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ミステリの祭典

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メルカトルさんの登録情報
平均点:6.04点 書評数:1835件

プロフィール| 書評

No.1475 8点 #真相をお話しします
結城真一郎
(2022/07/28 22:33登録)
家庭教師の派遣サービス業に従事する大学生が、とある家族の異変に気がついて……(「惨者面談」)。不妊に悩む夫婦がようやく授かった我が子。しかしそこへ「あなたの精子提供によって生まれた子供です」と名乗る別の〈娘〉が現れたことから予想外の真実が明らかになる(「パンドラ」)。子供が4人しかいない島で、僕らはiPhoneを手に入れ「ゆーちゅーばー」になることにした。でも、ある事件を境に島のひとびとがやけによそよそしくなっていって……(「#拡散希望」)など、昨年「#拡散希望」が第74回日本推理作家協会賞を受賞。そして今年、第22回本格ミステリ大賞にノミネートされるなど、いま話題沸騰中の著者による、現代日本の〈いま〉とミステリの技巧が見事に融合した珠玉の5篇を収録。
Amazon内容紹介より。

Amazonで品切れと入荷を繰り返しながらも、ここのところミステリ小説部門でベストセラー1位を続けている本作。なかなか古書でも定価で入手するのが困難な状況の中、隙を突きどさくさに紛れて定価でゲットした新品。読むなら今しかないでしょと早速読んでみる。
面白い、面白過ぎる。
普通の本格ミステリ、イヤミス、サスペンスと思って読むとどこか違和感を覚えます。何かが違う、これまでにない新しい小説のような気もしてきます。

ストーリー自体は違和感を覚えるものの比較的真っ当に思えますが、真相が明らかになるまで読まされていたものは実は事件の裏から見たものだったみたいな感覚です。それが引っ繰り返り、表の姿を現すと云う物語がほとんどです。それを俗に言うどんでん返しであるとするならば、本作品集はその見本の様なものと言えます。『パンドラ』だけはやや読後がモヤモヤするものの、他は見事にやられました。意外過ぎる動機であったり、世界が反転する瞬間を目の当たりにするのが快感に変わります。テクニカルな傑作だと思います。


No.1474 7点 蒼海館の殺人
阿津川辰海
(2022/07/27 22:45登録)
学校に来なくなった「名探偵」の葛城に会うため、僕はY村の青海館を訪れた。
政治家の父と学者の母、弁護士にモデル。
名士ばかりの葛城の家族に明るく歓待され夜を迎えるが、
激しい雨が降り続くなか、連続殺人の幕が上がる。
刻々とせまる洪水、増える死体、過去に囚われたままの名探偵、それでも――夜は明ける。
新鋭の最高到達地点はここに、精美にして極上の本格ミステリ。
Amazon内容紹介より。

長いがそれに見合っただけの中身であると思います。無駄な描写は微塵もなく、起こった事象に関してはまるで精密機械の様に組み立てられています。まあ良くもこれだけの物語を考え付くものだと感心しました。しかし、それは飽くまで話の中で語られた事柄に対してのものであり、果たして犯人の思惑通りこれ程に都合よく事が運ぶものかとの懸念は感じました。やや偶然が過ぎるのではないかと思わずにはいられません。

ですから本来8点を付けても問題なかったのですが、若干の瑕疵がマイナス点となりました。
それでも、自然現象まで計算に入れての用意周到な犯罪には頭が下がる思いです。これまでのクローズドサークルとは一味違います。途中、探偵助手の私が地の文で突然何を言い出すのかと驚きもしました、それも犯人の掌で踊らされたいたとは、何という事でしょう。意外性もあります。概して玄人好みの逸品だと思います。


No.1473 6点 もはや僕は人間じゃない
爪切男
(2022/07/23 22:55登録)
手痛い失恋、家族との確執、そして自らに起きた性の揺らぎを抱えながら、人生の暗黒期を過ごしていた著者。孤独の中から救い出してくれたのは、パチンコ中毒のお坊さんと、「トリケラ」という源氏名のオカマバー店員だった。誰が一番エロい仏像を見つけられるか競争したり、連絡が取れなくなった知人のLINEに天丼のスタンプを100個送ったり、知らない子どもの剣道の試合で号泣したりしながら、辛い過去を笑い話に変えていく日々。
『死にたい夜にかぎって』から1年。人生のどん底を「なんとなく」乗り越え、夢を叶えるまでを描いた実話。
Amazon内容紹介より。

