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ミステリの祭典

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すげ替えられた首
フランク・ジャネック警部補

作家 ウィリアム・ベイヤー
出版日1986年08月
平均点7.00点
書評数2人

No.2 6点 メルカトル
(2023/09/17 22:20登録)
酷暑にあえぐ8月のニューヨーク。マンハッタンの東と西で、女性教師とコールガールが同時に、それぞれの自室で死体となって発見された。だが、驚くべきことに、二人の生首はおたがいにすげ替えられていた―。あまりに常軌を逸した犯罪に、捜査は難行する。ユダヤ系移民の初老の警部補ジャネックはこの巨大な都市、人間の欲望が歪み、きしみあうこのニューヨークの裏側に踏み込んでいく。エアロビクスのインストラクター、写真家、スプラッター映画の監督、コールガール組織―。ジャネックと若手女流写真家キャロラインとの心の交流を、サブストーリーとして、描き出される都会の現在。現代の異常さを、犯罪者の心の奥底にまで迫って描ききったこの作品のなかには、どこよりも危険で、どこよりも熱い大都会ニューヨークの魔性がつかみとられている。
『BOOK』データベースより。

真面目に書かれた作品だとは思いますが、衝撃とか驚愕とか意外性とかとは無縁の世界です。どちらかと言えば地道に捜査して犯人に辿り着く警察小説ですね。派手なタイトルに期待してはいけません。何故ならそこにはトリックや特記すべき理由がある訳ではないから。最後に語られる犯人の告白には納得は行くものの、動機に目新しさはなく、まあそうだろうなと思うばかりです。でも犯人像はなかなか魅力的です。

犯罪の決着は特別捜査班の手柄とされていますが、肝心の本件の捜査本部には全く触れられておらず、そんな筈はないだろうと思ってしまいました。まさかこのようなセンセーショナルな大事件を極秘捜査していたなんて事はないでしょうねえ、え?また刑事の誰も彼もが単独捜査なのはおかしくないですか。他にも鑑識の仕事が雑過ぎな点も気になりました。何だか文句ばかり並べてしまいましたが、二つの事件を追うことになる主人公のタフさには感心しました。

No.1 8点 人並由真
(2021/10/05 15:52登録)
(ネタバレなし)
 その年の8月。マンハッタンの東と西で、女性教師アマンダ(マンディ)・アイアランドとコールガールのブレンダ・サッチャー・ビアードが相次いで殺害され、そしてその両人の首が切断されたのちに整然と挿げ替えられているという猟奇的な事件が起きる。NY市警のデール・ハート刑事部長は、50代初めのベテラン刑事フランク・ジャネック警部補に捜査を委任。ジャネックは、初動捜査のミスで相応の混乱が生じていた事件の渦中に飛び込んでいく。だがその一方で、ジャネックは、先日、自殺した彼の恩師格の老刑事アル・ディモーナの葬儀の場で知り合った美人カメラマン、キャロライン・ウォーレスと関係を深めていった。そしてそのキャロラインとの関係は、ジャネックをもうひとつの大きな事件のなかに導いてゆく。

 1984年のアメリカ作品。
 フランク・ジャネック警部補シリーズの第二弾。

 日本でも刊行当時に相応の話題を呼んでいたのはうっすら覚えているが、あらためて調べてみると1986年の「週刊文春」年末ミステリベスト10で海外部門の6位であった。ちょっとした評価と反響だとは思うが、本サイトにこれまでまったくレビューもなかったのは、なんだろう。

 文庫本で本文およそ490ページ。かなりの大冊で、その分みっちりと子細に猟奇的な連続殺人事件を追うジャネックとその部下や仲間たちの捜査が語られる。

 なお本作の読後にAmazonのレビューで、たまたまこの作者ベイヤーの別の著作につけられたコメントを目にすると、シナリオライター出身の作家らしく筆が軽いといった主旨の評があったが、少なくとも前作『キラーバード』とこれに関してはそんなことはない。
 殺された若い被害者ふたりのそれぞれの人となりを探って事件の糸口を見つけようとするジャネックが、娼婦のキャロラインに素直な親近感を抱き、一方で聖職者アマンダの心情に当初の嫌悪感を経てようやく接点を見だすくだりなどとても印象深い。ここらへんなどは、細かい情報を描写の緩急をつけながら語れる小説の叙述ならではこその感慨だろう。
 
 メインストリームの殺人事件のかたわらで、もうひとつのサイドストーリーがどのようなパーツを築いてゆくかは、ここではもちろん書かないが、そちらもまた大変な読み応え。瞬間的にはメインとサブの主従が逆転しかけるようなきわどいバランス感まで読者に抱かせながら、独特の形質で双方の物語が接点を求め合ってゆく。本作のキモは間違いなくここ。

 なお前作『キラーバード、急襲』ではあくまで副主人公的な立場だったジャネックだが、今回は完全にど真ん中の主役ポジションを獲得。現場での職務第一主義のベテラン刑事にして、同時に法の正義をぎりぎりまで現実世界の枠のなかで信じたい矜持を備えた人物として改めて語られている。そんな彼が恋人となったキャロラインとの関係、さらにそこから派生するドラマ、そして彼自身がかねてより抱えていた心の痛みに苦悩し、そして克己してゆく図も非常に読ませる。

 ミステリとしては謎解き要素やサプライズがさほどなく、堅実な捜査の果てに光明が見えてくるあたりはもうちょっと何か欲しかったところがないでもないが、小説としての読みごたえは、終盤に明かされる犯人像の相応の鮮烈さもふくめてかなりのもの。
 さすがに一晩では読了できず(途中で目が疲れて痛くなった)二日かかったが、結構な満腹感ではあった。秀作の評価をするには問題ない。
 webで確認するとジャネックシリーズは全部で4作と意外に少なく、しかし一方で全作がちゃんと翻訳されているようなので、おいおいまた読んでみよう。

【余談】
 ふた昔前の1997年に、扶桑社から出たミステリガイドブック「現代ミステリ・スタンダード」。当時の現在形の翻訳ミステリ界の作家たちをかなり幅広い裾野で網羅した良書だと思う。が、あらためて同書のベイヤーの項目を読むと、池上冬樹が執筆を担当。そこでジャネックはこの『すげ替えられた首』から登場と、とんでもないポカを書いてある。ちゃんと処女作でMWA長編本賞受賞の『キラーバード』からメインで活躍しているっていうの。
 旧聞ながら、池上レベルの研究家や評論家でもこういう杜撰なことをするのかと軽く暗澹たる気分になった。商業原稿の執筆の上で、膨大な刊行数の翻訳ミステリを完全に精読することは不可能だろうが、せめて担当する作家の主要作ぐらいは、商業記事を書く際には図書館から借りてきてリファレンスするだけでもしてほしかった(それだけでもレギュラー探偵の初登場がどの作品かは確認できる)。
 御当人からすれば、ナニヲイマサラ……かもしれないが、あえてここで苦言。

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