メルカトルさんの登録情報 | |
---|---|
平均点:6.04点 | 書評数:1835件 |
No.1175 | 7点 | 炎に絵を 陳舜臣 |
(2020/09/12 22:23登録) 神戸支店に転勤することになった葉村省吾は、兄夫婦にある調査を依頼された。彼らの父は、辛亥革命の際に革命資金を拐帯したとされているが、その汚名をはらしてほしいというのである。父の記憶がほとんどない省吾は、あまり気乗りがしなかったが、病床の兄のたっての頼みとあって事件の調査を開始する。怪しい影に命を狙われながら、二転、三転、ようやくたどりついた驚愕の真相とは?風光明媚なみなと町を舞台に展開する、謎また謎の本格推理。 『BOOK』データベースより。 ミステリ作家が書いたこなれた感じは受けなかったものの、そのプロットの秀逸さは目を瞠るものがあります。無駄な前置きがなく、すんなり本題に入っていくのは好印象。しかし、犯人の目論見通りそう簡単に事が運ぶとは正直思えませんでした。結局犯人の狙い通り上手く話がレールに乗っていますが、ちょっとご都合主義な感は否めません。 最終盤に至って、真犯人像が見えてきます。まあこれは誰でも想定の範囲内ではないかと思います。でも、省吾の辿った道と事件の錯綜する真相は意外性に満ちており、それまでの伏線も相まって、こんな事になっていたとはと驚きを隠せませんでした。ただ、それが解き解されていく過程がそれほど外連味なく描かれているのは残念です。もう少しドラマティックに盛り上げられたのではないかとの思いが過るのは確かです。 それでも前評判通りの面白さであったのは間違いありませんね。 |
No.1174 | 6点 | 忠臣蔵元禄十五年の反逆 井沢元彦 |
(2020/09/09 22:30登録) あまりにも巧妙なドラマ構造をもつ日本人の劇『忠臣蔵』。史実と虚構の狭間で熟成された情念の物語には見落とされていた事実がありすぎた。若き劇作家が『忠臣蔵』の〈そもそもの形〉を探り始めた時、見えてきた不吉な文脈とは?物語の謎の核心に迫るにつれ、彼の身にも危険が…。討ち入りのプロットに巧みに仕組まれた〈将軍誅伐〉の符牒を明かす、最も明晰な忠臣蔵ミステリー。 『BOOK』データベースより。 勉強にはなるが物語としては面白くはないといった歴史ミステリ。中盤までは仮名手本忠臣蔵の考察に終始し、肝心の赤穂浪士の話がほとんど出てきません。テーマはひたすら浅野内匠頭が何故松の廊下で刃傷に及んだのかで、ここでいったん結論が出ます。巧妙に仕掛けられたトリックにより、不可能犯罪を成し遂げたがごとく作者は過大評価をしていますが、一応納得は行くものの世間をざわつかせるほどの新説とは思えません。 後半はやっと実際の史実に基づいて様々な文献を用い、推理を始めますが、結局は浅野が乱心だったのか正気だったのかの一点に集約されています。大石内蔵助がどのような経緯で仇討ちを決行したかについては、おまけ程度に留まっています。ですから、この小説に赤穂浪士の物語を語ったものを期待すると必ず裏切られます。登場するのは大石、江戸急進派の三人と片岡源五右衛門、大野九郎兵衛くらいで、後は刃傷事件に関わる人々や浅野の弟の大学長広、そして当時の将軍綱吉。 どう考えても本作は『忠臣蔵』を名乗るべきではないと思いますね。敢えて名付けるなら『浅野内匠頭、刃傷の謎』でしょうか。一方、主人公の道家和弘が何者かに付け狙われる事件に関しては、あまりにも偶然の要素が強く、ご都合主義と言われても仕方ないのではないでしょうか。 |
No.1173 | 6点 | 転生!太宰治 転生して、すみません 佐藤友哉 |
