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ミステリの祭典

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nukkamさんの登録情報
平均点:5.44点 書評数:2900件

プロフィール| 書評

No.2280 5点 支那扇の女
横溝正史
(2020/08/04 21:58登録)
(ネタバレなしです) 1960年発表の金田一耕助シリーズ第19作の本格派推理小説ですが、元々は短編作品でした。非シリーズ短編「ペルシャ猫を抱く女」(1946年)が原型で、それが「肖像画」(1950年)に改訂され、さらに金田一耕助シリーズ短編版の「志那扇の女」(1957年)と何度もリメイクされています。これだけ改訂されたのですからさぞや完成度の高いミステリーかというとどうも微妙(笑)。二重殺人事件の容疑者が70年前に毒殺魔と疑われた女性の血縁者であったというプロットがジョン・ディクスン・カーの某作品を連想させます。もっとも二重殺人事件の犯行手段は毒殺でなく撲殺なので、せっかくの呪われた血筋の設定のインパクトが弱いのですが。金田一は犯人を捕まえるために多門修という助手を雇ったり、あろうことか似合わぬ洋服を着たりと策を弄するのですがあの結果は(犯人はわかるけど)大失敗ではないでしょうか。等々力警部、いくらこれまでの恩義があったにしろこの失態は穏便にすませちゃいかんでしょ。あの動機であの犯行というのも合理性に欠けると思うし、どうにもすっきりできませんでした。


No.2279 5点 修道女フィデルマの挑戦
ピーター・トレメイン
(2020/07/27 22:07登録)
(ネタバレなしです) 修道女フィデルマの短編集といえば英国本国では15作を収めた「晩祷の毒人参」(2000年)が第一短編集ですが、日本ではこれを5作ずつの3分冊にして「修道女フィデルマの叡智」、「修道女フィデルマの洞察」、「修道女フィデルマの探求」で全15作が創元推理文庫版で読めます。英国では新たに15作を収めた第二短編集「死者の囁き」(2004年)が出版されましたが、またしてもその中の5作を抜粋したのが本書です。但し追加で英国では単行本化されていない「化粧ポウチ」を追加して全6作としているところが日本独自編集です。その「化粧ポウチ」は「修道女フィデルマ最初の事件」の副題を持ち、弁護士を目指す16歳のフィデルマが高名な法学院に入学した時の事件を扱い、「痣」では四年間の勉学を終了して卒業試験に臨むフィデルマを描いています。卒業試験自体が謎解きになっていますが、もう一つの問題があまりといえばあまりの内容。一体試験官は何を考えているのやらと呆れます。「昏い月 昇る夜」ではフィデルマが法廷で裁判官を務めるのが珍しいです。でも捜査も証人への尋問も自分でやっているので純粋な裁判官とは言いづらい気がします。学生時代のフィデルマが興味深かったものの、殺人事件が少ないためかこれまで読んだ短編集では最も軽い内容に感じられました。


No.2278 5点 ホック氏・紫禁城の対決
加納一朗
(2020/07/27 21:28登録)
(ネタバレなしです) 1987年発表のサミュエル・ホックシリーズ第2作です。密室の殺人と風変わりなトリックの謎解きもありますが、前作の「ホック氏の異郷の冒険」(1983年)以上に冒険スリラー要素が強い作品です。舞台が清朝の中国になりワトソン役が交代しています。長編作品ではありますが秘宝の盗難と奪還、犯人一味の反撃とホックの再反撃とクライマックスが訪れてはひと段落、また次のクライマックスとひと段落と連作短編的な展開です。ホックは前作と同様自分の素性を最後まで明かしませんが(でもヒントはべらべらしゃべってます)、さすがに因縁の宿敵まで登場させては誰のことだかは明々白々ですよね。ワトソン役の英国人よりも不思議な中国人警官の方が目立ってました。


