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ミステリの祭典

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nukkamさんの登録情報
平均点:5.44点 書評数:2757件

プロフィール| 書評

No.2757 6点 竜王氏の不吉な旅 三番館の全事件(1)
鮎川哲也
(2024/05/15 07:40登録)
(ネタバレなしです) 名無しの弁護士からの依頼、名無しの私立探偵の捜査、名無しのバーテンの謎解き推理と3人もの名無しが登場するのを特徴として1972年から1991年にかけて全部で36作の短編が書かれた三番館シリーズ、短編集としては複数の出版社から1974年から1992年にかけて6つの短編集が出版されたのが最初です。但し「竜王氏の不吉な旅」(1972年)という短編は長編化の構想があったためかこの短編集には収められませんでした。完全全集としては全3巻の出版芸術社版(2003年)と全6巻の創元推理文庫版(2003年)が最初です。私は3番目の全集である全4巻の光文社文庫版で読みました。この光文社文庫版は作品発表順に収めているのを売りにしています。第1短編集にあたる本書(2022年)は「春の驟雨」(1972年)から「サムソンの犯罪」(1974年)までの6作を収めています。初期作品ゆえか構成や規模がばらばらで(個性的とも言えます)、「新ファントム・レディ」(1972年)は100ページ超え、「白い手黒い手」(1973年)も90ページ近くと中編サイズです。真犯人は誰かよりもどのように別の人物を偽犯人に仕立てたのかの(トリックの)謎解きに重点を置いた作品など本格派推理小説としてはやや型破りなものが多いです。最後の一行でトリックの全貌を明かすのに成功した「竜王氏の不吉な旅」が個人的には1番印象に残りました。


No.2756 5点 殺しはアブラカダブラ
ピーター・ラヴゼイ
(2024/05/12 21:56登録)
(ネタバレなしです) 1972年発表のクリッブ巡査部長&サッカレイ巡査シリーズ第3作の歴史本格派推理小説で、ハヤカワポケットブック版の風見潤による巻末解説では作中時代は1881年頃となっています。ミュージック・ホールを舞台にして次々に芸人たちがトラブルに見舞われるという事件を扱っています。描写説明が雑然としているのか回りくどいのか何とも言えませんが何が起きているのかわかりづらいのが難点で、kanamoriさんのご講評で指摘されているようにどたばたぶりが伝わって来ません。巨匠ジョン・ディクスン・カーならさぞ読み応えある展開にできたのではと想像します。12章でクリッブが経緯を整理して上司に報告しているので何とか話の流れについていけましたが。謎解きもなかなか盛り上がりませんが、クリッブが「冷厳な論理」と推理した動機が印象的でした。


No.2755 4点 退職刑事6
都筑道夫
(2024/05/01 08:30登録)
(ネタバレなしです) 1990年から1995年にかけて発表された退職刑事シリーズの短編8作を収めて1996年に出版された第6短編集でシリーズ最終作となりました。なお徳間文庫版のタイトルは「退職刑事5⃣」です。私は創元推理文庫版で読みましたが、巻末に作者あとがきと西澤保彦による巻末解説が付いています。これを読むと本格派推理小説としてしっかりした謎解きの作品が読めたのは「退職刑事3」(1982年)あたりまでと評価されていて、個人的に私もそう思います。本書の作品も論理性を感じさせない思いつき程度の推理で強引に解決しているような作品が多いです。作者が「思いきり、でたらめな作品が書きたくなった」という動機で書いた「拳銃と毒薬」(1993年)は衝撃度ではナンバーワンですが、あまりに型破り過ぎて拒否反応する読者の方が多いと思います。


No.2754 5点 スリー・カード・マーダー
J・L・ブラックハースト
(2024/04/27 05:29登録)
(ネタバレなしです) 2010年代に心理サスペンス小説家としてデビューした英国の女性作家ジェニー・ブラックハーストが別名義で(といっても大きい違いはない名前ですが)2023年に発表した新シリーズ作品で(本国で「The Impossible Crimes」と紹介されています)、創元推理文庫版巻末の作者の謝辞では「《奇術探偵ジョナサン・クリーク》ミーツ《華麗なるペテン師たち》のような、やりたい放題のとても愉快な密室もの」と紹介されています。もっとも「愉快な」といってもユーモア・ミステリーではありませんが。主人公である姉妹のやり取りの中で詐欺師の妹セアラが警部補(但し警察習慣的に警部と名乗ります)の姉テスをからかう場面もありますけど全般的にはとげとげしくダークな雰囲気で、ちょっとハードボイルド風でもあります。被害者が姉妹の過去に因縁のある人物らしいのですが、どういう因縁なのかが小出しに読者に情報が与えられる展開なのは評価が分かれそうです。密室トリックについては様々な推理が飛び交い、特に第一の事件のトリックは綱渡り的ながらも状況証拠と辻褄が合うように謎解きされていて感心しましたが、一方で犯人当てとしては読者が推理しようもない真相になっており、本格派推理小説としてはやや型破りの作品です。