一応エッセイに分類されている様ですが、完全な実話とは思えないのでジャンルはその他にしました。爪切男はこんな色んな経験を本当にしているのだろうか、と云う疑問は誰しもが持つところだと思います。それ程悲惨でありつつもドラマティックな人生を送る作者に乾杯。
簡単に言えば、オカマと坊主と親父、そして主人公の私的な内容です。押し付けがましくなく、さり気なく生きる上での教訓を与えようとする姿勢が垣間見られます。それも飽くまでナチュラルな、経験に基づく作者一個人としての真摯な想いであり、却って真に迫るものがある気がします。

しかし、これを誰かに薦めたらまず引かれるでしょう。
例えて言えば3年C組青春高校公式YouTubeチャンネルの『店長さん、私とグラビア語りませんか?#3』みたいな感じです。現役アイドルの頓知気(とんちき)さきなが80年代のグラビアを語るんですが、そこそこ可愛い女子がそんな大胆な事を口にしてしまうのか、というギャップ萌えの落差が凄いです。このコンテンツの中では断トツの再生回数を誇っていますので、興味のある方は検索してください(笑)。


No.1472 5点 B/W 完全犯罪研究会
清涼院流水
(2022/07/22 23:04登録)
3年連続でそれぞれ異なる殺人鬼に生命を狙われ「日本の犯罪史上もっとも有名な被害者」となった天見仄香は、現在、警視庁の犯罪被害者支援室に勤務している。未解決事件の再捜査の必要性を市民代表が審議する試験制度に参加し、自らの運命を揺さぶる「疑惑の少年」真壁巧と出会う仄香。真壁の周囲では、これまで両親や同級生など221件もの人間消失事件が起きていた。真壁巧は、はたしてクロかシロか?そして、仄香に迫る4度めの危機―。神の死を叫んだ哲学者が、現代社会に巨大な幻影を落とす。 
『BOOK』データベースより。

三回の集団失踪事件と三年連続首なし死体事件を中心に進む物語は、それなりに面白く最終章までは楽しめました。ところが最後でやってくれました。『コズミック』で悪い意味で騙されたと思った人にとっては、本作は間違いなく壁本でしょう。
かく言う私も読後は詐欺に遭った様な腹立たしさしか残りませんでした。しかし、よく考えればこの様な突拍子もない事件に、合理的な解決が得られる筈もなく、まあ仕方ないかと言う諦めの境地に至りました。

相変わらずですねえ、清涼院流水。そこまでやるかと云うほどの大風呂敷を広げておいて、結末を有耶無耶に濁す。これが普通の作家がやったらおそらく本にはなっていなかったと思います。結局期待した私が馬鹿だったんですね。本選びはなかなかに難しいものです、読む本読む本面白ければ苦労しませんやね。


No.1471 7点 名探偵のはらわた
白井智之
(2022/07/21 23:08登録)
稀代の毒殺魔も、三十人殺しも。名探偵vs.歴史的殺人犯の宴、開幕。推理の果ては、生か死か――。悪夢が甦る――。日本犯罪史に残る最凶殺人鬼たちが、また殺戮を繰り返し始めたら。新たな悲劇を止められるのはそう、名探偵だけ! 善悪を超越した推理の力を武器に、「七人の鬼」の正体を暴き、世界から滅ぼすべし! 美しい奇想と端正な論理そして破格の感動。覚醒した鬼才が贈る、豪華絢爛な三重奏。このカタルシスは癖になる!
『BOOK』データベースより。

いつものグロさがほとんどないのでどうも物足りなさを感じてしまいます。とは言え、構成そのものはかなりヘヴィー級ではあります。昭和の実際に起こった殺人事件の犯人の魂が乗り移り、過去と同じ事件を繰り返し、それに呼応するようにかつての名探偵であった古城倫道が蘇り、鬼畜達と対決していくというのが本筋。そして探偵の下僕である亘も助手として活躍しています。

問題は最初の事件で、これが又登場人物多目で相当入り組んでおり、ここをしっかり理解していないと十分に楽しめないと云う事になりかねません。最後の『津ヶ山事件』は津山三十人殺し事件の経緯を克明に著しており、この有名な事件に興味のある方はその再現度に頷かれる事と思います。
個人的には阿部定事件を準えた『八重定事件』が最もらしい作品として、好感が持てました。アリバイトリックが秀逸で、そこまでしなくてもと思いながらも、いつもの安定感と隣り合わせの危険度が最高潮に達した感がありました。

しかし残念ながら最初に「記録」として挙げられた七つの事件の全ての犯人を成敗している訳ではなかったのが心残りです。それと個人的には浦野の活躍がもっと読みたかったなと言うのが正直なところです。


