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ミステリの祭典

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平均点:6.01点 書評数:1812件

プロフィール| 書評

No.1312 6点 処刑宣告
ローレンス・ブロック
(2017/01/21 21:11登録)
マット・スカダーシリーズ十三作目の長編。
1996年の発表。

~新聞の有名コラムニストに届けられた匿名の投書。それは、法律では裁けぬ“悪人”たちを“ウィル=人々の意志”の名のもとに処刑する、という殺人予告状だった。果たして、ロビイストやマフィアの首領がつぎつぎと殺害されていく。スカダーは、つぎのターゲットとしてウィルの処刑宣告を受けた弁護士から身辺警護を依頼された。だが、対策を練ったにもかかわらず殺人は実行されてしまう・・・。NYを震撼させる連続予告殺人の謎にスカダーが挑む!~

他の方も触れられているが、本作は前作「死者の長い列」とともに、本格ミステリー寄りのいわゆる“謎解き”に比重を置いた作品となっている。
新聞社にわざわざ予告をしたうえで連続殺人を遂行するという劇場型犯罪がメインの事件。ただ、それ以外にもエイズ患者がNYの公園で銃殺されるという事件も並行して起こり、読者としては、どうしても二つの事件の関連が気にかかってしまう。
メインの予告殺人の方は、大方の予想を裏切り、頁数でいえば中盤過ぎという辺りで大凡の解決がついてしまう!
(密室殺人には期待せぬこと!)
「こりゃもしかして、いわゆるドンデン返しというやつなのか??」って身構えたのだが、そこまで本格寄りのプロットではない。

シリーズもここまで続いてくると、作者としても当然いつもと同じっていう訳にはいかなくなる。
“中興の祖”とも言える「倒錯三部作」を過ぎ、作者がつぎに取り組んだのは、本格とのハイブリットだったのだろう。
これが成功しているかと問われると、正直、やや疑問符かな・・・
意外性というか、サプライズ感と本シリーズはそれほど親和性が高いとは思えない。
シリーズファである私は、NYの殺伐感、スカダーと登場人物たちの“影”のある会話、行間を味わいたいのだ。

訳者あとがきでも、シリーズ当初からのスカダーの変化に触れており、「今やアル中のネクラ探偵というキャッチフレーズは当たらない」と書かれている。
そりゃまぁ、エレインと結婚して家庭を築き、TJやグルリオウなど友人も増えてきた彼なのだから、変わらない方がおかしいのだが・・・
シリーズも折り返しを過ぎ、齢五十六となったスカダー。
当然、次作以降も読み継ぎ、彼の行く末を追っていきたい。


No.1311 8点 セント・メリーのリボン
稲見一良
(2017/01/21 21:09登録)
1996年発表。
山本周五郎賞を受賞した名作「ダック・コール」以降の作品を集めた作品集となっている。

⑤「セント・メリーのリボン」
表題作であるとともに、「ダック・コール」集録の作品に負けず劣らずの名作。主人公は作者没後にひとつの作品集として纏められる“猟犬探偵”竜門卓。彼は猟犬を中心とした「犬探し」を本業とする探偵。
もう、何よりも作品全体から漂うただならぬ“香気”が半端ない。作中の登場人物に「フィリップ・マーロウ」に例えられるほど、ニヒルで孤独が似合う男・竜門がこれまたカッコイイ!
そして、ひとりの少女に最高のプレゼントを渡す場面が印象深いラスト・・・。もう、完璧な作品である。
①「焚火」=実に短い作品だが、これも凄まじいほどの静謐感が心に染みる一編。老人と犬の存在感は作者ならではだろう。
②「花見川の要塞」=こちらはどこかファンタジックな作品。花見川沿いの草地で出会う少年とその少年を育てた老婆。彼らにしか見えない日本軍の列車をカメラに収めようとする男・・・。これだけ書いてると荒唐無稽な話にしか思えないが、読んでいるうちに一編の良質な短編映画を見ている気分にさせられた・・・。結局彼らの正体は? なんて聞くのは野暮なんだろうな。
③「麦畑のミッション」=これは・・・どうもよく分からなかったのだが・・・
④「終着駅」=①~③とはやや趣が異なる一編。東京駅の赤帽にスポットライトを当てた作品なのだが、ファンタジックとかノスタルジックというのとは違ってるし、ラストの唐突な終わり方が思わせぶりだ!

以上5編。
作者あとがきで触れているが、『誇り高き男の、含羞をこめた有形、無形の贈りもの』がテーマとなっている作品集。
「ダック・コール」を読んだときにも感じたけど、特に動物に対する描写、表現方法は図抜けている感がある。
そこには無骨だけれど、何とも言えない愛情や優しい目線を感じる。
そして、孤高で誇り高く、実にまっすぐな男たち・・・

分類すればハードボイルドということになるのだろうけど、ジャンルなど無意味に思えてくる。
ひとり、静かな夜に、フォア・ローゼスを飲みながら、時間を惜しむように楽しむのが稲見一良という作家ではないか?
そんな似合わないことを考えてしまった・・・
(とにかく⑤は秀作のひとこと!)


No.1310 5点 語りつづけろ、届くまで
大沢在昌
(2017/01/21 21:08登録)
“日本一不幸なサラリーマン”、坂田勇吉を主人公とするシリーズ。
「走らなあかん、夜明けまで」、「涙はふくな、凍るまで」に続く三作目であり、且つシリーズ最終作(とのこと)。
2012年の発表。

~大手食品会社のサラリーマン・坂田勇吉は新商品を宣伝するため、東京下町の老人会に通っていた。老人たちやボランティアの女性・咲子の心をつかんでいた彼に、健康枕のセールス指導のアルバイトが持ちかけられる。打ち合わせ場所に着いた坂田の目の前には、刺殺体が! ヤクザがらみの厄介な事態に巻き込まれた坂田に危険が迫る・・・~

