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ミステリの祭典

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メルカトルさんの登録情報
平均点:6.04点 書評数:1835件

プロフィール| 書評

No.1355 4点 古本屋探偵の事件簿
紀田順一郎
(2021/09/16 23:03登録)
「本の探偵――何でも見つけます」という奇妙な広告を掲げた神田の古書店「書肆・蔵書一代」主人須藤康平。彼の許に持ち込まれる珍書、奇書探求の依頼は、やがて不可思議な事件へと発展していく。著者ならではのユニークな発想で貫かれた本書は、「殺意の収集」等これまで書かれた須藤康平もののすべてを収録した。解説対談=瀬戸川猛資
Amazon内容紹介より。

無味乾燥な文体で面白みのないストーリーが描かれる、古書探偵のビブリオミステリ。冒頭は多少興味を惹かれる部分もありますが、話が進むにつれどんどん煩雑になって行き、無個性の登場人物も誰が誰だか分からないような状況で、内容がちんぷんかんぷんになる作品が多いです。中には意外な真相なのもあります。しかし全体として人間が描けていないし、そもそも主人公の須藤に魅力が感じられません。

プロットも上手くないですね。情景も全く浮かんできませんし。
稀覯本に関しては明治から大正のものがほとんどで、素養のない私には何が何だかって感じでした。文章が下手という訳ではないと思いますが、自然と頭に沁み込んでくる感覚が全然なく、私にとって苦行の連続でした。古本や古書店に興味があるからと言って安易に読むと火傷しますよ。


No.1354 8点 男は旗
稲見一良
(2021/09/14 22:48登録)
大海原を制覇し、その優雅な姿は“七つの海の白い女王”と嘔われたシリウス号も今は海に浮かぶホテルとして第二の人生を送っていた。ところが折からの経営難で悪辣なギャングに買収されてしまう羽目に。しかし!シリウス号に集う心優しきアウトローどもが唯々諾々と従う筈はない。買収の当日、朝まだきの海を密かに船は出航した。謎の古地図に記された黄金の在り処を求めて…。
『BOOK』データベースより。

とにかく理屈抜きに面白い。最初から最後まで全てが見どころと言って差し支えありません。冒頭からテンポ良く話が進み、次から次へと新たな登場人物と共にエピソードが生まれ、その度にワクワク感が増幅していきます。短い中にもぎっしりと詰まった充実の内容、時折ハッとさせられるような情感溢れる描写、魅力的なキャラ達の拮抗した活躍ぶりなど、全てに好感が持てました。

ギャングたちとのバトルも盛り上がりますが、一人として死者が出ないところも心優しい作者の姿勢がよく表れていると思います。そしてラスト、オチをきっちり決めてくれています。なるほどそういう事だったのかと、思わず納得です。まだまだ冒険は終わらない、けれど・・・続編が読みたかったですねえ、本当に。


No.1353 7点 六人の嘘つきな大学生
浅倉秋成
(2021/09/11 23:07登録)
「犯人」が死んだ時、すべての動機が明かされる――新世代の青春ミステリ!

ここにいる六人全員、とんでもないクズだった。

成長著しいIT企業「スピラリンクス」が初めて行う新卒採用。最終選考に残った六人の就活生に与えられた課題は、一カ月後までにチームを作り上げ、ディスカッションをするというものだった。全員で内定を
得るため、波多野祥吾は五人の学生と交流を深めていくが、本番直前に課題の変更が通達される。それは、「六人の中から一人の内定者を決める」こと。仲間だったはずの六人は、ひとつの席を奪い合うライバルになった。内定を賭けた議論が進む中、六通の封筒が発見される。個人名が書かれた封筒を空けると「●●は人殺し」だという告発文が入っていた。彼ら六人の嘘と罪とは。そして「犯人」の目的とは――。

