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ミステリの祭典

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nukkamさんの登録情報
平均点:5.44点 書評数:2900件

プロフィール| 書評

No.2340 6点 ビーフ巡査部長のための事件
レオ・ブルース
(2021/02/25 20:34登録)
(ネタバレなしです) ブルースは第二次世界大戦中の従軍のため作家業を中断していたらしく、1947年出版のウィリアム・ビーフシリーズ第6作の本書が「ロープとリングの事件」(1940年)以来の新作です。ビーフはシリーズ第3作の「結末のない事件」(1939年)で警察を辞職して私立探偵になっているのでタイトルに「巡査部長(Sergeant)」が使われているのが気になりましたがビーフが警察官のふりをするわけでもなく、それでいて作中で時々「ビーフ巡査部長」と特別な理由もなく表記されており、あまり深い意味はないようです。前半はある人物が完全殺人を計画する場面が手記形式で描かれ、扶桑社文庫版の巻末解説ではニコラス・ブレイクの「野獣死すべし」(1939年)との親和性を主張していますが、個人的には半倒叙本格派推理小説と評価されるヘンリー・ウエイドの「塩沢地の霧」(1933年)を思い出しました。このシリーズらしく技巧を凝らした謎解きですがビーフが「全探偵小説を通じて、こんなことは前代未聞だ」と自慢しているのには異議ありと感じる読者もいるでしょう。巻末解説ではアントニー・バークリーに前例ありと説明しています。ネタバレにならないように書くのは難しいのですがバークリーは逆転勝ち(或いは逆転負け)を狙ったようなところがあり、一方で本書では同点優勝を狙ったように感じられ、そこがユニークではありますけど「前代未聞」と誇張するほどのインパクトはないように思います。


No.2339 6点 怨み籠の密室
小島正樹
(2021/02/17 19:34登録)
(ネタバレなしです) 2021年発表の海老原浩一シリーズ(島田荘司との共著「天に還る舟」(2005年)もカウントして)第8作の本格派推理小説です。「呪い殺しの村」(2015年)で海老原自身の悲劇が中途半端に紹介されていましたがあれは本書への伏線だったのでしょうか。父親を病気で亡くした主人公が久しぶりに帰郷して父が村八分にされて村を出奔したことを知り、過去に何があったのかと苦悩します。そんな彼を支える海老原が実に頼もしいです。過去作品では警官をからかったりとどこか軽薄な面もありましたが本書では真摯に主人公に寄り添っており、読者の共感度も高いのでは。謎とトリックを詰め込んだ「やりすぎ」を期待する読者はがっかりするかもしれませんが(それでも密室や人間消失の謎が用意されています)、本書のような人間ドラマと悲劇性を描くのに重きを置いたプロットも悪くないと思います。


No.2338 5点 サイモン・アークの事件簿〈Ⅱ〉
エドワード・D・ホック
(2021/02/17 18:43登録)
(ネタバレなしです) ホックが日本読者のために26作のサイモン・アークシリーズ中短編を選んだ日本独自編集版の2011年出版の第2短編集に当たり、「過去のない男」(1956年)から「死を招く喇叭」(2005年)までの8作を収めています。100ページを超す中編の「真鍮の家」(1960年)は本国アメリカでの第2短編集のタイトルに使われていることからも期待して読んだのですが、サイモンに相談したいと言いながら何が問題なのかはっきり説明しない依頼人(理由はあるのですけど)など霞がかったようなプロットがどうにも読みにくく、結末のすっきり感も弱くて個人的には不満が残ります。「宇宙からの復讐者」(1979年)も雷に打たれたかのような連続怪死事件の謎の魅力に対してトリック説明が雑過ぎなのが残念です。好き嫌いは分かれると思いますが突拍子もない真相の「吸血鬼に向かない血」(1995年)とチェスタトンのブラウン神父シリーズ作品を彷彿させる「死を招く喇叭」が個人的には印象に残りました。