No.1470 8点 神薙虚無最後の事件
紺野天龍
(2022/07/18 22:45登録)
活殺自在に読者を手玉にとるミステリセンス ーー辻 真先
多重推理の果てに現れる新たな景色 ーー麻耶雄嵩
虚構であろうと虚無ではなく。虚無ではなく。ただ、万雷の喝采を ーー奈須きのこ
読み進めるうち、この謎に本気で挑戦せずにはいられなかった ーー今村昌弘
論理遊戯【パズラー】生まれ、戯言拳闘【メフィスト】育ち。擦り切れ方を忘れかけた、ぼくらのための物語 ーー青崎有吾
名探偵の信念と贅沢な趣向。これは、懐かしくも幸福な玩具【おもちゃ】箱だ ーー阿津川辰海
何と技巧と細工に満ちたデラックスな探偵小説世界か ーー城平京
粗削りながら燦然と輝きを放つ才能の原石。瑞々しく魅力的な多重解決ミステリをご堪能あれ ――知念実希人
Amazon内容紹介より。

ハードルを思い切り高くして読み始めたところ、意外にも軽いタッチにやや拍子抜けしました。全てに於いて予定調和的で、大時代的な面もあり、どこかで読んだような既視感と余りに型に嵌ったそのスタイルに鼻白む私でした。作中作は全てが掲載されている訳ではなく肝心なところだけ抜粋されていますが、推理を展開させるに十分な手掛かりが揃っています。しかし、これも又密室とは言え地味な事件であまり魅力的な物とは言えませんでした。

ところが解決編、つまり多重推理の件に入って一気にヒートアップします。これですよ、これ。これを待っていたんです。随所に新本格を彷彿とさせるトリックや趣向なども盛り込まれ、大技小技を駆使して各々の推理がそれなりに説得力を持って解決を見ます。中にはそれはかなり無理があるだろうとツッコミを入れたくなる部分もあります、その辺りに粗さが隠しきれないことは確かです。それでもこのジャンルに於いて優れた作品の登場であることだけは間違いないと思います。

それにしても来栖さん可愛すぎ。その、時にさり気なく、時にあからさまな瀬々良木君への密かな想いに気付かない彼の鈍感さはお約束なのか?
まあそれはそれとして、是非シリーズ化を希望します。そして今年の各種ランキングへの上位喰い込みを願っています。

尚、鋼鉄番長の件は城平京の『小説スパイラル 推理の絆2』を読めば本作との共通点が分かります。多重推理だけではない事にも気づくでしょう。因みにどちらを先に読んでも問題ありません。


No.1469 6点 狂乱家族日記 九さつめ
日日日
(2022/07/15 22:44登録)
『来るべき災厄』で力を使い果たし、赤ん坊となった月香。しかしこの赤ちゃん、お腹が減っては泣いて電撃、おむつが濡れては泣いて電撃、と凶華も凰火も子育てなのに命懸け。父はいても乳はでない狂乱家族、さすがにお手上げ状態!?そんな中、優歌に異変が…。そして、月香の成長と交互に語られる、すべての始まり、千年前の「家族」の真実の物語とは―。待望の「閻禍伝説編」ついに開幕。まだまだ続く、馬鹿馬鹿しくも温かい愛と絆と狂乱の物語。 
『BOOK』データベースより。

今回は月香の成長日記的な、前作までの大騒動とは真逆なほのぼの系の物語。久しぶりに家族が一致団結する本シリーズらしい話です。特に優歌以外の家族がそれぞれこれまで登場した知己たちに助けを求めて、行方不明となった優歌を探して奔走するくだりはとても私好みで面白く読めました。一方で物語の根幹となる閻禍の若き日のエピソードが描かれており、こちらも興味深いものがありました。

シリーズとしては作者の言う通り新章に突入した感はあります。私としては第二部かなと思っていましたが、第三部、起承転結で言うところの転の始まりらしいです。つまり、ミステリで言うと伏線を回収し推理する段階に入ったそうです。でも結局こんなんで良いんですよね。優歌と月香のいがみ合いを家族がオロオロしたり結束したりしてワイワイやっている感じがいかにもな雰囲気で、仮初であっても家族って良いもんだなと思わせます。


No.1468 7点 精神分析殺人事件
森村誠一
(2022/07/13 22:45登録)
魚住と山下の両刑事は小学校教師の中原みどり殺害事件の聞込み捜査で、被害者の元同僚だった井川英一を訪ねた帰り、バッタやキリギリスの羽や首をバラバラにして、穴に葬っている児童に出会った。二人を送ってきた心理学の講師である井川は、その児童は殺されたみどりの勤めていた小学校の生徒だと教えた。そして彼は一見無意味に思える行動にも精神的原因があり、この子にも精神的葛藤がある筈だという。その話を聞いた魚住はミドリ色の虫と中原みどりという共通項に気づき、二人の関係を調べることにした…。
『BOOK』データベースより。