No.2277 6点 ありあまる殺人
トマス・チャステイン
(2020/07/27 21:03登録)
(ネタバレなしです) 長編82作もの弁護士ペリー・メイスンシリーズを書いたことで有名なE・S・ガードナー(1889-1970)の生誕100年記念としてカウフマン警視シリーズの警察小説やビル・アドラーとの共著の犯人当て懸賞小説「誰がロビンズ一家を殺したか?」(1983年)で知られる米国のトマス・チャスティン(1921-1994)が1989年に発表した新ペリー・メイスンシリーズ第1作の本格派推理小説です(といってもこの新シリーズは2作で打ち止めです)。ガードナー作品を扱っていた出版社やガードナーの遺族の事前検閲を受けて許可をもらっているそうで、しっかり仁義を切っていますね。ガードナー作品との相違点が気にならないわけではありません。シリーズ世界でのレギュラーメンバーは年齢を重ねないのですけど、名脇役だったポール・ドレイクやトラッグ警部を本書で引退させてポール・ドレイク・ジュニアやダラス警部補に役割交代させる必要性はなかったように思えます。被告に不利になりやすいのでガードナーが滅多にしなかった「被告を証言台に立たせる」ことをメイスンがためらわないのも違和感があります。とはいえ物語のテンポとスピード感はガードナーを彷彿させますし、目撃者多数の前で殺人を犯したと思われる男が自宅に戻って何者かに殺されるという不思議な謎解きも魅力的です。


No.2276 5点 寄席殺人伝
永井泰宇
(2020/07/22 21:45登録)
(ネタバレなしです) 1998年発表の宗正機シリーズ第2作で、アイドル的な人気を誇る若手の噺家が久しぶりの高座に上がりますが衆人環視状態の舞台上で毒死する事件を扱っています。落語界を背景にしたためか随所でダジャレが舞い、終盤には口演場面もありますが全体としてテンポは重く、ユーモア本格派とまでいきません。複雑な人間関係の割りに人物の直接描写は少なく、同じ人物が本名、昔の芸名、今の芸名で語られたりするし、落語界ではよくあるのでしょうが師匠の一字を使って似た芸名の弟子がいたりするので誰が誰だかなかなか理解できません。作者は「笑って泣かせる本格推理をやってみたかった」とコメントしてますが、こうも人物の描き分けができていないと読者は感情移入することができないのでは。


No.2275 7点 悲しい毒
ベルトン・コッブ
(2020/07/22 21:20登録)
(ネタバレなしです) 英国のベルトン・コッブ(1892-1971)は自身が勤務していた出版社から自作を出版するという職権乱用疑惑のある作家ですが(笑)、その筆力は確かだったようでチェビオット・バーマン警部補(後年作では出世します)シリーズを中心に50作以上のミステリーを書いただけでなく、警察関連のノンフィクションは警察が公認購入したほどです。ミステリー作家としては1936年がデビューなのでクリスチアナ・ブランド、ニコラス・ブレイク、マイケル・イネスなどの黄金時代後期の作家グループなのですが日本では不遇だったようです。1936年発表の本書はバーマンシリーズ第2作の本格派推理小説ですが何と真相説明では手掛かり脚注が付いています(この趣向は初期3作までらしいです)。しかしパズル性よりも凝ったプロットの方が印象に残る作品でした。大家族が同居する屋敷で毒殺事件が発生し、早くも第2章ではバーマンの推理が披露されます。この段階では無論犯人はわかりませんが新たな犠牲者が狙われるのではという疑惑が生じ、犯人探しと同時に犯行阻止が目的となる展開がとてもユニークです。登場人物の個性も丁寧に描かれ、心理ドラマとしても読ませる作品です。


No.2274 4点 六月のカラス
斎藤澪
(2020/07/22 20:55登録)
(ネタバレなしです) 1988年発表の本書は「地下廃駅ホーム殺人事件」の副題を持つ、全4作(?)の藤林章一郎シリーズの第1作である本格派推理小説です。本格派といっても読者が自力で推理して謎解きできる要素はほとんどありませんが。始発前の地下鉄のホームでカラスの群れが目撃され、駅員たちが調べるとトンネル内で死体が発見されます。被害者や犯人の行動経路も謎ですがカラスがどこから侵入したかの謎がユニークで、駅のシャッターが閉じられていることから「密室」の謎扱いされています。そのトリックはまあ妥当なトリックだと思いますけど、でもこれって禁じ手とされる「秘密の通路」トリックと大差ないですね(笑)。藤林は探偵としてはそれほどぱっとしないし、平凡な捜査小説にしか感じられませんでした。


