home

ミステリの祭典

login
nukkamさんの登録情報
平均点:5.44点 書評数:2915件

プロフィール| 書評

No.2915 5点 森江春策の災難
芦辺拓
(2025/12/24 11:06登録)
(ネタバレなしです) 冒頭の「開幕前のご挨拶」で「未収録作品のコレクション」と紹介されていますが、森江春策の登場する短編、ショート・ショート、他の名探偵との架空座談会など2003年から2020年までに新聞や雑誌に発表された13作品と書き下ろしの戯曲1作を追加して収め、「日本一地味な探偵の華麗な事件簿」というサブタイトルを付けて2022年に出版されたシリーズ第5短編集です。寄せ集め感は否めませんが、4つのPARTに分けてPARTの間には「幕間がわりのあとがき」を挿入して各作品を作者が解説紹介し、人物イラストや(戯曲には)写真も挿入するなど単行本の付加価値を付ける努力をしています。これはという傑作はないように思いますが、個人的に印象に残ったのは1990年代の某国内本格派推理小説の仕掛けを連想させる「読者よ欺かれておくれ」(2009年)と、作中時代(何十年も昔)にそんな技術的トリックが可能だったのかと驚かせる「解凍された密室」(2020年)です。横山光輝(1934-2004)のSF冒険漫画の鉄人28号が登場する「寝台特急あさかぜ殺人事件」(2012年)は「読者諸君への挑戦」を付けた本格派ですが、低温・低気圧の空を鉄人28号の手のひらに乗って飛行した人間(防護服の着用なし)が五体満足なんて設定がまかり通っている世界とはいえ、何でもあり的な真相は読者の賛否両論かも。


No.2914 7点 宙跳ぶ死体の難問
スチュアート・パーマー
(2025/12/19 05:22登録)
(ネタバレなしです) 1932年発表のミス・ウィザーズシリーズ第2作の本格派推理小説です。車で混雑するマンハッタンで1台のオープンカーがタクシーに衝突します。事故を起こした運転者は約30ヤード離れた場所に死んで横たわっていましたが、首には縄が巻かれていて首の骨が折れていました。しかも事故の瞬間には車は無人で、運転者は事故の前に座席から飛び上がり宙を舞い上がって通りに落ちたと目撃者が証言します。被害者は名家の一員で、縄がカウボーイの投げ縄のため巡業ロデオ団のメンバーも容疑者になるなど事件は複雑化します。ロデオシーンはエラリー・クイーンの「アメリカ銃の秘密」(1933年)に影響を与えたのか気になりました。トリックはよくばれずにすんだものだと呆れるようなものですが、21章でミス・ウィザーズは「見た目ほど無謀でもなかった」とパイパー警部を説得しています。犯人が誰かだけでなく、ある容疑者が犯人でないところまで説明するなど充実の謎解きを楽しめました。犯人の「保険」もなかなか印象的で、某国内作家の1950年代の本格派作品を連想します。


No.2913 5点 警視庁捜査一課南平班
鳥羽亮
(2025/12/18 03:13登録)
(ネタバレなしです) 1993年の本書はいかにも警察小説といったタイトルですが講談社ノベルス版の裏表紙には「大好評本格推理」と謳っており、著者のことばには「謎解きのおもしろさと、警察というプロの集団ぶりを描きたい」と書いてあったので本格派好きの端くれとして読んでみました。警視庁捜査1課の南部平蔵警部と5人の部下の捜査を描いています。組織捜査を好まない南部、他の5人も個性的と作中で紹介されていますが、臣さんのご講評でも指摘されているようにそれほど強力な個性は感じられず普通にチーム捜査しています。被害者の顔を潰す連続猟奇殺人の謎解きで、被害者たちの過去に若気の至りではすまないような集団犯罪の影が浮かび上がる物語は暗く重苦しいです。捜査の方向性を読者に隠さない展開なので読者が推理に参加する感覚を味わえず本格派らしさはあまりありませんが、最終章で明かされる逆転発想は鮮やかです(一応の伏線もあります)。心理描写にすぐれた作品ではありませんけど、犯行の特徴から残忍なくせに寂しさに耐えられないと分析する南部のせりふも印象的です。


