メルカトルさんの登録情報 | |
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平均点:6.04点 | 書評数:1878件 |
No.1878 | 6点 | 一次元の挿し木 松下龍之介 |
(2025/04/24 22:58登録) ヒマラヤ山中で発掘された二百年前の人骨。大学院で遺伝学を学ぶ悠がDNA鑑定にかけると、四年前に失踪した妹のものと一致した。不可解な鑑定結果から担当教授の石見崎に相談しようとするも、石見崎は何者かに殺害される。古人骨を発掘した調査員も襲われ、研究室からは古人骨が盗まれた。悠は妹の生死と、古人骨のDNAの真相を突き止めるべく動き出し、予測もつかない大きな企みに巻き込まれていく--。 Amazon内容紹介より。 なかなかの力作だとは思います。作者はこのミス大賞受賞の自信があったのに、文庫グランプリ受賞に留まって落ち込んだそうです。随分な大言壮語と言うべきでしょう。私自身は新人としてはまずよく書けていると感じましたが、そこまでとは思いませんでした。かなり入り組んだ話なので、焦点が定まらずどこで驚いてよいのやら、どう云った方向性で読み進めたらよいやら見当が付かず、少しばかり難渋しました。 それはそれとして、本作はまず人間が描けていないのが気になります。目まぐるしく視点が変わり、登場人物が多く各々が個性に乏しいです。そして色々起こり過ぎて纏まりに欠けるのもなんとなく気になります。 ジャンルとしては本格ミステリよりサスペンスに近いと私は思います。冒頭で語られる謎は強烈で果たしてどんな結末を迎えるのか・・・それは読まねば分かりません。ネタバレになりそうなので。しかし、驚愕の展開とかどんでん返しの連続とか、そういうものとは無縁であり、そこに期待すると裏切られます。へえーとは思いましたけどね。はい?とかえぇー!とかではありませんので。ただその分堅実ではあるでしょうね。 |
No.1877 | 7点 | 毒入りコーヒー事件 朝永理人 |
(2025/04/22 22:09登録) 自室で毒入りコーヒーを飲んで自殺したとされている箕輪家長男の要。 遺書と書かれた便箋こそ見つかったものの、その中身は白紙だった。 十二年後、十三回忌に家族が集まった嵐の夜に、今度は父親の征一が死んだ。 傍らには毒が入ったと思しきコーヒーと白紙の遺書――要のときと同じ状況だった。 道路が冠水して医者や警察も来られないクローズドサークル下で、過去と現在の事件が重なり合う! Amazon内容紹介より。 単純そうな事件かなと思いましたが、意外とロジカルで良く出来た作品でした。同じような状況で時を経て起こる二つの事件は、どう関係してくるのか、自殺か他殺か、二人の迷い人の正体とは、探偵役は誰なのかなど様々な謎が解決編で見事に収斂します。畳み掛ける様な推理の連続で意外な事実が明らかになる過程は、スリリングで読み応えも十分です。 ただ、最後に交わされる男女の会話はやや勿体ぶっていて、読者に対して不親切な感が拭い切れませんでした。勿論それも作者の計算の上に成り立っているものなので、決して齟齬があるとかという訳ではありませんが。そういったエンディングも粋で良いんじゃないかという意見もありそうですが、どうせなら最後に全てを明かすのもサービスとしてアリだと個人的には思いました。 |
No.1876 | 6点 | 涼宮ハルヒの直観 谷川流 |