No.2273 4点 毒蛇
レックス・スタウト
(2020/07/14 22:49登録)
(ネタバレなしです) 様々な職業を経験した米国のレックス・スタウト(1886-1975)がネロ・ウルフシリーズ第1作となる本書を発表したのが1934年、決して早咲きの作家ではありませんが晩年まで精力的に書き続け、このシリーズだけでも長編33作に中短編集14作(1作は死後出版)が残されました。私の読んだハヤカワ・ミステリ文庫版の裏表紙の作品紹介では「発表当時、大センセーションを巻き起こし、現在も本格推理小説の古典的傑作と評されるレックス・スタウトの大傑作」、巻末解説でも「訳者の好みからいえば、おそらく彼の最高の作品で、全探偵小説の傑作の一つといえるであろう」とこれ以上は考えられないほどの大絶賛です。読む前の期待はいやがおうにも高まったのですが...。同じ本格派といっても同時代のエラリー・クイーンとは作風がまるで違いますね。推理説明はそれほど論理的でなく、手掛かりもカモフラージュされた伏線でなくストレートに提示されるので謎解きに意外性など全くありません。しかも犯人の正体が明らかになってからの展開も長いです。しかし私が最も失望したのは謎解きの出来栄えではありません。いくら捜査に非協力的だとはいえ、証言を引き出すために大の男が集団で女性相手に暴力的手段をとっていることです(外出しないウルフは直接加担はしませんが共犯も同然です)。米国ではネロ・ウルフは絶大な人気を誇ってるそうですが、個人的にはこんな卑怯者のどこがいいんだ?と聞きたいです。私にとっては(ひどい意味で)センセーショナルな作品でした(笑)。


No.2272 5点 北陸特急「白山」「しらさぎ」連続殺人
池田雄一
(2020/07/14 22:16登録)
(ネタバレなしです) 1990年発表の伊夫伎警部シリーズ第5作の本格派推理小説です。東京駅を出発して交わることもなく全く別のルートで金沢駅に到着した2本の特急列車で相次いで死体が発見されます。しかも状況証拠からこの2つの死体は互いに殺し合ったのではという疑惑が生まれます。一方、東京で発見された3年前の白骨死体も金沢の被害者(容疑者でもあります)との関連が浮かび上がり、伊夫伎警部も捜査に加わります。アリバイ捜査主体の前半(ちょっと珍しいトリックが印象的です)から後半は一転、複雑な人間関係の謎解きに変わって伊夫伎の捜査線上には「幻の女」が見え隠れします。前半の捜査ではトリックを見破ってお手柄の金沢の若き刑事が伊夫伎への対抗意識を燃やしてちょっと悪役風になったりとひねった展開を見せながらサスペンスはどんどん盛り上がり、最後の最後まで幻の女の正体を隠す演出も効果的です。但し謎解きに重きを置く読者には推理説明不足の唐突な解決に感じられてしまうかも。血液型の手掛かりなんて完全に後出しです。


No.2271 5点 すばらしいペテン
E・S・ガードナー
(2020/07/09 22:11登録)
(ネタバレなしです) 1969年発表のペリー・メイスンシリーズ第80作の本書がE・S・ガードナー(1889-1970)が生前に発表したシリーズ最後の作品です(死後に更に2作が出版されますけど)。残念ですが出来栄えは良くないです。あの証拠が犯人特定に結びつくのが法廷場面も大詰めの17章でようやくでは、本格派推理小説のプロットとしてはいただけません。しかもこの証拠にしたっていくらでも他の人を替わりの犯人に仕立てられる程度のものなのです。中盤でメイスンが入手したメモも何の目的で書かれたのかはっきりしませんし。作者の持ち味であるテンポのよさと読みやすさは最後まで健在ですが。