No.2912 3点 未亡人クラブ
ドロシー・キャネル
(2025/12/13 19:02登録)
(ネタバレなしです) 1988年発表のエリー・ハスケルシリーズ第2作の本格派推理小説です。エリーは私立探偵の姉妹から不思議な話を聞かされます。この数年、死因が殺人と特定されないものの夫の早死にが増えていて、後家暮らしを望む妻のために夫を始末する未亡人クラブという組織があるのでその黒幕の正体を暴く手伝いをしてほしいとエリーは頼まれます。そして結婚式から夫ベンのレストランオープンに向けての準備に至るまでの新婚生活をエリーが回想していく展開になります。エリーの新婚生活への不安が必要以上に回りくどく感じられ、どたばたが繰り広げられるのですが登場人物が整理できておらず、とても読みにくかったです。しかしフィクションの物語とはいえ、小さな村社会で離婚や別居より夫の死を望む妻がそんなに多いという設定はあまりにも非現実な感がします。


No.2911 6点 時計屋探偵の冒険 アリバイ崩し承ります2
大山誠一郎
(2025/12/10 22:16登録)
(ネタバレなしです) 2022年発表の美谷時乃シリーズ第2短編集で、5作のアリバイ崩し本格派推理小説を収めています。第1短編集の「アリバイ崩し承ります」(2018年)と同じく読みやすい作品が揃っており、トリックを見破ることを最初からあきらめている私のような読者でも、ちょっとした不自然な言動をとがめての推理の鮮やかさには感心します。同時に別の場所で起こった2つの殺人事件で同じ犯人(のはず)という、山村正夫の「東京ー盛岡双影殺人」(1988年)を連想させる謎解きの「時計屋探偵と二律背反のアリバイ」と、ワトソン役の刑事が悪魔的発想に茫然とする「時計屋探偵と多すぎる証人のアリバイ」が個人的には印象に残りました。時乃の最初の事件で亡き祖父が活躍する「時計屋探偵と夏休みのアリバイ」は凶悪犯罪でないので厳罰までは求めないにしろ、あれだけ大騒ぎを起こして周囲に迷惑をかけたのに犯人の処遇が甘すぎる気もしますけど。


No.2910 5点 ゴースト・タウンの謎
フランク・グルーバー
(2025/12/10 12:06登録)
(ネタバレなしです) 1945年発表のジョニー・フレッチャー&サム・クラッグシリーズ第8作のユーモア・ハードボイルドです。ジョニーとサムの乗る車が燃料切れを起こしたのをきっかけにトラブルが連続し、いつの間にか車には他殺死体が放り込まれています。車ごと死体を捨てますが、銀鉱山の権利を巡るトラブルに巻き込まれている内に殺人事件の問題も復活してきて、ついには迷路のような坑道での冒険談とスピーディーな展開に読者は振り回されます。金欠ジョニーの金策頭脳もフル回転し、アリゾナ1番の怪力男とサムの対決がどうなるかも読ませどころです。謎解きの手掛かりは十分とは言えず本格派推理小説として評価すると高得点は与えられませんが、勢いで押し切って解決しています。


No.2909 5点 ドッペルゲンガーの殺人
阿井渉介
(2025/12/09 23:30登録)
(ネタバレなしです) 1988年から1993年にかけて発表された全10作の列車シリーズに続いて書かれたのが「まだらの蛇の殺人」(1994年)に始まる警視庁捜査一課事件簿シリーズですが、シリーズ第6作である本書まで全部が1994年に一気呵成に発表されており、その創作力には頭が下がります。本書は章子(あきこ)に語りかける晶子(しょうこ)というスタイルで書かれた日記及びモノローグと、連続猟奇的殺人事件の捜査が交互に描かれる構成の本格派推理小説です。日記及びモノローグを通じてこの書き手が二重人格の殺人犯ではと思わせる叙述があり、一方で捜査担当の堀刑事は婚約者の父親である菱谷刑事のスキャンダル疑惑に悩まされ、婚約破棄の危機を迎えます。犯人当てとしては読者が推理する余地がなく、解決も唐突で謎解きとしては説明不足の感があります。どちらかと言えばトリックに定評ある作者ですが本書では特筆すべきトリックもありません。本書がシリーズ最終作となりましたが特に演出面の工夫もなく、作者の創作意欲が急に失われてしまったのではと心配になりました。


