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ミステリの祭典

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nukkamさんの登録情報
平均点:5.44点 書評数:2813件

プロフィール| 書評

No.2653 5点 図書室の死体
マーティ・ウィンゲイト
(2023/08/03 21:51登録)
(ネタバレなしです) アメリカのマーティ・ウィンゲイト(1953年生まれ)は園芸本を書いていましたが2014年にミステリー作家としてデビュー、園芸小屋ミステリシリーズ、類は友を呼ぶミステリシリーズを発表した後に第3シリーズとして初版図書館の事件簿シリーズの第1作である本書を2019年に発表しました。ちなみにどのシリーズも舞台は英国です。私も人並由真さんと同じく読む前はちょっと期待していました。作中でアガサ・クリスティーの「書斎の死体」(英語原題は「The Body in the Library」)(1942年)が言及されていますが、本書の英語原題が「The Bodies in the Library」なのですから。そしてアマチュア探偵としては心もとなく、しかも最初は警察まかせの態度だったヘイリー・バークがアポなしで警察や容疑者を訪問しては強引な推理を披露したり強引な質問したりするようになったり、ミス・マープルならどうするだろうと考えたりと本格派推理小説を意識したところは確かにあります。しかし場当たり的捜査が何度も繰り返されるメリハリのないプロットに私はげんなりしてしまい、終盤にヘイリーが「何が起きたのかがわかった」と思ってもついに解決かとわくわくできませんでした。せめて「手がかりや証拠がひとつにまとまるさま」を明快に説明してくれればよかったのですけど。創元推理文庫版で450ページ近い作品ですがページ数以上に長さを感じてしまいました。


No.2652 5点 黒いリボン
仁木悦子
(2023/07/29 21:31登録)
(ネタバレなしです) 1962年発表の仁木兄妹シリーズ第4作で、シリーズ短編はこの後も書き続けられましたがシリーズ長編としては最終作です。本書の角川文庫版の巻末解説によると「猫は知っていた」(1957年)、「林の中の家」(1959年)、「棘のある樹」(1961年)がそれぞれ夏秋冬の物語で、本書は春の事件を描いたそうですが特に季節感は感じませんでした(私の感性が鈍いだけかもしれませんが)。水遊び用の人工池で遊んでいた子供が誘拐され、「ブラック・リボン」と名乗る誘拐犯からの身代金要求の手紙が来る事件に大学生の仁木兄妹が巻き込まれます(殺人もあります)。巻末解説で作者は「読者に提供する手がかりのデータが少ない」と自戒していたと紹介されており、確かに(個人的にシリーズ最高傑作と思っている)「林の中の家」と比べればその通りだし偶然と好都合に支えられた真相の感がありますけど誘拐サスペンスとしてよりは本格派推理小説として楽しめる内容だったと思います。誘拐犯からの電話に細やかな工夫があったのが印象に残りました。


No.2651 6点 昏き聖母
ピーター・トレメイン
(2023/07/29 18:42登録)
(ネタバレなしです) 2000年発表の修道女フィデルマシリーズ第9作です。舞台はフィデルマの祖国モアン王国とは敵対的なラーハン王国で、フィデルマのワトソン役であるエイダルフが殺人容疑で有罪とされ処刑が明日に迫っているというタイムリミットサスペンス状況下へフィデルマが駆けつけます。フィデルマの来訪を予期していたとは思えませんが、「蛇、もっとも禍し」(1996年)での屈辱へのリベンジとばかりにラーハンの王やブレホン(裁判官)はフィデルマが捜査の落ち度を多少指摘したぐらいでは全く取り合いません。真相は少々複雑過ぎてフィデルマの推理は論理的ながらも強引な感がありますが冒険スリラーと本格派推理小説のバランスは絶妙で、創元推理文庫版で上下巻合わせて500ページを超すボリュームがそれほど苦にならない読みやすさです。