No.2270 6点 死者の微笑
尾崎諒馬
(2020/07/09 21:59登録)
(ネタバレなしです) デビュー作の「思案せりわが暗号」(1998年)を読んだ時に色々と凝った仕掛けの本格派推理小説を書く作者だなあと思いましたが、2000年発表のお先凌駕シリーズ第2作である本書の凝り方もよくもまあここまでといった感じです。まず冒頭に「読者への挑戦状」が置かれています。これにはJ・J・コニントンの「或る豪邸主の死」(1926年)という前例がありますが、コニントンの挑戦状は普通です。しかし本書の挑戦状は「すべてを読み終えた君がすべきことは、この小説を床に叩きつけることではなく、この不可思議な出来事を見破ることである」です。床に叩きつけかねない内容なのかよと一抹の不安が...(笑)。おまけに「そもそもこれが推理小説であると認められるかかどうか?」という不安を助長するようなコメントまで。後半になると「名探偵尾崎凌駕への挑戦状」とか「作者への挑戦状」が飛び交う独創的なプロットでした。確かに好き嫌いが分かれそうなメタミステリーですが、複雑な内容をわかりやすく読ませようとする気配りも感じられる作品でした(でもちょっと長過ぎか)。


No.2269 5点 パーフェクト・マッチ
ジル・マゴーン
(2020/07/01 20:25登録)
(ネタバレなしです) 本書の創元推理文庫版の巻末解説でグェンダリン・バトラー、P・C・ドハティーと共に「新作が待ちきれない作家」として紹介された英国のジル・マゴーン(1947-2007)ですが1992年発表の本書でデビューしてからの短い作家期間に残された作品は20作にも満たないのが残念です。本格派推理小説を得意としており、解説で紹介されている数作はどれも読んでみたいです。本書は全13作のロイド警部&ジュディ・ヒル部長刑事シリーズ第1作でもありますが、ロイドのファースト・ネームが対外的には「デイヴィッド」で通していますがこれは本名ではないことが語られてます。ジュディは気になって仕方ないようですが私にはどうでもいいです(笑)。驚いたのはこの2人(ジュディは夫あり)が不倫の関係を結ぶこと。それもどうでもいいことなのかもしれませんけど、経緯が詳細に語られないので結構唐突感ありました。そして本筋の謎解きの方ですが、容疑者たちの男女関係もかなりややこしいことになっています。文章がドライなのでそれほどべたべたした描写になってませんが書き方によってはかなりどろどろしたドラマになったでしょうね。謎解き伏線をしっかり張っていて、トリックも古典的ながら使い方も巧みです。しかし創元推理文庫版の登場人物リストで事件の鍵を握る人物が漏れているのは残念です。作者でなく出版社の落ち度かもしれませんが、丁寧に書かれた内容だけにこのキズは目立ちます。これは減点評価せざるを得ません。


No.2268 6点 殺しも鯖もMで始まる
浅暮三文
(2020/07/01 19:53登録)
(ネタバレなしです) 朝暮三文(あさぐれみつふみ)(1962年生まれ)は奇想の作家として知られる一方で普通の作品も書いているそうですが、2002年発表の本書は後者に属する本格派推理小説です。といっても探偵役はかなりエキセントリックで、自作なのか引用なのかわからないことわざのようなせりふを連発して登場人物(と読者)を煙に巻いています。しかしユーモア本格派ながら謎解きはまっとうです。手掛かりがダイイング・メッセージに依存し過ぎていて犯人当てとしては感心できませんが、その弱点を補って余りあるのが2つの密室の謎の魅力です。1つは地中の穴から発見された死体、しかしその穴を誰かが掘って造った形跡が見つからないという前代未聞の地中密室です。もう1つの密室もロープで封印された密室というこれまたユニークな密室です。図解も丁寧で、これは一読の価値がある本格派だと思います。


