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ミステリの祭典

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メルカトルさんの登録情報
平均点:6.04点 書評数:1835件

プロフィール| 書評

No.1555 6点 冲方丁のこち留
冲方丁
(2022/12/24 22:40登録)
2015年8月、各マスコミがいっせいに報じた人気作家、まさかの「DV逮捕劇」。9日間にわたって渋谷警察署の留置場に閉じ込められたのち釈放、不起訴処分が下された。この体験を通じて、冲方氏が失望を禁じえなかったのが、世間の常識などいっさい通用しない警察、検察、裁判所の複雑怪奇な実態だ。誤認逮捕や冤罪を生み出しかねない「司法組織の悪しき体質」を変えるには?ベストセラー『天地明察』の作家が世に問う、日本の刑事司法の不条理な現実。
『BOOK』データベースより。

2015年8月22日、場所は秋葉原。「冲方サミット」と題されたファンとの交流と作品発表のイベントが行われた後の打ち上げの場で、作家冲方丁が逮捕された。罪状はDVであった。本書は逮捕後の渋谷署での取り調べや留置場での生活を赤裸々に綴られたノンフィクション小説です。

作者はまず逮捕状をよく確認した上で、その矛盾を発見します。しかし逮捕状が存在する以上身柄を拘束されるのはやむを得ない事。分からないのは何故妻が訴えを起こしたのかであり、その疑問点は最後まで明かされずややモヤモヤ感が残りました。妻は夫に拳骨で殴られ前歯が欠けたと証言するも、そんな事実はないと冲方は否定するけれど、刑事には取り合って貰えません。そして過酷な取り調べが始まります。初日は9時間にも及ぶ尋問に身も心もボロボロに。そして留置場では夜も消灯されず睡眠不足に陥り、食事は薄味で粗末な物ばかりで体力を消耗させられます。同じ房では日本語を解するイラン人を始め大人しい人たちばかりで安堵するも、退屈と精神的に追い詰められる事でなんとか持ち堪えている状態だったと述懐します。

その間に弁護士を経て得た情報と自身の体験から、逮捕状は裁判官があっさりと押印し承認される事、刑事達はあり得ないストーリーを捏造し容疑を認めさせようとする事、被疑者の言い分に耳を貸そうとしない検察官などの実態を目の当たりにします。
拘留中に留置場仲間に著名な作家と知れ渡り、先生と呼ばれるようになったり、釈放されて煙草やアルコールを受け付けなくなったり、色々ありましたが結果この経験を本にすることを決意し本書の刊行となった事に、作者の意地と矜持を感じました。


No.1554 5点 ジョシコーセーの成分。
ハセガワケイスケ
(2022/12/23 22:25登録)
遅刻。そう。美樹本花鈴は、やらかした。うっかり受かった名門女子校、その初日に、盛大に遅刻…!これからのことを想像して、たのしくなりそうだなあ、と思っていた矢先に!そして。そんなドジな少女を見守る、同じ制服を着た少女たち。お姫様の安比奈ひな子、委員長の服部美苗、モデルの織江巫子、万能キャラの更衣初穂。たくさんの期待と不安をまぜこぜに、ジョシコーセーたちの青春が、今始まる。
『BOOK』データベースより。

ちょっと、シリーズ物じゃなかったのかよ。やられたぜ、まだ登場人物の紹介しかしてないじゃん。という訳で、本作は女子高生から見た女子高生の実態を具に観察した様な作品となっております。女子校だけに男子は一切出てきません。所謂GLとも違います。ひな子ラブな三人美苗、巫子、初穂は当然ひな子に纏わり付いたりしてじゃれ合っていますが、生々しさはありません。

ストーリー性がほとんどない代わりに、語り手の花鈴を含め各キャラの性格、言動、特徴など事細かに描写されていて、JK大好き人間には堪らない作品だろうと思います。しかし好き嫌いははっきり分かれるタイプでしょうね。
『しにがみのバラッド。』は何だったんだろうと云う位、テンションが高いです。そのノリに付いて行けるかどうかも、評価の分かれ目になる筈で、まあラノベを読み慣れた方には問題ないでしょう。