No.2337 5点 400年の遺言―龍遠寺庭園の死
柄刀一
(2021/02/12 22:00登録)
(ネタバレなしです) 2000年発表の本格派推理小説です。「3000年の密室」(1998年)や「4000年のアリバイ回廊」(1999年)を連想させるタイトルですが登場人物の共通はありません。殺人犯の脱出が不可能としか思えない庭園の謎、衣服を後ろ前にして手首を切り落とされた死体の謎、そして400年の歴史を持つ寺院が秘めた謎といった大型の謎から主人公がなぜ私立探偵に尾行をされたのかといった小さな謎まで実に多くの謎がひしめきます。感情描写が上手くないので損をしていますが終盤には思わぬ人間ドラマまで用意されています。特殊な状況下でしか成立しないトリックですが凝ったアリバイトリックも印象的です。庭園の事件の描写を読んで横溝正史の「本陣殺人事件」(1946年)を連想しましたが、真相を知ると(細部はもちろん違いますけど)改めて「本陣殺人事件」を思い起こしました。ただ全体としては詰め込み過ぎで読みにくかったです。力作であることは間違いありませんが。


No.2336 5点 寄宿学校の天才探偵②
モーリーン・ジョンソン
(2021/02/12 21:11登録)
(ネタバレなしです) 2019年発表のステイヴィ・ベル三部作の第2作の本格派推理小説です。第1作の「寄宿学校の天才探偵」(2018年)があまりにも消化不良で、最後に「続く......」で終わったのには唖然としましたが本書は1936年の事件についてほとんどの部分が謎解きされます。もっとも第24章で「わたし、わかったの」と宣言したステイヴィはどうしてわかったかについてまるで説明しないので、読者が天才探偵らしさを味わうのはまたもお預けです。そして現代の事件の謎解きもお預けです。前作のように「続く......」で締め括られはしませんけど。これは三部作にせず一冊にまとめてほしかったですね。


No.2335 4点 天狼星Ⅲ 蝶の墓
栗本薫
(2021/02/12 20:42登録)
(ネタバレなしです) 「天狼星Ⅱ」(1987年)から長い空白を経て1993年に発表された「天狼星」三部作の最終作となるスリラー小説です。「天狼星Ⅱ」が色々な意味で未解決要素を残していたので本書を待ってましたと期待した読者もいるかもしれませんが、読み始めると「あれれ」と感じたのではないでしょうか。シリーズ探偵の伊集院大介やシリウスを含む「天狼星Ⅱ」の登場人物がまるで登場せず、竜崎昌という少年の視点で彼と彼を取り巻く環境が地味に語られるのです。少しずつ悪の存在がほのめかされるとはいえミステリーらしささえ希薄な前半です。一人称形式のためか竜崎昌の外見については描かれていませんが、やがて彼が美少年であることが説明されるとこれまでの「天狼星」シリーズを読んだ読者は「ははん」と予想がつくかもしれませんね。はい、この作者独特の耽美趣味が炸裂します(そして個人的には好みではありませんでした)。「天狼星Ⅱ」の後日談もやっと語られるのですが、あれだけ盛り上げておいて本書でのあっさり説明に終わってしまう演出はもう少し何とかならなかったのでしょうか。まあ終盤の劇的な展開はすさまじいほど力が入っていてここはなかなかよくできています。なお本書の講談社文庫版の巻末解説では三部作のどれから読んでも大丈夫のように紹介してますが、確かに本書は前作の後日談としては構成に難ありとは思いますけど作中で「天狼星」(1986年)や「天狼星Ⅱ」のネタバレをやっていますし、やはり最後に読むべきだと思います。「天狼星」シリーズもこれで終了、伊集院大介シリーズの次作は傑作と評価の高い「仮面舞踏会」(1995年)で、私の好きな本格派推理小説の世界に戻ったのでほっとしました。と思いきや作者は「天狼星」にまだまだ思い入れがあったのでしょう、後年に新たな「天狼星」シリーズが発表されるのです。