No.2908 6点 事件現場をドールハウスに
ケイティ・ティージェン
(2025/12/08 07:50登録)
(ネタバレなしです) 米国の女性作家ケイティ・ティージェンのデビュー作となる2024年発表のメープル・ビショップシリーズ第1作です。コージー派の本格派推理小説ですがユーモアは控えめです。作中舞台は1946年の田舎町エルダーベリーで、戦争未亡人となったメープルの不幸な境遇が序盤から卓抜な筆で描写され、読者は物語に引き込まれるでしょう。メープルは弁護士資格を持つほどの才媛ですが女性ではそれも就職に役立たず、まっすぐな性格と率直過ぎる物言いでしばしば人と対立してしまいます。しかしメープルには写真のような記憶力とドールハウス製作技術という才能もあり、これを活かして保安官と対立しながらも怪死事件の謎解きに挑みます。いくつかの伏線を張ってはいますが読者が自力で推理するには十分とは思えず、かなり飛躍した推理と自白に頼って解決していますが長めの後日談を用意するなど物語性を重視している作品です。作者の謝辞と巻末解説でメープルには実在のモデルがいたことが語られているのも興味深いです。


No.2907 7点 水族館の殺人
青崎有吾
(2025/12/03 20:54登録)
(ネタバレなしです) 2013年発表の裏染天馬シリーズ第2作の本格派推理小説で、私は創元推理文庫版で読みましたがEーBANKERさんのご講評によると初版にはなかった「読者への挑戦」が追加されたようです。容疑者が11人で全員にアリバイがあるということでアガサ・クリスティーの「オリエント急行の殺人」(1934年)のように事情聴取が延々と続くのかと心配しましたが、幸いにしてアリバイ確認は意外と早く終わります。それでも現場遺留品から細かく推理していく過程は重箱の隅をつつく感があってスリルに富んでいるとは言えませんが、ユーモアを交えた会話で読者を退屈させない工夫をしています。そして「読者への挑戦」の後の解決編での論理的推理の積み重ねによって11人の容疑者を1人の犯人に絞り込んでいく展開はまさに謎解きのスリルに満ち溢れています。


No.2906 4点 小路の奥の死
エリー・グリフィス
(2025/12/01 23:51登録)
(ネタバレなしです) 2022年発表のハービンダー・カーシリーズ第3作の本格派推理小説で、「窓辺の愛書家」(2020年)ではサセックス警察の部長刑事だったハービンダーが本書では警部に昇進してロンドン警視庁に配属されています。部下が4人いますがその1人キャシーが大学の同窓会で起きた殺人事件の容疑者の1人となる設定で読ませます。21年前の大学生時代に起こった学生の怪死事件との関連性が浮かび上がって謎は深まりますが、複雑な人間関係と感情を抑えた人物描写のため物語としての起伏が乏しく、読者は集中力を求められます。第44章の終盤でのハービンダーの「(ある登場人物が)それがなんなのかわからなかった」と説明した真相は個人的には納得し難くてすっきりできませんでした。なぜ警察は初動捜査で「それ」について見落としていたのか、そしてなぜハービンダーは気づいたのかの補足説明が欲しかったです。


