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ミステリの祭典

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空さんの登録情報
平均点:6.12点 書評数:1516件

プロフィール| 書評

No.416 7点 殺人鬼
浜尾四郎
(2011/06/07 20:54登録)
皆さんが言及されている『グリーン家』については、むしろミスディレクション的な使い方がされていて、その本家よりこっちの方が犯人の意外性はあると思います。それでも現代では使い古された手とは言えるでしょうが。
一方ヴァン・ダインお得意の衒学趣味については、名探偵の藤枝が事件を交響曲にたとえて、第1楽章はアダージョだとか言っているくらいのものです。文章も平易で読みやすいのはいいのですが、ヴァン・ダインのような深い味わいはありません。語り手の小川がかなりでしゃばりな点も、ヴァン・ダインとは正反対です。
それにしても、いかにも古めかしい一家連続殺人フーダニット。
最後の藤枝による説明がまた非常に丁寧です。伏線になっている部分(章・節)をその都度明示するなど、カーやデイリー・キングにも例はありますが、本作の方が少し早いという世界的にも先駆的作品です。さらに中盤でもさまざまな推理・仮説が述べられ、「推理小説」という言葉が生まれるよりはるか以前に書かれた、まさに推理小説です。


No.415 5点 怪しい花婿
E・S・ガードナー
(2011/06/04 12:58登録)
このシリーズの中でも、本作はいつもの依頼人登場ではなく、メイスンが窓外の非常階段にいる若い女を見つけるところから始まるという変り種ぶりです。その後依頼人がやっかいな依頼を持ち掛けてきて、例によって殺人へと話はつながっていくのですが、全体の1/3ぐらいで起こる殺人までは、実に面白く読ませてくれます。
裁判になってからは、検事側の視点から描かれた部分もあるのですが、これは珍しいのではないでしょうか。今回はメイスンもきわどいところまで追い詰められて、ドレイク探偵だけでなくデラまで落ち込むシーンもあります。ラスト20ページぐらいになってやっと真相が見えてくるという展開で、最後があわただしく、事件解明がごちゃごちゃし過ぎているように思います。
なお、タイトルの「怪しい」はDubiousで、むしろ「あいまいな」といった意味。依頼人が、法律的には花婿かどうか微妙なところであるのを指しています。


No.414 7点 プレイバック
レイモンド・チャンドラー
(2011/06/01 22:08登録)
あとがきで訳者の清水俊二氏も書いているように、チャンドラーとしては珍しいところの多い作品です。
マーロウの人物像や舞台も変わっていますが、ストーリー的には、これまでの作品よりも事件に謎的な要素が多いと言えます。尾行相手の秘密は何か、消えた死体は本当にあったのか、等。そしてその解決も意外にトリッキーです。そのせいでしょうか、再読してみて、なんとなく記憶に残っていた部分がいくつかありました。しかし一発発射された拳銃については、全然説明がついていません。
タイトルについては、個人的には最終章と関係があるのではないかと思っています。通常の意味では録音などの再生ですからね、再登場、再燃的な意味ではないでしょうか。本筋とは全く関係ありませんが、泣かせます。
某角川映画でもパクられていた例の言葉(原文の"hard"は、生島治郎の「タフ」という訳がぴったりくるような気もします)は最後の方で出てきますが、単独ではなく、その言葉を引き出す質問とセットにして語られるべきだと思うのですがね。


No.413 5点 三毛猫ホームズの追跡
赤川次郎
(2011/05/30 21:39登録)
ちょっと悪ノリしすぎなところはあるにしてもこの作者らしい軽快な文章は読みやすく、謎の提示もなかなかのもので、気軽に楽しめます。お約束事的なご都合主義(2年前の事件関係者は誰かというところなど)も、まあこんな作風であれば笑って許せる範囲でしょうか。
しかし、シリーズ第1作における密室のような中心になるトリックが存在せず、連続殺人のそれぞれにトリックは考えられているのですが、どうも小粒なアイディアを並べ立てただけという感じがします。たぶんトリック自体よりも、それを解明するプロセスの方に緻密さが欠けるせいかもしれません。ダイイング・メッセージも、ちょっと偶然が過ぎるように思われます。
ホームズも2作目にしてすでに名探偵らしくなり過ぎている点が気になりました。もっと普通の猫と見える中に才能をちらつかせる方がいいと思うのですが。