No.2334 6点 ソーンダイク博士の事件簿
R・オースティン・フリーマン
(2021/01/26 21:54登録)
(ネタバレなしです) このタイトルで日本独自に編集された2巻の創元推理文庫版を連想する読者も多いとは思いますが、ここで紹介するのは1920年から1923年にかけて発表された8作のシリーズ作品を収めて1923年に発表されたオリジナル短編集です(国書刊行会版の「ソーンダイク博士短編全集第2巻 青いスカラベ」で読むことができます)。シリーズ短編を収めた短編集は「ジョン・ソーンダイクの事件記録」(1909年)、「歌う白骨」(1912年)、「大いなる肖像画の謎」(1918年)がありますが「大いなる肖像画の謎」は全7作の中短編の内、シリーズ作品はわずか2作なのでシリーズ短編集とは主張しにくく、本書こそがシリーズ第3短編集と呼ばれるにふさわしいと思います。過去の作品と大差ないレベルなのでもはや時代遅れと評価されるかもしれませんが、法医学者探偵としての個性はちゃんと発揮されていて個人的にはこれでいいと思います。私のお気に入りは聖書に由来するタイトルが中身とよく合っている「人間をとる漁師」とおよそ法医学者向きとは思えない金塊盗難事件に挑戦する「盗まれたインゴット」です。余談ですが白水社版で「試金石」で同じ人物をバクスフィールドだったりバクスフォードだったりと記述して無用に混乱させているのは残念。それでも雑誌掲載時の写真(単行本では削除)を復活掲載してくれたことへの感謝の念の方が上回りますが。


No.2333 4点 芦ノ湖殺人1/3秒の逆転
水野泰治
(2021/01/26 21:35登録)
(ネタバレなしです) 1988年発表の本格派推理小説です。アイスクリーム売りのアルバイトをしている主人公の目の前でアイスクリームを買った男が毒死する事件が起き、やがて主人公は新興宗教団体の本部に乗り込んで新たな事件に巻き込まれるというプロットです。作中に登場する松好寅蔵警部補は「歌麿殺人事件」(1984年)にも登場していたようです(私は全く覚えていませんでした)。主人公はとにかく軽薄な人物として描かれており、しかも女性への妄想癖がひどくて読者の共感を得にくいキャラクターです。謎解きは意外としっかり考えられていてトリックも豊富、冒頭の俯瞰図もいい読者サービス(これがないと舞台を把握するのに苦労します)、意外な探偵役の登場など優れた点もあるのですがこの通俗臭さ(過激な官能描写はないですけど)は私には合いませんでした。


No.2332 5点 大当りをあてろ
A・A・フェア
(2021/01/26 21:12登録)
(ネタバレなしです) 1941年発表のバーサ・クール&ドナルド・ラムシリーズ第4作の本格派推理小説です。シリーズ次作の「倍額保険」(1941年)ではバーサとドナルドの関係に大きな変化が訪れるのですが本書でも後半にドナルドの思い切った行動にびっくりです。このことが「倍額保険」の伏線になったんでしょうか?さて本筋に話を戻しますと、ドナルドは手掛かりを求めてラス・ヴェガスのカジノに乗り込みます。そこでトラブルに巻き込まれるのですが、何とスロット・マシーンのいかさまトリックが詳細に説明されます。まあ現代のマシ-ンとは造りが違うでしょうから今では通用しないかもしれませんが。プロットは実に起伏に富んでいて、前述のドナルドの行動、砂漠でのキャンプ、ドナルドのボクシングトレーニング、そしてバーサに訪れるロマンス(?!)と謎解きを忘れてしまいそうです。実際、犯人当て推理説明がかなり強引なんですけど。とはいえドラマチックな展開に加えて人情味もあるストーリーをなかなか楽しめました。


No.2331 5点 湖・毒・夢
夏樹静子
(2021/01/26 20:50登録)
(ネタバレなしです) 1988年発表の短編集で、私の読んだ新潮文庫版(1991年出版)の裏表紙では「本格派ミステリー」と紹介されています。まあ時代が新本格派推理小説の黄金時代でしたからとにかく「本格」に結びつけようという販売戦略だったのでしょうけど、個人的には本書は社会派推理小説です。読者が推理に参加する余地がないし、謎解き伏線の回収もほとんどなく唐突な解決の印象の作品が多いです。5作品を収めて200ページ程度の短さなのでとても読みやすく、その中で人物心理の繊細さやリアリズムのある捜査などをしっかり描いていて出来栄えは悪くはありません。しかし本書を「本格派」というのは無理矢理感があると思います。