No.2905 6点 館島
東川篤哉
(2025/11/21 17:19登録)
(ネタバレなしです) 2005年発表の本格派推理小説で、私の読んだ創元推理文庫版の巻末解説では「続編が出る予定ですよ」と記述されていましたが、まさかその続編が17年も待たされて2022年になってやっと出るとは当時の読者は予想していなかったでしょう(続編は「仕掛島」です)。舞台は怪死した天才建築家が島に建てた六角形の館で、綾辻行人の「十角館の殺人」(1987年)を連想する読者もいるでしょう。本書の作中でも言及されているので作者は確信犯ですね。もっともユーモア本格派なので綾辻作品のような重苦しいサスペンスは全くなく、パロディー要素はそれほどではありません。墜落死だが墜落した場所が特定できない死体という謎が冒頭で提示されますが、その後はしばらく事件が起きない展開なので物語のテンポはやや遅めです(墜落死の謎解きも放置気味です)。思い切ったトリックが使われていますけど非常に複雑なので文章だけの説明では何となくしか私はわかりませんでした。


No.2904 6点 空に浮かぶ密室
トム・ミード
(2025/11/19 07:20登録)
(ネタバレなしです) 2023年発表のジョセフ・スペクターシリーズ第2作の本格派推理小説で作中時代は1938年です。シリーズ第1作の「死と奇術師」(2022年)の袋綴じ本の趣向はありませんけど、「読者への挑戦状」に相当する幕間「読者よ、心されたし」が前作同様挿入されていますし、手掛かりの所在ページを教える手掛かり脚注も付いていて読者に対するフェアプレーの姿勢を強調しています。密室状態の殺人現場に被害者と2人きりの容疑者とか、奇術ショーの舞台上で突然出現した死体とか謎の魅力も十分です。複雑すぎる真相は読者が気に入らないと感じてしまう懸念もありますけど、どんでん返しの鮮やかさには個人的には脱帽です。巻末の作者謝辞では探偵小説の黄金時代の再現にどれだけ気配りしているかを説明しており、過去の大家への尊敬と共に古き良きミステリの魅力を現代に伝える作家も紹介しています。ミードと共に彼らの作品が積極的に翻訳出版されることを強く望みます。


No.2903 6点 マスカレード・イブ
東野圭吾
(2025/11/17 18:13登録)
(ネタバレなしです) 「マスカレード・ホテル」(2011年)の続編として2014年に発表されましたが本書は4つの短編から構成された短編集で、しかも作中時代は「マスカレード・ホテル」より以前です。シリーズ主人公である新田浩介と山岸尚美が出会う前の物語となっており、新田は「ルーキー登場」(2013年)と「マスカレードイブ」(2014年)で、尚美は「それぞれの仮面」(2013年)と「仮面と覆面」(2014年)で主人公を務めます。但し「マスカレードイブ」は尚美も登場していますが。この作者らしく非常に読みやすく、読者が謎解きに参加するのは難しいながらも推理もしっかりした本格派として楽しめます。ホテルでお客の思わぬ秘密が明かされる尚美主人公の作品の方が個人的には楽しめました。


No.2902 5点 国会採決を告げる電鈴
エレン・ウィルキンソン
(2025/11/13 22:05登録)
(ネタバレなしです) 英国のエレン・ウィルキンソン(1891-1947)は政治家で、アトリー内閣(1945-1951)の時代には教育大臣を務め(在任中に死去)、彼女の名前を冠した女学校がロンドンに設立されています。本書の論創海外ミステリ版が出版された時点での国内Wikipediaには政治活動しか紹介されていませんが小説2作(1作は非ミステリー)、ノンフィクション系を数作(共著もあり)書いたようです。本書については国会議員時代に書かれたように表紙で紹介されていますが、厳密には1931年の選挙で落選して1935年の選挙で再選されるまでの間の1932年に発表された本格派推理小説です。ビッグ・ベンの鐘の音と国会採決を告げる電鈴の響き、そして銃声が重なり内務大臣との会食を終えた直後の米国の富豪の死体が発見されます。舞台が国会議事堂ということでスタンリー・ハイランドの「国会議事堂の死体」(1958年)と読み比べたい読者もいるかもしれません。ハイランドよりは読みやすいものの手探り感の強い捜査が続く展開はいささか焦点が定まっておらず、手掛かりが後出しの解決は唐突ですっきりできませんでした。政治家のミステリー作品という希少性は認めますが本格派としての完成度は高くないように思います。