容疑者、犯人、目撃者の深層心理から事件にアプローチし、真相を暴いていく連作短編集。流石に素晴らしい文章力で、全てに於いて過不足なく描かれているのに好感が持てます。プロットもよく練られており、又エッジの効いたストーリー展開は目を瞠るものがあります。トリック重視の作品ではありませんが、その代わり人間の奥底に眠る性(さが)に迫る、様々な方向からの心理学で事件と対峙します。

今から50年以上前に書かれたとは思えない瑞々しい短編ばかりで、全てが佳作に近い出来栄えだと思います。意外性も備えていて、一寸した反転も味わえます。


No.1467 3点 妖精作戦
笹本祐一
(2022/07/11 22:55登録)
夏休みの最後の夜、オールナイト映画をハシゴした高校二年の榊は、早朝の新宿駅で一人の少女に出会う。小牧ノブ―この日、彼の高校へ転校してきた同学年の女子であり、超国家組織に追われる並外れた超能力の持ち主だった。彼女を守るべく雇われた私立探偵の奮闘むなしくさらわれてしまうが、友人たちは後を追い横須賀港に停泊する巨大原潜に侵入する。歴史を変えた4部作開幕。
『BOOK』データベースより。

元祖ラノベという事で、Amazonの評が割れているのにやや不安を覚え乍ら読んでみると、久しぶりにハズレに出くわしました。初版の朝日ソノラマ文庫が出版されたのが1984年、今では古臭さがどうしても拭い切れません。それ以前に最も重要な要素であるキャラが立っていません。これは心理描写がほぼ皆無であること、台詞に感情が篭っていないことが主な原因と思われます。ついでに言うと情景描写もありません。そして矢鱈スケールが大きいのに対して、文章がそれに付いて行けていないのもマイナス要素ですね。結果、単なる善と悪の追い掛けっこのドタバタ劇以上でも以下でもない凡作に仕上がってしまった印象です。因みに敵組織の背後関係なども無視されているという、手の抜き様。

それにしても一体何を思ったか、東京創元社が十一年前に再版させるという愚行に出たのが信じられません。二巻目以降評価が高くなっているのがせめてもの救いで、魔が差して全巻購入してしまった私の慰めであります。まさか二巻目から劇的に面白くなるとは思えませんが、頼むから5点くらいは付けさせてくれと願うばかりです。


No.1466 6点 同姓同名小説
松尾スズキ
(2022/07/09 23:03登録)
ネットで話題になっていた涼子が、私の目の前に現れた。ケイから突然、新曲の依頼の電話がかかってきた。アパートに入り浸っていたみのが、おもむろに告白を始めた。兄貴がある日、なお美へと変わってしまった。芸能人と姓も名前もたまたま一緒の男女が繰り広げる、放送禁止×爆笑必至の人生喜劇。なお、この小説は完全なるフィクションであり、実在の方々と、何の関係もありません!!
Amazon内容紹介より。

十三の作品から構成される短編集。作品ごとの出来不出来の差が有りすぎて、なかなか評価が難しい。基本的に訳の分からない話が多いです。みのもんた、ピンクレディ、川島なお美、田代まさし、広末涼子、荻野目慶子らが登場しますが、名前だけの友情出演?も含まれます。

面白かったのは友達の危機を救うために笑い仮面と呼ばれる彼女が取った行動とは?『間違えたいの!』(中村江里子)。竹内力と哀川翔の対決が楽しい『力の魂』(竹内力)。一介の中間管理職の私とモーニング娘。の意外な関係を描く、初期のメンバーから後藤真希、高橋愛、小川麻琴ら多数のメンバー登場の『モ二と私』(モーニング娘。)。上祐史浩と麻原との牧歌的な関係を描き、各幹部やオウムの重要人物のキャッチフレーズが笑える、例えば「走る爆弾娘」こと菊地直子など『上祐の夏』(上祐史浩)辺りですかね。
ちなみに広末涼子の『広末の秘密』ではその奇行をパロッていますが、私は本サイトの参加者の誰も知らないであろう彼女の秘密を知っています。まあそんな事どうでも良いか。