『教室が、ひとりになるまで』でミステリ界の話題をさらった浅倉秋成が仕掛ける、究極の心理戦。
Amazon内容紹介より。

これは評価が難しいですねえ。そもそもジャンル的にどの範疇に入るのかが分かりません。本格かサスペンスか青春ミステリか、個人的にはイヤミスが最も近いのではないかと思いますが。
序盤は六人の就活生達が最終選考に全員残る為、一致団結してグループディスカッションに臨む辺りまでは、読み易い文章も相まって青春っていいなあとか思いながら呑気に読んでいました。それが突如暗転するのには驚きを隠せませんでしたよ。
就職活動、入社試験、面接、これらのワードは私が世の中で最も嫌いな単語です。そりゃ私だってかつては就活生でしたし、面接も少なからず受けました。孤独な戦いでしたね、思い出すだけでも気分が下がります。それをパワーに変えて事に当たる若者たちには好感を抱きました。

しかし、六人の知られざる過去を暴かれて以降、終始嫌な気分が抜けず不安感を煽られました。ただ少なからず心を揺さぶられた時点で作者の勝ちだったのだと思います。
「犯人」の正体はある理由から推測できました。なのでそれが誰なのかを明かされても驚きませんでした。けれどそれだけで終わらないのが本作の魅力。これ以上は未読の方の興を削ぐことになりそうなので割愛します。


No.1352 7点 あと十五秒で死ぬ
榊林銘
(2021/09/08 22:59登録)
死神から与えられた余命十五秒をどう使えば、私は自分を撃った犯人を告発し、かつ反撃ができるのか? 一風変わった被害者と犯人の攻防を描く、第12回ミステリーズ! 新人賞佳作入選「十五秒」。犯人当てドラマの最終回、目を離していたラスト十五秒で登場人物が急死した。一体何が起こったのか? 姉からクイズ形式で挑まれた弟の推理を描く「このあと衝撃の結末が」。〈十五秒後に死ぬ〉というトリッキーな状況で起きる四つの事件の真相を、あなたは見破れるか? 期待の新鋭が贈る、デビュー作品集。
Amazon内容紹介より。

お世辞にもリーダビリティが優れているとは言い難いけれど、その突飛な発想には見るべきところがあります。四作とも毛色の違う作品で作者の引き出しの多さを思い知らされました。特に中編の『首が取れても死なない僕らの首無殺人事件』はこれ一作で長編でも書ける充実の内容となっています。白井智之も真っ青なその特異設定は奇妙奇天烈で、しかし適度なユーモアも含んでおり、更に解決編ではこれでもかと本格スピリットに基づいた緻密な推理を披露してくれます。これは文句なく面白い、よくこんなものを考え付いたなと感服します。まあ受け付けない人も居るんでしょうけどね。

『このあと衝撃の結末が』もちょっと煩雑な気もしますが、なるほどの結末で納得。TV番組の推理ドラマの謎に挑戦する視聴者と云う図式で姉が活躍し、なかなかの名探偵ぶりを見せてくれました。
他二編もそれなりの出来で高水準、好感が持てる作品集でした。


No.1351 8点 ボーン・コレクター
ジェフリー・ディーヴァー
(2021/09/05 22:50登録)
骨の折れる音に耳を澄ますボーン・コレクター。すぐには殺さない。受けてたつは元刑事ライム、四肢麻痺―首から下は左手の薬指一本しかうごかない。だが、彼の研ぎ澄まされた洞察力がハヤブサのごとく、ニューヨークの街へはばたき、ボーン・コレクターを追いつめる。今世紀最高の“鳥肌本”ついに登場!ユニヴァーサル映画化!「リンカーン・ライム」シリーズ第一弾。
『BOOK』データベースより。

かなり長いですが、一分の隙も無いと言って良い程濃密な世界を構築していると思います。それでいて、よく言われるようにジェットコースターの様にうねりを伴って疾走します。テンポもよく後から考えれば、これだけの短い時間での出来事だったのだという思いと、1ミリも無駄のない実によく練られたミステリではないかという驚きに駆られます。やや都合良く行き過ぎな感は否めませんが、欠点らしきものはそれくらいでしょう。
個人的にはどちらかと言うと主役のライムより刑事ですらないサックス巡査の方に感情移入しました。しかし、ライムは40歳と言う年齢よりもずっと老練しているような印象を受けますね。むしろ老人の域に達している感覚で常に読んでいた気がします。

