対東ドイツの構図を背景に、スパイ達が虚々実々の駆け引きを行う。 それまでのスパイ冒険小説というと、超人的主人公が危機一髪の場面を乗り切り、最後には任務を華々しく遂行する、という図式がほとんどであったが、巻末解説によれば、作者はあくまでもリアリテイに拘り、本作を描いたとのこと・・・ 確かに、ドラマティックなラストこそ目につくが、序盤から終盤までは割と平板な展開が続いていく。 (そういう意味では、いかにも冒険小説という派手な展開を好む方には向かないかもしれない) あくまでも、主役はスパイたちの「心の中」ということなのだろう。 資本主義対共産主義、東側対西側というイデオロギーの対立軸なども当然垣間見えるのだが、その辺りはあまり気にせず読める。 終盤以降は、本作の主人公リーマスが囚われ、東ドイツで私設法廷にかけられるなど、緊張感のある展開が続き、悲劇的(?)なラストになだれ込む。 ラストシーンの背景として登場する「ベルリンの壁」こそ本作のもうひとつの主役ということなる。 まぁ21世紀の現在から見れば、「ベルリンの壁」など今は昔・・・ということになるが、やはり東西冷戦の象徴なのだと再認識させられた。 時代性もあるけど、ミステリーとしては今ひとつ盛り上がりに欠けるかなというところがマイナスなのだが、重厚でスキのないストーリー展開は十分に楽しめる。 評点はちょっと辛めだけど、そこは個人的な好みの問題。 (50歳のスパイも恋をするということだな・・・) |
No.978 | 5点 | パーフェクト・ブルー 宮部みゆき |
(2014/02/16 21:34登録) 1989年に発表された作者の処女長編。 「犬」視点で書かれているのが珍しい(?)が、発表から約25年たった昨年、なぜかTVドラマ化された・・・ ~諸岡克彦は私立松田学園高校野球部のエース。地区大会では完全試合を達成し、夏の甲子園大会出場が期待されている高校野球界のスーパースター。その克彦が殺害され、ガソリンをかけて燃やされてしまうという凄惨な事件が発生した。現場に出くわした克彦の弟・進也、蓮見探偵事務所調査員の加代子、そして俺、元警察犬で今は蓮見家の一員であるマサは事件の真相を追い始めるが・・・~ 今や大御所となった宮部みゆきも、さすがに“若書き”だなぁと思わされた。 そんな読後感。 確かにウマイといえば旨い。プロットそのものは単純な手合いなのだが、見せ方に十分工夫が成されているので、終盤にはパズルのピースがカタカタと埋まっていくようなカタルシスを味わうことができる。 フーダニットについてもラストにドンデン返しが用意されており、良質なミステリーとしての条件は備えているとは思えた。 ただなぁ・・・何か違和感というか、無理があるという気にさせられる。 パズルのピースは埋まったように見えて、実はうまく嵌ってなかった、とでもいう感じだろうか。 他の方も触れているが、真犯人の動機やなぜここまでしなければならないのか、という部分には納得できない。 黒幕として登場するある人物やその周囲の人物についても、書き込みが不足しているせいか、どこかふわふわしているというか、存在感のないまま終了してしまった感が強い。 そして何より「犬視点」なのだが、これって必要だったのか? 意味がないとまでは言わないが、ミステリー的な仕掛けには全く関係なしというところがどうも引っ掛かる。 (『・・・だから犬視点なのかぁ』と読者に思わせないとダメだと思うのだが・・・) ということで、決して面白くないというわけではないのだが、高い評価も難しい。 もともと作者の作品とはどうも相性が悪いのだが、今回もその思いは払拭できなかった。 (世評は高いので、ついつい期待してよんでしまうけどねぇ) |