No.1553 6点 少女残酷物語
山口椿
(2022/12/22 22:30登録)
老朽ビルの一室にあるテレビに映し出されたのは、“血だらけの平台の上で断裁される女たち”だった――。その残虐シーンを観てしまった美沙が、現実と幻想の境界を漂う「オーバーヒート」。暗闇の中、車を走らせるなつみを襲ってきたのは――なつみたちだった。そこから先の地獄絵図を素描した「入れかわり立ちかわり」など、書き下ろし八篇をふくむ、全二十篇を収録した恐怖と幻想の傑作集。
Amazon内容紹介より。

Ⅰ日本篇の最初の『ヒートアップ』を読んだ時、おーおーやってるやってると想像通りの内容にニヤリとしました。しかし、読み進めて行く程に期待していたのと違うと感じ始め、舞台は日本の筈なのに何か無国籍小説の様な印象を受けるようになりました。そしてⅡ日本篇の最後の『スターダム』でガラリと作風を変えて、それはまるで学術書の様だと思いました。疫病をテーマにし、それ自体の一人称で書かれたこの奇書には思わず唸らされました。こんなものも書けるのかという驚きと畏怖の念を覚えざるを得ません。

Ⅲ以降の西欧篇こそこの作者の真価を発揮しているものと思われます。この人の体質に合った物語に仕上がっているし、むしろ外国が舞台の方がしっくり来ます。それもアメリカとかアジアではなくヨーロッパでしょうね。印象に残るものも残らないものもありますし、作品の出来不出来も激しくオチが弱かったり何これ?って感じのもありますが、個人的な評価は決して低くはありません。
ホラーと言うより怪奇小説とか幻想小説でしょうかね。


No.1552 5点 七つの人形の恋物語
ポール・ギャリコ
(2022/12/21 22:36登録)
お金も仕事も失った孤独な少女ムーシュは、言葉を話す七つの人形と出会い、謎めいた一座の長キャプテン・コックと旅と舞台を共にすることに。人形という存在を通して二人の間に芽生える深く純粋な愛の物語を、ストーリーテラーとしての抜群の才能で描いた表題作に加え、著者の名声を国際的にゆるぎないものにした名作「スノーグース」を、矢川澄子による静謐で感受性豊かな名翻訳で贈る、ギャリコ・ファン必携の豪華版。
『BOOK』データベースより。

言いたい事やりたい事は分かります。多重人格を書きたいが為に七つの人形を操り、それを表現しようとしている作者。おそらくそんな所だろうと思います。しかし私の心はこれっぽっちも動きませんでした。正直Amazonでの高評価を見た時マジかと思いましたよ。そんなに世間と自分の価値観がずれているのはやはりおかしいのではないか。己の読解力の無さのせいなのか、世の中にはそれ程多くの人がこの物語に心酔しているのか。私もその仲間になりたいとは思いませんが、何か得体の知れないものを感じます。

多分日本の作家ならムーシュの過去の物語をもっと重視して、彼女に感情移入出来る様に仕立てるでしょう。それがストーリー性というものじゃないでしょうか。それをおざなりにして、いきなり人形たちと会話させるのはかなり不親切で無理があるのではないかと感じました。そして色々説明不足でなかなか物語に没頭出来ないのは自分だけではないような気がします。
この人があの名作『ポセイドン・アドベンチャー』を書いたとは思えませんでした。まあ原作は読んでませんけどね、TVで映画を観た程度で。


No.1551 7点 婚活中毒
秋吉理香子
(2022/12/20 22:23登録)
沙織が地元の結婚相談所で紹介された男・杉下はハンサムで真面目、収入も十分だ。しかし、相談所に入会して三年たっても結婚相手がみつからないという。何か裏があると感じた沙織は、これまで杉下が紹介された女性たちに会いに行くが、驚愕の事実が…(「理想の男」)。婚活をめぐり、運命のどんでん返しが待ち受ける、サプライズ満載ミステリー!
『BOOK』データベースより。