当初シリーズ化の予定はなかったらしいですが、これだけ連綿と続いているのに人気が落ちないのももっともだと思いますね。まあ今言えるのは、何故もっと早く読まなかったのかという事と、出来る限り本シリーズを読みたいとの思いを強くした事でしょうか。平均評価はあまり高くないですが、取り敢えず一読してみる価値はあると思います。
また、ちょっとしたロマンス要素もあり、本書に花を添えている辺りも憎いですね。


No.1350 7点 腸詰小僧 曽根圭介短編集
曽根圭介
(2021/08/31 23:08登録)
シリアルキラー“腸詰小僧”の独占インタビューを成功させた西嶋の元を、被害者の父・楢崎が訪ねてきた。楢崎はすでに社会復帰している腸詰小僧に会わせろと迫る。一方、警察官の弟・敏哉が、妻以外の女性を妊娠させてしまったと泣きついてきた。女は子どもを産んで敏哉と一緒になるの一点張りで言うことを聞かない。追い詰められていく西嶋は――。(表題作)胸くそが悪くなるようなロクデナシだらけ。でも不思議と痛快な全7編!!
Amazon内容紹介より。

『留守番』を除いてどれも二つのストーリーが交差することなく進行し、最後に収束するという構成を採っています。どんでん返しあり反転ありと切れ味鋭いナイフの様なエッジを効かせて、驚かせてくれます。しかし後味はすこぶる悪いです。登場人物のほぼ全員が碌でもない人間ばかりで、良い意味で作者特有の嫌らしさを存分に発揮していると思います。

ただ惜しまれるのは乾いた文体のせいか、必要最小限の情報量のためか、それ程の印象深さを感じない事ですね。何年も内容を覚えている自信がありません、私だけかも知れませんが。その代わり、いつか再読してもある程度の新鮮さを味わえると思います。いずれにしても曽根ワールドを堪能できるのは間違いないですね。


No.1349 5点 ミザリー
スティーヴン・キング
(2021/08/29 22:55登録)
雪道の自動車事故で半身不随になった流行作家ポール・シェルダン、元看護婦の愛読者に助けられて一安心したのが大間違い、監禁されて「自分ひとりのために」小説を書けと脅迫されるのだ。キング自身の恐怖心に根ざすファン心理のおぞましさと狂気の極限を描き、作中に別の恐怖小説を挿入した力作。ロブ・ライナー監督で映画化。
『BOOK』データベースより。

読んでも読んでも終わらない、冬の話なのにエンドレスサマーって感じです。やっと読み終わって確かなカタルシスが得られたかと問われれば、否としか言いようがありません。決して面白くない訳でも冗長な事もないですが、あまりに抑揚がなく盛り上がりに欠けるのが致命的ですかね。所々残酷シーンもあったりします、しかしそこをもっと強調しリアルに描いてくれないと。グロさに迫力が無さ過ぎます。それと舞台が固定されている為変化に乏しく、途中で若干ダレますね。ただ、主人公のポールの内面は良く描かれていますし、アニーのサイコパスぶりもねっとりと伝わっては来ます。しかし、例えば『黒い家』と比較するとまだまだ物足りないって気がします。

それでも、これはいつまでも自分の記憶に残りそうな予感はします。キングってそんな感じのばっかなのでしょうかねえ。原作は読んでいませんが、映画『キャリー』があまりに素晴らしかったので、期待ばかりが先走ってしまって辛口の点数になってしまうのは致し方ないかなと思います。


