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ミステリの祭典

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平均点:6.01点 書評数:1812件

プロフィール| 書評

No.1752 6点 ゴースト・スナイパー
ジェフリー・ディーヴァー
(2023/08/13 13:27登録)
いまや世界で最も著名なミステリーシリーズになった感のある「リンカーン・ライム」シリーズも数えて十作目。
普通ならとっくに飽きられているに違いないのだが、それは他とは一味も二味も違う本シリーズ。十作目突入以降もきっと満足感を与えてくれるに違いない・・・と思いたい。
単行本は2014年の発表。

~アメリカ政府を批判していた活動家モレノがバハマで殺害された。2,000メートルの距離からの狙撃。まさに神業。「百万ドルの一弾」による暗殺といえた。直後、科学捜査の天才・リンカーン・ライムのもとを地方検事補ローレルが訪れた。モレノ殺害はアメリカの諜報機関の仕業だという。しかも「テロリスト」とされて消されたモレノは無実だったのだ。ローレルはこの事件を法廷で裁くべく、ライムとアメリア・サックスを特別捜査チームに引き入れる。スナイパーを割り出し、諜報機関の罪を暴け! ライムと仲間たちは動き出す。だが、現場は遠く、証拠が収集できない。ライムはバハマへの遠征を決意する~

本作の特徴のひとつは、紹介文のとおり、いつものNYマンハッタンの自室を離れ、ライムが遠くバハマまで捜査に出かけること。
(確か「エンプティーチェア」事件でもNYを離れたはずではあるが・・・)
現地警察も非協力的なバハマで、いつもと勝手が違う捜査に苦労するライムに更なる困難が降りかかる・・・スナイパーが送り込んだ男たちに危うく溺死させられそうになるのだ。
いつもならアメリアのピンチシーンに五感が刺激されてしまう私なのだが、まさか今回はライムのピンチシーンを拝むことになろうとは・・・(さすがにあまり刺激はされなかったけど・・・)

それはともかく、最大のピンチを切り抜けた後のライムは、まさに神業級の推理をつぎつぎと披露する。
圧巻は、「真のターゲット」に関する考察だろう。
本シリーズでは「よくある手」なのは確かなのだが、複数人が殺害された現場で、真に殺害したかったのは実は「脇役」と思われた人物でした、っていう仕掛け。これはもう、本シリーズの「お約束」に近いプロットではある。
ただ、そこはディーヴァー。本作では更なる仕掛けを用意している。(「ウラ」の「ウラ」は「オモテ」という引っ掛け、ではない)

かように本作は「引っ掛け」「ひっくり返し」の連続を味わえる。
最終的に判明した「真の」「真相」は、最初見えていた、予想していたものとはかなり異なる状態で読者の前に現れることになる。
それがライムの神業的推理によるもの、といえばかっこいいが、そこはやや唐突ではあるし、予定調和な感じがしないでもない。それが本作の弱み。
あとは、長らく本シリーズに接した副作用としてのマンネリ感かな。これはもう、如何ともしがたい。

ウォッチメーカーをはじめ、本シリーズでは魅力的(?)な犯人役がつぎつぎと出てくるが、本作の「未詳516号」もなかなか。日本製の「出刃包丁」を使って死体を切り刻むさまは・・・かなりエグイ。本作のみで捕まったのがやや惜しい気はする。
ということで、次作も楽しみ、という結論にはなる。
(その割には評点が辛いけど・・・)


No.1751 5点 ノーサイド・ゲーム
池井戸潤
(2023/08/13 13:25登録)
今さらの本作である。ちなみに地上波ドラマは番宣のたぐいも殆ど見ていません。
ただ、本作を読みながら、読んでる途中も米津玄師が頭から離れませんでしたが・・・
単行本は2019年の発表。

~未来につながるパスがある。大手自動車メーカー・「トキワ自動車」のエリート社員だった君嶋隼人は、とある大型買収案件に異を唱えた結果、横浜工場の総務部長へ左遷させられ、同社ラグビー部のアストロズのGM(ゼネラル・マネージャー)を兼務することに。かつて強豪として鳴らしたアストロズも今は成績不振に喘ぎ、鳴かず飛ばずの状況。巨額の赤字を垂れ流していた。「アストロズを再生せよ」。ラグビーに関して何の知識も経験もない、ズブの素人である君嶋がお荷物社会人ラグビー部の再建に挑む!~

これは、もう、池井戸潤の純正フォーマットである。今まで何度も接してきたフォーマット。
これだったら、別に本人でなくとも誰でも書けるような気がしないでもない・・・
それでも、そこかしこに感動ポイントは組み込まれている。特に圧巻は、最後のアストロズVS宿敵サイクロンズの天王山の戦い。
浜畑が、七尾が、佐々が、アストロズの勝利に向かって全力でプレイする(きっと、地上波を見ていた方なら、あの一場面が頭の中にプレイバックしているのでしょう)。まるで、目の前で見ているかのような臨場感。もう、さすがの筆力を感じてしまう。

そして、いつものように企業内の権力争いも本作の重要なピースになる。
ただし、「半沢直樹シリーズ」ほどのクドさがないところは、逆に食い足りなくて、今回の悪役となる常務取締役もアッサリと白旗をあげてしまう・・・

まぁさすがにこのフォーマットも食傷気味にはなってくるよなぁー
プロットの二番煎じ感もあるので、作者にとっても踏ん張りどころかもしれない。
読者にとっては安心して楽しめるという利点はあるのだけど・・・

いずれにしてもラグビーW杯も近づくこの時期、ラグビーというスポーツのメジャー化に一役買ったのは間違いないところだろう。それだけでもスゴイ気はする。
(やっぱりラグビーは「キング・オブ・スポーツ」だと思う)


No.1750 6点 Iの悲劇
米澤穂信
(2023/08/13 13:22登録)
~山間の小さな集落「蓑石」。六年前に滅びたこの場所に人を呼び戻すため、Iターン支援プロジェクトが実施されることになった。業務に当たるのは「蓑石」地区を擁する南はかま市「甦り課」の三人・・・~
作者の”多芸多才さ?”を示すかのような、一風変わった連作ミステリー。単行本は2019年の発表。