(2025/04/19 22:51登録) 初詣で市内の寺と神社を全制覇するだとか、ありもしない北高の七不思議だとか、涼宮ハルヒの突然の思いつきは2年に進級しても健在だが、日々麻の苗木を飛び越える忍者の如き成長を見せる俺がただ振り回されるばかりだと思うなよ。 だがそんな俺の小手先なぞまるでお構い無しに、鶴屋さんから突如謎のメールが送られてきた。 ハイソな世界の旅の思い出話から、俺たちは一体何を読み解けばいいんだ? 天下無双の大人気シリーズ第12巻! Amazon内容紹介より。 短編+中編+長編の構成になっています。最初の短編は取るに足らない内容なのですぐに忘れてしまって問題ないです。中編はよくある学校の七不思議を自分たちSOS団で作ってしまおうという話で、まあそれなりに面白いです。あまり突飛なものではなく、定番の怪談話をアレンジしたものであり、どうでも良い様な議論が繰広げられます。ここまではラノベ臭が多少漂いながらも突出したものは感じられません。 問題はここから。長編の書下ろし『鶴屋さんの挑戦』ですね。これは最早本格ミステリのジャンルに入れても問題ないのではないでしょうか。後期クイーン問題が様々な文献を用いて追及されますが、個人的にはもっと深入りして欲しかったというのは欲張り過ぎでしょうかね。それは飽くまで前振りなので仕方ないかも知れませんが。 そして本題に入ると、常人には理解不能というか、到底真相に辿り着きそうにもない鶴屋さんからの挑戦にSOS団の面々が、常人離れした頭脳でサクサク解き明かして行きます。ここが本書の最大の読みどころで、なるほどと唸らされます。これだけで一冊に出来たものを、わざわざ他の二編を入れたのはなんだか余分だった気がします。 シリーズ中一作目しか読んでいない私でも、問題なく読めました。作風はかなり変わってしまっている様な感じはしましたが。 |
No.1875 | 8点 | 雷龍楼の殺人 新名智 |
(2025/04/16 22:36登録) 富山県の沖合に浮かぶ油夜島。この島にある外狩家の屋敷「雷龍楼」では2年前、密室で4人が命を落とす変死事件が起こった。事件で両親を失った中学生の外狩霞は、東京にいるいとこ・穂継の家へ身を寄せていたが、下校途中、何者かに誘拐される。霞に誘拐犯は、彼女を解放する条件となる「あるもの」を手に入れるため穂継が雷龍楼へ向かったと告げる。しかし穂継が到着した夜、殺人事件が発生。その状況は2年前と同じ密室状態で、穂継は殺人の疑いをかけられる。穂継が逮捕されると目的のものが手に入らないばかりか、警察に計画を知られてしまう。穂継の疑いを晴らしたければ協力しろ、と誘拐犯に迫られた霞は、「完全なる密室」の謎解きに挑む。 Amazon内容紹介より。 いきなりの「読者への挑戦」で犯人の名さえ明示されているのは一体どういう訳なのか、と訝りながら読んでみると、何をどう推理し解明するのかという肝心な事が書かれていません。うーん、しかし挑戦されたからには受けなければならないと思い、それを念頭に置きながら読み進めるも、「密室など存在しない」との命題が。それが何を意味するのかも分からない中、物語は勝手に進行し、挑戦通り真犯人が明らかになります。三パートから成る構成を操る作者の狙いがさっぱり想像出来ません。 次第に集中力が無くなっていって、漫然と読みながら正直なんだかなあと思い始めました。ところが一転読み終わった時ハッキリやられた!と、又しても完敗だと肩を落としました。それは敗北感ではなく、衝撃をまともに喰らった時に感じる爽快感でした。これだ、これが私が求めていた読書なんだと深く感じました。こうした感情に浸れるのはなかなかない体験である事。そして張られた伏線の数々や作者の欺瞞に満ちた企みに対し、敬意を表します。私は本作を高く評価する一人です。 |
No.1874 | 7点 | 正体 染井為人 |