No.1348 6点 狂乱家族日記 四さつめ
日日日
(2021/08/24 22:50登録)
凶華が遊園地で大騒動を繰り広げる少し前のこと、雹霞はパチンコ屋の娘さんに「恋」をした。そして、そんなこととは少しも関係なく凶華は母親?に目覚め、千花は転校した学園で番長?となった。乱崎家のそんな平和?な日々の中、死んだはずのDr.ゲボックが現れ、周辺にはしだいに不穏な空気が漂ってくる―。千花の学校が麻薬汚染!?現象対策局に新局長就任!?新展開だった前巻を超える予測不能の『四さつめ』!怒涛のボリュームで登場。
『BOOK』データベースより。

今回の主役は殺人を目的に造られた生物兵器の雹霞であり、準主役が最後に乱崎家に参入した千花です。それぞれ独立したストーリーが微妙に関連を持ってきて、相乗効果を生み大いに盛り上がります。更に新キャラが続々登場し、物語の根幹に関わる案件が勃発します。そんな中凶華だけは相変わらずのマイペースで己を貫き、何事にも動じることはありません。

他にも遂に宇宙クラゲの月香の変身後の姿もさりげなく明かされたり、最も影の薄い感のある銀夏がやはりあまり活躍しなかったり、とにかく内容盛り沢山の乱れぶりであります。
新たな展開を迎えようとしている本シリーズ、次は何をやらかしてくれるのか楽しみでもあり不安でもあります。おそらく次作ではまた違った物語が始まるのだと思われます。


No.1347 5点 アンドロイドは電気羊の夢を見るか?
フィリップ・K・ディック
(2021/08/21 22:57登録)
第三次大戦後、放射能灰に汚された地球では生きた動物を持っているかどうかが地位の象徴になっていた。人工の電気羊しかもっていないリックは、本物の動物を手に入れるため、火星から逃亡してきた〈奴隷〉アンドロイド8人の首にかけられた莫大な懸賞金を狙って、決死の狩りをはじめた! 現代SFの旗手ディックが、斬新な着想と華麗な筆致をもちいて描きあげためくるめく白昼夢の世界!
リドリー・スコット監督の名作映画『ブレードランナー』原作。
35年の年を経て描かれる正統続篇『ブレードランナー2049』キャラクター原案。
Amazon内容紹介より。

正直100頁位まで私の心は1ミリも動きませんでした。それ以降漸く脈動し始めたはずの心も激しく興奮することはありませんでした。Amazonでも本サイトでも高評価で名作の名高い本作ですが、それ程までとは思えませんねえ。
色々説明不足な点が多いのがまず気になります。例えば如何に何故アンドロイドが造られたのか、動物を飼う事に何ゆえ人間は夢中になるのか、マーサー教とは何か、特殊者とは?など。そうしたバックボーンが作者の頭の中に存在しているにも拘らず、読者には十全に開示されていない様に思われて仕方ありません。いささか不親切ではないでしょうか。
で、派手な賞金稼ぎの主人公とアンドロイドの戦闘なども見られず、ストーリーに抑揚もあまりなく、何だか読み進める事に対して私の気持ちは拒否反応を示す始末。

まあ私がマイノリティなのは分かっています。そして読解力がないのだという自覚もあります。どうにもハードSFというやつと相性が悪くていけません。この名作を楽しめなかった自分が情けないです。


No.1346 7点 特別編集版 魔法少女育成計画
遠藤浅蜊
(2021/08/17 22:44登録)
奇跡のソーシャルゲーム『魔法少女育成計画』によって魔法の力を与えられた十六人の少女たち。ある日、彼女たちに「増えすぎた魔法少女を半分に減らす」という一方的な通告が届き、無慈悲な生き残りレースが幕を開けた……。話題沸騰中の作品が特別編集版となって登場! シリーズ第一作『魔法少女育成計画』に加え、書籍未収録だった中編『スノーホワイト育成計画』を収録。さらに描き下ろしミニポスター、イラストギャラリーなど、お楽しみ要素満載でお届けします!
Amazon内容紹介より。