昨今、婚期が男女とも年齢的に上がっている現代だからこそのテーマに挑んだ傑作短編集。四編収録されていますが、どれも甲乙付けがたい逸品ばかりです。そして何と言ってもそのオチが素晴らしい。勿論そこに至るまでのストーリーも十分に楽しめます。流石に実力者だけの事ありますね。

婚活と一言で言っても様々な形態がある事に気付かされました。中には本人の代わりに両親同士が話し合いの結果、利害が一致すれば親子三人で改めて会うというのは初めて知りました。
結局本質はあくまでミステリであり、婚活という形を借りたに過ぎません。サスペンス風の物語あり、美女に振り回されながらなかなか離れられない男の悲しい性の話あり、男親が逆に婚活を通じて恋してしますパターンありと、作者はキレのあるストーリーテラーぶりを発揮していると思います。お薦めです。


No.1550 7点 もののけ本所深川事件帖 オサキと骸骨幽霊
高橋由太
(2022/12/19 22:29登録)
災厄が起こるといわれる“オサキモチ”ゆえ、献残屋の娘・お琴に恋文を渡せない手代の周吉。しかし、その文が墓地まで飛ばされ、墓の下から現れた幽霊・朱里が自分宛てだと勘違い。あげく周吉は朱里と夫婦になってしまう!店に帰れなくなった周吉は、骸骨幽霊らを成仏させるため、秘策を練るが…。町では極悪非道の畜生働きが跋扈し、周吉の店にも危機が迫る!妖怪時代劇、第六弾。
『BOOK』データベースより。

これはかなり面白いですよ。シリーズ第三弾までを飛ばして、四作目から読み始めてから一番心に刺さりました。一応一話完結なので途中から読んでも問題ないですが、何となく本作を読んでみてやはり順序通り読んだ方が良かったかなと、少し後悔しています。
幽霊の朱里と形ばかり夫婦になり、骸骨幽霊たちと懇意になった鵙屋の手代の周吉。その鵙屋の用心棒である老剣士柳生蜘蛛之介とその師である日向彦三郎、そして新たに雇われた奉公人伊太郎の因縁がぶつかり合った時、壮絶な戦いが勃発します。

その戦は周吉や物の怪オサキ、骸骨幽霊や鵙屋に憑いている妖怪たちをも巻き込んで、凄まじいバトルを繰り広げます。そして蜘蛛之介、彦三郎、伊太郎の三人の過去に何があったのかがこの物語の肝になっています。其処で語られるのは敵味方に関係なく江戸時代ならではの悲恋の影に憑かれ、哀しみを背負った男達の執念と執着。
本当は8点にしようかとも思ったのですが、流石にそれはちょっとと云う迷いがあり落としましたが、今でも気持ち的には8点です。


No.1549 7点 真夏の日の夢
静月遠火
(2022/12/18 22:30登録)
演劇サークルの活動費を捻出するため、心理学部の教授が行う奇妙な実験に参加した大学サークルのメンバーたち。外界との接触を遮断されて、一ヶ月間、ひとつ屋根の下で過ごすことになった彼らは、「お風呂が狭い」、「部屋の壁が薄い」、「外の空気を吸いたい」と文句を言いながらも、文化祭前夜のような日々を、それなりに楽しみながら過ごしていた。しかし実験開始から6日目、サークルのアイドル的存在の雪姫が、忽然と姿を消して…。
『BOOK』データベースより。

帯に青春ミステリとあったので、一応心構えをして読み始めました。序盤から中盤にかけて何も事件らしきものは起こりませんでしたが、おそらくその中に幾つかの伏線が張られているはずだと思い、注意深く読んだつもりでした。キャラも立っていますしね、青春小説として退屈する様な事もなくサクサク読めます。ある意味クローズドサークル化していて、ミステリとしての体裁は整っています。ラノベと言うよりは本格ミステリと捉えた方が良いでしょう。

丁度真ん中あたりでやっと事件が起き始めますが、私には何が起きているのかさっぱりでした。うーん、何とも情けない読者ですわ。
その後の展開はなかなか目を瞠るものがあり、そう来たかと驚きの連続でした。大技こそないものの、小技の連射で技ありの一本と云った感じです。こういうのも良いですね、床が抜けそうな襤褸アパートで起こる様々な出来事に翻弄されながら青春の息吹を感じる、アリだと思います。ただ、動機が・・・。