またも「ヤクザがらみ」の事件に巻き込まれる坂田勇吉・・・というシリーズ定番の展開&プロット。
第一作の「走らなあかん、夜明けまで」が非常に気に入って、続編も手に取ってきたシリーズ。
(巻末解説によると、一作目はハリソン・フォード主演の映画「フランティック」に触発されて書かれた作品とのこと。)
大阪、北海道と坂田が出張先で事件に巻き込まれるという舞台設定から一変。本作は、地元の東京でもわざわざ事件に遭遇することになる。

ただ・・・本シリーズは、二作目からのパワーダウンというか、二番煎じ感(ある種当たり前だが)がどうにも目に付く。
作者というと、どうしても「新宿鮫シリーズ」の孤高で静謐で、かつ熱量のあるハードボイルド、っていうイメージを持ってしまうのだが、それに比べると、プロットの安直さや膨らみのなさがねぇ・・・
シリーズを打ち切るという作者の思いもよく分かる(気がする)。

シリーズキャラクターの造形にも、どうにも「想い」が込められていないよなぁ・・・
「今どき、こんな冴えないっていうか、不器用なヤツ」っていうのが、どうにも共感できないっていう気持ちになる。
まっ書き方次第なんだろうけどね。

結構分量はあるのだが、中身はそれほど・・・
「鮫」の続編に期待!っていうところだ。


No.1309 7点 エンジェルズ・フライト
マイクル・コナリー
(2017/01/09 22:57登録)
1999年発表。
ロス市警ハリウッド署刑事ハリー・ボッシュが活躍するシリーズ第六作。
単行本化に当たり、「堕天使は地獄へ飛ぶ」から改題。

~LAのダウンタウンにあるケーブルカー<エンジェルズ・フライト>の頂上駅で惨殺死体が発見された。被害者のひとりは辣腕で知られる黒人の人権派弁護士ハワード・エライアス。市警察の長年の宿敵とも言える弁護士の死に、マスコミは警官の犯行を疑う。殺人課のハリー・ボッシュは部下を率いて事件の捜査に当たるが・・・。緻密なプロットと圧倒的な筆力で現代アメリカの闇を描き出す、警察小説の最高峰《ハリー・ボッシュシリーズ》第六弾~

さすがに安定感たっぷりのシリーズ!
そういう読後感。
今回も大都会・LAの街を縦横無尽。前作から加わった女性刑事を含めた二名の部下、そして宿敵の内務監察課刑事、更にはFBIをも巻き込んで捜査に当たることになるボッシュ。
相変わらずストイックな男だ!
ただし、本作では、前作でようやく結婚できた愛妻・エレノアとの間に大ピンチが訪れることに。
プライベートに恵まれぬなか、捜査に専心せざるを得ないボッシュの苦悩が作中のそこかしこに登場し、読者はやきもきさせられる・・・
この辺りは、やはりシリーズものの良さというか、読者を作品世界に引き寄せる作者の手腕なのかもしれない。

で、肝心の本筋なのだが・・・
プロットとしては特段目新しいものはないように思う。
典型的な「起承転結」型とでも言おうか、本作でも、捜査が山場に差し掛かった時点で、事件の様相をひっくり返すひとつの事実に出くわすことになる。
ここから後は、急激にスピードアップ。一気にラストまで流れ込む。
これは・・・もう“お家芸”とでも言うべきかな。まさに安定感!

今回はアメリカ社会の「黒」対「白」や裏社会の問題まで扱っており、そこらへんも読み応え有り。
まぁいろいろと不満点もあるにはあるんだけど、まずは良質なエンタメ小説ということでよいのでは。


No.1308 3点 カラット探偵事務所の事件簿②
乾くるみ
(2017/01/09 22:55登録)
恐らく静岡県にある(と思われる)架空の街・倉津市を舞台に、探偵・古谷と助手・井上の同級生コンビが活躍するシリーズ第二弾。
2012年の発表。
今回もなかなか緩~い“謎解き”作品となっています。

①「小麦色の誘惑」=寝ている間にハートマークの日焼けあとを付けた犯人を探すという、初っ端から実に緩い作品。しかも真相がコレとは・・・。気の短い人なら、ここで「やーめた」ってなるかもね。
②「昇降機の密室」=今回は過去の有名作のパロディ?っていう作品も多いのだけど、これはやっぱりアレを意識してるんだろうねぇ。密室つながりといい・・・。ここれ「やーめた」という方も多いかもしれないけど・・・
③「車は急に・・・」=これも新聞の三面記事で出てきそうな、実に下世話な話だな。これで商品の値段そのものをサービスするっていうのは聞いたことないけどね。
④「幻の深海生物」=これ読むまで、倉津市っててっきり「沼津市」のことだと思ってたけど、倉津VS沼津なんて意味で書かれてるんで、「違うんだぁ」って思った次第。本筋とは全く関係ありませんが・・・
⑤「山師の風景画」=一種の暗号ものと言えなくもないけど、これも不満だらけの一編。ここまで来ると、やめないで読んでる方がスゴイかも。
⑥「一子相伝の味」=ラストの表現からすると、古谷の推理は当たってたわけだよな?
⑦「つきまとう男」=唯一、作者らしい「企み」が発揮されたラスト一編。これは前作(事件簿①)を読んでないと「??」にしかならないけどね。

以上7編。
前作は一応連作らしい仕掛けがあったんだけど、本作は各編独立した作りで、連作らしいアイデアはほとんどなし。
これじゃ読み飛ばされても仕方ないっていう作品が並んだ感じだ。
もう少しできるだろう・・・作者ならば!!

広~い心を持った方のみ手に取ることをお勧めします。
普通の人にとっては、“時間のムダ”ということになる可能性大。
(ちょっと言い過ぎかな?)