やや拙い文章を除けば、文句の付け様がないだけに惜しいなと思います。ラノベかくあるべきという見本のような作品と言っても良いでしょう。只管リアル魔法少女達がバトルロワイアルを繰り広げる物語ですが、構成力やそれぞれの個性を生かしたストーリー性は見るべきものがあります。
意外過ぎる展開やその後に訪れる驚きを十分に堪能出来ました。仲間同士の結束、裏切り、反転、必殺技の炸裂など見どころは満載で、単なる戦闘ものに留まらず、ファンタジー要素も有り、決して単調になることなく楽しめます。
文庫本で収録されていなかった2短編はおまけ程度ですが、『スノーホワイト育成計画』はスノーホワイトが武闘派に成長した過程が描かれており、その意味では貴重な作品らしいです、ファンによると。

又、3頭身で描かれたイラストが滅茶可愛くて萌え要素もたっぷり備えています。十六人もの魔法少女達が登場する本作で混乱せずに済む一因ともなっています。楽しみなシリーズがまた一つ増えました。


No.1345 6点 卵をめぐる祖父の戦争
デイヴィッド・ベニオフ
(2021/08/14 23:17登録)
「ナイフの使い手だった私の祖父は十八歳になるまえにドイツ人をふたり殺している」作家のデイヴィッドは、祖父レフの戦時中の体験を取材していた。ナチス包囲下のレニングラードに暮らしていた十七歳のレフは、軍の大佐の娘の結婚式のために卵の調達を命令された。饒舌な青年兵コーリャを相棒に探索を始めることになるが、飢餓のさなか、一体どこに卵が?逆境に抗って逞しく生きる若者達の友情と冒険を描く、傑作長篇。
『BOOK』データベースより。

タイトルがあざといです。読者の目を嫌でも惹きつける、第二次世界大戦中のロシアを舞台に卵1ダースを数日中に持ち帰らなければ、二人の青年が処刑されるという奇妙な物語。そりゃ誰でも興味を惹かれるでしょうよ。しかし、残念ながらこれは戦争の悲惨さを訴えた青春小説であり、決して卵を如何に入手するかというものがメインテーマではありません。又戦争を扱った小説としては残酷なシーンや、生活の為ドイツ兵に身を捧げる少女たちの実態も描かれていますが、そこに生々しさは存在しません。あくまで客観的に物事を捉えつつ冷静に淡々とした筆致で描写されています。ですから、過激さや派手さは持ち合わせていませんね。

一方で主人公レフの女性に対する揺れ動く心情を描いたみたり、下ネタをかなり多用したり、レフとコ―リャの掛け合いがまるで漫才のようであったりと、明るいトーンで物語を進行させています。それでいて、いかに戦争が馬鹿気たものであるかという、訴えるべきツボはきっちり押さえています。
まあどちらかと言えば若者向けで、もう少し早く読めばもっと共感することが出来たかもしれません。とは言え、高々十一年前の作品だから若い頃に読む事は不可能でしたけど。


No.1344 6点 他人の顔
安部公房
(2021/08/10 23:03登録)
液体空気の爆発で受けた顔一面の蛭のようなケロイド瘢痕によって自分の顔を喪失してしまった男…失われた妻の愛をとりもどすために“他人の顔”をプラスチック製の仮面に仕立てて、妻を誘惑する男の自己回復のあがき…。特異な着想の中に執拗なまでに精緻な科学的記載をも交えて、“顔”というものに関わって生きている人間という存在の不安定さ、あいまいさを描く長編。  
『BOOK』データベースより。

事故で顔を失った男の欝々とした一人語り。文章が回りくどい、そして文学を気取ったラノベの様に比喩表現が如何にも多いです。登場人物が少なく、ストーリー性も殆ど無し、読めば読むほど気分が落ち込みます。最初、「おまえ」とは読者に向けて書かれたものかと思っていましたが、途中でその相手が誰かが分かります。
これだけ自分の顔に固執するのならば、もう少しケロイド状の顔の描写があっても良いのではと思います。矢鱈と蛭の巣という表現が出てきますが、想像力が足りないのかイマイチその顔貌が頭に浮かんできませんでした。仮面がいくら精巧に仕上がっていたとしても、何もかもがそう上手く思い通りになるはずがないと突っ込みたくなる部分が大いにあります。