(2020/09/06 22:28登録) あの太宰治がよりによって現代日本に転生!今を生きる太宰治が現代社会と人間への痛烈な皮肉と賛歌を謳い上げる傑作、ここに開幕!! 『BOOK』データベースより。 心中したはずの太宰治が2017年の東京に転生し、現代の様々な変容にオロオロしながら、ある野望を決意する物語。ストーリーらしいストーリーは存在せず、登場人物も少なく、ひたすら太宰が現代の文化に触れ、時に楽しみ時に動揺する姿を描いています。ことあるごとに死にたくなる太宰ですが、何だかんだ言いながら得意のお道化を発揮し、文壇に復讐するため生きる決心をします。メイドカフェで萌えを体験したり、インターネットで自身のエゴサーチをしたり、芥川賞授賞式に乱入したりやりたい放題です。 太宰治を一冊も読んだことのない私でもそれなりに楽しめたので、ファンであればより楽しめたのではないかと想像します。勿論当時の文豪たちの名前も出てきます。 これからというところで終わっており、続編を予感させる締めくくりとなっており、実際に2が出ておりシリーズ化も期待されているようです。 |
No.1172 | 7点 | 希望が死んだ夜に 天祢涼 |
(2020/09/04 22:46登録) 神奈川県川崎市で、14歳の女子中学生・冬野ネガが、同級生の春日井のぞみを殺害した容疑で逮捕された。少女は犯行を認めたが、その動機は一切語らない。何故、のぞみは殺されたのか?二人の刑事が捜査を開始すると、意外な事実が浮かび上がって―。現代社会が抱える闇を描いた、社会派青春ミステリー。 『BOOK』データベースより。 青春ミステリなのか社会派なのか、はたまた本格なのか意見の別れるところだと思います。私としてはメッセージ性が強いので社会派の色が最も濃いのではないかという気がします。貧困や社会格差の問題提議がストーリーの中でさりげなく施されており、決して押し付けではなく自然と心に沁み込んでくる感じでしょうか。 ホワイダニットだけで最後まで引っ張るのは、流石に無理があるなと思いながら読みましたが、後から読み返してみるとそこここに伏線が張られており、ぼんやり読んでいると後悔するかもしれません。ラストの真相は正に読者の想像の遥か上を行き、驚愕しました。まさかこんなに複雑な仕掛けが用意されていようとは夢にも思いませんでした。そして切ない読後感、何とも言えません。あまり知られていない本作だと思いますが、多くの読者にお薦めしたいですね。 |
No.1171 | 8点 | カマラとアマラの丘 初野晴 |
(2020/09/02 22:50登録) 花々が咲き乱れる廃園となった遊園地。そこには、謎めいた青年が守る秘密の動物霊園があるという。「自分が一番大切にしているものを差し出せば、ペットを葬ってくれる」との噂を聞いて訪れる人人。せめて最期の言葉を交わせたら…。ひとと動物との切ない愛を紡いだミステリー。 『BOOK』データベースより。 本格精神を貫いたSFファンタジーの傑作。むしろ評者としては本格ミステリにより近いと思います。 五つの物語からなる連作短編集で、いずれも人間と動物の歪んだ愛の形を、感動よりもそれを上回る感銘によって読者にその有り方を問う、ある意味問題作となっています。特に第三話は何物にも代えがたい魅力を持っており、ペットの驚くべき生態が静かなタッチながら、強烈な印象を残す素晴らしい逸品に仕上がっていると思います。これこそ正に異形の本格ミステリと言っても差し支えないでしょう。これこそが作者畢生の作品集と感じます。 本書を迂闊に人とペットの感動物語と思ってはなりません。上辺だけではなく、動物のそして人間の本質を衝く稀有なミステリだと思います。もしかしたら我々が考えているより動物の思考や精神は遥かにその上を行っているのかも知れない、という仮定のもとに描かれいますが、とても絵空事とは片付けられないのではないか。そういった問題を提唱している気がしてなりません。 |
No.1170 | 6点 | 444 ~呪いの数字~ いぬじゅん |