No.2753 4点 松本発あずさ殺意の信濃路
草川隆
(2024/04/20 20:25登録)
(ネタバレなしです) 1995年発表の紅茶館シリーズ第4作の本格派推理小説です。特急列車で殺人事件が起き、事件を目撃したかもしれない同じ列車の乗客が殺され、捜査線上に浮かんだ容疑者が自殺の可能性を残して死亡します。ここから紅茶館メンバーによる捜査が始まるのですが、アリバイ崩し中心のプロットですが深いトリック議論もなく安易に感心できないトリックではないかとしているのは工夫のかけらもない謎解きにしか感じられません。犯罪小説風に事件再現して真相説明しているのがちょっと珍しいですが、謎解き推理による解決ではないのも賛否両論でしょう。事件解決後にちょっとした人間ドラマ(といっても示唆レベルですけど)が用意されていますけど、感情描写が十分でない物語なので蛇足にしか思えません。


No.2752 5点 レザー・デュークの秘密
フランク・グルーバー
(2024/04/17 10:36登録)
(ネタバレなしです) 1949年発表のジョニー・フレッチャー&サム・クラッグシリーズ第12作のユーモア・ハードボイルドです。「だれでもサムソンになれる」という怪しげな本の行商で生計をたてている2人ですが、肝心の本が届かないために新たな仕事を探す羽目に陥ります。皮革会社に首尾よく雇われるのもつかの間、革工場で殺人事件に巻き込まれます。前半は探偵活動よりもどうやってその日の食事にありつくかでジョニーの口八丁の工夫が目立ちます。後半は探偵活動に本腰が入りますが、けちる時はけちるけど必要と判断すれば金に糸目をつけないジョニーの捜査が印象的です。謎解きは強引に解決しているように思いますがテンポのいいストーリーテリングは相変わらずの出来栄えです。


No.2751 5点 QED 河童伝説
高田崇史
(2024/04/15 22:54登録)
(ネタバレなしです) 2010年発表のQEDシリーズ第15作の本格派推理小説で、「QED 神器封殺」(2006年)に登場した御名形史紋が再登場しています。歴史や伝説の謎解きと現代の犯罪の謎解きの融合がこのシリーズの特色ですが、本書に関してはあまり上手く融合できていないように思いました。死体が手や腕を切り落とされるという謎はそれなりに魅力がありますが、被害者が製薬業界関係者という設定なのに薬局に勤務している桑原崇や棚旗奈々が事件捜査にほとんど関わりません。真相解明場面にも立ち会わず、トリックの一部を見破ってはいるものの探偵役としては全く物足りません。神話や伝説に登場する有名な神々や人物があれも河童、これも河童という崇の説が少し興味深いですが、ちょっとこじつけっぽく感じました。


No.2750 6点 善人は二度、牙を剝く
ベルトン・コッブ
(2024/04/12 04:35登録)
(ネタバレなしです) チェビオット・バーマン警部の部下のブライアン・アーミテージ巡査部長をシリーズ探偵にした作品の先駆けとなったのが1965年発表の本書で、チェビオット・バーマンシリーズ第32作でもあります。ダイヤモンド盗難事件の議論でルダル一家の容疑を巡ってのバーマンとアーミテージの対立、そして納得いかないアーミテージが独断でルダル一家に下宿人として潜入捜査する前半が「善意の代償」(1962年)を連想させますが、「善意の代償」以上にサスペンス豊かに展開します。もっともそれまでの捜査でルダル一家と面識のない設定のアーミテ-ジがなぜそこまで怪しいと確信していたのかは不思議ですけど。警察小説と本格派推理小説のジャンルミックス型作品で、容疑者が少なくて意外性などないに等しい謎解きですがアーミテージの成長物語としては十分に面白いです。