①「軽い雨」=本格的な移住プロジェクト開始前に移住してきたふた家族。ひと家族はラジコンヘリマニア。ひと家族は夜中でも大音量の音楽をかけるアウトドア好き。で、当然にトラブルが発生する。結果は・・・最悪。
②「浅い池」=本格的な移住プロジェクトが開始され、意気揚々と移住してきた一人の若者。「蓑石」には夢と未来があると宣言したのもつかの間・・・。事業開始してすぐ、大きな失策をやらかしてしまう。結果は・・・最悪。
③「重い本」=移住者の熟年男性と別の一家の少年。ふたりは「本」を通して仲良くなったのだが、ある日それが大きな事件を引き起こしてしまう。結果は・・・最悪?(それほどではないか)
④「黒い網」=移住者の親睦のために開催されたBBQ。そこで焼かれていたキノコに当たってしまったのがある女性。この女性は「蓑石」で数々のトラブルの元となっていた。なので誰かが腹いせに彼女に毒キノコを食わせたのではという疑惑が持ち上がる。結果は・・・最悪(かな)?
⑤「深い沼」=この章では事件は何も起きない。ただし、作者の意図としては非常に重要な章なのだと思う。主人公である公務員の万願寺と東京で多忙な生活をおくる彼の弟との会話。それがなかなか深いのだ。
⑥「白い仏」=移住者が住む古い家屋に残されていた「円空」の彫り物。それが大きな事件の元凶となる。「円空」を観光資源にしようという移住者の男と、それを神懸かり的なものと捉える男のふたりがいざこざを起こしたとき・・・。結果は最悪(か?)
⑦「Iの喜劇」=連作の締め、カラクリが判明する最終章。そうか・・・「悲劇」ではなく「喜劇」というのが作者らしいアイロニーなのか?

以上7編。
うーーん。⑦でカラクリが判明した後の万願寺の姿にどうしようもない共感を覚えた。
確かにこの問題は実に複雑な要素を孕んでいる。コロナ禍を挟んで、この国の出生率は過去最悪を更新し続け、政府は「異次元のナニヤラ」といって、全く異次元とは程遠い小手先の政策を行おうとしている。
はっきりいって、10年後、この国の多数では「蓑石」と同じ状況になっていることは容易に想像できる。
国は言わずもがな、田舎の自治体は致命的な財源不足に陥り、正常な社会インフラを提供できなくなるのは時間の問題だ。
でも、だからといって西野課長のやり方が許容できるのかと問われれば、言葉に詰まる。万願寺の感じたどうしようもない空虚な感情・・・それがこの国の未来を表しているようで、直視できなくなる。
作者も罪な人だ。分かっていながら敢えて、こんなアイロニーに満ちた作品を出すなんて・・・。


No.1749 6点 鳩のなかの猫
アガサ・クリスティー
(2023/07/23 14:14登録)
クリスティの長編で51番目、ポワロ登場作では28番目、つまりは後期or晩年の作品ということ。
他の方の書評を拝見しても、あまり評判はよろしくないようで・・・
原題は""Cat among the Pigeons"" 1959年の発表。

~中東の王国で起きた革命騒ぎのさなか、莫大な価値を持つ宝石が消え失せた! 一方、ロンドン郊外の名門女子校、メドウバンクにも事件の影が忍び寄っていた。新任の体育教師が何者かに射殺されたのだ。ふたつの謎めいた事件の関連はなにか? 女子学生の懇願を受けて、ついに名探偵エルキュール・ポワロが事件解決に乗り出した~

「さすがに旨いもんだなぁー」というのが、読書中と読了後すぐの感想。
個人的にはそれほど悪い作品には思えなかった。評判が良くないというのも、作者のキラ星のような有名作品群との相対的な比較であって、名もないほかの作家が発表していたら、「へぇー」って具合に好意的に捉えていたかもしれない。

何より、舞台設定が魅力的。まさかクリスティがガチガチの学園ものを書くなんて・・・
それと、やはり“バルストロード校長”だ! こんな魅力的な(?)女性キャラ、そうはいないだろう。(今でいうなら「上司にしたい有名人」ランキングで絶対上位に入ると思う・・・)

で、本筋に戻ると、うん。この真犯人の「隠し方」が実にクリスティすぎるのが確かに難点かもしれない。
怪しそうな人物が数名いて、読者としても消去法でひとりずつ消していくつもりが、作者の絶妙なワナにかかって・・・というのがクリスティの定番なのだが、今回のアリバイ処理はまあちょっと雑かなというところもある。
まぁでも旨いですよ。読者のツボは十分に分かってますと言わんばかりのプロットだし。
でもファンとしてはポワロが冒頭付近から登場して巧緻極まりない犯人役とがっぷり四つの好勝負をみたいね。
(ポワロ登場の未読作もあと数編となってしまった・・・)


No.1748 6点 ベーシックインカム
井上真偽
(2023/07/23 14:13登録)
~遺伝子操作、AI、人間強化、VR、ベーシックインカム・・・。来るべき世界に満ちるのは、希望か絶望か。”未来”に美しい謎を織り込んだSFミステリー短編集~
単行本は2019年の発表。

①「言の葉の子ら」=事件の舞台は保育園。主役は保母のエレナ先生。容姿端麗、経験は少ないけれど、園児たちには大人気の先生。ある園児のちょっとした変化の理由を彼女が突き止めたとき、あるサプライズも明らかになる。なるほど・・・そういう方向か!
②「存在しないゼロ」=一転して、刑事である父親が幼い我が子に過去の事件の顛末について語る本編。「虫」がポイントにはなるのだが、そんなこと以上に「遺伝子操作」というキーワードがクローズアップされることになる。当然、植物だけでなく人間も・・・
③「もう一度、君と」=本編のテーマとなるのが”VR”(バーチャル・リアリティ)。最新のVRは完全にその世界に入り込めてしまえる。自宅勤務になった主人公が家を出て行った妻がよく入り込んでいたのと同じVR空間を経験したとき・・・
④「目に見えない愛情」=まさに「目に見えない」ことがストーリー上のカギとなる。そしてもう一つの隠しテーマが「人間強化=エンハンスメント」。ラストにある事実が明らかとなるが、それはまあ予想の範囲内だった。
⑤「ベーシックインカム」=一時期新聞紙上も賑わしたように記憶している「ベーシックインカム」という単語。要は社会におけるセーフティーネットの一種なのだが、SFミステリーとはそぐわない気が・・・。単行本化に当たり、連作の締めとして追加されたのが本編のようなのだが、ちょっと無理があるようにも思えた。

以上5編。
まずまず良くまとまっているとは思う。その反面、「まとまりすぎ」のようにも感じた。
まだまだ若手作家のはずなのに、妙に老練しているような・・・
今回は冒頭にも書いたとおり、SFチックな題材を扱ってはいるものの、「SF」というほどのものは一切なく、実に短編らしい作品が並ぶこととなった。
まあ作者の器用さはよく分かったので、次回は腰の据わった長編が読みたい。そんな気にはさせられた。
評価は・・・まずまずってところ。
(個人的ベストは②か③か。)