No.1548 7点 私の頭が正常であったなら
山白朝子
(2022/12/17 22:48登録)
最近部屋で、おかしなものを見るようになった夫婦。妻は彼らの視界に入り込むそれを「幽霊ではないか」と考え、考察し始める。なぜ自分たちなのか、幽霊はどこにとりついているのか、理系の妻とともに謎を追い始めた主人公は、思わぬ真相に辿りつく。その真相は、おそろしく哀しい反面、子どもを失って日が浅い彼らにとって救いをもたらすものだった――「世界で一番、みじかい小説」。その他、表題作の「私の頭が正常であったなら」や、「トランシーバー」「首なし鶏、夜をゆく」「酩酊SF」など全8篇。それぞれ何かを失った主人公たちが、この世ならざるものとの出会いや交流を通じて、日常から少しずつずれていく……。そのままこちらに帰ってこられなくなる者や、新たな日常に幸せを感じる者、哀しみを受け止め乗り越えていく者など、彼らの視点を通じて様々な悲哀が描かれる、おそろしくも美しい”喪失”の物語。【解説:宮部みゆき】
Amazon内容紹介より。

乙一の様でありながら乙一ではない、それが山白朝子。何と言うか、読者に生理的な嫌悪感を催させる描写が結構こってり詰め込まれている感じでしょうか。だから、切なさとか泣かせると云うコンセプトとは違う気がします。
『首なし鶏、夜をゆく』『子供をしずめる』が最も印象に残りました。他にも『トランシーバー』『世界で一番、みじかい小説』も良かったですね。駄作はないものの、書下ろしの『おやすみなさい子どもたち』はちょっと普通でいらなかったかな。贅沢ですが。

流石にわざわざ別名義で書いているだけあって、作風が微妙に違いますね。私はこちらも好きですよ。『エンブリヲ奇譚』もかなり面白かったですし。それはそれとして、乙一たまにはミステリ描いてくれないものかねえ。『GOTH』よ今一度。


No.1547 6点 第四の男
石崎幸二
(2022/12/16 22:29登録)
お嬢様学校・櫻藍女子学院の生徒が、見知らぬ車に乗せられ拉致される!が、彼女は途中で隙を見て逃げ出し無事保護された。その生徒の名は星山玲奈、大手食品メーカー会長の孫で、実母は十数年前に殺害されていた…。後日、警視総監宛に玲奈を攫ったという犯人グループより「別の女子高生を誘拐した…」との脅迫状が届く!絡み合う3つの事件!その真相とは。
『BOOK』データベースより。

定期的に読みたくなる石崎幸二。今回も孤島物、それに誘拐事件を絡めたちょっと意外な組み合わせの、作者にしてみれば異色の作品だと思います。それにしても相変わらずDNAがちゃんと出てきますねえ。DNA鑑定に何か恨みでもあるのでしょうか、それともDNA大好きなのかな。まあ兎に角孤島とDNAの二大アイテムを駆使して、ミリア、ユリ、仁美と石崎のボケとツッコミが炸裂します。そこに斎藤瞳刑事が乱入し、他の登場人物の入り込む余地がない程です。

しかし、そんな本作には致命的な欠点があります。ネタバレになりますので詳細は避けますが、常に突っ込んでいる女子高生三人組なのに、その時だけ何も難癖を付けないのが不自然で仕方ありませんでした。
そんな細かい事は良いじゃないかという意見もあるかも知れませんが、やはりこれは看過できないですね。それが無ければ7点でも良かった内容ではあります。


No.1546 6点 二分間の冒険
岡田淳
(2022/12/15 22:30登録)
たった二分間で冒険?信じられないかもしれません。でもこれは、六年生の悟に本当におこったこと。体育館をぬけだして、ふしぎな黒ネコに出会った時から、悟の、長い長い二分間の大冒険が始まります。昭和六十年度うつのみやこども賞受賞。小学上級から。
『BOOK』データベースより。