(2020/08/31 22:07登録) 高2の冬、東京から田舎の高校に転校してきた桜は、クラスで無視され、イジメを受ける。そんな中、この学校で以前イジメを苦に自殺したという生徒・守の1周忌に参列したとき、桜は守の母親から「444には気を付けて」と不気味な話を聞く。やがて、次々に不審な死を遂げていくクラスメイトや教師…。ラストのどんでん返しに驚愕!呪いの震撼ホラー! 『BOOK』データベースより。 イジメられていた男子生徒が自殺に際し呪いを掛けるというベタな内容ですが、テンポよく人が死んでいき、最後まで飽きずに読ませます。特に呪い殺される側の一人称で視点が次々と切り替わる為、なかなか臨場感が感じられストーリーに没入することが出来ます。また、殺され方死に方に工夫の跡が見られ、その時々の過去に守を虐めていた生徒たちの揺れ動く感情が死の間際まで克明に描かれているのには、好感が持てますね。「444」の見せ方にも趣向が凝らされていたりもします。 ラストはそれがどんでん返しと言えるのかどうか、やや疑問に思います。確かに想定外ではありましたが、ちょっと意味合いが違うような気がします。少なくともミステリで言うところのどんでん返しとは異なるような。 |
No.1169 | 5点 | クサリヘビ殺人事件 蛇のしっぽがつかめない 越尾圭 |
(2020/08/30 22:45登録) 動物診療所を営む獣医・遠野太一の幼馴染で、ペットショップを経営する小塚恭平が、自宅マンションでラッセルクサリヘビに噛まれて死んだ。ワシントン条約で取引を規制されている毒蛇が、なぜこんなところに?死に際に恭平から電話を受けて現場に駆けつけた太一は、恭平の妹で今は東京税関で働いている利香とともに、その謎を解き明かそうとするが、周囲に不穏な出来事が忍び寄り…。 『BOOK』データベースより。 帯に「これがデビュー作とは思えない」とありますが、逆に言えば新人にしてはよく書けている方とも取れます。よって、過剰な期待はしないほうが無難だと思います。滑り出しは「おっ、なかなかやるな」とは思い、その後の展開が期待できそうだと感じました。しかし、読ませる筆力はあるものの、これと言った新味を感じさせるような突出した個性はありません。そもそもクサリヘビでの殺害と云う、言わばプロバビリティの犯罪という不安定な殺害方法を取った理由が理解できませんね。それを言っちゃお終い、なのかもしれませんが、もう少し何とかならなかったものかと思います。 もう少し本格物に近い作風かと思いきや、「社会派」として登録されていたのね。これはやっちまったな、想定外の事態と言えそうです。私の期待を裏切って、なんとなく進行していくストーリーももどかしく、今一つ抑揚が感じられなかったのは残念な限り。やはりこれでは隠し玉止まりと言われても仕方ないでしょう。まあしかし、後味は爽やかさを残します、それだけは評価に値すると思います。 |
No.1168 | 3点 | ただし少女はレベル99 汀こるもの |
(2020/08/27 22:38登録) 葛葉芹香は、ラッキーつづき。抜き打ち試験はうまくいくし、四つ葉のクローバーを見つけたし、シークレットライブのチケットまで当たった。でも、そんな幸運には限りがあった。まさか本当に出屋敷市子の写真にそんな力があったなんて。「消せ」と言われたけど、消し忘れていた携帯電話の中の写真。まさかそのせいでこんなことになるなんて。(「幸運には限度額がある」)ほか、純和風美少女・市子と護法である妖怪たちのシリーズ作品4編を収録! 『BOOK』データベースより。 これは一種の惨劇です、私は惨劇に襲われたのです。言わば西尾維新の物語シリーズの出来損ないの様な駄作でした。これを最後まで読み切った自分を褒めてやりたい、そしてシリーズ次作以降を購入しなかったことに心底安堵しています。 ラノベを意識したせいか稚拙で読みづらい文章、この手の小説に必要最低限のキャラの魅力のなさ、一向に盛り上がらない物語、読み進めば進むほど訳が分からなくなっていく内容、いずれを取ってももううんざりです。 長々と読まされて、結局何がしたかったのか私にはさっぱり理解できませんでした。Amazonの高評価は一体何なのでしょうか。こるものフリークなのですか。何故本作が何作もシリーズ化されているのか不思議で仕方ありません。どこにそんな魅力や読みどころがあるのか。正直タナトスシリーズとは大違いです。 |