No.1465 6点 雨の日のアイリス
松山剛
(2022/07/07 22:48登録)
ここにロボットの残骸がある。『彼女』の名は、アイリス。正式登録名称:アイリス・レイン・アンヴレラ。ロボット研究者・アンヴレラ博士のもとにいた家政婦ロボットであった。主人から家族同然に愛され、不自由なく暮らしていたはずの彼女が、何故このような姿になってしまったのか。これは彼女の精神回路から取り出したデータを再構築した情報―彼女が見、聴き、感じたことの…そして願っていたことの、全てである。第17回電撃小説大賞4次選考作。心に響く機械仕掛けの物語。
『BOOK』データベースより。

第一章は博士(女性)と博士が造った人間と見た目は全く変わりないロボットとの、平和な生活を描いています。このロボットはその言葉に似つかわしくない、少女型のメイド風な容姿をしており、自分の事を僕と言う事に違和感を覚えます。第二章は一転、主人公の少女型ロボットが転生し、過酷な労働を強いられます。降りやまない雨の中、救いのない日々が続きますが、そんな中でも二人の仲間を見つけ、密かな読書会が開かれます。第三章は冒険と激しいバトルの物語。登場人物がロボットでなければ、完全なスプラッターですね。ここで描かれる戦闘シーンに私はシビれました。感動したと言っても良いでしょう。このような経験は初めてです。それだけ作者の描写力が優れていたという事になると思います。或いは私の心に突き刺さる何かを持っていたと言えるでしょう。そう、まるで迫力ある劇画或いはアニメを観ている様な感覚に近いかも知れません。最終章のテーマは救済ですね。

以上の様に完全に起承転結に則った本作は、章ごとに作風を変え読者をグイグイ引っ張っていきます。Amazonでも評価の高い作品であるのは身をもって実感しました。一応泣けるラノベとして捉えられている様ですが、それも納得の出来だと思います。私は泣けませんでしたけど。


No.1464 7点 指切りパズル
鳥飼否宇
(2022/07/05 23:12登録)
人気の動物アイドルユニット・チタクロリンのミニコンサート中におきた指切り事件。
そこからさらに連鎖する指切断事件。嘘つきは誰だ!

綾鹿市動物園で行われるチタクロリンのコンサート。予想以上の集客で混乱する中メンバーの飯岡十羽が撫でようとしたレッサーパンダに指をかみ切られてしまう。
チーフ警備員の古林新男は綾鹿署の刑事・谷村の聴取に応じるうちになし崩し的捜査に協力していく。
そして関係者次々に襲われて指を切断される事件が続いていく。
Amazon内容紹介より。

最初の事件の犯人?はレッサーパンダ。その後を追うように矢継ぎ早に次々と指切り事件が起こり、もう何が何だか分からない状況に陥りました。熟考する暇もなく読まされて、一体誰が何の為に指を切断していくのか、その事で頭が一杯でおそらくその間に伏線が張られているんだろうなとは思っていましたが、こんな事になっていようとは。

真相は最後に一気に明らかにされ、それは正しく圧巻でした。アイドルユニット、チタクリに関係する人々、舞台である動物園の関係者を巻き込んで繰り広げられる惨劇はとても端的に語ることは出来ません。ネタバレに繋がりかねませんしね。
それにしても、誰も彼も指を切断されたというのに早期に仕事復帰し、随分タフだなと思いました。なまじ殺されずに身体の一部を欠損してしまっただけに、却って背中がぞわぞわする感覚がしましたね。


No.1463 6点 神の名のもとに
メアリー・W・ウォーカー
(2022/07/03 22:55登録)
邪教集団「ジェズリールの家」の近くで、小学生17人を乗せたスクールバスが、AK‐47銃で武装した男たちに取り囲まれ、子供たちは地面に掘った穴の中で人質になった。教団では生後50日めの赤ん坊を、神に返すといってすでに42人も鎌で殺している。女性事件記者のモリー・ケイツは恐るべき陰謀に挑むが…。
『BOOK』データベースより。

物語はスクールバスを乗っ取られ教団の敷地内に掘られた穴蔵にバスごと閉じ込められた子供たちと、バスの運転手であるウォルターのパートと、教団「ジャズリールの家」の教祖で自ら預言者と名乗る男の生い立ちを追う女記者モリーのパートが交互に語られます。ストーリーの面白さと言うより、堅実な語り口調でじっくり読ませます。終盤漸く教団内に侵入するモリーともう一人の女性と、教祖モーディカイとの対決を除いてはこれと言って盛り上がるシーンはありません。それでも魅力的な人物がかなり登場し、モリーとの会話を通じてそれぞれの人間ドラマを知ることになります。ことにウォルターの友人アレスキーのベトナム戦争の体験などは心に残ります。