児童文学だからと言って少年少女誰にでも推奨出来る訳ではありません。しかし大人が読んだら退屈で稚拙という事もありません。そんな不思議な冒険小説。二分間と云うタイトルは現実世界のそれとは違い、異世界での二分なので桁が違います。それで成り立っている訳で、ジャンルは冒険ですが設定がよくラノベであるファンタジーなのでこちらを採りました。

面白いのは主人公が悟と何故か現実世界でのクラスメイトであるのに、悟に気付かないかおりの二人である事。彼らを含めた総勢60人、30組のいずれも顔見知りだけど相手は悟と面識がない様子の男女二人組が国を治める竜と順番に謎とバトルで対決する物語で、戦いに敗れた者達は若さを奪われて老人になってしまうのであります。謎と云うかなぞなぞ対決はなかなかよく考えられていて、ちょっと頭を捻っただけでは答えに辿り着けそうにもありません。竜は全てを知っていて苦も無く正解を出します。それに対して子供達はそういう訳にはいきません。四番目に対決することになった悟とかおりは果たしてどう竜に挑むのかが一番の読みどころです。


No.1545 6点 シナプスの入江
清水義範
(2022/12/14 22:30登録)
記憶は「わたし」の存在そのものだ、とすれば事実と違う「誤記憶」で重ねられた「わたし」とはなに者か。記憶であなたをゾッとさせる清水版長篇ホラー小説。
『BOOK』データベースより。

例えば自分が幼い頃こんな事があったよなと思っていたのに、兄弟姉妹や幼馴染みにそんな事なかったと否定される、自分の記憶は改変されたものではないのか。例えば自分が生まれてからの記憶は、記憶されていない事に比べて余りにも矮小である。コンピューターはそれ自体記憶が徐々に薄れていく事は不可能だが、人間の脳はそれが出来る。だからより優れているのだ。と云った様な事柄が散りばめられた、ある意味ホラーでありSFである、記憶に対して様々な角度からアプローチした小説です。

勿論小説ですから確りとしたストーリーもありますし、序盤から多くの伏線が張られています。前行健忘、記銘力障害、電気インパルス、ニューロン、シナプス等専門用語も出てきますが、比較的解り易く解説してくれています。そしてラストは伏線が回収されているともいないとも言えない、何とももやもやしていながら、そっちへ行っちゃう?みたいな感覚でした。これは賛否が分かれるでしょうね。


No.1544 6点 手首の問題
赤川次郎
(2022/12/13 22:41登録)
仕事もイヤになり、恋人もいないOLが下着ドロに手錠をかけた。頭に来てベランダにつなぎ、顔も見ないで外出してしまう。残された泥棒はなんとか逃げようとするのだが―。意外な犯人の正体とラストシーンが印象的な表題作をはじめ、人生に追い詰められた人々が見せる、切ない真実を描く極上の短編集。
『BOOK』データベースより。

長めのノンシリーズ短編集。ジャンルで迷いましたが、一応表題作を踏まえてサスペンスとしました。
『天使の通り道』はミステリ要素を含んだ恋愛小説に近いかなという印象です。『断崖』は自殺を計ろうとして来た女性が、荒れ模様の天候に阻まれている間に意外な人間模様に巻き込まれるもので、所謂良い話的な作品。後味も爽やかです。『みれん』は主人公の男が入水事件の生き残りだったはずが・・・その後他の事件に発展していく物語。
総じて面白く読めましたが、あまり永くは記憶に残らなそうな気がします。まあインパクトに欠けるって事でしょうね。

しかし表題作だけは一読忘れがたい作品となりそうです。特に結末は何となくですが作者のイメージとは違う物でした。でもこれだけでも読む価値はあると思います。


No.1543 6点 推理の達人 あの名探偵と知恵比べ
新保博久
(2022/12/12 22:13登録)
殺人事件が発生した?犯人は誰だ?兇器は?動機は?それ、現場に急げ!さあ、キミはこの難事件を解決できるか。密室殺人、トリック、完璧なアリバイ―。キミも名探偵になれるか、それとも迷探偵か?思いきり頭をひねって、とっておきの50問に挑戦してみよう。
『BOOK』データベースより。