No.1747 5点 記録の中の殺人
石崎幸二
(2023/07/23 14:11登録)
作者の初読みとなる本作。なぜ本作を手に取ることになったのかというと・・・分からん!
別に避けてきたわけではないので、たまたま読む機会がなかったということかな。
2010年の発表。

~「女子高生連続殺人事件」・・・201X年9月、五人の女子高校生の遺体が埼玉県山中、産業廃棄物の投棄現場で発見された。被害者の共通点は、生年月日が全員同じだということ。それから四か月後、またも女子高校生の遺体が東京と埼玉の県境にある産廃の現場で見つかった・・・。被害者は同じく五人。全裸のうえ、手足を切断されていた。凶悪な犯行に世間はパニック! 犯人の次なる狙いはなにか?~

上の紹介文だけ読んでると、「ミッシング・リンク」がテーマの連続猟奇殺人事件で、フーダニットを主体にしたトリッキーな作品かな?という先入観を持ってしまう。
それは、ただの先入観です。実際は大きく異なってます。
作品の舞台は途中からなぜか日本海に浮かぶ孤島に移って、そこで発生する連続殺人の謎が加わってきます。
どうも、本シリーズは「孤島」への強い拘りがあるようで(なにぶん初読なもので、よく知らんかったわけで・・・)、ミリア・ユリ・石崎の三人のコンビも「孤島」ネタをつぎつぎとブッ込んできます。

ただ・・・読了後は、「家に例えるなら、どうにも安普請な家を建てたなぁー」という印象。
見た目はそう悪くないのだ。
ふたつの、一見無関係そうな連続殺人事件を提示しておいて、本作の裏テーマである〇N〇を動機として信憑性を持たせるというプロット。まぁ無理やりといえば無理矢理だし、動機としても荒唐無稽という気がしないでもないけど、とにもかくにも成立はさせている。
ただ、どうにもねぇ「安さ」が目についてしまう・・・のだ。
(エピローグもいるかな? こんな後日談を挿入するなんて、ページ稼ぎかと勘ぐってしまう)

もともとこんな作風なんだろうし、重厚なミステリーではなく、メインの三人の掛け合いがウリの「お笑い系ミステリー」なんだから、「安くても」いいじゃないとも思うんだけど、うーmm。
後はまぁ好みの問題なのかな。個人的にはあまりお勧めはできないという評価。


No.1746 8点 ノースライト
横山秀夫
(2023/07/08 15:58登録)
前作「64(ロクヨン)」以来の横山秀夫である。再び大作である。心して読みたい。
「作家生活21年目の新たな一歩となる長編ミステリー」という紹介文がある。楽しみである。じっくり味わうべし。
単行本は2019年の発表。

~一級建築士の青瀬は、信濃追分へ車を走らせていた。望まれて設計した新築の家。施主の一家も、新築の家にあんなに喜んでいたのに・・・。「Y邸」は無人だった。そこに越してきたはずの家族の姿はなく、電話機以外に家具もない。ただひとつ、浅間山を望むように置かれた「タウトの椅子」を除けば・・・。この「Y邸」でいったい何が起きたのだろうか?~

『ブルーノ・タウト』・・・ドイツ・ケーニヒスベルクの生まれの建築家。「鉄の記念塔」「ガラスの家」が評価され、表現主義の建築家として知られる。1933年、ナチスの迫害から逃れるため上野伊三郎率いる日本インターナショナル建築協会の招聘で来日し3年半滞在した・・・Wikipediaより
寡聞にして全く知らなかった。しかし、本作は彼の存在なしでは語ることはできない。
主人公となる青瀬稔。妻子と別離し、恵まれた仕事もできない彼が賭けた一軒の家・・・「Y邸」。しかし、完成もつかの間、施主が住むこともなく打ち捨てられてしまう。そんな中、ポツンと、そして“ノースライト”に照らされて存在していたのが「タウトの椅子」。
この椅子の存在がなければ、その後の物語は存在しなかった。青瀬は行方不明となった施主・吉野の捜索を行うなか、タウトの数奇な運命、そして彼の建築そして「美」に対する深い想いを知ることとなる・・・
そして、友にして上司の岡嶋の存在。岡嶋の賭けたある建築コンペをめぐる物語が、青瀬や周囲の人たちに大きな波をもたらす・・・。うーん。なかなか語り尽くせんなぁー。

確かに本作はミステリー的な興趣は薄い。作者もミステリーの土台は用意したのだが、書きたかったのはそこではなかったのだろう。
今さら「バブルの敗残兵」なんて言葉が出てくるのだ。青瀬も岡嶋もバブルの後遺症に苦しんだ人たちとして描かれる。もう何十年前?って思うだろう。でも、書きたかったのだろう。これは「再生の物語」なのだ。そう書くと「よくある話」に堕ちてしまいそうだが、決してそうではない。
私自身、恐らく主人公と同世代なのだと思うが、人生長くやってると、日々いろいろなことがある。当然、楽しいことより嫌なことの方が多いが、それよりも「何でもない日」がいかに多いことか。当然「何でもない日」が幸せなんだという考えもあるだろう。ただ、この「何でもない」というのは「さまざまな痛みや苦しみ」を経ての「何でもない」なのか、「ただ、何でもないのか」で大きく違う。
「敗残兵」として生きてきた青瀬だが、自分の周りには様々な「人」がいるのに気付く。「人」が動けば、その大小はともかく「波」は起きるのだ。その「波」に気付くか気付かないか、無視するか・・・そんなことで人生は大きく変わる。
青瀬の再生の物語を追っているうちに、どうしても自身の生活、人生を考えてしまう。まあそれも当然かもしれないが、最終的には「さすが横山秀夫である」。いろいろと評価はあるだろうが、「稀代のストーリーテラー」のひとりではないかと思ってしまう。


No.1745 6点 五覚堂の殺人~Burning Ship~
周木律
(2023/07/08 15:57登録)
「眼球堂」「双孔堂」に続く三つ目の「堂」は「五覚堂」。
そう、「五」というのが数学的には結構な意味がある(らしい)・・・多分。
2014年の発表。

~放浪の数学者・十和田只人は、超越者・善知鳥神に導かれ、雪の残る東北山中の館‐「五覚堂」へと足を運んだ。そこで神に見せられた記録媒体には、ごく最近、五覚堂で起きたと思われる、哲学者を父親に持つ一族の遺産相続に纏わる連続密室殺人事件の一部始終が! だが、五覚堂は事件の痕跡が拭い去られている・・・。消失した事件の「解」とは?~