オウム真理教の様な終末思想にかぶれた邪教に新味はありませんが、物語の中枢を占めるものなのでその辺りもう少し掘り下げても良かったと思います。
しかし、全体として良く纏まった印象で、子供たちの中に喘息を患った子がいて薬も与えられない状況や、モーディカイの隠された秘密を探っていく段階などはじわじわと緊迫感を印象付けるのに一役買っています。


No.1462 5点 また殺されてしまったのですね、探偵様
てにをは
(2022/06/29 23:09登録)
殺された。やっぱりまた殺された。
伝説の名探偵を父に持つ追月朔也は、半人前の高校生探偵。
今日も依頼を受け、意気揚々と浮気調査や猫探しなど地味な仕事にいそしむが、なぜか行く先々で殺人事件に巻き込まれてしまう。
しかも"被害者"は自分自身!?
特殊体質によって毎度生き返る朔也を膝枕で出迎えるのは優秀な助手リリテア。
「また殺されてしまったのですね、探偵様」
「……らしいね」
探偵として、そして被害者として、朔也は文字通り命賭けで数々の難事件を解決していく──!
てにをは×りいちゅで贈る極上の本格ミステリー、開幕。
Amazon内容紹介より。

中編、短編、中編で構成された作品集。レーベルがレーベルだけにてにをは、ラノベに寄せてきましたね。わざわざ読者に迎合せず普通に書けば、もっと面白くなったのではないかと思うと、勿体ないなあと云うのが素直なところ。まあラノベファンはお喜びでしょうが。
シリーズ化を意識して、最初から伏線を張りまくっています。事件そのものは目を瞠る様なものではありませんが、その伏線が効いて次巻以降も読まずにはいられない気にさせてしまいます。

これはネタバレにならないと作者自身があとがきで書いているので、敢えて書きますが、半人前探偵の追月朔也は何度殺されても、どんな殺され方をしても必ず蘇ります。しかし、被害者になりながら犯人は分からないので、自身で推理するしかないって感じで、やむを得ず探偵稼業をせざるをえない、新たな探偵像の誕生なのです。
それにしてもラスト一行の恐ろしい事、これには驚きましたよ。
これまで三作刊行されていますが、まだまだ続くんだろうなあ・・・。


No.1461 4点 黒い玉
トーマス・オーウェン
(2022/06/27 22:20登録)
夕暮れどきの宿で、彼がつけた明かりに驚いたかのように椅子の下へ跳び込んだそれは、かぼそい息づかいと黄楊の匂いを感じさせる奇妙な“黒い玉”。その正体を探ろうと、そこを覗き込んだ彼を待ち受けるのは、底知れぬ恐怖とおぞましい運命だった―。ベルギーの幻想派作家トーマス・オーウェンが描く、ありふれた日常に潜む深い闇。怖い話、気味の悪い話など十四の物語を収録。
『BOOK』データベースより。

ジャンル不明の短編集。一応幻想小説という事になっている様ですが、それにしては幻想味が感じられません。ホラーテイストの作品も含まれていたりもします。全般的にオチが弱いですね。ほとんどオチてないのもあります。
こうした多分に観念的な小説の肝はどれだけ読者の心の琴線に触れるかが勝負だと思いますが、残念ながら私には行間が読めていなかったせいか、全くそれらしい感触は得られませんでした。

それでも二、三は印象の残る作品もありました。ですが、良いところまで行ってはいるのに、結局突っ込みが足りないと云った具合に物足りなさが残りました。回りくどい面もあり、もっとストレートな作風が好みの私には、何がしたいのかイマイチ分からないもどかしさを感じましたね。
Amazon登録読者の中には結構高評価の奇特な方がおられるようですが・・・。


No.1460 7点 マザー・マーダー
矢樹純
(2022/06/25 23:21登録)
めくるめく、どんでん返し。全方位に仕掛けられた罠。あなたは何度でも騙される。息子を溺愛し、学校や近隣でトラブルを繰り返す母親。家から一歩も出ず、姿を見せない息子。最愛の息子は本当に存在しているのかーー歪んだ母性が、やがて世間を震撼させるおぞましい事件を引き起こす。企みと驚きに満ちた傑作ミステリ!
Amazon内容紹介より。

第一話を読んだ時は、これは一種のイヤミスかなと思いました。しかし、後半の衝撃の連打には正直やられました。そして第二話である人物の登場に驚き、第三話で漸く作者の狙いに気付きました。一話ごとに作風を変え乍らそれぞれ仕掛けがあり、最終話まで突っ走ります。当然こちらもそれに合わせる様に一気読みしつつ、巧妙な罠に知らず知らずのうちに嵌っていきました。