(2025/04/13 22:19登録) 埼玉で二歳の子を含む一家三人を惨殺し、死刑判決を受けている少年死刑囚が脱獄した! 東京オリンピック施設の工事現場、スキー場の旅館の住み込みバイト、新興宗教の説教会、人手不足に喘ぐグループホーム……。様々な場所で潜伏生活を送りながら捜査の手を逃れ、必死に逃亡を続ける彼の目的は? その逃避行の日々とは? 映像化で話題沸騰の注目作! Amazon内容紹介より。 やはりこの人の文章力は本物でしたね。群を抜くリーダビリティ、全く淀む所がなく流れるような文章でぐいぐい引っ張っていきます。かなりの大作ですが、長さが気にならない構成の妙も読みどころです。まるで連作短編の様な体裁で、目先を変え乍ら物語は進行します。登場人物も舞台ごとに変わってくるので当然多くなりますが、混乱することはありません。それは、人物像がキッチリと描き分けられているからに他なりません。 ミステリとしてよりも小説として魅力を感じました。主人公である死刑囚の逃亡先で様々な出来事や事件が起こり、その度に解決に向けて真摯に向き合う彼の姿は読む者の心に訴えかけるものがあり、こんな人間が死刑囚?と言う素朴な疑問が常に付き纏います。 真相は意外に呆気なく開示されます。そこにやや不満を覚えたり、アッと驚く様な意外性に欠けると個人的には感じました。そこまで望むのは流石に無い物ねだりになってしまうので、無理筋でしょうね。いずれにしても良作であるのは間違いないと思います。様々な社会問題を含有していますし、正に社会派サスペンスの白眉と言えるでしょう。 |
No.1873 | 5点 | 生命式 村田沙耶香 |
(2025/04/09 22:47登録) サヤカ・ムラタは天使のごとく書く。人間のもっともダークな部分から、わたしたちを救い出そうとするかのように。強烈で、異様で、生命感あふれる彼女の作品は、恐ろしい真実を見せてくれる。ふと思うだろう――他の本を読む必要があるのか、と。 Amazon内容紹介より。 最初の短編を読み始めてすぐに、はあ?となり、次でえっとなりました。村田紗耶香は世界をぶっ壊そうとしているのかと思いました。誰も考えられなかった奇想を爆発させ、堂々と文学として世に出している度胸は大したものです。『コンビニ人間』とは全く毛色の違った、おそらく作者が本当に書きたかったものを、これでもかと読者にぶつけてくる威力は凄まじく、これは最早トラウマものだと言っても良いでしょう。 まあしかし、この作品集は一般的な感覚では是非を問われる代物で、興味本位で読んだら怪我をする類の短編を多く含んでいます。一体何を書いているのか、何を読まされているのか理解不能な作品もありますが、最初の三編は大袈裟に言えば人間の尊厳とは何かを問われているように気になりますね。超問題作です。 |
No.1872 | 6点 | 赤の女王の殺人 麻根重次 |
(2025/04/06 22:06登録) 島田荘司選第16回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞受賞作! あなたは二度驚かされる。 感動させられた。日常のうちに、意表を衝くミステリーを創って見せている。ーー島田荘司 松本市役所の市民相談室に勤務する六原あずさは、相談者の妻が密室から転落死する現場を目撃する。 被害者が死の間際に呟いた「ナツミ」を追って、刑事である夫の具樹は捜査を始めるが、なかなか手がかりを掴めない。 一方であずさの元には、施錠された納骨室でひとつ増えた骨壺や、高齢男性ばかりを狙うストーカーなど、不可思議な相談が次々と舞い込んでーー Amazon内容紹介より。 はい、という訳で氏のデビュー作を読み終えました。何となく昭和のまずまず良く出来たミステリの雰囲気が漂います。新鮮さはあまり感じられませんでした。本格ミステリと言うより警察小説に近いでしょうか。全体的にプロットが整理し切れていなくてごちゃごちゃした感じがします。 二作目と比べてみると、良い意味で随分飛躍したなと思います。本作からは考えられない様な作風の違いを次作で見せ付けられました。失礼ですが、意外と懐の深い作家だなと言う印象です。本作は具樹とあずさ、そして「私」のパートで語られ、後々どう関係してくるのか想像が付きません。しかし、思った以上に事件は単純で、動機もありきたりなので、その辺りは褒められたものではありません。まあこれを密室に持って行ったのは、強引ではありますが外連味を感じました、個人的には好きですけどね。 受賞作として相応しいかどうかとなると、微妙です。ちょっと地味過ぎる気がします。 |