うーmm。見てくれはともかく、ミステリーの骨格は割と古いタイプのそれに思えた。
今回の謎は大きく分けて次の三つかな。
一つ目はやはり「密室」の謎。今回は2種類。1つ目のトリックはひと昔前の推理クイズレベルのもの。スポンジという物証が出てきた時点でほぼ察しがつくのではないか。
2つ目の密室が問題。これはある意味たまげた。この材質って本当にこんなふうになるのか? で、それを引き起こす仕掛けには思わずニヤリ。五覚堂の平面図をよーく見れば・・・ねえ
二番目の謎は、「五覚堂」そのものの謎。ただ、この真相はどう考えても、二階堂の「人狼城」からのインスパイアだろう。そうとしか見えなかった。時間の欺瞞なんかはもう少し面白くできたのではないかとは思ったが・・・
三番目が「動機」。これが先ほど「古いタイプ」と感じた大きな理由かもしれない。
数学的衒学をアチコチに散りばめて前衛ミステリーという外観をしているのに、動機が過去の因縁なんて・・・

ということで、門外漢には意味不明な数学的なアレコレが一見高尚で取っ付きにくい雰囲気を醸し出しているものの、それさえ取っ払えばごく普通の(?)本格ミステリーである。
十和田のキャラにもだいぶ慣れてきたので、なおそのような評価になるのかもしれない。
さて、次はどんな「堂」が待ち受けているのかな?
(ある登場人物に仕掛けられた、いわゆる「叙述トリック」なのだが、フーダニット上の効果が多少あるのは分かるけど、そこまでもったいつけるようなトリックではないと思うが・・・)


No.1744 4点 ぶち猫 コックリル警部の事件簿
クリスチアナ・ブランド
(2023/07/08 15:56登録)
生前未発表だった幻のシナリオ、本邦初訳の短編、極上のショートショートなど、コックリル警部を探偵役とする話をまとめたヴァラエティに富んだ作品集(とでも評すればいいのか・・・)
良くいえばそうだし、悪く言えば「寄せ集め」ということだろう。
論創社が2007年に発表したもの。

①「ぶち猫」=タイトルにもなっているコレが、分量的にも意味合いとしても本作品集のメインと呼べる作品。ただ、これは戯曲形式である。そのため、何となく頭にスッと入ってこないところがある。登場するのはアル中で神経薄弱となっている弁護士と妖艶な美しさを持つその妻。そして、その妻の浮気相手で医師の男。この三人が中心であとは取り巻きの家族たち。殺されるのは、一族の娘と結婚することになっていた若き医師。なのだが、本当に狙われていたのはアル中の弁護士だったはず・・・。そして、事件解決の「鍵」となったのが、ぶち猫柄のグラス・・・。コックリルの登場により急転直下する舞台。彼の明晰な推理により、徐々に登場人物たちの「真の姿」「本心」が明らかにされていく・・・。そんな感じだ。
ラストは割と唐突に終わりを迎えるのだが、全体的にはマズマズの出来(かな?)

あとは本当に評すまでもないような作品が並んでいる印象なのだが、
②「コックリル警部」=冒頭の一編。コックリル警部の人となりを紹介してくれる。(親切?)
③「アレバイ」=酔っぱらったチャールズワース警部の放った言葉。要は「アリバイ」のことである。他愛ないといえば他愛ない戯言である。
他4編、全7編。

冒頭に書いたとおり、タイトル作品以外は「寄せ集め」である。
従って、ブランドが大好き!というファン以外はスルーしても全然構わない。
①もどうかな? 戯曲形式ということもあるけど、あまり楽しめなかった。
やっぱり、個人的にブランドとはあまり相性が良くない印象だ。


No.1743 8点 メルカトル悪人狩り
麻耶雄嵩
(2023/06/10 13:02登録)
メルカトル鮎登場!! それだけでもうワクワクする、という感覚なのだ。
今どき、シルクハットを被った礼装の男なんて、周りからみたら奇人変人にしか見えんだろうに・・・(実際変人ではあるけれど)。
2021年の発表。

①「愛護精神」=こんな条件だけで、メルカトルの推理どおりに本当になるのか? なります。フィクションですから。ケチをつけたら、作者からこんなふうに言われそう・・・。でも、普通こんな考えで殺して、〇めようなんて思わないでしょ!
②「水曜日と金曜日が嫌い」=山陰地方の田舎道で道に迷った美袋。さまよった先に忽然と現れた白亜の洋館・・・なんて、こんなこと起こるのか? って、起こります。フィクションですから・・・。うーん。今回もメルカトル登場であっという間に事件は解決。解決するんだけど、結局犯人(または被害者)は登場してないじゃないか? まあまあ・・・しょせんフィクションだからね。
③「不要不急」=コロナ禍での一幕。まさに「一幕」。
④「名探偵の自筆調書」=いかにもメルカトルらしい「一幕」。まさに「一幕」。
⑤「囁くもの」=これも山陰。鳥取の旧家が舞台。急遽一夜を過ごすことになった旧家で発生した殺人事件。しかし、これもメルカトルがさっさと片付けてしまう。決め手は「ガムの跡」。なのだが、すべてをメルカトルが予見していたなんて、そりゃないだろう? あります。だってフィクションですから・・・
⑥「メルカトル・ナイト」=これも奇妙な設定、奇妙な事件だ。身辺警護のために雇ったのがメルカトルなのだが、嵐の夜、リゾートホテルの一室から結局は転落してしまう。真相は・・・最初から分かってた?
⑦「天女五衰」=部隊は天女伝説が残る天橋立。天女の幻影を見たという美袋の体験から始まる事件なのだが、これも真相までほぼ一直線。すべての伏線をあっという間に回収して、解決! でも死体を宅配便で送るのは今のご時世、かなり無理があるのでは?
⑧「メルカトル式捜査法」=病明けで調子の出ないメルカトルが静養に行ったはずの乗鞍の別荘で殺人事件に遭遇する。この「病明けで調子が出ない」ことまでが伏線になっている・・・なんて無駄のない! で、最後に明かされる真犯人はなんと! 非登〇人〇! これはスゲエ