一般受けするとは思えませんが、Amazonの評価は結構高いです。それでも人に薦めるには勇気がいりますね、これは。最後の映画のシーンでプラス1点。主人公の心情は手に取るように分かりますが、あまりに暗くて底が見えず感情移入しようにもとてもではないけれど無理でした。


No.1343 6点 しらみつぶしの時計
法月綸太郎
(2021/08/07 23:01登録)
無数の時計が配置された不思議な回廊。その閉ざされた施設の中の時計はすべて、たった一つの例外もなく異なった時を刻んでいた。すなわち、一分ずつ違った、一日二四時間の時を示す一四四〇個の時計―。正確な時間を示すのは、その中のただ一つ。夜とも昼とも知れぬ異様な空間から脱出する条件は、六時間以内にその“正しい時計”を見つけ出すことだった!?神の下すがごとき命題に挑む唯一の武器は論理。奇跡の解答にはいかにして辿り着けるのか。極限まで磨かれた宝石のような謎、謎、謎、!名手が放つ本格ミステリ・コレクション。
『BOOK』データベースより。

表題作以外はこれと言って特筆すべき作品はありません。特に舞台が海外になると、途端に面白くなくなります。翻訳物に造詣が深くハードボイルドも好きな作者ならではとも思いますが、もっと端正なパズラーを書いて欲しいですね。表題作ですが、大体予想通りの展開でした、しかし最後にやってくれました、これには驚きましたね。そっちかよって感じで。

あと印象に残ったのはショートショートの『イン・メモリアル』で、この短さでこの内容、濃厚さ、心に刺さるものがありました。『猫の巡礼』はオチがなくてちょっとがっかりでしたね。平均的な作品が多いしあまり法月の特徴が出ていなかったのは残念です。期待を上回ることはありませんでした。


No.1342 7点 百鬼夜行 陽
京極夏彦
(2021/08/04 23:05登録)
悪しきものに取り憑かれてしまった人間たちの現実が崩壊していく…。百鬼夜行長編シリーズのサイドストーリーでもある妖しき作品集、十三年目の第二弾。京極夏彦・画、書下ろし特別附録「百鬼図」収録。
『BOOK』データベースより。

京極堂シリーズのサイドストーリー。痛快とか面白いとかの要素はありません。むしろ全般に暗くジメジメしている感じです。それにしても凄まじい程人間が描かれています。それは言動は勿論、細かな仕草や言葉遣いや心理描写によく表れています。特に駄目な人間の心情がこれでもかと描かれていて、ああ、自分も似たようなものだなと思わせられました。それも様々なタイプの人間像を具に描いており、ある意味厭になって来る位京極らしさを前面に押し出しているので、「あの頃」を思い出しながら読めました。駄目人間を描かせたらこの人の右に出る人はいないのではと思います。

シリーズ本編を読んでいなくても楽しめますが、読んでいれば更に楽しめることは間違いないと思います。しかし、出来る事ならもっと早く読むべきでした。
最終話では若き日の京極堂、榎木津、関口が揃ってほのぼのしています。榎木津の「視える」ようになった幼少期の経緯も知れますよ。


No.1341 6点 黒き舞楽
泡坂妻夫
(2021/08/01 22:27登録)
東京郊外の都市で一刀彫りの郷土人形を作る旧家に嫁いだ女性が次々に不審な死を遂げる。最初の妻は交通事故に遭って家に戻ったその晩に、二番目の妻は心臓発作で急死。どちらの場合も夫は不在だったという。その家には江戸時代から伝わる美しい浄瑠璃人形があり、それにはただならぬ因縁が絡んでいるらしい…。謎と官能に彩られた男女の異形の愛を描きだした禁断の恋愛ミステリー。
『BOOK』データベースより。