No.1307 7点 祈りの幕が下りる時
東野圭吾
(2017/01/09 22:54登録)
遅くなりましたが、新年あけましておめでとうございます。
恒例(?)となりましたが、どの作品を新年一発目にセレクトするかということで・・・2017年の“読み始め”はコレでした。
シリーズもついに十作目。加賀恭一郎シリーズの到達点ともいうべき本作。
2013年発表。吉川英治文学賞受賞作。

~明治座に幼馴染みの演出家を訪ねた女性が、遺体で発見された。捜査を担当する松宮刑事は近くで発見された焼死体との関連を疑い、その遺品に日本橋を囲む十二の橋の名前が書き込まれていることに加賀恭一郎は激しく動揺する。それは孤独死した彼の母親につながっていた。シリーズ最大の謎が決着する!~

七作目「赤い指」から明らかに変わってきた本シリーズ。
八作目の「新参者」で日本橋に異動した加賀ですが、本書の帯どおり、『加賀恭一郎はなぜ“新参者”になったのか?』が判明するのが本作というわけ。
加賀恭一郎というキャラクターに惹かれているシリーズ・ファンは多いと思うけど、今回、事件を追い、謎を解き明かすことで、彼の両親に纏る因縁や呪縛を解き放つことになるのがミソ。

「運命」というひとことだよなぁ。博美も綿部も苗村も、そして加賀も加賀の母親も・・・
みんな、「運命」という残酷な存在に縛られ、振り回され、支配されて生きている。一生懸命に生きよう、より良い明日を迎えようとしている人たちに残酷なまでに訪れる「運命」・・・
何か、切なくなるような、ただひたすら悲しくなるようなストーリー。
日本橋を囲む十二の橋という存在が、まさに親と子を“つなぐ”存在になっているのが、何というか「旨い」。

こんなことを書いてると、『本作って一昔前のミステリーだよな』って再認識させられる。
そういう意味では、他の方も触れているとおり、「砂の器」っぽいというのも頷ける。
ただ、個人的には「容疑者X」との類似性の方が目に付いたかな。(ネタバレっぽいけど、アノ人物の行動なんて、まさに「容疑者X」のアノ男みたいだもんね)
この「一昔前」が“敢えて”なのか、“予定どおり”なのか気になるところだが、こういう作品も書けるというのが作者の懐の深さだろう。

ただ、全体的には「もうひとつ」という評価も頷けるかな・・・。期待値が大きいだけに、作者としても辛いところかもしれない。
いずれにしても、“警視庁捜査一課・加賀刑事”の今後に期待したい!
(一応2017年も、当面は三作セットで書評をアップしていきたいと思っております。)


No.1306 7点 水族館の殺人
青崎有吾
(2016/12/31 14:07登録)
衝撃のデビュー作「体育館の殺人」に続く、裏染天馬シリーズの二作目。
今回もロジック全開(!)の作品なのか?
2013年発表。
(なお、「読者への挑戦」の挿入は文庫版のみとのことなので、文庫版を手に取る方がベターでしょう)

~夏休み最中の八月四日、向坂香織たち風ケ丘高校新聞部の面々は、取材で横浜市内の穴場スポット、丸美水族館に繰り出した。館長の案内で取材していると、B棟の巨大水槽の前で驚愕のシーンを目撃。なんとサメが飼育員と思われる男性に食らいついている! 駆け付けた警察が関係者に事情聴取していくと、容疑者は十一人にも及ぶことが判明。しかもそれぞれに強力なアリバイが・・・。袴田刑事は仕方なく、あのアニメオタクの駄目人間、裏染天馬を呼び出すことに・・・~

まさに『平成のエラリー・クイーン」という称号に相応しい作品だろう。
本格ミステリーの書き手にとって受難な時代にも拘らず、ここまで「正統派」で「ド・ストレート」な本格ものにチャレンジする作者には、やはり敬意を表せざるを得ない。

巻末解説を読むまでもなく、本作が国名シリーズの二作目である「フランス白粉の謎」のオマージュであるのは明らか。
多すぎる容疑者を数々の物的証拠をもとに、ひとりひとり消去法で潰していくという、もう本格ファンには堪らないシチュエーション! あの「フランス白粉」が現代に蘇ったわけだ。
前作は「一本の傘」が象徴的な物証として取り上げられていたが、本作は英語タイトルの“The Yellow Mop Mystery”どおり、「一本のモップ」が鍵となる物証として登場する。
モップはなぜ犯行現場に持ち込まれたのか? そして、真犯人は犯行時、犯行後どのように行動したのか?
天馬の推理を読むだけでもかなりのゾクゾク感が味わえる。

そしてプロットのもうひとつの軸が容疑者たちの“分刻みのアリバイ”。
これこそがまさに「水族館のバックヤード」という限定空間に事件現場を設定したひとつの根拠だろう。
消去法によるフーダニットなんてやろうというなら、こういうCC設定は必須条件となる。
単なるアリバイトリックに終わらせない辺りも、作者のただならぬ才能を示しているのかも。

もちろん細かな齟齬はある。
動機もそうだろうし、なぜ監視カメラで囲まれた空間で殺人を犯さねばないないのか?という根本的な疑問には応えてないようにも思う。
登場人物の書き分けも然り・・・etc
でも、そんなマイナスを引いても余りある魅力と可能性。
そこもエラリー・クイーンをオーバーラップさせてしまう一因かもしれない。
言い過ぎかな? 多分言い過ぎだな・・・
(2016年ラストの書評。来年は「量」より「質」優先で読書していきたいと考えてますが・・・できるか?)


No.1305 6点 刑事の約束
薬丸岳
(2016/12/31 14:04登録)
警視庁・東池袋署刑事・夏目信人を主人公とするシリーズ。2014年発表。
短篇集「刑事のまなざし」、長編「その鏡は嘘をつく」に続く三作目が本作。
今回も作者らしい重いテーマを扱っているのだが・・・

①「無縁」=小学生が犯した犯罪。しかし、その子供は世間と隔絶された生活を送り、自身がどこの誰なのか分からなかった(!) 作者が繰り返し挑むテーマが「少年犯罪」なのだが、今回も大人の事情の犠牲となった子供が登場する。黒幕として登場するある人物は前作で「影」を見せていた人物で・・・
②「不惑」=夏目の高校の同級生の男。彼は同窓会&結婚式の舞台で過去の「恨み」を晴らそうと画策していた(!) しかし、夏目が看過した真実は違ったものに・・・。「恩」って時には残酷だな。
③「被疑者死亡」=刑事が追い詰めた男が、目の前で車に轢かれてしまう(!) その男の行動を追ううちに、意外な事実が浮かび上がってくる・・・。少しでも家族のために贖罪しようとしていた男の姿に涙!
④「終の住処」=認知症を患っている老婆が、日頃世話になっている介護職員を突き飛ばし、大怪我を負わせてしまう。なぜ、老婆はそんな行動を取ったのか?というテーマなのだが、この超高齢化社会ではよくある光景なのかもしれない。犯罪者を息子に持つ老婆の、母親としての愛情に涙!
⑤「刑事の約束」=①~④にも増して重いテーマである。本編は「刑事のまなざし」を先に読んでいることが前提となるので注意。「…まなざし」で夏目が救ったはずの少年に再びスポットライトが当たるのだが、少年の心には思いもつかないような闇が広がっている・・・。何とも言い様がない悲しみに涙!