No.2267 4点 絶品スフレは眠りの味
チェルシー・フィールド
(2020/07/01 19:29登録)
(ネタバレなしです) 2016年発表は珍しくもオーストラリア人作家のチェルシー・フィールドによるコージー派ミステリーのデビュー作です。主人公のイソベル・エイヴェリーもオーストラリア人ですが、舞台はアメリカなのはある意味残念。イソベルはオージー英語が混じるのを気にしているようですが日本語訳ではわかりませんし。イソベルが別れた夫の投資の失敗のつけで多額の借金を背負い、返済のために「毒見役」という高報酬だが危険な職業に就こうというのがコージー派らしからぬ設定です。闇金業者やストーカーに迫られたりしてますがイソベルはどこか能天気で、まだ見習い扱いなのに試験官をからかったりしていて悲壮感が感じられません(まあコージー派ですからね)。毒を盛られて重態に陥った仲間を救うため早く犯人を捕まえて毒の正体を突き止めなくてはという風変わりなタイムリミットのプロットはユニークです。しかし毒殺手段として殺し屋を雇うのもありという設定は本格派好きの私にはどうも合いません(真相はそうではありませんけど)。過激ではありませんが作風がやや下品なのも好みではなかったです。


No.2266 5点 海峡に死す
阿部智
(2020/07/01 19:07登録)
(ネタバレなしです) 私にとって初の阿部智(あべさとし)(1962年生まれ)の作品が1993年発表の本書で、旧題は「慟哭の錨」でした。個人的には旧題の方が良いと思います。作者は「もちろん本格」とこだわりを見せていますが、意外にも前半はシージャックされた旅客船の事件を扱ったサスペンス小説のプロットです。この事件に一応の決着がついてからの後半が本格派推理小説となる構成ですが本格といっても読者が犯人宛てにチャレンジするようなタイプではなく、大掛かりなトリックの謎解きを軸にしたハウダニット型でした。講談社ノベルス版では作者のことを「海を舞台にした本格派を得意とする大型新人」と紹介しており、確かに本書の海の雰囲気はなかなかだと思います。しかしミステリー4作目となる本書以降は新作が発表されていないみたいです。1994年には勤務先の海上保安庁も退職したらしく、今はどうしているんでしょうか(余計なお世話)。


No.2265 5点 運命のチェスボード
ルース・レンデル
(2020/06/22 22:02登録)
(ネタバレなしです) 1967年発表のウェクスフォードシリーズ第3作の本格派推理小説です。同年発表のシリーズ第2作の「死が二人を別つまで」(1967年)ではアマチュア探偵の方がウェクスフォードよりも描写が目立ってましたが、本書ではバーデン警部とドレイトン刑事が目立ったように感じます。特にドレイトンの公私混同捜査はどうなるんだろうかとやきもきさせます。但し謎解きプロットはかなりとらえどころがありません。手掛かりは殺人を示唆する警察署宛ての匿名の手紙のみという死体なき殺人を扱っており、被害者かもしれない失踪者と容疑者たちの接点も曖昧なまま進む物語は結構だらだら感があります。とてもシリアスな作品なのですが、それでいて真相の一部にはどこか人を食ったようなところがあります。


No.2264 5点 「六大都市」Kの殺人
矢島誠
(2020/06/22 21:42登録)
(ネタバレなしです) 1988年発表の上原恭平シリーズ第2作の本格派推理小説で、恭平は「霊南坂殺人事件」(1988年)での活躍を評価されて警部補に出世しています。六つの大都市にバラバラにされた身体の一部が送られるという派手な猟奇殺人が起きますがその後の展開はとても地味です。地味なのは必ずしも弱点ではありませんが本書の場合、不自然感が強かったです。死体と一緒に送られたメッセージですが、警察関係者以外に公表されない(伝えたい相手にメッセージが伝わらない)可能性を犯人は考えなかったのでしょうか?また4年前の自殺事件の関連づけも弱いと思います。作者はトリックと人間模様の両方に力を入れたと自負していますが、トリックはかなりご都合主義的に成立させているし被害者の姉以外は人物描写がぱっとしません。