No.1167 | 6点 | 宇宙探偵ノーグレイ 田中啓文 |
(2020/08/24 22:26登録) 怪獣惑星で発生した人気怪獣の密室殺人。罪を犯すことが不可能な天国惑星で起きた連続殺人。全住民が脚本どおりの生活をおくる演劇惑星で生じた劇中殺人…極秘に事件を解決するために招かれるは、宇宙探偵ノーグレイ!名探偵は五度死ぬ?奇想天外な結末が待つ、宇宙ミステリ作品集。 『BOOK』データベースより。 これぞまさに荒唐無稽。怪作と呼んで差し支えないでしょう。 SFミステリと言うべきかかも知れませんが、最終話など完全にSFですね。一応探偵ノーグレイが色々な惑星で起こる事件を依頼され、解決したりしなかったりします。五話からなる短編集で、一話ごとに探偵が死に、また次には何でもなかったように甦り活躍します。その内情も様々で、大抵は莫大な借金の為命を張った仕事に否応なしに就かざるを得ない状況に追い込まれています。 謎の設定そのものは申し分ないのですが、その真相が謎に追いついていないのが実情でしょうか。毎度お馴染みのグロやダジャレは控えめで、SFファン、ミステリファンの両者に歓迎されるべき作品であろうと思います。でも多くの読者は何だこれは、と感じるかもしれませんね。 |
No.1166 | 6点 | リアル怪談 寄せられた「体験」 アンソロジー(国内編集者) |
(2020/08/22 22:13登録) 真夜中のマンションのエレベーター、観客が独りきりの映画館、さびれた京都のホテル、ある有名な幽霊トンネル…。世にも不思議な体験をした人から編集部に寄せられた「奇妙にこわい話」。 『BOOK』データベースより。 1998年から2002年までに読者から寄せられた投稿を集めた、『奇妙に怖い話』シリーズの中から優秀作30編を収録した短編集。ショートショートに近く、2ページから8ページくらいのボリューム。「体験」とありますが、ほぼ創作であろうことは想像に難くありません。ですから、生々しい怖さよりも人工的な作り物っぽさが強いです。しかし、素人とは言え、なかなか筆達者が集まっており、一篇残さず読ませてくれます。偶然とは思えないのでおそらく本人だと思いますが、長岡弘樹の名前が連なっています。他は知らない名前ばかりで、ペンネームを使っていない限りプロの作家は見当たりません。実は名前を変えて活躍している作家が居たりするかもしれませんが。 今の季節には、特に猛暑が続いている日本列島では持って来いの作品集ですが、ゾッとする程の怖さがないので、怪談としてはやや物足りなさを覚えます。奇妙に怖い話だから、不条理な感じとかやや捻り足りないとかが多いですかね。ミステリとして面白い短編に仕上げられそうなものもあったり、楽しませてもらいました。 |
No.1165 | 5点 | 名探偵はどこにいる 霧舎巧 |
(2020/08/20 22:16登録) 「わたしたちがやろうとしているのは…殺人なのよ」双子の姉妹は決意とともに終ノ島へ向かう。そして島で死体となって発見されたのは、彼女たちの通う高校の教師だった。さらに二人はそれをネタに脅迫を受け…。後動の“遺志”を継いだ今寺に課せられたのは、「双子の殺人の“無実”を証明する」こと。『名探偵はもういない』に続く「あかずの扉」研究会シリーズ外伝。 『BOOK』データベースより。 何かこう華がないんですよ。事件自体も地味で殺人なのか事故なのかはっきりせず、ストレートに描写がされていない分、面白みがないというか。事件の背後関係ばかりに拘泥されて、方向性が本格じゃないですよ。それよりも、冒頭で語られる主人公で刑事の今寺の青春時代の淡い恋物語の方に興味が持っていかれます。それが最後の最後で結実し、ある意味で満足感は覚えますね。 それにしても、後動の名前が出てきた時はドキッとしましたが、『あかずの扉』の外伝だったんですね。知らずに読んで驚きましたけど、別にそうである必然性はなかったと思います。 正直もう少し歯応えがある作品だと信じていました、その意味では裏切られました。物語の芯がしっかりせず、登場人物が多く紆余曲折し過ぎじゃないでしょうか。真相が明かされてもスッキリしないし、途中の煩雑さが拭い去れない恨みが残りました。 |