No.2650 6点 四月は霧の00密室
霧舎巧
(2023/07/27 20:04登録)
(ネタバレなしです) 2002年発表の私立霧舎学園ミステリ白書シリーズ第1作です。「霧舎が書かずに誰が書く!」と随分ハイテンションな作者あとがきが講談社ノベルス版の巻末に置かれていますが、「ラブコメミステリ」と宣言しつつもこれまでの霧舎作品と変わらぬクオリティの本格派推理小説を目指したようです。そうはいってもタイトルの「00」を「ラブラブ」と読ませているところからして私のようなおじさん読者(もうおじいさんか)は気恥ずかしさを感じてしまうのですけど。ラブコメ要素は第1作ということもあってか、漫画チックなガールミーツボーイ的な出会いがありながらもまだおとなしめで(なぜかヒロインの母親が強力に仲をとりもとうとします)、本格派としてしっかりした造りなのが嬉しいですがやはりラブコメという壁(?)を越えて幅広く読んでもらえるかが鍵でしょうね。余談ですが「ドッペルゲンガー宮 『開かずの扉』研究会流氷館へ」(1999年)への言及があって作品世界はつながっているようですね。


No.2649 5点 吸血鬼の仮面
ポール・アルテ
(2023/07/27 05:57登録)
(ネタバレなしです) シリーズ前作から7年ぶりとなる2014年発表のオーウェン・バーンズシリーズ第6作の本格派推理小説で、作者が得意とする密室殺人事件もありますが不可能犯罪趣味よりも怪奇趣味の方が上回る作品ではないでしょうか。「死後に心臓に杭を打たれて周囲にニンニクをばらまかれた死体」、「1年前に死んだのに最近死んだかのような死体」、「鏡に姿が映らない男」、「人の歯でないものでつけられた首筋の傷」など読者の好奇心をそそるそうな謎が散りばめられますが、それらから連想されるキーワードが21章でようやく初登場というのは作者のねらいの演出ですね。真相は合理的なものですがあまりに複雑に陰謀が絡み合っていて、とても読者が自力で正解できるようなしろものではないところが評価の分かれ目かもしれません。


No.2648 6点 すべてはエマのために
月原渉
(2023/07/19 23:33登録)
(ネタバレなしです) 雪降る中を館へと向かう馬車を描いた新潮文庫版のジャケットがとても素晴らしい2023年発表のツユリシズカシリーズ第6作の本格派推理小説です。第一次世界大戦中のルーマニアが舞台となっており、これまでのシリーズ作品中最も時代性の描写に力を入れているように思います。強健な姉リサと病弱な妹エマを登場させているところはどことなくルイザ・メイ・オルコットの「若草物語」シリーズを連想させますがエマの登場場面は非常に少なく、リサとシズカの2人が主人公です。シズカを使用人役ではなく医者役にしているのはこれまでのシリーズ作品になかった設定ですね。行動を制限されたため医者として優秀なのかどうかを披露する機会がありませんでしたけど。推理はあまり論理的ではありませんが時代社会を反映した動機はなかなか印象的です。ただ真相解明にひねりを入れるためとはいえ終盤は登場人物の水増し感がありますが。


No.2647 5点 メナハウス・ホテルの殺人
エリカ・ルース・ノイバウアー
(2023/07/16 21:13登録)
(ネタバレなしです) 軍人、警官そして高校教師といった職歴を持つエリカ・ルース・ノイバウアー(1979年生まれ)が2020年にミステリー作家デビューした作品が本書です。主人公のジェーンは作者と同じ米国人女性ですが作中舞台が1926年のエジプト(メナハウス・ホテルは実在のホテルです)ということもあって米国らしさは全く感じられません。控え目ですがエジプト旅情も卒なく描写しています。ジェーンは夫を第一次世界大戦で失っていますが、この夫の家庭内暴力に苦しめられていた経験からか第2の主人公というべき謎めいた男レドヴァースとの関係は微妙な距離感を置いていますね。捜査が進むにつれてその関係がどう進展するのかが読ませどころです。ジェーンの行動と推理はアマチュア探偵ゆえにかなり強引で、まあそこが面白いとも言えるのですが解決は本格派推理小説というよりは冒険スリラー的な決着になっていて、個人的には物足りない謎解きに感じました。