No.2901 5点 神津恭介への挑戦
高木彬光
(2025/11/09 00:37登録)
(ネタバレなしです) 高木彬光(1920-1995)は1979年に脳梗塞で倒れ、懸命のリハビリに努めるも1981年に再発してしまい、神津恭介シリーズ第14作の「古代天皇の秘密」(1986年)、墨野隴人シリーズ第4作の「現代夜討曾我」(1987年)、神津恭介シリーズ第15作の「七福神殺人事件」(1987年)、墨野隴人シリーズ第5作の「仮面よ、さらば」(1988年)を何とか書き上げて一度は引退表明をしました。しかし雀百まで踊り忘れずでしょうか、1991年に神津恭介シリーズ第16作となる本格派推理小説の本書で文壇復帰します。満員電車で男が毒殺され、その友人がホテルから失踪(別の友人は彼も殺されたと主張します)と事件が相次ぎます。事件の背後に女性への集団性的暴行の疑いが浮かび上がり、犯罪捜査から手を引いてから5年が経過した神津恭介の復活にふさわしい事件とは思えませんが密室事件を絡めるなど謎を深めて何とか出馬にこぎつけます。なかなかインパクトのあるトリックが使われていますがこのトリック、1970年代の某漫画作品で既出のアイデアですね。本書の方が細かいところまで考えられてはいますけど。謎解きよりも事件の悲劇性の方が印象に残りました。なお作中で「悪魔の嘲笑」(1955年)のネタバレがありますのでまだ未読の読者は注意下さい。


No.2900 5点 宮廷医女の推理譚
ジューン・ハー
(2025/11/04 01:43登録)
(ネタバレなしです) ジューン・ハー(1989年生まれ)は韓国出身でカナダ在住の女性作家です。2020年に作家デビューし、小説第3作となる2022年発表の本書は初期代表作とされています。作中舞台は1758年の李朝朝鮮で、歴史上の実在人物も登場しています。私は朝鮮を舞台にした小説も映像作品も鑑賞経験がほとんどないので創元推理文庫版の冒頭に用語集があったのは大変助かりました。主人公は18歳の内医女のベクヒョンです。医女は医者ではなく医者の補助役的な職業で、宮中で働く内医女は女官の中では最高位と第13章で語られています。ところが用語集では当時の社会階級制度の中で医女は最下層の身分(賤民)であることも説明されており、社会的弱者として苦しむ場面が随所で描かれていて作品の雰囲気は重苦しく、文庫版のカラフルな表紙カバーとは裏腹に灰色の世界の印象を受けました。宮中で発生した四重殺人事件の謎解きを描いており、日本語タイトルに「推理譚」が使われているので(英語原題は「The Red Palace」)本格派推理小説の系統かと読む前は思っていましたが犯人当て要素はあるもののスリラー小説要素の方が強いように思われます。ベクヒョンは一緒に捜査する補盗庁(警察に相当する組織)の従事官から有能と評価されてはいますが耐え忍ぶ女性としての描写の方が目立っていて、派手で華麗な活躍を期待する読者にはお勧めできません。


No.2899 7点 ネズミとキリンの金字塔
門前典之
(2025/10/30 23:10登録)
(ネタバレなしです) 2025年発表の蜘蛛手啓司シリーズ第8作です。シリーズ前作の「友が消えた夏」(2023年)の締め括りの後日談はどうなったんだろうと気になっていましたが、まるで何事もなかったかのように蜘蛛手たちが振舞っています(こちらは消化不良の気分になりました)。さて配置図、平面図、断面図、俯瞰図と豊富な資料を揃えているのはこの作者らしいですが(論創ノベルス版の字が小さくてじじい読者の私はルーペが必要でした)、印象的だったのは精神医療問題をとりあげた社会派推理小説要素があったことで、新たな試みとして評価してもいいかも。しかしながら解決編ではページをめくる手が一瞬止まってしまうほどのとてつもない秘密が明かされ、奇想の本格派推理小説らしさ爆発です。とても沢山の謎解き伏線を回収しての推理説明が披露されるのですが、某国内作家の1980年代前半の本格派をもっと非現実的にしたような真相は毛嫌いしてしまう読者もいるかもしれません。「屍の命題」(別題「死の命題」)(1997年)に並ぶ怪作と思います。