No.2749 6点 伊集院大介の冒険
栗本薫
(2024/04/11 06:42登録)
(ネタバレなしです) 1981年から1984年にかけて雑誌発表された伊集院大介シリーズの中短編7作を収めて1984年に出版されたシリーズ第1短編集です。肩の力を抜いて書かれたような気軽に読める本格派推理小説ですが、こだわりを見せた作品もあります。不可能犯罪を扱った「袋小路の死神」(1981年)が個人的に1番のお気に入りで、チェスタトンの某作品を連想させるトリックが面白いしタイトルもよく考えられています。外国人読者に読んでもらったら理解しづらいかもしれませんが。完全犯罪を扱った「青ひげ荘の殺人」(1981年)と「誰かを早死させる方法」(1984年)も印象的です。もっとも前者は犯人が自慢する理由がそれほど確実とは思えず、計画としては完全どころか危険な賭けに感じました。後者はまあまあの出来栄えと思います。複雑な人間関係を描いた「鬼の居ぬ間の殺人」(1984年)は消去法で容疑者を減らしていくのですが消去する推理が不十分なので最後に残った1人が犯人と指摘されても説得力が足りません。長編にしてもっと書き込めばと思いました。


No.2748 4点 倫敦橋の殺人
阿曾恵海
(2024/04/06 21:07登録)
(ネタバレなしです) 西魚リツコ(にしおりつこ)(1964年生まれ?)は1988年に漫画家としてデビューするも眼の病気をきっかけに小説家に転身しました。小説は冒険小説を得意とするようですが阿曾恵海(あそめぐみ)というペンネームでミステリーも書いています。2003年発表の本書がそのデビュー作で舞台は1890年のロンドン、主人公は17才の日本人留学生・百目恭市郎(どうめきょうしろう)です。切り裂きジャックの再来かと騒がれる連続猟奇殺人の謎解きで、最終章では図解によるトリック説明があり本格派推理小説らしく終結していますがそれまではスリラー色の濃いプロットでした。時代描写にかなり力を入れていますが、ちょっと現代社会との違いを強調しすぎているように感じました。全般的に整理が悪くてごちゃごちゃ感が強く、読解力の弱い私は何が起きているのか、誰が誰だかわからなくなってしまうことがしばしばでした。恭市郎も存在感を失うことがあり、主人公としてあまり印象に残りません。


No.2747 8点 ウナギの罠
ヤーン・エクストレム
(2024/03/31 11:08登録)
(ネタバレなしです) 広告業界で成功を収めていたスウェーデンのヤーン・エクストレム(1923-2013)がミステリー作家として活躍したのは1960年代から1990年代前半にかけてで、1967年発表のドゥレル警部シリーズ第5作である本書(扶桑社文庫版)の巻末の作品リストにはわずか15作しか紹介されていませんが、スウェーデン・ミステリー・アカデミーの創設にも関わるなどスウェーデンミステリー界の重鎮と目されていたようです。本書は施錠されたウナギの罠の中で死体が発見されるというユニークな設定の密室殺人事件が扱われ、作者が「スウェーデンのカー」と称されるきっかけになった作品で、第3章では作者直筆の立体図で罠の構造が説明されています。しかし密室の謎解きに期待をかけ過ぎると前半は拍子抜けを感じるかもしれません。なぜなら罠は外から施錠する構造で、単純に犯人が鍵を持って行ったという仮説が成立するのです。中盤になって被害者の衣服のポケットから鍵が見つかってもドゥレルは別に予備鍵があるだろうと推理しています。しかしその可能性も否定されてついに強固な不可能犯罪の謎が立ちはだかり、第9章でドゥレルが密室トリックを次々に考案しては自ら否定していく推理の自問自答は密室好き読者ならきっとわくわくするでしょう。犯人当てとしても充実していて様々な証拠と証言が集められ、一体どれが真相につながるのか読者を大いに悩ませます。終盤の劇的な展開も印象的だし密室トリックも個性的、難点を挙げるならミステリー作品として注目を集めそうにないタイトルですがスウェーデン最高の本格ミステリーのひとつと評価されているのも納得の内容です。


No.2746 5点 母親探し
レックス・スタウト
(2024/03/29 03:49登録)
(ネタバレなしです) 1963年発表のネロ・ウルフシリーズ第26作の本格派推理小説です。依頼人は若い未亡人で、自宅の前に「父親の家に住むのが当然だから」というメッセージを添えられて捨てられた赤ん坊の母親を探して欲しいと依頼してきます。赤ん坊の母親を探すための試行錯誤の捜査が読ませどころで、特に第12章で「殺人は自策で」(1959年)に登場した女性探偵サリー・コルベット(アーチーは現代最高の女探偵と絶賛しています)の助けを借りての写真大作戦が面白いです。もっともサリーは一言も発せず描写は極めて地味で(論創社版の登場人物リストにも載っていません)、ここはもっと盛り上げる演出が欲しかったですね。途中で殺人事件も発生しますがウルフはそちらは警察まかせと解決に乗り気ではありません。もちろん最後には殺人犯を指摘するのですが推理はそれほど印象に残らず好都合な証人に助けられており、他の容疑者が犯人であってもおかしくないように感じました。