No.2646 6点 萩・津和野殺人事件
中町信
(2023/07/11 15:37登録)
(ネタバレなしです) 1991年に「新特急『草津』の女」というタイトルで出版され、後に「萩・津和野殺人事件」に改題された氏家周一郎シリーズ第9作の本格派推理小説です。ちなみに同時期に「津和野の殺人者」(1991年)という作品も出版されていますが本書とは別の作品です。大事故が思わぬ殺人を招くというプロットはこの作者の得意技ですが、本書の場合は逃亡中の銀行強盗の自動車が病院裏で事故を起こして強盗は死んでしまいますが、盗まれたお金が見つかりません。状況証拠から入院患者がくすねたのではと疑われ、事故を目撃したと思われる女医が殺されるなど思わぬ展開で読ませます。容疑者扱いされた入院患者が否定しつつも意外と淡々と応対しているのが不思議ですね。1人ぐらいどなり散らしてもおかしくないと思いますが(私ならきっとそうします)。巧妙なミスリードもこの作者らしいですがダイイングメッセージはちょっと作為的かな(笑)。あと盗まれたお金の謎解きが中途半端なのは不満ですね。


No.2645 4点 笑ってくたばる奴もいる
A・A・フェア
(2023/07/07 23:22登録)
(ネタバレなしです) 1957年発表のバーサ・クール&ドナルド・ラムシリーズ第16作の本書は序盤のドナルドの捜査が(依頼人を全く満足させなかったという意味で)失敗に終わるのが異色です。もちろんそれで終わるわけではなく、変化に富む展開で読者を飽きさせません。しかし推理による解決とはいかないのが個人的には不満です。強欲な依頼人(とバーサ)をドナルドが上手くやりこめるところはなかなか愉快ですが。ちなみに被害者は「笑ってくたばって」いるわけではありません。


No.2644 6点 奥鬼怒密室村の惨劇
梶龍雄
(2023/07/07 22:59登録)
(ネタバレなしです) 1984年発表の本格派推理小説です。作中時代を太平洋戦争末期にし、主人公を17歳の少年に設定して青春小説要素があるところは「ぼくの好色天使たち」(1979年)を連想させます。主人公が年上の女性に憧れて通俗要素の濃い展開(エロシーンあり)となる前半は読者の好き嫌いが分かれそうですが単なる色恋描写ではなく、後半の捜査活動に少なからぬ影響を与えていますのでプロット上の必要性はあったと解釈すべきでしょう。どんでん返しの鮮やかな推理議論はこの作者ならではですが、それ以上に印象的なのは非情なまでに劇的な締め括りでしょう。これも読者の評価は分かれそうですが。


No.2643 5点 闇が迫る マクベス殺人事件
ナイオ・マーシュ
(2023/07/07 20:42登録)
(ネタバレなしです) ナイオ・マーシュ(1895-1982)の遺作となった1982年発表のロデリック・アレンシリーズ第32作の本格派推理小説です。但し論創社版の巻末解説によると、第二次世界大戦中に書きかけていた小説断片と創作メモを基にステラ・ダフィー(1963年生まれ)によって完成された長編が2018年に出版されたそうですけど。本書の舞台は1966年に米国で初出版されたシリーズ第24作と同じドルフィン劇場で、再登場する人物がいたり事件関係者の家族が登場したりしています。そして個人的に危惧していたのが当たってしまいましたが、過去事件の犯人がばらされてしまっています。この作者のネタバレ悪癖は最晩年まで治りませんでしたね。マーシュは劇の脚本家や演出家としても名高いですが、本書での「マクベス」の上演に向けてのリハーサルシーン描写は非常に力が入っています。ただ事件がなかなか起きないこともあってミステリーとしての密度がやや薄いところは「ヴァルカン劇場の夜」(1951年)に通じるところがあり、解決も唐突です。動機が結構印象的ですが賛否両論になりそうで、巻末解説でも色々フォローしていますね。