No.2330 5点 怪力男デクノボーの秘密
フランク・グルーバー
(2021/01/26 20:38登録)
(ネタバレなしです) 1942年発表のジョニー・フレッチャー&サム・クラッグシリーズ第7作のユーモア・ハードボイルドです。舞台となるホテルは何と「フランス鍵の秘密」(1940年)で殺人事件に巻き込まれたのと同じホテルではないですか。そしてジョニーとサムはこのホテルで再び死体とご対面です。後年の「噂のレコード原盤の秘密」(1947年)でもこのホテルは登場、2人にとってよほどのお気に入りの場所なんでしょうね。さて本書のタイトルに使われている怪力男デクノボーとは漫画の主人公の名前です(なぜヒーローにそんな名前を?)。怪力といえば何たってサム・クラッグ、これまでの作品でも怪力ぶりを見せてますが本書ではいつも以上に大活躍、ジョニーが霞んでしまうほどです。終盤は登場人物リストに載ってない悪人が大勢登場して殺人犯探しが置いてけぼりになりますが最後はやはりジョニーの出番、「犯人は最初からわかっていた」と啖呵を切る場面では本格派推理小説好きの私としては期待が高まります。しかし肝心の説明は「えっ、それが推理の根拠?それだけ?」と聞きたいような内容です。長々しい推理説明が必ずしもいいとは限りませんが本書のは全く物足りませんでした。


No.2329 6点 名探偵が多すぎる
西村京太郎
(2021/01/26 20:04登録)
(ネタバレなしです) 1972年発表の名探偵4部作の第2作で、明智小五郎、エラリー・クイーン、エルキュール・ポアロ、メグレの4大探偵が再会するだけでなく、アルセーヌ・ルパンに怪人二十面相まで登場させた豪華共演版です。観光船を舞台にして密室事件まで起きるという派手なパロディー本格派推理小説です。あと「名探偵なんか怖くない」(1971年)には登場しなかった(と思う)メグレ夫人がなかなかいい味出してますね。編み物描写が随所にあってアガサ・クリスティーのミス・マープルを連想しました。シムノンの原作でもそういうキャラクターなんでしょうか?頑固刑事役の吉牟田刑事も前半は健闘、密室トリックの推理なんか(名探偵たちには否定されますけど)なかなかの敢闘ぶりです。ただ後半に残念な行動に走ってせっかくの正々堂々の対決を台無しにしてしまったのはがっかりでした。


No.2328 5点 ベーカー街の女たち
ミシェル・バークビイ
(2021/01/19 22:33登録)
(ネタバレなしです) 英国のミシェル・バークビイによる2016年発表のデビュー作です。コナン・ドイルのシャーロック・シリーズに登場するハドソン夫人とワトソン博士の妻メアリーを主人公にした外伝的なパロディー作品です。ただ本書の英語原題は「The House at Baker Street」、シリーズ第2作(2017年)が「The Women of Baker Street」なので角川文庫版の日本語タイトルは後者こそふさわしいのですが。女性2人を主人公にしていますが雰囲気に明るさや華やかさはほとんどありません。むしろ作中時代の英国社会の暗部が強調されていて、アン・ペリーの歴史ミステリーに通じるような重苦しさがあります。探偵としての経験もなく、しかも女性ということで色々なサポートを得ての捜査になるのは自然の流れですけど、ホームズとワトソン博士には意地でも頼ろうとしてませんね(笑)。冒険スリラー色が濃いですが、悪人との対決場面では推理で対抗するなど本格派も意識した作りになってます。まあ読者と推理競争するタイプの謎解きではありませんけど。当然ながらドイル作品を連想させる演出は沢山ありますが、「四つの署名」(1890年)についてはほとんど完全にネタバレされているので注意下さい。