No.1871 | 7点 | 幻の彼女 酒本歩 |
(2025/04/02 22:46登録) ドッグシッターの風太に、元カノ・美咲の訃報が届く。まだ32歳なのにと驚く風太。ほかの別れた恋人、蘭、エミリのことも思い出し連絡を取ろうとするが、三人はまるで存在しなかったかのように、一切の痕跡が消えてしまっていた……。心が揺さぶられる「21世紀本格」の新機軸‼ Amazon内容紹介より。 第11回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞受賞作品。終盤までとその後の落差が凄いです。最後の二段オチも成程と深く頷かないではいられません。ただ、主人公風太の元カノ三人の影が薄いというか、あまり印象に残らない感は否めません。その辺りは島田荘司の選評にあるように、意地の悪いミステリマニアにとっては枚数的に物足りなさを感じるのではないかとの危惧を覚えますね。 かく言う私もその一人で、特に前半はもっとサスペンスを効かせても良かったのではないかと思いました。余りにも不可思議な出来事の筈なのに、それを読者にアピールし切れているかと問われると否と答えるしかありません。そこをもう少し工夫すれば更なる傑作に仕上がったと思います。 それでも、前半からは考えられない展開には眩暈がする思いでした。意外過ぎる結末とエピローグの美しさが心に残ります。 |
No.1870 | 7点 | 千年のフーダニット 麻根重次 |
(2025/03/31 22:51登録) 若くして妻を喪い失意に沈むクランは、人類初の冷凍睡眠(コールドスリープ)実験に参加する。さまざまな事情を抱えた男女7名は「テグミネ」という殻状の装置で永きにわたる眠りについた。 ――そして、1000年後。目覚めたクランたちはテグミネのなかでミイラと化した仲間の他殺体を発見する。犯人は誰なのか。施設内を調査する彼らが発見したのは、さらなる“顔のない死体”で―― Amazon内容紹介より。 外枠はSF、格となる部分は本格ミステリと言った感じです。特殊設定ミステリの亜種とも言えるでしょう。難クセを付ける訳ではありませんが、そんな描写要りますか?と思えるシーンも散見されます。その割には冒頭の強烈な謎に対するアプローチがあまり描かれていないのが残念です。 最後に提示される真相に関しては文句なしです。ここだけ切り取れば完全な本格ミステリでなるほどと納得が行きます。かなり強引なところもありますが。 文体は硬質であまり面白味がなく、言ってしまえば冗長ではあります。ただアイディアは非常に優れたものがあり、デビュー作も読みたいと思わせるだけのものは持っていますね。もう少し垢抜ければ人気作家になれる素材でしょう。 |
No.1869 | 7点 | サーカスから来た執達吏 夕木春央 |