以上8編。
いやいや、久々に作者らしさ全開のミステリーを堪能させていただきました。
やはり、メルカトルは特別な存在なのだなぁーという思いとともに、こんな無駄のない短編は初めて読んだように思う。
「シンプルisベスト」とは言うが、ここまで削ぎ落さなくてもいいだろ!っていうくらい無駄がない。事件が発生すれば、関係者にちょこっと話を聞き、ちょこっと捜査をすれば、即座に真相解明に移っていく。
まぁこれは「神様」にも通じているのかもしれないけど、こんな作品を成立させられるのは、他にはなかなかいないだろう。ということで、高評価。
(個人的ベストは不思議な感覚になる⑥。あとは、⑦→⑧の順)


No.1742 7点 硝子の塔の殺人
知念実希人
(2023/06/10 13:01登録)
すごい評判、すごい評価である。現代に蘇った「新本格ミステリー」とでも呼べばいいのだろうか。
異形の館で連続して発生する殺人事件。しかもすべて「密室」殺人。いやがうえでも期待は上がっていく(ついでにハードルも上がっていく・・・)
2021年の発表。

~雪深き森で、燦然と輝く硝子の塔! 地上11階、地下1階。唯一無二の美しく巨大な尖塔だ。ミステリーを愛する大富豪の呼びかけで、刑事、霊能力者、ミステリー作家、料理人など一癖も二癖もあるゲストたちが招かれた。この館でつぎつぎと惨劇が起こる。館の主人が毒殺され、ダイニングでは火事が起き、血濡れの遺体が・・・。さらに地文字で記された13年前の事件。謎を追うのは名探偵・碧月夜と助手で医師の一条遊馬。散りばめられた伏線、読者への挑戦。圧倒的リーダビリティ、そして衝撃のラスト!~

いやいや、これは、なかなか・・・。
読了後の感想はこんな感じである。
他の皆さん(一部?)がおっしゃるように、ここまで徹底的にエンターテイメントに徹したことに価値があるように思う。
密室トリックについては、作中の名探偵がいみじくも語っているとおり、二番目の密室が白眉。三番目はやっぱり島田荘司のアノ作品をインスパイアしたものなのだろうか。ただ、そんな結果になるのかは甚だ疑問。
まあこんな感じで、読者が引っ掛かりを覚える箇所があちこちに出てくるのだが、これこそが作者の仕掛けた一大トリックの布石となっている。

やがてやってくる二度の「読者への挑戦」。
そう、やっぱり21世紀の本格ミステリーは、「一度」ではだめなのだ。これが進化なのかどうかは分らんが、作家としてはツライところだろう。一度目のダミー推理でも納得性のある推理を組み立てさせ、それをバラバラに壊して、或いは違う角度から真の真相を構築しないといけないのだから・・・
そうした「今現在の本格ミステリーのお約束」をすべて具現化したのが本作なのかも。
まあちょっと褒めすぎの部分はあるけれど、これと同じようなベクトルの作品を書く人にとってはかなりハードルが上がったんじゃないかな?
最後に一言を発するなら、「面白かった」でよい。
(ラストは続編があるという伏線なのか? 賛否両論はありそうだが・・・)


No.1741 6点 あやかしの裏通り
ポール・アルテ
(2023/06/10 12:59登録)
ツイスト博士シリーズに続いて発表されたのは「名探偵オーウェン・バーンズ」シリーズ。で、その発表第一弾が本作。
名探偵と助手が活躍するというクラシカルなスタイル、そして舞台は辻馬車が行きかう古き良きロンドン。
2018年の発表。

~ロンドンのどこかに霧の中から不意に現れ、そしてまた忽然と消えてしまう「あやかしの裏通り」があるという。そこでは時空が歪み、迷い込んだ者は過去や未来の幻影を目の当たりにし、時にそのまま裏通りに吞み込まれ、行方知らずとなる・・・。単なる噂話ではない。その晩、オーウェン・バーンズのもとに駆け込んできた旧友の外交官ラルフは、まさにたった今、自分は「あやかしの裏通り」から逃げて帰ってきたと主張したのだ! しかもラルフはそこで奇妙な殺人を目撃したと言い・・・謎が謎を呼ぶ怪事件!~

本作一番の謎は、他の方も書かれているとおりで、「路地そのものが忽然と消失してしまう」というもの。
しかも、この謎はひとりだけではなく、都合五人の大人が体験することとなる。
今までも何かが「消える」ミステリーはいろいろとお目にかかっってきたけど、こういう方向性は初めての趣向かもしれない。
例えば、列車まるごとを消して見せた? 阿井渉介作品などが思い浮かぶのだが、あの”無理矢理感”というか「消すことが目的なんです」という感覚が本作にも共通するのかなとは予想していた。

で、結論から言うと・・・同じです。やっぱり無理矢理です。消す動機も・・・どうかなあ? そこまで大掛かりなことをしてまで消す必要性があったのかとういうと、ほぼないように思う。
まあそれを言ったらおしまいかもしれんが、真犯人の意外性についてはなかなか。
まさか、そんな段階から罠が仕掛けられていたとは・・・

トータルではさすがにポール・アルテ。ケレン味たっぷり、サービス精神たっぷり。
古き良き時代の本格ミステリーを大いに彷彿させる作品には仕上がっている。
ツイスト博士シリーズも、随分と時代錯誤なことをやってくるなあーというシリーズだったが、本シリーズも負けず劣らずなのだろう。他のシリーズ作品も読みたいというのは確か。


No.1740 5点 死への疾走
パトリック・クェンティン
(2023/05/12 14:00登録)
迷走、俳優、人形、悪女、巡礼者と続いてきた「パズル」シリーズ。で、その次に来たのは「パズル」ではなく本作、ということで、後に記すとおり、従来とは少し毛色の異なる作風となっている。
ただし、主役はいつものとおり、ピーター・ダルース。愛妻アイリスは今回出番なし。
1948年の発表。原題は""Run to death""

~ふたりの美女に翻弄されるひとりの男。それがピーター・ダルース。マヤ文明の遺跡を舞台に事件は転がり、そして加速していく・・・。”ピーター・ダルース”シリーズの長編!~

本作、単行本の巻末解説が充実しているので、「そちらを参照してください」「以上!」でもいいくらいなのだが、さすがに気が引けるので・・・
今回は本格ミステリーではなく、「軽サスペンス」である。解説者もそう書いてます。
ダルースはメキシコの大観光地で、ある美女に出逢い、図らずも国をも揺るがす大事件に巻き込まれることになる。
事件の舞台はユカタン半島→メキシコシティ→ニューオーリンズ、と移りながら、ダルースたちと犯人グループの騙し合いが行われていく展開。
ここまで書いてて、何となく察する方もいるかもしれないが、実に映像向きなプロット、作品だと思う。(最近で言うなら、「コンフィデンスマンJP」っぽい)
だからこその「軽サスペンス」。

ただ、さすがにクエンティンだけあって、うまい具合に「パズル」が組まれている(→「パズル」シリーズ続編だけある)。すべてのピースが最初は絶妙にずらされていたものが、最終的にはピッタリと当て嵌まっていく・・・そんな感覚になる。
だからそこそこ満足感は高い。ラストはエンドロールが出てきて、the endっていう感じ。
つまりはGood jobな作品とは言えそう。
ただ、本格っぽさを求める方は肩透かしを食うと思います。
(作中に伏線として出てくるクレイグ・ライスの「大はずれ殺人事件」。タイトルがタイトルだけに実に意味深だ。で、まずまず重要な役割も果たしてしまう。ネタバレ?)