以上5編。
最初書いたように、何とも「重い」「重い」テーマである。
今回も少年や老婆、元犯罪者など、社会的に弱い立場にある人々が犯罪に落ちていく様が描かれている。
そして、その犯罪を見つめるのが、夏目刑事ということになる。

人はなぜ犯罪を犯すのか、環境のせいなのか、人間性の問題なのか?
どれも読者の心に強く訴えてくる作品になっている。
特にラストの⑤。ここまでヒドイ話にする必要があるのかとさえ感じてしまった。
果たして、裕馬少年に未来はあるのだろうか?
フィクションながら、心配せざるを得ない、そんな気にさせられてしまった。
(続編も読むんだろうな・・・)


No.1304 5点 四人の女
パット・マガー
(2016/12/31 14:03登録)
1950年発表。
「被害者を搜せ」や「七人のおば」など、一風変わったミステリーで知られる作者の長編作品。
原題は“Follows,as the night”

~前妻、現夫人、愛人、そしてフィアンセ・・・。人気絶頂のコラムニスト・ラリーを取り巻く四人の女性。彼は密かに自宅バルコニーの手摺に細工をしたうえで、四人を揃って招待し、ディナーパーティーを開いた。彼にはその中のひとりを殺さねばならない切実な理由があった。その夜遅く、NYはイーストリバー近くの路上に落下したのは誰か? 才人マガーがものにした傑作恋愛小説にして、「被害者探し」の新手に挑んだ傑作ミステリー~

これは・・・ミステリーじゃないな。
紹介文のとおりで、「被害者は一体誰なのか?」という魅力的な謎は存在する。
これまでも「被害者」や「目撃者」など、単純な「犯人探し」ではない趣向を凝らしてきた作者だから、本作も一筋縄ではいかないプロットなのかと身構えたのだが・・・
そういう方向性とは違ったわけだ。

ストーリーテリングはさすが。
シャノン、クレア、マギー、ディー・・・四人の女性もそれぞれが強い個性を持ち、ラリーと絡む中で、人間臭さを魅せ続ける。
中でも最初の妻であるシャノンとのパートが一番ボリュームがあり、そこにプロットの鍵があることに・・・(ネタバレっぽいが)
本作の白眉はもちろんラストの展開なんだろうけど、因果応報っていうか何というか、「人間ってやっぱりそうなんだよねぇ」っていう感想になった。
ついつい華やかなものに目を奪われがちだけど、幸せってそういうところにはないんだと言いたいんだろうか?
きっとそうなんだろうな。

何だか全然ミステリー書評じゃなくなっているから、本作はやっぱり普通のミステリーとは違うんだろう。
でも「恋愛小説」っていうのも違うしなア・・・
とにかく独特の雰囲気を持つ作品ということ。
(あまり好みの方向性ではないのだが・・・)


No.1303 7点 あなたに似た人
ロアルド・ダール
(2016/12/21 23:01登録)
最近では「チャーリーとチョコレート工場」でも注目された作者。
この第一作品集も昔からかなり有名ということは知ってましたが、ミステリー風味は薄いのだろうと長らく敬遠したまま・・・で、やっと今回読了。
1948年の発表。

①「味」=ひとこと、という実に潔いタイトルの作品だが、中身は人間のドロドロした部分がえげつなく書かれている。オチは明示されてないけど、“盗み見した”っていうことだよね?
②「おとなしい凶器」=これが“短篇ミステリーのスタンダードとしてあまりにも有名”という惹句が冠された著名作。確かに狂気の隠し場所としては実に皮肉が効いてて面白い。焼いたら臭わないしね・・・
③「南から来た男」=これはいわゆる“最後の一撃”的プロットのやつだ。こんな無茶な賭けに乗る男も男だが・・・。
④「兵士」=完全に理解できないけど、これもラストの一行勝負の作品だろう。途中のやり取りは正直よく分からんけど・・・
⑤「わが愛しき妻、かわいいひとよ」=こんな風に思っていた夫も、妻の本性を知ると・・・って火を見るよりも明らか。美しいor可愛い女性ほど内面は○○○ってよくあるパターン。
⑥「プールでひと泳ぎ」=これもよく理解できない作品なのだが、ラストの一行でニヤリとさせられるタイプのやつ。
⑦「ギャロッピング・フォックスリー」=通勤電車で偶然向かい側の席に座った男をめぐる主人公の煩悶の話。自分の辛い過去を振り返って苦しむ主人公と、それをあざ笑うかのようなラストのオチがきれいに嵌っている。良作。
⑧「皮膚」=刺青に関するストーリーなのだが、あまり響いてこず。
⑨「毒」=“ヘビもの”(ってそんなジャンルあるのか?) 「だからなに?」って思った。
⑩「願い」=なぜか続けて“ヘビもの”。「だからなに?」×2。
⑪「首」=これは・・・。ラストは当然バジル卿が首を××するんだろう・・・って思ってたら、卿ってやさしいのね・・・。何となく作者の女性に対するスタンスが分かる一編。

以上11編。
さすがに長らく読み継がれるだけのことはあると感じた。
ミステリーという観点だけなら②以外あまり見るべきものはないかもしれないけど、どれも短編らしい、短編でしか味わえない切れ味と余韻を残す作品だと思う。