(2025/03/27 22:26登録) 密室から忽然と消失した財宝の謎。 14年前の真実が明かされる 怒涛の30ページに目が離せない。 『方舟』で注目される作家・夕木春央の本質がここにある! Amazon内容紹介より。 何か面白いミステリはないかと家の中を探索していたら、意外にも本書が見つかりました。単行本の古書ですが、買った記憶がなかったので、ん?となりました。『方舟』が刊行される前だったのだと思いますが、多分私の琴線に触れる何かがあったのでしょう。 最初は何となく堅苦しい感じがして、これは自分の苦手なタイプのやつかもと案じましたが、ユリ子が登場してからトーンが何段階も明るくなり一気に読み易くなり一安心しました。当然ユリ子には主役級の活躍を期待して、それが叶ったので内心喜びが膨らみます。彼女の魅力なくして本作は語れません。文字の読めない彼女が、暗号が絡む事件をどう捌くのかと思っていたら、暗号に関してはもう一人のヒロインである鞠子が頭を捻って解決に導きます。 単純に見えた一連の事件がこんなにも拗れたものだったとは思いも寄りませんでした。私にとってちょっとややこしく感じ頭を悩ませたのが、各華族の関係性で、己の読解力の無さが悔やまれます。 |
No.1868 | 7点 | 密室狂乱時代の殺人 絶海の孤島と七つのトリック 鴨崎暖炉 |
(2025/03/23 22:37登録) 日本有数の富豪にしてミステリーマニア・大富ケ原蒼大依が開催する、孤島での『密室トリックゲーム』に招待された高校生の葛白香澄は、 変人揃いの参加者たちともに本物の密室殺人事件に巻き込まれてしまう。 そこには偶然、密室黄金時代の端緒を開いた事件の被告と、元裁判官も居合わせていた。 果たして彼らは、繰り返される不可能犯罪の謎を解き明かし、生きて島を出ることができるのか!? Amazon内容紹介より。 最後まで評点で迷いましたが、エピローグで意表を突かれたので7点としました。最初に断っておきますが、前半に誤字脱字が五ヵ所ほど見られます。周知の事実を承知の事実とか、面白い趣向を面白い嗜好とか。まあそんな些事はどうでも良いです。私は前作を読んでいませんが、本作は密室のハウダニットに特化した、とことん密室に拘った特異な本格ミステリです。そのトリックの数々は多岐に亘り、リアリティを無視した、しかし一応論理的には可能かもしれないと思われるものが多く、よくこんな事を考え出したなと素直に感心しました。 今言える事は取り敢えずシリーズ一作目に遡って読むしかないなという事です。いきなり二作目から読んではいけなかったとは思いませんが、やはり順序は守ったほうがベターである事に間違いないでしょう。 しかしなあ、動機が余りにも弱いのが気になるところではあります。真犯人にも意外性はありませんし。とにかくどこまでも密室トリックに淫した愛好家には最適のミステリだと思います。本当に実行したらとんでもない事になりそうなものも含まれていますが。犯人バレバレ(笑)。 |
No.1867 | 7点 | 感応グラン=ギニョル 空木春宵 |
(2025/03/19 22:10登録) 昭和初期、浅草六区の片隅の芝居小屋。ここでは夜ごと、少女たちによる残酷劇が演じられていた。ある日、完璧な美貌を持つ新入りがやってくる。本来、ここにそんな少女は存在してはいけないはずなのに。彼女の秘密が明らかになるとき、〈復讐〉が始まる。退廃と奇想、呪縛と変容。唯一無二の世界を築き上げる創元SF短編賞出身の鬼才、空木春宵のデビュー作品集がついに文庫化! Amazon内容紹介より。 一読後、これは異形の文学だと思いました。誰でもない独自の世界を構築しながらも、それをエンターテインメントへと昇華している手腕は注目すべきものがあります。最初の表題作の冒頭から惹き込まれました。何かが始まる予感に期待が膨らみます。万人受けするとはとても思えませんが、一部のマニアには熱狂的な支持を受ける気がします。 耽美、残酷、空想、奇形など仄暗い要素が満載で、ある種大正から昭和初期にかけての空気感が漂いますが、ミステリ的な仕掛けがそれすらも凌駕してしまいます。無論ミステリではなくファンタジーですが、個人的にはとても面白く読めました。ただ慣れない漢字の使い方にはやや手古摺りましたが、一読の価値はあると思いました。と言うか、二度くらい読まないと完全に咀嚼し切れない作品集かも知れないと感じました。 |