No.1164 | 5点 | 天井裏の散歩者 幸福荘殺人日記 折原一 |
(2020/08/18 22:11登録) 日本推理文壇の重鎮、小宮山泰三が住む2階建てモルタル造りの幸福荘。そこには古くから小宮山を慕う数多の作家志望の若者たちが集っていた―。幸運にも私はそんな幸福荘に入居することになったが、部屋に残されていた1枚のフロッピーが私を戦慄させた。創作なのか、現実なのか。〈文書1〉から〈文書6〉まで、6つの不思議な連作短編小説を読み終えた私は思わず天井を見上げて…。叙述トリックの名手が、九転十転のドンデン返しであなたに挑む、究極の叙述ミステリー。 『BOOK』データベースより。 叙述トリックの第一人者という事で、身構えながら読み進めましたが、入れ子構造の妙は認められるものの、段々飽きてきます。舞台が固定されて、文書6までの物語自体が意表を突くものではなく、似たような話が続くのにはちょっと辟易してしまいました。叙述トリックもかなりショボく、驚くようなものではありません。 結局フロッピーに記録された文書の作者は誰なのか、最後まではっきりせず煙に巻かれたような感じがしました。まあ私だけかもしれませんけど。 ユーモアを多分に含んだ読みやすい文体は好みです。しかし、それだけで評価を下す訳にはいきません。折原一ならば、もっと驚愕のミステリを書けるはず、それを期待した分裏切られた感が漂います。残念です。 |
No.1163 | 6点 | 京極夏彦の世界 評論・エッセイ |
(2020/08/16 22:10登録) 幾重にも張りめぐらされた蜘蛛の糸のように、複雑にからみ合った要素が織り成す京極夏彦の世界…。ペダンチックとも称されるその世界をより精緻に浮かび上がらせるために、気鋭の論者が多角的な視点から縦糸・横糸を解きほぐし、京極作品に迫る。ミステリ論、陰陽師小説論、怪談小説論、宗教性、心理学、ジェンダー論、サイバーパンクなどの視点から見えてきた「匣の意味」「みどりなす長き黒髪の女たちの意味」「京極堂と探偵榎木津の関係性」とは…。京極夏彦の世界を読み解き、ほの暗い深奥に足を踏み入れるための道しるべ。 『BOOK』データベースより。 野崎六助、鷹城宏ら評論家を始め、精神科医、大学教授、短大講師ら八名による京極夏彦論。アンチミステリ、陰陽師の軌跡、ジェンダー論、妖怪の考察、宗教など様々な角度から京極夏彦の小説を弄り回します。まさにカオスの様相を呈し、評論というより学術書並に難解です。 『姑獲鳥の夏』から『塗仏の宴』までの京極堂シリーズが俎上に上げられていますが、『狂骨の夢』の矛盾を抉るケースが多いのが目立ちます。また、三作目まではある意味習作で『絡新婦の理』で頂点を迎えるとの意見もなるほどと思えなくもありません。個人的に最高傑作と考えている『魍魎の匣』にはあまり触れられていないのは、逆に完成度が高いせいなのかも知れないとも考えられます。 まあ各人好き勝手なことを書いているので、とても十全に理解することなど不可能です。京極堂シリーズのガイドブックと軽く考えるのは大間違いで、いずれ劣らぬ一家言を持った論客たちには舌を巻く思いです。それだけの材料が揃った題材だという証左でもあるようです。 |
No.1162 | 6点 | ジョーカー・ゲーム 柳広司 |