訳者あとがきで、開高健氏の解説が引用されているけど、言い得て妙。まさにシニカル!
他の作品も機会があれば読みたい。
(やはり②がベストだろう。⑦もよい。①も悪くない。他はうーん・・・)


No.1302 5点 黒い列車の悲劇
阿井渉介
(2016/12/21 23:00登録)
1993年発表。
警視庁・牛深警部を探偵役とし、全十作からなる「列車シリーズ」の最終作となるのが本作。

~トンネル内で列車が消え、犯人からの身代金要求は六億円。三陸海岸に沿って走る北リアス線の車輌が、百メートルもないトンネルに入ったままで出てこない。数分後、反対方向からやって来た車輌は、何事もなかったかのようにトンネルを抜けていった! 単線の鉄道でなぜこんなことが起こる? 牛深警部シリーズ最後の事件~

本シリーズは個人的にも思い出深い作品が多い。
本作も発表当時読了しており、今回が再読となるが、これほど強烈な不可能趣味を前面に押し出したシリーズは他に類を見ないし、社会派的とも取れる、何とも重々しい雰囲気とのコラボレーションというのもあまり他に例がないように思う。

本作で登場する「不可能趣味」もかなり強烈。
①(紹介文のとおり)単線のトンネル内で列車が消えたとしか思えない状況で、反対方向から来た列車が無傷で通り過ぎる謎
②消えた列車が海の上を通るのを目撃された謎
この二つが冒頭から牛深警部の前に立ち塞がることになる。
これまでも、駅が消えたり、乗客全員が消えたり、八両連結の中の一両だけが消えたりと、とにかく「消す」ことにかけては手を変え品を変えチャレンジしてきた本シリーズ。
でも今回は過去最大級。何しろ列車そのものを消すのだから・・・

ただ、この解法が問題!
このトリックはあまりにもリアリティを無視しているのではないか?
現実の鉄道車両をなにかプラレールのようなものと取り違えているのではないか。これを「机上の空論」と言わずして何と言う!
としか思えないのだ。②も同様にちょっとヒドイ。
まぁ今回はトリック云々というよりは、牛深警部の暗く重い過去とシンクロさせ、発表当時話題となっていた外国人労働者の問題やら戦後の日本の闇などに焦点を当てたかったのだろう。
さすがに十作目ともなれば、トリックにも切れ味はもはや感じられないということか。これ以上シリーズが続けられなかったのも自明。

かなり辛口に書いてきたけど、本シリーズが好きで読んでいたことは事実で、こんな荒唐無稽なトリックにチャレンジするだけでも価値のあることだと思う。
小島正樹といい、作者といい、島田荘司の影響ってやっぱりスゴイと感じた次第。
(偶然、今晩「報道ステーション」で北リアス鉄道が紹介されてた。とにかく三陸鉄道の全面復旧、お祝い申し上げます。)


No.1301 6点 武家屋敷の殺人
小島正樹
(2016/12/21 22:59登録)
2009年発表の<那珂邦彦>シリーズの第一作。
作者の作品はこれまで<海老原浩一>探偵もの(?)しか読んでこなかったため、本シリーズは初読となる。
他の方も触れられているとおり、『やりすぎ』ミステリー、略して『やりミス』全開!

~孤児院育ちの美女から生家を探して欲しいとの依頼を受けた弁護士・川路弘太郎。唯一の手掛かりは、二十年前の殺人事件と蘇るミイラについて書かれた異様な日記のみ。友人・那珂邦彦の助けを借りてついに生家を突き止めるが、そこは江戸時代から存続する曰くつきの屋敷だった。そして新たな殺人が・・・。謎とトリック二倍増しミステリー~

思ったよりも「まともな」ミステリーだったというのが最初の感想。
なんでだろうと考えながら、千街氏の巻末解説を読んでいると、今回の文庫化に伴い、ノベルズ版から大幅に改稿されたことが判明。
なるほど。そのせいか・・・
確かに以前読んだ書評で、鹿児島弁がいらない、表現が回りくどすぎ・・・etcというのを読んでいたので、その辺りは作者も意識したんだろうな。かなり読みやすくなっている。

ただし、プロットそのものは変わっていないわけで、当然「やりすぎ」は「やりすぎ」だ。
本作は死体移動や氷室が消えるなどの不可思議現象は出てくるものの、大掛かりな物理トリックというよりは、日記・手記等を目眩しとし、読者の思考のズレを誘うタイプの作品。
特に、○人○○(ネタバレ?)を効果的に使っているところはセンスを感じる。
(人間のカンを無視したこの手のトリックはどうしてもリアリティを感じないけどね・・・)

ただなぁー、あまりにも詰め込みすぎているため、トリックを成立させるための舞台設定というか、材料があちこちに置かれすぎて、どうしても「とっちらかっている」印象になってしまう。
ラストに畳み掛けられているドンデン返しも、一応理由付けは成されているものの、そこまでダミー推理がいるか?という感覚にはなってしまった。
でも、それをなくしてしまうと「小島正樹でなくなる」んだろうし、難しいところだ。

いろいろな批判はあるだろうけど、とにかくこれからも「やりすぎ」に拘って、小島正樹のミステリーを追求してほしい。
一本格ファンとしてはそう思う。


No.1300 6点 猫とアリス
芦原すなお
(2016/12/11 21:07登録)
「雪のマズルカ」に続き、女探偵・笹野里子を主人公としたシリーズの連作短篇集。
「青春デンデケデケデ」で直木賞を受賞した作者のハードボイルド・ミステリー。
2015年発表。