No.1866 | 6点 | 江神二郎の洞察 有栖川有栖 |
(2025/03/15 22:29登録) 英都大学に入学したばかりの一九八八年四月、ある人とぶつかって落ちた一冊――中井英夫『虚無への供物』――が、僕、有栖川有栖の英都大学推理小説研究会(EMC)への入部のきっかけだった。アリス最初の事件ともいうべき「瑠璃荘事件」、著者デビュー短編「やけた線路の上の死体」、アリスと江神の大晦日の一夜を活写した「除夜を歩く」など、全九編を収録。昭和から平成へという時代の転換期を背景に、アリスの入学からマリアのEMC入部まで、個性的なEMCメンバーたちとの一年を瑞々しく描いたファン必携の短編集、待望の文庫化。 Amazon内容紹介より。 有栖川有栖。初期の頃から結構読んでいる方だと思いますが、文章が堅実なのは良い事ではあります。しかしそれに従って面白みに欠けるのが私にとっては物足りないところです。それでも数々の名作傑作を物したのは流石だと思います。 本作品集の中で唯一掌編の『ハードロック・ラバーズ・オンリー』が個人的に最も印象深く、出来としてはトップです。これこそ「江神二郎の洞察」に相応しい作品だと、これだけでも読んで良かったと思えました。そして次点として書下ろしの『除夜を歩く』を挙げたいですね。英都大学推理小説研究部のメンバーであり本格愛好家の望月の書いた作中作が意外にも伏線がキッチリ回収されて面白く、江神とアリスの本格論議が作者自身の想いと重なって胸に残りました。 上記二編クラスが並べばもっと高得点も吝かではありませんでした。それでも全体として水準以上の作品ばかりで、唯一イマイチだった『二十世紀的誘拐』以外は十分楽しめました。江神二郎最初の事件やアリス入部の経緯、マリアの初登場などが描かれており、ファン必読の書ではないでしょうか。 |
No.1865 | 6点 | 蜘蛛の糸は必ず切れる 諸星大二郎 |
(2025/03/11 22:14登録) 「伝説の漫画家」の小説集ふたたび! 「妖怪ハンター」「マッドメン」など、独特の作品世界をもつあの諸星大二郎の小説集! 「船を待つ」「同窓会の夜」など、諸星ワールドを堪能できる4編収録。 Amazon内容紹介より。 超異色な問題作ばかりの短編集。 いずれも終始不穏な空気が漂った様な酩酊感を伴う、独自のワールドを構築しています。一話目の『船を待つ』が最もミステリに近い作風で、終わってみればこの作品が一番印象に残った気がします。ただオチが弱かったのが気になります。それは他の作品に関しても言える事で、曖昧であやふやな、ハッキリしない終わり方なので好みの別れるところだと思います。 漫画家でこれだけ書けるのは十分合格点でしょうね。漫画をそのまま文章にした様な感じではありますが、文体自体はそれ程クセの強さは感じません。ただ少々くどいというか、同じような描写が続いたりするのはあります。ストーリーの変遷という点ではあまり期待できません。 |
No.1864 | 6点 | 今日のハチミツ、あしたの私 寺地はるな |
(2025/03/08 22:28登録) 蜂蜜をもうひと匙足せば、あなたの明日は今日より良くなる──。 「明日なんて来なければいい」と思っていた中学生のころ、 碧は見知らぬ女の人から小さな蜂蜜の瓶をもらった。 それから十六年、三十歳になった碧は恋人の故郷で蜂蜜園の手伝いを始めることに。 頼りない恋人の安西、養蜂家の黒江とその娘の朝花、 スナックのママをしているあざみさん…… さまざまな人と出会う、かけがえのない日々。 心ふるえる長篇小説。 Amazon内容紹介より。 正直、冒頭のエピソードを読んだ時感動しました。その後も読み易く、個性の強い人物が次々と登場し、とても楽しめました。それぞれの人物像も鮮やかに描かれておりいささか感心しました。