No.2263 4点 寄宿学校の天才探偵
モーリーン・ジョンソン
(2020/06/22 21:29登録)
(ネタバレなしです) アメリカのモーリーン・ジョンソン(1973年生まれ)が2018年に発表したヤングアダルトミステリー三部作の第1作となる本格派推理小説です。1936年に設立され、「特別な」少年少女が集められて自分のやり方で学ぶことができるエリンガム・アカデミーで1人の女生徒を悲劇的運命が待ち受けていることが示唆され、さらに学校創設者である大富豪の妻と3歳の娘が誘拐されます。それから約80年が経過し(2013年の雑誌記事が挿入されてます)、アカデミーに入学した16歳の少女ステイヴィがこの事件の解決を目指すというプロットです。多くの少年少女を登場させていますが、(少なくとも凡人読者の私には)その「天才」ぶりが発揮されているように感じません。ステイヴィについても然りで、古い手法ですけど推理に感心するワトソン役がほしかったですね。しかもステイヴィの探偵活動がなかなか描かれない展開のため、物語の間延び感は相当のものです。終盤になってようやく巻き返して本格派らしくなりますが、「続く......」で締め括られる結末の消化不良なことといったら!


No.2262 6点 娯楽としての殺人
評論・エッセイ
(2020/06/19 21:26登録)
(ネタバレなしです) 米国のハワード・ヘイクラフト(1905-1991)は20世紀を代表するミステリー評論家として有名で、「探偵小説・成長とその時代」という副題を持つ本書は代表作とされています。本書が出版されたのは1941年、ミステリーの始祖とされるエドガー・アラン・ポーのミステリー第1作である「モルグ街の殺人」(1841年)が世に出て丁度100年目をねらっていたのでしょうね。第1章から第10章までがポーの時代から現代(1930年代)に至るまでのミステリー史ですが、序文で「真正な『純粋』探偵小説とその作家に限定して」と断り書きしてあるように紹介されているのはほとんどが名探偵の活躍する本格派推理小説とその作家です。ハードボイルドの始祖の1人であるダシール・ハメットは敬意をもって高く評価されていますがこれは例外、HIBK派のサスペンス小説で名高いM・R・ラインハート(当時まだ現役で人気もあった)は手厳しく扱われてます。第11章から第18章は多彩な内容で、本格派好きの私としては第11章の探偵小説の「戒律」については結構共感しました。第12章でミステリー作家はもうかるのかについて論じているのがユニークだし、第15章での民主主義とミステリーの関連づけも(いい意味で)時代性を感じさせます。第17章のクイズでは「このトリックを使った作品は」とか「この犯人の登場する作品は」とかネタバレしている問題がありますので注意下さい(私は海外本格派大好きなのに半分も正解できませんでした)。今となっては時代の古さを感じるところが多々ありますが本格派黄金時代の評論として権威があったというのも納得です。


No.2261 5点 塗仏の宴
京極夏彦
(2020/06/12 22:33登録)
(ネタバレなしです) 「宴の支度編」と「宴の始末編」の2巻(分冊文庫版では6巻)から成る1998年発表の百鬼夜行シリーズ第6作です。講談社文庫版で950ページを超す「宴の支度編」は6つの短編(といってもどれも100ページ超、中には200ページ近いものも)で構成された連作短編集スタイルです。ばらばらな物語ですがどれも最後を拘留中の関口巽の描写で締め括って連作としての統一感を出しています。全く解決されずに終わってしまう作品もあってこれだけ読んでもすっきり感はありませんが。「宴の始末編」の方は普通に長編です(1050ページもあるところは普通とは言えませんが)。謎の占い師、謎の薬売り、謎の風水師、謎の霊感少年と怪しげな登場人物だけでもおなか一杯ですが、さらには謎の研究団体、謎の宗教団体、謎の武道集団など怪しげな組織も多数、おまけに催眠術か薬の影響かシリーズキャラクターたちまで謎めいた行動をとるのですからもう混沌の極みです。ただこれまでのシリーズ作品は異色ながらも本格派推理小説要素を残していましたが、いいちこさんのご指摘のように京極堂の説明は読者が知りようもない知識に立脚しており、つじつまは合わせてますがとても推理説明とは言えないと思います。本格派というよりものすごく回り道をしている巻き込まれ型サスペンスではないでしょうか。

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