No.977 | 6点 | 火曜クラブ アガサ・クリスティー |
(2014/02/11 01:05登録) ミス・マープルが初登場した短篇集。 セントメアリーミードに住む男女が集まり、自身が体験した迷宮入り事件について披露するというパターンの作品が並ぶ。 ①「火曜クラブ」=クラブ設立の経緯が語られるシリーズ初編。初っ端からマープルらしい推理が語られるのだが、これってある意味偏見じゃないのか? ②「アスタルテの祠」=ゴテゴテした設定の話だが、ミステリーとしてのプロットは単純。骨組みはまさに「シンプル・イズ・ベスト」という感じだ。 ③「金塊事件」=人のいい甥のレイモンドが実に単純な詐欺に遭う・・・という話。これもプロットは単純明快。 ④「舗道の血痕」=これは短篇らしい捻りの効いた好編だと思う。血痕だけから事件のからくりを見抜くマープル女史の推理が冴える一篇。 ⑤「動機対機会」=意味深なタイトルだが、動機がある容疑者には機会がなく、機会のある容疑者には動機がないというのが今回の謎。これも短篇っぽいキレがある。 ⑥「聖ペテロの指のあと」=マープル本人が謎の語り手となる本編。一種のダイイング・メッセージもの。 ⑦「青いゼラニウム」=何となくホームズものの短編を想起させる作品。プロット自体は単純で、すぐに想像がつく。 ⑧「二人の老嬢」=これもプロットそのものは非常にシンプルなのだが、さすがに見せ方がうまい。それだけにラストでは真相に唸らされることになる。 ⑨「四人の容疑者」=ミステリーらしいタイトルの作品だが、ちょっと分かりにくいかも。 ⑩「クリスマスの悲劇」=被害者の死亡前と後で帽子の位置が違っている・・・この一つの物証だけで展開されるマープルの推理。さすがに手馴れている。 ⑪「毒草」=大勢の人が食べた料理に混入されていた毒。しかし死んだのはひとりだった・・・。しかし、ラストには見事にひっくり返される。 ⑫「バンガロー事件」=披露される謎はなかなか複雑で面白い事件に思えたのだが・・・ラストでは結構ガクッとさせられるかも。 ⑬「溺死」=⑫までとは毛色が違い、マープルがクラブのメンバーである元警視総監に村で発生した事件の「相談」を持ち込む、という形式の本編。マープルが明かす真犯人は意外性十分。 以上13編。 体裁だけを取り上げると、アシモフの「黒後家蜘蛛の会」などとほぼ重なるのだが、そこはやはりミステリーの女王らしく、実にクオリティの高い作品集に仕上げている。 上述しているとおり、プロット自体は実に単純な作品が多いのだが、とにかく見せ方がうまいのだろう。 でも、個人的にはクリスティなら“やっぱりポワロシリーズの長編”ってことで、マープルものは一段下の評価となる。 (個人的ベストは⑧⑬辺り。他なら②⑦⑫って感じか) |
No.976 | 4点 | 白と黒 横溝正史 |
(2014/02/11 01:03登録) 1961年発表の金田一耕助シリーズ長編。 岡山の山奥ではなく、東京都内の新興集合住宅という舞台設定が珍しい作品。 ~平和そのものに見えた団地内に、突如怪文書が横行。プライバシーを暴露する陰険な内容に、住民たちは戦慄をおぼえる。その矢先、団地内のダスト・シュートから真っ黒なタールにまみれた女性の死体が発見された。眼前で起きた恐ろしい殺人事件に団地の人々の恐怖は頂点に達する。謎のことば「白と黒」の持つ意味とは? 団地という現代都市生活特有の複雑な人間関係の軋轢と葛藤から生じる事件に金田一耕助が挑戦する~ およそ金田一耕助シリーズとは思えないような雰囲気。 「獄門島」や「犬神家の一族」など、戦前戦後の地方の暗くて重い雰囲気漂う舞台設定・・・が本シリーズの定番だとしたら、本作ではそれに全く当て嵌らない。 