問題編と解決編に分けられた50の本格短編集と言うか、推理クイズ。これだけ多いとどうしても問題編の方が凝縮されているので、急ぎ足の感が否めません。よってすんなりと頭に入って来る様な読み易さが不足しています。折角トリックが優れているのに勿体ないなと思わないでもありませんでした。とは言え、やはり玉石混交であり目新しいトリックばかりとは言い難いものがあります。密室、バラバラ死体、アリバイ、ダイイングメッセージなど様々なトリックが仕掛けられていますが、残念なのは多くが海外の探偵のパスティッシュであり、国内の名探偵ものがあまりに少ない事ですかね。

最も好ましかったのは高木彬光の某名作を叩き台にした『新生殺人事件』でした。50問の中で一番ストーリー性や背後関係があり、意表を突いた動機にも驚きを禁じ得ません。
海外の古典的名探偵はほぼ網羅されており、それぞれの作家の作風を生かした問題となっています。流石は新保教授、破格の読書量と記憶力は大したものだと思います。尚各短編にはそれぞれ元ネタの作者名、探偵名、代表作が明示されています。


No.1542 6点 怪異フィルム
福谷修
(2022/12/11 22:23登録)
未発表のフィルムに刻まれた芸能界の闇、死体しか愛せない男が垣間見た驚愕の心霊現象、元アイドルが目撃した地獄、ゲーム製作の舞台裏で起きた心霊事件、心霊写真番組に隠された意外な真相、病魔の息子の前に現れた謎の存在、超能力者のやらせに迫った番組、いわくつきの有名スタジオで頻発する異変…。テレビ、映画、ゲーム業界で起きた様々な怪異を、現役のホラー映画監督が蒐集した衝撃と戦慄の実話怪談集。
『BOOK』データベースより。

こうした怪談を何作か読んでいますが、その度に思うのはこれは本当に実話なのだろうかって事。必ず実話と断っているのが逆に怪しげだと、或いは胡散臭いように思ってしまうのは私だけでしょうか。面白ければそれでよしとすべきなんでしょうけど。もし完全なフィクションだとすればよく考えるなとは思いますし、それはそれで凄い事です。

で本書、押し並べて面白かった、というのは不謹慎かもしれません。でもあまり怖さは感じませんでした。慣れてしまっているって事でしょうかね。
『告白』『リベンジ』『万引き』『三人の予言』『終点』が特に良かったです。『告白』はいきなり娘の死体を洗濯機に放り込む母親のシーンから始まり、その後も意外な展開に持ち込み、凡百の怪談とは一線を画しています。『万引き』はコンビニが舞台のミステリ的手法を取った作品です。


No.1541 5点 大人失格 子供に生まれてスミマセン
評論・エッセイ
(2022/12/10 22:49登録)
「私は大人だ」今、この日本でいったい何人の大人が、そう胸をはって言い切ることができるだろう。大人らしさとかでなくて。しがらみから独立した「大人」という素朴な生き物になること。私がもくろむのはそれだ。話題の劇作家が、「子供失格」だった人から「大人と呼ばれたい」人々までに贈る爆笑エッセイ。
『BOOK』データベースより。

タイトルから来る印象とはややズレが生じています。もう少しシリアスな感じで大人になれない大人たちみたいなものを想像していましたが、もっと緩いエッセイでした。ちなみに私の精神年齢は15歳位です。
では早速気になるネタをチョイスして簡単に紹介していきましょう。

・爆笑問題は何故ダウンタウンを超えられないのか問題。これが意外に深い理由があったりなかったり。まず、太田光の名前をひかると読ませ、田中裕二の名前を祐二と間違えている時点でアウトだろう。
・男のハゲはモテ期を過ぎた者がなるものだという、竹内久美子説。
・著者が何故か分からないが早見優でも他のアイドルでもなく、松本伊代の写真集欲しさに万引きしてしまった事件。真相は氏が顔面に対して垂直に立っている耳が好きだというのをのちに自覚したという結末。例えばフジテレビのアナウンサー山﨑夕貴とか元乃木坂46の松村沙友里辺り。つまり髪の毛からぴょんと耳がはみ出したりしている女性の事。
以下は私の真意ではありませんので、そのつもりで読んで頂きたい。
・水前寺清子や佐良直美はブスだという著者の説。それなら大食いクイーンとして活躍中のアノ人や関西弁を喋りまくるモデルでタレントのアノ人はブス界のツートップとして君臨するだろうな。
・ミスユニバースの選考基準が判らない。同感である。