まあ連作短編集と言うより長編として見るべき作品ではないかと思います。サスペンスと見せかけて意表を突くトリックで本格ミステリの側面も見せますし、兎に角色々詰め込まれておりお腹一杯になりました。取り敢えず私的には現在の所矢樹純の最高傑作だと思います。心理描写も確り出来ていますし、特に最終話は見ものです。良くやったよと褒めてあげたくなる一作。


No.1459 8点 流れ舟は帰らず 木枯し紋次郎ミステリ傑作選
笹沢左保
(2022/06/23 22:38登録)
三度笠を被り長い楊枝をくわえた姿で、無宿渡世の旅を続ける木枯し紋次郎。己の腕だけを頼りに、人との関わりを避けて孤独に生きる紋次郎だが、否応なしに旅先で事件に巻き込まれてゆく。幼なじみの身代わりとして殺人罪を被って島送りになった紋次郎が、島抜けに参加して事件の真相を追う第1話「赦免花は散った」。瀕死の老商人の依頼により、家出した息子を探す「流れ舟は帰らず」。宿場を脱走した女郎たちとの逃避行の意外な?末を綴る「笛が流れた雁坂峠」。ミステリの巨匠が描く、凄腕の旅人にして名探偵が活躍する珠玉の10編を収録。
Amazon内容紹介より。

笹沢佐保と言えば木枯し紋次郎、木枯し紋次郎と言えば長い楊枝、左頬の古傷、「あっしには関わりのねえことでござんす」という決め台詞。と思っていましたが、十編の短編の中でその台詞は二度しか書かれていませんでした。第一話でシリーズ最初の作品『赦免花は散った』を読んだ後、そのミステリ性の高さに驚きました。他の作品も多かれ少なかれ骨格がミステリであったり、何らかの仕掛けやトリックが施してあったりと、流石はミステリ作家の書く時代小説だと感心しました。しかも全ての作品が秀作や傑作に属すると思われ、長かったけれど少しもダレルことなく読み終えました。

個人的にはやはり先述の『赦免花は散った』がベストかなと思います。あの紋次郎がまさかの島流しに遭っていた話で、この経験が後の紋次郎の言動に影響してくると思うと、かなり重要な一作ではないかと。そして私が最も好きなのは思わず涙した『旅立ちは三日後に』です。漸く訪れた平穏な日々が遂に自分にも巡って来たのかと思った矢先に・・・。とても優しくて哀しい作品です。
紋次郎は一見冷たい男だと勘違いされがちですが、決してそうではなく情に厚い一面を持っている人間なのです。ただ自分が渡世人だという自覚から、寡黙になりがちで人と関わりを持つのを恐れているのでしょう。

ドラマでは紋次郎が泥臭く戦うのに対して、原作では本物の剣豪として描かれており、敵が何人いようが華麗な身のこなしですんなりケリを付けてしまいます。しかし、ドラマも原作も紋次郎の格好良さは変わりませんね。


No.1458 6点 雷鳴の館
ディーン・クーンツ
(2022/06/19 22:25登録)
スーザンは見知らぬ病院のベッドで目覚めた。医者が言うには、彼女は休暇中に交通事故に遇い、このオレゴン州の田舎の病院に運びこまれ、三週間も意識を失っていたのだという―。しかし、彼女にはそんな記憶はなかった。と同時にこれまで自分がたずさわっていた仕事の内容、同僚の名前が思い出せない。なぜか彼女には、そこだけ記憶がないのだ。そして、彼女は病院の中で信じられないものを見た。大学時代にボーイフレンドを殺した男たちが、当時の若い姿のまま患者として入院しているのだ。その上死んだはずの男たちまでがスーザンの目の前に現れた。これは狂気か?幻覚か?その後もぞくぞくと怪異現象は起こる。そしてスーザンが最後に発見したのは信じられないような事実だった。人気沸騰の鬼才クーンツが放つ、異色の大型ロマンス&サスペンス・ホラー。
『BOOK』データベースより。

冒頭、記憶障害で「私は誰?ここはどこ?」的な主人公のスーザン、次第に記憶を取り戻してはいくものの、肝心の自分が勤めていた頃の事が思い出せません。この辺りのサスペンスフルな展開は後のストーリーに期待を持たせます。そして起こる信じられない事態、これには流石に驚きを隠せません。一体これはどういう事なのか、とても合理的な解法が思い付きません。