その辺り、作者が方向転換というか時代性に合わせようと試みた作品なのだろう。 (ただし、それが成功しているとは言い難いのだが・・・) 事件の鍵を握るのは、紹介文のとおり『白と黒』という謎のことばで、最終章で金田一の口からこの意味が明らかにされてやっと事件の構図が鮮明になる。 逆にいうと、中盤から終盤にかけても今ひとつ事件の輪郭がはっきりしない展開が続くので、イライラさせられるかもしれない。 タールで真っ黒にされ、しかも顔を潰された死体、などというと作者お得意のトリックかなと思わされるが、その真相もちょっとなぁ・・・なにかすっきりしないのだ。 金田一の役立たず(?)振りは本作でも遺憾無く発揮されているというか、さらに酷くなっている。 真犯人の影が薄すぎるというのもいただけない。 というわけで、なにか作品のプロット自体が煮詰まってない印象を受けた作品だった。 (「社会派を意識」っていう感じもあまりしなかったなぁ・・・) |
No.975 | 6点 | クール・キャンデー 若竹七海 |
(2014/02/11 01:02登録) 2000年発表。 祥伝社文庫創刊十五周年を記念して出された書き下ろしシリーズ中の一冊。 ~「兄貴は無実だ。わたしが証明してやる!」。誕生日と夏休みの初日を明日に控え、胸を弾ませていた中学生の渚(なぎさ)。だが、愉しみは儚く消えた。ストーカーに襲われ重態だった兄嫁が他界し、さらに同時刻にそのストーカーも変死したのだ。しかも警察は動機充分の兄・良輔を殺人犯として疑っている・・・。はたして兄のアリバイは? 渚は人生最悪のシーズンを乗り切れるのか?~ これはもう『最後の一撃』のために存在する作品。 序盤~中盤~終盤までの経緯なんてあまり関係なく、最後の一行でどれだけ「ゾーッ!」とできるかで、本作への評価は大きく変わってくる。 冒頭から一人称で語られ、分量の短さからみても、恐らく叙述系の仕掛けがあるのだろうと予想しながら読んでいたが、まずは終盤でそれっぽい仕掛けが判明し、「やっぱりな」と納得。 ただし、それに満足していると、間髪入れず最後の一撃が脳天に振り下ろされるのだ。 これには相応のサプライズを感じてしまった・・・ さすがにミステリー好きの“ツボ”を心得ているということなのだろう。 制約された分量のなかで、こういう計算し尽くした作品を書けるということに、作者の「腕」を感じることはできた。 ただ、まぁそれだけと言えばそれだけなので、あまり高い評価もし難い。 短いし、軽い読書にはちょうどいいだろう。 |
No.974 | 9点 | 倒錯の舞踏 ローレンス・ブロック |
(2014/02/02 16:18登録) 1991年発表。原題“A Dance at the Slaughterhouse”。 マット・スカダーシリーズの最高傑作のひとつに挙げられることも多い作品。 本書のほか、「墓場への切符」「獣たちの墓」と合わせて『倒錯三部作』とも呼ばれる・・・ ~スカダーの知人がレンタルしたビデオには、意外にも現実の猟奇殺人の一部始終が収録されていた。だが、その残虐な映像からは、犯人の正体はもとより、被害者の身元も判明しなかった。それからしばらくして、スカダーは偶然その犯人らしき男を目撃するが・・・。現代のニューヨークを鮮烈に描くハードボイルド大作。MWA最優秀長編受賞作~ これはスゴイ。読み終わってしばらく放心するほどの衝撃だった。 実はマット・スカダーシリーズは本作が初読み。 本作以外にも「八百万の死にざま」やもちろんシリーズ一作目など、「初読み」として適当な作品はあったのだが、なぜか本作を選択してしまった。 でもまぁ、それはそれで良かった。