こういった洒脱な、しかし毒舌をかなり含んだ、そしてたまにスベるエッセイ。いささか女性蔑視の感もあったり、ハゲに対する厳しい姿勢に物議を醸す問題作だと思います。


No.1540 6点 遮光
中村文則
(2022/12/09 22:43登録)
恋人の美紀の事故死を周囲に隠しながら、彼女は今でも生きていると、その幸福を語り続ける男。彼の手元には、黒いビニールに包まれた謎の瓶があった―。それは純愛か、狂気か。喪失感と行き場のない怒りに覆われた青春を、悲しみに抵抗する「虚言癖」の青年のうちに描き、圧倒的な衝撃と賞賛を集めた野間文芸新人賞受賞作。若き芥川賞・大江健三郎賞受賞作家の初期決定的代表作。
『BOOK』データベースより。

短いけれど文字びっしりで読み応えあります。鉛の様に重くて、そして暗いです。冒頭から一人称の主人公である青年が謎の瓶を常に持ち歩いていて、それを事あるごとに見えない様に指で触れている、こう書けば多くの人が、あああれだなと考えるでしょう。みなさんの想像通りですよ。でもまあネタバレって云う訳でもないので書いても良いでしょう。
これは犯罪小説1青春小説2純愛小説7ですね。70%純愛小説。とは言えその愛はかなりの偏愛であり、彼の言動は時に過激且つ乱暴で時に欝々として、読んでいる身としてはどんどん気分がブルーになってきます。

彼と彼女の出逢いが可笑しくて、何となくこの先面白い事が起きそうだと期待していましたが、それは裏切られました。しかし、一人称だけに何かが起こった時、起こらない時の心理がストレートに伝わって来て心情が手に取るように分かります。だからと言って必ずしも感情移入できるとは思えません。私がそうでしたから。


No.1539 4点 眠りなき狙撃者
ジャン=パトリック・マンシェット
(2022/12/08 22:42登録)
引退を決意し、新たな世界を希求する殺し屋に襲いかかるさまざまな組織の罠、そしてかつての仇敵たち―「現代フランス文学の極北」といえるほど、限界まで贅肉をそぎ落とされ張りつめた文体が描く、荒涼たる孤独と絶望のドラマ。ロマン・ノワールの旗手・マンシェットの遺作にして、最高傑作。ピエール・モレル監督により映画化。
『BOOK』データベースより。

いやー、殺伐としてますねえ。文章はやけに硬質で、無味乾燥と言っても良いでしょう。だから私には面白味が感じられませんでした。まあハードボイルドなんだから当然ですかね。これを凄いと思うのは余程のハードボイルドマニアか読書の達人でしょう。盛り上がりそうなところで盛り上がり切れない、読みどころと言えば多少の暴力シーンくらいで。そんな私はとってもダメ読者なのです。

昔本サイトで、名指しではなかったものの暗に「人は本を選べるが本は人を選べない」と個人攻撃をされた事がありました。勿論私に対してです。ですからこの本はブックオフに持って行き、読むべき人の所へ連れていかれる事を願って売りたいと思います。とても手元に置いておく気にはなれません。
因みにAmazonで☆五個を付けた人の気持ちは解りませんが、☆一つの読者の気持ちは何となく解る気がします。だから、他の評者の方の高評価ぶりは逆に流石名だたる先輩方だと感心しております。


No.1538 7点 竜の眠る浜辺
山田正紀
(2022/12/07 22:35登録)
百合ケ浜町が、突然濃い霧に覆われた。気がつくと、この町からは誰も出られなくなっており、ティラノサウルスが闊歩する白亜紀の世界へタイムスリップしていた。町の成り上がり久能直吉と二代目直己、変わり者でなまけ者の文筆家田代、孤独なタバコ屋のシズ婆さん―町のさえない人々が、もう一つの世界でファンタジックな青春幻想を抱くもう一つの人生…。SF長篇の傑作。
『BOOK』データベースより。