①「青蛇」=この連作短編の“影の主役”的存在の通称「青蛇」。決して目立たない風貌ながら、恐ろしい程の柔術を扱い、簡単に人を誌に至らしめる男・・・。本編は「青蛇」と里子との出会いが語られる。
②「クリスクロス・六本木」=六本木交差点で突如巻き起こる殺人事件。謎多き「クラブ」へ潜入捜査する里子だが、そこにはまた「青蛇」の影が・・・
③「猫とアリス」=①②とは若干時間軸が変わり、里子の同業者であり、長編「月夜の晩に火事がいて」にも登場するふーちゃんこと、山浦歩との出会いが語られる一編。一匹の猫を介した出会いなのだが、ふたりが行き着いた先にはあの男の影が・・・っていう展開。
④「ディオニソスの館」=今度はいかにも怪しげな新興宗教の館に潜入捜査を行う里子。大方の予想どおり捕らえられてしまうのだが、そこにまた「青蛇」が現れて・・・。ここで黒幕がついに登場!
⑤「無間奈落」=連作の最終譚らしい一編。意味深なタイトルどおり、謎の男「青蛇」の正体がついに明らかにされる。そして、彼がここまで罪を重ねる理由も詳らかにされて・・・。何とも哀しく切ないラスト。

以上5編。
芦原すなおというと、どうしても「青春・・・」や「ミミズクとオリーブ」シリーズのような、ほのぼのした話を連想してしまうのだが、このシリーズだけは別。
何ともダークでドライ、そして虚無的な雰囲気をまとった作品。
(さすがに達者だね)

女ハードボイルドの主人公として描かれる里子の造形も、魅力的なのだが、何とも孤独で幸薄い感じ。
レギュラー的位置づけの登場人物も実に人間臭く、いい塩梅にアウトローだ。
前作「雪のマズルカ」はあまりパッとしない印象だったのだが、それと比較して本作は格段に面白かった。
それもこれも「青蛇」のおかげかも。
なかなか筋の通った連作に仕上がっていると思う。
続編にも期待。


No.1299 10点 64(ロクヨン)
横山秀夫
(2016/12/11 21:06登録)
乱読も積もりに積もって、ついに1,300冊目の書評となる今回。
(いつも薄っぺらい書評で申し訳ないのだが・・・)
ということで、満を辞してセレクトしたのが、今年映画化もされた横山秀夫久々の長編。
2012年に発表され、その年の「このミス」第一位にも選ばれた大作。

~元刑事で一人娘が失踪中のD県警広報官・三上義信。記者クラブとの匿名問題で揉めるなか、<昭和64年>に起きたD県警史上最悪の翔子ちゃん誘拐殺人事件への警察庁長官視察が決定する。だが被害者遺族からは拒絶され、刑事部からは猛反発をくらう。そして視察前日、最大の危機に瀕したD県警を更に揺るがす事件が起きる! 驚愕、怒涛の展開、感涙の結末。ミステリー界を席巻した著者の渾身作~

とにかく、もう、何ていうか、「圧倒的な筆力」(!)
一言で表現するなら、それに尽きる。ひとつひとつの台詞や行間までもが読者の心にビシバシ伝わってくる感覚。
これは作家・横山秀夫のひとつの到達点であり、日本の警察小説史上最大級の傑作といっても差し支えない。
(あくまでも私見ですが・・・)

物語は冒頭から終章まで、主人公・三上広報官の「葛藤」が描かれる。
一人娘が失踪したことへの「葛藤」、妻とのギクシャクした関係に対する「葛藤」、記者クラブとの軋轢に対する「葛藤」、キャリア上司や警察組織の矛盾に対する「葛藤」、そして自分の身の上や広報室の部下との関係に対する「葛藤」・・・・・・
横山作品ではデフォルト的に描かれる警察組織内の争い。
本作でも強烈に描かれてるし、三上もそこに最大の「葛藤」や「悩み」を抱くことになる。
以前の作品でも書いたように思うけど、作者の作品って、もはやミステリーの枠組みを超越して組織論の話に近い。
如何にして「上」は組織を掌握するのか、当然ながらそのためには「人事権」を最大限利用しなければならない・・・etc
同じく組織の中で生きている私にとっても実に身につまされる話の数々・・・って感じだ。

今回はラストが実にミステリーっぽく、伏線まで鮮やかに回収してくれる。
あの人物のあの言葉、あの行動が最後になって繋がっていくのだ。この辺りもさすが!
他の方も触れているとおり、D県警といえばあの「二渡参事官」を重要な役柄で再登場させているのがニクイ。
とにかく、これは我が国ミステリー界の財産といっても過言ではないのではないか?
それほどの傑作だと感じた。当然評価は満点しかない。
(『警察職員二十六万人、それぞれに持ち場があります。・・・大半は日の当たらない縁の下の力持ちの仕事。・・・それでも誇りは持っている。一人ひとりが日々矜持を持って職務を果たさねばこんなにも巨大な組織が回っていくはずがない。広報室には広報室の矜持があります!』・・・今回この言葉が一番響いた)


No.1298 7点 あなたは誰?
ヘレン・マクロイ
(2016/12/11 21:04登録)
精神科医ベイジル・ウィリングを探偵役とするシリーズとしては四作目に当たる長編。
原題は“Who's Calling”ということで、直訳すれば「(電話で)どちらさまですか?」っていう意味。
1942年発表。

~『ウィロウ・スプリングには行くな』。匿名の電話の警告を無視して、フリーダは婚約者の実家へ向かったが、到着早々何者かが彼女の部屋を荒らす事件が起きる。不穏な空気のなか、隣人の上院議員邸で開かれたパーティーでついに殺人事件が・・・。検事局顧問の精神科医ウィリング博士は、一連の事件にはポルターガイストの行動の特徴が見られると指摘する。本格ミステリーの巨匠マクロイの初期傑作~

『ポルターガイスト』とは、いわゆる心霊現象の一種で、そこにいる誰ひとりとして手を触れていないのに、物体の移動、物を叩く音の発生、発光、発火などが繰り返し起こるとされる通常では説明のつかない現象。 (By ウィキペディア)
・・・だそうだ。
いかにもウィリング博士ものらしいテーマだなという感想。
これまでも本シリーズでは、精神医学の専門知識を駆使したプロットがよく出てくるけど、本作も同様。
ポルターガイスト以外にも、中盤で出てくるドゥードゥル実験(テレパシーのようなものか?)も非常に興味深く拝読した。