No.2642 6点 密室狂乱時代の殺人 絶海の孤島と七つのトリック
鴨崎暖炉
(2023/07/04 04:34登録)
(ネタバレなしです) デビュー作の「密室黄金時代の殺人 雪の館と六つのトリック」(2022年)でのトリック大盤振る舞いには驚かされましたが、同じ年内に同趣向の本書が出版されたのにもびっくりです。小手先トリックもあればスケールの大きいトリックもあり、後者については特殊な大道具小道具が必要なケースもあってリアリティ重視の読者だと毛嫌いしてしまうリスクも高い作品ですが贅沢なまでに謎と謎解きを盛り込んだ希少な本格派推理小説と個人的には評価したいです。


No.2641 4点 巡査さん、事件ですよ
リース・ボウエン
(2023/06/30 11:07登録)
(ネタバレなしです) 英国出身で米国に移住している女性作家ジャネット・クイン=ハーキン(1941年生まれ)のミステリー作家としてのペンネームがリース・ボウエンです。日本では英国王妃の事件ファイルシリーズやモリー・マーフィーシリーズが先に翻訳紹介されていますが、最初に書かれたミステリーシリーズは1997年から2006年にかけて出版された全10作のエヴァンズ巡査シリーズです。1997年発表のシリーズ第1作の本書でフルネームがエヴァン・エヴァンズと紹介されています。エヴァンが2回続く名前だけでも皆から笑われそうですが、舞台となるウエールズでは讃美歌で「天のパン」を「ブレッド・オブ・エヴン」と歌われることから「今日はどんなパンだい、エヴァン」とからかわれる幼少時代を過ごしたようです。2人の登山客の死体が見つかり、上司の巡査部長は事故と判断しますが山をよく知るエヴァンは事故ではないと推理します。コージー派ミステリーにしては珍しい警官探偵のためか捜査描写が多いです。家庭菜園荒らしや料理泥棒などの小事件にまで振り回される展開は(コージー派ではありませんが)ピーター・ロビンソンの「罪深き眺め」(1987年)を連想しました。コージー派の雰囲気ながら18章でのサスペンスは秀逸です。作者のせいではないかもしれませんがコージーブックス版の登場人物リストは重要人物が何人も抜けていて(被害者も載っていない)、ない方が(読者が自分で作る方が)よかったと思います。本格派推理小説なら反則と批判されそうな真相にもがっかりです。


No.2640 7点 硝子の塔の殺人
知念実希人
(2023/06/25 18:45登録)
(ネタバレなしです) 2012年のデビュー以来順調に作品を発表している作者ですが、その中でも2021年発表の本格派推理小説である本書はかなりの話題となった人気作です。天久鷹央シリーズではありませんが、ある人物に「不思議な事件を次々に解決している女医が東京の病院にいるらしい。たしか、天医会総合病院とかいうところだったかな」と言わせていて作中世界はつながっています。自分は名探偵であると何度も自己紹介する人物を登場させ、しかも古今の本格派推理小説に対する思い入れを熱く語らせています。微妙な内容の場合には作品名を伏せるなどネタバレ防止には配慮していますけど、わかる人にしかわからない面もあるところは賛否両論かもしれません。後半になると名探偵としてのあるべき姿について悩む場面があり、市川哲也の「名探偵の証明」(2013年)や阿津川辰海の「紅蓮館の殺人」(2019年)と読み比べてみてもいいかもしれません。あちらの作品では探偵議論の相手が別の探偵だったのに対して本書の議論の相手はワトソン役です。このワトソン役も単なるワトソン役でなく、ある犯罪行為に手を染める場面が描かれ倒叙本格派風な展開を見せているのは本書の個性です。連続殺人のサスペンスはそれほど強力ではありませんが、「読者への挑戦状」の後に続く謎解き議論の充実ぶりは半端ではありません。