この作者は読者を作品の中に引っ張り込む術を、本能的に分っているのではないかと思い、天賦の才能に感じ入りました。 本作は文芸作品ですが、適度に刺激的で、短い中にも中身がギュッと詰まった充実の秀作だと思います。主人公の碧の恋の相手である安西に、何故そこまで惹かれるのか疑問ですが、男女の中というのはそういうものなのかも知れません。駄目な男とどういう訳か離れられない女心までは想像するしかありませんけれど、この作品のテーマはそればかりではありませんので、問題ありません。何故なら知らぬうちに碧に感情移入してしまう様に出来ているからです。その時に力強く、時に優しい描写力や文章力に打ちのめされた私なのでした。 |
No.1863 | 4点 | お・り・が・み 林トモアキ |
(2025/03/05 22:05登録) 身に覚えのない借金30億を背負った女子高生・鈴蘭。彼女を救ったのは悪の組織「魔殺商会」。世のため悪のため、組織の手先となって戦う鈴蘭だったが、彼女こそが世界を開く扉「ヘヴンズゲート」の鍵だったのだ! Amazon内容紹介より。 期待外れでした。いくらラノベと言っても文章に覇気というか気合が感じられないのは困ったものです。要するに表現力が欠如している様に思われてなりません。キャラもイマイチ立っていないし、バトルも中途半端と言うよりほとんど描かれていません。 大体魔殺商会と敵対する神殿協会の因縁がギリギリまで描かれていないのは不親切だと思います。 最終盤になって漸くおっと思えるシーンがありましたが、それも一瞬で終わり憤懣が蓄積してなんだかなあという気分が止まりません。文体がヌルいせいか、己の集中力の無さのせいか、終始気が散ってあれこれ関係ない事を頭に浮かべながら読まざるを得ませんでしたね。これはいけませんよ、面白いとか面白くない以前の問題です。ラノベなら何でも許されると思ったら大間違いですからね。 |
No.1862 | 5点 | 天才遺体修復人M 葉月香 |
(2025/03/02 22:20登録) どんな遺体もまるで生きているかのように復元できる天才遺体修復人『M』。彼はこの世ならざる光を見、死者の言葉を聞き取るという。が、ある理由で資格を剥奪された。それでも依頼は途切れることはない――。専門学校で葬儀学を専攻する葉山ケイトは、事故死した父がMの施術を受けたことがきっかけで彼を探し始める。百合の花を目印に出会ったふたりを待つ運命は……。この生の先にあるものは何なのか――読めば必ず涙する! 切なくも美しい感動作。 Amazon内容紹介より。 可もなく不可もなし。しかし、甘いだけのラブ・ストーリーではありません。悲恋の物語と言っても良いでしょう。 遺体修復人、所謂エンバーマーと呼ばれる、どちらかと言うと日陰の仕事に従事するマリエルと助手を買って出たケイトが仕事を通じて、友好を温めていくのだが・・・。 奇跡を起こしたかのようなマリエルの仕事ぶりはなかなかに鬼気迫るものがあり、迫力が伝わってきます。同時に助手として腕を磨いていくケイトの心情も透明感を伴いながら描かれていきます。読んでいて飽きることはありませんが、心に突き刺さるものがイマイチ足りないのが残念です。単なる良い話で終わってしまい、もっと異形の色を出して欲しかった気がします。まあ暇潰しにはなりますけどね。 |
No.1861 | 7点 | アイアムハウス 由野寿和 |