No.2898 5点 修道女フィデルマの慧眼
ピーター・トレメイン
(2025/10/29 05:47登録)
(ネタバレなしです) 修道女フィデルマシリーズの英国本国での第2短編集「死者の囁き」(2004年)は15のシリーズ短編を収めていますが、国内の創元推理文庫版は5作づつの3分冊形式で出版されました。「修道女フィデルマの挑戦」、「修道女フィデルマの采配」、そして本書で「死者の囁き」の全先品を読むことができます。なお「修道女フィデルマの挑戦」では「死者の囁き」に収められていない短編「化粧ポウチ」がおまけ追加されています。さて本書の5作品ですがフィデルマのドーリイ(法廷弁護士)ならではの活躍を描いていますが法廷場面はなく、普通の本格派推理小説の探偵役です。論理にこだわっていながらも推理が甘く、例えばある作品では犯人が嘘をついたと説明していますが嘘の証明が不十分だったりしています。とはいえシンプルなプロットで読みやすい作品が揃っており十分に楽しめました。全作品が英国のアンソロジーに選ばれているのも納得です。代表作を選ぶなら犯人当ての謎解きにトリックの謎解きを上手く絡めた「夜の黄金」(2002年)を個人的には勧めます。飲酒に関する皮肉も面白いです。


No.2897 5点 巫女は月夜に殺される
月原渉
(2025/10/25 13:02登録)
(ネタバレなしです) 2025年発表の本格派推理小説です。「火祭りの巫女」(2015年)を連想させるタイトルですが、共通する登場人物はおらず関連性はありません。双子でもないのに瓜二つの「相似巫女」(見習い)である赤井姫菜子(あかいきなこ)と緑野環希(みどりのたまき)を主人公で探偵役にしています。何だか某カップ麺を彷彿させる名前ですけど(笑)、たまに軽口を叩いてはいますがユーモア本格派ではありません。土着の神道が根差した土地の神社を舞台にして神事の最中に起きた殺人事件の謎解きで、被害者も容疑者も巫女です。犯人当てとしては機会と手段を重点的に捜査していおり、表向きの動機は前もって提示されてはいますが深層部の秘密については第十章の最後にようやく明かされます。そこは読者に対して完全に後出しの情報です。犯人でない人物がどんでもない行動をとっていたことも納得できないと思う読者もいるかもしれません。


No.2896 6点 真犯人はこの列車のなかにいる
ベンジャミン・スティーヴンソン
(2025/10/17 08:26登録)
(ネタバレなしです) 2023年発表のアーネスト・カニンガムシリーズ第2作で、オーストラリアを縦断する豪華列車「ザ・ガン」を舞台にしているところはエマ・ダーシーの「殺され急ぐ女たち」(2002年)を連想させます。第1章で「本書はフェアな推理小説」と宣言し、さらには「犯人の名前はここから百三十五回出てくることを前もって知らせておこう」とまで宣言しています(もっとも解決編や後日談での回数までカウントしていますけど)。ただ「死体の数は九」は余計な宣言でしたね。死者数には過去の列車事故による死亡も含まれており、登場人物リストの人物が9人死ぬわけではないので。とはいえ第25章ではある人物を犯人候補から除外していますがその理由が「中盤まで登場しなかったため。フェアなミステリー作品の犯人ではありえない」というものですし、第31.5章が「読者への挑戦状」の役割を果たしていてフェアな謎解きにこだわった本格派推理小説です。作家イベントの中での殺人ということで駆け出し作家であり探偵役のアーネストの苦労と奮闘ぶりがよく描けています。ちょっと前例のない(少なくとも私は知りません)皮肉たっぷりのエピローグも面白いです。

2915中の書評を表示しています 1 - 20