No.412 6点 メグレと政府高官
ジョルジュ・シムノン
(2011/05/26 21:43登録)
メグレが自分との共通点を感じる登場人物というと、『自由酒場』の被害者や『メグレ間違う』の外科医(これはむしろ対極と言った方がいいかもしれません)がいますが、本作でメグレに個人的に相談を持ちかけてくる政府高官-公共事業大臣もそうです。大臣夫人にもメグレ夫人との共通点を見出したりしています。
本作はシムノンには珍しく政治的な事件を扱っています。メグレの政治嫌いは、やはり作者の意見でもあるのでしょうが、それにもかかわらずどういう風のふきまわしなのか…
自然災害による大事故で百人以上の子どもが死んだ児童施設の事件は、訳者あとがきによると実際の事件をモデルにしているそうです。その事故の危険性を指摘した文書の行方をめぐる本作は、政治がらみだけにいつものメグレもののような人情話的なストーリーにはなりません。しかし、そのような設定だからこそのサスペンスはあり、なかなか楽しめました。


No.411 8点 時の娘
ジョセフィン・テイ
(2011/05/23 22:21登録)
ジョセフィン・テイの異色作であると同時に代表作として発表当時から有名な作品、
リチャード三世を悪王とする通説についてはシェイクスピアも読んでないので、さっぱり知らなかったわけですが、それでも最後まで楽しめました。歴史ミステリですが、今回再読してみてクリスティーの『五匹の子豚』やクイーンの『フォックス家の殺人』のような過去の犯罪を再調査し、冤罪を晴らすミステリに近い感じも受けました。訳者あとがきにも書かれていますが、ユーモアがほどよく効いていて、地味な話なのに退屈させません。リチャード三世の無実の証明と真犯人の指摘には特に驚くようなアイディアがあるわけでもないのですが、肖像画の使い方もうまく、非常に好印象を残す作品に仕上がっていると思います。
ローレンス・オリヴィエがリチャード三世を演じたのを見たことがある、と最初の方で外科医が言いますが、これは舞台劇のことですね。オリヴィエは本作出版の4年後に監督兼任でこのシェイクスピアを映画にしています。


No.410 7点 飛越
ディック・フランシス
(2011/05/20 22:28登録)
ディック・フランシスの中でも、騎手としてよりむしろ第二次大戦中の空軍パイロットとしての経歴を生かして書かれたという意味では異色作と言えるでしょう。もちろん馬も出てくるんですけれど。
本作では、はっきり事件が起こるのは全体の4割を超えてから。それまでにも本筋とは関係のない謎解きが一つあるとは言え、ほとんどミステリとは思えない馬と飛行機の話が続きます。まあその中にもいろいろと伏線は書き込まれているのですがね。しかしそれでもこの前半、やはりこの作家らしい力強い文章で読ませてくれ、個人的には退屈しませんでした。
で、友人の失踪という事件が起こってからは、ちょっと競馬の寄り道はあるものの、後はストレートにクライマックスまで一本道です。調査も多少は行うのですが、あっという間に主人公は敵の手中に落ちて、後はスリルとアクションの脱出劇。非常に単純な話ですが、最後まで息をつかせません。しかし、あの再生はちょっと安易だな、とか結局あの人は助かるのか、とか、気になる点はあります。


No.409 4点 死角の時刻表
斎藤栄
(2011/05/18 23:10登録)
岡山県北部の鍾乳洞付近で発見された死体―といっても、横溝正史みたいなおどろおどろしさとは全く縁のない、タイトルどおりの時刻表アリバイ崩しものです。
しかし、そのアリバイ・トリックの原理はこんなところだろうなと予想していたとおりのもの(今でも似たことをよく経験せざるを得ない地域に住んでいるからかもしれませんが)。秋田で起こった殺人事件との関係が見えてくるまでの前半はそれなりにおもしろかったのですが、岡山事件のアリバイ調査になってくると、犯人は確かにいろいろ細かい工夫をしているものの、かえって煩雑な印象しか残りません。
それよりも、動機にも関係するもう一方のアイディアの方が意外性があります。これも考えてみれば現実的には危なっかしいトリックなのですが、読者を驚かせるという意味では効果があります。犯人の人格設定と小説の終わり方も目のつけどころは悪くないと思うのですが、この作者の文章ではねえ…