でも、今回のプロットのまとまりは他作品との比較でも上位だろう。
田舎町の仲良しの二家族。そこに波風を巻き起こす闖入者がふたり・・・闖入者とともに不可思議な事件が頻発し、ついに発生する殺人事件・・・という具合なのだが、ひとつの事象をきっかけに、ガラガラと音を立てるように真実が姿を現す刹那。
「表」から見ている形も、角度を変えてみればまったく違うように見える、ということなのだ。

見えていた姿をずらして真実を明らかにするというプロットはクリスティも旨いが、作者もかなりのもの。
今回は初期作品ということで、サスペンス的脚色は薄く、純粋な本格ミステリーとして楽しめる内容だ。
フーダニットの興味も最後まで引っ張ってくれるし、まずは上質なミステリーと言えるのではないか。
個人的には有名作の「幽霊の2/3」や「殺す者と殺される者」よりは上という評価。


No.1297 5点 アリバイ崩し
鮎川哲也
(2016/12/03 20:38登録)
光文社編集による作品集。
タイトルどおり、テーマはまさに「アリバイ崩し」・・・というわけで作者の名人芸が堪能できるかどうか?

①「北の女」=“古川”って出てきた段階で、あのことかなぁーと思っていたらやっぱりそうだった。アリバイトリックそのものはそれほど高度ではないけど、電話やメモの使い方なんかはさすがと思わせる。
②「汚点」=舞台が仙台というのが珍しいなぁと思っていたら、やっぱり理由があったのね・・・。一応列車を使ったアリバイトリックが登場するけど、時刻表云々ではなくてアリバイトリックの王道のようなヤツ。タイトルが最後になって効いてくるのが旨い。
③「下着泥棒」=これは・・・どうかなぁー。下着泥棒に間違われた哀れな新聞記者が巻き込まれる事件を扱っているのだが、これもある小道具がアリバイトリックの鍵となっている。でも普通警察は気付くだろ!
④「霧の湖」=ロマンチックなタイトルだけど、真相解明につながる理由が温泉に纏るある事実にあるところはややいただけない。フーダニットも自明すぎ。
⑤「夜の疑惑」=これだけは中編といえるボリューム。それだけにプロットには工夫が凝らされていて、真犯人が用いた欺瞞もなかなか複雑。逆に言えばここまで複雑にする理由がよく分からないということになる。他の方も触れているが、ラストがなかなかの衝撃。「悪女だねぇ・・・」

以上5編。
アリバイ崩しとはいえ、鬼貫警部シリーズではないので、時刻表が登場するタイプではない。
場所の錯誤や時間の錯誤などを用いた、まさにアリバイトリックの正道が使われている。

ただ・・・地味だね。
短篇には切れ味が必須だと考えているわたしにとっては、ちょっと食い足りない作品集だった。
好意的にとれば、よくまとまっているとは言えるし、さすがの名人芸ではある。
評価はこんなもんだろう。
(一応⑤がベストかな。他はあまり差はない)


No.1296 4点 薔薇の輪
クリスチアナ・ブランド
(2016/12/03 20:37登録)
1977年といえば作者最晩年というべき頃の作品。
「猫とねずみ」(1950)以来となるチャッキー警部を探偵役とする長編。

~ロンドンの女優エステラ。彼女の絶大な人気は娘ドロレスとの交流を綴った新聞の連載エッセイに支えられていた。体が不自由でウェールズに住んでいるという愛しのあの子。夫のアルはシカゴの大物ギャングで、妊娠中のエステラに暴力をふるった危険人物だが服役中。しかしアルが病気のため特赦で出所し、死ぬ前にどうしても娘に会いたいと言い出してから・・・。そしてついに勃発した怪事件に挑むチャッキー警部~

これは・・・面白いか?
もしかしたら訳のせいかもしれないけど、作者らしからぬ“薄っぺらい”作品のように思えた。

ブランドといえば重厚な本格ミステリーというイメージを持っていたけど、本作のプロットは何とも頼りない。
殺人事件というよりは、エステラの娘(スイートハート)が存在するか否かという謎を最後まで引っ張っているのだけど、正直なところ長編を支えるほどの軸にはなっていない。
しかもその真相も想定内ときてる。
これでは大作家の名が泣くのではないか?
電話を使ったアリバイトリックは、当時の最新なのかもしれないけど、どうにもこうにもピンとこない。
(イギリス国内の話だから当たり前か?)

それと一番気になったのは、人物描写の薄っぺらさだ。
ギャングのボスとして登場するアルなんて、まるでコントのような造形ではないか?
その他の人物も如何せん感情移入できないしなぁー

さすがに大作家ブランドも寄る年波には勝てなかったということだろうか。
かなり酷評になってしまったけど、最近読んだ作品の中では最低ランクに近い。
やっぱり40~50年代の作品が黄金期ということだろう。


No.1295 5点 輝天炎上
海堂尊
(2016/12/03 20:36登録)
2013年発表。
「チームバチスタの栄光」以降、綿々と続くシリーズの到達点とも言える作品。

~桜宮市の終末医療を担っていた碧翠院桜宮病院の炎上事件から一年後、東城大学の劣等医学生・天馬は課題で「日本の死因究明制度」を調べることに。同級生の冷泉と取材を重ねるうち、制度の矛盾に気付き始める。同じ頃、桜宮一族の生き残りが活動を始めていた。東城大学への復讐を果たすために・・・。天馬は東城大学の危機を救えるのか? シリーズ史上最大の因縁がいま解き明かされる!~

本作は、碧翠院事件の顛末について語った「螺鈿迷宮」の続編的位置づけの作品。
「螺鈿・・・」で主役を張った劣等生・天馬が再び本作では主人公&視点人物として成長した姿を読者に晒すこととなる。
前作で死んだはずのすみれ・小百合のふたりの生死が本作のプロットの軸となっている。
(結局すみれの方は実体なのか或いは・・・?)