これは恐竜の名を借りた群像劇、或いは人間ドラマと言って良いでしょう。そして冒険小説でもあります。勿論SF要素はありますが、それ程強くはなく何故幾種類もの恐竜が出現したのか、又何故百合ヶ浜町だけが結界の様に取り囲まれたのかなどが学者らにによって侃々諤々の議論が争われる訳でもなく、只管町民たちが恐竜との共存を模索していくに過ぎません。

しかし読んでいて何となくやる気が出てくる感じはします。それまでごく普通、いやそれ以下で地味で平凡な生活をしていた人々がこの状況により俄かに活気付いてくる姿は、こちらまで勇気づけられます。特に浮世離れした田代が何故か格好良く見えてくるから不思議です。そして個人的にはタバコ屋のお婆さんとその飼い猫がツボでした。
結末は良い感じで終わり、成程と深く肯いていました。エピローグもいい味出していましたね。


No.1537 7点 ある日、爆弾がおちてきて
古橋秀之
(2022/12/05 22:20登録)
「人間じゃなくて“爆弾”?」「はい、そうです。最新型ですよ~」。ある日、空から落ちてきた50ギガトンの“爆弾”は、なぜかむかし好きだった女の子に似ていて、しかも胸にはタイマーがコチコチと音を立てていて―「都心に投下された新型爆弾とのデート」を描く表題作をはじめ、「くしゃみをするたびに記憶が退行する奇病」「毎夜たずねてくる死んだガールフレンド」「図書館に住む小さな神様」「肉体のないクラスメイト」などなど、奇才・古橋秀之が贈る、温かくておかしくてちょっとフシギな七つのボーイ・ミーツ・ガール。『電気hp』に好評掲載された短編に、書き下ろしを加えて文庫化。
『BOOK』データベースより。

内容は別として兎に角文章が上手い。淀みなく流れるような筆致は最早美しいとしか言いようがありません。そしてボーイ・ミーツ・ガールの物語は雰囲気はどれもふんわりとしていて癒し系。しかしながら、それぞれ違った発想とアイディで支えられており、作者の抽斗の多さに感嘆させられます。

流石に名作と呼ばれるだけあって、その名に恥じない標準以上のレベルを維持しています。どの作品が秀でている訳ではなく、どれもラノベの真髄を味わえる短編として老若男女問わずお薦め出来ます。ここまで来るとジャンルを超えた文学小説と言っても過言ではないと思うくらい、その出来は素晴らしいです。面白い、楽しい、笑える、感動する、SFの要素も含まれていると至れり尽くせりですね~。


No.1536 5点 牛家
岩城裕明
(2022/12/04 22:38登録)
ゴミ屋敷にはなんでもあるんだよ。ゴミ屋敷なめんな―特殊清掃員の俺は、ある一軒家の清掃をすることに、期間は2日。しかし、ゴミで溢れる屋内では、いてはならないモノが出現したり、掃除したはずが一晩で元に戻っていたり。しかも家では、病んだ妻が、赤子のビニール人形を食卓に並べる。これは夢か現実か―表題作ほか、狂おしいほど純粋な親子愛を切なく描く「瓶人」を収録した、衝撃の日本ホラー小説大賞佳作!
『BOOK』データベースより。

長めの短編二作。どちらもホラーだけど怖さはほぼありません。表題作は選考委員から口を揃えて問題作と言われていますが、どこが問題なのか私には理解できませんでした。只々ドタバタ劇に終始し、不条理な現実なのかはたまた夢なのか、その境を行き来している印象です。やや不快だったのは主人公の妻の言動であり、それ以外は何が何だかって感じで、ピンと来ませんでしたね。

それよりももう一篇の『瓶人』の方が余程面白かったです。ストーリーもよく練られていて、少年の父の優しさに癒されます。その父に意外な真実が隠されている訳ですが、この奇想が光っており物語全体を操る事に大きく関与しています。ラストのブラックな味わいも非常に効いていて後を引きます。

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