しかし結局は何の捻りもない真相ではありました。これはホラーだから許されますが、本格ミステリだったとしたらとても許容出来ないものです。もう少し意外性があったならとんでもない傑作になっていたと思います。意外性と言えば後半の反転は個人的にかなり意表を突かれました。ですが、そっちかあと云うようなあまり意図していない方向に進んで行った為、如何にもアメリカ作家のやりそうなことだなと少しげんなりしてしまいました。
まあしかし、全体としては楽しめましたよ。ただ第二部は本当に必要だったのかと思わざるを得ませんでした。


No.1457 6点 もののけ本所深川事件帖 オサキと江戸の歌姫
高橋由太
(2022/06/15 22:43登録)
雨の多い本所深川。雨止めの伝え歌「十人の仔狐様」を歌う、十人組の歌組“本所深川いろは娘”が大流行している。一番人気の小桃が行方不明になり、大川で死体となって見つかった。小桃の代役として古道具屋のひとり娘・お琴が指名され、心配した安左衛門は手代でオサキモチの周吉を付き添わせることに。しかし、他のメンバーが歌詞の通りに次々と謎の死を遂げ…。妖怪時代劇、第四弾。
『BOOK』データベースより。

参考文献にあるように『そして誰もいなくなった』へのオマージュと考えられます。江戸本所深川で大人気の十人組の町娘で構成された本所深川いろは娘は、今で言う女性アイドルグループ。今から十年前の作品なのでAKB48がまだまだ人気だった頃です。そのAKBグループの営業戦略を模倣するように、押しメンの手拭いを色分けして売り込み、その売り上げの多い娘がセンターを務めるという徹底のし様。その娘たちがかぞえ唄に倣ってどんどん死んでいきます。そして仔狐人形が一人死ぬ度に一つづつ無くなっていき・・・。

ページ数が少なめな割りに死者が多いので、内容としては希薄です。一人死ぬ度にいちいち捜査されたりしません。大雨の影響でそれどころではないというのが現状の様です。しかし終盤の真相判明のシーンはなかなか読み応えがあります。まあ誰が探偵役をする訳でもありませんけれど。問題は動機、この時代ならではのものと思われますが、あまり納得出来るものではありませんでした。もう少し何とかならなかったものかと思ってしまいます。しかし、事件の裏に隠された悲しい現実が心を打ちます。こんな時代もあったんですね、それを考えると今の時代はまだまだ捨てたものでは無いと思わずにはいられません。


No.1456 6点 清掃魔
ポール・クリ-ヴ
(2022/06/14 23:23登録)
俺のコピーキャットは誰だ。許さん。天使の街クライストチャーチの警察署で掃除夫として働く「のろまのジョー」は、自分の模倣犯を放置できなかった。そう、障碍者を装うジョーの素顔は、クライストチャーチ・カーヴァーと怖れられる、無慈悲なシリアル・キラーなのだ。金魚だけが友達の暮らし、陽光降り注ぐ夢のない街、過干渉の母親、そんな日々の中で膨らむ孤独な妄想。尊大極まる身勝手な意識が生む、自己合理化された正しい完全犯罪。しかし模倣犯探しによって、完璧なシナリオにも亀裂が生じるのだった…。2007年ドイツ・アマゾンのミステリー部門で年間ベストセラー第1位を獲得。現代世界の理由なき殺人を犯人の主観でリアルに描きこむ、ぐいぐい読める傑作ノワール小説。
『BOOK』データベースより。

今ではそれ程珍しくない、連続殺人鬼自身が探偵となって殺人事件を暴いていく倒叙物、或いはサスペンス。物語はシリアルキラーと彼に近しい女性の一人称で進んでいきます。二人の心理描写が半端なく事細かになされており、そこが一つのウリですね。それにしても主人公のジョーの第一声に驚きました。何故か?それは読めば分かります。作風は緩急を付けてはいますがかなり乱暴で、その為差別用語がバンバン出てきます、これでもかとね。そういうのに嫌悪感を抱く方は読まない方が賢明です。

中盤で最大の見せ場が来ます。これは見ものですよ、残酷描写が克明に描かれており、かなり痛々しいです。まああとは特に意外性やオチがある訳でもなく、ご都合主義で多分に偶然に頼っている点は否定できません。ツッコミどころは結構あるって事です。
例えばジョーの、途中から出てくる重要人物に対する心境の変化が何だかよく理解出来なかったりとか、何故犯人が○○の中にいるのが簡単に解ってしまったのか、そんな偶然あるのかとか。その辺りは如何にも作り物っぽくて鼻白んでしまいます。

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