本作は同様に「ケルベロスの肖像」(既読)の裏表となる作品ということにもなっている。
「ケルベロス・・・」では物語の終盤、突如として天馬やら桜宮一族らが姿を見せるのだが、その理由と背景が本作では語られることとなる。
ただし、作者の言いたいことは、死因究明社会であり、それを実現可能とするAiの導入ということは相変わらず。
既存勢力VS新興勢力の争いが今回も繰り返されることになる。

毎回思うけど、この海堂ワールドはスゴイよね。
本作でも他作品に登場した人物が数多く再登場。
他作品で触れられたアノことやアノことが、実は伏線でありこういうところに繋がっているという箇所がそこかしこ!
この世界観の構築だけでも作者のスゴさが分かろうというものだ。

本作はどうだって?
まぁ良いではないですか。
伏線に気付くだけでも本作を読む価値はありでしょう。
でも本作を最初に読むことはお勧めしません。順番に読んでこそのシリーズ。


No.1294 6点 夏を殺す少女
アンドレアス・グルーバー
(2016/11/23 13:37登録)
2009年発表。
作者はオーストリア・ウィーン出身の中堅作家。本作はドイツ国内で人気を博した模様・・・

~酔った元小児科医がマンホールにはまって死亡。市会議員が山道を運転中にエアバックが作動し運転を誤り死亡。どちらもつまらない案件のはずだった。事故の現場にひとりの娘の姿がなければ。片方の案件を担当していた先輩弁護士が謎の死を遂げていなければ。一見無関係な出来事の奥に潜むただならぬ気配。弁護士エヴェリーンは次第に事件に深入りしていく。一方ライプチヒ警察のヴォルターは病院での少女の不審死を調べていた。オーストリアの弁護士とドイツの刑事、ふたりの軌跡が出会うとき、事件がその恐るべき真の姿を現し始める・・・~

計算し尽くされたプロット・・・と言っていいと思う。
確かに既視感はある。
BSやCSでよくやってるミステリーorサスペンスもののような雰囲気、と評すればいいんだろうか。
でもまあ悪い意味ではなく、十分に引き込まれたし、達者な作家だなという印象ではあった。

紹介文のとおり、物語はオーストリアの女弁護士とドイツの刑事、ふたりの視点から交互に語られる。
それぞれの事件が奥深い展開を見せ始め、やがて事件の鍵は北ドイツの田舎町にあることが分かる・・・
ミステリー的にあまり捻りはなく、終盤のサプライズもそれほどの衝撃度はない。
謎にも大凡の決着が付けられた終盤以降、弁護士と刑事はまさにピンチの連続。
読者もハラハラさせられながら、やがて訪れるハッピーエンド・・・

という具合。
まアサスペンスの基本を押さえながら、上質なエンタメ小説に仕上げましたということだ。
手練の読者には不満もあるかもしれないけど、まずまず楽しめるレベルにはある。
ヒロイン役の弁護士エヴェリーンのキャラもまずまず。
何よりかつて行ったことのあるオーストリアやドイツの風景が描かれてるのがよかった。
お国柄かもしれないけど、実に生真面目なミステリーって感じだね。


No.1293 6点 噂の女
奥田英朗
(2016/11/23 13:36登録)
2012年発表。連作仕立ての長編というべきなのか、どうなのか?
~『侮ったらそれが恐ろしい女で』。高校まではごく地味。短大時代に潜在能力を開花させる。手練手管と肉体を使い、事務員を振り出しに玉の輿婚を成し遂げ、高級クラブのママにまでのし上がった、糸井美幸。彼女の道行にはいつも黒い噂がつきまとい・・・~

①「中古車販売店の女」=糸井美幸の振り出しは国道沿いの中古車販売店の事務員から。中古車の不備に難癖をつけにくるグループと所長のやり取りが物悲しい・・・
②「麻雀荘の女」=続いては雀荘で働き始めた美幸と彼女に引き寄せられるブルーカラーの男たち。男たちの真打として、ある土建屋の若社長が颯爽と登場し・・・。
③「料理教室の女」=結婚前に料理教室に通い始めた女性三人。やれ公務員やら年収が低い旦那やら、田舎の結婚事情はこんな感じなんだね・・・。それを尻目にますますのし上がる美幸。
④「マンションの女」=なんと美幸はいつの間にか、六十代の資産家の男と再婚していた! 財産目当てと疑う男の子供たちなのだが、交渉役として駆り出された婿は見事、彼女の手練手管の犠牲者に・・・
⑤「パチンコの女」=失業給付をいいことにパチンコに精を出す独身女ふたり。そんな女たちに絡んでいく美幸。それにはある謀略がありそうな雲行きなのだが・・・
⑥「柳ケ瀬の女」=“柳ケ瀬”といえば岐阜を代表する繁華街である。そんな柳ケ瀬に高級クラブを開店した美幸。そして資産家の男はなんと!
⑦「和服の女」=公共工事が生命線の田舎の土建屋グループ。そして田舎のしがらみを断ち切ろうとする、二代目の若手経営者。そこにも何と美幸の「毒手」が・・・(スゴイ女だ!)
⑧「檀家の女」=寺の客殿建替えで檀家に法外なお布施を要求する二代目の住職。お布施の減額を求める檀家を代表することとなった不幸な男。何とそこにも美幸の影が・・・。いつも負けるジャンケンにひたすら爆笑!!
⑨「内偵の女」=ついに美幸に追求の手が! と思われたのだが、地方の警察内部のゴタゴタやらしがらみでやる気をなくす若手刑事・・・トホホだな。
⑩「スカイツリーの女」=ワカメ酒を飲まされる議員秘書(女)の姿に涙!!

以上10編(というべきかどうか)
相変わらずの旨さです。
「最悪」「邪魔」「無理」の三部作でも地方で暮らすことのしがらみを面白おかしく書いてきたが、本作でも全開!!
なんていうか、小市民というのか、読んでて悲しくなって、最後には笑ってしまうというのか、とにかく旨いのである。

作品の雰囲気は全然違うのだが、美幸視点から決して語られないというプロットは、東野圭吾の「白夜行」を彷彿させるところがある。
って褒めすぎだろうか? でもまあ十分楽しめる作品。そういうこと!

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