No.2745 5点 可視える
吉田恭教
(2024/03/24 22:19登録)
(ネタバレなしです) 向井俊介シリーズ作品を3作発表した作者が2015年に新たなシリーズ作品として発表したのが本書で、後年に「凶眼の魔女」に改題されました。暴力団との癒着がきっかけで警視庁を懲戒免職になった元刑事の私立探偵・槇野康平と性同一性障害という心の傷を持つ刑事・東條有紀が主人公です。本格ミステリー・ワールド・スペシャル版の巻末解説で作者が「オカルトミステリーを何作か書いてみたいと思っている」とコメントしていますが、槇野が悪夢にうなされるほど衝撃を受ける幽霊画の調査が重要な意味を持つものの、有紀が手掛ける連続猟奇殺人事件の方がより強烈な印象を残します。特に終盤の事件のおぞましい描写と犯人の残虐性はホラー小説が苦手な私には辛かったです。これまでの作品に比べるとトリックの種類は減っているし、その1つは横溝正史の某作品で既に使われたものですがトリックを成立させるための工夫を細かく説明しています。


No.2744 4点 ティー・ラテと夜霧の目撃者
ローラ・チャイルズ
(2024/03/19 10:21登録)
(ネタバレなしです) お茶と探偵シリーズ第24作で2022年に発表されました。連続殺人事件を扱っているのは多分シリーズ初の試みです。「アッサム・ティーと熱気球の悪夢」(2019年)で3人死んでいますがあれは熱気球を墜落させて乗員3人を同時に殺しているので「連続」とは言えないでしょう。コージー派ミステリーではありますがコージーブックス版の巻末で解説されているように暗く重苦しい雰囲気が作品個性となっており、序盤でセオドシアが嵐の日に殺人を目撃する場面のサスペンスが秀逸です。明るく華やかな場面とのコントラストも決まっています。サスペンス重視のためか謎解きは残念レベルで、本格派推理小説の推理を期待する読者には好まれないであろう解決になっています。終盤のミステリー劇が完全におまけ演出なのも惜しく、ここを何とか謎解きに絡めていればなあと思いました。


No.2743 5点 空中密室40メートルの謎
浅川純
(2024/03/14 18:39登録)
(ネタバレなしです) 浅川純(1939-2020)は1980年代に作家デビュー、当初はミステリーを書いていましたが1990年代になってから会社小説へと作風を変化させたためか残されたミステリーは多くないようです。1988年に発表された本書は屋根に帆船を乗せた塔がそびえたつゴルフ場のクラブハウスを舞台として、誰も近づけないはずの帆船の看板で身元不明の死体が発見されるという謎解きの本格派推理小説です。犯人探しとしてよりも被害者の身元と不可能犯罪の謎解きに力を入れています。警察出身者を集めてテレビ局が組織した捜査本部という、警察ノウハウを持った民間組織による捜査であり取材であるという探偵活動が作品個性になっています。トリックは複雑すぎで、しかも自白頼りで明らかになるのは好き嫌いが分かれそうですね。最後にはメディアに対する痛烈な皮肉が披露されており、そこは社会派推理小説的ですね。もっともリアリティーをあまり感じさせないプロットなので社会派推理小説好きの読者には受けにくい作品だと思いますが。


No.2742 5点 プロヴァンス邸の殺人
ヴィヴィアン・コンロイ
(2024/03/09 01:14登録)
(ネタバレなしです) 米国のヴィヴィアン・コンロイは2010年代後半にデビューしてコージー派ミステリーのシリーズを次々に発表しており(別名義でロマンス小説も書いています)、2022年発表の本書は(多分)8番目のシリーズの第1作です。作中時代は1930年代、主人公のアタランテ・アシュフォードは貴族で大富豪である亡き祖父の遺産相続の条件として祖父の「私立探偵」の仕事を引き継ぐことになります。最初の依頼人は伯爵と婚約中の令嬢で、彼女は伯爵の最初の妻の死は事故死でないという匿名の手紙を受け取っていました。プロヴァンスにある伯爵家の領地で見つかる身元不明の男の死体という事件も発生しますが、アタランテの任務は手紙の書き手を突き止めて依頼人の不安を払拭することなのでミステリーとしてはいまいち盛り上がらないプロットです。それでも終盤に向けてサスペンスを増やしながら24章ではアタランテが凶悪犯罪の真相を明快に説明します。但しどういう推理で真相にたどりついたかの過程については説明不足なのは残念です。人物描写は非常に丁寧です。