No.2639 4点 女占い師はなぜ死んでゆく
サラ・コードウェル
(2023/06/21 09:01登録)
(ネタバレなしです) 2000年発表のヒラリー・ティマー教授シリーズ第4作の本格派推理小説で、サラ・コードウェル(1939-2000)の遺作となりました。「セイレーンは死の歌をうたう」(1991年)からかなりの期間を置いての発表となってますが、ハヤカワポケットブック版の巻末解説によると病と闘いながらの執筆だったようです。残念ながら出来栄えは感心できませんでした。何がメインの謎なのか焦点が定まっておらず、怪死事件さえも犯罪性がはっきりしていません(警察が捜査している描写もない)。推理説明も切れ味を感じさせず、すっきり感が得られませんでした。これまでに翻訳紹介された作品では本書の翻訳が主人公の性別を意図的に曖昧にしている設定を最も意識していますが、ですます口調の会話がぎこちなくてどうにも読みにくいです。翻訳の方向性としては正しいのでしょうけど、正しい翻訳が良い翻訳とは限らないですね。過去作品での教え子たちとのざっくばらんな会話が醸し出すユーモアが本書では消えてしまいました。


No.2638 4点 <ドラキュラ>殺人事件
仁賀克雄
(2023/06/12 03:48登録)
(ネタバレなしです) 仁賀克雄(1936-2017)の小説作品としては1997年発表の本書がおそらく最後ではないかと思います。作者は1995年に「ドラキュラ誕生」という研究書を発表しており、私はそちらは未読ですけど吸血鬼伝説や吸血鬼文学を詳細に紹介している本書はその派生作品ではないかと想像しています。作中舞台は1896年から1897年にかけてのロンドンで、ホラー小説の古典「ドラキュラ」(1897年)を執筆中のブラム・ストーカー(1847-1912)が登場していますし、探偵役を務めるメルヴィル・マクノートン主任警部(1853-1921)も実在の人物です。「ドラキュラ」のヒロインのミナの造形に影響を与える人物として尾張徳川家の末裔の徳川美奈を登場させたのが作者が意図した「事実と虚構をないまぜに書いたミステリ」の所以でしょう。講談社ノベルス版で「ゴシックロマン風本格推理」と紹介されていますが、血を抜かれた死体の謎が興味深くて真相も印象的ですけど推理を披露しての説明ではないので本格派を期待するとがっかりすると思います。犯人当ての面白さも放棄されています。グロテスク描写が抑制を効かせているのも(個人的にはありがたいですけど)賛否両論かもしれません。


No.2637 5点 すり替えられた誘拐
D・M・ディヴァイン
(2023/06/07 11:31登録)
(ネタバレなしです) 1969年発表の本格派推理小説です。創元推理文庫版の阿津川辰海による巻末解説で「待ちに待ったこの時がやって来ました」とコメントされていますが全くの同感です。国内初の翻訳作品であった「兄の殺人者」(1961年)の現代教養文庫版(1994年)を読んでこの作者の虜になり、しかもその巻末解説で全作品(13作)が概要紹介されているのを見てぜひ読破したいとの思いを約30年抱いてましたが、最終翻訳作品となる本書を読んでついにその夢がかないました。大学を舞台にした作品としては「悪魔はすぐそこに」(1966年)に続く作品で、本職が大学の事務員だった作者ならではの作品だと思います。多くの学園ミステリーが学生か職員かどちらかに片寄った描写になりますが、本書は両方をしっかりと描いています。丁寧に謎解き伏線を張ってあって終盤近くでは犯人の条件を整理していますが、ここで「この条件を満たす人物はあなたです」とずばり解決とはいかない展開を見せるのが異色です。巻末解説では某有名ミステリーを想起していますが、それを読んでいない私はレックス・スタウトの「毒蛇」(1934年)の方を連想しました。いずれにしろこの終盤は印象的だし個性的ではありますけど、読者の好き嫌いは分かれるかもしれません。余談になりますがこの作者の作品で私の好みの上位トップ3は「兄の殺人者」、「こわされた少年」(1965年)、「ウォリス家の殺人」(1981年)です。「五番目のコード」(1967年)と「三本の緑の小壜」(1972年)もいい作品だと思います。