短い中で色々詰め込み過ぎて、途中方向性を見失いかけました。確かな謎が中心に据えられているのに、直接触れようとはせず周りから徐々に埋めていく手法は、好悪が分かれそうなところだと思います。作者らしい浄瑠璃人形に対する執着ぶりにはなるほどと思わせますが、事件との繋がりに尤もらしさが感じられません。トリックらしきものはあるものの、付け足しの様なものです。

普段からホラーもそれなりに読んでいる私には、残念ながら真相に対する驚きはありませんでした。世の中には様々な愛の形が存在している訳で、決して本作の様な愛が歪んだものだとは思いません。古来からこういった人間のさがは結構描かれており、これもかなり古いですが、今更取り立てて称賛する程の作品とは言えないと思います。


No.1340 6点 錬金術師の密室
紺野天龍
(2021/07/30 23:01登録)
舞台は架空の国のある都市、時代はおそらく近未来でしょう。世界に7人しかいない様々な神業としか思えない能力を持つ錬金術師の一人が、三重密室内で彼自身が創造したホムンクルスと共に殺害される事件の謎を、探偵役である別の錬金術師とその助手で軍務省情報局の少尉が追う物語。彼らに残された時間は僅かに一日だけ。

密室のトリックは所謂バカミスの様なものです。最近よくある特異設定での事件なので、現実的な常識は通用しません。しかし、探偵の推理は至極真っ当なもので、特に違和感は覚えません。驚愕度はそれ程ではありませんが、そんな馬鹿なというか、それじゃ何でもアリじゃないか的なアンフェアな感は否めません。其処で終わっていたらおそらく5点だったと思います。しかし、ラストは見事に・・・これ以上は書けません。

作者はもともとファンタジーなライトノベルでデビューしたそうですが、真面な本格ミステリも書けるという力量を見せつけてくれました。予想していたより文章も確りしていますし、シリーズ化もされて今後が楽しみな作家だと思います。


No.1339 7点 鬼物語
西尾維新
(2021/07/27 23:10登録)
誤解を解く努力をしないというのは、嘘をついているのと同じなんだよ”
阿良々木暦(あららぎこよみ)の影に棲む吸血鬼・忍野忍(おしのしのぶ)。彼女の記憶から呼び覚まされた、“怪異を超越する脅威”とは……!?
美しき鬼の一人語りは、時空を超えて今を呑みこむ――!!
<物語>シリーズ第12巻
Amazon内容紹介より。

久しぶりに物語シリーズらしい作品に出会えた気分です。今回は忍野忍が主役と思わせておいて実は・・・という寸法であります。八九寺真宵と共に突如「非怪異」とも言える『くらやみ』に襲われる阿良々木暦。訳の分からない相手だけにどう戦うかも闇の中で、新たな人物を登場させ、今後の展開の重要なターニングポイントになりそうな予感がします。
個人的にお気に入りだった忍野メメが退場し、ちょっぴり淋しい思いをしていただけに、増々本シリーズの先々が楽しみになりました。

派手なバトルこそありませんが、ミステリ的な手法を取り入れて伏線を回収させ、感情を揺さぶられるような解決法を選択しており、シリーズファンにとってはやや悲しいラストを迎えます。そして最終章ではメメの親類が登場、良い感じのシーンで締めくくりました。余韻に浸れました。


No.1338 6点 ブラッド・ブラザー
ジャック・カーリイ
(2021/07/24 22:50登録)
きわめて知的で魅力的な青年ジェレミー。僕の兄にして連続殺人犯。彼が施設を脱走してニューヨークに潜伏、殺人を犯したという。連続する惨殺事件。ジェレミーがひそかに進行させる犯罪計画の真の目的とは?強烈なサスペンスに巧妙な騙しと細密な伏線を仕込んだ才人カーリイの最高傑作。
『BOOK』データベースより。