(2025/02/27 22:18登録) 世界遺産・藤湖のまわりを囲むようにそびえ立つ、静謐な佇まいの十燈荘。 晩秋、秋吉一家がそれぞれの“趣味”にまつわる形で惨殺され、息子・春樹だけが一命を取り留めた。 静岡県警の深瀬が捜査を進めると、住民たちの微妙な距離感、土地独特のルールが浮かび上がる。 そして実は深瀬は、16年前の「十燈荘妊婦連続殺人事件」にも関わっていて――。 犯人は一体誰か。なぜ秋吉家が犠牲となったのか。春樹だけが生き残った意味とは。 結末に驚愕必至のミステリー傑作。 Amazon内容紹介より。 力作だと思います。まず勘違いしてならないのは、十燈荘とは建物の名前ではなく土地の名前である事です。それはすぐ判明するので良いでしょう。 物語はいきなり凄惨な猟奇殺人現場から始まります。そして死神と呼ばれる孤高の刑事深瀬と、その相棒の良識的な笹井が地道な捜査を開始します。その道中で登場する容疑者たちは誰も彼も怪しげで、誰と誰が関係しているのかも容易に掴むことが出来ず、じりじりした焦燥を誘います。 それ程長くないのに、ちょっと詰め込み過ぎではないかとの、若干の不安はあります。もう少し長尺にして容疑者候補の人物像を掘り下げるとかがあっても良かった気がします。出来ればメモをしながら読み進めるか、一気読みするかどちらかを選択するべきかも知れません。 真相が明らかになるにつれて、過去の妊婦連続殺人事件や深瀬の身に何があったのかなど、様々な要素が繋がって来てある種のカタルシスが生まれます。ラストも素晴らしく、読後感も最高です。 |
No.1860 | 7点 | 世界でいちばん透きとおった物語2 杉井光 |
(2025/02/24 22:01登録) 累計50万部突破の超話題作「セカスキ」待望の続編。新人小説家・燈真と博覧強記の編集者・霧子さんのバディが、ある小説の遺稿に秘められた"想い”を解き明かすビブリオ・ミステリ。 Amazon内容紹介より。 体裁は本格ミステリですが、本質は日常の謎ではないかと私は思ったりしています。前作の超絶技巧は当然ながら見られませんが、これもまたなかなかの出来です。連載されていた、中途で遺稿となった小説を巡る謎を主人公で小説家の燈真と編集者の霧子が協力して、その行方を模索していく物語。 その道程である切なすぎる作家の死が浮き彫りにされたのには、何とも言えない世の中の不条理さを目の当たりにしました。余りにも残酷な運命に声が出ません。そんな中で見せる伏線の回収はお見事と言えるでしょう。本命の仕掛けには触れませんが、作者の新たな一面を伺わせる構成には流石に舌を巻きました。しかし、身勝手な希望ですが燈真はもう少しミステリを勉強してもらいたいものです。それを霧子がカバー出来ればもっと面白くなるのになあと、無いものねだりをしたくなる私でした。 |
No.1859 | 6点 | 宮内悠介リクエスト! 博奕のアンソロジー アンソロジー(国内編集者) |
(2025/02/21 22:51登録) 読書家にして麻雀にも造詣の深いことで知られる宮内悠介が、今いちばん読みたいテーマで、いちばん読みたい作家たちに「お願い」して、ヒリヒリするようなアンソロジーができました。危険と背中合わせの愉楽を、お楽しみください。 Amazon内容紹介より。 正に玉石混交。博奕特有のひり付く雰囲気を真正面から描いたのは、山田正紀の『開城賭博』、聞いたこともない作家星野智幸の『小相撲』、冲方丁の『死争の譜』くらいで、あとは技巧に走って真っ当な博奕小説とは言えません。特につまらなかったのが藤井太洋の『それなんこ?』。これは間違いなく駄作で、時間の無駄です。また軒上泊の『人間ごっこ』はどこが博打なの?といった感じの文芸作品でした。 期待の法月綸太郎は発想は面白いけれど、イマイチ捻りが効いていないのが残念でした。まあ読み易かったので良しとしますか。最も異色だったのが、狂ったような世界観が物珍しい漫画家日高トモキチが描いた『レオノーラの卵』。これはなかなかの拾い物でオチが良いです。 結果ツートップと言えるのは山田正紀と星野智幸でした。どちらも甲乙付けがたい、一方は開城を賭けたチンチロリン、一方は己の運命を女相撲に賭けての白熱ぶりを見せてくれています。 |