(2020/08/14 22:13登録) 結城中佐の発案で陸軍内に設立されたスパイ養成学校“D機関”。「スパイとは“見えない存在”であること」「殺人及び自死は最悪の選択肢」。これが、結城が訓練生に叩き込んだ戒律だった。軍隊組織の信条を真っ向から否定する“D機関”の存在は、当然、猛反発を招いた。だが、頭脳明晰、実行力でも群を抜く「魔王」―結城中佐は、魔術師の如き手さばきで諜報戦の成果を挙げ、陸軍内の敵をも出し抜いてゆく。東京、横浜、上海、ロンドンで繰り広げられる最高にスタイリッシュなスパイ・ミステリー。 『BOOK』データベースより。 スパイ養成学校D機関の面々の活躍を描く連作短編集。 何と言っても表題作『ジョーカー・ゲーム』が最高ですね。ハードなスパイの世界を描き切り、ミステリの要素もふんだんに取り入れていて、その意味でも楽しめます。しかし、次第にテンションが下がっていくのは私だけでしょうか。様々なシチュエーションに置かれ、各話ごとに主人公が入れ替わっていく様子は読んでいて飽きが来ません。ですが、やはり結城中佐が出てこないと話が締まりませんね。本作は結城中佐の魅力に負うところが大きいのかなと思います。まあ主役ではないのが却ってその人間性を浮き彫りにし、存在感を示しているのかも知れませんけどね。 第一話の『ジョーカー・ゲーム』を読んだ時点では7点は堅いかなと思いましたが、残念ながらそのレベルを最後まで維持できないまま終わってしまい、即座に続編に手を伸ばそうとまではいきませんでした。しかし、ある意味でいい勉強にはなった一冊だったと思います。超人に近い人間の集まりなので、我々凡人の窺い知れない世界を覗き見た感じが強いですね。 |
No.1161 | 7点 | 地獄の門 法条遥 |
(2020/08/12 22:09登録) 突如、地獄に落とされた良太。当惑する彼が美しき悪魔から知らされたのは、自分が何者かによって殺されたという事実だった!だが彼は、密かに、そして綿密に、犯人への復讐を企てる。―悪魔を騙すのだ。記憶を持ったまま転生し、『奴』を討つために。一方現世では、恋人であり刑事の愛が、良太殺害犯への憎悪をたぎらせていた。地獄と現世、2つの世界が織りなす物語が迎える、驚愕の結末とは!?異色のホラーミステリ。 『BOOK』データベースより。 美しい。構築美ですね。 隅から隅まで計算されつくされた緻密なプロットには脱帽です。物語は二人の主人公、佐藤良太の地獄篇と三浦愛の現世篇とが交互に同時進行し、それぞれが何らかの思惑を抱えて謎めいた動きを見せます。しかし、読者にその狙いを悟らせることなく、刻々とカタストロフィに向かって確実に進みます。あれこれ書くとネタバレになりますので、これ以上は無粋というものでしょう。 多分読み返してみると、そこここに伏線が張り巡らされているものと思われます。何に対する伏線なのか、それはここでは言えません。まあとにかく読んでみていただきたいですね。折角の傑作なのに、あまりに世に知られてなさすぎかと感じます。古書店ででも見つけたら速攻で購入されることをお勧めします。私自身、これほど面白いとは想像も出来ませんでしたけどね。 |
No.1160 | 5点 | 少女と武者人形 山田正紀 |
(2020/08/10 22:19登録) 「武者人形の剣に血が噴きだしてきたとき、人が死ぬ……」母親と弟の事故死。少女のなかで武者人形と葬式がひとつに重なった。そして別荘での父と叔母の情事──思春期の少女の、揺れ動く複雑な心理と夢魔の世界を描く「少女と武者人形」。ネコをかわいがっている家に赤ん坊が生まれると、ネコと赤ん坊で“運”をとりあい、ネコが死ぬ。でもネコの“運”が赤ん坊の“運”に勝ったとしたら──「ネコのいる風景」など、「奇妙な味の小説」十二篇を収めた直木賞候補の連作短篇集。 Amazon内容紹介より。 可もなく不可もなくって感じです。どれも面白くない訳ではないけれど、凄く面白い訳でもない、オチも気が利いていたりオチが無かったり。どこが直木賞候補になったのか私には理解できませんが、その個性のなさやアクの強くないところが評価に繋がったのかも知れません。ホラーっぽかったり、不条理小説だったり、奇妙な味であったり、まあ様々なシチュエーションで色を目先を変えようという努力は買えますかね。 個人的に良かったと思うのは『友達はどこにいる』『猫のいる風景』『ねじおじ』『ホテルでシャワーを』『ラスト・オーダー』辺りです。 これといって群を抜いている作品は見当たりませんが、平均的にまずまずだと思いますね。山田正紀にしては読みやすかったのが救いでしょうか。しかし、単行本(文芸春秋)から文庫化(集英社)されたのは、それなりに売れると見込んでの事でしょうから、全く読む価値がないとは思えません。暇潰し程度には良いのかも。 |