No.2741 5点 死者の輪舞
泡坂妻夫
(2024/03/01 06:15登録)
(ネタバレなしです) 1985年発表の本書は犯人(と思われる人物)が次の事件の被害者になるというパターンが連続するというユニークな設定のプロットで読ませます。ユーモア本格派推理小説ではありますがあまりにもありえなさそうな展開のため、読者は後追いするのが手一杯で自力で真相にたどり着くのは難しいかもしれません(先読みはできるかも)。加害者(次の被害者?)の心情にどれだけ納得できるかという点も微妙で、リアリティの欠如をどこまで許容できるかで本書の評価は大きく分かれそうな気がします。


No.2740 5点 マンダリンの囁き
ルース・レンデル
(2024/02/28 09:22登録)
(ネタバレなしです) 1983年発表のウェクスフォード主任警部シリーズ第12作の本格派推理小説です。三部構成ですが第一部はウェクスフォードの中国旅行が描かれます。ウェクスフォードが出会った人物の1人が第二部で(英国で)殺されることになるのですがこの第一部ではそういう予兆を感じさせることもなく、ミステリーとしてはちょっと冗長に感じます。異国描写も物足りないし、ウェクスフォードの観察力も緑茶の飲みすぎによる幻覚かと思いこむほど冴えがありません(微妙に緑茶に失礼だな)。ミスリードからのどんでん返しの謎解きがありますがミスリードの先にある仮説があまりにも魅力に欠ける仮説で、謎解きへの興味を下げられてしまいました。18章の終わりでひっくり返されてほっとしましたが。


No.2739 7点 黄土館の殺人
阿津川辰海
(2024/02/25 12:52登録)
(ネタバレなしです) 2024年発表の館四重奏第3作の本格派推理小説で講談社タイガ版で600ページ近い大作です。過去の2作品も王道的な謎解き路線を維持しながら個性を発揮していましたが本書も同様でした。プロローグとエピローグの間に三部の物語が挿入されています。まず第一部が犯罪小説スタイルなのに驚かされます。地震による崖崩れでクローズドサークル状態になった荒土館の外側で殺人を犯そうとする語り手と名探偵の葛城輝義の対決を描いています。それにしても過去2作の色々な経験で人間的に成長したのかもしれませんが葛城ってこんな陽気なキャラクターでしたっけ?そして全体の1/2を占める第2部が荒土館を舞台にした連続殺人事件の謎解きです。葛城不在状態で謎解きに挑むのは助手役の田所信哉ですが、何と「紅蓮館の殺人」(2019年)でのかつての名探偵が再登場しています(プロローグにも顔を出してますが)。いったい誰がどのように謎を解き明かすのかという謎も含めて充実の謎解きが第3部で用意されています。葛城が「こんなにも偶然に彩られた事件を僕は知らない。(中略)これは凡才の犯罪だったんですよ」と犯人に厳しいコメントしていますが、ある偶然を利用して大胆なトリックを即興で発想していて一概に凡才とも言えないように思います(凡才の私の意見ですけど)。偶然がなかったらこの犯罪はどうなったかを想像してみるのも一興かもしれません。


No.2738 6点 愛の終わりは家庭から
コリン・ワトスン
(2024/02/25 11:49登録)
(ネタバレなしです) 1968年発表のパーブライト警部シリーズ第6作の本格派推理小説です。序盤で検死官、警察署長、そして新聞社宛てに生命の危機を訴える手紙が送られます。パーブライトもこの手紙を読みますが、彼の関心事は憂慮すべきほどに過熱している慈善団体同士の確執でした。慈善活動が必ずしもきれいごとに収まるわけではないのは(例えば)ジャニス・ハレットの「ポピーのためにできること」(2021年)を読んだ読者ならご存じでしょうけど、本書での慈善活動に対する作者の皮肉な視線は大変印象的です。やがて慈善活動家の怪死事件が起き、中盤には問題の手紙の書き手も判明し、謎めいた私立探偵の謎めいた行動が謎を深めるなど地味ながらも読み応えのあるプロットです。推理はそれほど論理的ではありませんが鮮やかに劇的に真相が説明されて十分に納得できました。これまで読んだシリーズ作品でベストという人並由真さんのご講評に私も賛同します。

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