No.2327 5点 牟家殺人事件
魔子鬼一
(2021/01/19 22:02登録)
(ネタバレなしです) 生没年さえ不詳の、まさに幻の作家である魔子鬼一は戦時中から活動していたらしいのですが1950年、本書が新人作家の作品として雑誌掲載されました(再デビュー?)。中国を舞台にしていること自体珍しいですが、普通なら外国を舞台にしても日本人を活躍させるところを本書は登場人物が全員中国人で、タイトルの「牟家」を「ムウチャア」と読ませるほど徹底しています。もっとも異国情緒を感じられたのは序盤ぐらいでしたが。大富豪の一族(何と一夫多妻制)を襲う連続殺人というプロットは(作中でも紹介されている)フィルポッツの「赤毛のレドメイン家」(1922年)やヴァン・ダインの「グリーン家殺人事件」(1928年)の影響がちらつきます。ただそれらの作品と異なる個性の謎解きを意図しているのは何となく感じますけど、本格派推理小説として肝心な謎解き伏線が十分と思えなかったのが残念です。人物個性も乏しくて人間関係がわかりにくく、サスペンスも今一つでした。


No.2326 6点 地の告発
アン・クリーヴス
(2021/01/06 23:06登録)
(ネタバレなしです) 2016年発表のジミー・ペレスシリーズ第7作の本格派推理小説です。地滑りがきっかけで発見された死体が他殺死体だったという展開はジョイス・ポーターの「逆襲」(1970年)を連想しました(あちらは地震がきっかけですが)。じっくり展開するプロットはこのシリーズの特色ですが、本書は特にゆったりしています。被害者(女性)の素性確認にかなりのページを費やし、人間関係を紐解くのにまたかなりのページを費やしています。並の作家なら退屈になりかねない内容ですが、様々な人間ドラマを巧みに織り込んで読ませます。ペレスだけでなくウィローやサンディなど持ち味の違う捜査と推理を絡ませているのも効果的です。終盤はそれなりに劇的になります。


No.2325 5点 首を売る死体
鳥羽亮
(2021/01/06 22:23登録)
(ネタバレなしです) 1991年発表の長編ミステリー第3作の本格派推理小説で、過去2作は不可能犯罪トリックの謎解きを前面に出してましたが本書はがらりと趣向を変えました。首をぶら下げた首なし死体だけでもインパクト十分ですが、何と首と首なし死体は別人でした。しかも死体が「立っていた」という証言まで登場です。トリック自体はあっさりと2章で見破られますが、なぜそんな演出をという謎が手ごわいです。と、ここまでは文句なしの面白さなのですが広げた風呂敷をうまく畳めなかった印象がぬぐえない真相でした。タイトルに使われている「首を売る」に対する「買う」理由の説明があまりにも強引で説得力に欠けます。5章での謎解き議論で「あまりにも危険過ぎるとは思わんか」の質問に対して「全く危険はないんです」と説明してますが、いやいや危険が一杯でしょと突っ込みたくなりました。


No.2324 6点 知られたくなかった男
クリフォード・ウィッティング
(2021/01/06 21:55登録)
(ネタバレなしです) 英国のクリフォード・ウィッティング(1907-1968)は1937年にミステリー作家デビューしていますのでニコラス・ブレイク、クリスチアナ・ブランド、シリル・ヘアー、マイケル・イネスらと活躍期が重なるのですが日本では非常に不遇で、初めて翻訳紹介されたのは21世紀に突入してからです。作品数も多くなく、チャールトン警部シリーズが11作、チャールトンの部下のブラッドフィールド巡査が警部に昇進して主役を務めるシリーズが3作、非シリーズ作品が2作に留まります。1939年発表の本書はチャールトン警部シリーズ第4作の本格派推理小説です。クリスマスの1週間前の日曜日、クリスマスソングを合唱しながら街中を行進して家々を訪問して寄付金を集めるという募金活動の最中に参加者の1人が失踪します。犯罪だとすると募金横領ぐらいしか思いつかず、登場人物リストに載ってない人物が多く登場することもあってアマチュア探偵たちの初期捜査は盛り上がりに欠けます。チャールトンが捜査に参加して凶悪犯罪の可能性が高くなりますけど、失踪者の秘密の謎解きに重点を置いたプロットはじれったいぐらいに地味で論創社版の巻末解説もそこを問題視しています。とはいえ最後はきっちり犯人当てとして着地しています。短いながらも人間ドラマ要素を織り込んでいるところはヘンリー・ウエイドを彷彿させ、最終章での「悲しい追記」が何とも言えぬ余韻を残します。