確かに面白かったですよ。しかし、刑事の兄が連続殺人犯という設定を除けば、ごく普通のサイコサスペンスだと思うんですが。物語を複雑にするのは大変結構な事、むしろ翻訳物は大味という先入観を持っている私にとっては、大歓迎です。ただし、話が色んな方向に分散し過ぎて、諸々説明不足になっている感が否めません。特にホワイの部分がいま一つ納得行かないですね。何故あのような猟奇的な装飾が施されたのかとか、真犯人の心理状態とか、殺害予告の意味など。これ見よがしにあれこれ盛り込めばそれらしく見える、見栄えが良くなると単純に考えた故としか思えません。

誤解を恐れず書けば、この程度のサイコサスペンスであれば、国内、巷に溢れていますよ。本作はカーリイの最高傑作と言われていますが、どうなんだろうなーと首を傾げてしまいます。しかし、一作だけで評価するのはやはり片手落ちだと思いますので、あと何作かは読んでみますけどね。


No.1337 5点 隻手の声
椹野道流
(2021/07/21 22:52登録)
伊月が法医学教室に入って、もう半年。ミチルと都筑教授の親心(!)により、兵庫県監察医の龍村のもとで「武者修行」をすることになった。見た目を裏切らない龍村の解剖マシーンぶりに目を見張り、悪戦苦闘する伊月だったが、ある赤ん坊の遺体に微かな痣を見つけてしまう。果たして伊月の祈りは届くのか……!?
Amazon内容紹介より。

これまでのミステリ要素をホラーで解決するという作品とは異なり、謎解きもオカルトも存在しません。主題は義理の父親とその子供ですが、小ネタの寄せ集めに終始しており、どこに軸を置いているのかはっきりしません。よって、シリーズを通して読んできたファンには、一体どうしたんだって事になりますね。一寸裏切られた感が払拭できません。

親子鑑定に始まり、猫のししゃもと戯れる伊月、ネトゲにハマる伊月、龍村の下でしごかれる伊月、ちょっぴり刑事の筧と作者得意のBL風になってしまう伊月など、今回は伊月のあらゆる内面を見せられ、何となく感情移入してしまう仕掛けです。ジャンルは迷いましたが社会派としました。その他でも良かったんですけどね、どこに一番重点が置かれているかで判断しました。


No.1336 6点 赤の女王の名の下に
汀こるもの
(2021/07/18 23:10登録)
情報漏洩、そして少年犯射殺の責任を問われ閑職に回された警察官僚・湊俊介。エリート街道復帰めざし、警察トップにも影響力ある財閥の、婿選びパーティに高校生探偵・立花真樹と参加するも、館で令嬢が殺害される。家名に傷がつくことを厭う遺族、自己保身に走る湊、大人の事情で事件はあらぬ方向に処理されるが惨劇は続く!湊たちは恐怖の館から生還できるか。
『BOOK』データベースより。

終始一貫これまで脇役に徹していた湊警視正の過去と現在の物語。で、今回は湊俊介の一人称なのか、三人称なのか判然としない(自身が語っているのは間違いないが「私」という個称が一切使われていない為)。其処の所どうなんでしょうねえ、一応一人称としておきますが。兎に角探偵役の双子の片割れである真樹すら脇に追い遣られており、ミステリ色が一層薄くなっている感じがします。
そんな中密室殺人事件は起こり、その後も事件は続きます。しかし、それらを捜査するでもなく推理する訳でもない湊と真樹。双子の兄の美樹は登場すらしません?結局解決に導くのは湊で真樹は何もしません。ただ相変わらず魚や奇妙な生態を見せる生物たちの蘊蓄を語るのみ。実は既に第一段階で真相を見抜いていたにも拘らず・・・。だったらもっと早く探偵役らしいところを見せろよと思ったりもします。その黙して語らない動機が何とも言えません。

結論として、この作者にしては十分楽しめたとは言えます。合わない人は拒絶反応を示すかも知れませんけど。ミステリとして破綻しているかと問われれば、私は否と答えるでしょう。動機に関しては弱いと言うか、そんな馬鹿なって感じです。本格ミステリと云うより、総合的に評価してこの点数に落ち着きました。

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