No.2636 5点 龍山寺の曹老人
林熊生
(2023/06/02 23:04登録)
(ネタバレなしです) 金関丈夫(かなせきたけお)(1897-1983)が植民地時代の台湾で林熊生(りんゆうせい)名義で書いたミステリーは長編本格派推理小説の「船中の殺人」(1943年)と、どこかとぼけた感じのする曹老人を名探偵役にした短編本格派推理小説が知られています。後者は全部で7作が確認されていますが、台湾で1945年に5作が出版された記録があるものの残りの2作についてははっきりしていません(戦局の悪化で台湾では未出版だった可能性もあります)。ようやく日本で全7作が初めてまとめられたのは金関丈夫名義での「南の風 創作集」(1980年)です(これには非ミステリーの歴史小説、詩、俳句、戯曲なども一緒に収められています)。短編ゆえ仕方ないところではありますが、「船中の殺人」と比べると謎解き伏線が十分でなくて読者が推理に参加する余地があまりありません。その中では密室殺人を扱った「入船荘事件」が1番充実していると思います。「謎の男」は大掛かりな犯行計画が印象に残ります。


No.2635 5点 哀惜
アン・クリーヴス
(2023/06/02 08:42登録)
(ネタバレなしです) 1986年にミステリー作家デビューしたアン・クリーヴス(1954年生まれ)は新しいシリーズを次々に生み出す傾向があるようで、ジミー・ペレスシリーズの最終作「炎の爪痕」(2018年)に続いて2019年に発表した本書は新シリーズ(5番目)の第1作の本格派推理小説です。主人公のマシュー・ヴェン警部は同性結婚して母親とは対立関係、部下のジェン・ラファティー部長刑事はシングルマザー、ロス・メイ刑事は(本書では私生活は語られませんが)苦手な仕事に気の乗らない姿勢を隠せないなど個性的な面々が揃います。ハヤカワ文庫版で550ページを超す大作の上にとても地味な展開の作品ですが、登場人物リストに載っていない人物も多いので一気に読まないと誰が誰だかわかりにくいかと思います。新たな事件でちょっと盛り上がるところはあるものの足を使った地道な捜査が続き、鮮やかな推理説明で解決するわけではありません。人物描写がきめ細かい所はこの作者らしいと思いますが、もう少しインパクトのある何かが欲しかったです。


No.2634 6点 ヘシオドスが種蒔きゃ鴉がほじくる
小峰元
(2023/05/31 08:00登録)
(ネタバレなしです) 小峰元(1921-1994)は「アルキメデスは手を汚さない」(1973年)以降の長編ミステリーが知られていますが元々は短編作家だったそうです。「アルキメデス」以前にどれだけの短編を書いたのかわかりませんし入手して読むのも困難なようですが、1981年発表の本書は1979年から1980年にかけて雑誌掲載された8作のユーモア本格派推理小説を収めた短編集なので短編作家としての実力を推し量るのには適材かと思います。講談社文庫版の風見潤による巻末解説では「連作長編」と評価していますが同じ探偵役(72歳の祖母(作中表記はバアチャン))と語り手(孫の大学受験生)が全作で活躍し、先行作の登場人物が後発作で再登場したりしていますが作品全体にまたがる仕掛けはあまり感じられませんでした。この作者としては謎解き手掛かりに配慮して推理に主眼を置いた正統派の本格派揃いで、ヘシオドスおたくの祖母の教育的指導がなかなか愉快です。語り手の孫が内心ではぶつぶつ不平を言いながらも「一家の平和のために」愛想よく振舞っているので小峰作品としては最も雰囲気が穏やかな作品ではないでしょうか。他愛もない謎解きもありますけど、最終作の「マツタケは食いたし命は惜しし」は複雑なプロットでなかなかの力作です。

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