No.1739 5点 豆腐の角に頭ぶつけて死んでしまえ事件
倉知淳
(2023/05/12 13:57登録)
2011年より「月刊ジェイ・ノベル」誌に断続的に発表された作者の短編作品をまとめたもの。
全くのノンシリーズ短編集(1編だけ猫丸先輩が登場)だけど、タイトル作品がねぇ・・・インパクトは大だな。
2018年の発表。

①「変奏曲 ABCの殺人」=ABCといえば、「Aのつく町でAから始まる人が殺され・・・」というプロットがもはや自明。で、後発作品はこれを逆手に取ることが宿命となる。で、本作はラストにちょっと「ヒヤッ」とする。
②「社内偏愛」=大企業の人事・労務管理は大変なのです(実感あり)。で、登場したのが本作に出てくる「マイ・コン」というもの。いわばAIなのだが、コイツが大きなトラブルを引き起こしていく・・・。やはり人の心は複雑で一筋縄ではいかないということ。
③「薬味と甘味の殺人現場」=若い女性が殺害された現場。死体のそばには被害者が大好きだったケーキが置かれ、被害者の口には大嫌いだったネギが突っ込まれていた・・・。その状況に捜査を取り仕切る主任警部が大いに悩まされる・・・
④「夜を見る猫」=都会の喧騒を逃れ、久しぶりに訪れた田舎にある祖母の家。そしてその家に昔からいる「猫」が本編の影の主人公。ネコもやはり嗅覚は鋭いのだろうか? 犬じゃなく敢えて「猫」にしたのはなぜ?
⑤「豆腐の角に頭ぶつけて死んでしまえ殺人事件」=長いタイトル!! しかも中味は・・・かなり荒唐無稽な話。シャレのつもりで書いたのかな? 結局、「真の」真相は闇の中なのだろうか。
⑥「猫丸先輩の出張」=出張といっても「つくば市」です。建物からの人間消失がテーマにはなるけど、捻りはあまりなくて軽~いお話になってます。まっ、いつもの猫丸先輩シリーズらしいと言えばそれまでなのだが・・・

以上6編。
ノン・シリーズだけに“ごった煮”のような作品集になってる。
長編のような「作りこまれた」感は全然なくて、ワンアイデアを放り込みましたというような作品が並んでいる。

肩の凝らない「読み物」を欲する場合ならいいと思うけど、じっくり没入して読みたいという向きには全く歯応えのない作品に感じると思う。
私はというと・・・もうちょっと歯応えがあった方がいいかな。
(個人的ベストは・・・敢えてなら②。①もまずまず)


No.1738 7点 密室黄金時代の殺人 雪の館と六つのトリック
鴨崎暖炉
(2023/05/12 13:55登録)
第20回の「このミス」大賞文庫グランプリ受賞作。「館と密室」を改題し発表されたもの。
「密室殺人は罪に問われない」という特殊な環境下で発生する、密室づくしの本格ミステリー。
2022年の発表。

~「密室の不解証明は、現場の不在証明と同等の価値がある」との判例により、現場が密室である限りは無罪であることが担保された日本では、密室殺人事件が激増していた。そんななか、著名なミステリー作家が遺したホテル「雪白館」で密室殺人が起きた。館に通じる唯一の橋が落とされ、孤立した状況で凶行は繰り返される。現場はいずれも密室、死体の傍らには奇妙なトランプが残されていて・・・~

「好き」か「嫌い」かで問われるなら、間髪入れず「好き!」と答えてしまいそう。
特殊設定だからこその、どうしようもない「作り物感」やリアリティの圧倒的な欠如はあるけれど、それがどうした!、というある種開き直りすらも感じてしまう。

で、肝心の密室トリックなのだが、終盤にあの「三つの棺」でフェル博士が行った「密室講義」を彷彿させる場面までも登場。ミステリーファンの心をたっぷりとくすぐってくれる。
個人的には最初のトリックが一番ポピュラーだけど、一番腑に落ちたというか感心させられた。現場の物証を含め、一番きちんとした密室トリックだと思う。
「ドミノの密室」はどうかな? 確かにこんな機械的な密室トリックがまだできるという意味では感心させられたけれど、実現性は結構低いと思うのだが・・・
最後の「真の意味で完全な密室」と称している密室。これも完全かどうかはともかく、発想は面白い。ただ、このトリックが何十年も破られないものとは思えないが・・・

でもよい。こんな遊び心のあるパズル的ミステリーに徹しきった作品、久しぶりに出会った気がする。
純粋にワクワクしたし、これでもう少しフーダニットが盛り上がれば更なる高評価も可能と思う。
なんか上から目線的な書評になってますが、すでに続編は出てるようなので、まずは楽しみ。
(ノックスの十戒と〇〇〇の十戒。まあ無理矢理感はあるけれど、こういうケレン味も好ましいとは思われる)


No.1737 4点 パレードの明暗 座間味くんの推理
石持浅海
(2023/04/23 14:06登録)
長編「月の扉」、短編集「心臓と左手」「玩具店の英雄」に続く、“座間味くん”シリーズの第四弾となる短編集。
前回は警視庁科学捜査官の津久井がレギュラーとして加わっていたが、今回は女性機動隊員「南谷結月」巡査が新たにレギュラーとして加わっている(代わりに津久井は退場)
「小説宝石」誌に2015年から2016年にかけて断続的に連載されていたものをまとめた作品集。単行本は2016年の発表。