No.408 5点 泥棒のB
スー・グラフトン
(2011/05/14 10:07登録)
スー・グラフトン初読。
このシリーズは一般的にはハードボイルドに分類されているようですが、少なくとも本作を読んだ限りでは、個人的なハードボイルドの定義からは少々外れているかなと思えます。語り口もそうなのですが、たとえば地道な捜査を続けた後ラストに一気に刺激的なサスペンスとアクションの見せ場を作る構成。第24章の半ばあたりから、キンジーを犯人と対決させてクライマックスとするための段取が始まります。一方ハメットやチャンドラーは、このような盛り上げで話を締めくくることはめったにありません。
しかしまあ、細かな分類など作品の評価には関係ないとは言えるわけで、エンタテインメントとしては普通によくできているという感じはします。ただ、犯人が使ういかにもなトリックは、証拠偽装を実際にどうやってのけたのか説明不足ですし、特殊な凶器の選択理由もありません。部屋を無茶苦茶にする時素顔をさらす危険性を冒したのも不自然です。謎解き的要素がかなりあるだけに、かえって論理的欠点が目につきます。


No.407 7点 メグレと若い女の死
ジョルジュ・シムノン
(2011/05/11 23:07登録)
タイトルどおり、パリの街角で若い女の死体が発見されるところから始まる本作。
3/4ぐらいまで読んだところで犯人は誰かなどと考えてみても、答は絶対に出ません。というのも、犯人はまだ登場していないからです。その犯人は最初の証言を終えるや否や、メグレに嘘を見破られてそのまま警察に連行されてしまうのです。
本作では事件の主役は被害者の方であって、犯人は誰でもかまわないのです。思い込みに捉われず普通に読み進んでいけば、シムノンが描こうとしたのは殺人犯やその動機ではなく、田舎からパリに出てきた若い女の行く末であることは、はっきりとわかるように描かれています。「無愛想な刑事」ロニョンの出番が多く、彼の生活などについてかなり筆が費やされているのも、本作のテーマとからんできます。しみじみした哀しみが伝わってくる作品です。最終ページのメグレと犯人の会話もしゃれています。


No.406 7点 黒白の囮
高木彬光
(2011/05/09 21:41登録)
高木彬光久々の読者への挑戦(たぶん『人形~』以来?)は「読者諸君に」としていて、社会派全盛時代だけに初期みたいにはったりめいてはいません。しかしそれでもやはり本作のアイディアには自信があったのでしょう。実際、これはよくできています。一方の謎であった自動車事故偽装トリックは明かしてしまい、アリバイ崩しまでやってのけた後の挑戦。この偽アリバイに加えてクラシックを聴かせる音楽喫茶が出てくるあたり、鮎川哲也を思わせるところもあります。
最後の皮肉な結果と、それに対する近松検事の幕切れ台詞もいいですね。最初の容疑者に任意出頭を求める場面のユーモラスな感じ(刑事たちは苦い顔をしていますが)も意外に記憶に残っていました。
ただし、今回再読してみて動機に説得力があまりないのが気になりました。また推理の後半については、納得はいくものの、挑戦まで入れるにはちょっと論理性不足かなとも思います。


No.405 5点 真鍮の家
エラリイ・クイーン
(2011/05/07 13:00登録)
『クイーン警視自身の事件』の続編となる作品です。警視が退職して再婚した話は、同時期の他作品との整合性を全く無視しています。まあ、クイーンは個々の作品の内部では非常に論理的であるにもかかわらず、ニッキー・ポーターの設定等、作品間では平気で矛盾したことを書いているのが、妙なところです。本作でもクイーン元警視夫妻が活躍しますが、今回は最終章で出てくるエラリーに、事件の謎の全面的な解明はゆだねられます。
最初に読んだ時はあまり冴えないように思ったのですが、再読してみるとクイーン警視の推理にも説得力はありますし、さらにそれをひっくり返していく構成はなかなか楽しめました。不思議な雰囲気もある館モノですが、その館自体を慎重に解体していくことになるというところにもひねくれぶりは見られます。殺人未遂に続いて殺人が起こるのに、中心的な謎はむしろ宝探しだというのも、妙なところです。ただし、事件の元になる館の主人の行動心理が分析されていない点は不満です。