No.2323 5点 羽衣伝説の記憶
島田荘司
(2021/01/06 21:25登録)
(ネタバレなしです) 1990年発表の吉敷竹史シリーズ第11作ですが、私の読んだ光文社文庫版の裏表紙で「ラブ・ストーリー」と紹介されていたので非ミステリー作品なのかとぎょっとしました。吉敷が小さな画廊で見た金属細工の彫刻が「北の夕鶴2/3の殺人」(1985年)に登場した、別れた妻の通子の作品ではないかと思うところから物語が始まります。4章までは吉敷のプライヴェート回想シーンが続き、ようやく事件捜査が5章から始まるも意外と早く10章で解決、しかも捜査中も吉敷の回想が随所で織り込まれてるし10章では新たな通子の手掛かりをつかむという展開です。そして11章から14章までが通子の過去にまつわる物語で、電撃的に解決される謎解きもあるとはいえ(あまりにギャンブル的なトリックにはびっくり)、とにかく通子づくしのプロットでした(笑)。まあ非ミステリーではなかったですがラブ・ストーリーと紹介されるのも納得の内容で、本格派推理小説としては薄味です。光文社文庫版で300ページに満たない短さなのでシリーズ入門編として読もうかと検討する読者もいるかもしれませんがあまりお勧めできません。「北の夕鶴2/3の殺人」のネタバレも作中にありますし。


No.2322 5点 冷血の血
レオ・ブルース
(2020/12/25 22:28登録)
(ネタバレなしです) 1956年発表のキャロラス・ディーンシリーズ第2作の本格派推理小説で、舞台となる港町の雰囲気がよく描けています。ただ主要舞台である桟橋が劇場など複数の建物が乗っかっているリゾート桟橋で、英国人読者ならイメージが容易に沸くのでしょうけど日本人読者としては見取り図がほしかったですね。ROM叢書版の表紙イラストには助けられました。事件は警察が早々と事故と判断してしまい、死んだ場所も死んだ時間も曖昧のためキャロラスの捜査も手探り感が強いです。読みにくい作品ではありませんが、最初に読むべきシリーズ作品としては殺人であることが最初から明らかな他の作品を勧めます。ミスリーディングが巧妙なところはこの作者らしいのですが詰めが甘いのもこの作者らしく、ROM叢書版の巻末解説で動機とトリックに関する問題点が適切に指摘されています。


No.2321 7点 狐火の家
貴志祐介
(2020/12/25 21:38登録)
(ネタバレなしです) ホラー作家としての地位を築き上げた作者がたまには他のジャンルも書いてみるかと思ったか、本格派推理小説の「硝子のハンマー」(2004年)を発表したのは本格派好きの私にとっては嬉しい驚き以外の何物でもありませんでしたが(しかも傑作だったので嬉しさ倍増)、続けて同じ探偵役のシリーズ第一短編集である本書を2008年に発表したのでまたまた嬉しい驚きです。収められたのは3つの中編と1つの短編ですが個性派揃いです(しかも全部密室を扱っている)。「狐火の家」はワトソン役の青砥純子が怒涛の勢いで次々に推理を披露しては探偵役の榎本径が片っ端から否定していく展開は中編とは思えぬ密度の高い謎解きです。「黒い牙」は毒蜘蛛に殺されるという設定もさることながら、ホラー作家ならではの演出と独創的なアイデアとしっかりした推理が用意されていて最も印象的でした。これに続く「盤端の迷宮」はややインパクトが弱く感じますが、榎本が最初から捜査に参加し純子が後から登場して榎本を攻め立てる、いつもと逆の展開が新鮮です。これまで読んだ作品で純子が榎本に苦手意識を感じているのはわかりますが、意外にも榎本の方もだったというのがおかしいです。「犬のみぞ知る Dog Knows」は何とユーモアを通り越してギャグ連発の楽しい本格派。こんな笑える作品も書けるとは。

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