①「女性警察官の嗅覚」=子連れの女性警察官がスーパーでお買い物中、物が買い占められたような不審な棚を複数目にする。そんな彼女がとった行動とは・・・。今回も、「謎の提示役」である大迫警視長と「解決役」である座間味くんという役割は不変。新たに加わった南谷巡査がそれを見て右往左往する。
②「少女のために」=母ひとり娘ひとりの母子家庭。生活に窮した母親が取った行動は娘の体を使ったある商売。そのために娘は・・・という謎。逮捕された際の母親と逮捕した女性警察官のやり取りが問題となるのだが、うーん。ピンとこない。
③「パレードの明暗」=文京区は白山にある大学(モデルは東〇大学か?)の学祭で行われたコスプレパレード。そのパレードを敵視する大学関係者がパレードをやめさせるため実力行使に出た! それを止めようとした一組の男女がとったそれぞれの行動が問題となる(→それが「明」と「暗」ということ)。見た目「暗」と思われていた女性の行動も、座間味君の頭脳によれば「明」に変わる。
④「アトリエのある家」=アマチュアだが玄人ばりに人気のある画家の自宅にあるアトリエ内で事件は発生する。盲目的なファンが売らない「絵」を持ち去ろうとすることでナイフを使った殺傷事件に発展してしまう。その際の妻の行動が今回の謎。そんなことまで一瞬で考えたのなら、こんな女性、おっかなくて逆に嫌だ!
⑤「お見合い大作戦」=「お見合い」かぁー。経験ないけど、してみたかったなぁー。今はマッチングアプリで用は済むかもしれないけど、場合によってはスゴイ女性と知り合えるチャンスだもんな・・・。で、そんなお見合いの席での男と女のやり取りが問題となる。ってことは、大迫警視長は会話の詳細まで聞いたってこと? スゴイ情報網だね
⑥「キルト地のバック」=とあるアジアの小国の大臣が来日し、同胞たちに会いに行く。ただし、某大臣はテログループに狙われており、当然その警備が問題となることに。要人警備というと、昨今非常に問題となっていますが、コストを考えればあまりウロチョロしてほしくないというのが本音じゃないか。で、本作でもやっぱり事件が起こる。
⑦「F1に乗ったレミング」=本筋とは関係ないけど、本作のゲスト?となっていた南谷巡査がアメリカ研修の内示を受けるところから始まる本編。いいな、長期のアメリカ研修! で、本筋は・・・まぁそうかもねというお話。

以上7編。
シリーズ短編集としても三作目となった本作。もうすっかりフォーマットは定着してしまった感じだ。大迫警視長と座間味くんとゲスト(本作は南谷)が新宿・紀伊国屋書店の雑誌コーナーで待ち合わせをし、大迫の旧知の料理屋へ移動して過去に発生した事件を語る。もうカタがついた事件なのだが、座間味くんが新たな切り口から推理を働かせ、大迫を驚かす・・・いつもこのパターンだ。

ただ、座間味くんの推理も「プロバビリティ」の域を出るものではなくて、「恐らくこうじゃないか、真相は分かりませんけどね」というもの。
だから、読者としては結局真相はどうなんだ?っていうもどかしさも若干感じてしまう(残尿感?)
どうしても小粒感から逃れられないところもあって、まぁ時間つぶしとしてはいいかなという程度の評価になってしまう。
そろそろ、「月の扉」以来の腰の据わった長編に取り組んでも良いのでは?
(個人的ベストは、うーん。特になし。どれも小粒。)


No.1736 6点 凍える街
アンネ・ホルト
(2023/04/23 14:05登録)
物語の舞台は北欧の国・ノルウェーの首都オスロ(行ったことないけど、行きてぇー)。オスロ市警を揺るがす大事件はクリスマスを控えた12月19日に始まり、年の瀬の12月28日に終わった。
確かに“凍える”ような寒さなんだろうな、というのが行間からも伝わってくるような気が・・・
2003年の発表。

~ハンネ・ヴィルヘルムセン。オスロ市警の腕利き女性犯罪捜査官。同性のパートナーと家政婦という少々いびつな家族と過ごすクリスマス休暇に入ろうとしていた矢先の真夜中近く。相棒のビリーTから緊急の呼び出しを受ける。近くのマンションで四人もの他殺死体が発見された。被害者は海運会社の社長とその妻、長男。そして身元不明の男・・・。捜査線上に浮かんだのは会社の継承を巡る長男と次男の確執だった。相続がらみの事件か? だがハンネは四人目の犠牲者が気になっていた~

ハンネ・ヴィルヘルムセン(長く、覚えにくい名前だ・・・)。本作の主人公となるオスロ市警の女性警部である。市警きっての腕利きであるとともに、同性愛者かつ幼いころからの家族の問題を抱えている・・・。
本作のテーマはもちろん、四人もの男女が同時に殺害された大事件なのだが、それと同じくらいの分量で、ハンネにまつわる“あれこれ”が語られることになる。
本シリーズ初読みの私にとっては、まぁそれ自体は許容範囲ではあったが。
彼女が「闇」を抱えているのは確かで、ただ同時に“鼻の利く”優秀な捜査官として描かれている。

ただし、物語は遅々として進まない。殺されたうちのひとり、家族以外の第三者である男。この男が事件のカギを握りそうだという示唆こそ早い段階からあるものの、結局真相が判明するのはページ数もかなり押し迫った最終盤の段階となる。しかも、まあまあの唐突さで。
真犯人としては、警察小説の世界では「よくある手」ではある。動機も「いかにも」。
その当り、きれいにまとまったと言えなくもないけれど、長々と読まされた割には予定調和だったなと見ることもできそう。

まぁ本作はミステリー的なガジェットを期待するような作品ではない。ハンネという魅力的な主人公の「生き様」と彼女たちが住む街・オスロの町の息吹を感じるための小説といえそうだ。
警察小説としては彼女とビリーT以外の警察官の描写が少ないので、そういう群像劇が読みたい方には食い足りないかもしれない。いずれにしても、他のシリーズ作品も読んでみたいと思わせてくれる作品ではあった。


No.1735 5点 新しい十五匹のネズミのフライ
島田荘司
(2023/04/23 14:04登録)
「漱石と倫敦ミイラ殺人事件」(1984)以来のホームズ・パスティーシュもの。
で、今回はある超有名作「赤毛連盟(赤毛組合?)」が下敷きとなっている。しかし、長かった・・・
単行本は2015念の発表。

~「赤毛組合」事件は未解決だった! ホームズ・パスティーシュの傑作。「赤毛組合」の犯人一味が脱獄した。だが、肝心のホームズは重度のコカイン中毒で幻覚を見る状態。ワトスン博士は独り途方に暮れる・・・。犯人たちの仰天の大計画、その陰で囁かれた「新しい十五匹のネズミのフライ」とは一体なにか? 我がホームズは復活するのか? 名作「漱石と倫敦ミイラ殺人事件」から三十余年。謎と仕掛けに満ちた大作!~