No.404 7点 魔術師が多すぎる
ランドル・ギャレット
(2011/04/30 09:53登録)
科学的に厳密なハードSFであれば、謎解きミステリとの融合も納得もできますし、実際アシモフ御大を始め、かなりの作品があります。しかし本作はハリー・ポッターにも近いような魔法の世界です。呪文で不可能なことを起こせる設定の中で、密室の不可能殺人をどう演出するのかが見所でしょう。この趣向は魔法の限界を明確にすることで、かなり成功していると思います。
全体的には、不可能犯罪ということも含め、『ビロードの悪魔』等カーの歴史ものに似た味わいがあります。
密室トリック自体は共通点があるとは言え、カーの某有名作(現代が舞台の)のような目のつけどころの意外性はありませんし、改良点にしても作者の都合で何とでもなる部分ですので、あまり高い評価はできません。しかし、解決に至る伏線は充分張ってありますし、スパイ要素も謎解きにうまく溶け込んでいて、おもしろく仕上がっています。


No.403 6点 蜘蛛男
江戸川乱歩
(2011/04/27 22:36登録)
乱歩の通俗長編第1作。
何が通俗なのかというと、まずは悪役の設定です。開幕早々死体をばらばらにして石膏で覆い、学校へ美術模型としてばらまくといった具合で、その目立ちたがり屋ぶりは二十面相並みです。もっとも二十面相は殺人嫌いですけど。そんなことをする理由がないなどと目くじら立てても始まりません。もしそんなとんでもない妄想に憑かれたような犯罪者がいたらという話なわけです。
で、その前提を容認しさえすれば、前半の話は意外にまともです。リアルな設定の中で奇抜なトリックが使われるのより自然とさえ思えるほど。ただ、犯人が弄するトリックのために読者にも蜘蛛男の正体が早い段階でわかってしまう(直感的にだけでなく論理的に)ところはありますが。全体の7割ぐらいでその正体が明かされてからは、話はサスペンス調になってきます。
まあ、縛られて絶体絶命のピンチになった蜘蛛男が最初の殺人計画を実行できることになるところは、その登場人物の感情も全然納得できないというわけではないのですが、やはりいくらなんでもご都合主義かな。


No.402 7点 娼婦の時
ジョルジュ・シムノン
(2011/04/25 22:39登録)
これもハヤカワ・ミステリの1冊ですが、これをこのシリーズに入れるかなぁと思える作品です。
ある殺人者の肖像、といった感じの小説ですが、ストーリーの中心になるのが殺人というわけではありません。第1章、殺人を犯して自首して出た主人公。警部や予審判事の尋問、弁護士との対話、精神科医の診察など、会話を中心にしながら、彼は子どものころからの出来事を回想していきます。特に重要なのが性的な要素ですが、そのことを示したタイトルの「娼婦」という言葉は疑問です。10代の頃の思い出に出てくるアナイスは娼婦ではありません。ちなみに原題の意味は「アナイスの時」。
そして最後…あいまいなままで話は終ってしまいます。殺人動機も結局ある程度わかったようでいて、やはりよくわからない。殺人を帰結としている話ではないとは言え、結末の盛り上がりとか収束感を重視する見方からすれば、物足らない気はするでしょう。
決して「小説」としてけなしているわけではありませんし、個人的にもこんな終わり方の話はかなり好きなのです。しかし、本作の出版は集英社のシムノン選集(集英社版タイトルは『アナイスのために』)にでもまかせておけばよかったでしょう。


No.401 8点 さらば甘き口づけ
ジェイムズ・クラムリー
(2011/04/22 22:15登録)
主人公私立探偵の名前スルーは『明日なき二人』の主役の一方とはカタカナではどうしたって別人としか思えないので、英語のWIKIPEDIAを見てみたら、C.W.Sughrue となっていました。なるほど、eightの発音ですか。
邦題はむしろ『さらば愛しき人よ』を思わせますが、原題、そして内容はやはり『長いお別れ』に近い作品で、実際第12章にはこの言葉も出てきます。というより、チャンドラー自身初期から後期に向かうにつれて、よりウェットになってきますが、それをさらに徹底して、もうべたべたにしてしまったような雰囲気です。
グリーンの『ヒューマン・ファクター』に出てくる犬が印象的だと書いたばかりですが、犬の存在感に関する限りは本作の酔いどれブルドック、ファイアーボールの方がはるかに上。なにしろ登場人物表にまで載っているほどです。
派手なアクションがあって事件が一応決着を見た後、さらに70ページ以上も残っています。この後どうなるんだろうと思っていたら、全然ミステリではない話になって、それでもおもしろく読んでいたのですが、最後にショックが待ち構えていました。この動機はもちろん、方法もミステリの範疇を完全に逸脱してしまっています。本国でクラムリーが純文学扱いされているというのも納得のいく、胸にこたえる結末です。