No.1159 | 7点 | 殺人都市川崎 浦賀和宏 |
(2020/08/09 22:21登録) 治安が悪く、地獄のような街で地べたを這いずって暮らしていると考えていた俺は間違っていた。出会ったら命がないと言われる、伝説の殺人鬼・奈良邦彦。本当の地獄は、あいつとの出会いから始まった。彼女を、そして両親を殺された俺は、それからも執拗に奈良に狙われ続け……。41歳の若さで急逝した天才作家・浦賀和宏氏最大の問題作、最期の挑発&最後の小説。 裏表紙より。 遺作、或いは最後の小説。『デルタの悲劇』が先だったのか後だったのかを私は知りません。しかし、いずれにしてもこれより先はもう浦賀和宏の新作を読むことは誰にもできません。 さて、この小説は浦賀らしさが随所に出た、彼の作品の中でも異色の部類に入るのではないかと思っています。スプラッターが目立つのは新味と捉えるべきでしょう。新シリーズとして発進した本作なので、どこかしら未完に終わっているのではないかとの危惧もありましたが、それは杞憂に終わりました。 殺人鬼奈良邦彦がシリーズを通して出現するという設定だったらしいのです。それが毎回同じ人物なのか、そうでないのかを知るすべはありません。問題作と言えば、そうなのでしょう。しかし、浦賀の作品は問題作だらけなので、ひと際目立つ存在だとは思いません。それでも最後の作品に相応しい小説に仕上がっていると私は感じます。気を付けたいのは、川崎へのディスり方が半端ないってことです。 どこか自身の某作品に似て、ラストは世界がでんぐり返しを起こし、足元が崩れ落ちる感覚を体験できます。それはある既視感に近いものがあり、私自身には好ましく感じられましたが、大方の読者はそれまでの話は何だったんだ、と思う事でしょう。これが浦賀ですよ。おそらく誰も7点以上は付けないでしょうが、私は胸を張ってこの点数を献上したいと思います。この世界の片隅に蹲る一ファンとして。 |
No.1158 | 6点 | 千葉千波の事件日記 試験に出るパズル 高田崇史 |
(2020/08/07 22:35登録) あの「QED」シリーズの高田崇史が贈る、上質の論理パズル短編集。背スラリ、髪サラリの天才高校生・千波くんが、浪人生の“八丁堀”たちと共に、鮮やかに難問を解き明かす。解説の森博嗣氏絶賛の「夏休み、または避暑地の怪」から、書き下ろし作品「誰かがカレーを焦がした」まで全5本を収録。著者がパズラーとしての本性を剥き出しにした野心作。 『BOOK』データべスより。 各話に散りばめられたパズルについては、面倒なので本気で解く気にはなれませんでした。元々脳が理系にできていないし、論理的に物事を脳内で思考できないので、私にはどうかなと考えていましたが、読んでみるとそういった煩わしさを感じることもなく楽しめました。何もややこしいパズルばかりが本題ではなく、普通に日常の謎を紐解くパズラーとして十分機能しているので、理系脳じゃなくても面白く読めると思います。 千波くんと二人の大学浪人慎之助、ぼくことぴいくんの三人の遣り取りがとても楽しめます。各短編がそれぞれきっちりと登場人物を描き分けられていて、混乱することもなくすんなりと頭の中に入って来ます。千波くんの推理が偶然当たってしまうこともありますが、それはそれとして彼はしっかりと名探偵ぶりを発揮していることは間違いありません。 巻末の森博嗣の解説は、何書いてるんだろうと、少しだけ思いました。作家が解説を書くとどうしても思い入れが強くなり、独りよがりになりがちなことが多々あり、どうにも感心しません。個人的には要らなかったような気もします。それと、パズルの解答があとがき風に提示されています。親切ですが、半分はさっぱり解らなかったというのが本音。一番面白かったのは、アルファベットを二つに分ける問題かな。 |