これは、前半部分だけなら“ワトスン博士の覚醒の物語”である。思い起こせば、「龍臥亭事件」が石岡和巳の覚醒の物語であったのと同じようなベクトルの作品ということ。(ワトスンが単身女性を助けにいくところは、かの名作「異邦の騎士」も思い起こさせた)
石岡もいつも御手洗に頼り切り、まったく自信のない小市民だった。ワトスン博士も同様、常識人という殻を被った情けない男だった・・・。そんな彼が愛する女性を救い出すために知恵と勇気を絞り孤軍奮闘する。
そんな大冒険(?)が前半から中盤すぎまで。

いったいホームズはどうしちまったんだ! コカイン中毒のまま終わるのか?と思っていた矢先、本作最大の謎である「新しい十五匹のネズミのフライ」の真相をいとも簡単に解き明かしてしまう。
まぁ一種の暗号のようなものだが、他の方も書かれているとおり、こんな大作をここまで引っ張るような謎では決してない。
せいぜい短編で使うトリック、仕掛けという程度のもの。そんなものでここまで引っ張れるのだから、ある意味「さすが島田荘司」と言えなくもない。でも、如何せんミステリーとしては小粒だ。

最近はミステリーとしての小粒さを隠すかのように、物語感が増している。(「盲剣楼奇譚」なんてその典型だったが・・・)
本作もホームズ⇔ワトスンの新たな一面を見せてくれたという意味では良かったものの、後はうーん・・・
長年のファンとしては些か物足りないという感想を抱くのはやむを得ないところ。
「漱石と倫敦ミイラ殺人事件」の時の瑞々しさ・・・それは決して取り戻すことのできない「時代」というものなのだろう。オッサンはいつもノスタルジーを感じてしまう生き物だから、ついつい「昔は良かった!」って思ってしまう。
本作のような物語も作者が作家としてアップデートしてきた結果なのだと理解したい。


No.1734 7点 ノッキンオン・ロックドドア2
青崎有吾
(2023/03/26 13:12登録)
シリーズ二作目となる本作。「不可能」専門の御殿場倒理と「不可解」専門の片無氷雨のコンビが、やってくる難事件を次から次へと片付けていく・・・
2019年の発表。

①「穴の開いた密室」=大きな穴が開いた密室って・・・、じゃあ密室じゃないじゃん、って思うんだけど、謎解きのメインは当然ながら「なぜこんなに大きな穴を開けないといけなかったか?」ということ。で、解法はいわゆる逆転の発想っていう奴。
②「時計にまつわるいくつかの嘘」=「時計」といえば無論アリバイトリックがテーマとなるのは自明。女性が腕時計を巻くときって普通・・・てなことがロジックとして展開されていく。
③「穿地警部補、事件です」=ふたりの探偵の旧友にして盟友?が穿地警部補。彼女の家系が代々警察官僚を務めているとの情報が開示される本編。事件は一件落着かと思いきや、意外な真相が明かされる。で、ラストの穿地のセリフがなかなかカッコいい。
④「消える少女、追う少女」=これはなかなかの佳作だと思う。線路下を潜る形のトンネル。その中で突然神隠しにあったように消えた少女。ロジック全開の解法は作者らしく非常に良かった。動機も・・・分かる気はする。
⑤「最もマヌケな溺死体」=準密室となった現場で見つかった溺死体。容疑者には全員アリバイあり。しかも、溺死したプールは一旦水がすべて抜かれていた・・・。ひとつ疑問。指紋認証でしか動かないエレベーターとのことだが、それなら絶対に使用履歴は残るはず。これがあれば、一発で真犯人が分かるはずでは??
⑥「ドアの鍵を開けるとき」=ふたりの探偵の好敵手である糸切美影。穿地も加えた旧友四人が関係する過去の事件。現場は当然密室。意外過ぎる過去が明かされ、本シリーズがこんなにも奥が深かったのかと改めて気づかされた一編。ただトリックそのものは凡庸。

以上6編。
良いシリーズになった。で、良い短編集である。
長編作品のように細かく込み入ったロジックこそないものの、短編らしい切れ味勝負のトリックやロジックが効いている作品が並んでいる。主要キャラたちの関係性もかなり明確になってきて、そっちの展開も楽しみになってきた。
いずれにしても良質な短編はやぱり面白いと再認識した次第。
次作もあるかな?
(マイベストは、やはり④)


No.1733 6点 ウィッチフォード毒殺事件
アントニイ・バークリー
(2023/03/26 13:11登録)
ロジャー・シェリンガムの探偵譚では二作目に当たる。
最近多読しているバークリー作品なのだが、結構当たりはずれがある印象、なのだが・・・
1926年の発表。

~ロンドン近郊の町・ウィッチフォードで発生した毒殺事件に興味を持ったシェリンガムは、早速現地へと乗り込んだ。事件はフランス出身のベントリー夫人が、実業家の夫を砒素で毒殺した容疑で告発されたもので、状況証拠は圧倒的、有罪は間違いないとのことだったが、これに疑問を感じたシェリンガムは、友人のアレック、お転婆娘のシーラとともにアマチュア探偵団を結成して捜査に着手する。物的証拠よりも心理的なものに重きを置いた「心理的探偵小説」を目指すことを宣言した、巨匠バークリーの記念すべき第二作~

まずは、実にバークリーらしい作品だった。というのが率直な感想。
前回読んだのが、かなり毛色の異なる作品(「パニック・パーティ」)だったので、尚更そういう感想に落ち着いた。
特に中盤は、シェリンガムが行ったり来たりの推理と捜査を繰り返すいつもの展開。容疑者をひとりひとり俎上にあげて、仮説を立てては勝手に壊していく・・・

本作のカギは恐らく「砒素」。もちろん毒殺の原因となった毒物なのだが、シェリンガムは終始コイツに苦しめられることになる。
で、最後に判明する真相。パリまで長期滞在するなど、散々もったいぶった結果がコレか?
いやいや、2023年の現在目線でこれを見てはいけない。この時代なら十分に衝撃的だし、バークリーらしい皮肉めいた真相ともいえる。
あと、本作で気になったのはシェリンガムの女性観。かなり「歪んでいる」。どおりで独身主義のはずだ。そんなシェリンガムは今回シーラというハイティーンの女性とコンビ(トリオ?)を組むことに・・・
ということで本筋以外にもなかなか読みどころは多い作品と言えるかも。
(確かに「心理的」といえば「心理的」だな)

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