No.400 8点 ヒューマン・ファクター
グレアム・グリーン
(2011/04/19 21:41登録)
純文学的に地味なものを想像していたのですが、文学性だけでなくエンタテインメントとして非常におもしろく仕上がった作品でした。もちろん作中で言及される007みたいなのではありませんが。
最初のうちは、誰が二重スパイなのか、見当はつくにしても隠したままで物語は進んでいきます。それがいつの間にかはっきりしてきて、後半はその人物の葛藤が描かれていくことになります。疑惑を持たれているらしいということになってからの終盤は、脱出に向けてサスペンスもかなり盛り上がってきます。最後の方、モスクワの場面は必要かなとも思ったのですが、その後のラスト・シーンは、まさにブツッと切れた後の音が聞こえるような余韻があって、やはりいいですねえ。
タイトルはこのスパイ事件の根底に流れているのがポリティカルでもエコノミックでもなく、ヒューマンな要因であることを指しているのでしょうか。
登場人物たちが鮮やかに描かれているのは、なにしろ文豪G.グリーンですから当然でしょうが、犬のブラーもなかなか印象的です。


No.399 2点 花実のない森
松本清張
(2011/04/16 08:50登録)
今まで読んだ松本清張作品の中でも、最も安易な展開の作品でした。
「女性画報」に連載されたということなので、ロマンティック路線を狙ったのでしょうが、どうも主役の男の身勝手さばかりが気になります。いくら上品で美人であるにしても、本当に一目ぼれによる思い込みという感じにはあまりなりません。ウェイトレスをしている恋人を使って事件関係者を探らせるのも身勝手。この恋人はクイーンやクリスティーが好きだということですが、その設定も全く生かされないままです。
二人ともが落し物をする偶然。新聞の写真を目にする偶然。さらにその後簡単に、写真には写っていない二人目の事件関与人物にたどり着く経緯。謎の女があえてホテルで会食する意味の無さ。切符の切れ端の発見(なぜその切れ端が落ちていたのか全く不明)。最後の偶然の出会い。そういったご都合主義が連続する作品で、真相も平凡としか言いようがなく、端正な情景描写がむなしく感じられてしまいました。


No.398 7点 キドリントンから消えた娘
コリン・デクスター
(2011/04/13 21:43登録)
失踪した娘はそもそも生きているのか、死んだのか? その前提のところからして何度も意見を変えながら、その度に砂上の楼閣論理を組み上げては判明した事実に叩き潰され、また組み直していくモース警部。ルイス部長刑事の目撃者への疑念を基にした推理にモース警部の想像を加えた発想など顕著な例ですが、それぞれの仮説はクリスティーの短編とかをも思わせます。しかし、それらのアイディアもここまで繰り返されては、そのうちどうでもよくなってくるほどです。
これはバークリーの『毒入りチョコレート事件』における最終推理が最も鮮やかな推理と言うわけでもなかったのを上回る収束感のなさです。第1作『ウッドストック行最終バス』では感じられた結末の意外性はほとんど無視して、ひたすら仮説の森をさまよう楽しみに徹した作品になっています。
しかしそれにしては、ロビンさんが指摘されている発端の手紙の真相が結局不明な点はやはり気になりましたし、警察が再調査に乗り出した時期に殺す動機のあいまいさ、それに犯人の最終確定を犯人自身の独白で行っているのも、なんだかもやもや感が残ります。


No.397 6点 メグレと田舎教師
ジョルジュ・シムノン
(2011/04/11 22:53登録)
冒頭でメグレに助けを求めて来る田舎教師は、村で起こった意地悪ばあさん殺人事件の容疑者として逮捕されてしまいますが、その地方の憲兵隊長も、実際には教師の有罪を信じているわけではありません。よそ者であって、しかも町でなら普通な厳格さを持ち込もうとする教師は、村人たちからは白い目で見られています。そういったフランス田舎の排他性が捉えられた作品です。あとがきではメグレは明らかに田舎嫌いだと書かれていますが、メグレ自身が田舎育ちなので、微妙なところです。
メグレは名物の牡蠣が食べたいこともあって、数日休暇をとって出かけていくというのが笑えますが、小学校あたりをうろついて子どもたちに尋ねて回り、真相をつかみます。最後には、大したものではないにせよとりあえずどんでん返しも用意されていて、全体的にきれいにまとまった佳作という感じです。

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