No.1157 | 5点 | 桐谷署総務課渉外係 お父さんを冷蔵庫に入れて! 加藤鉄児 |
(2020/08/05 22:26登録) 稀代の名優・十文字豪の「遺体」が誘拐された?!テレビ中継される葬儀を前に奪還が急がれるが、豪の娘で「刑事嫌い」の凛子は刑事課の協力を断固拒否。代わりに通称「クレーム係」こと総務課渉外係の吉良と、新人の真知子が犯人との交渉役に駆り出される。5761万7559円との奇妙な身代金を要求されるなか、刻一刻と腐敗が進む「人質」の奪還は間に合うのか!「お願い、お父さんを冷やして!」 『BOOK』データベースより。 タイトルが・・・ちょっと違うような気がします。想像していたのとかなりの隔たりがありますね。『お父さんを冷蔵庫に入れて』という子供の願いの様にも取れるタイトル、勘違いを生みます。遺体の身代金という新しい試みではありますが、謎という点では物足りません。何故半端な身代金なのか、遺体を如何に気づかれずに入れ替えるのか、身代金の受け渡しの方法は、辺りに興味は向きます。 意外と重要な双子の姉妹の動向には注意が必要です。犯人側からも描写されていますので、倒叙物としても捉えることが可能です。そして冒頭の遺体の引き取りシーンには多大な疑問が湧き起こり、物凄く違和感を覚えますね。そんな事って果たしてあるのかなって。 【ネタバレ】 犯人は現金を仮想コインに換金して、その大半を手にすることになります。この手法は誘拐物としては新味を出していると言えるかもしれません。が、最も肝心の遺体の入替に付いて、サラッと流し過ぎでしょう。そんなに簡単に出来るはずがないじゃありませんか。人の眼が全くないとでも?そこは大いに不満に思うところです。 又前述のように、誰も「お父さんを冷蔵庫に入れて」などとは言ってません。衝撃的なタイトルを付けたほうが売れるとでも考えての事と思いますが、色々誤解を生むので、そこのところ留意していただきたかったです。警察内部に軋轢があるのは理解できますが、刑事課と総務課が同時に別の動きをするのはどう考えてもあり得ないと思いますが。 |
No.1156 | 7点 | 小説スパイラル 推理の絆2 鋼鉄番長の密室 城平京 |
(2020/08/02 22:15登録) 四十五年前、密室で死んでいた鋼鉄番長は自殺だったのか、他殺だったのか?歩とひよのは謎の美少女・牧野千景のために、「熱き番長の時代」を揺るがす密室を開くことに…。果たして「鋼鉄番長の密室」は開くのか!?そして開いた先にあるものは!?ガンガンNETにて大好評掲載中の「名探偵鳴海清隆~小日向くるみの挑戦~」から一編も同時収録。 『BOOK』データベースより。 前作より一段階レベルが上がった作品に仕上がっています。ダサいタイトルですが、これがまた読ませます。番長三国志時代とか、作中で歩にうんざりさせたりするお茶目な一面も見せます。所謂自虐ネタと言いますか。それでも大真面目に書かれていて、好感が持てると同時にグイグイと物語に引き込ませる吸引力を持っていると思います。 密室の謎を一人で多重解決していますが、どれもよく考えてあり、結局いずれの解釈が正しかったのかは読者に秘せられていて、お好きなものを選択できるように出来ています。個人的には意外性の点から最初の推理を推薦しますね。 中編の『殺人ロボの恐怖』、これもまた良いですねえ。むしろこちらの方が本格度が増して、私としては本編よりも高得点を上げたいところです。バラバラ死体物の新たなバリエーションとして、評価したいと思います。所詮元ネタはコミックスだろうと相手にしない読者は、一度読んでみると出来の良さに驚くはず。ですが、犯人の意外性はありませんのであしからず。 |