いきなりこんな強烈な作品に出会えたのだから・・・ 作品としての出来については、スキのない実によく練られた作品ということに尽きる。 導入部分から謎の人物を複数登場させ、時間軸を微妙にイジリながら、読者を引きつけていく。 妻のレイプ&殺人事件とビデオに収録された猟奇殺人という二つの謎が、スカダーの執拗な捜査の前で遂にクロスする瞬間・・・ ある男の告白シーンに戦慄が走る! とにかく、こんな強烈な真犯人キャラクターは久しぶりだ。 (男の方ももちろん怖いが、女の方がもっと怖い!) 最終章、スカダーと真犯人との対決シーンには手に汗握ること請け合い。 ということで、なんだか興奮したまま書評している次第です。 スカダーの協力者など、魅力的な人物も数多く登場し、スカダーとの軽妙かつ含蓄のある会話も十分に楽しめる。 評価としてはこのくらい当然でしょう。 (さて、つぎはどのシリーズ作品を読むべきか・・・迷うなあ) |
No.973 | 6点 | 地球儀のスライス 森博嗣 |
(2014/02/02 16:16登録) 1999年発表。S&Mシリーズ二篇を含み全十作から成る作品集。 同系統の作品集としては、「まどろみ消去」に続く二作目に当たる。 ①「小鳥の恩返し」=タイトルどおり民話「鶴の恩返し」をモチーフにした作品。殺人現場で飼われていた小鳥を逃がしたところ、その小鳥が献身的な看護婦になって現れるという夢のようなストーリーなのだが、そこは「夢」で終わらずミステリーらしい結末が付けられる。なかなかの佳作。 ②「片方のピアス」=こちらは双子の入れ替わりがプロットとなった作品。終わりがあるようなないような結末・・・っていうことはリドルストーリーということか? ③「素敵な日記」=まさに日記で始まり、日記で終わる一篇。狙いは・・・?? ④「僕に似た人」=いかにも曰く有りげな主人公やその他の登場人物たち・・・。きっと何かあるはずと大技を予想していたが、そういう方向性の作品ではなかった。でも、ラストの一行(或いは二行)はどういう意味(或いは意図)? ⑤「石塔の屋根飾り」=本編と続く⑥がS&Mシリーズ作品。本編は犀川が萌絵や喜多、国枝らにクイズを提供するというプロットとなっている。問題の方はちょっと“絵的に”思い浮かびにくかったんだけど、なる程という解答が示される。 ⑥「マン島の蒸気鉄道」=本編については、謎がどうのこうのというより、とにかくマン島という存在自体が面白い。浅学にもこれを読むまでこんな島があることすら知らなかった。行ってみたいねぇ、乗ってみたいねぇ・・・蒸気機関車。 ⑦「有限要素魔法」=書き下ろし作品なのだが、ある意味ファンタジックでブラックな一篇。 ⑧「河童」=冒頭に示されているとおり、芥川の「河童」に触発されて書かれた作品なのかな? とにかく純朴なはずの田舎の女子高生・亜依子がコワイ・・・ ⑨「気さくなお人形、19歳」=⑦に続く書き下ろし。プロットとしては特段目新しいものではないんだけど、とにかく纐纈老人の一途で偏屈な思いに最後はホロリとさせられる。でも「僕」っていうのは、もしかして叙述トリックかと思わされた(!) ⑩「僕は秋子に借りがある」=これも⑨に続き“いい話系”の作品。こういう美少女に振り回される役を一度はやってみたいよねぇ・・・ 以上10編。 前作(「まどろみ消去」)と同様、「作者が書きたいものを書いて、それを集めました」という雰囲気の作品集。 ということで、凡そミステリーとは呼べないものもかなり含まれていて、長編と同じノリを期待するとガックリくるかも。 ただし、ストーリーテラーとしてやはり非凡な才能を十二分に感じさせられるし、レベルの高い作品集という評価。 どちらかというと、前作よりもこちらを押したい。 (個人的ベストは①かな。後は④⑥⑨というところか) |